霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第四章 (こと)(あや)〔一七九三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第71巻 山河草木 戌の巻 篇:第1篇 追僧軽迫 よみ(新仮名遣い):ついそうけいはく
章:第4章 琴の綾 よみ(新仮名遣い):ことのあや 通し章番号:1793
口述日:1925(大正14)年11月07日(旧09月21日) 口述場所:祥明館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1929(昭和4)年2月1日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
玉清別の館から閉め出しを食い、玄真坊はますますダリヤ姫への情欲に身をさいなまれている。
神の子はそこへやってきて、ダリヤとバルギーが逃げたと嘘を教えてからかう。玄真坊とコブライは暗がりの野山をダリヤを追って駆け出す。
一方、ダリヤ姫は、実家に戻るまではバルギーを自分の護衛としておこうと、酒をついでご機嫌を取っている。
バルギーは自分の男らしさを誇ろうと、盗賊をやっていたころの話をするが、逆にダリヤ姫に嫌な顔をされてしまう。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2019-01-11 17:47:11 OBC :rm7104
愛善世界社版:51頁 八幡書店版:第12輯 517頁 修補版: 校定版:53頁 普及版:23頁 初版: ページ備考:
001 四方(しはう)堅牢(けんらう)高塀(たかべい)(めぐ)らした玉清別(たまきよわけ)神館(かむやかた)門外(もんぐわい)()つぽり()された天真坊(てんしんばう)は、002現在(げんざい)自分(じぶん)恋慕(こひした)ふてゐる最愛(さいあい)のダリヤ(ひめ)小泥棒(こどろぼう)のバルギーと(とも)に、003情緒(じやうちよ)(こま)やかに喋々(てふてふ)喃々(なんなん)(あたた)かい(ゆめ)()てゐるかと(おも)へば、004()けてたまらず、005如何(いか)にもして、006(つばさ)あらば(この)(へい)(のり)()え、007二人(ふたり)居間(ゐま)飛込(とびこ)み、008バルギーの(つら)()きむしり、009(たぶさ)(ひき)まはし、010鬱憤(うつぷん)()らさむと雄猛(をたけ)びし(なが)ら、011ウンウンと(うな)りつめ、012(こぶし)(にぎ)つて自分(じぶん)太股(ふともも)のあたりを、013無性(むしやう)矢鱈(やたら)(なぐ)つてゐる。014コブライは(この)(てい)()可笑(をか)しくてたまらず、
015『モシ、016天真坊(てんしんばう)(さま)017()化身(けしん)(さま)018大変(たいへん)(えら)雄健(をたけ)びですな。019そらさうでせう、020(はら)()つのは御尤(ごもつと)もだ。021つぶしに()つたつて(せん)(りやう)二千(にせん)(りやう)値打(ねうち)のある美人(びじん)を、022まんまと、023バルギー(ぐらゐ)占領(せんりやう)され、024自分(じぶん)門外(もんぐわい)()()され、025(ゆび)()はへて()てるのも(あんま)()()いた(はなし)ぢやありませぬな。026(わたし)だつて()()なら、027あのダリヤ(ひめ)女房(にようばう)にして()たい(やう)(こころ)(おこ)らぬではありませぬワ。028ダリヤ(ひめ)(おもかげ)は、029どこ(とも)なく(やさ)しい(した)しい(ところ)がありますなア。030(わたし)だつて一度(いちど)はあの(しろ)()(にぎ)つて、031(とも)山雲(さんうん)海月(かいげつ)(じやう)(かた)りたいやうな()(いた)しますワイ。032(たて)から()ても(よこ)から()ても、033優美(いうび)高尚(かうしやう)艶麗(えんれい)034(しか)宗教(しうけう)(てき)熱情(ねつじやう)()んだ純朴(じゆんぼく)(こころ)が、035あの下膨(しもぶく)れのした()(ほほ)(あら)はれて()りますからなア』
