霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 古事記の事ども

インフォメーション
題名:第5章 古事記の事ども 著者:出口王仁三郎
ページ:220
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2016-11-28 06:20:13 文字数:4652 OBC :B121801c30
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]:神霊界 > 大正7年11月15日号(第74号) > 古事記の事ども
○神聖(しんせい)なる皇祖(くわうそ)の御(ご)遺(ゐ)訓(くん)、皇典(くわうてん)古事記(こじき)は、畏(おそ)れ多(おほ)くも天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇(てんわう)の御(ご)天職(てんしょく)を示(しめ)させ給(たま)ふもの也(なり)。今(いま)謹(つつし)んで一二の例証(れいしょう)を挙(あ)げ奉(まつ)れば、古事記(こじき)中巻(ちうくわん)に曰(いは)く、
(一) 神沼河耳命。坐葛城高岡宮。治天下也。(後世綏靖天皇と奉称す。)
(二) 師木津日子玉手見命。坐井塩浮穴宮。治天下也。(後世安寧天皇と奉称す。)
古事記(こじき)下巻(げくわん)の終(をは)りに、
(三) 豊御飯炊屋比売命。坐小治田宮。治天下三十三歳。(後世推古天皇と奉称す。)
即(すなは)ち我(わ)が大(だい)日本(にっぽん)国(こく)天皇(てんわう)は、天下を治め給ふを以(もっ)て唯(ゆゐ)一神聖(しんせい)なる御(ご)天職(てんしょく)と為(な)し給(たま)ふ。誠(まこと)に尊(たふと)く惶(かしこ)き極(きは)みなり。
○万世(ばんせい)一系(けい)。是(こ)れ実(じつ)に言(い)ふべくして甚(はなは)だ行(おこな)はれ難(がた)き事(こと)に属(ぞく)す。然(しか)り而(しか)して我(わ)が至尊(しそん)の御(ご)皇室(くわうしつ)に於(おい)てのみ、厳然(げんぜん)として弥(いや)益々(ますます)栄(さか)えさせ給(たま)ふ。誠(まこと)に『国(くに)ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠(くわうゑん)ニ徳(とく)ヲ樹ツ(た)ルコト深厚(しんこう)ナリ』との玄理(げんり)の秘奥(ひあう)、讃嘆(さんたん)するに余(あま)りあり。然(しか)るに天下を治むる天職(てんしょく)を帯(お)び給(たま)ふ万世(ばんせい)一系(けい)の皇統(くわうとう)在坐(ざいざ)す我(わが)日本(にっぽん)国(こく)の現状(げんじゃう)は、抑(そも)そも如何(いかん)、大本(おほもと)開祖(かいそ)の神訓(しんくん)に曰(いは)く、
 『日本(にっぽん)の人民(じんみん)は、上(かみ)も下(しも)もみな、外国(ぐわいこく)の教(をしへ)が良(い)いと申(まう)して、外国(ぐわいこく)のまねばかりを致(いた)して、開(ひら)けた国(くに)ぢゃと申(まう)し、我己主義(われよし)の経綸(やりかた)致(いた)し、人(ひと)が死(し)なうが倒(たふ)れやうが、少(ちっ)とも構(かま)はず、サツパリ獣類(けもの)の精神(せいしん)に成(な)りて了(しま)ふてをるから、此(こ)れでは国(くに)は亡滅(つぶ)れるより仕様(しやう)はないぞよ。日本(にっぽん)の人民(じんみん)は、神(かみ)の直系(ぢきぢき)の霊能(みたま)を天賦(もろ)うて居(を)りて、外国(ぐわいこく)人(じん)よりも惨(むご)い悪(あく)のやりかた致(いた)して居(を)るが、其(そ)れでは神国(しんこく)の神民(しんみん)とは申(まう)されんぞよ。云々(うんぬん)』
