霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二章 恋淵(こひぶち)〔一四三二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第56巻 真善美愛 未の巻 篇:第1篇 自愛之柵 よみ(新仮名遣い):じあいのしがらみ
章:第2章 恋淵 よみ(新仮名遣い):こいぶち 通し章番号:1432
口述日:1923(大正12)年03月14日(旧01月27日) 口述場所:竜宮館 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年5月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
波斯と印度の国境にあるテルモン山には、バラモン教を開いた鬼雲彦の仮館があり、小国別・小国姫がその跡を守っていた。この夫婦にはデビス姫、ケリナ姫という娘があったが、妹のケリナ姫は近所の鎌彦という男と駆け落ちし、人跡まれなエルシナ谷のあばら家に人目を忍んで暮らしていたのであった。
しかし夫の鎌彦は一年前に行商に出立したきり、何のたよりもなくなってしまった。ケリナ姫は悲嘆に暮れながら、粗末な衣に身を包み、その日を暮していた。
ある晩、ケリナ姫は世をはかなんで、エルシナ川のほとりにやってくると身を投げた。この時、谷川の端には元バラモン兵士のベル、ヘル、シャルの三人が座って行く先を話し合っていた。三人は治道居士たちから与えられた金をすっかり遊んで使ってしまい、また泥棒に戻っていた。
誰かが谷川に身を投げた音を聞き、ヘルとシャルは助けようとして暗闇の淵に飛び込んだ。シャルはケリナ姫にしがみつかれて、危うく自分も溺れかけたがヘルが救い上げた。ベルは助けようともせず、岸上から悪口を浴びせかけている。
シャルとヘルは、ベルの冷酷さを憤慨しながら、ケリナ姫を助け上げて登ってきた。ベルはケリナ姫の容貌を見ると、態度を変えて、自分の妻にならないかと持ちかけた。
ベルはケリナ姫から拒絶され、ベル、シャルと言い争いになった。ベルは長剣を引き抜くとケリナ姫に切りかかった。ヘルとシャルが剣でそれを受け止め、三人は切り合いを始めた。暗闇のことで、三人は刀を棄てて組み打ちを始めた。
三人は取っ組み合いをするうちに転げて、谷底の淵に落ち込んでしまった。木の上に逃れて様子を見ていたケリナ姫は、自分を助けてくれた恩人を見捨てられないとまたしても淵に飛び込んだ。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :rm5602
愛善世界社版:18頁 八幡書店版:第10輯 151頁 修補版: 校定版:19頁 普及版:6頁 初版: ページ備考:
001 波斯(フサ)印度(ツキ)との国境(くにざかひ)テルモン(ざん)山続(やまつづ)きエルシナ(だに)山口(やまぐち)に、002(さび)しき(かまど)(けぶり)()えて(はる)永日(ながひ)も、003いとど(くら)(がた)(はしら)はゆるぎ(うつばり)()ちし(やぶ)()に、004火影(ほかげ)()えし(あき)()(なが)(しづ)伏家(ふせや)(はな)(あざむ)妙齢(めうれい)美人(びじん)005(やぶ)れし(きぬ)()(まと)(ただ)一人(ひとり)悲嘆(ひたん)()れて()る。006(かつ)鬼雲彦(おにくもひこ)(かり)(やかた)(むす)び、007バラモン(けう)(ひら)きたるテルモン(ざん)神館(かむやかた)(あと)(まも)小国別(をくにわけ)008小国姫(をくにひめ)二人(ふたり)があつた。009(この)二人(ふたり)夫婦(ふうふ)にはデビス(ひめ)010ケリナ(ひめ)()二人(ふたり)(うつく)しき(むすめ)()つて()た。
