霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二八章 行軍(かうぐん)開始(かいし)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 特別篇 山河草木 入蒙記 篇:第4篇 神軍躍動 よみ:しんぐんやくどう
章:第28章 入蒙記 よみ:こうぐんかいし 通し章番号:
口述日:1925(大正14)年08月 口述場所: 筆録者: 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年2月14日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
三井、佐々木からの情報によれば、洮南付近で盧占魁の名をかたる馬賊が横行しているため、張作霖は、盧占魁が東三省から立ち退かないと、討伐軍を差し向けると言っている、とのことである。
ところが、この報を聞いても盧占魁は、これはかねてから張作霖と約束した計略であり、張作霖が討伐して追いやった馬賊を自分が糾合する、という作戦なのだ、と言っていた。
しかしその後、輸送の弾薬が来ないことや、奉天から連絡がないことから、盧占魁もやや不安を感じたと見えて、六月二日、今後の動静について参謀一同、密議を凝らすことになった。
真澄別は張作霖を当てにせず、興安嶺に進出して独立を企てるべきだと主張した。これに対して盧占魁は、綏遠・チャハル地方に一度戻ってそちらの部隊に合流を促し、物資を補給してから外蒙に向かうようにしよう、と決めた。
ところがその間に、盧占魁軍に参加している蒙古馬賊の一隊と、東三省正規軍との間で戦闘が発生した。馬賊らは機動力を活かして見事に撤退して来たが、結局盧占魁は彼らの救出には動かなかった。
そして、官軍との衝突で東三省に構えているのはまずいと意を決したのか、西北に向かって進軍するように全軍に命令を出した。
全部隊は木局子を引き払って行軍を始めた。行軍中、先日東三省の官軍と一戦交えた馬賊の頭目・大英子児(タアインヅル)が日出雄を訪問してきた。彼は日出雄への敬意を表し、するめを戴いて帰ったが、その夜、盧占魁が救出に動かなかったことを不服として、部下とともにいずこかへ逐電してしまった。
果たして、今日では彼は熱河の奥地に本拠を構え、三千の軍を組織し、日出雄の弔い合戦をするのだ、と日出雄・真澄別の再渡来を待っているのだという。
主な登場人物: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :rmnm28
愛善世界社版:250頁 八幡書店版:第14輯 639頁 修補版: 校定版:253頁 普及版: 初版: ページ備考:
001 これより(さき)002洮南(たうなん)より三井(みつゐ)(およ)佐々木(ささき)密使(みつし)(つか)はし『洮南附近(たうなんふきん)()()(かた)小馬賊(せうばぞく)横行(わうかう)(はなはだ)しく、003官民(くわんみん)(とも)困苦(こんく)結果(けつくわ)004張作霖(ちやうさくりん)よりも(この)(さい)()東三省(とうさんしやう)圏外(けんぐわい)()でざる(かぎ)り、005大々的(だいだいてき)討伐軍(たうばつぐん)差向(さしむ)くべし』と(はう)じて()たが、006()司令(しれい)(こと)もなげに、
007『それは自分(じぶん)(かね)張大師(ちやうたいし)張作霖(ちやうさくりん)敬称(けいしやう))と約束(やくそく)した計略(けいりやく)で、008東三省内(とうさんしやうない)馬賊(ばぞく)討伐(たうばつ)()(おい)索倫(ソーロン)()()(はな)ち、009自分(じぶん)(これ)全部(ぜんぶ)糾合(きうがふ)して部下(ぶか)となすべき、010一挙両得(いつきよりやうとく)妙案(めうあん)なのだ』