 嗚呼(ああ)大(だい)日本(にっぽん)国(こく)神民(しんみん)たるもの、感奮(かんふん)興起(こうき)、以(もっ)て大(おほい)に神勅(しんちょく)に奉答(ほうたふ)するところ無(な)くして可(か)ならんや。
○畏(おそ)れ多(おほ)くも万世(ばんせい)一系(けい)の皇統(くわうとう)を保有(ほいう)し給(たま)ふ天津(あまつ)日継(ひつぎ)大正(たいしゃう)天皇(てんわう)陛下(へいか)は、忠良(ちうりゃう)なる臣民(しんみん)の協翼(けふよく)に倚(よ)らせ給(たま)ひて、全(ぜん)世界(せかい)を統(とう)一経綸(けいりん)し給(たま)ふべき時機(じき)に到着(たうちゃく)あらせ給(たま)ふにも拘(かかは)らず、国民(こくみん)長夜(ちゃうや)の迷夢(めいむ)は依然(いぜん)として醒(さ)めず、一切(さい)万事(ばんじ)暗中(あんちう)模索(もさく)、根底(こんてい)の国(くに)の惨状(さんじゃう)を呈露(ていろ)せり。今(いま)の時(とき)に於(おい)て、日本人(にっぽんじん)を死地(しち)に救(すく)ひ、其(そ)の天賦(てんぷ)神聖(しんせい)の大(だい)使命(しめい)を遂行(すゐかう)せしむるの道(みち)は、皇祖(くわうそ)の御(ご)遺(ゐ)訓(くん)皇典(くわうてん)古事記(こじき)の真義を研究(けんきう)することと、大本(おほもと)開祖(かいそ)の神訓(しんくん)を奉体(ほうたい)する事(こと)との外(ほか)に之(こ)れ有(あ)る可(べ)からず。
○万世(ばんせい)一系(けい)の御(ご)皇統(くわうとう)は、是(こ)れ実(じつ)に天下(てんか)を治(をさ)むる天職(てんしょく)を帯(お)び給(たま)ふが故(ゆゑ)なること、皇祖(くわうそ)の御(ご)遺(ゐ)訓(くん)に明瞭(めいれう)なり。神聖(しんせい)なる皇祖(くわうそ)の御(ご)遺(ゐ)訓(くん)は天下(てんか)を治(をさ)むる皇道(くわうだう)を示(しめ)し給(たま)ふものにして、之(これ)を八咫鏡(やあたかがみ)と申(まう)し奉(まつ)る。即(すなは)ち皇典(くわうてん)古事記(こじき)の真義(しんぎ)にして、畏(おそ)れ多(おほ)くも天津(あまつ)日継(ひつぎ)天皇(てんわう)の学(まな)ばせ給(たま)ふべき天皇(てんわう)学(がく)たる也(なり)。即(すなは)ち天下(てんか)統治(とうぢ)の唯(ゆゐ)一無(む)二の御(ご)教典(けうてん)たり。諦(たい)に聴(き)き奉(まつ)れ、神聖(しんせい)なる皇祖(くわうそ)の御(ご)遺(ゐ)訓(くん)皇典(くわうてん)古事記(こじき)の真義(しんぎ)は、実(じつ)に国家(こくか)経綸(けいりん)の根本(こんぽん)要義(えうぎ)也(なり)。故(ゆゑ)に皇宗(くわうそう)天武(てんむ)天皇(てんわう)は皇典(くわうてん)古事記(こじき)を以(もっ)て『邦(はう)家(か)之(の)経緯(けいゐ)』と詔(の)り給(たま)ふ。是(こ)れ即(すなは)ち国家(こくか)経綸(けいりん)の要義(えうぎ)に非(あら)ずして何(なん)ぞや。『王化(わうくわ)之鴻基(こうき)』と詔(の)り給(たま)ふ。是(こ)れ即(すなは)ち皇運(くわううん)発展(はってん)の基本(きほん)ならずして何(なん)ぞや。即(すなは)ち吾人(ごじん)は古事記(こじき)の真(しん)研究(けんきう)を以(もっ)て我(わ)が国体(こくたい)の精華(とくしつ)を発揮(はっき)し、大本(おほもと)神諭(しんゆ)の骨髄(こつずゐ)を闡明(せんめい)すべき唯(ゆゐ)一無(む)二の根本義(こんぽんぎ)なる事(こと)を絶叫(せっけう)する所以(ゆゑん)也(なり)。