011 ケリナ(ひめ)近所(きんじよ)鎌彦(かまひこ)()(わか)(をとこ)(こひ)()ち、012両親(りやうしん)()(しの)びテルモン(ざん)(やかた)()()し、013エルシナ(だに)(ひと)(だに)破家(あばらや)()て、014夫婦(ふうふ)気取(きど)りで(くら)して()たのである。015(しか)(なが)(をつと)(いち)(ねん)以前(いぜん)(ある)目的(もくてき)(いだい)て、016ケリナ(ひめ)(この)破家(あばらや)(のこ)()()つたきり(なん)便(たより)もなく、017(あと)(のこ)つた(ひめ)途方(とはう)()(おや)(さと)(かへ)りもならず、018(また)(ほか)()(こと)出来(でき)ず、019()()(くら)ひ、020(あるひ)(とぼ)しき果物(くだもの)(など)(あさ)つて(わづ)かに(その)()(おく)り、021(をつと)鎌彦(かまひこ)消息(せうそく)()ちつつあつた。022(いへ)益々(ますます)(まづ)しくして朋友(ほういう)知己(ちき)もなく(おとな)ふものは(みね)(あらし)(あめ)(おと)のみであつた。
023 (ひろ)世界(せかい)(みづか)(せば)めて(やま)(ふか)()(かく)()()(かな)しさ、024やるせなく、025人跡(じんせき)なければ(みち)(せま)萱草(かやくさ)(うづ)もれ、026(なつ)炎天(えんてん)(なん)となく(こころ)(さび)しく時々(ときどき)猛獣(まうじう)(こゑ)027(みみ)劈裂(つんざ)(たましひ)(ちう)()ばすこと幾回(いくくわい)なるを()らず。028何日(いつ)(まで)()つても(かへ)(きた)らざる(をつと)姿(すがた)029(まつた)(かみ)(めぐ)みに見放(みはな)され、030(つゆ)(いのち)野辺(のべ)(さら)(たま)ひしには(あら)ざるかと、031とつおひつ、032思案(しあん)()(なが)(つき)(ひかり)便(たよ)りに(くさ)()け、033(やうや)うにして(たに)(くち)人通(ひとどほ)りに()た。
034 ここには()なり(おほ)きな谷川(たにがは)(なが)激流(げきりう)飛沫(ひまつ)()ばして()る。035(これ)をエルシナ(がは)()ふ。036ケリナ(ひめ)()果敢(はか)なみて前後(あとさき)(かんが)へもなく、037()(をど)らして崖下(がいか)水中(すいちう)目蒐(めが)けて()()んだ。038(つき)西(にし)(みね)(かく)(よる)(やみ)益々(ますます)濃厚(のうこう)となつて()た。039(この)(とき)谷川(たにがは)(ふち)長剣(ちやうけん)(こし)()覆面(ふくめん)頭巾(づきん)(さん)(にん)(をとこ)040ひそびそと何事(なにごと)(ささや)いてゐる。
041(かふ)『おい、042兄弟(きやうだい)043吾々(われわれ)(さん)(にん)(きた)(もり)でゼネラル(さま)から六千(ろくせん)(りやう)(かね)(もら)(その)()教訓(けうくん)によつて(いち)()(はや)国許(くにもと)(かへ)り、044(おや)女房(にようばう)子供(こども)(よろこ)ばさうと(おも)つてゐたが、045到頭(たうとう)()(ごと)くならず、046スツカリと(めぐ)みの(かね)()られて(しま)ひ、047如何(どう)しても(この)(まま)(くに)(かへ)(こと)出来(でき)ぬぢやないか。048(なん)とかしてもう一働(ひとはたら)きやつて、049それを(しほ)泥棒(どろばう)をスツカリ(おも)ひきり、050国許(くにもと)(かへ)つて正業(せいげふ)()()いものだな』
051(おつ)『おい、052ベル、053貴様(きさま)(おれ)(たち)(みな)二千(にせん)(りやう)づつ分配(ぶんぱい)したのだが(いま)最早(もはや)無一物(むいちぶつ)054()つたものを()られると()ふのは天地(てんち)自然(しぜん)道理(だうり)だから、055悪銭(あくせん)()につかず、056もうスツカリ(おも)ひきつたら如何(どう)ぢや。057(おれ)やもう(この)商売(しやうばい)(はじ)めから()かんのだが、058益々(ますます)(いや)になつて()たよ。059折角(せつかく)()つた(かね)(また)()られてしまへば(なん)にもならぬぢやないか。060(ただ)(のこ)るのは罪悪(ざいあく)ばかりだからな』
