霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二章 皇道の本義

インフォメーション
題名:第2章 皇道の本義 著者:出口王仁三郎
ページ:53
概要: 備考: タグ: データ凡例:2017/9/19校正。 データ最終更新日:2017-11-24 23:03:21 文字数:2987 OBC :B121801c11
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]:神霊界 > 大正8年4月15日号(第84号) > 皇道我観(二)
 世俗往々にして、我々(われわれ)の宣伝する皇道(こうだう)を目(もく)して、現代の所謂(いはゆる)十三派の神道(しんだう)宗教(しうけう)と同一視し、以(もつ)て神聖なる皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)の御遺訓を奉釈(ほうしやく)する皇道大本と、宗教との根本的解釈に迷へる者(もの)多きは、実(じつ)に斯道(しだう)の為(ため)に慨嘆(がいたん)禁ずる能(あた)はざる所なり。吾人(ごじん)は茲(ここ)に、皇道と神道(しんだう)との区別を略述し、世(よ)の誤解を解き、我(わが)国体(こくたい)の精華(せいくわ)を根元的に明瞭ならしむるの、最大急要事(きふえうじ)たるを自覚する者なり。
 皇道の本義は、畏(かしこ)くも万世一系の皇統を継承し給ひて、日本(にほん)神国(しんこく)に君臨し、地球上に於(お)ける、主(しゆ)、師(し)、親(しん)の三徳を具備し給(たま)ふ、天津(あまつ)日継(ひつぎ)天皇(てんわう)が天下を安国(やすくに)と平(たひら)けく知食(しろしめ)し給(たま)ふ、乾霊授国(けんれいじゆこく)の御本旨を達(たつ)し給(たま)ふ。御経綸(ごけいりん)の神法(しんぽふ)神則(しんそく)を、皇道(くわうだう)と称(とな)ヘ奉(まつ)るなり。然(しか)り而(しか)して、綾部(あやべ)の皇道大本は、皇祖皇宗の御遺訓を、皇国固有の言霊学(げんれいがく)の上より、将又(はたまた)大本開祖二十七年間の、神諭の御精神より真解を施(ほどこ)し、我(わが)国民(こくみん)をして、皇道の大本を知悉(ちしつ)せしめむとする、惟神(がむながら)の霊府(れいふ)にして、直(ただ)ちに皇道実現実行の、首府と謂(い)はむは非なり。如何(いか)んとならば、皇道の御実現御実行なる神業(しんげふ)は、畏(かしこ)くも一天万乗(いつてんばんじよう)の至尊の御天職に在(ま)し坐(ま)すが故なり。我(わが)臣民(しんみん)たるものは、只々(ただただ)皇道の大精神、大本元(だいほんげん)を会得し、以(もつ)て上御一人(かみごいちにん)の御天職を忝(かたじけ)なみ、神国(しんこく)臣民(しんみん)たるの本分を尽(つく)し、神(かみ)と皇上(くわうじやう)との洪恩(こうおん)に報(むく)い、天津(あまつ)誠(まこと)の神教(しんけう)を遵奉(じゆんぽう)し、麻柱(あななひ)の大道(だいだう)を守(まも)り、忠良の臣民と成(な)るの心掛けを、片時(へんじ)も忘却すべからざるなり。要(えう)するに皇道とは、畏(かしこ)くも天津(あまつ)日継(ひつぎ)天皇(てんわう)が天下を治め給(たま)ふ、御政道(ごせいだう)の意義にして、皇道大本は其(その)意義の大本(たいほん)を根本的に奉釈(ほうしやく)し、天下万民をして、皇国(くわうこく)国体の尊厳無比なる真理を了得せしめ、忠孝両全の日本(やまと)魂(だましひ)を涵養(かんやう)し、練磨せしめむとする教庭(けうてい)なり。
