霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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筆先の解読

インフォメーション
題名:03 筆先の解読 著者:出口和明
ページ:68 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B138905c03
0001 綾部本宮の金光教広前への参拝者は次第に増え、0002早くも大島の離れ座敷六畳一間では狭くなった。
0003 明治二十八年一月十八日、0004世話役の一人である本宮の四方源之助の八畳二間の養蚕室を借り、0005広前を移した。
0006 旧正月の鏡開きの時は、0007信者があふれて往来へはみ出す盛況であった。0008旧正月過ぎてほどなく、0009四方家の広前はその日も三、0010四人の信者が集まって、0011信仰談にはずんでいた。0012と、0013手荒く表戸が開かれて、0014泥酔した男が踏みこんできた。0015西八田の万吉という乱暴俥夫である。
0016「なんじゃい、0017なんじゃい、0018わいらー、0019神じゃ神じゃとどーらい(たいへん)人を集めてなんじゃい。0020神を鰹節にして(だしにして)働きもせんと食い潰しに来とるんやろ。0021どうやい、0022返答してみい」
0023 酔いどれ相手に怒ってもつまらぬと誰も相手にならん。0024図に乗った万吉は、0025真っ赤な顔に気味わるく酔眼をすえてしゅんとした一座をにらみ、0026大きなげっぷをすると、0027次の間の襖を蹴破るようにあけた。0028書類を整理していた奥村は、0029あわてて信者の間に逃げこむ。
0030 直は繕い物の手を止め、0031万吉を迎えた。
0032「おい婆あ、0033屑買い婆あ、0034紙屑では食えんもんで、0035かみはかみでも偽神かついで金儲けはじめくさったんやな。0036どうや、0037罰をあてるような気のきいた真似ようせんやろ。0038こら、0039仇んするならしてみい」
0040 万吉の鼻の先にある直の眼が金色に光った。
0041「神は罰などあてんぞよ」
0042 静かに一言。0043万吉はぶるると身震いした。0044すっと酔いがさめる。0045思わず後ずさりしたが、0046虚勢をはって一層の破れ声を上げた。
0047「ふん、0048なしたこっちゃい。0049お前ら仰山よってこって、0050わし一人に罰もようあてんのかい。0051弱虫め」
0052 広前に酒の匂いをまき散らし、0053肩ひじはって万吉は出て行った。
0054 翌朝であった。0055昨夜の信者の一人が広前に駆けこんできて、0056居合わせた奥村や源之助、0057平蔵たちに上ずった声で報告した。
0058「どてらいもんじゃ。0059お直はんはやっぱり正真正銘の艮の金神さまやでよ。0060ここへ来る途中や、0061わしが和知川の橋を渡ろうとしたら、0062えんばと(おりあしく)向こうから万吉が空車をひいて、0063走ってきたんやわな。0064いやな奴が来たと思うて、0065わしは橋のたもとに立って見とったばい。0066そしたらなんと、0067橋の真ん中をふいにどーらい風が吹きぬけよってなあ、0068あっというまに、0069万吉は人力車もろとも川の中や。0070たまげたのなんのって」
0071 当時、0072和知川の橋は、0073前年の明治二十七年十一月にかけられたばかりの木橋であった。
0074「それで万吉は?」と源之助が聞きただす。
0075「さあて。0076他にも見とった人たちが騒いどっちゃったが、0077ともかくわしら、0078艮の金神さまの力を知らせとうて」と報告者は得意気である。
0079「どうや、0080よう分かったかい。0081天罰覿面とはこのこっちゃ……」
0082 さらに言いかける奥村を、0083直は制した。
0084 悲しげな表情をたたえながらも、0085きっぱりと言う。
0086「神さまが罰をあてなさることはござへん。0087みな、0088自分の罪業がめぐってくるのです。0089人の罪障をしょいなして、0090大難を小難にと金神さまが願うてなさるのを、0091敵対うてくる者はしょうがござへんけど、0092わたしらはそういう者のためにこそ、0093金神さまに祈らしてもらわななりまヘん」
0094 かつては祟り神ではないかと疑った艮の金神を、0095今ではむしろ正反対の認識に立って見る直であった。
0096 四方平蔵はもともと金光教信者であって、0097金光教の布教に熱心でこそあれ、0098直の信者ではなかった。0099それが日とともに微妙に変わっていく。0100金光教の布教師奥村に対してよりも、0101直の人柄に惹かれていった。
0102 床の間を背に奥村が坐り、0103向き合って直が食事していた。0104奥村の方は大きな朱塗りの膳で、0105直の方は方六寸ぐらいの小型の箱膳であった。0106お菜も、0107奥村のだけは特別に調理しているらしく焼魚がのっていたが、0108直のは赤い色の吸物碗と皿に大根の煮物がひと切れ。0109奥村が黙ってお代わりの茶碗をさし出すと、0110直は主人に仕える召使いよりも慇懃に受ける。0111その様子を見て、0112平蔵は不思議でならなかった。0113奥村が金光教の先生とはいえ、0114直がそうまでへり下らねばならぬ理由はない。
0115 そういえば、0116平蔵がいつ参っても直は端座して筆先を書いているか、0117神さまの朝夕のお供え、0118広前の清掃――そればかりか奥村の衣類の洗濯・繕い・食事のあれこれと細かい所まで気を配って立ち働いている。0119しかもいつの間にと驚くほど、0120ひっそりと自然のうちにすませている。0121そして自分の暮らし向きのために、0122今も屑買いを止めようとせず、0123ひまさえあれば襤褸を求めて歩く。
0124 考えてみれば、0125役員たちもそれに慣れ、0126役員相互の連絡も、0127すべて直に押しつけていた。0128集会は殆ど夜であったが、0129雨が降ろうと、0130雪が降ろうと、0131直は遠慮そうに役員の家の戸口を叩いて廻る。
0132「今晩にわかに神さまのことでご相談したいと先生が言いなさるさかい、0133夜ふけでご苦労さんなことですけえど、0134これも行じゃと思うてお集まり下されや」
0135 素足に古草履ばきで戸外に立つ直を見ると、0136「えい、0137眠いのに億劫じゃ」という気分も消しとんで、0138いそいそ支度する気になる。0139いつ参っても、0140直は嬉しげに、0141お供え物のお下がりを煮たり焼いたりして馳走してくれる。
0142 お供え物の受け方でも、0143直と奥村の態度は対照的である。0144最初の頃はなんでも喜んでおしいただいた奥村が、0145信者が増え出すと、0146金を寄進する者には顔をほころばすが、0147大根やら豆などでは嬉しそうな様子もない。0148ところが、0149直の面前では、0150逆に金を寄進するのは気がひける。0151なんだか名誉でない、0152気恥ずかしい気になる。0153直は畑でとれた大根を煮たり、0154麦をひいて麦こがしにして持っていくと、0155「これはまあ、0156お手間のいったご馳走はんを……」と丁寧に挨拶し、0157心から嬉しげであった。0158お供えに大根一本あっても、0159「みなさん、0160お神徳をいただいておくれなはれ」と言って信者たちに分ける。0161直を見ていると、0162神さまは人の誠心を喜ばれるということが、0163素直に平蔵の胸にしみ入ってくる。
0164 こうした直の態度を奥村が喜ばぬことは、0165平蔵にもそれとなく察し得る。0166もちろん、0167直のようなことをしていては、0168経済的に広前を維持できるわけがない。0169責任者としての奥村の立場も平蔵には理解できるが、0170何か割り切れぬものを感じる。
0171 直は奥村に仕えるばかりでなく、0172信者一人一人に仕えているのではないかと平蔵は思った。0173信者が参拝すると、0174汚れた足袋などは知らぬ間に洗濯し、0175火であぶってよく乾かして返してくれる。0176独身者の着物のほころびには誰よりも早く目をつけ、0177すぐに繕う。0178だから平蔵に限らず、0179初めはご利益めあてに参拝した連中も、0180いつの間にか直の人柄に惹かれて参ることになる。
0181 ――それでも、0182それに甘えていてよいのか知らん、0183と四方平蔵は、0184あぐらをかき傲慢にも見える態度で直に給仕させている奥村を次の間から見ながら、0185ふと自分を含めた信者たちの在り方を反省したりした。