036 天真坊(てんしんばう)(ふと)吐息(といき)()らし(なが)ら、
037(おれ)天性(てんせい)(この)(とほ)りの面構(つらがまへ)038さうだから(べつ)(こひ)()ふのでもないが、039コリヤ実際(じつさい)(おれ)(こころ)から()たのではない。040(こひ)(すべ)(かみ)から(きた)るものだ、041結婚(けつこん)人間(にんげん)のする仕事(しごと)だ。042(かみ)さまから(めい)ぜられた神聖(しんせい)(こひ)(かん)じてよりの心機(しんき)一転(いつてん)(この)行脚(あんぎや)043(おも)はず()らず(はな)のかげを()んで(おどろ)(あし)()げたと044一般(いつぱん)の、0441よそ()にはさぞやさぞ、045バカの白痴(はくち)骨頂(こつちやう)とも()えるだらうが、046(かみ)(めい)(たま)ふた(この)恋愛(れんあい)047どうあつても成功(せいこう)しなくちやおかない(はず)ぢや。048玄真坊(げんしんばう)自身(じしん)としては、049仮令(たとへ)水中(すいちう)(つき)050()にとるを()(とも)051せめては岸上(がんじやう)一念(いちねん)052うたた(この)境遇(きやうぐう)(あま)んずる(だけ)でも結構(けつこう)だが、053(なん)()つても、054()本尊(ほんぞん)(かみ)(さま)()承知(しようち)(あそ)ばさぬのだから(つら)いものだ。055丸切(まるき)只今(ただいま)心持(こころもち)056あたら名玉(めいぎよく)(くだ)けて(こな)となり()せし心地(ここち)だ。057あーア、058天来(てんらい)救世主(きうせいしゆ)(こひ)にかかつたら、059からつきし駄目(だめ)かいな』
060コブライ『ハヽヽヽ、061天真坊(てんしんばう)さま、062大変(たいへん)()愁歎(しうたん)ですな。063(はじ)めは竜虎(りうこ)(ごと)く、064(をはり)脱兎(だつと)(ごと)し…とは貴方(あなた)心底(しんてい)065()境遇(きやうぐう)066(まこと)(はや)(さつ)しまするワイ、067イヒヽヽヽ』
068(てん)『コリヤ、069コブライ、070バカにするない。071()(なか)(よる)(ばか)りぢやない、072(また)(ひる)もあるぞ。073何程(なにほど)失恋(しつれん)(ふち)(しづ)んで()つても、074(また)もや起上(おきあが)時節(じせつ)があるから、075さう見下(みさ)げたものぢやないワイ』
076コ『それよりも夜明(よあけ)()つて、077ダリヤが庭園(ていゑん)をブラつき(はじ)めたら、078すき(べい)(あな)から()面相(めんさう)なりと拝顔(はいがん)して、079悶々(もんもん)(じやう)()すのですな』
080 悪戯(いたづら)小僧(こぞう)(かみ)()は、081(もん)節穴(ふしあな)から、082ソツと(そと)(のぞ)いてみると、083うす(やみ)(なか)(ふた)つの(かげ)一間(いつけん)(ばか)間隔(かんかく)(たも)つて、084愁歎話(しうたんばなし)(ふけ)つて()る。
085(かみ)()『オイ、086天真(てんしん)さま、087(なに)()つてるんだい。088ダリヤさまはな、089(まへ)さまが此処(ここ)(たづ)ねて()たといふ(こと)()いてビツクリし、090裏口(うらぐち)から一人(ひとり)おつさまと、091たつた(いま)(さき)0911(ひがし)(はう)()して()()したよ。092(かあ)さまに内証(ないしよ)で、093(あま)可哀相(かあいさう)だから、094一寸(ちよつと)()らしに()てやつたのだ。095ダリヤに()ひたけりや、096(はや)()かつしやい、097モウ(いま)(ごろ)吾子山(あごやま)(ふもと)あたり(まで)()つてゐるだろ』
