第一一章 紫微(しび)宮司(みやつかさ)〔一八四二〕

001 (あめ)道立(みちたつ)(かみ)(ここ)()(かみ)大神言(おほみこと)をもちて、002紫天界(してんかい)西(にし)宮居(みやゐ)神司(かむつかさ)となり、003(あまね)神人(しんじん)教化(けうくわ)専念(せんねん)(たま)ひ、004天津誠(あまつまこと)御教(みをしへ)𪫧怜(うまら)委曲(つばら)()(たま)ひ、005太元(おほもと)顕津男(あきつを)(かみ)(ひむがし)(くに)なる高地秀(たかちほ)(みや)神司(かむつかさ)として日夜(にちや)奉仕(ほうし)(たま)ひ、006右手(めて)御剣(みつるぎ)をもたし左手(ゆんで)(かがみ)をかざしつつ、007霊界(れいかい)()ける霊魂(れいこん)008物質(ぶつしつ)両面(りやうめん)守護(しゆご)(にん)(たま)ひたれば、009(その)神業(みわざ)(おい)(おほい)なる相違(さうゐ)のおはす(こと)はもとよりなり。010如何(いか)紫微(しび)天界(てんかい)(いへど)清浄(しやうじやう)無垢(むく)にして至賢(しけん)至明(しめい)なる神人(しんじん)数多(あまた)おはさざれば、011(その)統制(とうせい)につきては、012いたく神慮(しんりよ)(なや)ませ(たま)ひたり。
013 (あめ)道立(みちたつ)(かみ)個神(こしん)々々(こしん)についての(まこと)(をし)(たま)ひ、014太元(おほもと)顕津男(あきつを)(かみ)宇宙(うちう)万有(ばんいう)(たい)しての教化(けうくわ)(つかさど)(たま)ひけるが、015西(にし)(みや)(をしへ)意外(いぐわい)凡神(ぼんしん)(みみ)()(やす)く、016()(まこと)(まこと)として(みと)()るに(はん)して、017(ひがし)(みや)御教(みをしへ)範囲(はんゐ)広大(くわうだい)にして小事(せうじ)(かか)はらず、018万有(ばんいう)修理(しうり)固成(こせい)守護(しゆご)なれば、019いづれも凡神(ぼんしん)(みみ)()(がた)く、020(つひ)には配下(はいか)神々(かみがみ)(なか)よりも反抗者(はんかうしや)(あらは)(きた)りて、021顕津男(あきつを)(かみ)をなやまし(まつ)(こと)一再(いつさい)ならざりける。022顕津男(あきつを)(かみ)(おもて)個神(こしん)(さと)()べき西(にし)(みや)(をしへ)唱導(しやうだう)し、023聰明(そうめい)なる神人(しんじん)(たい)しては天下(てんか)経綸(けいりん)大業(たいげふ)()(あか)したまへば、024(その)苦心(くしん)(また)一方(ひとかた)ならざりき。
025 顕津男(あきつを)(かみ)高地秀(たかちほ)(みね)(のぼ)御代(みよ)(なげ)きつつ、026御声(みこゑ)さへも湿(しめ)らせて三十一(みそひと)文字(もじ)言霊(ことたま)()らせたまふ。027(その)(おん)(うた)
028(ひむがし)(そら)より(かがや)天津陽(あまつひ)
029西(にし)(かたむ)神代(みよ)なりにけり
030ふき(すさ)(しこ)(あらし)をなごめむと
031幾年(いくとせ)(われ)はなやみたりしよ
032大神(おほかみ)神旨(みむね)にそむくよしもなく
033()きいさちつつ永久(とは)につとむる
034よしあしの真言(まこと)のもとを白浪(しらなみ)
035(ただよ)()こそ(さみ)しかりけり
036厳御霊(いづみたま)西(にし)宮居(みやゐ)御教(みをしへ)
037凡神(ただがみ)(たち)(みみ)()るなり
038(ひむがし)(みや)(をしへ)凡神(ただがみ)
039(さと)(がた)きぞ惟神(かむながら)なる
040大宇宙(だいうちう)(あらは)()でし(むかし)より
041(いま)(くる)しき(われ)なりにけり
042(なが)()経綸(しぐみ)()めに(くる)しみて
043()きいさちつつ(いま)(およ)べり
044八十(やそ)比女(ひめ)(われ)()たせれば凡神(ただがみ)
045経綸(しぐみ)()らず言挙(ことあ)げなすも
046八十(やそ)比女(ひめ)御樋代(みひしろ)なくば如何(いか)にして
047(この)天界(てんかい)をひらき()べきや
048()(かみ)神言(みこと)かしこみ凡神(ただがみ)
049(あざけ)(そし)りに(しの)びつつ()
050永久(とこしへ)神国(みくに)()つる(いしずゑ)
051国魂神(くにたまがみ)()むより(ほか)なし
052ももさらふ(かに)(よこ)さの(みち)もある
053神代(かみよ)(われ)正道(まさみち)をゆく
054(おほい)なる真言(まこと)(みち)凡神(ただがみ)
055()()(がた)(うべな)(がた)
056千万(ちよろづ)(こころ)くだきて高地秀(たかちほ)
057(みや)朝夕(あさゆふ)(つか)へまつるも
058万世(よろづよ)(すゑ)(すゑ)までわが(たま)
059若返(わかがへ)りつつ()()めいそしむ