○吾等(われら)は日本人(にっぽんじん)也(なり)。皇祖(くわうそ)の御(ご)遺(ゐ)訓(くん)、皇宗(くわうそう)の御(ご)遺(ゐ)詔(せう)並(なら)びに開祖(かいそ)の垂訓(すゐくん)を、絶対(ぜったい)に信仰(しんかう)し奉(まつ)る。而(しか)して皇典(くわうてん)古事記(こじき)の秘蔵(ひざう)されたる真義(しんぎ)なるものは、我(わが)皇国(くわうこく)独特(どくとく)なる神代(かみよ)より幸(さきは)ひ助(たす)け、天(あま)照(て)ると謂(ま)ふす言霊(ことたま)の妙用(めうよう)によりて、始(はじ)めて闡明(せんめい)し奉(まつ)ることを得(え)たり。これ憂国(いうこく)慨世(がいせ)、思神(ししん)、思君(しくん)、思民(しみん)の誠意(せいい)に対(たい)する、天恵(てんけい)自覚(じかく)の賜(たまもの)なりと信(しん)じ奉(まつ)る也(なり)。
我(わ)が国民(こくみん)の特(とく)に猛省(まうせい)注意(ちうい)を要(えう)するところのものあり。曰(いは)く、
(一) 古今(ここん)の国学者(こくがくしゃ)は皇典(くわうてん)古事記(こじき)の釈義(しゃくぎ)を根本的(こんぽんてき)に誤(あやま)れる事(こと)。
(二) 我(わ)が史学(しがく)研究者(けんきうしゃ)にして、往々(わうわう)国体(こくたい)の根本(こんぽん)を破壊(はくわい)する如(ごと)き異見(いけん)怪説(くわいせつ)を主張(しゅちゃう)するものある事(こと)。
 大正(たいしゃう)の日本(にっぽん)神皇(じんわう)国(こく)臣民(しんみん)は、此(こ)の学者(がくしゃ)輩(はい)の誤謬(ごべう)を根本(こんぽん)より排斥(はいせき)して、御(ご)国体(こくたい)の精華(せいくわ)を研究(けんきう)し、祖先(そせん)の遺風(ゐふう)を顕彰(けんしゃう)せざる可(べ)からず。
○皇典(くわうてん)古事記(こじき)が天津(あまつ)日継(ひつぎ)天皇(てんわう)の御(ご)天職(てんしょく)と、大(だい)日本(にっぽん)神皇(じんわう)国(こく)の天職(てんしょく)を示(しめ)し給(たま)ふ御(ご)遺(ゐ)訓(くん)なる事(こと)は、その序文(じょぶん)に於(おい)て明白(めいはく)なり。今(いま)謹(つつし)んで左(さ)に録(ろく)し奉(まつ)る。
   皇宗天武天皇の御詔勅
 朕聞。諸家之所賚。帝紀及本辞。既違正実。多加虚偽。当今之時。不改其手。未経幾年。其旨欲滅。斯乃邦家之経緯。王化之鴻基焉。故推撰録帝紀。対格旧辞。削偽完実。欲流後葉。
以上(いじゃう)の御(ご)詔旨(せうし)を克(よ)く拝承(はいしょう)し奉(まつ)る時(とき)は、皇典(くわうてん)古事記(こじき)は神聖(しんせい)なる皇祖(くわうそ)の御(ご)遺(ゐ)訓(くん)に坐(まし)ますこと、一点(てん)の疑義(ぎぎ)を挟(はさ)む余地(よち)無(な)きに至(いた)る也(なり)。然(しか)も其(そ)の『今(いま)の時(とき)に当(あた)りて其(そ)の失(しつ)を改(あらた)めざれば幾年(いくねん)を経(へ)ずして其(その)旨(むね)滅(ほろ)びむと欲(ほっ)す』と宣言(せんげん)されたるは、現代(げんだい)の危局(ききょく)に立(た)てる日本人(にっぽんじん)の頭上(づじゃう)に、大(だい)鉄槌(てっつゐ)を加(くは)へられたるの感(かん)無(な)きを得(う)る乎(か)。