0186 ――お直はんはいまだに屑買いの婆さんじゃし、0187奥村先生の下女みたいにしとってやが、0188艮の金神さまがかかってなさるなら、0189お直はんは金神さまの尊い容器や。0190神さまのお社は、0191神さまが鎮まってやさかい人は尊敬する。0192それと同じ理屈やさかい、0193お直はんのことも、0194もっと大切に扱わなあかんのやないやろか。
0195 奥村は無遠慮に茶でうがいしてのみこむと、0196「ちょっと出かけて来るでな。0197よう留守番しといてや」と命じて立ち上がる。0198平蔵には軽く頭を下げて外出した。
0199 奥村を送り出すと、0200直はすぐ広前にあらわれ、0201平蔵に笑顔を向ける。
0202「いなげなお天気やのに、0203ようお参りになりましたなあ」
0204 直は、0205自分の小さな箱膳の上に手早く奥村の大きな膳をのせ、0206危うく平衡を保って立ち上がる。
0207 平蔵は笑った。
0208「お直はん、0209なしてあんた、0210小さな膳の上に大きな膳をのせて、0211あべこべやないかいな」
0212「はい、0213理屈はそうでも、0214わたしのような者の膳を先生の膳の上に乗せては、0215もったいのうござすさかい……」
0216 平然と答える直の言葉に、0217平蔵は鬼灯のように赤くなった。0218今の今考えていながら、0219平蔵の心の底には直を無学な屑買い婆さんと軽視し、0220教えようとして逆に教えられたことに気づいたのである。
0221 後片づけを終わると、0222直は筆先を持ってきて平蔵に示した。0223それは、0224信者のお供えを包んだ紙に書かれていた。
0225「今朝こんなものが書けましたで。0226あんたはん、0227これ読めませんかいな」
0228 直が毎日帰神状態で筆先を書いていることを、0229信者はみな知っていた。0230しかし無学の信者が多く、0231なまじ文字を知る者は筆先の稚拙な文字に閉口し、0232頭から馬鹿にして、0233読もうとする努力さえしなかった。0234第一、0235先生の奥村にしてからが、0236筆先を信者に見せまいとする節があった。
0237「お直はんの病気治しの霊力はまことに結構なが、0238わけの分からぬ筆先だけはどうも……」
0239 信者一般のいつわらぬ気持ちであった。0240しかし平蔵は、0241今日は真剣に読み解いてみる心境になっていた。0242行間もなければ、0243句読点もない。0244なんとか読める字はあったが、0245読めぬ字の方が多かった。0246読める字が幾つかあっても、0247全体の意味がまるきりつかめない。0248不自由な眼でしばらく睨んでいて、0249次第に困惑の表情が浮かんだ。
0250 直が力づけるように言う。
0251「昨日の晩、0252寝とりますとなあ、0253神さまが起こしなさって、0254こんなこと言うてんですで。0255むねたださま(黒住教教祖黒住宗忠)もてんりおさま(天理王尊)も、0256もとはひとかぶ、0257ひのおおかみさま、0258つきのおおかみさま、0259おなじひとはら……」
0260 平蔵は直の声を聞きながら、0261何心なく筆先を見ていた。0262するとどうやら、0263直の聞いたままの神の言葉らしくある。
0264「もう一度ゆっくり言うてみとくれなはれ」
0265 その言葉をいちいち筆先の文字にあてはめてみる。0266と、0267読めなかった文字がどうにか判読できる。
0268「あ、0269読めるようですで。0270その次はどないです」
0271「みなともどもにまもるぞよ」
0272「みなともどもに守るぞよ……書いたる、0273書いたる。0274確かにそない書いたりますで」と平蔵はせきこんだ。0275そして今度は直の力を借りずに、0276独力でたどたどしく一行、0277二行。
0278「おう、0279読めてきましたなあ。0280やっぱり晩げに言いなさった通りを、0281神さまは、0282わたしに筆で書かせなさるんじゃなあ」
0283 直の白い頬は明るく輝いた。0284涙すらにじんできた。
0285 ――わたしの書いた文字が人に通じた。0286平蔵さんが、0287わたしにも分からん字をちゃんと読んで下さった。0288神さまのお言葉を知りたい誠心さえあれば、0289筆先は誰にも読める。0290艮の金神さまのお心が、0291これでみんなに分かってもらえる。
0292 初め直は、0293祟り神として艮の金神を深く疑った。0294だが次々に降りかかる苦難を耐え忍ぶためには、0295艮の金神と向かい合うしかなかった。0296最愛の末子澄まで、0297幼いうちから手離した。0298誰一人、0299直の受難を慰め励ましてくれる人はなかった。
0300 そんな時、0301艮の金神はいつも直に語りかけ、0302導いて下さった。0303いつの間にか直は、0304金神の意志を人々に伝えるためにのみ生きたいと願うようになっていた。0305否、0306金神の意志がそのまま直の意志であるほど、0307同化した。0308微塵も私心を容れる余地はなかった。
0309 はからずも今、0310四方平蔵が、0311金神の言葉を読み解いてくれた。0312直は心から手を合わせて、0313平蔵を伏し拝んだ。
0314 直の意外な行為に平蔵は驚いた。0315直に喜んでもらえるならと、0316一層筆先の解読に力を入れた。0317筆先の文字の癖さえのみこめば、0318あとは楽に読めることに気づく。0319たとえば、0320「からてんじ九(唐天竺)」・「九らやみ(暗闇)」・「九ろう(苦労)」・「でち(出口)」・「五よう(御用)」・「し五と(仕事)」・「うた五て(疑うて)」・「せかい十(世界中)」というように、0321九は「く」、0322は「ぐ」、0323五は
0324「ご」、0325十は「じゅう」など、0326数字がひら仮名代わりに使われるという一つの約束と、0327〈いろは四十八文字〉の独得の書体を覚えればよい。
0328 「このよのせんた九いたさねばよいよにならぬからはよよいよにいたしてじんみんをたすけるがかみのおんや九であるぞよち九るいむしけらがきまでもたすけるかみであるぞよこのかみがかまわねばこのよは九らやみであるぞよこのよになればこころしだいでどんなことでもかなえるぞよ めいじに十はちねん」
0329 平蔵は、0330口に出して、0331指先で文字を追いながら読み進む。0332しかし、0333理解できるのは字句だけで、0334その底に潜む神意にまでは及ばない。
0335 三月三十日、0336日清間の休戦条約ついになる。
0337 四月一日、0338早朝は霧霜強く、0339やがて一天雲なき快晴。0340午前十時半、0341京都岡崎の第四回内国博覧会会場に陛下御名代山階宮殿下御臨場、0342奏楽のうちに式がはじまる。0343十一時より博覧会開場、0344門ごとに国旗をあげ、0345市中は雑踏する。
0346 四月十七日、0347下関で日清講和条約調印。0348三国干渉で世論は沸いた。
0349 講和条約の結果、0350日本の植民地として台湾の領有が決定。0351海軍大将樺山資紀を台湾総督とし、0352軍事的抵抗を予想して北白川宮能久親王の率いる近衛師団を台湾に派遣する。
0353 五月二十五日、0354台湾巡撫唐景を総統として台湾民主国樹立を宣言、0355各地で武装蜂起があい次いだ。
0356 五月二十九日、0357近衛師団、0358台湾に上陸。0359抵抗らしい抵抗もなく、0360上陸後十日目には台北に無血入城。0361その後蜂起した島民の鎮圧に忙殺される。
0362 その近衛兵の一員に、0363直の次男出口清吉の若々しい姿があった。
0364 直の予言通り、0365日清戦争は日本の勝利で終わった。0366信者たちは、0367不思議なものを見るように、0368改めて直を見直した。0369だが直は、0370戦勝気分に沸き立つ周囲に眼もくれず、0371早くも十年後の日露戦争の無気味な予言を筆先に示す。
0372 残存する明治二十八年旧六月の筆先によると、0373
0374「戦い(日清)がおさまりたおり、0375この戦いおさまりたのでない、0376この戦いをひきつづけにいたしたら、0377日本の国はつぶれてしまうから、0378ちょっと休みにいたしたのでありたぞよ。0379こんどは露国から始まりて大戦があると申しておりたが、0380出口の口と手で知らしてあること、0381みな出てくるぞよ」
0382 四方家の養蚕室は、0383春の養蚕期までという約束であった。0384四月二十七日、0385近くの西岡弥吉方の八畳二間に広前を移す。0386春季大祭の時などは、0387三百六十余人の信者がぎっしり詰めかける盛況であった。