098(てん)『ナアニ、099ダリヤが()げたといふのか、100其奴(そいつ)大変(たいへん)だ』
101(かみ)()金城(きんじやう)鉄壁(てつぺき)(かこ)まれてゐるダリヤよりも102(そと)()()したダリヤの(はう)が、103(まへ)(ため)には都合(つがふ)()いだらう』
104(てん)『そりや(また)本当(ほんたう)かい、105(うそ)ぢやなからうな』
106(かみ)()(うそ)なら(うそ)にしておけやい。107(ひと)親切(しんせつ)に、108(この)(ねむ)たいのに()らしてやるのに、109勝手(かつて)にしたが()かろ、110イヒヽヽヽ』
111(わら)(なが)ら、112屋内(をくない)(ふか)(かく)れて(しま)つた。113(あと)天真坊(てんしんばう)双手(もろて)をくみ、114少時(しばし)思案(しあん)にくれてゐたが、
115(てん)『オイ、116コブライ117どうだろ、118本当(ほんたう)だろかな。119あんな(こと)()つて、120うるさいから(おれ)(たち)()()手段(しゆだん)ぢやなからうか』
121コ『子供(こども)正直(しやうぢき)ですよ、122ダリヤだつて、123現在(げんざい)天真坊(てんしんばう)さまが、124ここへ()てゐられるのに、125安閑(あんかん)としては()れますまい。126(わたし)がダリヤだつたら、127キツと()()しますよ』
128(てん)『いかにも(もつとも)だ、129サア、130コブライ、131半時(はんとき)猶予(いうよ)もならぬ、132サア()かう』
133薄暗(うすくら)がりの野路(のみち)を、134(こけ)(まろ)びつ、135吾子山(あごやま)方面(はうめん)さして(かけ)りゆく。
136 ダリヤ(ひめ)(はな)れの()に、137平気(へいき)平左(へいざ)で、138スガの(みなと)(かへ)(まで)は、139(うま)(この)バルギーをチヨロまかしおかむものと、140一生(いつしやう)懸命(けんめい)(さけ)をすすめて機嫌(きげん)をとつてゐる。
141ダリヤ『(もつと)敬愛(けいあい)するバルギーさまえ、142本当(ほんたう)天真坊(てんしんばう)といふ(やつ)143()()かねい売僧(まいす)坊主(ばうず)ぢやありませぬか。144(あたえ)貴方(あなた)玉清別(たまきよわけ)さまのお(やかた)()うして、145ゆつくりとお(さけ)()みかはし、146(こひ)未来(みらい)(たのし)んで(あそ)んでゐるに、147(この)()(おく)さまに()()され、148(もん)(そと)でベソをかいてゐるといふ(こと)149本当(ほんたう)一掬(いつきく)同情(どうじやう)(なみだ)をそそいでやりたくなるぢやありませぬか』
150 バルギーはあわてて、
151『ソヽそりや(なに)仰有(おつしや)る、152ヤツパリ(ひめ)さまは天真坊(てんしんばう)一掬(いつきく)同情(どうじやう)(なみだ)(そそ)ぎたいやうな心持(こころもち)がするのですか、153そりや大変(たいへん)だ。154(わたし)だつて、155(ひめ)(さま)()心持(こころもち)がそんな(こと)だつたら、156安心(あんしん)出来(でき)ないぢやありませぬか、157仮令(たとへ)一命(いちめい)をすてても(ひめ)(さま)(ため)には()いないといふ(わたし)決心(けつしん)ですのに……』
158血相(けつさう)()へる。
159ダリ『ホヽヽ(うそ)ですよ、160世間(せけん)(たい)する義理(ぎり)一遍(いつぺん)辞令(じれい)ですワ。161仮令(たとへ)(こころ)(なか)如何(どう)でも(わらは)(をんな)ですからね、162(をとこ)さまの(やう)赤裸々(せきらら)なこた()へないでせう』
