霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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神武天皇御東征之段

インフォメーション
題名:神武天皇御東征之段 著者:出口王仁三郎
ページ:211 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-06-14 13:19:25 OBC :B121805c114
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]神霊界 > 大正9年10月21日号(第130号) > 日本書紀解説〔神武天皇東征之段〕
 日本(にほん)書紀(しよき)にある神武(じんむ)天皇(てんわう)()東征(とうせい)の一(せつ)講演(かうえん)(いた)します。
日本(にほん)書紀(しよき)の一(せつ)に、
 『(かむ)日本(やまと)磐余(いはれ)(ひこの)天皇(すめらみこと)神武(じんむ)天皇(てんわう))……(みとし)四十(よそぢあまり)五歳(いつとせ)(およ)びたまふ。(もろもろ)(いろせ)(およ)子等(みこたち)(かた)りて(のり)たまはく。(むかし)()天神(あめのかみ)高皇(たかみ)産霊(むすび)(のみこと)(おほ)日霎(ひるめ)(のみこと)()(とよ)葦原(あしはらの)瑞穂(みづほ)(のくに)(のたまひあ)げて、(あが)天祖(あまつみおや)彦火(ひこほの)瓊瓊杵(ににぎの)(みこと)(あた)へり。於是(ここに)彦火(ひこほの)瓊瓊杵(ににぎの)(みこと)(あめ)(いはくら)(ひきひら)きて、雲路(くもぢ)(おしわ)け、(みさき)仙蹕(はらひおひ)()戻止(いたりま)す』
とあります。神武(じんむ)天皇(てんわう)(おん)(とし)四十五(さい)(とき)は、今年(こんねん)()る二千五百八十六(ねん)(ぜん)甲寅(きのえとら)(とし)で、月日(つきひ)は十(ぐわつ)五日(いつか)(あた)るのであります。この甲寅(きのえとら)(とし)といふのは、(あだか)大正(たいしやう)(ねん)世界(せかい)戦争(せんさう)(はじ)まつた(とし)であります。
 (おそ)(おほ)くも(あめ)(した)(たひ)らけく(しろし)めし(たま)ふ、()天職(てんしよく)惟神(かむながら)享有(きやういう)(たま)ふ、天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇(てんわう)(さま)が、(だい)日本(につぽん)神国(しんこく)君臨(くんりん)(あそ)ばされて、(とよ)葦原(あしはら)瑞穂(みづほ)(のくに)(すなは)地球(ちきう)(じやう)を、道義(だうぎ)(てき)(とう)一せらるる機運(きうん)(むか)うたのであります。(だい)日本(につぽん)皇国(くわうこく)国体(こくたい)()本義(ほんぎ)()天職(てんしよく)たる皇道(くわうだう)精髄(せいずゐ)精華(せいくわ)は、(いま)充分(じうぶん)発揮(はつき)されて()りませぬ(なん)となれば古往(こわう)今来(こんらい)(まつた)暗黒(あんこく)無明(みやう)世界(せかい)で、(あま)岩戸(いはと)(がく)れの状態(じやうたい)であつたからであります。
 物質(ぶつしつ)文明(ぶんめい)結局(けつきよく)世界(せかい)戦争(せんさう)となりて、海外(かいぐわい)(しよ)強国(きやうこく)は、一(たん)経済(けいざい)(てき)精神(せいしん)(てき)(ほろ)んで(しま)つたので、(これ)から(あらた)建設(けんせつ)しなければならぬ破目(はめ)()つて()たのであります。
 しかし(わが)日本(につぽん)(こく)は、(さいはひ)にその暗黒(あんこく)な、ひどい影響(えいきやう)()けませんでしたから、世界(せかい)戦争(せんさう)(おこ)りつつある(あひだ)に、十分(じふぶん)準備(じゆんび)をして、世界(せかい)道義(だうぎ)(てき)統一(とういつ)する機会(きくわい)(あた)へられたので、日本(につぽん)(こく)愈々(いよいよ)改造(かいざう)時機(じき)(むか)つて()たのであります。()日露(にちろ)戦争(せんさう)()(くれ)(かね)世界(せかい)戦争(せんさう)暗夜(あんや)鐘声(しようせい)であつて、日本(につぽん)(こく)()()守護(しゆご)になるに(つい)て、世界(せかい)(すべ)て、統一(とういつ)(てき)機運(きうん)(むか)つて()ります。(すべ)てのものが、世界(せかい)統一(とういつ)でありますから、外国(ぐわいこく)暗黒(あんこく)なる経済(けいざい)(てき)影響(えいきやう)は、日本(につぽん)(うつ)り、日本(につぽん)経済(けいざい)(じやう)()安定(あんてい)なる荒波(あらなみ)は、米国(べいこく)へうつり、米国(べいこく)影響(えいきやう)欧洲(おうしう)にうつり、だんだん(なみ)(ひろが)つて(たか)まつて()き、その(なみ)向岸(むかふぎし)(つき)(あた)つて(そう)一層(いつそう)激浪(げきらう)()(おこ)し、(ふたた)日本(につぽん)()(かへ)つて()る。今度(こんど)(なみ)(つよ)いのであるから、日本(につぽん)一層(いつそう)(いま)より()景気(けいき)になつて()ます。(ゆゑ)各自(かくじ)注意(ちゆうい)をして、()荒波(あらなみ)()ける工夫(くふう)をいたさねばなりませぬ。(いま)(まで)(ねん)(かん)甘味(うまみ)()めて()人々(ひとびと)は、この()景気(けいき)(もち)(なほ)すかも()れんと()ふものがあるが、(けつ)して楽観(らくくわん)すべきでは()い。もつともつとひどい激浪(げきらう)怒涛(どたう)襲来(しふらい)するものと覚悟(かくご)せねばなりませぬ。(しか)して日本(につぽん)(こく)皇道(くわうだう)(ひかり)が、八紘(はつこう)(かがや)くのはこれからであつて、(いま)まで(ほとん)ど二千(ねん)(らい)和光(わくわう)同塵(どうぢん)(てき)()政策(せいさく)結果(けつくわ)として、皇運(くわううん)発展(はつてん)時機(じき)()なかつたのであります。崇神(すじん)天皇(てんわう)国体(こくたい)尊厳(そんげん)()して、和光(わくわう)同塵(どうぢん)政策(せいさく)をとられたのは、今日(こんにち)あるを()(たま)うて、天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇(てんわう)()天職(てんしよく)発展(はつてん)期待(きたい)されて()られたからであります。世界(せかい)各国(かくこく)時節(じせつ)到来(たうらい)せぬために、権謀(けんぼう)発生(はつせい)したり、個人(こじん)主義(しゆぎ)隆盛(りうせい)になつて、体主(たいしゆ)霊従(れいじう)悪土(あくど)となり、(ひと)(くに)()英雄(えいゆう)()たりして、(むかし)から治乱(ちらん)興廃(こうはい)何遍(なんべん)あつたかわからぬ。(くに)()つたり、(たふ)れたり、併合(へいがふ)されたり、(あるひ)占領(せんりやう)されたり、(かぞ)(つく)されぬ(くらゐ)であります。
 従来(じうらい)人生(じんせい)不安(ふあん)世路(せろ)困難(こんなん)()(うへ)なく、(じつ)(もつ)闇黒(あんこく)無明(むみやう)()(なか)であつた。(すなは)(あま)岩戸(いはと)(がく)れの現状(げんじやう)であります。(むかし)から王道(わうだう)とか、覇道(はだう)とか、(また)憲法(けんぱふ)政治(せいぢ)とか、共和(きやうわ)政治(せいぢ)であるとか、デモクラシーとか、マルクス主義(しゆぎ)とか、()()聖人(せいじん)賢哲(けんてつ)(とな)へる(すべ)ての社会(しやくわい)経綸(けいりん)(せつ)や、また釈迦(しやか)孔子(こうし)基督(キリスト)道義(だうぎ)(てき)教義(けうぎ)は、ただ今日(こんにち)までの世界(せかい)破滅(はめつ)人心(じんしん)堕落(だらく)弥縫(びほう)補綴(ほてい)すべく、(もち)ひられた(くらゐ)にすぎず今後(こんご)社会(しやくわい)政策(せいさく)(たい)しては、何等(なんら)権力(けんりよく)効力(かうりよく)もない。()()(をしへ)は、(いづ)れも人心(じんしん)不安(ふあん)(やは)らげ、兇悪(きやうあく)なる人心(じんしん)矯正(けうせい)し、世道(せだう)人心(じんしん)(みちび)き、治国(ちこく)安民(あんみん)(みち)()て、天下(てんか)泰平(たいへい)(くはだ)てたのでありますが、(しか)孔子(こうし)(うま)れた支那(しな)現状(げんじやう)は、あの(とほ)闇黒(あんこく)で、百鬼(ひやくき)昼行(ちうかう)状態(じやうたい)(また)釈迦(しやか)(うま)れた印度(いんど)は、此地(このち)極楽(ごくらく)浄土(じやうど)出現(しゆつげん)せしめようとしたのに、(いま)某国(ぼうこく)圧迫(あつぱく)()け、(わづか)人民(じんみん)()命脈(めいみやく)(たも)つて、無限(むげん)地獄(ぢごく)有様(ありさま)(また)基督(キリスト)()猶太国(ゆだや)は、天国(てんごく)地上(ちじやう)()てむと(かんが)へたけれど、二千(ねん)経過(けいくわ)した今日(こんにち)(おい)暗黒(あんこく)無明(むみやう)地獄(ぢごく)状態(じやうたい)であります。(これ)(かんが)へると、世界(せかい)人心(じんしん)緩和(くわんわ)した利益(りえき)はあつたけれどもこれから()()()(なか)になれば、(すこ)しも()()はぬ時代(じだい)錯誤(さくご)教義(けうぎ)となつて(しま)ふのであります。