061(へい)『おい、062ベル、063ヘルの両人(りやうにん)064()られたとはそりや(なん)だ。065吾々(われわれ)(みな)娼婦(ばいた)(のろ)け、066(さけ)(おぼ)れて使(つか)つてしまつたぢやないか。067それ()愉快(ゆくわい)(こと)をしたのだから(けつ)して()られたのぢやないよ。068それよりも(これ)から(じふ)()ばかり()くとテルモン(ざん)神館(かむやかた)がある。069そこへお(まゐ)りしてスツカリ(こころ)(あらた)めてゼネラル(さま)(やう)山伏(やまぶし)となり法螺貝(ほらがひ)でも()いて(まは)らうぢやないか。070さうすれば(いま)(まで)(つみ)(ほろ)びて極楽参(ごくらくまゐ)りが出来(でき)るかも()れないよ』
071ベル『エー、072しようもない、073そんな弱音(よわね)()きやがる(やつ)(この)谷川(たにがは)へでも()()げて(くたば)つたが()からう。074(おれ)益々(ますます)これから泥坊学(どろばうがく)研究(けんきう)をして天下(てんか)財宝(ざいほう)自由(じいう)自在(じざい)(いた)(つも)りだ』
075(へい)(しか)し、076(なん)だか(めう)(おと)がしたぢやないか。077まさか投身(みなげ)ではあるまいな』
078ベル『うん、079どうやら投身(みなげ)らしい。080(しか)(なが)()にたい(やつ)勝手(かつて)()んだら()いのだ。081(おれ)(たち)はどこ(まで)(せい)執着(しふちやく)(つよ)いのだから(せん)(ねん)(まん)(ねん)生通(いきとほ)すつもりだよ』
082(へい)投身(みなげ)()けば、083こりや()うしては()られぬ。084(なん)とかして(たす)けねばなるまいぞ。085なあヘル』
086ヘル『うん、087さうだ。088シャルの()(とほ)(これ)から真裸(まつぱだか)になり谷川(たにがは)()()んで(すく)うてやらうかい。089愚図(ぐづ)々々(ぐづ)してゐると何程(なにほど)(なが)れの(おそ)(ふち)でも死骸(しがい)がなくなるかも()れないよ』
090 シャルは『おう、091さうだ』と()(なが)衣類(いるゐ)()()てザンブとばかり(やみ)(ふち)目蒐(めが)けて()()んだ。092()()んだ途端(とたん)自分(じぶん)(あし)(ちから)(かぎ)りに(くら)ひついたものがある。093シャルは(おどろ)いて(こゑ)(かぎ)りに『(たす)けて()れえ(たす)けて()れえ』と(さけ)ぶ。094ヘルは(また)もやザンブと()()んだ。095()れば二人(ふたり)男女(だんぢよ)(ふち)()きつ(しづ)みつ(つか)()つてゐる。096ヘルは(くら)がりに(かみ)()(つか)んで浅瀬(あさせ)引張(ひつぱ)()げた。097二人(ふたり)とも多量(たりやう)(みづ)()んで(ほとん)(いき)()へてゐた。098ヘルは(こゑ)(かぎ)りに、
099ヘル『おい、100ベル、101大変(たいへん)だ。102シャル(まで)()によつた(やう)だ。103(はや)()手伝(てつだ)つて(みづ)()かして()れ』
104 ベルは泰然(たいぜん)として(うへ)(はう)から、
105ベル『おい、106ヘルの(やつ)107シャルはもう()んだか。108()(こと)()きな(やつ)()つといたら()いぢやないか。109そして、110一人(ひとり)(やつ)(をとこ)(をんな)か、111どちらか。112(をんな)なら(たす)けても()いがな』
113 ヘルは、
114ヘル『エー、115薄情(はくじやう)(やつ)め』
116()(なが)()細砂(ごみ)(うへ)二人(ふたり)引張(ひつぱ)()色々(いろいろ)介抱(かいほう)をして(みづ)()かせた。117二人(ふたり)(やうや)くにして(いき)()(かへ)した。
118ヘル『おい、119シャル、120(あぶ)ない(こと)だつたのう。121まア()がついて(なに)よりだ。122(しか)何処(どこ)のお女中(ぢよちう)()らぬが、123ようまア甦生(いきかへ)つて(くだ)さつた。124これで吾々(われわれ)懸命(いのちがけ)(はたら)きも無駄(むだ)にはならない。125ああ(うれ)しや、126大自在天(だいじざいてん)(さま)
127合掌(がつしやう)する。128ベルは(うへ)(はう)からスパスパと煙草(たばこ)()(なが)ら、