163バル『ウーン成程(なるほど)164(わか)つてる。165エー、166それで(おれ)もチツと(ばか)安心(あんしん)した。167(しか)(なが)(ひめ)さま、168(ぼく)(たい)する()誓約(せいやく)(その)(でん)ぢやありませぬか。169(いや)なら(いや)と、170赤裸々(せきらら)(いま)(うち)()つて(もら)はなくちや、171最後(さいご)(だん)(うら)(まで)()つた(ところ)で、172エツパツパとやられちやたまりませぬからな。173(なん)()つても(ぼく)(かほ)恋愛(れんあい)(たい)しては険呑(けんのん)千万(せんばん)()面相(めんさう)だから、174()がもめて(たま)りませぬワ』
175ダリ『ホヽヽそんな()懸念(けねん)()無用(むよう)にして(くだ)さいませ。176(なに)(ほど)容貌(おとこまへ)がよくても、177気甲斐性(きがひしやう)のない男子(だんし)はダメですワ。178(いま)()(なか)一程(いちほど)二金(にかね)三容貌(さんきれう)ですからね、179(なに)(ほど)容色(きれう)(わる)くつても、180(かね)がなくつても、181(ほど)さへよけら(をんな)(すい)()きますよ。182(わたし)だつてバルギーさまに()れたのは、183容色(きれう)でもなし、184(かね)でもなし、185(また)(かね)容色(きれう)(のぞ)んだ(ところ)で、186からきし、187ダメですもの、188肝腎要(かんじんかなめ)恋男(こひをとこ)になくてはならない第一(だいいち)美点(びてん)189(ほど)のよいのに(ほれ)たのですワ』
190バル『そゝそれ(ほど)191(ぼく)(ほど)()くみえるかな。192余程(よつぽど)()()つたとみえるな、193エヘヽヽ』
194ダリ『(かね)容色(きれう)はどうでもよいが
195 (ほど)のよいのにわしや(ほれ)た。
196といふやうなものですワイ、197ホヽヽヽ』
198バル『ナール(ほど)199(ほど)なる(かな)(ほど)なる(かな)だ。200これ(ほど)(まで)惚込(ほれこ)んだ(をんな)をみすてやうものなら、201女冥加(をんなみやうが)()きやう(ほど)に、202梵天(ぼんてん)帝釈(たいしやく)自在天(じざいてん)203オツトドツコイ、204三五教(あななひけう)大神(おほかみ)さまに(ちか)つて、205万劫(まんご)未代(まつだい)ダリヤの(きみ)はすてませぬ。206どうか()安心(あんしん)なすつて(くだ)さいませ、207おん(かか)大明神(だいみやうじん)(さま)
208ダリ『イヤですよ、209おん(かか)大明神(だいみやうじん)なんて、210未来(みらい)女房(にようばう)()つて(くだ)さいな』
211バル『(その)未来(みらい)(だけ)()つて()しいな、212肩書(かたがき)があると(なん)だか窮屈(きうくつ)でたまらないワ。213海軍(かいぐん)大将(たいしやう)だとか、214何々(なになに)局長(きよくちやう)だとか肩書(かたがき)があると、215()らず()らずの(あひだ)官僚(くわんれう)気分(きぶん)になつて、216(こころ)までが四角(しかく)ばつて仕方(しかた)のないものだ、217どうか未来(みらい)といふ肩書(かたがき)をここで削除(さくぢよ)して(いただ)けませぬかな、218ダリヤ(ひめ)君様(きみさま)
219ダリ『ホヽヽヽ()(みじか)(こと)仰有(おつしや)いますこと、220(いち)秒間(べうかん)(さき)でも未来(みらい)ですよ。221未来(みらい)()つたら、222さう(とほ)いものぢやありませぬワ。223どうぞこうぞスガの(みなと)(まで)(おく)つて(くだ)さいましたら、224(あたい)がお(とう)さまやお(にい)さまに()(ねがひ)して、225合衾(がふきん)(しき)()げたいと(おも)つてゐますのよ。226どこから()ても申分(まをしぶん)のない(ほど)のよい殿(との)たちだこと、227ホヽヽヽ、228頬辺(ほほべた)()らぬ()(あか)くなりましたわ。229心臓(しんざう)動悸(どうき)(はげ)しくなり、230警鐘(けいしやう)乱打(らんだ)(こゑ)(むね)(ひび)いてゐますワ』
