霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第七章 至聖殿落成所感

インフォメーション
題名:第七章 至聖殿落成所感 著者:出口王仁三郎
ページ:231 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B121801c32
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]神霊界 > 大正9年9月21日号(第127号) > 至聖殿落成式所感
 茲に至聖殿(しせいでん)は落成を告げ、大神様が御鎮座()します運びになりました。
 此の至聖殿は我々役員信徒が、神様の御神徳を戴き、又これを世の中に御知らせするところの御神徳を与へて戴きたいと、斯様に御祈りする御宮様であります。此の落成の芽出度い日に当り聊か所感を述べたいと思ひます。先づ顕斎と云ふ事に就て御話致します。神武天皇様が賊徒を討たれる時に、八十平甕(やそひらか)と云ふものを御作りになりて、此の八十平甕に五穀、即ち(こめ)や麦やを容れて、若し之に水を入れずして飴が出来たならば、是は(やいば)(ちぬ)らずして敵が降参する。世の中は平けく安けく治まるであらうと、御誓ひなさつたと言ふ事であります。此の八十平甕とは土器(かはらけ)の様なものであります。之を又川へ流したならば、総ての(うを)が酔うて流れるであらう。若し流れたならば我が軍は勝つ、神様の御心に叶うて勝つのである。賊は直ちに御神徳に依つて、滅ぶると云ふ事を御誓ひなさつたのであります。其の時に果して水を用ひずして飴が出来、又魚は俄に浮き上つて流れたのでありますから、其の奇瑞(きずゐ)に感じ、色々の御酒御饌御水堅塩(おみきおそなへおみづかたしほ)(たてまつ)つて神様に御願ひなされ、天種子(あめのたねこ)と云ふ人が祝詞を奏上して御祭になられました。之が顕斎(けんさい)の起原であります。出雲の大社(おほやしろ)に参拝致しますと、昔三十二丈あつた高殿(たかどの)が、中古には十六丈になり、段々小さくなつて今の大社は八丈で、元の高さの四分の一に減じたのであります。さうして其の御祭してある神様は大国主神であります。此神様は所謂国津神で、臣系の神様である。天照大御神様の御弟君の素盞嗚尊様の御子孫であります。天照大御神様は高天原の御主宰(おんつかさ)でありまして、素盞嗚尊は大海原即ち此の地の主宰神である。地球と云ふものは海が三分の二を占めて、地と云ふものは三分の一位である。素盞嗚尊はこの海原即ち地球を知食(しろしめ)せと、父神から仰せられたのであつて、天津神と国津神とは、歴然と区画がついてゐるのであります。併しこの大国主神が葦原国を御治めになつて居るけれども、何うしてもうまく治まらない。大国主神様を言霊(ことたま)から申しますと、金銀為本(きんぎんゐほん)政策(せいさく)を採つて居る所の、世界各国の名称と云ふ事になつて居ります。此神様が大義名分と云ふ事を明かに御悟りになつて、此の国土をば天孫瓊々杵尊、即ち天津神にお還しになつたのであります。天孫が御降臨なさらないでも、この国は伊冊那岐、伊冊那美の神様の御神勅が行はれて居つたならば、天孫降臨の必要はないのである。大本の所謂日の大神、是が伊冊那岐の神様であります。
 前に申しました通り、天照大御神様は高天原の主宰で、素盞嗚神様は大海原の主宰であります。若しこの地が素盞嗚神様の御子孫でうまく治まつて居つたならば、天孫瓊々杵尊は御降臨遊ばす必要はないのである。けれども『葦原中津国はいたくさやぎてありけり』斯う古事記に書いてあります。余り治まつて居ないものですから、天から態々(わざわざ)地球に御下りになつて、天照大御神様の御子孫の御苦労を願はねばならぬやうになつて来たのであります。そして大国主神様は天孫瓊々杵尊に帰順せられて、天下は弥々皇孫の御主宰遊ばす事と相成り、大国主命は天日隅宮(あめのひすみのみや)に祭られ玉ひ、所在(あらゆる)国津神をして皇孫の御尾前(みをさき)に仕へ(まつ)らしめむ事を御誓ひに成り、八百万の国津神等は赤誠を捧げて皇孫の為に仕へ(まつ)る事になつたのであります。其日隅宮(すみのみや)は今でも本社は八丈の高さがあつて、実に立派な御宮様で、其の境内には沢山の摂社末社があつて、其の御宮には天之御中主大神が祭つてあり、又天照大御神が祭つてあり、其の外天津神国津神が沢山祭つてあります。それで一見すると摂社末社は御眷族の様に見える。素人の考へから云ひますと御眷族である。