霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 万違(まちがひ)〔一三九一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第54巻 真善美愛 巳の巻 篇:第1篇 神授の継嗣 よみ(新仮名遣い):しんじゅのけいし
章:第5章 万違 よみ(新仮名遣い):まちがい 通し章番号:1391
口述日:1923(大正12)年02月21日(旧01月6日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月26日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
治国別は松彦、竜彦を連れて神殿建設の監督に出かけており、留守であった。留守を預かっていた万公は、左守が突然の無理な結婚話を相談にやってきたと聞いて、てっきりダイヤ姫が自分と結婚したいと言い出したのかと勘違いした。
万公は、治国別が留守の間は自分の意見が治国別の意見だと調子のいいことを言って、左守が身分違いの結婚に異議を唱えるのを反論し始めた。万公は、ダイヤ姫が身分の違いを撤廃したいと言っていた、などと自分に都合のよい説を、左守に得々と聞かせている。
左守は、万公がダイヤ姫との結婚話で相談に来たと勘違いしていることに気づき、ダイヤ姫の件で伺ったわけではないと万公に伝えた。
万公は当てがあずれながらも、左守に湯を出しがてら、ありもしないダイヤ姫とのロマンスを作って聞かせた。左守は呆れて笑い、ダイヤ姫が夫に望んだのは竜彦だったが、治国別の許しがまだ出ていないのだ、と万公に明かした。
万公は機嫌を損ねて左守に食って掛かるが、体よくからかわれてしまう。そこへ治国別が松彦・竜彦と共に帰ってきた。治国別は左守に詫びを入れ、左守に失礼な対応をしないよう万公に注意した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-01-10 14:05:02 OBC :rm5405
愛善世界社版:59頁 八幡書店版:第9輯 641頁 修補版: 校定版:58頁 普及版:28頁 初版: ページ備考:
001 左守(さもり)(あを)(かほ)をし(なが)ら、002(しき)りに(くび)(かたむ)け、003治国別(はるくにわけ)(やかた)(おとづ)れた。004治国別(はるくにわけ)竜彦(たつひこ)005松彦(まつひこ)(ともな)ひ、006ビクトル(さん)神殿(しんでん)建築(けんちく)模様(もやう)()むとて、007監督(かんとく)がてら()()つた(あと)である。008万公(まんこう)入口(いりぐち)()(ただ)一人(ひとり)(つくゑ)(もた)れて居眠(ゐねむ)つてゐると、009御免(ごめん)なされませ』と()つて()たのは左守(さもり)のキユービツトであつた。010万公(まんこう)(この)(こゑ)(おどろ)いて、
011万公(まんこう)『あ、012左守殿(さもりどの)013よくお()(くだ)さいました。014(なん)御用(ごよう)(ござ)いますか、015大方(おほかた)縁談(えんだん)でお()しになつたのでせう、016エヘヘヘヘ』
017左守(さもり)『お(さつ)しの(とほ)り、018縁談(えんだん)()いて治国別(はるくにわけ)(さま)()相談(さうだん)(あが)りました。019治国別(はるくにわけ)(さま)()(たく)(ござ)いますか』