 皇典(くわうてん)古事記(こじき)の解釈(かいしゃく)は、古今(ここん)の学者(がくしゃ)の如(ごと)く文章(ぶんしゃう)の上(うへ)より、或(ある)ひは文字(もじ)の意義(いぎ)によりて解釈(かいしゃく)すべきものにあらざる事(こと)は、古事記(こじき)を撰録(せんろく)せし大(たい)安(あん)万(まん)侶(りょ)氏(し)が、特(とく)に其(そ)の序文(じょぶん)に注意(ちうい)を表記(へうき)せるを以(もっ)て確実(かくじつ)なる証左(しょうさ)とす可(べ)き也(なり)。
   詔臣安万侶。撰録稗田阿礼所誦之勅語旧辞以献上者。
謹随詔旨。子細採摭。然上古之時。言意並朴。敷文構句。於字即難。已田訓述者。詞不逮心。全以音連者。事趣更長。是以今或一句之中。交用音訓。或一句之内。全以訓録。即辞理區見以注明。
 この注意(ちうい)は実(じつ)に斯学(しがく)研究者(けんきうしゃ)の最大(さいだい)深重(しんちゃう)の着眼点(ちゃくがんてん)たり。然(しか)るに古今(ここん)の学者(がくしゃ)は此(こ)の点(てん)に就(つ)いて一向(かう)留意(りうい)するもの無(な)く、全然(ぜんぜん)文章(ぶんしゃう)的(てき)に解釈(かいしゃく)し、勝手(かって)次第(しだい)なる見解(けんかい)を下(くだ)して牽強(けんきゃう)附会(ふくわい)の臆説(おくせつ)を作為(さくゐ)し、以(もっ)て之(これ)を天下(てんか)に流布(るふ)したるが為(た)めに、現今(げんこん)の学人(がくじん)をして五里(り)霧中(むちう)に迷(まよ)はしむるに至(いた)れり。本居(もとをり)氏(し)の古事記(こじき)伝(でん)の如(ごと)き、平田(ひらた)氏(し)の古史(こし)伝(でん)の如(ごと)き、誤解(ごかい)謬見(べうけん)の最(もっと)も大(だい)なるもの也(なり)。之(これ)によりて御(ご)国体(こくたい)の本義(ほんぎ)を闡明(せんめい)し、皇運(くわううん)を扶翼(ふよく)し奉(まつ)り、世界(せかい)を治(をさ)むる経綸(けいりん)の大道(だいだう)を発見(はっけん)せむとする事(こと)は、木(き)によりて魚(うを)を求(もと)むるよりも尚(な)ほ至難(しなん)の業(わざ)なり。古今(ここん)の学者(がくしゃ)が滔々(たうたう)として、何(いづ)れも其(そ)の研究(けんきう)着手(ちゃくしゅ)の方針(はうしん)を誤(あやま)り来(きた)りたるは、撰録(せんろく)者(しゃ)太安(たいあん)万侶(まんりょ)氏(し)の注意(ちうい)を無視(むし)したるの結果(けっくわ)なり。殊(こと)に本居(もとをり)宣長(のぶなが)氏(し)の如(ごと)きは、古訓(こくん)に注意(ちうい)したるが、却(かへ)って大(だい)なる誤(あやま)りを伝(つた)へたり。古事記(こじき)の初(はじ)めに『高天原(たかあまはら)』をタカマノハラと訓(くん)を附(ふ)したる、是(こ)れ大(だい)なる根本(こんぽん)誤解(ごかい)なり。高天原(たかあまはら)はタカアマハラと訓(よ)むべき也(なり)。特(とく)に太安(たいあん)万侶(まんりょ)氏(し)が『訓高下天云阿麻。』と称(しょう)し居(を)れるを無視(むし)せるが為(ため)也(なり)。