 (これ)(たと)へて()へば、(つき)()ると(ほし)(ひかり)(うす)くなり、太陽(たいやう)()ると、(つき)(ほし)(ひかり)(うしな)ふのと(おな)じであります。この(せい)(てき)位置(ゐち)にある古今(ここん)(しよ)賢哲(けんてつ)道義(だうぎ)(てき)諸説(しよせつ)は、今後(こんご)(かげ)(ぼつ)するのであります。それを和光(わくわう)同塵(どうぢん)政策(せいさく)により、崇神(すじん)天皇(てんわう)我国(わがくに)()()(たま)うたのであります。何故(なぜ)かと(まを)せば、今日(こんにち)()(なか)物質(ぶつしつ)文明(ぶんめい)を、一旦(いつたん)日本(につぽん)()れて、日本(につぽん)世界(せかい)中心(ちうしん)(こく)でありますから、精神(せいしん)(てき)文明(ぶんめい)物質(ぶつしつ)(てき)文明(ぶんめい)調和(てうわ)(はか)り、霊主(れいしゆ)体従(たいじう)惟神(かむながら)大道(だいだう)発揮(はつき)し、所謂(いはゆる)皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)()遺訓(ゐくん)によりて、世界(せかい)万民(ばんみん)(やす)らけく(たひ)らけく、(をさ)むる時機(じき)()たせられたのであります。天運(てんうん)循環(じゆんくわん)神律(しんりつ)()つて、()れがいよいよ実現(じつげん)さるる時機(じき)到達(たうたつ)した次第(しだい)であります。由来(ゆらい)(すべ)ての大道(だいだう)(すなは)治国(ちこく)(へい)天下(てんか)(みち)は、(わが)日本(につぽん)(こく)日月(じつげつ)(ごと)く、(へい)として儼存(げんぞん)して()るのであります。
 神武(じんむ)天皇(てんわう)(すなは)(かむ)日本(やまと)磐余(いはれ)(ひこの)(みこと)が、御年(おんとし)四十五(さい)(とき)(しよ)(けい)(およ)皇子(みこ)(たち)(あつ)めて(まを)されるには、(むかし)天津(あまつ)()(おやの)(かみ)高皇(たかみ)産霊(むすびの)(みこと)(おほ)日霎(ひるめの)(みこと)(すなは)高木(たかぎの)(かみ)天照(あまてらす)(おほ)()(かみ)が、この(とよ)葦原(あしはら)瑞穂(みづほの)(くに)()げて(わが)天津(あまつ)御祖(みおや)彦火(ひこほの)瓊々杵(ににぎの)(みこと)(さづ)けられた。そこで彦火(ひこほの)瓊々杵(ににぎの)(みこと)(あめ)磐座(いはくら)(はな)ち、(あめ)八重雲(やへくも)()()けて、日向(ひむか)串触(くしぶるの)(たけ)(あめ)宇受売(うづめの)(みこと)猿田彦(さるだひこの)(かみ)(さき)()()()にして()()りました。
 『()(とき)に、()鴻荒(あらき)()ひ、(とき)草昧(くらき)(あた)れり。(かれ)(くら)くして(もつ)(ただ)しきを(やしな)ひて、()西(にし)(ほとり)()らす。皇祖皇考(みおや)()()乃聖(ひじり)にして、(よころび)()み、(ひかり)(かさ)ね、(さは)年所(とし)()たり。天祖(あまつみおや)降跡(あまくだり)ましてより()()()()、一百七十九万二千四百七拾()(さい)
 この(とき)()鴻荒(あらき)()ひ、草昧(くらき)(あた)云々(うんぬん)(おん)(みことのり)は、丁度(ちやうど)今日(こんにち)()現状(ありさま)()のままであります。
 今日(こんにち)(あめ)八重雲(やへくも)十重(とへ)二十重(はたへ)(つつ)まれ、(すべ)てのものに磐座(いはくら)といふものがあり、岩戸(いはと)がしまつて()(すなは)(ばつ)があつて、一歩(いつぽ)(なか)(はい)れぬのであります。この(くも)りに(くも)つた(すべ)ての思想(しさう)で、()(あら)きに()(とき)(くら)きに(あた)れり、所謂(いはゆる)国体(こくたい)(はん)する外来(ぐわいらい)思想(しさう)のために、(ひと)(こころ)一層(いつそう)(すさ)びに(すさ)び、群衆(ぐんしふ)心理(しんり)(てき)焼討(やきうち)事件(じけん)(こめ)騒動(さうどう)労働(らうどう)(しや)同盟(どうめい)怠業(たいげふ)罷業(ひげふ)種々(しゆじゆ)()祥事(しやうじ)があると(おな)じやうな乱世(らんせい)であつたのであります。
 この闇黒(あんこく)()(なか)(まじは)つて、(ただ)しきを(やしな)(まこと)(みち)()て、西(にし)九州(きうしう)()(おい)て、(ぜん)(かがみ)()して()られたのであります。丁度(ちやうど)今日(こんにち)闇黒(あんこく)無明(むみやう)()(なか)(おい)て、(じつ)(おそ)(おほ)(たとへ)でありますが、皇道(くわうだう)大本(おほもと)(まこと)(みち)()いて、この日本(につぽん)(こく)下津(したつ)岩根(いはね)(おい)て、皇国(くわうこく)発祥(はつしやう)時機(じき)()ちつつあるのと(おな)状態(じやうたい)であります。
 皇祖(くわうそ)皇考(くわうかう)(すなは)(かみ)(すなは)(ひじり)であつて、(よろこび)()み、(ひかり)(かさ)ねて、(おほ)くの年所(とし)()()られたのであります。(すなは)天照(あまてらす)(おほ)()(かみ)より皇孫(くわうそん)瓊々杵(ににぎの)(みこと)鵜葺草(うがや)(ふき)不合(あへずの)(みこと)まで(よろこび)()み、(ひかり)(かさ)ねて()られたので、神代(かみよ)(じつ)立派(りつぱ)(をさ)まり、天照(あまてらす)(おほ)()(かみ)()威徳(ゐとく)神武(じんむ)天皇(てんわう)まで(ひか)(かがや)いたのであります。
 お筆先(ふでさき)神代(かみよ)立派(りつぱ)()であつたと()()りますが、その(とほ)りであります。ところが(むかし)神代(かみよ)()(かは)()穴居(けつきよ)し、石器(せつき)時代(じだい)()て、今日(こんにち)(ひら)けたのでありますが、(しか)(なが)当時(たうじ)人民(じんみん)生活(せいくわつ)は、(じつ)安静(あんせい)平穏(へいをん)至清(しせい)至美(しび)(じつ)立派(りつぱ)()(なか)であつたことが()詔勅(せうちよく)()つて証明(しようめい)されるのであります。
 天孫(てんそん)瓊々杵(ににぎの)(みこと)が、この地球(ちきう)(じやう)降臨(かうりん)ましましてより、一百七十九万二千四百七拾()(さい)()()ります。日本(につぽん)歴史(れきし)では、神武(じんむ)天皇(てんわう)即位(そくゐ)紀元(きげん)二千五百八十何年(なんねん)と、いふことになつて()りますが、日本(につぽん)国体(こくたい)(ふる)くして、(たふと)きことを()るには、天孫(てんそん)瓊々杵(ににぎの)(みこと)()降臨(かうりん)から(かぞ)へて、一百七十九万二千何年(なんねん)とせねばなりませぬ。(じつ)()しいことをしたものです。
 『(しか)るを(とほ)(はるか)なるの(くに)(なほ)(いま)王沢(みうつくしび)(うるほ)はず、(つひ)(むら)(きみ)あり、(ふれ)(ひとこのかみ)あり、各自(おのもおのも)(さかひ)(わか)ちて、(もつ)(あひ)(しのぎ)(きしろ)ふ』