020万公(まんこう)『ハイ、021(いま)一寸(ちよつと)ビクトル(ざん)()普請(ふしん)監督(かんとく)がてら、022()しになりました、023やがてお(かへ)りになりませうから、024()つてゐて(くだ)さい。025(しか)(なが)()不在中(ふざいちう)(この)万公(まんこう)全権(ぜんけん)行使(かうし)することになつて()りますから、026つまり拙者(せつしや)意見(いけん)先生(せんせい)意見(いけん)(ござ)います。027何卒(どうぞ)仰有(おつしや)つて(くだ)さいませ、028随分(ずいぶん)(あを)いお(かほ)ですな』
029左守(さもり)『イヤもう地異(ちい)天変(てんぺん)030(はなし)にも(くひ)にもかからない結婚(けつこん)沙汰(ざた)持上(もちあが)りまして、031(わたくし)には判断(はんだん)がつき()ね、032治国別(はるくにわけ)(さま)()判断(はんだん)(ねが)はうと(おも)ひ、033()邪魔(じやま)(いた)しました』
034 万公(まんこう)(はや)くも……ダイヤ(ひめ)自分(じぶん)炊事(すゐじ)膳部係(ぜんぶがかり)をやつた(とき)035チヨイチヨイ視線(しせん)(かよ)はしておいたから、036(ひめ)さまが駄々(だだ)をこね()し、037頑固(ぐわんこ)左守(さもり)(その)(こと)でもて(あま)し、038治国別(はるくにわけ)(さま)()相談(さうだん)()よつたのだな、039ヨシヨシ、040不在(ふざい)(さいは)ひ、041(この)(さい)頑固爺(ぐわんこおやぢ)頭脳(づなう)改造(かいざう)しておかねば、042折角(せつかく)(ひめ)(さま)思召(おぼしめ)しも画餅(ぐわへい)になつて(しま)ふ……と自分(じぶん)(こと)()り、043ワザとすました(かほ)で、
044万公(まんこう)地異(ちい)天変(てんぺん)(てき)縁談(えんだん)とは、045ソレヤ(また)(なん)(ござ)いますか、046相思(さうし)男女(だんぢよ)結婚(けつこん)をするについては、047(べつ)地位(ちゐ)門閥(もんばつ)もヘツタクレもあつたものぢやありますまい』
048左守(さもり)『イヤ、049理窟(りくつ)()へばさうかも()れませぬが、050(なに)()つても一方(いつぱう)刹帝利(せつていり)()(こと)(ござ)いますから、051余程(よほど)(かんが)へなくてはなりますまい。052()(わう)(さま)にも申上(まをしあ)げず、053()治国別(はるくにわけ)(さま)()意見(いけん)(うかが)つた(うへ)と、054(しの)んで(まゐ)りました』
055万公(まんこう)成程(なるほど)056()れは()苦労(くらう)さまで(ござ)います。057刹帝利(せつていり)()(くわん)する(こと)とあれば、058ハア、059(ほとん)(わか)りました。060男女(だんぢよ)地位(ちゐ)()いて非常(ひじやう)懸隔(けんかく)があるから、061それで()心配(しんぱい)をして(ござ)るのでせう。062(そもそ)恋愛(れんあい)()ふものは(ふる)(あたま)昔人間(むかしにんげん)(かんが)へた(ごと)き、063(けつ)して劣情(れつじやう)なものではありませぬよ』
064左守(さもり)『ソレヤよく()つて()りまする。065恋愛(れんあい)なくては結婚(けつこん)問題(もんだい)持上(もちあが)らぬ(くらゐ)は、066左守(さもり)だつて心得(こころえ)てゐます。067(しか)(なが)恋愛(れんあい)結婚(けつこん)要素(えうそ)だと()つても、068さう無暗(むやみ)地位(ちゐ)(かんが)へず、069決行(けつかう)することは出来(でき)ませぬ。070恋愛(れんあい)がなかつても結婚(けつこん)立派(りつぱ)成立(せいりつ)するものです。071毘舎(びしや)首陀(しゆだ)身分(みぶん)なれば、072恋愛(れんあい)至聖論(しせいろん)振廻(ふりまは)しても(とほ)りませうが、073(なに)()つても一国(いつこく)城主(じやうしゆ)体面(たいめん)(かか)はる一大事(いちだいじ)ですから、074下々(しもじも)のやうな平易(へいい)簡単(かんたん)(わけ)には(まゐ)りませぬからなア』
