霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二章 ⦿()の意義

インフォメーション
題名:第二章 ⦿(ス)の意義 著者:
ページ:11 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B121801c05
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]神霊界 > 大正9年8月1日号(第122号) > 皇道大意
 新聞や雑誌などに昨年来、綾部(あやべ)の教団が、皇道(こうだう)大本(おほもと)の名を冠して()るのは、実に()しからぬ次第だ、潜上至極だと評論したのが沢山にあつた。私は余りの事に可笑しくて(たま)らなかつたのであります。皇道(こうだう)()へば天皇の道であるにも拘らず、臣民(しんみん)の分として余りに不敬であるとか、皇道(こうだう)の美名に隠れて、大本(おほもと)は世人を誤魔化す詐欺団体だとか、色々と誤託(ごたく)を並べたものである。今日(こんにち)と難も少数の人士は、皇道(こうだう)の名を冠する事を(もつ)て、非国民(こくみん)の所作の様に見做し、()つ攻撃して()る人があるやうです。私は余りに世間に無智者の多いのに、呆れざるを得ない次第であります。又中には皇道(こうだう)と神道と同一に見て()る人もあるやうですが、この区別は拙著王仁(わに)文庫(皇道(こうだう)我観)に載せてありますから、此処(ここ)には唯皇道(こうだう)の大意のみを、説明することに(いた)します。
 (くわう)はスベルともスメとも()む。(ゆへ)に、主、師、親の三徳を具備し、地球上を知食(しろしめ)大君(おほきみ)皇御門(すめらみかど)(もう)し、御孫を皇御孫命(すめみまのみこと)(もう)し、日本神国は世界を統治すべき、天賦(てんぷ)の使命を有する国なるが(ゆへ)に、皇御国(すめらみくに)と称ヘまつるのである。皇御国に生を享け、皇御国の大君(おほきみ)に仕へ、皇御国の粟を()みつゝ、結構に生活さして戴いて()る皇大君(おほきみ)の赤子たる臣民(しんみん)が、皇御国の道を説き拡め、皇大神(すめおほかみ)と皇大君(おほきみ)との御仁徳を、天下(てんか)宣伝(のべつた)するのが何が悪いのでありませうか。子が親の大慈を崇め、兄弟に親の有難(ありがた)きこと、尊きことを説き聞かすのに、何処(どこ)に差支ヘる所があるであらうか。吾々は何処(どこ)迄も皇御国の人民(じんみん)にして、皇大神(おほかみ)と皇大君(おほきみ)とを主、師、親として(あふ)(まつ)らねば日本臣民(しんみん)の義務を(まつた)うする事が出来(でき)ないと思ふのである。猶進んで()言霊(ことたま)に就いて大略を叙して見よう。古事記の(はじめ)に、独神成坐而(すになりまして)隠身也(すみきりなり)とあるは、無色透明にして、至粋、至純、至聖、至美、至真、至善に(ましま)しまし、無声無形の主神(すしん)なる事を、表示されたものであります。言霊学(げんれいがく)の上から、霊返(たまがへ)しの法に()つて調べて見ると、知るの返はスである。又知らす、知食(しろしめ)す、澄む、澄ます、住む、()く、進む、縄る、助ける、(さと)る、醒す、栄ゆる、(さゝ)ふ、誘ふ、直ぐ等の霊(かへ)しは皆スと成るのである。次にスは言霊学上より鳥の霊である。()寿()()一は皆スの活用であります。
 又言霊学上より、スの活用を示せば、中に集まる言霊也、真中真心(まなか)也、八極を統べ()る也、数の限り住む也、本末(ほんまつ)を一徹に貫く也、玉也、結び産む也、八腿(やあた)伸極(のびきは)むる也、限り無く無為(すみきる)也、出入息也(いでいるいきなり)、呼吸共に顕はるゝ声也、結柱也(むすびはしらなり)安々(やすやす)の色也、自由自在也(するままにするなり)()(まま)也、至大天球の内外(ことごと)くを涌し保ちて極乎(かみ)たり、無至也、無為也、霊魂(みたま)球を滴す也、有の極也、声の精也、外を総ぶる義也等の言霊活用を有するのである。 
