第二〇章 善悪(ぜんあく)不測(ふそく)〔二七〇〕

001 国祖(こくそ)国治立(くにはるたちの)(みこと)002豊国姫(とよくにひめの)(みこと)二柱(ふたはしら)は、003千座(ちくら)置戸(おきど)()ひて、004()(くに)005(そこ)(くに)()退隠(たいいん)(あそ)ばす(こと)となり、006大慈(だいじ)大悲(だいひ)御心(みこころ)は、007神界(しんかい)008現界(げんかい)(まさ)(きた)らむとする大惨害(だいさんがい)座視(ざし)するに(しの)びず、009(しば)らく天教山(てんけうざん)および地教山(ちけうざん)()(しの)び、010野立彦(のだちひこの)(かみ)011野立姫(のだちひめの)(かみ)改名(かいめい)し、012(しん)013(げん)二界(にかい)前途(ぜんと)見定(みさだ)め、
014『ここに(つき)御柱(みはしら)(かみ)015(あめ)御柱(みはしら)(かみ)016(くに)御柱(みはしら)(かみ)降臨(かうりん)ありて、017修理(しうり)固成(こせい)神業(しんげふ)(やや)その(しよ)()きたれば、018われは(これ)より(すす)みて幽界(いうかい)修理(しうり)固成(こせい)し、019(よろづ)身魂(みたま)天国(てんごく)(すく)はむ』
020と、021夫婦(ふうふ)二神(にしん)(あひ)(たづさ)へて、022さしも(はげ)しき天教山(てんけうざん)噴火口(ふんくわこう)()(とう)じ、023大地(だいち)中心(ちうしん)火球界(くわきうかい)なる根底(ねそこ)(くに)落行(おちゆ)(たま)ひ、024野立姫(のだちひめの)(みこと)は、025これより(わか)れて、026その西南隅(せいなんぐう)なる地汐(ちげき)世界(せかい)()らせ(たま)ひける。
027 至仁(しじん)至愛(しあい)至誠(しせい)至実(しじつ)身魂(みたま)は、028いかなる烈火(れつくわ)(なか)も、029その身魂(みたま)(そこな)ふこと()く、030いかなる濁流(だくりう)(ただよ)ふも、031その身魂(みたま)(けが)(おぼ)るること()きは、032(まつた)く『(まこと)(ちから)()(すく)ふ』の宣伝歌(せんでんか)実証(じつしよう)なり。033その身魂(みたま)偉大(ゐだい)にして無限(むげん)(ちから)あるときは、034心中(しんちう)一切(いつさい)混濁(こんだく)溟濛(めいもう)なる貪瞋痴(どんしんち)悪毒(あくどく)なければ、035悪心(あくしん)ここに消滅(せうめつ)して、036烈火(れつくわ)(また)清涼(せいりやう)(かぜ)となるなり。
037 野立彦(のだちひこの)(かみ)038野立姫(のだちひめの)(かみ)は、039さしも(はげ)しき噴火口(ふんくわこう)を、040初秋(しよしう)涼風(りやうふう)()かるるがごとき心地(ここち)して、041悠々(いういう)として根底(ねそこ)(くに)(おもむ)かせ(たま)ひぬ。042たとへば(のみ)や、043()や、044(しらみ)のごとき小虫(こむし)は、045敷島(しきしま)』の煙草(たばこ)吸殻(すひがら)にも、046その全身(ぜんしん)()かれて、047苦悶(くもん)すと(いへど)も、048野良(のら)(をとこ)()(おな)煙草(たばこ)吸殻(すひがら)(てのひら)()せて()()へながら、049()(かふ)(あつ)さを(すこ)しも(かん)ぜざるが(ごと)し。050(さん)(さい)童子(どうじ)五貫目(ごくわんめ)荷物(にもつ)()はしむれば、051非常(ひじやう)(くる)しむと(いへど)も、052壮年(さうねん)男子(だんし)(これ)指先(ゆびさき)にて(なん)()もなく取扱(とりあつか)ふがごとく、053すべての辛苦(しんく)艱難(かんなん)なるものは、054自己(じこ)身魂(みたま)強弱(きやうじやく)()るものなり。055(つみ)(ふか)人間(にんげん)火中(くわちう)(とう)ずるや、056(かぎ)りなき(くる)しみに(もだ)えながら、057その()(やぶ)(つひ)には()かれて(はひ)となるに(いた)る。058されど巨大(きよだい)なる動物(どうぶつ)ありて(ひと)()()()()片足(かたあし)(つめ)(さき)にて()()し、059(なん)(かん)じも()きがごとく、060神格(しんかく)偉大(ゐだい)にして、061神徳(しんとく)無辺(むへん)なる淤能碁呂(おのころ)(じま)()本体(ほんたい)ともいふべき野立彦(のだちひこの)(かみ)062野立姫(のだちひめの)(かみ)においては、063()()一端(いつたん)ともいふべき天教山(てんけうざん)烈火(れつくわ)(なか)(とう)(たま)ふは、064易々(いい)たるの(わざ)なるべし。
065 智慧(ちゑ)(くら)く、066(ちから)(よわ)人間(にんげん)は、067どうしても偉大(ゐだい)なる(かみ)(すく)ひを(もと)めねば、068到底(たうてい)自力(じりき)(もつ)()()(をか)せる身魂(みたま)(つみ)(つぐな)ふことは不可能(ふかのう)なり。069(ゆゑ)(ひと)(ただ)070(かみ)(しん)じ、071(かみ)(したが)成可(なるべ)(ぜん)(おこな)ひ、072(あく)退(しりぞ)(もつ)天地(てんち)経綸(けいりん)司宰者(しさいしや)たるべき本分(ほんぶん)(つく)すべきなり。073西哲(せいてつ)(げん)にいふ、