 しかしさういふ工合(ぐあひ)に、理想(りさう)(てき)()(なか)であつたけれども、(とほ)(はる)かなる()は、(いま)王化(わうくわ)(うるほ)はず(すなは)日本(につぽん)から(まを)せば海外(かいぐわい)(うるほ)はないのでありますが、(これ)日本(につぽん)国内(こくない)だけに(つい)(まを)すと、九州(きうしう)以外(いぐわい)中国(ちうごく)東海(とうかい)東山(とうさん)北陸(ほくりく)()()(くに)王化(わうくわ)(うるほ)はないで、(むら)(きみ)あり、(むら)(をさ)ありて、各自(かくじ)境界(きやうかい)(わか)つて、(たがひ)(あひ)凌轢(りやうれき)して()たのであります。今日(こんにち)から(まを)せば、(なん)でもない(こと)(やう)(おも)ひますが、(しか)学者(がくしや)学閥(がくばつ)(つく)り、学者(がくしや)同志(どうし)議論(ぎろん)(たたか)はして(たがひ)(あひ)(しの)ぎ、政治(せいぢ)()政治(せいぢ)()(また)(ばつ)(つく)り、政府(せいふ)(たう)在野(ざいや)(たう)(たがひ)(しのぎ)(けづ)り、軍人(ぐんじん)軍人(ぐんじん)(ばつ)(つく)り、所謂(いはゆる)(むら)(きみ)あり、(むら)(をさ)ありで、支那(しな)支那(しな)米国(べいこく)米国(べいこく)(かく)国々(くにぐに)主権(しゆけん)(しや)があつて、(みな)自分(じぶん)(くに)勝手(かつて)()いやうにと(かんが)へて()るのであります。丁度(ちやうど)二千五百八十六(ねん)(まへ)現状(げんじやう)は、今日(こんにち)世界(せかい)現状(げんじやう)によく()()るのであります。
 現代(げんだい)世界(せかい)列強(れつきやう)が、(おのおの)(たがひ)領土(りやうど)獲得(くわくとく)せむとし、領土(りやうど)(よく)のために(しのぎ)(けづ)有様(ありさま)は、古今(ここん)(あひ)(ひと)しいのである。これが古今(ここん)(つう)じて(あやま)らず、中外(ちうぐわい)(ほどこ)して(もと)らざる()神書(しんしよ)権威(けんゐ)ある所以(ゆゑん)で、何時(いつ)()()はして(かんが)へて()ても、神典(しんてん)記録(きろく)に、符合(ふがふ)するのは此処(ここ)であります。
 (およ)もの(きう)すれば(かなら)(つう)ずで、今日(こんにち)(ごと)き、天下(てんか)無道(ぶだう)状態(じやうたい)となつたのを救済(きうさい)するのは、(じつ)日本(につぽん)(こく)(はじ)めて(わが)日本(につぽん)(こく)天職(てんしよく)発揮(はつき)して、世界(せかい)修斎(しうさい)する時代(じだい)()たのであります。
 世界(せかい)(かく)国民(こくみん)世界(せかい)戦争(せんさう)非常(ひじやう)打撃(だげき)()け、(なん)千万といふ生霊(せいれい)()て、(なん)(おく)といふ(ざい)(なげう)つてその(くるし)みを()け、戦争(せんさう)惨苦(さんく)をよく()めて()るので、此上(このうへ)もう(たたか)()はなくて、()うかして、この地上(ちじやう)有力(いうりよく)なものが(あらは)れて(をさ)めてくれることを、各自(かくじ)期待(きたい)して()るのであります。今日(こんにち)(わが)日本(につぽん)では、外交(ぐわいかう)(じやう)状況(じやうきやう)(すべ)(うれ)へて()つて、(いま)国交(こくかう)破裂(はれつ)した場合(ばあひ)には、外国(ぐわいこく)から(すす)んで(いくさ)をしかけるやうに(おも)うてゐるが、(しか)外国(ぐわいこく)(じん)(はら)(なか)は、これまでの戦争(せんさう)()()てて、戦争(せんさう)といふものは(つま)らぬものであるといふ(こと)を、(こころ)から(さと)つて()るのであります。
 『抑又(はたまた)塩土翁(しほつちのおきな)()きしに、(いは)(ひむがし)美地(よきくに)あり、青山(あをやま)四方(よも)(めぐ)れり。()(なか)(また)(あめの)磐船(いはふね)()りて()()(もの)ありといひき。(われ)(おも)ふに、彼地(かのくに)は、(かなら)(まさ)()天業(あまつひつぎ)恢弘(ひろめの)べて、(あめ)(した)光宅(みちを)るに()りぬべし。(けだ)六合(くに)中心(もなか)()(その)(とび)()るといふものは、(おも)ふに()(にぎ)速日(はやひ)をいふ()(なん)()いて(みやこ)つくらざらむ』
 これは神武(じんむ)天皇(てんわう)()言葉(ことば)でありまして、(また)塩土翁(しほつちのおきな)東国(とうごく)によき(くに)ありて、青山(あをやま)四方(よも)(めぐ)り、(あめ)磐船(いはふね)云々(うんぬん)()いたと(あふ)せられたのでありますが、()塩土翁(しほつちのおきな)(ひこ)火々出見(ほほでみの)(みこと)綿津見(わたつみ)(みや)に、目無(めなし)堅間(かたま)(ふね)()案内(あんない)せられた(かみ)(おな)神様(かみさま)であります。
 (みづ)()ツチ()で、この地球(ちきう)意味(いみ)し、シホ()(めぐ)海水(かいすゐ)である。(すなは)塩土(しほつち)(おきな)()創造(さうざう)して、目無(めなし)堅間(かたま)(ふね)(つく)つた神様(かみさま)であります。(しほ)(すべ)てのものを(きよ)める(ちから)()つたもので祭典(まつり)にも塩水(えんすゐ)行事(ぎやうじ)(おこな)ひ、墓参(ぼさん)()(しほ)(きよ)めるのもこのわけで、(しほ)()(なか)洗濯(せんたく)する(ちから)がある。(なつ)(うを)腐敗(ふはい)(ふせ)ぐにも、この(しほ)(もち)ふる(ごと)く、(すべ)ての(もの)腐敗(ふはい)()める(ちから)()つて()るものであります。()(なか)がだんだん腐敗(くさ)りに腐敗(くさ)つて絶滅(ぜつめつ)せむとする有様(ありさま)になつて()たが、この(しほ)(けが)れを(きよ)め、腐敗(ふはい)()めるのであります。(また)(しほ)(あぢ)食物(しよくもつ)(なか)で、一番(いちばん)うまいもので、沢山(たくさん)()へば()()(くらゐ)に、ピリピリ(いた)して、マヅイものであるけれども、適度(てきど)(もち)ふれば、砂糖(さたう)よりもうまく、(また)食物(しよくもつ)(すべ)(しほ)がなければ(あぢ)はつくものではありませぬ。
 (つち)つぶらなるで、円満(ゑんまん)なる()といふ意味(いみ)である。万物(ばんぶつ)はこの地球(ちきう)(つち)より、天然(てんねん)(りよく)()うて、(おほ)きくなるのである。大便(だいべん)でも小便(せうべん)でも(つち)にかけると、(つち)(きた)なきものを吸収(きふしう)して(きよ)め、伊吹(いぶき)(はら)つて不浄(ふじやう)()くする、これが(つち)であります。
 塩土(しほつち)(おきな)(おきな)(きみ)といふ意味(いみ)であり、この(はね)両翼(りやうよく)といふことである。(すなは)(とり)(つばさ)がなくては()つことが出来(でき)ぬ。(また)(とり)(みたま)でありますから、(からす)(すずめ)杜鵑(ほととぎす)などといつて、(みな)言霊(ことたま)である。所謂(いはゆる)(すめら)御国(みくに)である。(すなは)両翼(りやうよく)必要(ひつえう)である。(おきな)大地(おきな)とも大名(おきな)とも(まを)して、()(てん)(ぞく)し、()()(ぞく)し、左右(さいう)大臣(だいじん)である。(すなは)高皇(たかみ)産霊(むすびの)(かみ)となり、(いづ)御魂(みたま)(みづ)御魂(みたま)になる。(おきな)(きみ)()(はたら)きを(たす)ける(ひと)である。(いま)高徳(かうとく)老人(らうじん)(しよう)して(おきな)といふ、この(おきな)(まこと)解釈(かいしやく)は、(くに)常立(とこたちの)(みこと)となるのであります。
 その(おきな)()はれるには、此処(ここ)より(ひがし)(はう)(うつく)しき(くに)があると、日向(ひうが)(くに)から()られたのでありますから、それは大和(やまと)(くに)になる。(この)大和(やまと)(くに)青山(あをやま)四方(しはう)(めぐ)つて、三(しゆ)神器(じんぎ)にたとへられた、大和(やまと)三山(さんざん)といふのがある。神武(じんむ)天皇(てんわう)はそれへ()()しになりました。四方(しはう)(やま)(めぐ)らす(くに)中心(ちうしん)で、(みやこ)(つく)(たま)ふに(てき)した大和(やまと)()()されたのであります。
 ()筆先(ふでさき)綾部(あやべ)()青山(あをやま)四方(よも)にめぐらしとありますが、(むかし)大和(やまと)で、(いま)国常立(くにとこたちの)(みこと)(あらは)れた聖地(せいち)とも(おも)はれます。これは我田(がでん)引水(いんすゐ)でもなければ、牽強(けんきやう)附会(ふくわい)でもない。()本文(ほんぶん)から(かんが)へて、その(とほ)りになります。其中(そのなか)(あめ)磐船(いはふね)()つて(とび)()りるものがある。(われ)(おも)ふに、彼地(かのくに)は、(かなら)天業(あまつひつぎ)恢弘(ひろめの)べて(あめ)(した)光宅(みちを)るにたる。これ六合(くに)中心(もなか)()とありますが、(これ)(くは)しく(まを)すと(また)綾部(あやべ)()()すやうになりますから、()めて()きます。