 猶諸種のス声の活用を略解すれば、
 『知らす、知食(しろしめ)す、知る』等の言霊は、万世一系の天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇が、(あめ)下四方(したよも)の国を安国(やずくに)と平けく統治遊ばすと()ふ事である。
 『澄む、澄ます』の活用は、神と大君(おほきみ)の洪大無辺なる一大威力によつて、混濁せる天地(てんち)一切(いつさい)を清浄ならしめ、至真至美至善の国土を造り玉ひし言霊である。
 『住む』の活用は万民(ことごと)く神君の大慈の下に養はれ、至誠至直にして神を敬ひ皇室を尊び国家の恩に報い(まつ)り、私心私欲の念なし、霊体共に水晶の(ごと)く透明潔白に社会に生存し、人生の本務を各自(めいめい)(まつた)うするの意である。現代人の(ごと)く私利私欲の外敬神(けいしん)尊皇(そんのう)愛国(あいこく)の念慮薄くして修羅の巷にさまよふ(ごと)きは「住むに非ずして(にご)()るのである」、要するに霊主体従(ひのもと)の生活者は所謂(いはゆる)住むと()ふ資格を有すれども、体主霊従(たいしゆれいじう)の生活を為すものは(にご)()ると称すべきものであります。
 『()く』と()ふ言霊は、万国の民争うて日本皇国(すめくに)生出(せいしゆつ)せむ事を好む事である。東方の君子国、日出(ひので)る国、豊葦原(あしはら)瑞穂中津(なかつ)国、磯輪垣(しわがき)秀妻国(ほづまのわけくに)、姫子国、世界の公園、天国浄土、大倭日高見国、心安国(うらやすくに)、豊秋津根別国、言霊の幸ふ国、言霊の生ける国、言霊の清き国、言霊の助くる国、言霊の天照(あまてらす)る国、惟神(かんながら)言挙せぬ国、万世一系の君主国等種々(いろいろ)讃嘆の声を放ちて、皇国の神境を随喜渇仰(かつかう)する、至尊至貴の宝国(はうこく)である。地球上の人類として、誰一人我神国を嫌ふものなき()()()の国であるてふ言霊であります。
 『進む』皇国の大道(たいだう)進歩発展主義(すすむ)である。朝日の豊栄(とよさか)昇りに笑み栄ゆる神国(くわうこく)である。楽天主義(すずし)清潔主義(すむ)統一主義(すぶる)と共に無限に発展し、宇宙一切(いつさい)を天国の神政に進める所の、天職を惟神(かんながら)に具備せる神皇(しんわう)の国土である(ゆへ)に、皇国に生れ出でたる人民(じんみん)は、夢にも悲観的の精神(せいしん)をもつてはならぬのである。
 『(すが)る』世界万国の民、塗炭の苦を(のが)れんとして、東方の君主国たる日本皇国に君臨し玉ふ天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇の大慈徳に、乳児の母乳に(すが)るが(ごと)く、慕ひ来るといふ言霊である。我皇国の天皇は、世界に()ける主師親の三大神(おほかみ)徳を具有し玉ふが(ゆへ)に、日本国民たる者は、天皇の大御心を心とし、世界万民の師範となり、救ひ主となり、親切に導き、(もつ)て世界平和の一大保証に立たねばならぬ天賦(てんぷ)の職責を有つて()るのであります。す。
 『助ける』皇国の大道(たいだう)は万物一切(いつさい)を至善の(をしへ)に導き助けて、各自(めいめい)其使命を全からしむるを(もつ)て主旨とするのである。弱きもの、貧しきもの、幼きもの、愚なるもの、凡て足らざるを補ひ助けて、神と大君(おほきみ)の大御心を安じ(まつ)る可き責任ある皇国の臣民(しんみん)である。(ここ)(おい)て始めて、スベラ御国(みくに)の臣民たる資格が備はるのであります。