011()つてゐた。012(しか)るに爾後(じご)引続(ひきつづ)後方(こうはう)より輸送(ゆそう)せらるべき(はず)弾薬(だんやく)武器(ぶき)(きた)らず、013(また)所要(しよえう)のため帰奉(きほう)した佐々木(ささき)014大倉(おほくら)015楊崇山(やうすうざん)()より何等(なんら)消息(せうそく)到達(たうたつ)しないといふ情況(じやうきやう)なので、016()(やや)不安(ふあん)(かん)じたのか、017六月(ろくぐわつ)二日(ふつか)腹心(ふくしん)部下(ぶか)数騎(すうき)(ひき)ゐて、018上木局子(かみもくきよくし)なる日出雄(ひでを)仮殿(かりどの)(おと)づれ、019(ここ)密議(みつぎ)()らされた。020秘密事項(ひみつじかう)(また)(とく)緊要(きんえう)なる問題(もんだい)は、021何時(いつ)日出雄(ひでを)()()けたる真澄別(ますみわけ)盧占魁(ろせんくわい)筆談(ひつだん)にて解決(かいけつ)するのが(れい)であつたから、022無論(むろん)(この)()筆談(ひつだん)()つて両者間(りやうしやかん)問題(もんだい)()せられたのであるが、023(その)要点(えうてん)(およ)()(ごと)問答(もんだふ)であつたと、024著者(ちよしや)推断(すゐだん)すべき理由(りいう)()つてゐる。
025真澄別(ますみわけ)何時(いつ)(まで)も、026此処(ここ)駐屯(ちうとん)して()(ところ)仕方(しかた)がないぢやありませぬか。027張作霖(ちやうさくりん)貴方(あなた)(おも)ふてる(ほど)028貴方(あなた)(けつ)して後援(こうゑん)しませぬよ。029それよりも独立(どくりつ)開発(かいはつ)(けい)()て、030()源義経(ジンギス)(はじ)めて王旗(わうき)(ひるがへ)したと(つた)へられてる興安嶺(こうあんれい)聖地(せいち)(まで)進軍(しんぐん)したら()うですか、031興安嶺(こうあんれい)には七千(しちせん)赤軍(せきぐん)()ると貴方(あなた)()はれましたが、032霊眼(れいがん)()ると、033乗馬(じやうば)四五百頭(しごひやくとう)ある(やう)だけれど、034(ひと)二百(にひやく)()らずですよ。035通訳官(つうやくくわん)さへ()けて()れれば、036(わたし)一人(ひとり)先発(せんぱつ)して立派(りつぱ)妥協(だけふ)して()せますがなア』
037()『イヤ、038(まこと)遅延(ちえん)して()みませぬ。039長銃(ちやうじゆう)不足(ふそく)だものですから、040あれでもと(おも)ふて()つて()ましたが、041モウ決心(けつしん)(いた)します。042(しか)興安嶺(こうあんれい)のあの地帯(ちたい)食料(しよくれう)がなく、043これ(だけ)人数(にんずう)繰込(くりこ)んでは(たちま)物資(ぶつし)(こま)ります。044それよりも()綏遠(スヰヱン)045察哈爾地方(チヤハルちはう)より当方(たうはう)参加(さんか)する大部隊(だいぶたい)(はや)(がつ)する(やう)046(その)方向(はうかう)(むか)ひ、047充分(じゆうぶん)物資(ぶつし)豊富(ほうふ)にして、048それから外蒙(ぐわいもう)(むか)ひませう。049()(かく)二三日(にさんにち)(うち)には出発(しゆつぱつ)する(やう)取計(とりはか)らひますから……』
050 (かか)折柄(をりから)051下木局子(しももくきよくし)留守居(るすゐ)をして()()副官(ふくくわん)顔色(かほいろ)()へ、052全速力(ぜんそくりよく)(うま)()ばしてやつて()て、053何事(なにごと)(あわただ)しく報告(はうこく)した。054これを()くと()決心(けつしん)(いろ)(おもて)(うか)べて立上(たちあが)り、055日出雄(ひでを)一行(いつかう)出発(しゆつぱつ)準備(じゆんび)()ひおき、056(ただ)ちに司令部(しれいぶ)()して(いそ)(かへ)つた。