060凡神(ただがみ)には西(にし)(みち)()賢神(さかしかみ)
061(ひがし)(みち)()くはせわしも
062わが()(ちか)(はべ)(つま)さへ()(かみ)
063真言(まこと)経綸(しぐみ)()らぬ(さび)しさ
064わが(ちか)(つか)ふる八人(やたり)比女神(ひめがみ)
065(なか)にも(われ)(さと)らぬ(かみ)あり
066凡神(ただがみ)(こころ)(やみ)(じやう)じつつ
067(しこ)曲霊(まがひ)はかき(まは)すなり
068一日(ひとひ)だも(はら)ひの言葉(ことば)()らざれば
069(たちま)(みだ)れむ(この)天界(てんかい)
070さしのぼる天津(あまつ)日光(ひかげ)時折(ときをり)
071黒雲(くろくも)つつむと(おも)ひて(しの)ぶも
072経緯(たてよこ)(かみ)経綸(しぐみ)()らずして
073さわぎ(まは)るも凡神(ただがみ)(むれ)
074()()ぐるまでは(こころ)をゆるめじと
075(おも)ひつ(つら)我身(わがみ)なりけり
076(はて)しなき(この)天界(てんかい)(をさ)めむと
077(こころ)矢竹(やたけ)にはやる(われ)なり
078まことにも大中小(だいちうせう)差別(けぢめ)あり
079凡神(ただがみ)(だい)なる真言(まこと)()らず
080上根(じやうこん)御魂(みたま)(かみ)(あら)ざれば
081わが()真言(まこと)はみとめ()られじ
082中根(ちうこん)(かみ)はわが()経綸(しぐみ)をば
083言葉(ことば)(かしま)しくさやぎ(まは)るも
084さりながら(さと)せば(うべな)中根(ちうこん)
085みたまは(われ)(ちから)なりけり
086上根(じやうこん)御魂(みたま)(すくな)中根(ちうこん)
087御魂(みたま)もあまり(おほ)からぬ神代(みよ)
088うようよと下根(げこん)のみたまはびこりて
089わが()(みち)にさやるうるささ
090うるさしと()ひて()てなば凡神(ただがみ)
091(やす)きを(まも)(みち)()たなく
092愛善(あいぜん)真言(まこと)(こころ)ふりおこし
093朝夕(あしたゆふべ)をいそしむ(われ)
094(たま)()(いのち)()せむと(おも)ふまで
095幾度(いくたび)(われ)(こころ)をなやめし
096曲津(まがつ)みたまを真言(まこと)(たま)(よみがへ)
097(さづ)けむとする(われ)(くる)しも
098()(かみ)至純(しじゆん)至粋(しすゐ)言霊(ことたま)
099()れし世界(せかい)もくもるうたてさ
100朝夕(あさゆふ)妖邪(えうじや)空気(くうき)(はら)はねば
101この天国(てんごく)暗世(やみよ)とならむ
102大神(おほかみ)神言(みこと)かしこみ大宮(おほみや)
103(たま)(ほこ)との(ひかり)(まも)らむ
104わが()には左守(さもり)右守(うもり)(かみ)もなく
105(ひと)(さび)しく()(ひら)くなり
106比女神(ひめがみ)数多(あまた)あれども(いま)すぐに
107(ちから)とならむ(たね)のすくなき
108御祭(みまつり)(つか)へまつらむ(ひま)もなく
109(われ)神国(みくに)をかけ(めぐ)りつつ
110(かみ)まつる(つかさ)(かみ)(さは)あれど
111わが神業(かむわざ)(たす)くる(すべ)なし
112直接(ちよくせつ)のわが神業(かむわざ)(たす)()
113(かみ)()でまし()つぞ(ひさ)しき
114(おに)大蛇(をろち)醜女(しこめ)探女(さぐめ)()(つき)
115むらがり(おこ)りて(みち)にさやれり
116(はて)しなき紫微(しび)天界(てんかい)神業(かむわざ)
117(つか)へて朝夕(あさゆふ)身魂(みたま)(くだ)きつ
118久方(ひさかた)(あめ)道立男(みちたつを)(かみ)
119(をしへ)()かしてなやむ(われ)なり
120(この)(くに)真言(まこと)(みち)()(かみ)
121十柱(とはしら)あらば(われ)はなやまじ
122()(かみ)朝夕(あしたゆふべ)(いの)れども
123つぎつぎおこる(しこ)のたけびよ
124高地秀(たかちほ)尾上(をのへ)如何(いか)(たか)くとも
125わが(くる)しみに(およ)ばざるべし
126()(かみ)(つく)りたまひし天国(てんごく)
127(つかさ)今日(けふ)より(われ)(なげ)かじ』
128 ()くの(ごと)顕津男(あきつを)(かみ)(きも)むかふ(こころ)(ほこ)をとり(なほ)し、129(だい)勇猛心(ゆうまうしん)発揮(はつき)し、130国向(くにむ)けの(ほこ)をとらし(たま)ひ、131大善(たいぜん)(みち)(すす)ませ(たま)ひぬ。
132(つみ)(けが)()しと(おも)へる天国(てんごく)
133(しこ)仇雲(あだぐも)たつぞ(あや)しき
134惟神(かむながら)真言(まこと)(みち)をふみしめて
135邪神(じやしん)(すさ)()(われ)()たむ』
136昭和八・一〇・一〇 旧八・二一 於水明閣 加藤明子謹録)