 (とび)(くだ)るものは、()饒速日(にぎはやひ)()(なん)()いて(みやこ)をつくらざるとの()本文(ほんぶん)がありますが、その(あめ)磐船(いはふね)といふのは、(いは)(くす)(ぶね)とか、飛行船(ひかうせん)とか、飛行機(ひかうき)(こと)にもなりますが、此処(ここ)では(うしとら)金神(こんじん)(をしへ)であります。(すなは)(いは)(くす)(ぶね)(ごと)(くだ)けない、(かた)(をしへ)といふことである。この(ふね)()つて中心(ちうしん)(とび)()りるといふので、(たか)(ところ)から(ひく)(ところ)へ、一足(いつそく)()びに()(おり)るといふ(こと)になる。これ饒速日(にぎはやひ)()といふニギは、賑々(にぎにぎ)しくとか、(いや)(さか)えに(さか)えるとかいふことで、()日輪(にちりん)()で、天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)()であります。(すなは)天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)御子(みこ)(いま)(くに)が、(すみや)かに賑々(にぎにぎ)しく、(いや)(さか)えに(さか)()くやうにする神様(かみさま)が、(くだ)るといふことになります。その饒速日(にぎはやひ)(ところ)に、(みやこ)(つく)るのは如何(どう)であらうかと、神武(じんむ)天皇(てんわう)()(たづ)ねになつたのであります。
 『(もろもろ)皇子(みこたち)(こたへ)(まを)さく、(ことはり)(まこと)灼然(いやちこ)なり。我等(われら)(また)(つね)(もつ)(おもひ)()つ、(むべ)(すみや)かに(おこな)ひたまへ。是年(ことし)太歳(おほとし)甲寅(きのえとら)………』
 そこで皇子(みこ)(たち)は、(こた)へて(まを)さるるには、天皇(すめらみこと)()言葉(ことば)(まこと)道理(だうり)(かな)うたことで、(かがみ)(ごと)灼然(しやくぜん)(かがや)いて()ります。私達(わたくしたち)其処(そこ)(みやこ)(つく)(たま)はば、結構(けつこう)だと(つね)(おも)うて()りました。(すみやか)()進発(しんぱつ)あつて、(あめ)(した)(をさ)(たま)ひますやうにと(まを)されたのであります。
 この(とし)(すなは)甲寅(きのえとら)の十(ぐわつ)五日(いつか)で、大正(たいしやう)(ねん)の十(ぐわつ)五日(いつか)(あた)りまして、(いま)より二千五百八十六(ねん)(ぜん)のことでありますが、(じつ)古今(ここん)(つう)じて、(おな)(こと)()()るのは不思議(ふしぎ)であります。
 それから筑紫(つくし)吉備(きび)安芸(あき)浪速(なには)へゆかれます。瀬戸(せと)内海(ないかい)()進軍(しんぐん)模様(もやう)(りやく)して、浪速(なには)から(さき)()べます。道中(だうちう)()は、言霊(げんれい)(がく)(じやう)(ほん)(かう)(つい)ては()意義(いぎ)であり、(また)興味(きようみ)(すくな)いのであります。
 『皇師(みいくさ)(つひ)(ひむがし)()く、(とも)()(あひ)()げり。(まさ)難波(なには)(みさき)(いた)るときに、奔潮(はやきなみ)ありて、(はなは)(はや)きに()ひぬ。(よつ)()つて()づけて浪速(なみはやの)(くに)()す。……(かは)より(さか)(のぼ)りて、(ただ)河内(かはちの)(くに)草香(くさか)(むら)青空(あをくも)白肩(しらかた)()(いた)ります。………皇師(みいくさ)(つはもの)(ととの)へて、(かち)より龍田(たつた)(おもむ)く。(しか)して()(みち)()(さか)しく、(ひと)(なみ)()くを()ず、(すなは)(かへ)りて(さら)(ひむがし)のかた膽駒(いこま)(やま)()えて、中洲(うちつくに)()らむと(おぼ)す。(とき)長髄彦(ながすねひこ)()きて(いは)く、天神(あまつかみ)(みこ)(たち)(いで)ます所以(ゆゑ)は、(かなら)(まさ)に、()(くに)(うば)はむというて、(ことごと)(したが)へる(つはもの)(おこ)して、()()(かの)(さか)(さへぎ)りて、(とも)(あひ)(たたか)ふ。流矢(いたやぐし)ありて、五瀬命(いつせのみこと)肱脛(ひぢ)(あた)れり。皇師(みいくさ)(すす)(たたか)ふこと(あた)はず』
 これで(いま)大阪(おほさか)浪速(なには)といふのであります。浪速(なには)(わた)しを()白肩(しらかた)()に、(ふね)()められました。白肩(しらかた)(いま)ひらかた(まを)します。(むかし)枚方(ひらかた)まで(うみ)になつて()たのであります。此時(このとき)長髄彦(ながすねひこ)()(むか)(たたか)ひました。長髄彦(ながすねひこ)豪族(がうぞく)であつて、神武(じんむ)天皇(てんわう)神軍(しんぐん)(ふせ)ぎました。神武(じんむ)天皇(てんわう)()(ふせ)(たて)を、(ふね)から()()しになつて(ふせ)がしめられました。現代(げんだい)では長髄彦(ながすねひこ)といふのは、(おほ)地主(ぢぬし)とか、(だい)富豪(ふがう)といふことになる。手長彦(てながひこ)となる。警察(けいさつ)(まへ)(とほ)れぬ盗人(ぬすびと)になります。()(くに)印度(いんど)()るといふことは、(あし)()ばして()ると(おな)じで、世界(せかい)各国(かくこく)(あし)()ばして()(ぼつ)せぬ(くに)某国(ぼうこく)()うになつて()るのが長髄彦(ながすねひこ)である。(ちひ)さな長髄彦(ながすねひこ)(おほ)地主(ぢぬし)であつた。()()でとるか(あし)()るかの()があるだけであります。長髄彦(ながすねひこ)(あし)(もつ)土地(とち)蹂躙(じうりん)するので、手長彦(てながひこ)()(もつ)(もの)()るのであります。(すなは)()(てん)(ぞく)し、(あし)()(ぞく)する。(おほ)地主(ぢぬし)とか、各国(かくこく)土地(とち)占領(せんりやう)して()(くに)とかを、長髄彦(ながすねひこ)といふので、この長髄彦(ながすねひこ)皇軍(くわうぐん)()(むか)うた。今日(こんにち)()ふと、丁度(ちやうど)大和(やまと)一円(いちゑん)豪族(がうぞく)が、反抗(はんかう)したと(おな)有様(ありさま)であります。その皇軍(くわうぐん)長髄彦(ながすねひこ)(たたか)うた(とき)に、皇兄(くわうけい)五瀬命(いつせのみこと)が、流矢(ながれや)(あた)つて国替(くにがへ)をなされました。この五瀬命(いつせのみこと)厳兄(いつせ)で、皇兄(くわうけい)といふことになります。
 『天皇(てんわう)(うれ)ひたまふ、(すなは)(あやしき)(はかりごと)沖衿(みこころのうち)(さだ)めたまひて(のたまは)く、(いま)()れは()日神(ひのかみ)子孫(うみのこ)にして、()(むか)ひて(あだ)()つは、()(あめ)(みち)(さか)れり。退(しりぞ)(かへ)りて(よわ)きことを(しめ)して、(あまつかみ)(くにつかみ)(ゐやひ)(いは)ひて、(そびら)日神(ひのかみ)(みいきほひ)()ひたてまつり、(みかげ)(まま)(おそ)()まむに()かじ。(かく)()らば(すなは)(かつ)()()ぬらずして、(あだ)(かなら)(おのづか)らに(やぶ)れなむ。(みな)(いは)(しか)りと。於是(ここに)軍中(みいくさ)(のりご)ちて(のたまは)く、(しば)らく(とど)まれ、(また)(すす)みそ。(すなは)(いくさ)()いて(かへ)りたまふ。(あだ)(また)(あへ)()めまつらず。(しりぞ)いて(くさ)()(のつ)(いた)りて、(たて)()てて()(たけ)びを()す…………』
 そこで神武(じんむ)天皇(てんわう)は、(さら)(かみ)にうかがはれました。(すなは)直霊(なほひ)(かへり)(たま)ひて、(われ)はこれ()(かみ)御子(みこ)である。(しか)るに()(むか)つて(たたか)つたのが敗戦(はいせん)原因(げんいん)であらう。(すなは)西(にし)より(ひがし)(むか)ふのは、朝日(あさひ)(むか)ひ、太陽(たいやう)(むか)ふことになりますから、()(せな)()ふために、(みち)(てん)じて、紀伊(きい)(はう)から大和(やまと)()ることにされました。これを今日(こんにち)軍事(ぐんじ)から()へば、日本(につぽん)軍法(ぐんぱふ)は、中昔(ちうせき)のことは()りませぬが、明治(めいぢ)以後(いご)海外(かいぐわい)から(おそ)はつたもので、独逸(ドイツ)軍隊(ぐんたい)編制(へんせい)だとか、戦法(せんぱふ)だとか、()()各国(かくこく)から()つた、それを混同(こんどう)したもので、(すなは)各国(かくこく)戦法(せんぱふ)長所(ちやうしよ)採用(さいよう)したといふことになります。