057 司令部(しれいぶ)東南方(とうなんはう)(やく)三十(さんじふ)支里(しり)地点(ちてん)殿(しんがり)として、058満州馬賊(まんしうばぞく)大頭目(だいとうもく)大英子児(タアインヅル)手兵(しゆへい)一部(いちぶ)六十余騎(ろくじふよき)(ひき)ゐて駐屯(ちうとん)して()たが、059(この)()(あだか)大英子児(タアインヅル)司令部(しれいぶ)出頭(しゆつとう)不在中(ふざいちゆう)部下(ぶか)(もの)(ども)は、060(くつろ)いで昼寝(ひるね)(ゆめ)(むさぼ)つてゐる最中(さいちう)061洮南(たうなん)官兵(くわんぺい)(やく)三百余騎(さんびやくよき)突然(とつぜん)襲撃(しふげき)したのである。062大英子児(タアインヅル)部下(ぶか)少数(せうすう)なりと(いへど)も、063(みな)一騎当千(いつきたうせん)粒揃(つぶぞろ)ひの(こと)なれば、064(ただ)ちに(はだか)(まま)(じゆう)()つて応戦(おうせん)し、065数百(すうひやく)官兵(くわんぺい)一歩(いつぽ)()せつけず、066一方(いつばう)(きふ)司令部(しれいぶ)(はう)じた。067司令部(しれいぶ)にては戦非戦(せんひせん)両派(りやうは)対立(たいりつ)して(はかりごと)容易(ようい)(まとま)らずといふ有様(ありさま)なので、068大英子児(タアインヅル)単身(たんしん)(うま)()ばして、069自分(じぶん)屯営(とんえい)立帰(たちかへ)り、070部下(ぶか)引纏(ひきまと)悠々(いういう)として司令部(しれいぶ)(まで)引揚(ひきあ)げた。071(その)敏活(びんくわつ)さ、072豪胆(がうたん)さに官兵(くわんぺい)(きも)(うば)はれてか、073(あへ)追撃(つゐげき)もしなかつたのである。
074 (この)(とき)司令部(しれいぶ)一室(いつしつ)(ひか)へて()岡崎将軍(をかざきしやうぐん)参謀連(さんぼうれん)不甲斐(ふがひ)なきを(いか)り、
075『こんな連中(れんちう)一緒(いつしよ)()ては先生(せんせい)御身(おみ)(あん)ぜられる』
076とて手近(てぢか)にあつた兵糧(ひやうらう)取纏(とりまと)め、077牛車(ぎうしや)数台(すうだい)徴発(ちようはつ)して(これ)積載(せきさい)し、078(いそ)上木局子(かみもくきよくし)仮殿(かりどの)(むか)つた。079(これ)()(ちが)ひに、080()司令(しれい)司令部(しれいぶ)(かへ)つて()たが、081(かれ)参謀(さんぼう)揚萃廷(やうすゐてい)の『討伐隊(とうばつたい)大英子児(タアインヅル)()ちに()たものだ』との(げん)(しん)じたものか、082(あるひ)東三省(とうさんしやう)(へい)(たたか)ふのは自分(じぶん)自分(じぶん)立場(たちば)(あやふ)くするものと(かい)したか、083議論(ぎろん)百出(ひやくしゆつ)(あひだ)西北(せいほく)(むか)つて移動(いどう)命令(めいれい)(くだ)し、084車輪(しやりん)不足(ふそく)(ため)積載(せきさい)出来(でき)兵糧(ひやうらう)などは、085黒竜江(こくりうこう)木局署(もくきよくしよ)処分(しよぶん)委託(いたく)し、086西北(せいほく)()して行動(かうどう)(おこ)(こと)とした。
087
088 (よる)(とばり)がスツポリと(おろ)された(ころ)089上木局子(かみもくきよくし)なる日出雄(ひでを)仮殿(かりどの)周囲(しうゐ)は、090下木局子(しももくきよくし)徹退(てつたい)した軍兵(ぐんへい)(もつ)幾重(いくへ)にも取巻(とりま)かれ、091(うま)(いななき)092(いぬ)遠吠(とほぼえ)093篝火(かがりび)(ほのほ)094今迄(いままで)静寂(せいじやく)なりし上木局子(かみもくきよくし)天地(てんち)(には)かに殺気(さつき)(みなぎ)つた。
095 仮殿内(かりどのない)にては()以下(いか)数名(すうめい)幹部(かんぶ)日出雄(ひでを)096真澄別(ますみわけ)097岡崎(をかざき)(むか)前途(ぜんと)(くわん)する行動(かうどう)()説明(せつめい)(かさ)ねつつ()()かしてゐたが、098結局(けつきよく)地理不案内(ちりふあんない)なる日本人側(につぽんじんがは)進路(しんろ)()一任(いちにん)する(こと)となつた。099折柄(をりから)(やみ)一遇(いちぐう)銃声(じゆうせい)一発(いつぱつ)と、100断末魔(だんまつま)(こゑ)(きこ)えた。101(あは)れなる一兵卒(いつぺいそつ)上官(じやうくわん)反抗(はんかう)せるの(ゆゑ)(もつ)て、102即座(そくざ)銃殺(じゆうさつ)されたのであつた。