129ベル『おい、130(さん)(にん)娑婆(しやば)亡者(まうじや)131死損(しにぞこな)()132(なに)をグヅグヅしてゐるのだ。133いい加減(かげん)(のぼ)つて()ぬかい』
134ヘル『おい、135ベルの(やつ)136()(くら)くては仕方(しかた)がない。137貴様(きさま)138そこらで(ひと)()()いて灯明(あかり)をつけて()れないか。139(あが)(みち)(わか)らぬからのう』
140ベル『八釜(やかま)しう()ふない。141泥坊(どろばう)()禁物(きんもつ)だ。142(さいは)(なつ)(こと)でもあり(さむ)くもあるまいから、143()()ける(まで)144そこへ伏艇(ふくてい)してゐるがよからう。145水雷艇(すいらいてい)一隻(いつせき)あるさうだし、146都合(つがふ)()いわ。147(ふか)(はま)つた(こひ)(ふち)148(なん)でも馬鹿(ばか)(をんな)()つて(くさ)(をとこ)心中立(しんぢうだて)をして()んだのだらう。149そんな(やつ)(たす)けに()(やつ)何処(どこ)にあるかい。150余程(よつぽど)目出度(めでた)(やつ)だな。151アハハハハハ』
152 ヘル、153シャルの二人(ふたり)はベルの友情(いうじやう)()らぬ冷酷(れいこく)態度(たいど)憤慨(ふんがい)(なが)ら、154(やうや)くケリナ(ひめ)(たす)けて、155壁立(かべた)(やう)(いは)(つた)ふて(のぼ)つて()た。156ベルは(をんな)()くよりその美醜(びしう)(ため)さむと枯芝(かれしば)(あつ)めてパツと()()いた。157よくよく()れば(をんな)(いろ)()(まで)(しろ)く、158気品(きひん)(たか)妙齢(めうれい)美人(びじん)であるにも(かかは)らず、159その着衣(ちやくい)(じつ)見窄(みすぼ)らしき弊衣(へいい)であつた。
160ベル『やア、161これはこれは何処(どこ)のお女中(ぢよちう)()りませぬが、162随分(ずいぶん)綺麗(きれい)なお(かた)163襤褸(ぼろ)黄金(こがね)(たま)(つつ)んだ(やう)貴女(あなた)様子(やうす)164さぞ斯様(かやう)(ところ)投身(みなげ)をなさるに()いては(なに)(ふか)理由(わけ)があるでせう。165(なに)()もあれ、166(たす)(まを)さねばなるまいと(ぞん)じ、167家来(けらい)のヘル、168シャルをして(たす)けにやりました。169さア逐一(ちくいち)事情(じじやう)をお(はなし)なさいませ』
170シャル『ヘン、171うまい(こと)仰有(おつしや)るわい。172(おれ)(たち)(たす)けてやらうかと()つた(とき)173()()(やつ)勝手(かつて)()なしたら()いと(ぬか)したでないか。174のうヘル、175(この)ナイスの(かほ)()て、176()ぐアンナ(こと)(ぬか)すのだから(あき)れてものが()へぬぢやないか』
177ヘル『うん、178さうだ。179仕方(しかた)のない(やつ)だ。180もしもしお女中(ぢよちう)さま、181(まへ)(たす)(やう)発企(ほつき)したのは(この)ヘルで(ござ)ります。182それで(わたし)家来(けらい)のシャルが第一着(だいいちちやく)()()み、183(まへ)水中(すいちう)()(つか)まつて(くる)しんでる(ところ)(わたし)()()みお二人(ふたり)とも(いのち)(たす)けたのですよ。184(この)ヘルが()らなかつたならば、185(まへ)もシャルも(すで)冥途(めいど)旅立(たびだち)をして()つたのですからな』
186ケリナ『はい、187有難(ありがた)(ござ)います。188ツヒ(をんな)(ちひ)さい(こころ)からヒステリツクを(おこ)し、189一層(いつそう)()んな憂世(うきよ)()るよりも極楽参(ごくらくまゐ)りをしたが(まし)だと、190無分別(むふんべつ)()して()()んで()ましたものの(あんま)(くる)しいのと、191(にはか)娑婆(しやば)(こひ)しくなつたので如何(どう)しようかと藻掻(もが)いて()ます矢先(やさき)192貴方(あなた)(がた)(あら)はれてお(たす)(くだ)さいましたのは本当(ほんたう)(かみ)(さま)のやうに(ぞん)じます。193ようまアお(たす)(くだ)さいました』