 日本(につぽん)(いま)では八八(はちはち)艦隊(かんたい)出来(でき)かけたし、(また)陸軍(りくぐん)(おほ)くなりましたが、(しか)(たい)(もつ)(たい)(たい)するといふ(こと)になれば、吾々(われわれ)(ごと)(ちひ)さな人間(にんげん)と、常陸(ひたち)(やま)角力(すまふ)をとるやうなもので、(かなら)日本(につぽん)(やぶ)れるのであります。(いま)日本(につぽん)()一国(いつこく)(たたか)ふのにも、(かね)(うへ)(おい)て、武器(ぶき)(うへ)(おい)て、(また)兵員(へいゐん)とか、艦船(かんせん)とか飛行機(ひかうき)(など)(うへ)(おい)て、外国(ぐわいこく)(つね)常陸(ひたち)(やま)で、吾々(われわれ)日本(につぽん)といふ有様(ありさま)で、到底(たうてい)()つことは出来(でき)ない。(すなは)皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)()遺訓(ゐくん)(はん)した、外国(ぐわいこく)戦法(せんぱふ)(もち)ひては、(やぶ)れるのでありますが、(しか)言霊(ことたま)(ちから)(もつ)()(せな)()うて(たたか)ふ、(すなは)皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)()遺訓(ゐくん)(したが)つて(たたか)へば()つのであります。(じつ)神軍(しんぐん)兵法(へいはふ)は、()()()(なか)立派(りつぱ)に、各所(かくしよ)明記(めいき)されてありますが、今日(こんにち)はただ泰西(たいせい)真似(まね)をして()戦法(せんぱふ)であるから(やく)()たぬ。今度(こんど)()りに某国(ぼうこく)(たたか)ふといふ(とき)に、(いま)までのやうなやり(かた)をして()ては()てぬのであります。(いま)までの(あひだ)(おい)て、日清(につしん)戦争(せんさう)日露(にちろ)戦争(せんさう)()つことの出来(でき)たのは、(まつた)神明(しんめい)()加護(かご)(だい)(つぎ)には相手(あひて)(てき)(よわ)かつたからである。今後(こんご)戦争(せんさう)日露(にちろ)戦争(せんさう)などと(おな)じに()()つては(とて)()つことは出来(でき)ませぬ。以前(まへ)には日本(につぽん)(あなど)つて、日本(につぽん)指導(しだう)啓発(けいはつ)しようとした某国(ぼうこく)なども、今日(こんにち)では日本(につぽん)(あなど)れなくなつて、日本(につぽん)(たい)して万一(まんいち)(そな)へをして()有様(ありさま)であります。もし某国(ぼうこく)飛行機(ひかうき)が、今日(こんにち)人戸(じんこ)密集(みつしふ)都会(とくわい)(そら)()て、爆弾(ばくだん)を一つ(おと)しましても、五百(けん)四方(しはう)(たちま)()えるのであるから、四つ五つも(おと)されようものなら、一(ぺん)にやられてしまひます。それで(むか)ふの飛行機(ひかうき)此方(こちら)飛行機(ひかうき)(むか)ふの軍艦(ぐんかん)此方(こちら)軍艦(ぐんかん)(たたか)ふのでは、充分(じうぶん)勝利(しようり)(みと)められぬ。これは所謂(いはゆる)皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)()遺訓(ゐくん)(はん)して、()(せな)()はず、()(むか)ふからであつて、皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)()遺訓(ゐくん)(どほ)りに、()(せな)()うて(たたか)へば、(すなは)皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)()遺訓(ゐくん)たる神軍(しんぐん)兵法(へいはふ)()りてやれば、長髄彦(ながすねひこ)討伐(たうばつ)し、外国(ぐわいこく)()つことが出来(でき)るのであります。
 『(みいくさ)茅渟(ちぬ)山城(やましろ)水門(みなと)(また)()は、山井(やまのゐ)水門(みなと))に(いた)る。(とき)五瀬命(いつせのみこと)矢瘡(いたやぐしのきず)(いた)みますこと(はなはだ)し。(すなは)(つるぎ)手頭(たがみ)(とりしば)りて、雄誥(をたけび)したまひて、慨哉(うれたきかや)大丈夫(ますらを)にして、虜手(いやしきやつこ)被傷(てをおひ)て、(むく)いずして()みなむと()ふ。(とき)(ひと)()りて()(ところ)(なづ)けて、()水門(みなと)()ふ。(すす)んで紀伊(きいの)(くに)竈山(かまやま)(いた)りて、五瀬命(いつせのみこと)(いくさ)(かみさ)りましぬ。()りて竈山(かまやま)(をさ)めたてまつる。』
 白肩(しらかた)()から、(みなみ)(まは)らうとして()かれると、五瀬命(いつせのみこと)が、()負傷(いたで)()(あら)はれましたので、(いま)では茅渟(ちぬ)(うみ)(まを)します。それから紀州(きしう)()水門(みなと)(ふね)()かれますと、五瀬命(いつせのみこと)が、(いや)しき(やつこ)()()うて、(いま)此処(ここ)()ぬるかと()たけびなされて、残念(ざんねん)()(なが)()薨去(かくれ)になりました。それで(いま)()水門(みなと)(まを)します。五瀬命(いつせのみこと)御陵(みささぎ)()(くに)竈山(かまやま)にあります。
 そこで(かむ)日本(やまと)磐余(いはれ)(ひこの)(みこと)(すなは)神武(じんむ)天皇(てんわう)(まは)()でて、熊野(くまの)(うら)()でられました。その(とき)(おほ)きな(くま)()(また)(かく)れた。そこで(いま)熊野(くまの)というてをるが、この(くま)といふのは本当(ほんたう)(くま)ではなく、悪魔(あくま)といふ(こと)であります。この悪魔(あくま)は、言霊(げんれい)(がく)(じやう)()はぬことが(おほ)いのであつて、五大(ごだい)母音(ぼおん)は、(かく)れて()場合(ばあひ)沢山(たくさん)あります。(すなは)伊達(いだて)(ただ)ダテ()ひ、悪魔(あくま)クマ()ふのであります。この(だい)悪魔(あくま)(すなは)ち、四つ(あし)悪魔(あくま)()皇軍(みいくさ)(さへぎ)つた。()(なか)(すべ)霊界(れいかい)支配(しはい)して()りますから、(くま)一寸(ちよつと)()て、(また)(かく)れたといふのは、悪霊(あくれい)(かか)つたといふことであります。
 『(とき)(かみ)毒気(あしきき)()いて、人物(ひと)(ことごと)(をえ)ぬ。(これ)()りて、皇軍(みいくさ)()(おこ)ること(あた)はず』
 この悪霊(あくれい)のために(かむ)日本(やまと)磐余(いはれ)(ひこの)(みこと)は、身体(からだ)がフニヤフニヤになつて一歩(いつぽ)(すす)めず、(たふ)れてしまはれました。(あと)()となれ(やま)となれ、(いくさ)などは、どうでもよい、それよりも()たいと()つて、(さら)(たたか)勇気(ゆうき)なく平太(へた)つて(しま)ひました。日清(につしん)日露(にちろ)(たたかひ)に、(もろ)くも(てき)()けたのは、(れい)(れい)との(たたかひ)で、(れい)(むか)ふへ(うつ)りて()げさしたのであります。(また)此方(こちら)(かみ)がかかつて、生命(いのち)(かま)はず(すす)むから(てき)()かすことが出来(でき)るので、所謂(いはゆる)()()()うて(たたか)へば、鉄砲(てつぱう)(だま)(あた)らぬのであります。
 『(とき)に、彼処(そこ)(ひと)()り、()熊野(くまぬ)高倉下(たかくらじ)()ふ。(たちま)ちに()(ゆめ)みらく、天照(あまてらす)大神(おほかみ)武甕雷(たけみかづちの)(かみ)()ひて()りたまはく、()葦原(あしはらの)中国(なかつくに)は、(なほ)聞喧擾之響焉(さやげり)汝更(いましまた)()いて()て。武甕雷(たけみかづちの)(かみ)(こた)へて(まを)しき、(やつがれ)()からずて、(やつこ)(くに)(むけ)()(つるぎ)(くだ)さば、(すなは)(くに)(おのづか)らに(むけ)(なむ)天照(あまてらす)大神(おほかみ)()りたまはく、(うめなり)(とき)武甕雷(たけみかづちの)(かみ)(すなは)高倉下(たかくらじ)()うて(いは)く、()(つるぎ)()韴霊(ふつのみたま)()ふ。(いま)(まさ)(いまし)庫裏(くらのうら)()()りて()れを天孫(すめみまのみこと)(たてまつ)れ。高倉下(たかくらじ)唯々(おお)(まを)すと()()めぬ。(あくる)(あした)(ゆめ)(なか)(をしへ)()りて(くら)()けて()れば、(はた)して()ちたる(つるぎ)()り。(さかしま)(くら)底板(しきいた)()てり。(すなは)()りて進之(たてまつる)(とき)に、天皇(すめらみこと)()(みね)ませり。忽然(たちまち)にして()めて()りたまはく、(あれ)(なん)若此(かく)長眠(ながい)しつるや。(つづ)いて(あしきき)(あた)りし士卒(いくさのひとども)(ことごと)(また)醒起(おき)ぬ』