074(かみ)(みづか)(たす)くるものを(たす)く』
075と。076(しか)り。077されど()有限(いうげん)(てき)にして、078人間(にんげん)たるもの到底(たうてい)絶対(ぜつたい)(てき)身魂(みたま)永遠(ゑいゑん)(てき)幸福(かうふく)()()すことは不可能(ふかのう)なり。079(ひと)(ひと)つの善事(ぜんじ)()さむとすれば、080(かなら)ずやそれに(ばい)するの悪事(あくじ)不知(しらず)不識(しらず)()しつつあるなり。081(ゆゑ)人生(じんせい)には絶対(ぜつたい)(てき)(ぜん)()ければ、082また絶対(ぜつたい)(てき)(あく)()し。083(ぜん)(ちう)(あく)あり、084(あく)(ちう)(ぜん)あり、085(すゐ)(ちう)()あり、086(くわ)(ちう)(すゐ)あり、087(いん)(ちう)(やう)あり、088(やう)(ちう)(いん)あり、089陰陽(いんやう)善悪(ぜんあく)(あひ)(こん)じ、090美醜(びしう)明暗(めいあん)相交(あひまじ)はりて、091宇宙(うちう)一切(いつさい)完成(くわんせい)するものなり。092(ゆゑ)(ある)一派(いつぱ)宗派(しうは)(とな)ふる(ごと)善悪(ぜんあく)(しん)区別(くべつ)は、093人間(にんげん)(おろか)094(かみ)(いへど)(これ)正確(せいかく)判別(はんべつ)(たま)ふことは出来(でき)ざるべし。
095 如何(いかん)とならば(かみ)万物(ばんぶつ)(つく)(たま)ふに(さい)し、096霊力体(れいりよくたい)三大元(さんだいげん)(もつ)(これ)創造(さうざう)(たま)ふ。097(れい)とは(ぜん)にして、098(たい)とは(あく)なり。099(しか)して霊体(れいたい)より発生(はつせい)する(ちから)は、100これ善悪(ぜんあく)混淆(こんかう)なり。101(これ)宇宙(うちう)(ちから)といひ、102(また)神力(しんりき)(しよう)し、103(かみ)威徳(みいづ)()ふ。104(ゆゑ)善悪(ぜんあく)不二(ふじ)にして、105美醜(びしう)一如(いちによ)たるは、106宇宙(うちう)真相(しんさう)なり。
107 (おも)(にご)れるものは()となり、108(かる)(きよ)きものは(てん)となる。109(しか)るに大空(たいくう)のみにては、110一切(いつさい)万物(ばんぶつ)発育(はついく)するの場所(ばしよ)なく、111また大地(だいち)のみにては、112正神(せいしん)空気(くうき)吸収(きふしう)すること(あた)はず、113天地(てんち)合体(がつたい)114陰陽(いんやう)相和(あひわ)して、115宇宙(うちう)一切(いつさい)永遠(ゑいゑん)保持(ほぢ)さるるなり。116また善悪(ぜんあく)()117(しよ)118()によりて(ぜん)(あく)となり、119(あく)もまた(ぜん)となることあり。120(じつ)善悪(ぜんあく)標準(へうじゆん)複雑(ふくざつ)にして、121容易(ようい)人心(じんしん)小智(せうち)判知(はんち)すべき(かぎ)りにあらず。122(ゆゑ)善悪(ぜんあく)審判(しんぱん)は、123宇宙(うちう)大元霊(だいげんれい)たる大神(おほかみ)のみ、124()権限(けんげん)(いう)(たま)ひ、125吾人(ごじん)はすべての善悪(ぜんあく)審判(しんぱん)するの資格(しかく)絶対(ぜつたい)()きものなり。
126 (みだり)(ひと)審判(さばく)は、127大神(おほかみ)職権(しよくけん)(をか)すものにして、128僣越(せんえつ)(かぎ)りと()ふべし。
129 唯々(ただただ)(ひと)()()(あく)(あらた)め、130(ぜん)(うつ)ることのみを(かんが)へ、131(けつ)して他人(たにん)審判(さばき)()()資格(しかく)()きものなることを(かんが)ふべきなり。
132 (われ)(あい)するもの(かなら)ずしも善人(ぜんにん)(あら)ず、133(われ)(くる)しむるもの(かなら)ずしも悪人(あくにん)ならずとせば、134唯々(ただただ)吾人(ごじん)は、135善悪(ぜんあく)愛憎(あいぞう)(ほか)超然(てうぜん)として、136惟神(かむながら)(みち)遵奉(じゆんぽう)するより(ほか)()しと()るべし。
137 アヽ惟神(かむながら)(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)
138 録者(ろくしや)いはく、139虚偽(きよぎ)虚飾(きよしよく)生活(せいかつ)(とら)はれたる現代(げんだい)人士(じんし)は、140()一節(いつせつ)(つまづ)くの(おそれ)あれば(とく)熟読(じゆくどく)玩味(ぐわんみ)することを(えう)す』
141大正一一・一・二〇 旧大正一〇・一二・二三 外山豊二録)
142(第一三章~第二〇章 昭和一〇・二・九 於那智丸船中 王仁校正)