0388 奥村は、0389教勢の発展をおのれ一個の力によるものと錯覚した。0390直が奥村に仕える態度に変わりはなかったし、0391その意味では重宝な下女であったが、0392信者の人気は直に集まる。0393しかも癇にさわるのは、0394直がすぐに艮の金神を口にすることである。0395奥村は、0396艮の金神の厨子を天地金乃神のそれより一段下に祀っていたが、0397直の神は不満とし、0398しばしば神憑りして叫ぶ。
0399「この方は、0400金光の下になるような神ではないぞよ。0401この方は世界中の神であるぞよ。0402この神の身上審判て下されよ」
0403 いかに直が叫ぼうと、0404金光教布教師である奥村にとって、0405天地金乃神より艮の金神が上位だと認めることはできない。
0406「この広前は金光の力で開けたと思うておるか。0407取り違うにも程があるぞよ。0408お神徳が立ったのは、0409艮の金神が八分も九分も手伝うておるからであるぞよ。0410いつまでもやり方変えぬと、0411直を連れて出るぞよ。0412直を連れて出たら、0413後は猫の子一匹立ち寄らぬようになるぞよ。0414そうなっては、0415奥村、0416夜逃げせねばならぬぞよ」
0417 奥村にも言い分はある。0418艮の金神がどれ程威力ある神かは知らぬが、0419自分が広前をひらいたからこそこれだけの信者を組織し、0420拡張できたのではないか。0421直一人の時には、0422たかだか四十人ばかりの貧乏人が個別に直に病気治しを依頼していたに過ぎぬ。0423 直に対する反発から、0424一層奥村は艮の金神を粗略に扱う。0425この頃の筆先には、0426ひんぴんと奥村に対する警告が示されている。
0427「奥村どの、0428膳立ていたしてここへ引き寄せたのは鬼門の金神でありたぞよ。0429直のこと、0430審判てほしさに、0431ひき寄したぞよ。0432わからぬか。0433審判るところへ連れゆきて、0434審判てくだされよ。0435この取次ぎ、0436大もうな取次ぎであるぞよ。0437神の力のおん取次ぎであるぞよ」
0438「奥村定次郎どの、0439まだ苦労になりておらぬぞよ。0440慢心すぎて、0441たびたびのおん気づけがあるぞよ。0442艮の金神が、0443直の体内かりて何ごとも世界のことを知らすぞよ。0444奥村どの、0445早く改心をいたされよ」
0446「百日の水行してくだされたゆえ、0447世界のことがみなわかるぞよ。0448艮の金神が、0449直の体内を借りておるから、0450これがわからな、0451先生とはいわせぬぞよ。0452この金神も、0453こらえ袋がきれるぞよ。0454船がかえるぞよ。0455慢心はいかぬぞよ。0456改心しやれよ。0457これだけゆってもわからぬか。0458足もとから鳥がたつぞよ」
0459 叫ぶのを止めて、0460直が筆を走らせる。
0461「どうせわしの悪口やろ、0462ろくなこと書きくさらんに決まっとる」と奥村は筆先を手にとって見ようともせぬ。
0463 金光教信者として自分の下にあるべき四方平蔵が、0464その筆先をどうやら解読しはじめたと知って、0465奥村の杞憂は増した。0466他の信者へ伝染せぬうち、0467何とか予防せねばならぬ。0468ここまで教勢が広がった今、0469むしろ直の存在は目ざわりでしかない。
0470 奥村は自力を信じて強気であった。
0471「先生も筆先を拝読して信者の皆さんに伝えておくれなされ」
0472 ある日、0473直は筆先を示して奥村にせまった。
0474「余計なさし出口いらんわい。0475ふん、0476こんなもん」
0477 奥村はせせら笑った。
0478 ――この先生も、0479艮の金神さまを世に出して下さるお人ではない。
0480 世話人が懸命に引き止めるのもきかず、0481直は綾部を去った。0482一人八木へ向かって旅立つ直の背に、0483六月の青葉がかおった。
0484 直が奥村に愛想をつかし八木に糸引きに行ったのは、0485明治二十八年六月十二日のことである。0486八木に二十日ほど滞在し、0487ついで馬路村の貞助の家で糸引きをする。0488すでに直の病気治しの力は近在に知れわたっていた。0489天理教会その他から共に布教したいという誘いもあった。0490しかし直の霊力を利用しようとはしても、0491艮の金神を理解しようと努める者はなかった。
0492 七月下旬、0493神命のままに帰綾、0494広前へ二、0495三日滞在するが、0496奥村の機嫌は直らぬ。0497世話役は直が再び他の地へ去ることを恐れ、0498会合を開いて西村忠兵衛に身柄を預けた。0499忠兵衛夫妻と父忠七の三人、0500ひっそりした家庭である。0501直は西村方に起居し、0502祭の時だけ広前に参拝していた。
0503 八月のある日、0504直が広前へ顔を出すと、0505四、0506五人の信者がはっと口をつぐみ、0507緊張した顔で迎えた。0508一人が言いにくそうに口を切った。
0509「お直はん、0510ほんまやらどうやら分からぬ変な噂ですがのう、0511聞いとってかい……」
0512「それは……なんでござります」
0513「はい……嘘かも知らんで驚かんといて下はれや、0514実はのう、0515息子はんのことで」
0516「……」
0517「清はんが台湾で戦死しちゃったらしい……」
0518「清吉……」
0519 直の胸に、0520夫政五郎、0521長男竹蔵の変事の報を受けた時の衝撃が鮮烈によみがえった。0522艮の金神を宿して動ぜぬ直でなく、0523凡俗な一母親の素顔がそこにあった。
0524 別の一人が慌てて言い足した。
0525「それでも、0526妙なことに噂の出所が分からんのですわな。0527誰が言うたともなく、0528町でパーッとひろがった風なんじゃが……まさかあのぴちぴちしとる清はんが……根も葉もない噂に違いござへん」
0529 直は夢中で西村方へ帰り、0530あてがわれている狭い部屋に閉じこもった。0531小机に向かって端座し神を呼び、0532心の動揺に堪えきれず突っ伏す。0533やがて直の手は無意識に筆をとり、0534動き出す。
0535「何鹿郡綾部出口清吉殿わ近衛兵、0536まことに結構な兵隊であるぞよ。0537ある故に神が借りておるぞよ。0538死んでおらぬぞよ」
0539「かみ代わりには明神の正一位稲荷大明神が身代わりに立ててあるぞよ。0540御安心をして下され、0541対面さすぞよ。0542も一戦いたして手柄をさして帰すぞよ。0543直よ、0544安心して下され」
0545 直の表情が急にやわらいだ。0546この頃では、0547筆先の文字をなんとか一人で読み解くまでになっていたのだ。
0548 冷静に戻ると、0549直は根も葉もない噂に取り乱した自分が恥ずかしかった。0550もし清吉の死が事実ならば、0551天朝さまから先にお知らせがあるに違いない。0552神を忘れて噂を真に受けた自分はまだまだ信仰が足らぬと、0553情けなかった。
0554 噂は大槻鹿蔵の耳にもとどいた。0555養子伝吉とともに清吉にも特別な愛着をもっている鹿蔵は、0556直ほど単純にこの噂を聞き流せなかった。0557やっきになって役場に問い合わせ、0558はてはどなりこんで調べさせ、0559近衛隊にも問い合わせたが、0560さっぱり要領を得ぬまま日は過ぎていく。
0561「信者がえっと増えとんのに、0562広前は狭い。0563それがお直はんの御不満なんかも知れんで」
0564 直が広前に寄りたがらぬのを、0565当時の信徒たちはそれぐらいにしか解釈できなかった。0566世話役一同相談の結果、0567広前を元黒住教会説教所であった東四辻へ移すことに決定。
0568 九月二十一日、0569遷座祭を行なった。0570直の顔色はすぐれず、0571遷座祭にも西村の家から参拝し、0572西村の家へ帰るのだった。
0573 金光教福知山分教会の青木松之助から招きの手紙があり、0574九月二十八日、0575直は福知山に行く。
0576 顔を見るなり、0577青木が頼む。
0578「塩屋の三右衛門はんの息子の妾の家でなあ、0579人がのうて困っとってんや。0580ちょっとの間手伝うてあげていな」
0581 塩屋は屋号で、0582本名は吉田三右衛門という。0583「舟がつくつく塩屋の門へ、0584あれは三右衛門さんの通い船」と福知山音頭にも残る庄屋の家柄だ。0585福知山広小路菱屋町で鉄と塩を扱っており、0586鉄屋とも塩屋とも呼ばれた。