075万公(まんこう)『ソレヤ、076チと、077僻論(へきろん)だありませぬか、078よく(かんが)へて御覧(ごらん)なさい。079貴方(あなた)結婚(けつこん)問題(もんだい)恋愛(れんあい)問題(もんだい)(はな)してゐられるやうですが、080左様(さやう)無理解(むりかい)(こと)は、081今日(こんにち)教育(けういく)()けた人間(にんげん)には思考(しかう)する(こと)出来(でき)ませぬ。082(たと)へば頭脳(づなう)はなくても人間(にんげん)人間(にんげん)でせう。083頭脳(づなう)以外(いぐわい)要素(えうそ)(そな)はつておれば、084いかにも人間(にんげん)相違(さうゐ)ありますまい。085(しか)(なが)らそれを()うしても立派(りつぱ)人間(にんげん)らしい人間(にんげん)だとは()はれますまい。086それと同様(どうやう)恋愛(れんあい)がなくても法律(はふりつ)(じやう)婚姻(こんいん)は、087形式(けいしき)として立派(りつぱ)成立(せいりつ)することはするでせう。088(しか)しそれは(しん)男子(だんし)たり、089女子(ぢよし)たる(もの)人格(じんかく)自由(じいう)尊重(そんちよう)した精神(せいしん)(てき)意義(いぎ)ある完全(くわんぜん)結婚(けつこん)だとは、090吾々(われわれ)(だん)じて(しん)ずる(こと)出来(でき)ませぬからな』
091左守(さもり)『さう(うけたま)はれば、092さうに(ちが)ひありませぬが、093()(なか)(おも)(やう)にいかぬもので、094理論(りろん)実地(じつち)とは(ちが)ふものですからなア』
095万公(まんこう)(いま)旧道徳(きうだうとく)(すた)れ、096新道徳(しんだうとく)(おこ)らずと()混沌(こんとん)時代(じだい)ですから、097非常(ひじやう)青年(せいねん)男女(だんぢよ)(あたま)(なや)ましてをりますが、098時勢(じせい)()()めた(をんな)ならば、099キツと恋愛(れんあい)結婚(けつこん)(もつ)最上(さいじやう)方法(はうはふ)とするでせう。100(わたくし)現代(げんだい)婦人(ふじん)同情(どうじやう)(いた)します。101(とく)にダイヤ(ひめ)(さま)などは、102時代(じだい)()()めた(かた)ですよ。103(わたし)とホン少時(しばらく)(ござ)いましたが、104炊事場(すゐじば)立話(たちばなし)に、105かやうな(こと)仰有(おつしや)いましたよ。106……』
107左守(さもり)『エ、108(ひめ)(さま)が、109どんな(こと)仰有(おつしや)いましたか、110参考(さんかう)(ため)(ひと)()かして(もら)ひたいものですなア』
111万公(まんこう)『サア、112()かして()げない(こと)もありませぬが、113イ……(この)(はなし)落着(らくちやく)する(まで)(しばら)保留(ほりう)しておきたいものです。114(たがひ)迷惑(めいわく)になると(こま)ります』
115(はや)くも左守(さもり)自分(じぶん)とダイヤ(ひめ)結婚(けつこん)問題(もんだい)()いて()たものと(しん)じてゐる。
116左守(さもり)『どうか、117(わたし)左守(さもり)として()教育(けういく)申上(まをしあ)げる関係(くわんけい)(じやう)118(ひと)()きたいものですな。119(なん)()つてゐられましたか』