 『覚る』とは天地未剖(みぼう)陰陽未分(いんやうみぶん)太古(むかし)より、千億万年の後の事柄までも、鏡にかけたる(ごと)()正覚(せいかく)する神智神感力を()ふ。皇道(こうだう)大本(おほもと)が古事記を真解し、大本教祖(おほもときやうそ)神諭(ふでさき)を研究する事は古今を通じて謬らず、中外に施して悖らざる、一大真理を覚悟し、(もつ)て我皇国並に皇室の尊厳無比にして、天下(てんか)を統御し玉ふ天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇の惟神(かんながら)の御天職の、如何(いか)なるものなるかを覚ることを得べし。(ゆへ)皇道(こうだう)は天地の迷雲を払ひ、神如(しんによ)の日月を万民の心天(しんてん)に照す所の神鏡であります。
 『醒す』体主霊従(たいしゆれいじう)的人類天下(てんか)に充満して、天理人道を(わきま)へず、野獣(どく)()に等しき暗黒世界を神の大道(たいだう)大君(おほきみ)の大勅とに()つて、神人合一(がういつ)、霊肉一致、鎮魂帰神(ちんこんきしん)の権威に()り、眠れる霊界物質界(ぶつしつかひ)の眼を醒ます可き真教、皇道(こうだう)大本(おほもと)を措いて()に何物もないのであります。
 『栄ゆる』山青く水清き蓬莱島なる日本神国は、皇大神(おほかみ)の殊更厚き御仁恵に()つて、国運日に月に栄え、竹の園生は万世に(いや)栄えまし、国民(こくみん)(あめ)益人(ますひと)(もう)して、人口益々(ますます)稠密の度を日に月に加へ来る、実に目出度(めでた)き神国であります。(かか)る結構な神国に生れ出たる臣民(しんみん)は、一日も片時も神と(きみ)との大恩を忘れ、不敬不忠の行動(こうどう)を夢にもすることは出来(しゆつたい)ませぬ。万々一誤つて(かか)る不心得の事を()つたならば、神罰立どころに到り、栄ゆベき吾人の名位寿富(めいゐじゆふう)(たちま)ちにして消え失せ、身魂(しんこん)共に(ほろ)ぼさるゝに到るのである、ア丶厳正なる(かな)皇道(こうだう)の権威。
 『支ふる』政治、宗教(しうきやう)、教育、実業、経済、哲学、思想(しそう)界の行詰りを現出(げんしゆつ)し、社会は(まさ)に転倒せむとする時に当りて、()(これ)を支持するものは、皇道(こうだう)大本(おほもと)(をしへ)である。不言実行の大本(おほもと)(をしへ)である。(かく)(ごと)き闇黒社会は、皇道(こうだう)の大義(あまね)天下(てんか)宣伝(せんでん)さるゝに至つて、始めて完全に支持し改良する事の可能なるは、古事記並に大本神諭(おほもとしんゆ)の示す所であります。
 『誘ふ』宇宙万有一切(いつさい)に真の生命(いのち)を与へ、安心立命せしむる所の権威ある皇道(こうだう)は、独り占有すべきもので無く、(これ)(あまね)天下(てんか)に誘導すべきものである。如何(いか)に暗黒界に浮沈せし人民(じんみん)(いへど)も、皇道(こうだう)の一大光明を認むる時は、先を争うて集り来り、神徳皇恩に浴するは、(すなは)惟神(かんながら)皇道(こうだう)の実体であります。
 『直ぐ』直ぐなるは万有統一の本義である。大工が墨縄を打つも、弓の矢の飛びて的に(あた)るも、銃丸の的中するも、尺度を用ふるも、一切(いつさい)直ぐなるを要す。人の心も(また)直ならざれば、何事(なにごと)も成功する事は出来(でき)ぬ。又一旦決心した事は少しも躊躇せず、直ぐに断行せざれば機を逸する虞がある。神諭(ふでさき)に、神の(をしへ)を聞いて、其場で直ぐ分りて直ぐに改心の出来(でき)る者は、素直な身魂(しんこん)の持主であると現はれて()ります。十日も二十日も二、三ケ月も、神諭(ふでさき)を調べて(わか)らぬ()うな人は、曲つた身魂(しんこん)であります。直霊(なほひ)御魂(みたま)の威力が弱い人であります。
