第八章 国生み神生みの段〔一八三九〕
001 天の道立の神は、002紫微の大宮の清庭に立ちて布留辺由良、003布留辺由良と大幣を振り給へば、004紫微天界の西南の空を焦して入り来る神あり。005其の御姿は百有余旬の大鰻の姿にして、006肌滑らけく青水晶の如く、007長大身ながらも拝しまつりて権威の心を起さず、008寧ろ敬慕の念に満たされつつ、009天之道立の神は紫微の大宮に鰭伏して、
010『来ります神は何神なりや』
011と神慮を伺ひまつりけるに、
012『天之峯火夫の神言もちて、013今より来る神は太元顕津男の神』
014と宣らせ給ひぬ。015太元顕津男の神は紫微圏界の成出でし最初にあたり、016大虚空の西南に位置を定め、017百の神業を司り給ひしが、018やうやく大神業を仕へ終へ給ひし折もあれ、019天之道立の神の生言霊の祓ひの神業に感じ給ひて、020此処に寄り来ませるなりき。021太元顕津男の神は横目立鼻の神人と化し給ひ、022大宮の御前に額づきて宣り給はく、
023『我は主の神の神言もちて、024西南の空を修理固成し終れり。025我この後は如何にして神業に仕へまつらむや、026𪫧怜に委曲に事依さし給へ』
027と、028天津誠の言霊をもて祈らせ給へば、029紫微の宮居の扉は再び静に開かれて、030茲に高鉾の神、031神鉾の神、032四辺を紫金色に照させながら、033儼然として宣りたまはく、
034『宜なり宜なり太元顕津男の神よ。035我主の神の神言もちて汝に宣り聞かす事あり、036慎み畏み神業に仕へまつれよ。037是より東北万里の国土に於て天界経綸の聖場あり、038称して高地秀の峯といふ。039この高地秀の峯こそ我主の神の出でませし清所なれば、040汝は一時も早く高地秀の峯に下りて紫天界の経綸に仕へまつれ。041八百万の神を汝に従へて其の神業を助けしめむ』
042と、043右手に大幣を打ちふり、044左手に百成の鈴を打ちふり給ひつつ、045殿内深く隠れ給ひぬ。046茲に太元顕津男の神は天之道立の神に深く感謝の意をのべながら、047時遅れじと再び長大身に還元しつつ、048光線の速さよりも速く、049見る見る姿を隠させ給へり。
050 太元顕津男の神は、051天の高地秀の山に下り給ひつつ、052茲に造化の三神を斎ひ祭り、053朝な夕に誠心の極みを尽し、054言霊の限りを竭して、055天界の平和幸福を祈らせ給ふ。056紫微圏界に坐す主の大神の御稜威によりて、057平らけく安らけく清く明けく治まりたれども、058百万里東方の国土は未だ神徳に潤はず、059漸く妖薜の気群がり起り、060神々は水火の呼吸の凝結より漸く愛情の心を起し、061神生みの業は日々に盛になりたれども、062善悪相混じ美醜互に交はる惟神の摂理によりて、063遂に混濁の気国内に満ち、064万の禍群れおきむとせしを甚く歎かせ給ひ、065高地秀の大宮に百日百夜間断なく祈り給へば、066主の神はここにも再び現れまして神言厳かにのたまはく、
067『汝是より国生み、068神生みの神業に仕へまつれ。069其の御樋代として八十の比女神を汝に従はしめむ』
070と宣り給へば、071太元顕津男の神は主の神の神宣のあまりの畏さに、072応へまつる言葉もなく、073宮の清庭に鰭伏して直ひたすらに驚き打ち慄ひ給ひける。
074 主の神より太元顕津男の神に対し八十比女神を授け給ひしは、075神界経綸につきて深き広き大御心のおはしますことなりけり。076天界に於ても漸く茲に横目立鼻の神人現れ、077愛欲に心乱されて至善至美至愛の天界も濁り曇らひければ、078其汚れを払はむとして至善、079至美、080至粋、081至純、082至仁、083至愛、084至厳、085至重の神霊を宿し給ふ太元顕津男の神に対して、086国魂の神を生ましめむとの御心なりける。087譬へば醜草の種は生え安く茂り安くして世に寸効もなく、088道を塞ぎ悪虫を生じ足を容るる処なきまでに至るを憂ひ給ひて、089至粋至純なる白梅の種を植ゑ広めしめむと、090八十比女神を御樋代に、091国の守りと国魂神を生ませ給はむ御心なりける。092曇り乱れの種を天界に蒔き広むる時は益々曇り乱れ、093遂には神明の光も知らざるに至るものなり。
094(昭和八・一〇・一〇 旧八・二一 於水明閣 加藤明子謹録)