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教育の大本

インフォメーション
題名:41 教育の大本 著者:出口王仁三郎
ページ:124 目次メモ:
概要: 備考:「神霊界」大正七年八月一日号及び九月一日号所収「日本教育の大本」の抜萃 タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B123900c041
001 我が大日本皇国教育の大精神は教育勅語に明かに示され今さら喋々する必要はありませぬ。002しかしこれに達する所以の主義主張に至っては国家も国民も共に慎重に研究しなくてはならぬ重大問題であります。
003 近時国民教育に関する諸問題はその声を高めて来ましたが、004上は大学より下は小学、005幼稚園に至るまで一貫したる根本的主義精神はありませぬ。006維新の初めにはかに教育制度を変改して以来、007欧米のそれを模倣し一も二もなく時々の流行を追ひ、008海外の新学説に盲従し、009一時の外観を糊塗粉飾してゐると云ふ情ない状態であります。010これを譬ふれば我が国今日の教育事業は、011一時の応急的普請の工事に幾回となく継ぎ足しを重ねたやうなもので、012厖大な一区廓はしてゐるが最初から一定せる計画の下に起工したものでないから、013間取の大小、014天井の高低等、015種々雑多、016迂回曲折して急速の用を弁ずる事が出来ぬのみか、017各室各部の人がまた随意に行動し、018主脳者があってもこれを統一できない有様であります。
019 かくの如く主義精神の確立しない教育は、020いたづらに諸多の科目を設けて子弟の脳髄を苦しむるのみで教育の真効果を得ることは甚少であります。021かくて教育の設備いよいよ進むにつれ、022子弟の軽佻浮華(けいてうふくわ)いよいよ加わるのは、023実に当今の教育が諸国流行の寄せ集めで、024最初より確乎たる根本精神が無かった為であります。
025 近時教育制度改革につき幾多の議論陸続として世に出づるは喜ぶべき現象であるが、026教育の大本たる主義精神の確立を見ずしては、027如何なる良制度も真の効果を奏することは出来ないのであります。028これは従来数回の学制改革の結果を見ても明らかなことであります。
029 けだし我が大日本教育の大本は、030
031  歴史上の基礎
032  地理上の基礎
033  倫理上の基礎
034  国家天職上の基礎
035に分けることが出来る。036この四者が教育のよって立つべき所のものであります。037一切の施設はこの四脚の上に結合せられて、038全体の構造を為すべきもので、039この結構によってはじめて成し得べく、040精神教育もこの結構によって、041はじめて完全に行はれるものであります。042いやしくもこの四者を外にした教育は基礎なき教育であります。
043 以上大日本皇国教育の大精神たる各條のうち、044最も重要なる歴史上の基礎について略述を試みようと思ひます。
045 一国の歴史はその国家の成立、046人民発達の過程を表示したもので、047現代の国民が祖先より譲り受けた遺産の総目録とも称すべきものですから、048その国家を継承し、049先人の遺業を恢弘(くわいこう)すべき相続人たるものは明瞭正確にこれを知了すべき必要あるは言ふをまたない。050まして歴史と云ふ同じ名目を冠しても一種特別なる性質を具有するわが国史の如きは、051国民教育における諸学中、052国典をもって一切万学の統一学として首位を占むべきであります。
053 欧米諸国においては歴史と道徳の経典とは別のものであって、054道徳は専らこれを聖書にもとづけ、055歴史は単にその国家における物事の変遷発達を記述したものに過ぎずとしてゐますが、056我が国においては歴史と経典とは同一物であります。057ことに我が国典は宇宙の成立より国家人生の成立変遷を記述すると同時に国民の精神を支配して千古東海の天を覆ふ道義の本源を包含してゐるのであります。058即ち皇室典範、059帝国憲法、060教育勅語もこの国史より抽象せられたものであって、061わが道義の精神たる祖先教は実に国史を離れて存するものではありませぬ。062祖先教即ち国史、063国史即ち祖先教であって、064国史と道徳の経典とは全然一体であります。065祖宗の遺訓洪範、066父祖の忠誠、067孝敬の事蹟等は燦然としてその表に輝いてゐるのであります。068この(ふみ)は即ちこれこの国家の大精神であります。069雄大なる元気も、070崇高なる品性も、071みなこの中に含まれてゐるのであります。
072 しかるに我が現今の教育より見たる国史は、073道徳の経典と国史とは全然別ものである欧人の観念をそのまま直写したもので、074我が国史の特質には深く注意してをらない。075故にその編纂の体裁においても努めて欧米歴史の様を模して、076上古の事蹟の如きはつとめて彼と同一の事蹟あらむことを求め、077われらの祖先は蒙昧にして猛獣穴居の伍たりきなどといふが如き事を排列して、078以て歴史の体裁を得たりとなすのであります。079かくの如き書を以て学習の標準とする今日の学生には、080国史を研究する精神はあっても、081国史を尊崇するといふ念慮は毫もない。082たまたま我が国史の真義を闡明せむとすれば、083直ちに固陋とし頑迷とし、084国学者の旧夢として一笑に付し去ってしまふ。