 『主寿統一(すすす)』一天万乗の大君(おほきみ)主が、天壌(てんじやう)と共に無窮に神寿を保ち、万世一系に葦原(あしはら)瑞穂国(地球の別名)を統一して、安国と平けく安らけく、知食(しろしめ)すが(ゆへ)に、皇道(こうだう)()ふのである。皇道(こうだう)天津誠(あまつまこと)の御教であつて、人民(じんみん)を愛撫し仁徳を施し、現人神(あらひとがみ)と君臨し玉ふ、天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇の御天職であり、覇道は外国の帝王等の暴力を(もつ)(たみ)に対し来つたもので、覇道には権道が伴ふのである。(ゆへ)に我皇国の皇道(こうだう)は、天地開闢(かいびやく)の太初より、天津(あまつ)神の定め玉ひし、所謂(いはゆる)天立君主であつて、天に代つて道義的に統治遊ばす、惟神(かんながら)の御天職がましますのであります。
 神勅によりますれば、皇道(こうだう)の大意は、拙著善言美詞の祝詞及び感謝祈願の(ことば)に明かなりとのことでありますから、之等(これら)を熟読されましたら、少しは(わか)るであらうと思ひます。
 日本言霊学により、更に皇声(すこゑ)の略解を試みますれば、
 『中に集まる言霊』とは、宇宙一切(いつさい)万事(ばんじ)は凡て⦿()に集まると()ふことであります。地球の大中心なる(地質学上)日本国には、世界の文物自然に朝宗すると()ふ国徳が備はつて()ります。宗教(しうきやう)にまれ、哲学にまれ、一切(いつさい)思想(しそう)問題にまれ、科学にまれ、自然的に集中するが(ゆへ)に、()の国と()ふのである。
 『真中真心(まなか)也、八極に統べ()る也』の活用は、日本国水土自然の皇国の天賦(てんぷ)的天職を示すものである。
 『数の限り住む也』とは、神皇の洪慈大徳(あまね)く行渡れる瑞穂中津(なかつ)国は、宇宙の所在(あらゆる)生物、人獣鳥魚虫介一切(いつさい)其所を得て安住し、()つ天の益人の数は日に月に増加し、深山(みやま)の奥の奥までも煙の立たぬ所なきまで、生民の安住して、神恩霊徳に浴する天国浄土である。(ゆへ)(これ)を皇国と(もう)すのであります。す。
 『本末(ほんまつ)を一徹に貫く也』(きみ)万古(まんごう)不易(ふゑき)の君たり、臣民(しんみん)万古(まんごう)の臣民たり、君臣の大義名分明かにして、本末(ほんまつ)内外を(あやま)たず、(きみ)(たみ)視玉(みたま)ふ事慈母の赤子に()けるが(ごと)く、(たみ)(きみ)を敬ひ慕ふ事父母の(ごと)く、終始一貫万世一系真善美の国体(こくたひ)を保てる我皇国は、天来の皇道(こうだう)炳乎として千秋に輝き玉ふ所以(ゆえん)であります。
 『玉也』五百津(いほつ)御統現(みすまる)の玉は、天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)の玉体也、八面玲瓏一点の(きづ)なき八尺(やさか)真賀玉(まがたま)こそは、統治権の主体にして、皇道(こうだう)の大極であります。
 『結び産む也』天地交感して万物発生し、夫婦相結びて子女を産む、()高皇産霊神(たかみむすびのかみ)神皇産霊神(かむみむすびのかみ)の妙用にして、皇道(こうだう)の因つて来る所以(ゆえん)であります。
 『八咫(やあた)に伸び(きはむ)る也』八方十方(じゆつぽう)に明かに、神と皇上との大徳自然に伸長し、至仁至治の極徳を宇内(うだい)に光被し玉ふ、(これ)皇道(こうだう)(もう)すのであります。す。