120万公(まんこう)(わたくし)(ひめ)(さま)との談話(だんわ)(うち)に、121かふいふお言葉(ことば)がありました。122(じつ)賢明(けんめい)なお(ひめ)さまですよ。123今時(いまどき)婦人(ふじん)はああなくては(かな)ひませぬワイ。124(ひめ)(さま)のお言葉(ことば)()れば、125人間(にんげん)生活(せいくわつ)とを()本質(ほんしつ)(てき)に、126根本(こんぽん)(てき)に、127第一義(だいいちぎ)(てき)(かんが)へてみなくてはならぬ。128(なん)()偏見(へんけん)もなく、129(とら)はるる(ところ)もなしに、130人生(じんせい)真味(しんみ)(ただ)しく(さと)つてみなくてはならぬ。131(たがひ)理解(りかい)なき結婚(けつこん)といふものは(じつ)人生(じんせい)()ける罪悪(ざいあく)源泉(げんせん)となるものだ……との結論(けつろん)(ござ)いました。132本当(ほんたう)に、133左守(さもり)さま、134(ひめ)(さま)のお言葉(ことば)(とほ)りだありませぬか、135(わたくし)非常(ひじやう)(その)(せつ)共鳴(きようめい)したのですよ』
136(ひめ)一口(ひとくち)()はない言葉(ことば)(うま)く、137左守(さもり)に、138()いた(やう)(かほ)して(はなし)してゐる(その)狡猾(ずる)さ。139左守(さもり)は……ダイヤ(ひめ)さまの(こと)なら、140(さだ)めてすれつからしだから、141(とし)はゆかいでも、142(その)(くらゐ)(こと)仰有(おつしや)るだらう……と(すこ)しも(うたが)はず、143(ひざ)()()し、144(くび)(まへ)突出(つきだ)して、145『ハイハイ』と熱心(ねつしん)()きかけた。146万公(まんこう)はここぞと()はぬ(ばか)りに、
147万公(まんこう)『そこでダイヤ(ひめ)(さま)仰有(おつしや)るには、148……人間(にんげん)としての婦人(ふじん)ならば、149すべての欠陥(けつかん)不備(ふび)とを()て、150()()らるる(だけ)害悪(がいあく)(これ)排除(はいじよ)しようと(つと)めねばならない。151(この)努力(どりよく)(をし)むやうな婦人(ふじん)卑怯者(ひけふもの)だ。152卑怯者(ひけふもの)でなければ怠惰者(なまけもの)だ、153怠惰者(なまけもの)でなければ馬鹿者(ばかもの)だ……と()つてゐられましたよ。154……かふ()卑怯者(ひけふもの)馬鹿者(ばかもの)155怠惰者(なまけもの)()えない(うち)世間(せけん)一歩(いつぽ)たり(とも)(すす)(こと)出来(でき)ない、156何事(なにごと)改造(かいざう)されて()時機(じき)だから、157吾々(われわれ)何事(なにごと)率先(そつせん)して上下(じやうげ)階級(かいきふ)差別(さべつ)撤廃(てつぱい)したい……と、158(とし)にも似合(にあは)ず、159それはそれは舌端(ぜつたん)()()いてまくしたてられましたよ。160(わたくし)(その)(せつ)弁舌(べんぜつ)にスツカリ共鳴(きようめい)(いた)しました、161(じつ)(ひめ)(さま)のお言葉(ことば)には千釣(せんきん)(おも)みがあるだありませぬか。162改造(かいざう)のない(ところ)には向上(かうじやう)進歩(しんぽ)もあるものではない。163そんな(こと)では何時(いつ)まで()つても、164天国(てんごく)門戸(もんこ)はエターナルに(ひら)けるものだありませぬ。165そして真善美(しんぜんび)光明(くわうみやう)(つひ)地上(ちじやう)(かがや)(こと)出来(でき)ないでせう』
166左守(さもり)成程(なるほど)167一応(いちおう)御尤(ごもつと)もですが、168貴方(あなた)何程(なにほど)(ひめ)(さま)(せつ)共鳴(きようめい)なさつたと()つても、169宗教家(しうけうか)だから、170心底(しんてい)からそんな(こと)(みみ)(かたむ)けらるる(かた)でないと、171(わたくし)(しん)じますが、172どうですかな』