丁度我々の住宅が或は十坪二十坪、或は百坪以上の家を建てゝ居りますが、最も尊敬すベき神様、即ち天照大御神様を祭るベき神床(かむどこ)は、僅かに狭い一部に限つて置きます。自分等は大きな(へや)で五人も六人も楽に住まつて唐るが、伸縮自在の神様は小さい宮に御居でになつて、それで御満足になつて居られます。此の出雲の大社と云ふのは、詰り大国主神様御自身が敬神と云ふ行を実行されて、自己よりも高位の神様や、以下の地位に在る神々を祭つて居られるのであります。大国主神様が御祭りになつて居る所の御宮様であるから、御宮は小さくても、自分より上の神様をお祭りになつて居る。それで人間が大社に御詣りすると云ふことは、大国主神様に詣るので、境内無数の摂社末社は、大国主命様が神を敬ふ所の大義名分を示されて居るのであります。御筆先に『艮の金神が世に出て覇張(はば)るのではないぞよ』斯う云ふ神勅があります。兎に角、御三体の大神様のお宮を建てゝ、又神政復古に御力を添ヘ下さつた所の神様を、銘々御宮を建てゝ立派にお祭をし更に餓鬼虫族(むしけら)迄助けてその上で艮の金神の御宮を建てゝ貰ふと云ふ事を仰せられて居るのであります。それで御神勅に依りまして、金竜海(きんりかい)の中に大八洲(おほやしま)の御宮を建て、小さい御宮も段々出来ましたが、国常立尊様は鎮まつてはお居でになりません。
 国常立尊様は先づ第一に御三体のお宮を建て、さうして天の神の御降臨を仰いで、この世界の経綸(しぐみ)をなされるのでありまして、()はば国常立尊様は神界の教祖で、神界の秘事を洩らし、或は神界の御経綸(おしぐみ)を御自分で引受けなさる所の神様であります。詰り神界と現界とは合致したものでありますから、御三体の神様がお下りになるに就いては、社がなければどうしても鎮まつて戴く事は出来ませぬ。この地上が実に昔の儘の綺麗な世の中であつたならば、御宮は無くとも何処ヘでも神様は御下りになる訳であります。神様は実に有る所無きが如く、無き所無きが如しで、何処にでも神霊は充満して在る。我々も自分の御世話になつた人、或は自分の主人であるとか、目上の人がお出でになつたならば、座敷の一つも掃除をし、或は経済の許す人は新築して来て貰ふのであつて、御宮を建てると云ふことも、それと同じである。最も尊いこの上高い所はないと云ふ神様に、此地上に御降臨を乞ふのであるから、艮の金神様も自分の宮は何処でも宜い、何でも宜いと仰せられて居ります。それよりも御三体の神様の御宮を建てゝ、その外立替の御用をなさつた神様、すベて御力を添へ下さつた神様に御礼の為に御祭りすると云ふことが書いてあります。神様からして敬神の大道を実行なさつて居られるのであります。
 総て神界の事が現界へ移るのであつて、大国主神様が御自ら天津神を御祭りになつて居られます。之と同様に国常立尊様は、今度の立替の御用の(さきがけ)として、御三体の神様を先づ御祭り遊ばすのであります。神界は斯の如く、君系臣系の大義名分が明かになつて居るのですから、我々は何うしても自分の事よりも、神様の事、皇室の事を先にしなければ、大義名分にはならぬのであります。前申す通り、神様は既に敬神の(おこなひ)をして居られる。即ち神様が神を敬うて居られるのである。神を知る者は神より外に無い。敬神と云ふ事は神を敬し、我が身を敬し、又人を敬するので、皆同じ様に敬するのであります。我が身を敬ふと云ふ事を、今日の信者で誤つて居る人がある。唯謙譲の徳さヘ守つて居れば宜いと云ふ人が大分あります。自分を敬ふと云ふ事は可笑しく感じますけれ共、教育勅語の中にも『恭倹己ヲ持シ』とあつて、恭とは敬ふ、倹とは倹約つゝましくする事、詰り我が身を敬うて、つゝまやかにすると云ふ事で、己を持すると云ふことが第一であります。先づ自分を敬はなければ、神様を敬ふ事は出来ませぬ。何故かと申しますれば、自分は即ち天御中主大神の御分霊であつて、一方には陛下の玉体の分身であります。霊魂は天津神より授かつた所の分霊であり、畏くも上御一人の御分体である以上は、所謂親子同然である。日本の国は実に立派な国体で、陛下は我々臣民に対して、主師親(しゆししん)の三(とく)を具有し以て仁慈の御神政を遊ばすのであります。それで明治天皇は『恭倹己ヲ持シ』と諭されたのである。又天照大御神は自分の御孫を指して、吾皇御孫尊(あがすめみまのみこと)と仰せられて居ります。(すめ)()(みこと)も皆敬称でありまして、素盞嗚尊は『()が御心すがすがし』即ち自分の心を御心と仰せられて居ります。自分の心ではない、神様から預つた所の心即ち我が肉体に宿り給ふ所の心と云ふ事であります。又雄略天皇の葛城山の山狩の時に『()御腕(みただむき)(あぶ)かきつき』と仰せられて居る。之も御腕(みただむき)と敬称せられて居るのであります。又三四歳位の子供が自分の名前にサンを附けて居るが、サン附では可笑しいやうでありますけれ共、決して可笑しい事はない。神様の分霊分体である以上、自分の霊体でないから、矢張り敬称を附けるのである。我々も其の通りで、子供の時は生れ赤子の心である。大きくなると人には様を附ける。自分を卑下して僕とか拙者とか云ふ様になり、自他の区別を附けて居るのであります。