231バル『頬辺(ほほべた)(あか)くなつたのは葡萄酒(ぶだうしゆ)()んだ加減(かげん)ぢやないか、232(うま)(こと)()つて、233(ぼく)を……(おれ)誤魔化(ごまくわ)すのぢやあるまいな』
234ダリ『どしてどして、235孱弱(かよわ)(をんな)()でゐ(なが)ら、236仁王(にわう)荒削(あらけづり)みたいな、237(ほど)()殿(との)たちを(だま)してすみますか、238男冥加(をとこみやうが)()きますからね』
239バル『どうか、240()変心(へんしん)なき(やう)(たの)んでおきますよ、241猪鹿(ちよか)つきて良狗(りやうく)()らるる(こと)のない(やう)にね』
242ダリ『ホヽヽ、243御念(ごねん)には(およ)びますまい、244羽織(はおり)(ひも)ですから……ね』
245バル『(わらは)(むね)においてあるといふのか、246よし、247(わか)つてる。248(しか)(ひめ)さま、249クラヴィコードが此処(ここ)にあるぢやないか、250(ひと)(だん)じて(もら)(わけ)にや(まゐ)りますまいかな』
251 バルギーは自分(じぶん)女房(にようばう)にしたやうな()もするなり、252(また)何処(どこ)ともなしに(をか)(がた)気高(けだか)他人(たにん)(ぢやう)さまの()うな()もするなり、253きたなく言葉(ことば)使(つか)つてみたり、254丁寧(ていねい)()つてみたり255(めう)心理(しんり)情態(じやうたい)(おちい)つてゐる。256ダリヤは(かたはら)のクラヴィコードを()にとり、257(いと)をしめ(なほ)(なが)ら、258無聊(ぶれう)(なぐさ)むる(ため)259さしかまへのない、260子供(こども)(とき)(おぼ)えておいた(うた)(うた)()した。
261(うた)はどこでもかけ()
262子供(こども)(なか)よくはねまわる。
263シヤシヤ シヤンシヤン
264(うた)(はな)さく()にみのる
265小鳥(ことり)がそれをついばむよ
266シヤシヤ シヤンシヤンシヤン
267(うた)月夜(つきよ)(ふえ)()
268(あは)せて(とほ)(ひび)きます
269シヤシヤ シヤンシヤンシヤン
270(うた)(こころ)噴水(ふんすい)
271(なみだ)にみちる微笑(ほほゑみ)
272シヤシヤ シヤンシヤンシヤン
273(うた)はきらめく(たま)(おと)
274やさしく(きよ)思出(おもひで)
275シヤシヤ シヤンシヤンシヤン
276(うた)世界(せかい)(あら)(なみ)
277(ふね)(いさ)んで()かけます
278シヤシヤ シヤンシヤン
279(うた)はすべての(いき)
280(いのち)(をは)(かね)()
281シヤシヤ シヤーンシヤーン
282モウこれで(こら)へて(もら)ひませう、283(なが)らく()かないので、284(いと)のねじめが(おも)(やう)になりませぬからね』
285バル『ヤア感心(かんしん)々々(かんしん)286(うま)れてから(はじ)めて、287クラヴィコードの()をきいた、288(なん)とマア(こと)といふものは(こと)(ほか)よい()()るものだな。289それに(ひめ)(こゑ)といひ、290様子(やうす)といひ、291(ほど)といひ、292中々(なかなか)素敵(すてき)滅法界(めつぱふかい)天下(てんか)逸品(いつぴん)だつたよ』
293ダリ『ホヽヽヽ、294貴方(あなた)(なん)ですか、295クラヴィコードの()()いた(こと)がないとは、296(あま)無風流(ぶふうりう)ぢやありませぬか。297スガの(みなと)(あたり)では、298裏長屋(うらながや)のお(ばあ)さまでも(こと)(だん)じない(ひと)はありませぬよ。299(をとこ)だつて大抵(たいてい)(ひと)弾奏(だんそう)(わざ)には()れてゐますからね』
300バル『イヤ、301成程(なるほど)302々々(なるほど)303々々(なるほど)304()()()るものだ。305それで(こと)をひく(をんな)を、306()ねいさまといふのだな、307(わか)つてる』