173万公(まんこう)宗教家(しうけうか)だと()つて、174どうして宇宙(うちう)真理(しんり)()げる(こと)出来(でき)ませうか。175(そもそ)(あい)人間(にんげん)生活(せいくわつ)根本(こつぽん)要件(えうけん)であり、176そして一切(いつさい)宗教(しうけう)源泉(げんせん)(また)(あい)から()てゐるのです。177さうだから人心(じんしん)支配(しはい)して(ただ)しく(これ)(みちび)()(ところ)のものは勿論(もちろん)禁欲(きんよく)主義(しゆぎ)のバラモン(けう)や、178ウラナイ(けう)(やう)なものではありませぬ。179三五教(あななひけう)(その)(やう)(ふる)(こと)()ひませぬぞ。180三五教(あななひけう)自己(じこ)否定(ひてい)(てき)(ふる)道徳(だうとく)でもなく形式(けいしき)でもなく、181本当(ほんたう)時代(じだい)適応(てきおう)した(あきら)かな(をしへ)(ござ)います。182人間(にんげん)らしき欲求(よくきう)否定(ひてい)()(こと)()つて、183地上(ちじやう)天国(てんごく)楽園(らくゑん)建設(けんせつ)()るとは、184どうしても(かんが)へる(こと)出来(でき)ませぬからな。185(むし)人間(にんげん)欲求(よくきう)肯定(こうてい)強調(きやうてう)して、186(しか)もそれが(また)同時(どうじ)自己(じこ)否定(ひてい)187自己(じこ)犠牲(ぎせい)精神(せいしん)全然(ぜんぜん)合一(がふいつ)して、188(われ)非我(ひが)との(あひだ)不調和(ふてうわ)なきものであらしめねばならぬものだと(おも)ひます。189かくの(ごと)心境(しんきやう)はどうしても(これ)(あい)世界(せかい)見出(みいだ)すより(ほか)ないだありませぬか、190(あい)には上下(じやうげ)(へだ)てもなければ、191階級(かいきふ)だの、192形式(けいしき)だの、193財産(ざいさん)だの、194法律(はふりつ)などの仮定(かてい)(てき)なものの容喙(ようかい)(ゆる)さない神聖(しんせい)不可犯(ふかはん)なものですからな。195貴方(あなた)は、196(わたくし)(ひめ)(さま)との恋愛観(れんあいくわん)を、197(えう)するに先生(せんせい)(ねが)つて、198不調(ふてう)ならしめむとする()(かんが)へでせう。199何程(なにほど)本人(ほんにん)以外(いぐわい)(もの)(かき)をしたつて、200()けば(あふ)るる(せき)(みづ)201どつかへ破裂(はれつ)(いた)しますから、202そこはよく()(かんが)へなさるが(よろ)しいでせう』
203左守(さもり)『アハハハハ、204イヤ、205それや(はなし)(ちが)ひますよ。206ダイヤ(ひめ)(さま)貴方(あなた)(こと)()いては、207まだ一回(いつくわい)話頭(わとう)(のぼ)つた(こと)はありませぬ。208随分(ずいぶん)貴方(あなた)自惚心(うぬぼれごころ)がお(つよ)いお(かた)ですな、209アハハハハ』
210 万公(まんこう)拍子(ひやうし)()けたやうな(かほ)をして(あたま)()き、
211万公(まんこう)『ヘーン、212そんな(はず)はないのだがなア。213あれ(ほど)(かた)約束(やくそく)をしておいたのだもの、214ハハア大方(おほかた)(はづか)しいので(かく)してゐらつしやるのだな。215治国別(はるくにわけ)さまにラブしたやうな(かほ)をして、216(まへ)さまに談判(だんぱん)()さしたのかな、217治国別(はるくにわけ)さまは立派(りつぱ)(おく)さまがありますよ、218松彦(まつひこ)だつて(その)(とほ)り、219竜彦(たつひこ)だつてどつかにありませう、220さうすれば拙者(せつしや)にきまつて()りませうがな』