103 兎角(とかく)する(うち)(よく)六月(ろくぐわつ)三日(みつか)午前(ごぜん)三時(さんじ)となつた。104(すう)団長(だんちやう)部隊(ぶたい)105先鋒(せんぽう)となり、106()(みづか)日出雄(ひでを)護衛(ごゑい)(にん)(あた)り、107曼陀汗(マンダハン)殿(しんが)り、108大英子児(タアインヅル)全隊(ぜんたい)見廻(みまは)り、109張彦三(ちやうけんさん)牛車隊(ぎうしやたい)監督(かんとく)など、110()()役割(やくわり)(さだ)め、111西北(せいほく)興安嶺(こうあんれい)聖地(せいち)()して行軍(かうぐん)開始(かいし)する(こと)となつた。112道路(だうろ)とて(べつ)(さだ)まつたものはなく、113(ただ)樹木(じゆもく)点綴(てんてつ)せる大高原(だいかうげん)洮児(トール)(ながれ)標準(へうじゆん)()うて(すす)むのである。114途中(とちう)黄楊(くわうやう)大木(たいぼく)があると、115坂本(さかもと)馬上(ばじやう)より(ゆびさ)して、
116二先生(アルセンシヨン)117こんな黄楊(くわうやう)一本(いつぽん)あれば、118築前琵琶(ちくぜんびわ)(いく)つも出来(でき)ますなア』
119歎声(たんせい)()らす(ほど)のが数知(かずし)れず樹立(じゆりつ)してゐるのは、120(とく)日本人(につぽんじん)連中(れんちう)には(めづ)らしかつた。
121 (この)()(くれ)(ちか)(ころ)122洮児(トール)上流(じやうりう)123河畔(かはん)森影(もりかげ)日出雄(ひでを)一行(いつかう)陣営(ぢんえい)見計(みはか)らひ、124露営(ろえい)(ゆめ)辿(たど)(こと)とした。
125『モウ上木局子(かみもくきよくし)(はな)れては当分(たうぶん)人家(じんか)(もと)より家畜(かちく)()られない』
126曼陀汗(マンダハン)説明(せつめい)する。127(おほかみ)(その)()猛獣(まうじう)襲来(しふらい)(ふせ)(ため)とて、128所々(しよしよ)(あが)焚火(のろし)紅煙(こうえん)(てん)(こが)さむ(ばか)(もり)真赤(まつか)(てら)して()た。129(この)夜半(やはん)(ころ)大英子児(タアインヅル)(ひそ)かに日出雄(ひでを)訪問(はうもん)し、130岡崎(をかざき)(かい)して『(わたくし)はどこ(まで)貴方方(あなたがた)御保護(ごほご)申上(まうしあげ)ます』と(ちか)ひ、131日出雄(ひでを)()づから(あた)ふる(するめ)再三(さいさん)()(いただ)き『言語(げんご)さへ(つう)ずれば……』てふ物足(ものた)らぬ(こころ)(おもて)(あら)はしつつも、132ニコニコとして()()つたが、133(かれ)前日(ぜんじつ)下木局子(しももくきよくし)()ける()処置(しよち)(こころよ)しとせず、134(ひそ)かに()する(ところ)あつて、135(この)()脱出(だつしゆつ)し、136部下(ぶか)諸共(もろとも)(いづ)れへか姿(すがた)()して(しま)つた。137(はた)せるかな(かれ)今日(こんにち)熱河(ねつか)奥地(おくち)本拠(ほんきよ)(かま)へ、138(すで)三千(さんぜん)精兵(せいへい)引具(ひきぐ)して紅帽軍(こうばうぐん)組織(そしき)し、139日出雄(ひでを)弔合戦(ともらひがつせん)をするのだ……と堂々(だうだう)(ぢん)()り、140日出雄(ひでを)141真澄別(ますみわけ)再渡来(さいとらい)()つてゐるさうである。142大英子児(タアインヅル)脱退(だつたい)同時(どうじ)に、143(かね)非戦論(ひせんろん)(いさぎよ)しとせざる勇士(ゆうし)続々(ぞくぞく)として姿(すがた)(かく)して(しま)つたので、144翌朝(よくてう)出立(しゆつたつ)(さい)は、145騎馬兵(きばへい)五百騎(ごひやくき)146(うま)(ととの)はずして牛車(ぎうしや)便乗(びんじよう)せるもの三百有余(さんびやくいうよ)(さん)せられた。
147大正一四・八 筆録)
   
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