又(また)三種(しゅ)神器(しんき)の第(だい)一なる八咫鏡(やあたかがみ)を、ヤタカガミと訓(くん)したるは大(だい)なる誤(あやま)りなり。ヤアタ鏡(かがみ)と訓(よ)むが正当(せいたう)なり。『訓八咫云八阿多。』と特(とく)に注意(ちうい)せられあるを以(もっ)て也(なり)。此等(これら)は一見(けん)して何(いづ)れに解(かい)するとも、格別(かくべつ)の支障(ししゃう)無(な)きが如(ごと)くなれども、神聖(しんせい)なる皇祖(くわうそ)の御(ご)遺(ゐ)訓(くん)として、撰録(せんろく)者(しゃ)の意志(いし)を厳正(げんせい)に研究(けんきう)する時(とき)は、『あ』の一言(ごん)の有無(うむ)は、解義上(かいぎじゃう)に於(おい)て極(きは)めて重大(ぢうだい)なる関係(くわんけい)を起(おこ)すもの也(なり)。シカモ如斯(かくのごとき)誤訓(ごくん)は古事記(こじき)全篇(ぜんぺん)を通(つう)じて非常(ひじゃう)に多(おほ)く、誠(まこと)に慨嘆(がいたん)の外(ほか)無(な)きなり。吾人(ごじん)は敢(あへ)て斯道(しだう)に尽(つく)されたる先輩(せんぱい)偉人(ゐじん)を非難(ひなん)せんとするものに非(あら)ず。ただ今日(こんにち)の大機(たいき)に当(あた)り、日本(にっぽん)神民(しんみん)非常(ひじゃう)の覚悟(かくご)を要(えう)するの時(とき)に際(さい)したるを以(もっ)て、モハヤ徒(いたづ)らに固陋(ころう)の謬見(べうけん)に囚(とら)はれて、守株(しゅしゅ)待兎(たいと)の迂(う)を繰返(くりかへ)すを許(ゆる)すべからず。故(ゆゑ)に聊(いささ)か苦言(くげん)を述(の)ぶるの已(や)むを得(え)ざるに出(い)でしのみ。
○聖代(せいだい)の大(おほ)御代(みよ)は、古事記(こじき)一巻(くわん)に愚(たた)み込(こ)まれたる一切(さい)の秘奥(ひあう)の啓示(けいじ)せられ、一切(さい)の経綸(けいりん)の実現(じっし)すべきの時(とき)なり。則(すなは)ち時運(じうん)到来(たうらい)せるが故(ゆゑ)に、茲(ここ)に大本(おほもと)開祖(かいそ)の神訓(しんくん)宣揚(せんやう)となり、又(また)大(だい)日本(にっぽん)国(こく)に幸(さきは)ひ助(たす)け天(あま)照(て)り玉(たま)ふ言霊(ことたま)の稜威(みゐづ)によりて、皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)の御(ご)遺(ゐ)訓(くん)を闡明(せんめい)し奉(まつ)る事(こと)を得(え)たるなり。古来(こらい)未(いま)だ皇運(くわううん)発展(はってん)の時運(じうん)到(いた)らざりし時代(じだい)に於(お)ける学者(がくしゃ)が、御(ご)国体(こくたい)の真義(しんぎ)を知(し)り得(え)ざりしは、当然(たうぜん)の事(こと)どもなりとすべし。故(ゆゑ)に古今(ここん)学者(がくしゃ)の態度(たいど)は、皇典(くわうてん)古事記(こじき)を不可(ふか)解(かい)視(し)して敬遠(けいゑん)主義(しゅぎ)を執(と)り得(ゐ)たる也(なり)。それは何(なに)も時節(じせつ)に決(けっ)して責(せ)むべきにあらざらんも、心得(こころえ)難(がた)きは近来(きんらい)泰西(たいせい)の学術(がくじゅつ)に心酔(しんすゐ)せる輩(はい)の、我(わ)が御(ご)国体(こくたい)の根本(こんぽん)を破壊(はくわい)せんとする如(ごと)き妄見(まうけん)愚説(ぐせつ)を固執(こしつ)して、恥(はぢ)とも思(おも)はざる事(こと)也(なり)。不(ふ)敬(けい)不(ふ)忠(ちう)不(ふ)義(ぎ)の国賊(こくぞく)的(てき)学者(がくしゃ)の輩出(はいしゅつ)するは、洪嘆(こうたん)の至(いた)り也(なり)。