194ヘル『エヘヘヘヘおい、195ベル、196どうだ。197もう貴様(きさま)野心(やしん)駄目(だめ)だぞ。198二人(ふたり)証拠人(しようこにん)()るのだからな。199もしもしお女中(ぢよちう)さま、200此奴(こいつ)大悪人(だいあくにん)大泥棒(おほどろばう)ですよ。201バラモン(けう)鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)(さま)でさへも(おど)かして(ふところ)のお(かね)(うば)ひとると()悪人(あくにん)ですからな』
202ベル『アハハハハ(おれ)泥棒(どろばう)なら貴様(きさま)もヤツパリ泥棒(どろばう)ぢやないか。203これこれお女中(ぢよちう)204(じつ)(ところ)吾々(われわれ)(さん)(にん)(みんな)バラモン(けう)軍人(ぐんじん)であつたが、205鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)(さま)猪倉山(ゐのくらやま)山寨(さんさい)三五教(あななひけう)宣伝使(せんでんし)言向和(ことむけやは)され修験者(しうげんじや)になり軍隊(ぐんたい)解散(かいさん)したものだから、206(おれ)(たち)()むを()泥棒(どろばう)商売替(しやうばいが)へをしたのだ。207(しか)(なが)らお(まへ)心配(しんぱい)しなさるな。208泥棒(どろばう)(けつ)して(ひと)生命(いのち)をとるのが目的(もくてき)ぢやない、209(たから)横奪(わうだつ)するのが目的(もくてき)だ。210(まへ)から(たから)()らうと()つた(ところ)何一(なにひと)つありやせない。211それだから(なに)請求(せいきう)しないわ。212(しか)(なが)(ただ)(ひと)つここに請求(せいきう)がある。213それは(ほか)でもない。214(まへ)(いま)此処(ここ)()んだと(おも)へば如何(どん)(あきら)めもつく(はず)だ。215どうだ(わし)(つま)に……仮令(たとへ)三日(みつか)でもなつて()れる()はないか』
216ケリナ『ホホホホホ()かぬたらしい、217モーよう()わむワ。218何程(なにほど)(いのち)(をし)うないと()つてもお(まへ)のやうな鬼面(おにづら)泥棒(どろばう)()(まか)(くらゐ)なら(いさぎよ)(ふち)()()げて()にますわいな。219(わたし)()(まか)(をとこ)世界(せかい)只一人(たつたひとり)よりありませぬわ。220生憎(あいにく)(さま)
221ベル『こりや(をんな)222(いのち)(たす)けて(もら)(なが)(なん)()愛想(あいそ)づかしを(まを)すのか。223不都合(ふつがふ)千万(せんばん)な、224(この)(まま)には差許(さしゆる)さぬぞ』
225ケリナ『あのまア得手(えて)勝手(かつて)(こと)仰有(おつしや)りますわいのう。226(わたし)はお(まへ)(たす)けて(もら)つたのぢやない。227(この)二人(ふたり)(かた)(すく)つて(もら)つたのだから(おほ)きに(はばか)りさま。228ねえお二人(ふたり)さま、229さうでせう。230生命(いのち)(まと)(たす)けて(くだ)さつたのだから、231これには(なに)かの(ふか)因縁(いんねん)がなくては(かな)ひませぬわ』
232ヘル『エヘヘヘヘおい、233ベルの大将(たいしやう)234如何(どう)だい。235世界(せかい)一人(ひとり)より()(まか)すものはないと(この)ナイスが()つて()たのを()いてるかい。236貴様(きさま)(のぞ)けばシャルと(おれ)二人(ふたり)だ。237(しか)(なが)二人(ふたり)(なが)生命(いのち)(たす)けたのは(この)ヘルだ。238のうシャル、239よもや(おれ)御恩(ごおん)(わす)れはしよまいな』
240シャル『うん、241そりや(わす)れぬ。242(しか)(なが)(この)ナイスを(たす)けようと(おも)(こころ)(おれ)もお(まへ)同様(どうやう)だ。243さうだからお(まへ)(おれ)二人(ふたり)(なか)から(この)ナイスに(えら)ましたら()いのだ。244それが順当(じゆんたう)だと(おも)ふよ。245もし、246ケリナさまとやら、247貴女(あなた)のお(かんが)へは如何(どう)ですかな』
