五月卅一日 於大洲支部

　正午過ぎ支部其他の役員信者と共に、郡中町にて名高き五色の浜辺に遊ばんと、海辺まで約百間斗(ばか)りの街路を徒歩(かち)にて進む。浜辺には老松二株苔(こけ)生(む)して樹(た)てる湊(みなと)神社静かに建ちて風清く、石持魚(いしもちうを)を漁夫等の浜辺に並べて干せる様最(い)とも床し。陶器会社の大煙突は天に冲(ちゆう)して黒煙を吐き、牛小ケ原の松並木は北方の浜辺に長く、蛇の如く、蜈蚣(むかで)の如く伸び栄え、西方の海上には宝永年間大地震の為揺り沈められしと云ふ由利(ゆり)島(じま)［※松山港の沖合にあり、現在は無人島］ぼんやり霞(かすみ)に浮び、正北の空には伊予の小富士釣島あり。新川の海水浴場も余り遠からぬ地点に見えたり。中にも由利島は兎(うさぎ)と雉子(きぎす)の名所にして全島に数多棲息せる由。古(いにし)へ此の島に由利長者と云へる者ありしが宝永の地震にて沈没し、今は只島の一部を遺せるのみと聞く。此近くの海底には古器物数多沈没せりとて、大蛸(おほだこ)の首を縛りて海底に入れ、種々の珍器をつかませ、盛んに探得せし事ありと云ふ。何(いづ)れにしても珍らしき話といふべし。又東南の空に聳(そび)ゆる谷上(たかみ)山には千手観音を祀れる名刹(めいさつ)宝珠寺といへるありて四国人の信仰するもの最も多しとの事なり。天気晴朗にして風澄みたる日は九州の国東(くにさき)半島や山口県の大島山を見る事を得るといふ。吾等一行は此の伊予灘(いよなだ)（一名硫黄灘(いわうなだ)）に二隻の船を浮かべて、凉風を浴びつつ郡中にて名高き粥喰(かゆくひ)山の松原に上陸し、五色石なぞを拾ひ、船を汀(なぎさ)に待たせおきて、松の木蔭に蓆(むしろ)を敷き、一同と倶(とも)に海の景色をながめつつ小宴を張る。白帆の来往、蟹(かに)捕り船の数限りなく海面に浮かびて風光一入(ひとしほ)妙(たへ)なり。伝え曰(い)ふ、この粥喰島は天保七年の饑饉(ききん)に当り餓人道路に横たはり、死するもの日々其(その)数を知らざりしが、時の藩公令を下し、砂石を少々なりとも爰(ここ)に運び来る毎(ごと)に粥一椀を与ふると為したるに、忽(たちま)ちにして此(この)島山を造りたりと云ふ。今は町人の遊園となれり。

　一行三十三人沖を眺めて興に入る折しも広島へ通ふ材木を満載したる栄久丸は浪(なみ)を蹴(け)立てて出帆(しゆつぱん)せり。再び船に乗りて湊神社前の汀(なぎさ)に上陸し、郡中支部に帰れば大洲(おほず)より出迎への為信者八人来たりて待てり。時正に午後の一時。

　午後の二時半といふに三台の自動車を列(つら)ねて大洲に向ふ。米港(こみなと)より道を左に折れて松柏茂る池見峠の小坂を越ゆれば九十九折(つづらをり)の下り坂、左右に赤らみたる麦畠(むぎばたけ)あり。余り車の往来もなく、飛ぶが如くに快走す。珍らしき出口橋を渡れば海岸に出づ。沖の彼方に青島一つ浮かべる外海上眼に入るもの無し。道路の傍に坐して白髪の老人網(あみ)を造れるあり。人家の石垣には赤き草花簾(すだれ)の如く懸(かか)りて美(うる)はし。上灘(かみなだ)に入れば高き石段の上に天一神社の森あり。上灘橋本郷橋なぞ渡り行けば、二本の枝振り面白き松三島神社の崇厳を添へ、海岸一帯面白き神代木(じんだいぼく)の化石岩並び、奇岩怪石水面に散在して風光絶佳なり。豊田の海岸、一老松の下にて自動車パンクしたれば、直ちに後列の車に乗り替へ、下灘(しもなだ)を疾駆(しつく)して長浜に入り、加屋(かや)、八多喜(はたき)、春賀(はるが)の村々肱(ひぢ)川の清流に添ひ乍(なが)ら、午後五時過ぎ大洲(おほず)常磐(ときは)町(まち)［※喜多郡大洲町常磐町、現・大洲市常磐町］の宇知麿［※佐賀伊佐男。王仁三郎の三女・八重野と結婚。宇知麿（うちまる）は大本名。］が生家に着きぬ。