 謹(つつし)んで皇道の根本(こんぽん)、皇祖の御遺訓、皇典古事記の内容を按(あん)ずるに、古事記上巻、
 『是(これ)を以(もつ)て白(まを)したまふ随(まにま)に、日子番能(ひこほの)邇々芸命(ににぎのみこと)に詔科(おほ)せて、此(かく)の豊葦原(とよあしはら)水穂国(みづほのくに)(全地球の総称)は、汝知(いまししら)さむ国なりと言依(ことよさ)し賜(たま)ふ。故(かれ)命(みこと)の随(まにま)に天降(あまくだ)りますべしと詔(のり)たまひき。
爾(ここ)に日子番能(ひこほの)邇々芸命(ににぎのみこと)、天降(あまくだ)りまさむとする時(とき)に、天(あめ)の八衢(やちまた)に居(ゐ)て、上(かみ)は高天原(たかあまはら)を光(てら)し、下(しも)は葦原(あしはら)の中津(なかつ)国(くに)を光(てら)す神是(ここ)に有(あ)り。故爾(かれここ)に天照大御神、高木の神の命(みこと)以(も)ちて、天之宇受売(あめのうづめの)神(かみ)に詔(の)りたまはく、汝(いまし)は手弱女(たわやめ)なれども伊向(いむか)ふ神(かみ)と面勝神(おもかつかみ)なり。故(かれ)専(もつぱ)ら汝(いまし)往(ゆ)きて問(と)はむは、吾(あ)が御子(みこ)の天降(あまくだ)りまさむとする道を、誰ぞ如此(かく)て居(を)ると問へと詔(の)りたまひき。故(かれ)問(と)はせ賜(たま)ふ時(とき)に答(こた)へ白(まを)さく。僕(あれ)は国つ神、名(な)は猿田毘古(さるたひこの)神(かみ)なり。出(い)で居(を)る所以(ゆえ)は天津神(あまつかみ)の御子(みこ)天降(あまくだ)りますと聞(き)きつる故(ゆゑ)に、御前(みまへ)に仕(つか)へ奉(まつ)らむとして参向(まゐりむか)へ侍(はべ)るぞと白(まを)したまひき。爾(ここ)に天(あめ)の児屋命(こやねのみこと)、布刀玉命(ふとだまのみこと)、天(あめ)の宇受売命(うづめのみこと)、伊斯許理度売(いしこりどめの)命(みこと)、玉(たま)の祖命(みおやのみこと)、併(あは)せて五伴緒(いつともを)を支(くま)り加(くは)へて天降(あまくだ)りまさしめたまひき』
 以上古事記の御遺訓は、万世一系の天津(あまつ)日継(ひつぎ)天皇が、世界万国を平(たひら)けく安(やす)らけく知召(しろしめ)させ給(たま)ふ、天理(教育(けういく))人道(政治(せいぢ))の要義、即ち皇道の大本源を示し給へる神勅(しんちよく)にして、幽遠微妙(いうゑんびめう)の神理あり。普通文章的の解釈にては、容易に其(そ)の内容の本義を窺知(きち)[*底本ではルビは「きうち」だが「きち」の間違いであろう]する事難(かた)く、偏(ひとへ)に我(わが)皇国に幸(さちは)ひ助(たす)け、天照(あまて)り生(い)ける、言霊(ことたま)の真解に依(よ)らざる可(べか)らざる神文(しんもん)なり。