248ケリナ『ホホホホホ』
249ベル『エー、250如何(どう)しても(おれ)(なび)かぬと(ぬか)しや(なび)かいでも()い。251一度(いちど)()()んでやるからさう(おも)へ』
252ケリナ『あのまあベルさまとやらの空威張(からゐば)りの可笑(をか)しさ。253そんな(こと)今日(こんにち)(をんな)脅喝(けふかつ)され、254(をとこ)盲従(まうじゆう)するやうな馬鹿(ばか)はありませぬぞや。255貴方(あなた)()()んでやると仰有(おつしや)るなら美事(みごと)256()()んで()なさい』
257ベル『よし、258()注文(ちうもん)とあれば、259何奴(どいつ)此奴(こいつ)(みな)()()んでやらう。260さてもさても(いぢ)らしいものだな。261ここに(さん)(にん)土左(どざ)はんが出来(でき)るかと(おも)へば(いささ)同情(どうじやう)(なみだ)()れぬ(こと)もないわい、262イツヒヒヒヒヒヒ』
263ヘル『さアさア ケリナさま、264こんな(やつ)相手(あひて)にせず何処(どこ)かへ(まゐ)りませう。265そして(たがひ)()打明(うちあ)(ばなし)をしようぢやありませぬか。266おいシャル、267貴様(きさま)はベル大将(たいしやう)のお(とも)忠実(ちうじつ)にやつたら()からうぞ』
268シャル『(おれ)だつて何時(いつ)(まで)泥坊(どろばう)乾児(こぶん)御免(ごめん)(かうむ)りたい。269ゼネラルさまの訓戒(くんかい)(おも)()せば到底(たうてい)泥坊(どろばう)なんて、270(おそ)ろしくて出来(でき)るものぢやないからな』
271ヘル『そんなら、272シャル、273若夫婦(わかふうふ)のお(とも)使(つか)つてやるから()いて()たら()からう。274その(かは)り、275ベルと絶縁(ぜつえん)をするのだぞ』
276 ベルは矢庭(やには)長剣(ちやうけん)引抜(ひきぬ)いてケリナ(ひめ)()りつけた。277ヘル、278シャルの両人(りやうにん)(さや)(まま)ベルの(かたな)()()め、279ケリナ(ひめ)()(もつ)(かこ)ふて()る。280(この)(あひだ)にケリナは(かたはら)のパインの()(ましら)(ごと)駆上(かけのぼ)つて(なん)()けた。281ここに(さん)(にん)(おのおの)長剣(ちやうけん)引抜(ひきぬ)(やみ)()()にケチヤン ケチヤンと敵味方(てきみかた)区別(くべつ)もなく()(あは)せてゐる。282その(たび)(ごと)にピカピカと(ほし)(やう)火花(ひばな)()る。283カチン カチンと(やいば)()()(おと)284火花(ひばな)(ひか)り、285(われ)(わす)れてケリナ(ひめ)はパインの(うへ)から(なが)めてゐる。
286 ベルは(つるぎ)()()て、
287ベル『おい、288ヘル、289シャルの(やつ)290到底(たうてい)(この)(やみ)では勝負(しようぶ)駄目(だめ)だ。291どうだ、292(これ)から組打(くみうち)をやらうかい』
293 『よーし()た』とヘル、294シャルの二人(ふたり)(かたな)()()てた。295此処(ここ)(さん)(にん)腕力(わんりよく)(まか)せてジタンバタンと組合(くみあ)ふて()る。296(つひ)には一生(いつしやう)懸命(けんめい)になつて(さん)(にん)()んだまま谷底(たにそこ)青淵(あをぶち)へドブンと水音(みなおと)()てて()()んで(しま)つた。297パインの(うへ)から()てゐたケリナ(ひめ)自分(じぶん)恩人(おんじん)(はま)つたのを()るより『(たす)けにやならぬ』と矢庭(やには)()(すべ)()り、298(また)もや青淵(あをぶち)目蒐(めが)けてドブンと()()んで(しま)つた。299()(にん)(はた)して如何(いか)なる運命(うんめい)見舞(みま)はるるであらうか。
300大正一二・三・一四 旧一・二七 於竜宮館二階 北村隆光録)

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