308ダリ『ホヽヽヽ、309(こと)のよい()()るから、310ねえさまなんて、311()いかげんに(とぼ)けておきなさいませ。312(こと)(ほか)文盲(もんまう)(をとこ)さまですね、313(あたい)そんな(こと)()くと、314さつぱり厭気(いやけ)がさして()ますワ』
315 バルギーはあわてて、316()をふり(なが)ら、
317『イヤイヤイヤ、318さうぢやない さうぢやない、319一寸(ちよつと)テンゴに()つてみたのだ、320(おれ)だつてクラヴィコードは()つてるよ、321天下(てんか)妙手(めうしゆ)評判(ひやうばん)をとつた(おれ)だものなア』
322ダリ『成程(なるほど)……(ねずみ)()(ねこ)(つめ)かくす……とか()ひましてな、323(ひと)はどんな隠芸(かくしげい)()つてゐるか(わか)りませぬな、324本当(ほんたう)(こと)名人(めいじん)であり(なが)ら、325()らぬ(かほ)をして御座(ござ)(その)ゆかしさ326(ほど)のよさ、327それが第一(だいいち)328(あたい)()()つてますのよ。329(いま)()(なか)(ひと)は、330()らぬ(こと)でも()つたらしう()ひたがるものですからな』
331バル『ウン、332そらさうだ、333よく(わか)る、334イヤ、335(わか)つてる、336()つても()らぬ(かほ)するのが(ゆか)しいのだ、337そこに男子(だんし)価値(かち)十二分(じふにぶん)伏在(ふくざい)してると()ふものだ。338所謂(いはゆる)謙遜(けんそん)美徳(びとく)といふものだ、339謙遜(けんそん)美徳(びとく)(すなは)人格(じんかく)をなす所以(ゆゑん)のものだ。340時世(ときよ)時節(じせつ)で、341泥棒(どろばう)仲間(なかま)(はい)つてをつたものの、342(もと)(もと)だからの』
343ダリ『ホヽヽヽ(なん)だか()りませぬが、344泥棒(どろばう)小頭(こがしら)では、345人格(じんかく)問題(もんだい)云々(うんぬん)する(わけ)にも()きますまい。346それはさうと、347(あたい)弾奏(だんそう)しました返礼(へんれい)として、348(ひと)貴方(あなた)(うた)をうたひ、349コードを(だん)じて、350程好(ほどよ)音色(ねいろ)()かして(くだ)さいな』
351バル『ウーン、352コトと(しな)によつたら(だん)じない(こと)はないが、353これはお(まへ)四海波(しかいなみ)(うた)(とき)(まで)保留(ほりう)しておこうかい、354でないと隠芸(かくしげい)とは()はないからな。355(まへ)(おや)兄弟(きやうだい)をアツと()はせる仕組(しぐみ)だからな』
356ダリ『ホヽヽヽ、357(なん)とマア(ほど)のよい()挨拶(あいさつ)だこと、358サ、359(いま)となつた(とき)にや、360(さけ)()ひつぶれたやうな(かほ)して、361寝込(ねこ)んで(しま)(いま)から野心(したごころ)でせう。362(その)指先(ゆびさき)ではどうもコードを(あつか)はれた形跡(けいせき)がないぢやありませぬか、363(あたい)(ゆび)をみて御覧(ごらん)364(この)(とほ)(かた)(すぢ)出来(でき)()りますよ』
365バル『(おれ)のはな、366素掻(すがき)()つて、367(つめ)(さき)(ばか)りで弾奏(だんそう)するのだ。368それが名物(めいぶつ)となつてるのだ、369(つめ)(やつ)()びるでチヨイチヨイ()るものだから、370(いま)爪先(つまさき)(すぢ)がないのだ。371マア、372(うたが)はずに()つてくれ、373(おれ)のは()神前(しんぜん)(なに)かでやるのだからな、374シヤツチン シヤツチン シヤツチンチン……と、375そら本当(ほんたう)()音色(ねいろ)だよ』
376ダリ『()神前(しんぜん)でシヤツチン シヤツチンやるのは、377そら八雲(やくも)でせう』