 古今(ここん)の大学者、大哲人と唱(とな)へらるる輩(はい)は、上文(じやうぶん)の天降(あまくだ)ります段を以(もつ)て、空中(くうちう)より地上へ降(くだ)らせ給ひしと解説し、或(あるひ)は亜細亜大陸より渡来の意義ならむなど、誤解したるは、実(じつ)に憫笑(びんせう)の至りならずや。実(じつ)に天津日継の御皇統は、世界人類発生以来、根本的に日本国(につぽんこく)に、弥(いや)栄(さか)えに栄(さか)え在(ま)し坐(ま)す事実は、皇典古事記の御内容を闡明(せんめい)し、実地(じつち)を踏査する時(とき)は、最(もつと)も明確に、判明する事(こと)を得(う)るなり。何(いづ)れも皆(みな)天津日継天皇が、天祖(てんそ)天照大御神の御神勅に依(よ)り、世界御経綸(ごげいりん)の要旨を、明示し玉ヘる神文(しんぶん)なり。次に、
『於是(ここに)其(そ)の祷(を)ぎし八尺曲玉(やさかのまがたま)、鏡、及草薙劔(くさなぎのつるぎ)、亦(また)常世(とこよ)の思兼神(おもひかねのかみ)、手力男神(たぢからをのかみ)、天(あま)の岩門別神(いはとわけのかみ)を副(そ)へ玉ひて詔(の)り玉ひつらくは
此(こ)の鏡は専(もつぱ)ら我(あが)魂(みたま)として吾(あ)が御前(みまへ)を拝(いつ)くが如(ごと)、斎(いつ)き奉(まつ)りたまヘ。次に、思金神(をもひかねのかみ)は御前(みまへ)の事を取持(とりも)ちて為政(まをし)たまヘと詔(の)りたまひき。
此(こ)の二柱(ふたはしら)の神(かみ)は、さくくしろ、五十鈴(いすず)の宮(みや)に、拝(いつ)き奉(まつ)る。次に登由宇気神(とようけのかみ)、此(こ)は外宮(とつみや)の度相(わたらひ)に坐(ま)す神なり。次に天之石門別(あまのいはとわけの)神(かみ)、亦(また)の名(な)は櫛石窓神(くしいはまどのかみ)、亦(また)の名(な)は豊石窓神(とよいはまどのかみ)とも謂(まを)す。此(こ)の神は御門神(みかどのかみ)なり。次に手力男神は佐那県(さなあがた)に坐(ま)せり』下略(しもりやくす)
 以上の御本文に由(よ)るも、皇道の国家経綸(けいりん)を、運用する大基本を示し給へるを知(し)る可(べ)く、其(そ)の大要を奉解(ほうかい)せば、
(一)思兼神(おもひかねのかみ)の本質は、天理(教育)と人道(政治)の本末(ほんまつ)を、正(ただ)しく結び定むる活用を保有し玉ひ、
(二)佐久々斯侶伊須受能宮(さくくしろいすづのみや)と謂(い)ふは、皇祖皇宗の御神勅を稟(う)け奉(まつ)りて、天津日継の重要なる経綸を、結び定むる神庭(しんてい)の意義なり。
(三)登由宇気神(とようけのかみ)と謂(い)ふは、天賦(てんぷ)の国の徳性と、人の徳性の本末(ほんまつ)を糺(ただ)す、活用を保有し給(たま)ふ意義なり。
(四)坐外宮之度相神(とつみやのわたらひにふすかみ)也(なり)と謂(い)ふは、国家人心(じんしん)安穏に、天賦(てんぷ)の国土(こくど)を経綸(けいりん)して、子孫益々(ますます)栄え、天賦(てんぷ)の人の徳性を顕現せしむる活用を、保有し玉ふ地(ち)なる事(こと)を謂(い)ふなり。
(五)天之石門別神(あまのいはとわけのかみ)と謂(い)ふは、世界各国に、国魂(くにたま)相当の分限を守らしむる活用の謂(いひ)なり。
(六)櫛石窓神(くしいはまどのかみ)と謂(い)ふは、世界各国が等(ひと)しく、異(ことな)れる国魂(くにたま)の大造化力の機関たる、活用を保有する事(こと)を顕(あら)はす意義なり。
(七)豊石窓神(とよいはまどのかみ)と謂(い)ふは、天賦の国土の天職と、人の天職を明亮(めいりやう)にして、世(よ)の活用を司(つかさど)る機関、即ち天地経綸(けいりん)の司宰者(しさいしや)たる、人生の本義を保(たも)たしむる活用の意義なり。