0587 三右衛門の妻梅子が金光教信者であり、0588その関係で、0589三右衛門は青木と面識があった。0590宗教ならどんな頼みごとでも引き受けると思ったものか、0591青木に息子の妾の下働き女探しを頼む。0592青木は、0593とっさに直を思い出し手紙で呼び寄せたのだ。0594この時点では、0595青木は直をそれぐらいにしか認識していなかった。
0596 言われるまま、0597直は四十日ほど妾の家にいて、0598後任の下働きが見つかってから金光教福知山分教会に移り、0599翌明治二十九年三月まで滞在した。
0600 青木松之助は、0601弘化元年京都の粟津家山形屋に生まれ、0602明治六年二十九歳で京都島原に住む青木家の養子となる。
0603 養父青木馬吉は通称朝尾馬吉という貸元で、0604島原界隈でのかなりの顔役であった。
0605 松之助の金光教入信は明治十九年。0606大道拡張の命を受けて福知山に派遺され、0607明治二十三年立柳(通称土堤の町)に広前をもうけるに至る。
0608 明治二十五年には、0609神憑り間もない直がこの広前を訪ね松之助と初対面、0610艮の金神を認められず、0611失望して去っている。
0612 明治二十七年二月には字裏野(通称袋町)に広前を移転した。0613いまの惇明小学校の南西にあたる。0614隣家では瓦を製造していた。
0615 同年十一月、0616字中野の南端に家を新築し再び移転。0617当時の中野は南内記通りまで東西ともに人家がなく一面の桑畑。0618夜になると狐狸がのさばり歩いていた。
0619 青木家は七人の子持ちで三女十一歳・四女九歳・二男四歳、0620そして三男は明治二十九年一月に生まれている。0621つまり、0622直が青木家を訪れた当時、0623松之助の妻うたは大きな腹をかかえていたから、0624直は朝から晩まで手のかかる幼児の守りから洗濯、0625炊事と目のまわる忙しさであった。0626その間にも神が降れば筆先を書き続け、0627頼まれれば病人の祈願も怠らなかった。
0628 直が福知山に来てから、0629青木松之助の分教会では霊験が立ち、0630参拝者も目に見えて増えていった。
0631 奥村と違い、0632松之助は直の利用価値を知るようになった。
0633「金光さんも結構じゃが、0634艮の金神さんもも一つ結構じゃ」と調子を合わせ、0635筆先なども熱心に写して直の意を迎えた。
0636「あんたはんがずっとおってくれちゃったら、0637艮の金神さんをいつか表にお出しするさかいのう……」と言って、0638直を喜ばせた。
0639 明治二十八(一八九五)年八月、0640朝鮮では京城事件起こり、0641閔妃殺害さる。0642十月十九日台湾では武装した台湾島民ことごとく降伏、0643台南に無血入城し、0644全台湾は平定したかに見えた。0645十月二十八日の新聞には、0646「近衛師団は先発後発の順序に随ひ凱旋の途につくべしと云ふ」と報じられる。
0647 その快報直後、0648近衛師団長北白川能久親王悪性マラリアのために台南で薨去との悲報が伝わった。
0649 この頃、0650同じ福知山の兄清兵衛から使いがあり、0651直は岡の段の桐村家まで出かけた。0652清兵衛は直を座敷に通し、0653暗い顔で言った。
0654「直や、0655お前に知らせんなんことがあって、0656ここまで来てもろたが……」
0657「なんでございます」
0658「清吉のことや。0659一時、0660清吉の戦死の噂が流れたやろ」
0661「はい、0662それでも神さまは、0663清吉は死んではおらぬとおっしゃっとりますさかい……」
0664「ところが鹿蔵はあんな男じゃが、0665清吉には夢中や。0666生きとるか死んだか心配で、0667何度も役場へどなりこんで行ったんじゃげな。0668役場から軍隊に問い合わせて、0669ようやく返事がきた……」
0670「それでは……あの……病気でも……」
0671「驚くやないで、0672やはり噂はまことじゃった。0673立派に戦死したんや。0674鹿蔵のとこへ遺骨とりにこいちゅう通知があったげな。0675朝方、0676鹿蔵からの知らせがあって、0677わしは福知山二十連隊へ遺骨をとりに行ってきたわな」
0678 清兵衛は立ち上がって襖をあけた。0679奥の間の仏壇には、0680白布に包んだ骨壺が置かれている。
0681 直は微動もせず、0682物いわぬ骨壺を眺めやった。
0683「とり乱すやないで、0684直。0685別れは人の世の常のことや。0686拝んでおやり」
0687 清兵衛がそっと座をはずす。0688やがて直は仏壇に進みより、0689内なる神に問いかける。
0690「神さま、0691これは違いますなあ。0692何かの間違いですやろ。0693清吉は死んではおらぬ。0694生きていますやろ」
0695 神の声がすぐ響き返る。
0696「清吉は死んでおらぬぞよ」
0697 神命ならば疑いもせず唐へ旅立とうとした直も、0698やはり最愛の子の生死となると、0699母親としての煩悩が騒いだ。0700くどく問いかけても、0701答えは同じ響きで返ってくる。0702では壺の中の骨は?……。0703神の声を信じるべきか、0704現実の骨を信じるべきか……直の心は現実の骨を否定し、0705神言を採った。
0706 暗くなって、0707そっと行燈を運んできた清兵衛に、0708直は、0709落ち着いた声で言った。
0710「神さまは、0711清吉は死んでおらぬと言いなさるのですわな。0712このお骨は清吉のものではございません。0713それでも、0714どなたであろうと神さまのお子であることは違いございまへんさかい、0715ねんごろにお葬式をさしてもらいとうござす」
0716 遺骨は、0717桐村家の墓地に鄭重に葬られた。
0718 十一月中旬、0719樺山台湾総督は「まったく平定に帰す」と報告、0720遠征軍は引揚げを開始するが、0721その後も台湾島民の執拗な抗日運動は続き、0722大本営解散は翌明治二十九年四月まで待たねばならぬ。0723しかし清吉は帰ってこなかった。0724神が「死んでおらぬ」と言いながら、0725清吉の消息は何年たっても直の元に届かなかった。0726この出口清吉の生死に関しては、0727永く大本の謎となる。
0728 神言は嘘であったのか。0729その後も、0730清吉に関して幾度か筆先が出る。
0731「直のおん子、0732清吉殿わ、0733神が借りておりたぞよ。0734これからおん礼申すぞよ。0735直よ、0736安心いたして下されよ。0737べつじょうわないぞよ。0738艮の金神があらわれて、0739清吉殿、0740直とに、0741手柄をさして、0742世界がなるぞよ。0743そのときわ目がさめるぞよ」
0744 出口清吉の戸籍によると、0745明治二十八年八月十八日死亡とある。0746しかしこの時点では、0747台湾に戦争らしい戦争はなかったはずである。
0748 日本軍が台湾に投入した兵力は二個師団半、0749五万人に及ぶ。0750彼ら遠征軍が苦しんだのは、0751実際の戦闘よりマラリアと食糧不足であった。0752戦死者百六十四人に対し悪疫による死亡者(軍夫を含む)四千六百人、0753病気による内地送還者二万人以上という数字がこれを物語る。
0754 清吉の場合、0755戦死(戦病死ではない)と通知されながら、0756誰のとも知れぬ一片の骨が届けられただけで戦没地も戦闘の模様も一切不明であり、0757もちろん遺品もない。
0758 まことに曖昧模糊としているが、0759明治二十九年十二月二十六日には、0760〈故陸軍歩兵一等卒出口清吉母〉なる出口直に対し、0761陸軍省より、0762「明治二十七、0763八年ノ役死歿シタルニ依リ特別ヲ以テ」金百五十円を賜与され、0764明治三十一年三月七日には、0765賞勲局より、0766「明治二十七、0767八年戦役ノ功ニ依リ授賞スべキ処、0768死歿セシニ付、0769特旨ヲ以テ」金百二十円を賜与されている。
0770 直にとって、0771これは夢のような大金であった。0772十円の銀行借金の利子を払うために長い年月親子ともどもどれだけ辛い思いを重ねてきたことか。0773ついには家屋敷を手ばなしても清算せねばならなかったのだ。
0774「清吉の命と引き代えのこのお金を暮らしのために使うのはもったいない。0775いつか神さまのお役に立てるその日まで」と直は一銭も手をつけることなく、0776銀行に預けた。
0777 直の理性は、0778次第に清吉の戦死へと傾いて、0779しばしばそばの者に語る。
0780「神さまは、0781清吉は死んでおらぬと言いなさるがええ、0782わたしは、0783どうも清吉が死んでいるように思えてなりませんのじゃ」
0784 一方、0785年月不明の筆先には、0786明らかに清吉の死が示されている。