 この(とき)高倉下(たかくらじ)といふ(ひと)があつて、一つの神剣(しんけん)()つて()て、天皇(てんわう)(たてまつ)つた。すると玉体(ぎよくたい)も、しやんとせられ、(すべ)ての軍隊(ぐんたい)もしやんとして()た。勇気(ゆうき)平常(へいぜい)に百(ばい)して()た、そこで高倉下(たかくらじ)(むか)つて如何(どう)してこの霊剣(れいけん)()たかと()はれますと、(こた)へて()ふのに、(わたくし)天照(あまてらす)大神(おほかみ)高木(たかぎの)(かみ)天上(てんじやう)で、武甕雷(たけみかづちの)(かみ)()()()せになりましたのを(ゆめ)()ました。さうして天照(あまてらす)大神(おほかみ)(さま)が、(とよ)葦原(あしはら)中津(なかつ)(くに)はいたくさやぎてをる、(すなは)(だい)戦争(せんさう)をやつてをる。(あが)子孫(すめみま)皇軍(くわうぐん)は、(さだ)めて(こま)つて()るであらう。葦原(あしはら)中津(なかつ)(くに)は、(いまし)(もつぱ)(こと)()けつる(くに)であるから、(ふたた)(くだ)つて平定(へいてい)せよと(あふ)せられました。そこで武甕雷(たけみかづちの)(かみ)が、()はるるには、(やつがれ)中津(なかつ)(くに)(くだ)らなくとも、(こと)()けして平定(へいてい)した(つるぎ)がありますから、その(つるぎ)(くだ)しませうと(まを)されました。()(つるぎ)平国(くにむけ)(つるぎ)(また)()をみかふつの(かみ)(また)ふつの御魂(みたま)(まを)しますが、これは石上(いそのかみ)神宮(じんぐう)(まつ)つてあります。(これ)(やつがれ)(かは)りに、中津(なかつ)(くに)(くだ)しますと(まを)されて、(てん)から()(くだ)しになつた。この(つるぎ)には武甕雷(たけみかづちの)(かみ)(れい)(くは)はつて()ります。(すなは)天照(あまてらす)大神(おほかみ)高木(たかぎの)(かみ)から(さづ)けられた(とき)に、鎮魂(ちんこん)出来(でき)てをるのであります。これは天孫(てんそん)降臨(かうりん)(とき)大国主(おほくにぬしの)(みこと)経津主(ふつぬしの)(かみ)が、国土(こくど)返上(へんじやう)をせられて中津(なかつ)(くに)平定(へいてい)せられたその(とき)に、天照(あまてらす)大神(おほかみ)神霊(しんれい)宿(やど)つた(つるぎ)でありますから、その(つるぎ)(くだ)してやれば、皇軍(くわうぐん)()つことが出来(でき)ますと()うて、(てん)から()(くだ)しになりました。如何(どう)して()(くだ)しになつたかと(まを)しますと、高倉下(たかくらじ)(くら)(むね)穿(うが)つて、その(あな)から(おと)されたのであります。武甕雷(たけみかづちの)(かみ)が、高倉下(たかくらじ)(まを)されるのには、(くら)(むね)(あな)穿(うが)つて神剣(しんけん)(くだ)して()いたから、明朝(みやうてう)(はや)()きて、(これ)()御子(みこ)(たてまつ)れと(まを)されました(ゆめ)()たのであります。そこで高倉下(たかくらじ)(ゆめ)(をそ)はつたやうに、翌朝(よくてう)(はや)()きて(くら)()けると、(ゆめ)()(とほ)一本(いつぽん)(つるぎ)があつたのであります。その(つるぎ)()りて神武(じんむ)天皇(てんわう)(たてまつ)つたのであります。何故(なぜ)この熊野(くまぬ)高倉下(たかくらじ)(つるぎ)(わた)されたか、結構(けつこう)御用(ごよう)をさせられたかと(まを)すに、高倉(たかくら)(たか)()(くら)であります。高倉下(たかくらじ)(いま)では、この土地(とち)住民(ぢゆうみん)になつてをるが、(もと)天照(あまてらす)大神(おほかみ)(さま)から(わか)れた神様(かみさま)()で、天孫(てんそん)(さき)()つて(あま)(くだ)つてゐられたのであります。(たか)()(くら)から(くだ)つたから高倉下(たかくらじ)である。これは霊界(れいかい)因縁(いんねん)であつて、()筆先(ふでさき)にも、(すべ)神様(かみさま)御用(ごよう)は、因縁(いんねん)霊魂(みたま)でなくては出来(でき)ぬ、と(しめ)されて()るのと同様(どうやう)であります。明治(めいぢ)二十五(ねん)開祖(かいそ)()(ちが)ひとして、座敷(ざしき)(らう)()()まれなされた(とき)に、矢張(やは)高倉下(たかくらじ)(おな)じやうに、七(すん)()(つるぎ)(ゆめ)()せられて、この(つるぎ)(もつ)世界(せかい)洗濯(せんたく)せよ(あら)ぶる邪神(じやしん)掃蕩(さうたう)せよと(あふ)せられ、膝下(しつか)()いてあつたというて、(いま)()大本(おほもと)神宝(しんぱふ)となつてをりますが、(じつ)歴史(れきし)()(かへ)すと()はるるやうに、(くり)(かへ)(くり)(かへ)(おな)(こと)()()るのが()()()であります。開祖(かいそ)何時(いつ)(たてまつ)られるのか()りませぬが、高倉下(たかくらじ)(おな)御用(ごよう)()されて()らるるのであるまいかと(おも)ふのであります。
 『(すで)皇師(みいくさ)中洲(うちつくに)(おもむ)かむと(おもほ)す。(しか)(やま)(なか)(さか)(しく)して、(また)()くべき(みち)()し。(すなは)(しじ)(まひ)て、(ふみ)(ゆか)(ところ)()らず。(とき)()(ゆめ)みたまはく、天照(あまてらす)大神(おほかみ)天皇(すめらみこと)(をし)へまつりて()りたまはく、(あれ)(いま)頭八咫(やあた)(からす)(つか)はさむ。()向導者(くにのみちびき)()たまへと。(はた)して頭八咫(やあた)(からす)()り。大空(おほぞら)より(とび)(くだ)る。天皇(すめらみこと)()りたまはく、()(からす)()ること、(おのづか)らに(よき)(ゆめ)(かな)へり。(よい)(かな)赫矣(さかりなるかな)。…………』
 それで一時(いちじ)この神剣(しんけん)(とく)によつて、軍隊(ぐんたい)元気(げんき)がついて()て、昇天(しようてん)(いきほひ)になつて()た。しかし高木(たかぎの)(かみ)()命令(めいれい)によれば、これから(おく)には(はい)つてはならぬ。(いま)(つるぎ)(とく)()つて元気(げんき)づいて()(すす)まうとするのを、(いきほひ)にまかせて(すす)めては(あぶ)ない。(いま)八咫(やあた)(からす)(つか)はして皇軍(くわうぐん)(みちび)かしめるから、その(あと)から()けばよい。さうすると皇軍(くわうぐん)勝利(しようり)となる、と(あふ)せられたのであります。
 この八咫(やあた)(からす)には(おほい)意味(いみ)があるので、(かがみ)(おな)意味(いみ)(すなは)八咫(やあた)(かがみ)(おな)(こと)になります。(ただ)しく()へばヤタガラスでなくして、ヤアタガラスである。(ぜん)(まを)しました(とほ)り、言霊(げんれい)(じやう)(だい)母音(ぼおん)(かく)れるのであります。(すなは)ちこの八咫(やあた)(からす)(てん)から(くだ)つたもので、四方(しはう)(ぱう)(あきら)かにするといふのであります。この(かがや)くであり、(めぐ)るであり、(すべ)るである。三千(ねん)(かん)()()ちて、世界(せかい)隅々(すみずみ)までも調(しら)べられたといふことが神諭(しんゆ)()てをりますが、これがヤアタ調(しら)べられたといふ(こと)なので、三千世界(せかい)一度(いちど)(ひら)(うめ)(はな)であり、天運(てんうん)循環(じゆんくわん)であり、(すべ)るで世界(せかい)統一(とういつ)(をしへ)であります。ヤアタガラスをかためて(まを)せば、国常立尊(くにとこたちのみこと)(さま)世界(せかい)(をさ)(あそ)ばす(をしへ)といふことになる。神様(かみさま)(をしへ)八咫(やあた)(からす)である。元気(げんき)がついても軽々(かるがる)しく(すす)むな、(かみ)(をしへ)(したが)へと高木(たかぎの)(かみ)()はれたのであります。
 『(やま)()み、啓行(みちをひら)きて、(すなは)(からす)所向(むかひ)(まにまに)(あふ)()()ひ、(つひ)兎田(うだ)下縣(しもつこほり)到達(とほりいた)る。()りて()所至(いたり)(ところ)(なづ)けて、兎田穿邑(うだうけちのむら)()ふ。…………天皇(すめらみこと)兄猾(えうかし)(およ)弟猾(おとうかし)()さしむ。()(ふたり)(ひと)兎田(うだの)(こほり)魁帥(ひとこのかみ)なり。(とき)兄猾(えうかし)不来(まゐこず)弟猾(おとうかし)(すなは)(まゐ)()り。()りて軍門(みかど)(をが)みて、告之(まを)して(まを)さく、(やつがれ)(あに)兄猾(えうかし)(さか)さまなるわざを()(さま)は、天孫(すめみま)且到(いたりまさむ)とすと(うけたまは)りて、(すなは)(つはもの)(おこ)して(おそ)ひたてまつらむとす。皇師(みいくさ)(いきほひ)望見(みる)に、()(あた)るまじきを()ぢて、(すなは)(ひそか)()(つはもの)(かく)して、()りに新宮(にひみや)(つく)りて、殿(みあらか)(うち)(おし)()きて、()りて(みあへ)(たてまつ)らむとまをして、(まち)(とらむ)(おぼ)(ねが)はくばこの(いつはり)()ろしめして、善為(そなへ)之備(たまへ)