221左守(さもり)『アハハハハ、222ヤアもう万公(まんこう)さまの自惚(うぬぼれ)には感心(かんしん)(いた)しました。223それ(だけ)馬力(ばりき)がなくては到底(たうてい)宣伝使(せんでんし)()いて(ある)(わけ)には()きますまい。224問題(もんだい)がスツカリ間違(まちが)つてるのですからな』
225万公(まんこう)問題(もんだい)間違(まちが)うと()つても、226ここへお()でになつた以上(いじやう)吾々(われわれ)()(にん)(うち)でせう。227あの(いばら)だらけの山阪(やまさか)()えて、228(ろく)(にん)()兄妹(きやうだい)をお()(まを)して(かへ)つたのだから、229人情(にんじやう)(うへ)から()つても、230メツタに(そと)嫁入(よめいり)をなさる(はず)がありますまい』
231左守(さもり)『とても見当(けんたう)()れませぬから、232()治国別(はるくにわけ)(さま)()(かへ)りまで、233ここで一服(いつぷく)さして(もら)ひませう。234(ちや)(ひと)頂戴(ちやうだい)(いた)したいものですな』
235万公(まんこう)(つね)なればお(ちや)差上(さしあ)げますが、236結構(けつこう)縁談(えんだん)茶々(ちやちや)()つては(つま)りませぬから、237今日(こんにち)白湯(さゆ)でこらへて(もら)ひませう、238折角(せつかく)良縁(りやうえん)フイになつては、239(たがひ)不利益(ふりえき)ですからなア』
240左守(さもり)『ヤア、241どうも(おそ)()りました。242(なん)でも結構(けつこう)(ござ)います』
243 万公(まんこう)白湯(さゆ)()んで()(ふる)はせ(なが)ら、244左守(さもり)(まへ)(うやうや)しくつき()した。
245左守(さもり)『ヤ、246有難(ありがた)(ござ)います、247えらうお()(ふる)うてるぢやありませぬか』
248万公(まんこう)『イヤもう(ふる)うといふ(わけ)ではありませぬが、249ダイヤ(ひめ)(さま)(わたし)()をグツと(にぎ)つて(ほそ)()をし(なが)ら、250(うた)(あそ)ばした(こと)(いま)(おも)()し、251ハートに(なみ)()つて、252(すこ)(ばか)全身(ぜんしん)動揺(どうえう)(かん)じたのですよ、253エヘヘヘヘ』
254左守(さもり)『あんな(わか)(むすめ)がどんな(うた)(うた)はれました、255一寸(ちよつと)()かして(もら)ひたいものです』
256万公(まんこう)天機(てんき)()らす(べか)らず、257どこ(まで)も「()れは万公(まんこう)さま、258内証(ないしよう)だよ」と仰有(おつしや)つた言葉(ことば)()にする(わけ)には()きませぬから、259発表(はつぺう)するのは()づやめておきませう。260(しか)(ひめ)(さま)(わたし)との間柄(あひだがら)()()つて(くだ)さるならば、261申上(まをしあ)げない(こと)もありませぬ』
262左守(さもり)『お(うた)様子(やうす)()つては、263左守(さもり)にも(かんが)へがありますから、264()(かく)()かして(もら)ひたいものです』
265万公(まんこう)『エー、266キツと(わら)ひませぬか、267……(いな)立腹(りつぷく)しちやなりませぬよ。268(なん)()つても(じやう)のこもつた(うた)ですからな。269貴方(あなた)のやうなお(とし)よりにはチツと(かい)しにくいかも()れませぬが、270(この)万公(まんこう)鋭敏(えいびん)頭脳(づなう)には電気(でんき)()たれやうに(かん)じましたよ。271マア沢山(たくさん)(うた)(なか)一二(いちに)(まを)しますれば、272ザツと()(とほ)りです』