 『限り無く無為也(すみきるなり)』不言の教無為の(くわ)、これ皇道(こうだう)の真髄である。古書にも惟神(かんながら)言挙げせぬ国とある(ごと)く、不言実行を(もつ)て、天下(てんか)を統御し玉ふ御国体(こくたひ)であつて、下国民(こくみん)天津(あまつ)神の御子孫なる歴代の天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇を奉戴し、()く忠に()く孝に、夫婦相和し朋友相信じ、兄弟に友に億兆一心、上下(しやうか)一致、(もつ)皇祖(くわうそ)皇宗の御遺訓に奉答すべきは、皇国臣民(しんみん)の義務にして皇道(こうだう)の大精神(せいしん)である。此大精神(せいしん)を無限に世界各国に対して、実行の範を示すのが、皇道(こうだう)の本義であります。
 『出入息也(いでいるいきなり)、呼吸共に顕ゝる声也』酸素を吸入し炭酸を吐出(としゆつ)する活用にして呼吸共にスースーと声を発す。()のスの()の活用こそ万物を生育し生命(いのち)を与ふる神気にして、天地造化の一大機関である。天帝呼吸し太陽また呼吸し、太陰、大地、人類、万物一切(いつさい)呼吸せざるもの無く、()の呼吸のスの()活動(はたらき)によりて、神人立命するのである。(これ)皇道(こうだう)大本(おほもと)(もう)すのであります。す。
 『結柱也(むすびはしらなり)』ウクスツヌフムユルウを言霊学の上より結びの段と()ふ。其中にて(もつと)も統一する所の言霊はスの()である。(すなは)ち結び(はしら)であり、七十五声の中に(おい)(もつと)も権威ある言霊である。現今(いま)七十五箇国を言向和(ことむけやは)す、絶対的権威はスの()の活用、皇道(こうだう)の発揮に依らねば成らぬのであります。
 『安々(やすやす)の色也』小児(しやうに)の寝て()る姿を見ると、実に安らかにスースーと息をして()んとも言へぬ姿である。天下(てんか)万民(ことごと)皇道(こうだう)発揚して、天下(てんか)統一し、地上に天立君主が君臨し玉ふ時は、小児の安々と眠りたる時の(ごと)く、世界万民枕を高うして安息する事が出来(でき)、天国浄土の成就(ぜうじゆ)する時が来るのである。是が(すなは)皇道(こうだう)の大精神(せいしん)である。皇国天皇の世界統御は」道義的御統一であつて、外国の(ごと)く侵略でも無く、併呑でも無く、植民政策でも無く、各自(めいめい)の国の天賦(てんぷ)的使命を(まつた)うして、神恩君徳に悦服するやうになるのであります。
 『自由自在也(するままにするなり)』天地は神の自由自在(じいうじざい)である。(ゆへ)に神の御子(みこ)たる人類は、天地の大道(たいだう)(したが)つて(すべ)ての経綸(けいりん)を為すも自由自在(じざい)にして一片の障害も湧起せぬ筈である。(しか)るに万事(ばんじ)意の(ごと)く成らずと称して、天地神明を恨むものは、神に()りての精神(せいしん)統一言行一致が出来(でき)()らぬからである。皇道(こうだう)の本義にさへ叶へば、天下(てんか)何物と難も意の(ごと)く自由訂在ならざるは無しであります。
 『(もと)(まま)也』天地自然の(まま)素地の(まま)にして、少しの粉飾も無く外皮も無く、惟神(かんながら)大道(たいだう)に従つて赤裸々なるを()()ふのである。例へば皇道(こうだう)にては神社を造営するにも白木の素地の(まま)(もち)ひ、祭具一切(いつさい)は木地の(まま)であるに引替へ、仏教(ぶつきやう)(ごと)きは、金銀其他(そのた)の色を塗りて、仏堂、霊像、仏具を造るが如し。皇道(こうだう)(もと)(まま)なるを尊ぶ、(これ)()(まま)といふのである。何事(なにごと)も包み隠さず、(あり)(まま)赤裸々にして、純正純直なる言行を励む。是が皇道(こうだう)の本義であります。