 それから皇軍(くわうぐん)(やま)()穿(うが)ちて、大和(やまと)兎田(うだ)()()かれました。これは(いま)でも(のこ)つてをつて、宇陀(うだ)(ごほり)といふ(ぐん)もあります。ここへ()られると、兄猾(えうかし)弟猾(おとうかし)といふものがをる。一(たい)このウカシ(あま)りよいものの()ではない。迂散(うさん)(やつ)といふ意味(いみ)であります。(まこと)(うしな)つたもので、(よわ)いものを(しひた)げて、自分(じぶん)勝手(かつて)のことばかりをするもので、ぼかしとか、(ばか)しとか()うて、(とぼ)けて悪事(あくじ)をなすものであつて非常(ひじやう)権力(けんりよく)()つてをるものであります。
 そこに八咫(やあた)(からす)()(つか)はしになつて、天津(あまつ)(かみ)神勅(しんちよく)(つた)へさせ、(なんじ)()帰順(きじゆん)するか、天孫(てんそん)降伏(かうふく)するか()うかと()はれました。すると兄猾(えうかし)(なり)(かぶら)(おほ)きな()()(かへ)して使(つかひ)(ひと)()(ころ)して(しま)つた。(なり)(かぶら)()(さき)(あな)があつて、()()りつつ()くもので、それで()()()(かへ)すから、(すす)むことが出来(でき)ずに、使(つかひ)のものも(かへ)つて()たのであります。其処(そこ)(いま)では鏑崎(かぶらざき)()()けてをります。そこで兄猾(えうかし)皇軍(くわうぐん)()たむとして軍兵(ぐんぺよう)(あつ)めたけれども、軍隊(ぐんたい)(あつ)まらぬ。それは(れい)作用(さよう)であつた。皇軍(くわうぐん)には神剣(しんけん)八咫(やあた)(からす)()守護(しゆご)がありますから、兄猾(えうかし)一生(いつしやう)懸命(けんめい)になつて、部下(ぶか)(へい)募集(ぼしふ)しても、神剣(しんけん)威徳(ゐとく)(おそ)れて、一人(ひとり)()つて()ぬのであります。そこで()むを()降参(かうさん)したというて、(じつ)(いつは)りの降伏(かうふく)であります。(には)かに(おほ)きな御殿(ごてん)(つく)つて、(はづみ)(すなは)(つり)天井(てんじやう)のやうなものを()()けて、()馳走(ちそう)をして()御子(みこ)(なか)(はい)られようとさるる(とき)(うへ)から(うす)()たやうなものを(おと)して、生命(いのち)()らうと(はか)つたのであります。
 その(とき)弟猾(おとうかし)(ただ)しき(かみ)(かか)つてしまはれたから、弟猾(おとうかし)(やつ)、じつとしてをる(こと)出来(でき)ずに、到頭(たうとう)(あに)計略(けいりやく)を、悉皆(しつかい)()御子(みこ)()(まゐ)らせて(しま)つたのであります。
 弟猾(おとうかし)が、天皇(てんわう)(ところ)()()ふのには、(あに)兄猾(えうかし)が、天孫(てんそん)(むか)()たむとして、(へい)(あつ)めて()たけれども、()ういふものか今度(こんど)却々(なかなか)(あつ)まつて()ませぬ。そこで(はかりごと)(まう)けて、(おほ)きな御殿(ごてん)(つく)り、(じつ)降伏(かうふく)()せかけて、()馳走(ちそう)(たてまつ)り、()御子(みこ)をそれへ招待(せうたい)し、()御子(みこ)(はい)られようとする(とき)(はづみ)(もつ)()生命(いのち)()らうとしてをります。それで此所(ここ)参向(さんかう)(いた)して、事情(じじやう)密告(みつこく)しますと()つたのであります。これは二人(ふたり)兄弟(きやうだい)が、一生(いつしやう)懸命(けんめい)(あく)(はたら)いてをつたのであるけれども、その悪人(あくにん)(には)かに善人(ぜんにん)になつたのは、(まつた)神様(かみさま)御魂(みたま)()()へられたからで、(すなは)(かみ)から()ういふ工合(ぐあひ)にして人間(にんげん)使(つか)はれて()るのであります。
 『天皇(すめらみこと)(すなは)道臣(みちのおみの)(みこと)(つかは)して、()(さか)ふる(かたち)()せたまふ。(とき)道臣(みちのおみの)(みこと)(つまびら)かに賊害(あだな)(こころ)あることを(さと)りて、(おほ)いに(いか)りて、(たけ)(ころ)びて(いは)く、(いやし)(やつこ)(つく)れる()には、(おれ)(みづか)(いりゐ)よといふ。()りて(つるぎ)のたがみ(とりしば)り、(ゆみ)()きまかなひて、()めて(おひ)()れしむ。兄猾(えうかし)(つみ)(きみ)()たれば(こと)(いなぶ)(ところ)()し。(すなは)(おの)(はづみ)()みて(おそ)はれ()にぬ。(とき)()(かばね)()きいだして()る。…………弟猾(おとうかし)(おほ)いに(しし)(ざけ)(まう)けて、()ちて皇師(みいくさ)()(あへ)す焉。天皇(すめらみこと)()(さけ)(しし)()ちて、軍卒(いくさびとども)班賜(あた)ふ。(すなは)御謡(みうたよみ)して(のりたまは)く、……』
 そこで天皇(てんわう)道臣(みちのおみの)(みこと)(すなは)(おほ)久米(くめ)大将(たいしやう)(いま)司令(しれい)長官(ちやうくわん)のやうなものと、大伴(おほとも)(すなは)(いま)侍従(じじう)武官(ぶくわん)(ちやう)のやうなものと、二人(ふたり)()(つか)はしになつて、その(はう)(いつは)りてをる、その()()はぬ。それが(うそ)であつたら、(なんぢ)()御殿(ごてん)(はい)れと()つて、二人(ふたり)(かたな)(つか)(にぎ)り、鯉口(こひぐち)くつろけてぢりぢりと、双方(さうはう)から(せま)つたので、()むを()自分(じぶん)(はい)りますと、自分(じぶん)(つく)つた(はづみ)()()けられて()んだのであります。弟猾(おとうかし)(はう)は、(おほい)(まこと)(つく)()(あへ)(たてまつ)り、皇軍(くわうぐん)慰労(ねぎら)うたのであります。
 その天皇(てんわう)(おん)(うた)に、
 『兎田(うだ)高城(たかき)に、(しぎ)(わな)()る、(わが)()つや、(しぎ)(さや)らず、いすくはし、(くじら)(さや)り、前妻(こなみ)が、魚乞(なこ)はさば、(たち)柧稜(そば)の、()(すなけ)くを、()きし()()ね、後妻(うはなり)が、魚乞(なこ)はさば、いちさかき、()(おほ)けくを、こきだ()()ね』
 これはつまり、兄猾(えうかし)自分(じぶん)を、(はづみ)にかけようとしたが、自分(じぶん)がかかつて()んで(しま)つた。これは天罰(てんばつ)であると、(おほい)軍隊(ぐんたい)(いさ)んで()(とき)()(うた)であります。
 『(この)(のち)に、天皇(すめらみこと)吉野(よしの)(ところ)(みそなは)さむと(おぼ)して、(すなは)兎田(うだの)穿邑(うけちのむら)より、(みみづか)(いささけき)(つはもの)(ひき)ゐて(めぐり)幸焉(いでます)吉野(よしの)(いた)り…………』
 それから八咫(やあた)(からす)(あと)から()いて()くと、吉野(よしの)(がは)(しも)()られた。神様(かみさま)(をしへ)(したが)つて()けば、易々(やすやす)とよい(みち)()られたのであります。この吉野(よしの)(がは)言霊(ことたま)から解釈(かいしやく)いたしますと、(じつ)(うる)はしい、水晶(すゐしやう)()(なか)といふことになり、(かみ)御徳(みいづ)が、国内(こくない)(うるほ)(あふ)れてをるといふことであります。この(かは)(かは)るといふことで、()(なか)(きよ)め、すべての(もの)(うる)はしく、()へるといふことになります。其処(そこ)()かれますと、漁師(れふし)がをつて、吉野(よしの)(がは)(うを)()つて、天皇(てんわう)(たてまつ)つた。所謂(いはゆる)今日(こんにち)()へば、皇軍(くわうぐん)慰労(ねぎら)つたのであります。この(うを)()(まを)します。サカナ(すなは)()ひまして、この()(たてまつ)るといふことは、天皇(てんわう)御名(みな)が、世界(せかい)(かがや)くといふ意味(いみ)(いは)うたのであります。()()()(とき)に、(たひ)(こひ)(いは)ふのと(おな)(こと)で、(すなは)(いは)うて(うを)献上(けんじやう)したのであります。