273とダイヤ(ひめ)(うた)つた(こと)もない(うた)急造(きふざう)して(うた)(はじ)めた。
 
274万公(まんこう)恋着(れんちやく)南風(なんぷう)
275 いとかむばしき()()げて
276 漂渺(へうべう)たる大海原(おほうなばら)
277 (とほ)(とほ)
278 (こひ)しき(きみ)()()
279 ヘヘヘヘヘ
280 ()てしも()らぬ(こひ)(うみ)
281 (あい)船路(ふなぢ)のいや(なが)
282 いと(とほ)
283 うら(むらさき)
284 (うしほ)(うた)のゆらぎにとけてゆく
285 (こひ)(もつ)れし(わが)(おも)
286 (はな)爛漫(らんまん)咲匂(さきにほ)
287 (こひ)(いづみ)のそのほとり
288 うつす姿(すがた)万公(まんこう)さま
289 (はな)(あらそ)ふダイヤ(ひめ)
290 ()れて()()(まつ)(した)
 
291ヘヘヘヘヘ、292てな(こと)仰有(おつしや)りましたよ。293どうです、294これでも両人(りやうにん)(こころ)汲取(くみと)られませぬかな』
295左守(さもり)『ハハハハハ、296大分(だいぶ)陽気(やうき)がポカポカするので春情(しゆんじやう)があふれて()たとみえますな……ヘン馬鹿(ばか)にして(くだ)さるな。297(だま)つて()いてをれば、298ようマア、299モンクの()として左様(さやう)なウソが()はれますな、300(ひめ)(さま)(なに)もかも()いてありますよ。301(ひめ)(さま)(をつと)()ちたいと仰有(おつしや)るのは竜彦(たつひこ)さまです。302(しか)しこれも治国別(はるくにわけ)(さま)先日(せんじつ)(たづ)ねした(ところ)が、303(ゆる)しにならなかつたので、304これは駄目(だめ)でした。305(まへ)さまはてんで問題(もんだい)になつて()りませぬがな。306性欲(せいよく)抑制(よくせい)する(ため)(しう)ボツでもお()みになつたらどうですか、307それで()らねばルタ・グレベオレンスク(さう)か、308(ただし)芥子(からし)唐辛(たうがらし)をおあがりなさい。309春駒(はるこま)があばれ()しては、310治国別(はるくにわけ)さまも大変(たいへん)()迷惑(めいわく)だらうから、311それが(いや)なら、312淡泊(たんぱく)食物(しよくもつ)か、313多量(たりやう)なアルコールでも()めばキツと抑制(よくせい)出来(でき)ますよ。314アハハハハ』
315 万公(まんこう)はクワツと(いか)り、
316万公(まんこう)『コレヤ(おやぢ)317何程(なにほど)左守(さもり)だとて偉相(えらさう)()ふな、318ドタマの(ふる)(をとこ)だなア、319(まへ)(たち)今日(こんにち)()うして安全(あんぜん)(くら)してるのは、320(みな)(おれ)先生(せんせい)のお(かげ)だぞ。321先生(せんせい)御恩(ごおん)(おぼ)えてるのなら、322なぜ最愛(さいあい)弟子(でし)嘲弄(てうろう)するのだ。323(をとこ)(はな)()らうと(いた)しても、324いつかな いつかな()られるやうな万公(まんこう)ぢやないぞ』
325左守(さもり)『イヤ(じつ)失礼(しつれい)(こと)(まを)しました。326何分(なにぶん)老耄(おいぼ)れて()りますので、327()(さわ)ることが(ござ)いませうなれど、328何卒(どうぞ)()(ゆる)(くだ)さいませ』