0787「清吉殿を国替えさして、0788いまでは口惜しあれども、0789これわまことに結構であるぞよ。0790人民の知らぬことであるぞよ。0791あとの兵隊、0792いまでは結構なが、0793みておざれよ。0794まことに気の毒なことがでけるぞよ。0795直のおん子、0796つつぼにわ落とさぬぞよ。0797結構にいたすぞよ。0798直にゆ(いう)てある通りであるぞよ。0799おんよろこび」
0800 この筆先によれば、0801清吉の肉体は死んでいても、0802霊魂では生きて目ざましい活躍をしているから喜んでほしいとの意味になる。
0803 出口清吉は、0804直の最も期待した男子であった。0805清吉が兵隊から帰ってくれば、0806直を助けて、0807神のお道を広めてくれようと信じていた。0808その直の期待がそのまま信徒たちの願望となって、0809出口清吉生存説は消えることなくひそやかに伝えられる。
0810 彼らは考える。0811「死んでおらぬ」という神の言葉は、0812まことに複雑だ。0813筆先原文には、0814どの文章にも句読点がない。0815もし、0816「死んで」と「おらぬ」の間に句読点をいれると、0817全く反対の意味になる。0818つまり「死んでおらぬ」ならば、0819直が当初考えたように、0820「死んでいない。0821肉体を持って生きている」ことになり、0822「死んで、0823おらぬ」ならば、0824「死んでこの世におらぬ」となり、0825さらに両方の意味を折衷すると、0826年月不明の筆先のように、0827「肉体としては死んでいるが、0828霊魂としては生きている」という解釈もできる。
0829 それに、0830「清吉殿を国替えさして、0831いまでは口惜しあれども」にしても、0832国替えは現界から霊界、0833生から死へかわることだけであろうか。0834文字通り、0835国が替わる、0836日本から他国へ替わったとも考えられよう。0837日本へ帰らず異国へ替わったのは口惜しいが……と解けば、0838その後の「これわまことに結構であるぞよ。0839人民の知らぬことであるぞよ」の字句も分らぬことはない。0840何かわけがあって……おそらく神の意志に体をまかせて、0841清吉は人知れず他国へ渡ったのかも知れぬ。0842現にその後、0843「清吉はひそかに隊を脱けて支那の方へ行った」という戦友の言葉も伝わった。
0844 信者たちの一部は、0845最も希望的解釈のみをし、0846清吉がいつまでも帰ってこないのは神の経綸によるものと信じた。0847そしてあたかも義経のジンギスカン説のように、0848夢をはらんで飛躍する。
0849「清吉は戦死したのでなく、0850大志を抱いて台湾から中国大陸に渡り、0851さらにモンゴールに入って馬賊となり、0852時の来るのを待っている。0853やがては直の元に帰って共に大神業を行なうだろう」と。
0854 明治二十九(一八九六)年、0855直は還暦を迎えた。0856帰るべき家もなく、0857福知山の金光教分教会で下働き同然に使われながら。0858一家離散した八人の直の子供たちはそれぞれ別の地で自分が生きるのに精一杯であり、0859親をかえりみる暇はなかった。
0860 この長い物語を整理する意味で、0861二十九年正月現在の直の子たちの動向をみわたしてみよう。
0862 長女米は四十一歳、0863大槻家の座敷牢で丸四年、0864正気を失したまま過ごしている。
0865 次女琴三十五歳は、0866王子で無為の夫と二人の子をかかえ、0867僅かな小作田を耕して食うことに窮々としている。
0868 長男竹蔵は二十三歳の秋自殺未遂、0869傷が癒えると共に家出し、0870父の死も知らず三十三歳になる今もって消息不明である。
0871 三女久二十九歳は八木で夫寅之助と骨身惜しまず働きつつ、0872四番目の子を身ごもっている。
0873 次男清吉は近衛兵として台湾に出兵、0874戦死と伝えられるものの生死は分からず。0875生きていれば二十五歳。
0876 大槻家の養子となった三男伝吉二十歳は綾部より転出中の友人四方鹿造を頼って福井へ行き、0877機織りの修業中。
0878 四女龍十七歳は四方源之助宅に子守奉公をしていたが、0879今は福知山字新町の増井醤油店に奉公中。
0880 そして末子の澄十四歳も私市の豪農大島家できびしい奉公の日々を送っている。
0881 この正月、0882直は福知山分教会に集まる人たちに不吉なことを言った。
0883「困ったことに、0884今年の御霊さまは泣き祭りになりますで」
0885 御霊神社は、0886織田信長を弑した明智光秀の霊が祀られている。0887毎年旧八月十七、0888十八日に大祭が行なわれ、0889御霊祭りとして町の名物になっていた。0890当日は露店が並び諸興行が催され、0891古来独特の造り物(俗に御霊の山車)や子供相撲が参詣者の目を楽しませた。0892今年はその祭りまでに神社が新築されるというので、0893前景気は正月頃から上々、0894そのめでたい今年の御霊祭りを泣き祭りなぞけちをつけ出した直の言葉を、0895誰もまともに受けとらなかった。
0896 直は青木松之助の袖を引いて、0897重ねて言う。
0898「青木さん、0899御霊さまの祭りの前には大荒れがありますげな」
0900 人騒がせなことをと、0901青木は顔をしかめて直の言を封じるのだった。
0902 四月初め、0903直は綾部へ帰った。0904半年青木と一緒に暮らしてみたが、0905艮の金神に敬譲の意を示すかにみえた青木にも、0906所詮、0907艮の金神を世にお出しする力はないと見きわめたのである。0908綾部裏町(現若松町)の定七の木屋(薪炭小屋)を借り、0909以前のように東四辻の教会には祭典の日だけ顔を出す。
0910 奥村定次郎はまさに得意の絶頂であった。0911東四辻の教会は広いし、0912短日月に信者も増えた。
0913 奥村は、0914自分の底力を金光教の先輩たちに誇りたかった。
0915「どうでっしゃろ、0916みなさん」と奥村は、0917世話人を集めて切り出した。
0918「ひとつ今年の春季大祭は、0919どかーんと盛大にやりたいもんや。0920ついては、0921京都・大阪・福知山・宮津あたりの金光教の先生らをお招きしたらどうでっしゃろ。0922わずか一年余りでこれだけの発展を見たのも、0923神さまの御加護もさることながら、0924世話人の皆さんの御努力の賜物に違いござへん。0925ひとつ、0926先輩たちにこの盛況をとっくり見てもらおうやござへんかい」
0927「そうどすなあ、0928艮の金神さんをいよいよ世にお出しする祭じゃさかい、0929お直はんも喜んでやろ」
0930 調子よく奥村に言われて、0931世話人たちはすぐその気になった。
0932 春季大祭は由良川沿いの桜花が満開の頃に開かれた。0933福知山の青木・亀岡の大橋・宮津の橋本・京都の杉田等、0934そうそうたる金光教の先輩布教師が参列。0935信者もあふれるばかり詰めかけて、0936ありがたさに涙をこぼさんばかりであった。0937奥村はこの時とばかり、0938招待の布教師たちの世話を尽くし、0939己の手柄の吹聴に躍起となる。
0940 祭典が始まり、0941玉串奉呈にすすむ。0942祭主奥村の次は出口直の番である。0943直は祭官から玉串を受けとり神前に進むが、0944ちょっと会釈したまま額ずくこともせず、0945元の座に戻った。0946日頃、0947神に敬虔な直しか見ぬ信者や世話人たちはいぶかしがって顔を見合わせた。
0948 祭典が終わると、0949直は控えの間に行き、0950すぐ世話人の四方平蔵を呼んだ。
0951「四方はん、0952今日のお祭りは金光さまのお祭りですか、0953艮の金神さんのお祭りですか、0954どっちですいな」
0955「へい、0956そら金光さんと艮の金神さんの両方のお祭りじゃと思うとりますわな」
0957「金光さんの御神体はありました。0958けど艮の金神はんの御神体はござへんで」
0959「そらおかしい。0960ちょっと待っておくれなはれ」
0961 平蔵は驚いて、0962早速神床を確かめに行く。0963直の言う通りであった。0964広前は、0965長い祭典から解き放たれ、0966直会の準備に活気づいていた。0967奥村は来賓の先生方の前につききりで、0968もみ手せんばかりに機嫌をとっていた。
0969 この盛事は、0970奥村自身、0971直ちに金光本部に報告せねばならぬ。0972が、0973型通りの報告にもまして、0974本部に噂されるそのことの方がより大切であった。0975彼らの心象をよくするために逆立ちでもしかねぬ気のくばりようは、0976はたから見て苦々しかった。