085 自分はかつて国学院その他を視察してその意外なるに一驚を喫したことがあります。086同大学は云ふまでもなく日本唯一の古典専攻のところであるにもかかはらず、087集まるところの学生は中等教員受験の学科に汲々乎(きうきうこ)として更に古典などに耳を傾けず、088たまたま篤学の士があっても、089それは史的文学研究の徒であつて、090古典の内面より幽政上の神律を窺はむことに(つと)むる者など、091実に一人としてない有様であります。092これでは国学院の名はむしろ不当で、093中等教員養成所の方が当ってゐる観があるのであります。
094 かくの如くして現今のわが教育界は、095欧米諸国の社会より教会を破滅し聖書を取り除いたと同一の状態にあるといふべきで、096これで倫理を講じ、097教育勅語の聖旨を奉戴しようなどとは、098左手(ゆんで)に祖先の位牌を汚しながら、099右手(めて)に祖先の遺書を開いてその遺言を遵奉せよとすすむるに何ら異なるところがないのであります。
100 今日の教育者、101あるひは説をなして、102道徳の教典には特殊なる倫理書といふものあり、103何ぞことさらに歴史中の隠微を尋繹(じんえき)研究することして教科に列する要あらむと云ふかも知れませぬ。104しかし今日の倫理書、105修身書等は概してみな一般普通の教訓の要目を排列したに過ぎず、106これを以て完全なる我が道徳の経典として見るには未だ足りない。107初等中等の教育における倫理教科の標準たるべきものは、108専ら我が皇道の淵源、109祖宗の宏徳明範を記述し、110一切のこと総て祖先の遺風を顕彰するを以て中心真髄とし、111人道の要目を掲げて己を修め人に接し、112国家に対する道を指示すべきであります。
113 しかるに従来これらの著書は大概一様にして多くは幕府時代の偉人儒者らの事蹟を排列し、114これに支那西洋偉人の事蹟を参述して、115間々古哲の訓言及び世の俚諺等を加ふるに過ぎない。116これ単に倫理学上の普遍的な人道実践の要目を羅列するに或ひは不足はないかも知れぬが、117これを以て我が道徳の経典たる国史の精神を発揮し、118以て教育勅語の聖旨を奉戴せしむる為の教科にあてるに至ってははなはだ不充分の感なきを得ませぬ。119ただに現今の倫理書、120修身書等の体裁がこの状態であるのみならず、121一般教育者の倫理に関する思想もまた全然これと同一で、122単に世界的、123普遍的な倫理主義のみをとって我が国史より修得せる信条にはなはだしく欠乏してゐます。124学生生徒はもちろん、125教導の任に当るものも、126これらの要目についてかつて思ひ及ばぬ者さへあるほどであります。127このやうな状態では、128当世の教育者が倫理学説に通暁すること如何に精細なりとも、129史学上の知識に富むこと如何に深遠なりとも、130国家教育上より言へばはなはだ要領を得ずと言ふのほかなき訳であります。
131 幕府の末期に蕃書調所(ばんしょしらべしょ)なるものを置いて、132専ら洋学研究の府としましたが、133維新後これを改名して開成所となり、134遂に帝国大学の基礎となったものであります。135蕃書調所より今日の帝国大学に至るまでに幾多規模組織の変更はあったが、136一貫して蕃書の調所、137即ち洋学研究を以て主となした点に変りはなく、138大学において我が国史を尊崇する習慣なきは当然であって、139この蕃書調所流の頭脳のみなる博士連が、140学術思想界の最大なる勢力者たる今日において、141邦人全般の国史に関する思想のはなはだしく貧寒なるは無理もなき事であります。142国家教育の重任に当り、143終始国史上の精神光華を発揚するを以て教育の淵源とせよとの聖諭を奉戴する教育者は、144すべからく先づ国史に関する自家の頭脳精神を修養改造して誠意その本分を完うすることを期すべきであります。
145 更に我が国史はただに我が道徳の経典たるのみならず、146将来諸般の学術思想上に一新光彩を付加すべき真意義を包含するものであることに特に注意すべきであります。147我が国史以外の歴史には、148天地人一貫せる理想の発現として見るべきものはないのであります。149吾人の多年主張する所には、150我が大学において専門の国史科を更に大いに拡張し、151各分科大学、152高等学校、153専門学校ともに学問の大綱として必ず国史の一科を置き、154その他官吏登用試験の如き大小上下、155総て必ず歴史を以て試験の主科目とし、156以て我が日本皇国政府の文武官僚及び学者士人たらむものは、157その頭脳必ずこの特殊なる国史の思想あるに至らしめることであります。158かくの如くして初めて国家の本領、159教育の根本が確立するに至るのであります。