 『(とき)に、(ひと)()りて、()(なか)より()でたり。(ひか)りて()もあり。天皇(すめらみこと)()うて()りたまはく、(いまし)何人(なにびと)ぞ。(こた)へて(いは)く、(やつがれ)()(くにつ)(かみ)なり。()()(ひかり)()ふ。()(すなは)吉野(よしの)首部(おひとら)(はじめ)(おや)なり』
 それからどんどん八咫(やあた)(からす)()いて(すす)んで()くと、()()(ひと)()()たといふ(こと)(しる)されてある。この(からす)今日(こんにち)では(かみ)(をしへ)で、高倉下(たかくらじ)八咫(やあた)(からす)御用(ごよう)(つか)へたのであります。そこに(ゐど)(なか)から、()のある(ひと)()()て、(ゐど)(ひか)つて()たから、()(ひかり)(とな)へたとあります。
 人類(じんるゐ)学者(がくしや)(せつ)によると、丁度(ちやうど)()時代(じだい)には、()のある(ひと)()んでをつたとも()ひ、(また)人間(にんげん)元祖(ぐわんそ)()(なが)(ざる)などと(まを)します。(あたま)があれば()がある(とほ)り、()があるといふことは、沢山(たくさん)部下(ぶか)()れて()(ひと)といふ意味(いみ)で、(すなは)神武(じんむ)天皇(てんわう)(たす)ける()めに()()土地(とち)名望(めいばう)()といふことであります。その()(ひかり)(まを)井戸(ゐど)は、(いま)(やう)(いし)(たた)んで(みづ)()井戸(ゐど)でなくして、非常(ひじやう)(うる)はしい(ところ)から()()たといふ意味(いみ)で、(すなは)(やま)四辺(しへん)にめぐらし、(かは)(まへ)にして井戸(ゐど)(がた)(ところ)(おほ)きな(いへ)()てて()んでをる、其処(そこ)から()()たといふ(こと)であります。(また)()(ひかり)といふのは、()(ひと)(とく)が、土地(とち)一面(いちめん)(かがや)名望(めいばう)()であるから、(ひと)がそれを()()(ひかり)()うたのである。これは吉野(よしの)(おひと)始祖(しそ)であります。(むかし)(おひと)(あたへ)宿禰(すくね)大臣(おほおみ)(など)がありまして、今日(こんにち)でいへば(おひと)()(ひかり)郡長(ぐんちやう)(ごと)きものであります。それですから(けもの)(ごと)く、()があつたのではないことはこれでも(わか)ります。
 『(また)(すこ)()くときに、(また)()()りて、磐石(いは)(おしひら)きて()づる(もの)あり。天皇(すめらみこと)()ひて()りたまはく、(いまし)何人(なにびと)ぞ。(こた)へて(いは)く、(やつがれ)()磐排別(いはおしわく)()()なり。()(すなは)吉野(よしの)()()()(はじめ)(おや)なり…』
 それから吉野(よしの)()けて()かれると、(また)()()るに()()はれました。この(ひと)(いは)(おし)()けて、()()たと()いてあります。その()磐排別(いはおしわけ)で、一方(いつぱう)井戸(ゐど)から()()たのでありますが、井戸(ゐど)(ひく)(ところ)にある意義(いぎ)である。(すなは)(これ)(まへ)()()(ひと)よりも、一つ(えら)(ひと)といふ(こと)であります。これは岩山(いはやま)(ところ)()る、要害(えうがい)堅固(けんご)なる岩戸(いはと)(おし)()けて、(しん)()(れい)(つく)(たてまつ)つたのであつて、つまり岩戸(いはと)といふ意義(いぎ)は、蚊帳(かや)でも()りて、その(なか)(うへ)(ひと)がをれば、(すなは)蚊帳(かや)一重(ひとへ)岩戸(いはと)(あた)るのであつて、(あま)岩戸(いはと)(しま)つたと(おな)意義(いぎ)になるのであります。(すなは)非常(ひじやう)(たふと)(ひと)があるから、普通(ふつう)(ひと)()ふことが出来(でき)ない。この高貴(かうき)(ひと)天孫(てんそん)(たい)して、臣礼(しんれい)(つく)されたのであります。所謂(いはゆる)磐排別(いはおしわけ)といふのは、(いま)(まで)貴族(きぞく)主義(しゆぎ)()てて、平民(へいみん)主義(しゆぎ)になつたといふことになります。たとへて()へば、(わたくし)(いま)まで(みだ)りに()るものではなかつたが、貴人(きじん)(とほ)られるので、()()たといふことであります。()れを()ても、(いは)から()()たものでは()いといふことが、よく(わか)るのであります。これが吉野(よしの)国造(くにつこ)の一の先祖(せんぞ)で、出雲(いづも)(くに)千家(せんけ)尊福(そんぷく)さんの(いへ)も、随分(ずゐぶん)(ふる)いもので、矢張(やは)出雲(いづも)国造(くにつこ)となつてをるやうなものであります。
 以上(いじやう)神武(じんむ)天皇(てんわう)()東征(とうせい)一節(いつせつ)説明(せつめい)したのでありますが、(これ)同様(どうやう)今日(こんにち)(およ)今後(こんご)軍隊(ぐんたい)も、()(かみ)(をしへ)(せな)()ひ、造次(ざうじ)にも顛沛(てんぱい)にも神様(かみさま)(こと)(わす)れず、(かしら)(かみ)(いただ)いて一切(いつさい)(たたか)はねばなりませぬ。(たたかひ)()うても思想(しさう)(じやう)(たたかひ)もあれば砲戦(はうせん)もあり、其他(そのた)種々(しゆじゆ)(たたかひ)がありますが、(えう)するに神様(かみさま)(かしら)(いただ)いて(たたか)へば、如何(いか)なる災禍(さいくわ)にもかからず、禍害(くわがい)()(こと)出来(でき)るといふ(をしへ)になるのであります。
 (いま)()講演(かうえん)(をは)るに(のぞ)み、()筆先(ふでさき)一節(いつせつ)捧読(ほうどく)(いた)します。
 『大日本神(おほくに)国経綸万(とこたち)古不動の神(のみこと)言霊、天壌(おほ)無窮()之皇()発揮()火水(かみ)(あらは)れて、三千世界(せかい)修理(たてかへ)固成(たてなほし)(いた)すぞよ。日本(にほん)(かみ)(くに)でありながら、(いま)人民(じんみん)(こころ)薩張(さつぱ)(けもの)(おな)(こと)であるぞよ。外国(ぐわいこく)から(わた)つて()(くだ)らぬ(がく)累惑(ばか)されて、(しり)()までも()()かれて()(なが)ら、()外国(ぐわいこく)()(かた)真似(まね)(ばか)りいたして、(なに)()自由(じゆう)(いた)されて()るが、もはや(てん)からの時節(じせつ)がまはりて()たから、何時(いつ)までも()んな()(ぐる)しい()(かた)は、さしては(かみ)()かぬぞよ。国会(こくくわい)(びら)きは人民(じんみん)何時(いつ)までかかりたとて真正(まこと)国家(よの)経綸(もちかた)()(いた)さぬぞよ。(かみ)(おもて)(あら)はれて(ひら)いて()せようぞよ。(くに)(くに)()()ひ、役人(やくにん)(やく)()()ひ、人民(じんみん)吾身(わがみ)さへ都合(つがふ)()けりやよいと(まを)し、金銀(きんぎん)さへ()ちて()りたら、(ひと)(あたま)()げると(まを)し、(よく)ばかりに(こころ)(いた)め、金銀(きん)(こと)()けたら、(おや)兄弟(きやうだい)とでも訴訟(くじ)をいたすといふやうな(あく)(はびこ)りた暗黒無道(くらがり)()(なか)であるぞよ。(これ)では()()万劫(まんがふ)末代(まつだい)(つづ)きはいたさんぞよ。(いま)日本(にほん)人民(じんみん)一人(いちにん)(まこと)神国(しんこく)行動(おこなひ)はいたして()らぬぞよ。(かみ)から()れば、(おに)大蛇(おろち)の四つ(あし)()(なか)()けて()るぞよ。(だい)()逆様(さかさま)()であるぞよ。()()本様(ほんざま)大正革新(たてなほ)して、天下(てんか)泰平(たいへい)()(なら)して、世界(せかい)(ぢう)人民(じんみん)安心(あんしん)させるぞよ。日本(にほん)神国(しんこく)ぢやと口先(くちさき)では(まを)して()るが、神国(しんこく)由来(わけ)()りた人民(じんみん)(まこと)(すく)ないぞよ。(これ)までは暗黒(くらがり)()でありたから、(わか)らぬのも無理(むり)はないが、()(さき)()()守護(しゆご)となるから、(なに)()一度(いちど)()()けて、ソコら(あた)りが(ひか)(わた)りて、今迄(いままで)人民(じんみん)(おも)うて()りた(こと)が、(おほ)()(ちがひ)でありたといふことが(わか)りて()て、(はづ)かしき人民(じんみん)沢山(たつぴつ)出来(でき)るぞよ、一度(いちど)(ひら)(うめ)(はな)(まを)して()らしてあるぞよ』
(大正九・一〇・四 五六七殿講演筆記 九・一〇・二一号神霊界)

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