0977 不愉快な思いを押えて、0978平蔵は奥村を直のいる次の間に呼び出し、0979小声でなじった。
0980「奥村先生、0981とんこつなことにお直はんに言われて気がついたんじゃがええ、0982艮の金神はんが祀ってないなあ。0983わしらあ、0984いよいよ艮の金神はんが世に出なさる時節が来たと楽しみにしとったのに、0985どうしたわけだっしゃいな。0986お直はんがえろう怒っとんなはるで」
0987 奥村はふくれた。
0988「そうかて四方はん、0989艮の金神さんの御神体か知らんが、0990あんなとてつもない折れ釘みたいな字、0991あんまりやでのう……教養高い先生方の前に飾れるかいな。0992あんまり恥ずかしいさけ、0993ちょこっと……その……神床の下へ隠したるんやな。0994この大祭も盛大に済んだことやし、0995先生方が帰っちゃったら、0996すぐ出すさけ……お直はんには、0997あんたからあんじょう取りなしていな」
0998 ひょいと隣の居間をのぞいて、0999平蔵は顔色を変えた。1000直の銀髪がきらきら輝き、1001金茶色の眼光は射るように鋭さを増し、1002唇を噛みしめ、1003腹中から爆発する声を懸命にこらえている。
1004「あかん、1005神さまが憑らはるとこや」
1006「どないしょ……えらいこっちゃ」
1007「金神さんは御立腹じゃ。1008こら先生がお尻を花立てにしてでも謝らなしやないわな」
1009「それぐらいで、1010あの金神はんが治まってかいな。1011ともかくお招きした先生方に聞こえたらどもならん。1012先生らを早よう宿へ追いたてな」
1013「これから先生らを囲んで直会やでよ」
1014「そんなどこかいな。1015頼む。1016この通りや」
1017 切羽詰まって、1018奥村は手を合わせる。1019平蔵にしても、1020内部の紛糾を洩らしたくない気持ちは同じだった。
1021「えー、1022祭りもとどこおりのう終わりましたさけ、1023ひとまず宿へ。1024先生方を宿へ御案内しますさけ」
1025 冷汗をしたたらせて、1026平蔵は必死だ。1027せっかく寛ぎかけている座が白けた。
1028「事慣れぬということは、1029しやないもんや。1030礼儀はずれもよいとこやのう」とぶつぶつ囁く布教師たちを無理矢理せきたてて、1031ともかく広前を後にした。
1032 と、1033直の両膝が交互に上下し始めるや、1034広前は家鳴り震動、1035一同は真蒼になって平伏した。
1036「この方は金光教の下になるような神ではないぞよ。1037この広前を金光教の広前だと思うから、1038不調法ができるぞよ」
1039 奥村は平身低頭してあやまった。1040せめて遠来の布教師たちに知られなかったのは救いだが、1041信者の前で面目を失したことはおびただしい。1042御霊祭りの前に、1043この春の大祭は奥村の泣き祭りとなった。
1044 春の大祭をきっかけに、1045直の発動は再び激しくなった。
1046「この神は金光殿の下になるような神ではないぞよ。1047艮の金神一筋でひらいて見せるぞよ」
1048 筆先に、1049「天理・金光・黒住・妙霊さきばしり、1050とどめに艮の金神あらわれて、1051三千世界の立替え立直しをいたすぞよ」とあるのは、1052その時代時代における神々の役割を指すのであろう。1053艮の金神は、1054自らを〈とどめの神〉とし、1055その出現目的をはっきりと示す。1056すなわち三千世界の立替え立直しが最終にして至上の目的なのであって、1057そのためには、1058「金神は病気治しの神ではない」と言いつつも、1059次々に霊験を示していく。1060奥村に対する金神の怒りも、1061金神の意志を無視し、1062既成の金光教で表面を飾ろうとする態度に対してであったろう。
1063 艮の金神の荒立ちで、1064直は眠れぬ夜が続く。
1065 直はついに、1066
1067「皆さま、1068日々ご苦労さんでござりますが、1069こう神さまが荒立ちなされてはわたしの体がもちまへんさかい、1070また糸引きになとやってもらおうと思いますがええ」と申し出た。
1071「金神さんに出てもろたら困る。1072わしは金光はんにお神徳をもろたんやない、1073お直はんに病気を治してもろたんじゃ」
1074「わしかて、1075お直はんにお神徳をいただいたんじゃさかい、1076お直はんが出てんなら、1077わしも信仰やめさしてもらうわな」
1078 大勢は奥村に不利であった。1079だが中には、1080考え深げな意見を出す者もある。
1081「そう言うてしまえば、1082わしらの大半はお直さんの信者や。1083みんなが離れてしもたら、1084せっかく苦労した広前が立ち行かんことになる。1085けれど出るというお直はんを、1086無理に引き止めることはでけんやろ。1087そこでや、1088よう考えてみると、1089お神徳は人間にあるのやない、1090神さまにあるのやさかい、1091お広前に神さまさえおってもろたら、1092お神徳は立つ道理や。1093お直はんの留守中は、1094奥村先生のお取次でいきまひょいな」
1095 平蔵がとりなし顔で言った。
1096「ここではっきりしとることは、1097お直はんの神さんと金光さんとは気が合わんようになったことや。1098神さまがああ毎日腹の中から責めちゃっては、1099お直はんの身がもたん。1100と言うて、1101『お直はんでなけらいかん』という人がたんとおってやさかい……」
1102「それで、1103どうせい言うのや」
1104「つまりやな、1105この際、1106二つに分かれてもろたらどうやろ。1107お直はんは別の家に移る、1108そこで艮の金神はんだけ祀ってもらう」
1109「ははん、1110とすると、1111後は自分の好きな方へ参ったらよいんやな。1112けど、1113定七の木屋では金神はん祀るには粗末なし、1114狭すぎる……」
1115「そこじゃ。1116この際、1117お直はんに一月だけ糸引きに出ていてもろうて、1118その間に神さんの祀れる家を探したらどうや」
1119 五月二十五日。1120小雨の中を直は一同に別れを告げ、1121世話人のすすめる通り、1122三十日の約束で糸引きに出た。
1123 直不在の広前は全くお霊験が立たなくなり、1124目に見えて参拝者が減ってきた。1125もともと金光教の信者であり、1126世話人の中心的人物であった平蔵まで、1127直がおらぬと張合いがなく、1128なにかと理由をつけて広前から遠ざかった。1129神饌物を上げる者とてなく、1130春の大祭で活況を見せた広前も十数日でさびれはて、1131維持費どころかその日の糊口に窮する。
1132 奥村は肝心の宣教はそっちのけで、1133元大工の腕を利用して粗末な神具を作り、1134売り歩いた。1135だが約束の三十日たっても、1136四十日たっても、1137直は帰って来ぬ。1138がらんとした広前で、1139無精髭をのばした奥村が一人ぽつんと神具作りしている姿は、1140一層荒廃してみじめだった。
1141 この時になって、1142奥村は己れの無力を自覚せねばならなかった。1143直が糸引きから帰ってきて別に広前を作るまでもなく、1144信者たちの心は完全に奥村を離れている。1145食事時には虚勢を張って信者たちの家に上がりこみ、1146説教もそこそこにがつがつと食った。1147借金も重ねた。1148露骨にいやな顔でもされると、1149くどくどと人間の薄情さをぐちり罵る。
1150 奥村の権威は地に落ちていた。1151空腹で虚脱した奥村の胸に、1152神崎村の田畑が見える。1153一人で百姓をしている妻いとの土くさい頑丈な体が今は慕わしかった。1154あちこちの払いも、1155かなりたまってきて、1156債鬼の顔がちらつく。
1157 ――帰ろう。1158奥村は急にそわそわと旅支度を始めた。
1159 奥村が逃げたのは、1160直が糸引きに出てから五十六日目の七月十九日。1161今にも降り出しそうな闇夜であった。
1162 明治二十九年(一八九六)七月二十日。1163前夜半から降り出した雨は、1164小止みなく一日降り続く。1165夕刻、1166蓑笠に身を包んだ直が、1167鷹栖の四方平蔵の家を瓢然と訪れた。1168直が綾部を去って五十七日目であった。
1169「よう降りますなあ、1170道々、1171田に水があふれておりましたわな。1172この雨は明日も一日降りやまんようやなあ」