329万公(まんこう)『お(まへ)(たち)(やう)老耄(おいぼれ)恋愛(れんあい)情欲(じやうよく)如何(いか)なるものかと()(こと)(わか)るまい。330それだからそんな残酷(ざんこく)無味(むみ)乾燥(かんさう)(てき)挨拶(あいさつ)をするのだ。331チとお(まへ)性欲(せいよく)増進(ぞうしん)させて、332恋愛(れんあい)真味(しんみ)(あぢ)はひなさい。333玉葱(たまねぎ)(にら)334牛蒡(ごぼう)人参(にんじん)335オランダ()()魚肉(ぎよにく)336牡蠣(かき)牛肉(ぎうにく)337アヒルの焼肉(やきにく)(せい)だして()つて御覧(ごらん)338そすれば青春(せいしゆん)()()ゆる青年(せいねん)男女(だんぢよ)心裡(しんり)状態(じやうたい)もチト(わか)るだらう。339それ(だけ)()つても効能(かうのう)がなければ、340カンタリヂンを()むかストリキニーネか、341(あるひ)はセンソ、342ヨヒンビン、343(あるひ)臭化金(しうくわきん)鉛製(えんせい)白粉(おしろい)(にほ)ひを()ぐとキツと性欲(せいよく)増進(ぞうしん)して()る。344そして少量(せうりやう)のアルコールを興奮剤(こうふんざい)として()むのだ』
345としつぺ(かへ)しに性欲(せいよく)増進剤(ぞうしんざい)(なら)()て、346揶揄(からか)つてみた。
347左守(さもり)『ハハハハハそれではチツと鉛製(えんせい)白粉(おしろい)(にほひ)でもかいで(わか)やがうかなア』
348(はなし)してゐる(ところ)治国別(はるくにわけ)松彦(まつひこ)349竜彦(たつひこ)(ともな)い、350門口(かどぐち)から突然(とつぜん)這入(はい)つて()た。
351治国(はるくに)『ヤア、352左守殿(さもりどの)353よく()(くだ)さいました。354不在(ふざい)でさぞ不都合(ふつがふ)(ござ)いましたらう』
355左守(さもり)『イエイエ(けつ)して(けつ)して、356エライ()厄介(やくかい)(あづ)かつて()ります』
357治国(はるくに)『どうも万公(まんこう)失礼(しつれい)(こと)申上(まをしあ)げましてすみませぬ。358(この)(をとこ)一寸(ちよつと)発情期(はつじやうき)(むか)つて()りますから、359あの(とほ)()血走(ちばし)つて()ります。360どうかお()にさへられないやうに(ねが)ひます。361アハハハハ』
362万公(まんこう)先生(せんせい)363()(かへ)りイ、364大変(たいへん)(はや)(ござ)いましたな』
365治国(はるくに)『ウン、366せうもないことを()つてはなりませぬぞ』
367万公(まんこう)(せふ)もない(どころ)か、368(いた)つて微妻(びさい)(わた)婦人論(ふじんろん)妾妻(せふさい)にまくし()てて()つた(ところ)です。369(この)(ぢい)さまは(まる)枯木(こぼく)寒巌(かんがん)(てき)(かた)ですから、370どうしても(わか)(もの)とはバツが()ひませぬ』
371竜彦(たつひこ)『ハハハハ万公(まんこう)372(また)自惚(うぬぼれ)をしよつたな、373いいかげんに(ゆめ)をさまさぬか』
374万公(まんこう)『ヘン、375自分(じぶん)のラブを先生(せんせい)茶々(ちやちや)()れられただないか、376チヤンとそんなこた、377(この)万公(まんこう)がダイヤ(ひめ)さまから()いてるのだ。378ヘン、379()みませぬな』
380竜彦(たつひこ)『ハハハハ、381サ、382松彦(まつひこ)さま、383ここは万公(まんこう)(まか)しておいて、384左守(さもり)(かみ)()接待(せつたい)(おく)(まゐ)りませう』
385 松彦(まつひこ)は『ハイ』と(こた)へて治国別(はるくにわけ)居間(ゐま)(すす)()く。
386大正一二・二・二一 旧一・六 於竜宮館 松村真澄録)

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