 それから尊皇と云ふ事でありますが、日本の国民は生れながらにして、尊皇の心を持つて居らぬ者はない。どんな者でも陛下に敵対する者は一人もなく、皇室の尊いと云ふ事を知つて居ります。但し愛国心と云ふことは日本人特有のものではありませぬ。外国人も皆自分の郷土、国家を愛すると云ふ事は知つて居る。此の愛国と云ふのは世界普遍的の魂で、唯尊皇と云ふことは日本人特有の魂であります。併し尊皇丈では不可ぬ。何故かと云ふと、明治元年三月十四日の御宸翰(ごしんかん)に、
 前略、汝億兆旧来(なんぢおくてうきうらい)の陋習に慣れ、尊皇のみを朝廷の事となし、神州の危急を知らず、朕一度足を挙れば非常に驚き種々の疑惑を生じ、万口紛紜(ふんうん)として朕が志を為さ父らしむる時は、是朕をして君たる道を失はしむるのみならず、従つて列祖の天下を失はしむるなり。汝克々朕が志を体認し、相率ゐて私見を去り公議を採り、朕が業を助けて神州を保全し、列聖の神霊を慰め(たてまつ)らしめば、生前の幸福なれ。
と仰せられてをりますが、尊皇は一般的のものである。これは什麼(どう)しても敬神勤皇報国でなければいかぬのである。尊皇の精神と云ふものは、唯之を尊重するばかりでは不可ませぬ。一旦緩急ある時は、『海行かば水漬(みづ)く屍、山行かば草蒸(くさむ)す屍、大君の()にこそ死なめ、(のど)には死なじ顧みはせじ』と云ふやうに、大君の馬前に屍を晒すと云ふ魂が無ければならぬ。皇室の安泰の為には生命(いのち)は要らぬ。之が即ち勤皇と云ふことであります。どうしても尊皇では不可ませぬ。勤皇の大精神でなければ臣子の本分を能く勤めることは出来ませぬ。国民は元々勤皇でなければならないのです。皇道大本敬神勤皇報国の団体でありますが、勤皇と云ふことを今云ひますと、明治維新の際に勤皇家が起つて来て、時の政府即ち徳川幕府を叩き潰したのですから、大本教が勤皇と云ふことを唱へますと、一部の人は現政府を叩き潰すのであるとか、或は現政府に反対の為にあゝ云ふのだなどと云ふ位に、神経過敏な政府は感ずるかも知れませぬ。それが為に我々は勤皇と云ひたいけれども、云ふ事は出来ない。併し(おこなひ)は勤皇である。口で唱へて居る事は尊皇であるけれ共、行つて居る事は勤皇であります。茲は能く御考ヘを願はなければならない所であります。
 前に申しました如く愛国は一般的のもので、報国と云ふ事は国恩に報ずる、国家に報いると云ふのであつて、一生懸命に国家の為には身命を(なげうた)たなければならぬ。之でなければ敬神報国は出来ぬのであります。愛国と云ふ事は、何処の国でも国を愛して居る、けれ共報国と云ふ事はありませぬ。此の報国には生命があり働きがあるのである。例へば愛国が(れい)ならば報国は神である。尊皇が(れい)ならば勤皇は神である。(れい)には働きがないが、神には働きがある。(れい)と云ふ事は万物に普遍したるものであります。いつかの神霊界にも載つて居りましたが、例ヘば燧石(ひうちいし)は火を含み、打てば発火すると云ふ素質を有つて居る。これが(れい)である。燧石と鋼鉄(はがね)を打合せると火が出る。それを火口(ほくち)につけると、全世界を焼き尽す事も出来る様な勢が出る。此の火の輝きと云ふものが神であります。所謂尊皇は(れい)で、勤皇は神である。又愛国は(れい)の働きをして居つて、報国は神の働きをして居るのであります。此の勤皇尊皇と云ふ事は、(ただ)に我々人間のみではなく、第一に国常立尊様が、勤皇尊皇の御実行者で居らるゝのであつて、艮の金神様は先づ御三体の御宮様を先にすると仰せられて居ります。之が敬神と云ふ事である。
 総て神界の物事は現界に移るもので、第一番に艮の金神様が御手本を示されたのであります。神政成就する迄には、神界においても人間と同様に、敬神尊皇愛国と、敬神勤皇報国の(おこなひ)をして御見せになつて居られるのであります。
(大正九、九、二一号 神霊界)
   
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