1173 静かな冴えた声で語りかける直。1174その輝く銀髪をみて、1175平蔵は、1176何年も会わなかった実母を迎えたように懐かしかった。1177いそいそと部屋に招じ入れ、1178直の前に座した。
1179「永らく休ましてもろうて、1180すまんことでした。1181気が向くままに、1182あちこち糸引きに歩かしてもろてましたわな」
1183「三十日という約束じゃのに……」と平蔵は、1184つい恨めしげに涙声になる。
1185「お手紙出そうにも、1186あんたはん……どこにおってやら分からぬさかい……」
1187「三十日目に帰るつもりやったが、1188どんのいにも足が綾部に向かんのでなあ……そうしたら一昨日、1189神さまが『御用ができとるから早よう帰ね』と言いなしたさかい、1190もう帰んでもよい時分じゃと思うて帰って来ましたのじゃ。1191綾部の方はお変わりござへんかい」
1192「へい、1193なしたまあ……」と平蔵は驚いた顔になった。
1194「お直はんがおらんようになっちゃってから、1195広前の方は参拝する者もさっぱりござへんでなあ、1196すまんことやが、1197わしもお参りする気にならんさかい、1198つい御無沙汰しましたんじゃな。1199そいでも気になるもんで今朝行ってみたら、1200奥村先生がおってないんですわな、1201近所の話では、1202昨夜のうちに夜逃げしちゃったそうですで」
1203「まあ、1204かわいそうにのう。1205この雨の中を……あのお方もよい人じゃったが、1206金神さまに敵対しなさったで、1207どうなることかと心配しとったのに……」
1208 直は瞑目し、1209奥村に詫びるように頭を下げた。
1210「お直はんが帰って来ちゃったらと思うて、1211別に家が用意してござすけいど、1212奥村先生がおってなかったら元の広前があきますなあ。1213どうしてですい」
1214「これも神さまのお仕組みじゃろうさかい、1215その後へ入らしてもらいますわな」
1216 こうして直は単独で東四辻の教会へ入った。1217それを伝え聞いた信者たちは、1218「大神さんが帰って来なはったそうやないか。1219いっぺんお詣りしてみよかい」と言い合い、1220一時に広前は賑やかになった。1221この頃から、1222信者たちは直と艮の金神を同一視して、1223誰ともなく〈大神さま〉と呼び慣らわしていたらしい。
1224 が、1225すぐに綾部警察署から横槍が入った。
1226「金光教の先生が去んで、1227もう金光教やないげな。1228許可も受けんと教会みたいに人を集めて拝ましたらあかん。1229すぐ解散せい」
1230 額を集めて協議し、1231手続きをとってみたが、1232どうしても許可にならない。1233善後策を練っている所へ、1234旅姿の来訪者があった。
1235「わしは、1236京都の杉田先生(京都島原の金光教会)から派遣された足立正信というもんどす。1237前任の奥村はんが不都合があって出て行かはったそうなで、1238代わりにわしが来さしてもらいましたんや」
1239 背が高く、1240でっぷり肥って貫録があった。1241早速協議の場へ来てもらい、1242警察の干渉にあった事情を語ると、1243足立は断乎とした口調で言った。
1244「それは心得違いというもんや。1245この広前は金光教の建て前で開いたんじゃさかい、1246金光教でやってもらわななりまへん」
1247「ほれでも、1248集まっとる者は皆お直はんの信者ですわな。1249金光教では承知しまへん。1250どうしたらよろしおすやろ」
1251「そうやなあ。1252けどお直はんには別に教義があるわけやないし、1253独立しようとしたかて無理な話や。1254教義面では金光教、1255神徳面ではお直はんというように、1256両方で力を合わせてやったらどうでっしゃろ」
1257 直さえ居てくれれば、1258別に何教でも気にならぬ。1259平蔵が一同を代表して直に相談すると、1260直はこだわることなくうなずいた。
1261「はい、1262神さまのみ心さえ合いましたら、1263足立さんという方と一緒に、1264お道を広めさしてもろうて結構でございます。1265どれ、1266それでは、1267ご挨拶さしてもらいましょかいな」
1268 足立正信は文久三(一八六三)年、1269京都府久世郡淀町に生まれる。1270三十四歳。1271士族であった。1272能筆であり、1273教養もあった。1274一昨年、1275妻に死なれ、1276一男一女を持つ男寡夫である。1277足立の柔和な相貌は信者の受けもよかった。1278直は機嫌よく談笑し、1279世話人たちも胸を撫で下ろした。
1280 しかし直にかかる神は、1281その夜から荒れだした。
1282「この方は金光殿の下にはならぬぞよ」
1283 直自身に他意はないのに、1284艮の金神は、1285足立が金釘流の筆先を軽視する心中を即座に反映する。1286直は早々に教会を離れ、1287歓迎されぬと知りつつ、1288大槻家を訪ねるのだった。
1289 大槻鹿蔵は五十八歳、1290白髪まじりの年寄りになっていた。1291自業自得とはいえ、1292明治二十五年の米の発狂を境に、1293この夫婦の運命は急速にすべり落ちていた。1294鹿蔵は料亭もおぐしあげの店も手離し、1295細々と牛肉屋で生計を立てていた。
1296 座敷牢から出て狂暴さこそ見せなくなったが、1297米も普通とはいえぬ。1298母すら分からぬのか、1299無表情に直を迎えた。
1300 直は大槻家の裏の離れで家事のあいまに糸引きして、1301食費だけでも稼ぎ出すつもりであった。
1302 七月三十日の午後、1303直が糸を引いていると、1304信者の大槻ひでがやってきた。
1305「大神さま、1306足立先生がちょこっと来てくれ言うとってですで」
1307「おおきに。1308いま糸を引いとりますで、1309晩げにでも行かせてもらいますわな」
1310「足立先生はどこかヘ行ってやげなで、1311すぐ来てほしいそうですで」
1312「それならこの枠を引いたら、1313すぐ寄せてもらいます」
1314 三枠目の糸を引き終わり、1315心せくままに襷がけで東四辻の教会まで走ると、1316足立はおらず、1317世話人の西岡弥吉が迎えた。
1318「足立先生は、1319気が急くからいうて、1320今しがた出かけちゃったところです」
1321「どこヘ行きなさったんです」
1322「綾部に腰をすえて教会を広めたいさかい、1323淀へ子供を迎えに行っちゃったんですわな。1324四、1325五日で帰ってくるさかい、1326大神さまにお留守をお願いしたいいう言付けじゃがえー」
1327 足立は二人の子の手を引いて帰ってきた。1328九歳の信雄と四歳の千代であった。1329幼い兄妹を見て、1330直は眉をひそめた。
1331「おお、1332かわいそうになあ。1333こんな小さなうちから重い業を背負うて……」
1334 信雄は耳が聞こえず、1335千代は顔半面、1336赤まだらであった。1337長女のふみは明治二十四年に生まれて二か月で死に、1338二十七年には妻うのまで失っている。1339そうした不幸が足立を金光教の信仰に導いたのであろう。
1340 足立が帰っても、1341直は教会を去ることができなかった。1342子供たちが不憫で去れなかったのだ。1343足立一人では宣教どころではなかったろう。1344直は耳の聞こえぬ信雄の面倒から、1345千代のお尻の世話までこまめにみるのだった。
1346「すみまへんなあ、1347大神さん。1348もうすぐ母が来ますさけ、1349しばらくの間世話しとくれやす」
1350 足立が心細そうに頼む。1351その足立の母が来たのは八月末であった。1352七十過ぎた眼も耳も不自由な老婆で、1353水さえ一人で汲めぬ。1354この老婆、1355直を雇用人とでも思っているのか、1356顎の先でこき使う。1357直は覚悟を決め、1358足立に頼むのであった。
1359「三人のお世話は、1360わたしがしますさかい、1361どうぞ心配せずにお道を弘めて下され」
1362 明治二十九(一八九六)年八月三十日、1363福知山の御霊神社の新築も成り、1364氏子たちは数日後の御霊祭を楽しんで待っていた。
1365 この日、1366朝から降り続く雨足は次第に勢いを強めてしぶきを上げる。1367福知山分教会の青木松之助は重苦しい空を見上げて、1368ふと女房につぶやいた。
1369「はて、1370お直はんじゃがええ、1371正月頃にへんなこと言うとっちゃったなあ。1372今年の御霊さまは泣き祭り……祭りの前に大荒れがある……。1373どうも気になる雲行きじゃのう」