 其他(そのた)皇道(こうだう)大本(おほもと)スの活用たるや、至大天球の内外(ことごと)くを(ひた)し保ち極乎(きよくこ)として神聖不可犯の神権を具へ、(いたら)(ざると)(ころな)()(なさざ)(るとこ)(ろなく)為、一切(いつさい)霊魂(みたま)球を(ひた)し、()の極也。声の精也。地球外面(そと)()べ治め、宇宙万有を生成化育せしむるの言霊にして、皇道(こうだう)大本元(だいほんげん)⦿()より始まりて⦿()に納まる絶対無限の神力(しんりき)であります。
 皇道(こうだう)はもと天地自然の大法であつて、大虚霊明なるが(ゆへ)に無名無為である。実にスミキリである。(ゆへ)天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇の皇室を中心として、団結せる大和民族の当然遵守すべき公道であつて、天地惟神(かんながら)大経(たいけい)なるが(ゆへ)に、彼の宗教(しうきやう)々法の(ごと)く、人為的の(をしへ)ではなく、皇祖(くわうそ)天照(あまてらす)大神(おほかみ)の神勅に源を発し、歴代の聖皇之(せいくわう)を継承し玉ひて、天武天皇の()らせ玉ヘる(ごと)く、斯乃邦(これすなわち)家之経緯、王化之鴻基焉である。(これ)を一国に施せば一国安く、(これ)を万国に施せば万国安く、一家(これ)()つて隆ヘ、一身(これ)()つて正を保つの大経である。
 上御一人としては、万世一系天壌(てんじやう)無窮の宝祚を継承し、皇祖(くわうそ)皇宗を崇敬し、大日本国に君臨して、世界を統治し(もつ)て皇基を(かた)め給ひ、下臣民(しんみん)の翼賛に()りて、国家の隆昌と其進運を扶持し玉ふ、(しか)して祖宗の恵撫愛養し給ひし所の忠良なる臣民(しんみん)を親愛し、(もつ)て其福祉を増進し、其懿徳良能(いとくりやうのう)を発達せしめん事を期し玉ひ、臣民(しんみん)(とも)(これ)を遵守し、拳々服膺して、其徳を一にせむことを庶幾(こひねが)はせ給ふ所の御道たることは明治天皇の大勅語に示させ玉ふ所であります。
 下臣民(しんみん)としては、
 皇祖(くわうそ)天神地祇を崇敬し、皇室を尊び、祖先を鄭重に祭祀し、()つ祖先の遺風を顕彰し、()く忠に()く孝に義勇奉公の至誠を(もつ)て、天壌(てんじやう)無窮の皇運を扶翼し奉り、国体(こくたひ)精華(せひか)たる皇道(こうだう)を体して億兆其心を一にし、拳々服膺して、(もつ)(みな)其徳を一にせむことを期し、必ず実践躬行すベき天地の大道(たいだう)であります。
 大量は測る可からず、大度(たいど)(しやく)すベからずとは、其容無(そのかたち)く其窮まりなきを(もつ)て父ある。皇道(こうだう)(ちう)なり虚なり。玄々として、乾天の(くらゐ)(ごと)く、淵乎として万物の宗たり。虚中に霊気ありて自然の妙用を具ふ。虚なるが(ゆへ)()()を容れ、()()(くわ)するのである。名はなけれど世と(とも)に進み、容無(かたち)けれど時と(とも)に移りて万教を同化し万法を摂養す。虚中の虚、霊中の霊、神妙不可測の聖道である、(また)皇道(こうだう)は、神州の精気であつて、日本(やまと)民族の血液である。皇国上代の凡ては(おのずか)ら純朴高雅にして、丞々(じやうじやう)たる皇民は、敬神(けいしん)尊皇(そんのう)報国の念深く、()人為(ひととなり)や天真爛漫にして、其行動(こうどう)自然の法規に適ひ、諸外国の未開野蛮極まる風習と、相距(あいさ)る事雲泥の相違である。()れ全く神代以降列聖の皇道(こうだう)を遵奉して、国民(こくみん)の教養に神慮を煩はせ玉ひし、御余光に外ならないのであります。
   
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