378バル『八雲(やくも)でも小雲(こくも)でも(こと)間違(まちがひ)はないぢやないか』
379ダリ『あ、380そんなら、381(この)八雲琴(やくもごと)拝借(はいしやく)して、382(あたい)平和(へいわ)女神(めがみ)さまと仮定(かてい)し、383(ひと)弾奏(だんそう)してみて(くだ)さいな』
384 バルギーは(あたま)(しき)りに()(なが)ら、
385『ヤア、386ダリヤ殿(どの)387(じつ)(ところ)(うそ)(うそ)だ、388(こと)なんか()つた(こと)もないのだ。389これ(ばか)りは閉口(へいこう)頓首(とんしゆ)する』
390ダリ『ホヽヽ、391それ()いて、392(あたい)安心(あんしん)しましたワ、393(こと)なんか(をんな)(もてあそ)ぶものですワ、394(をとこ)(こと)(だん)ずるのは伶人(れいじん)(ばか)りですワ、395伶人(れいじん)なんか何時(いつ)貧乏(びんばふ)で、396祭典(さいてん)(とき)なんか、397(よこ)(はう)(せき)(こしら)へて(もら)ひ、398ミヅバナたらして(ふる)ふてるのですもの、399そんな(もの)にロクな(もの)はありませぬからね、400男子(だんし)男子(だんし)でヤツパリ(あら)つぽい(こと)(この)(はう)が、401何程(なにほど)立派(りつぱ)だか()れませぬワ』
402バル『ヘヽヽヽ、403成程(なるほど)御尤(ごもつと)も、404(わか)つてる、405そらさうだ、406(まへ)仰有(おつしや)(とほ)り、407(おれ)()(とほ)りだ。408(あら)つぽい(こと)()つたら、409高塀(たかべい)をのりこえ、410大刀(だんびら)引提(ひつさ)げて大家(たいけ)()()み、411コラツと一声(いつせい)かけるが(いな)や、412何奴(どいつ)此奴(こいつ)もビリビリツとちぢみ(あが)り、413生命(いのち)より大切(だいじ)(たくは)へておいた山吹色(やまぶきいろ)をおつぽり()して()(あは)して(をが)むのだから、414(えら)いものだろ』
415ダリ『貴方(あなた)ヤツパリ泥棒(どろばう)やつてゐたのですね、416泥棒(どろばう)なんか(をつと)()つこた(いや)ですワ』
417バル『ヤ(むかし)(むかし)418(いま)(いま)だ、419改心(かいしん)して三五教(あななひけう)(はい)り、420薬屋(くすりや)主人(しゆじん)となつた以上(いじやう)泥棒(どろばう)なんかするものか、421(まへ)(うち)富豪(ふうがう)だから何時(いつ)泥棒(どろばう)(はい)るか()れない、422(その)(とき)(おれ)泥棒(どろばう)要領(こつ)(おぼ)えてるを(さいはひ)423反対(あべこべ)泥棒(どろばう)赤裸(まつぱだか)にひきめくり、424他所(よそ)()つて()(もの)捲上(まきあ)げて(しま)つてやるのだ。425これからスガの(みなと)まで(かへ)るには、426まだ大分(だいぶん)道程(みちのり)もあるから、427()途中(とちう)泥棒(どろばう)でも()よつてみよ、428(おれ)一目(ひとめ)(にら)んだら、429何奴(どいつ)此奴(こいつ)蜘蛛(くも)()()らす(ごと)()げるのだから、430本当(ほんたう)にこんな(をつと)道伴(みちづ)れになつて()れば安心(あんしん)なものだよ』
431ダリ『成程(なるほど)432それ(うけたま)はつて安心(あんしん)(いた)しました。433サアモウ()()けましたから、434やすもうぢやありませぬか、435(どろ)さま』
436バル『チヱツ、437()らぬ(こと)いふものぢやない、438意地(いぢ)(わる)(ひめ)(さま)だな』
439 二人(ふたり)()をへだてて(やうや)(しん)についた。
440大正一四・一一・七 旧九・二一 於祥明館 松村真澄録)

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