(八)御門神(みかどのかみ)と謂(い)ふは、天賦に保有せる気界及(およ)び動植物(どうしよくぶつ)等(とう)の適当なる運用を定(さだ)め、天賦の国家経綸の活用を司(つかさど)らしむる神業(しんげふ)の意義なり。
(九)手力男神(たぢからをのかみ)と謂(い)ふは、世界を籠(こ)め結ぶる所の、智力を保(たも)ち給(たま)ふ意義なり。
(十)佐那県座(さなあがたにまします)也(なり)と謂(い)ふは、人が天賦に生(うま)れ出(いで)たる、各自の国土を経綸する、性質を保ち居(を)る意義にして、各国ともに国魂(くにたま)相応の天賦に順(したが)ひたる、世の活用を結び定むる事の神文(しんもん)なり。
 斯(か)くの如く広大にして深遠なる、厳粛なる、国家経綸の神業(しんげふ)を総称して、皇道とは謂(い)ふなり。即ち皇道とは、天津日継(ひつぎ)の教育と天津日継の経綸を統(す)ベ玉ひて、天下を平(たひら)かに治め玉ふ、惟神の大道(だいだう)なり。
 斯(こ)の皇道、即ち惟神の大道(だいだう)を実行し玉ふ時代には、国に天災地変(てんさいちへん)無く、人畜(じんちく)に病災無く、政争跡(あと)を絶(た)ち戦乱起(おこ)らず、人に盗欲の心無く、生活に困難を来(きた)さず、社会的の不平も無く、生死(しやうし)往来の真理は、実(じつ)に日月(じつげつ)の如く明(あきら)かなるが故(ゆゑ)に、男女老幼共(とも)に、各自天賦の霊能を発揮して、人生の天職を全(まつた)うし、各天賦の幸福を楽(たのし)みて、天国の生活を為(な)すに到らば、是(こ)れ皇道実現の神世(しんせい)なり、極楽の世界なり、天之岩戸開きなり、五六七(みろく)の大神(おほかみ)出現の世なり。彼(か)の孔夫子(こうふし)が『天下道(みち)あれば、即ち礼楽(れいがく)征伐(せいばつ)天子(てんし)より出(い)づ。(中略)天下道(みち)あれば、即ち庶人(しよにん)議せず』と言ヘるは実に至言(しげん)なりと雖(いへど)も、憐(あはれ)むベき哉(かな)、彼等(かれら)の国体は言(い)ふ可(べ)くして、実行し得(え)られざる国体なるが故に、徒(いたづ)らに治乱(ちらん)興廃(こうはい)を繰返(くりかへ)しつつ、其(その)理想の出現し、且(か)つ成功せし事未(いま)だ例なし。其(その)所以(ゆゑん)は、地球即ち全世界を統轄する天職を帯(むす)ばせ玉へる、天子(てんし)即ち天皇は、日本皇国より外(ほか)には在(をは)し坐(まさ)ざるが故なり。
 実に斯(こ)の尊厳なる皇道を実現して、世界の師範と成り玉ふべき天皇の御鴻業(ごこうげふ)を、国民一致赤誠(せきせい)を以(もつ)て輔翼(ほよく)し奉(まつ)り、皇運を宇内(うだい)に発揚し奉(まつ)るは、皇国の国体なり矣(い)、畏(おそ)れ多(おほ)くも皇道の実現実行の御天職は、上御一人(かみごいちにん)に在(あ)らせられ、又日本臣民の一大努力を要すベき重大責任たるなり。是(これ)即ち天祐(てんいう)を保全し、万世一系の皇統を保ちて、世界を統轄するを天職と成し給(たま)ふ所以(ゆえん)にして、天皇の自(みづか)ら主宰し給(たま)ふ国家経綸を、皇道と称し奉(まつ)る所以(ゆゑん)なり。
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