1374 直の兄桐村清兵衛の家は、1375福知山四つ切にあって由良川に近い。1376昼過ぎ、1377雨量の増した無気味な川の響きに怯えながら、1378清兵衛は妻てつと娘ふちをせきたてて、1379家財を整理しはじめた。
1380「やっぱり直の言うたようやのう、1381どうやら大荒れになりそうじゃ」
1382「また、1383あんたは何でもお直はんの言いなりやさかい……このぐらいの雨、1384朝までには止みますわな」
1385 妻てつはことごとに直に反撥する。1386清兵衛は逆らわず、1387表の戸締まりに立っていった。
1388 雨は風を加え、1389夕刻からは暴風雨となって樹木をゆすり、1390家屋をふるわし、1391天地も崩るるばかりの豪雨をたたきつける。1392三国岳に発して西へと延々十六キロ、1393幾多の支流を呑んで福知山から北流、1394由良港を経て日本海に注ぐ西日本屈指の大河、1395由良川はその全流域百四十キロの流れを刻々とふくらませ、1396狂っていく。1397江戸時代には十二回の大洪水を記録し、1398幾多の人命家財を奪った川だ。
1399 その由良川の上流和知川の流れは綾部をめぐっている。1400艮の方角から吹く風が豪雨をともない、1401綾部の町の人々は嵐を恐れて寝つけずにいた。1402十一時、1403鐘が鳴り、1404人々が騒ぎ出す。
1405 本宮東四辻の教会では、1406怯えて泣く千代を膝に、1407直が神前に端座していた。1408耳の聞こえぬ信雄は、1409これも耳の遠いお婆と抱き合って寝ている。
1410「え、1411えらいこっちゃ。1412綾部大橋はもうあかん。1413太い木が流れてきよって、1414どかんどかんぶつかっとる。1415危うて渡れせんで。1416味方村の方は一面水びたしや」
1417 足立は外から帰ってぐしょ濡れのまま叫んだ。
1418「お、1419お、1420起きい、1421信雄、1422大水じゃ、1423起きておらんと流されんなんど」
1424 老母と息子をゆすぶる足立を、1425直は止めた。
1426「寝かせときなはれ。1427ここは大丈夫ですで。1428それより福知は大分困難なようじゃ」
1429 直は再び神前に向き直った。1430耳をつんざく雷鳴の中で、1431銀髪が浮き上がった。1432急に、1433直の手が動いて、1434もがくように空をつかむ。
1435「おう、1436流される。1437危いっ、1438兄さん、1439横の束……竹の束にとっつきなはれ……あっ、1440嫂さん、1441ふちっ……」
1442 直の異様な叫びに、1443足立は腰が抜けたように坐りこむ。
1444「どうしなはった。1445福知山は……」
1446 直は目をつぶったまま息をはずませて、1447
1448「兄は……何とか救かりそうじゃ……が、1449二人は見えぬ」
1450 悲痛に首を左右に振った。1451と、1452また目が宙にみひらく。
1453「お龍……そうじゃ、1454その上に……三階に長持上げい。1455まだその上じゃ……おお、1456お龍の足まで水が……大丈夫、1457大丈夫……」
1458 直は叫ぶ。1459夜が明けるまで直は神前に坐り続け、1460「大難は小難に、1461小難は無難に……」と、1462一心こめて祈り続ける。
1463 由良川の水は刻々増し、1464綾部では三十一日午前三時頃に頂点に達する。1465町の公式発表によると、1466溺死十人・行方不明二人・負傷一人・家屋全壊五戸・半壊四十三戸・流失四十戸、1467対岸の味方では浸水九十戸・流失家屋十六戸・半壊十六戸・死者六人。1468並松の有名な大松も多く流れ、1469由良川上流から福知山までの橋は全滅。
1470 しかも下流の福知山の被害は、1471さらにひどかった。1472流失家屋百八十三戸・全潰百八十八戸・死者二百人余。
1473〈風雪京都史〉の伝うる当時の情況を記そう。1474京都府知事山田信道は、1475丹波地方異常の出水との報せを受け、1476本部書記官を九月一日早々に同地方へ出発せしめた。1477――さらに福知山町に達して、1478本部はあまりの惨状に茫然自失したという。1479ここは要するに土師川堤防の急激な決壊による鉄砲水に見舞われたもので全町浸水。
1480「あっというまに水勢の向う処、1481一も支うるものなく連隊区司令部・収税署・町役場・小学校をも流し、1482一切を川となし、1483濁水殺到逃るるに途なく、1484堤上の家屋さえ二尺余浸水。1485屋上にのりて流れ行くを眼前にみしも如何ともなす能わず、1486家具家財すべて行方も知れず」と述べられ、1487三十一日午前十時ごろには、1488全町千五百余戸が水底にあったという。
1489 本部書記官が視察に訪れたときも「全町一つの炊煙のぼらず」、1490しかも泥底の死体を取りかたづけたくとも人夫あつまらず、1491他地方よりはいりこむものは一日五十銭以上一円五十銭を要求して雇うべくもなく、1492各村より応援を求め、1493やっと二百の遺体を発掘した。
1494 綾部の神前に座しながら直の霊眼に映じた福知山は、1495足立が福知山まで見舞いに行き、1496そのまま事実であったことが確認された。
1497 桐村一家は家もろとも濁流に押し流されていた。1498清兵衛・てつ・ふちの三人はわずかに流木にすがって息を継いだが、1499何物かに激突して木が方向を変えた一刹那、1500清兵衛は振りとばされて狂奔する暗い波間に沈んだ。1501息を吹き返して気がつくと雨は止み、1502夜は明けていた。1503ここがどこであるか、1504生きているか死んだのかも分からなかった。1505あるのはただ重たい鉛色の空と水。1506死んだのならまさに地獄に落ちたに違いない。1507すさまじい泥水に浸りながら、1508両腕は必死に何物かをつかんでいた。1509それはいつ、1510どうして捉えたのか分からない竹の大きな束であった。1511流れ流れて流れつき、1512奇跡的に一命はとりとめた。1513流れついたのは由良川ぞいの下流、1514二里も離れた天津であった。
1515 増水六メートル六十余。1516ただ一面さながら湖水であった。1517妻子の行方すら知れぬ。1518二日たって水がひいたあと川原と化した由良川沿岸を、1519清兵衛は幽鬼のように歩きまわった。1520飲み水もなく、1521食べ物もない。1522二日目の午後三時頃、1523やっと炊き出しの握り飯一個、1524梅干一個を恵んでもらった。
1525 街道は倒壊した家や塀や樹木で埋まり、1526汚泥は膝を没する深さである。1527泥の底に潜む釘・金物・鋭い破片は容赦もなく皮膚を破る。1528その傷に酒・みそ・くそ・泥の混交物が異臭を放って浸入する。1529洗うにも清水はない。1530が、1531清兵衛は六十代半ばの老いた身で、1532血と汚泥にまみれ、1533妻子を呼んで這いまわる。
1534 直の四女龍は無事であった。1535福知山字新町の増井醤油店に奉公していて、1536三階まで水に没しながら、1537屋根に逃がれ、1538長持の上に馬乗りになって、1539水に攫われなかった。
1540 五女澄は福知山と綾部の中間、1541由良川ぞいの私市に奉公していて、1542我が身は無事であったが、1543噂に聞く福知の惨状に小さな胸を痛めていた。
1544 清兵衛の妻と娘の抱き合った遺体を泥土の中にさぐり当てたのは、1545数日を過ぎてからであった。1546清兵衛は、1547二十二歳の蕾のまま逝ったふちを抱き、1548妻てつの泥まみれの死体にとりすがって慟哭した。1549常日頃直を批判し続けた妻であった。1550直に向かって、1551艮の金神を嘲笑さえした。1552直は四つ切に来ても泊まることなく、1553悲しげに言ったものだ。
1554「嫂さん、1555艮の金神さまは、1556縋ってくる者は餓鬼・虫螻まで救けて下さる。1557でも敵対うてきた者は、1558まさかの時に立て分けられねばならぬ。1559救けとうても、1560どうしようもないことじゃと……」
1561 てつは、1562清兵衛にとっても、1563素直な妻とは言いがたかった。1564ふちも妻に似ていた。
1565 まさかの時に立て分ける――慄然として清兵衛は直の言葉を思い浮かベた。1566しかし妻や娘の死は、1567本当に艮の金神に敵対うたからだろうか。1568人の厳しいばかりの生死は、1569人間心にはかることはできない。1570ましてや、1571そのためと思い切るには無情に過ぎる。1572今はもうその言葉をはね返す術もない二つのむくろであった。
   
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