○彼等(かれら)盲目(まうもく)学者(がくしゃ)、不敬(ふけい)不忠(ふちう)不義(ふぎ)漢(かん)の主張(しゅちゃう)する所(ところ)によれば、高天原(たかあまはら)は中央(ちうあう)亜細亜(あじあ)に在(あ)りと謂(い)ひ、或(ある)ひは中央(ちうあう)政府(せいふ)の事(こと)なりと謂(い)ひ、或(ある)ひはアルメニヤなりと云(い)ひ、大和(やまと)高(たか)市(いち)郡(ぐん)にありと云(い)ひ、或(ある)ひはギリシヤに在(あ)りと謂(い)ひ、或(ある)ひは高千穂(たかちほ)峰(みね)なりと云(い)ひ、或(ある)ひは常陸(ひたち)の国(くに)に在(あ)りなどと称(しょう)し、又(また)は我(わ)が皇祖(くわうそ)は海外(かいぐわい)より渡来(とらい)せしとか、野蛮(やばん)人種(じんしゅ)なりとか、殊(こと)に甚(はなは)だしきは皇祖(くわうそ)の御(ご)遺(ゐ)訓(くん)を撰録(せんろく)せしめ給(たま)ひたる天武(てんむ)天皇(てんわう)を非難(ひなん)し奉(まつ)りて、遂(つひ)には古事記(こじき)を以(もっ)て、天皇(てんわう)が己(おの)れの非行(ひかう)を隠蔽(いんぺい)せんが為(た)めに、殊(こと)更(さら)に偽作(ぎさく)し玉(たま)へるものなりとさへ称(しょう)するものあり。嗚呼(ああ)これ何(なん)たる不敬(ふけい)不忠(ふちう)の暴言(ぼうごん)ぞや。如斯(かくのごとき)学者(がくしゃ)は、眼中(がんちう)国体(こくたい)無(な)く御(ご)皇室(くわうしつ)無(な)く、人面(じんめん)獣心(じうしん)の徒(と)にして、不倶(ふぐ)戴天(たいてん)の国賊(こくぞく)なるが、その国賊(こくぞく)が日本(にっぽん)神国(しんこく)上下(じゃうげ)に散在(さんざい)して国家(こくか)に害毒(がいどく)を流(なが)しつつあるの実状(じつじゃう)に想到(さうたう)し、之(これ)を見(み)之(これ)を聞(き)くものも敢(あへ)て憤(いきどほり)を発(はっ)するものさへ無(な)き現下(げんか)の状勢(じゃうせい)に考(かんが)へては、心(こころ)あるの士(し)をして実(じつ)に慄然(りつぜん)たらざるを得(え)ざらしむるに非(あら)ずや。
○神人(しんじん)一致(ち)、之(これ)を天津(あまつ)誠(まこと)の道(みち)と謂(い)ひ、又(また)之(これ)を人道(じんだう)と謂(い)ふ。これ大(だい)日本(にっぽん)神皇(じんわう)国(こく)政治(せいぢ)の根本(こんぽん)義(ぎ)なり。『神(かみ)は万物(ばんぶつ)普遍(ふへん)の霊(れい)にして人(ひと)は天地(てんち)経綸(けいりん)の司宰(しさい)なり』この神理(しんり)と運用(うんよう)を説明(せつめい)し給(たま)ふは、神聖(しんせい)なる皇祖(くわうそ)の御(ご)遺(ゐ)訓(くん)並(なら)びに大本(おほもと)開祖(かいそ)の神訓(しんくん)也(なり)。
○皇典(くわうてん)古事記(こじき)の御(ご)真義(しんぎ)は、神聖(しんせい)なる天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇(てんわう)の御(ご)天職(てんしょく)を掌(つかさど)り玉(たま)ふ御(ご)統治(とうぢ)の洪範(こうはん)を示(しめ)し給(たま)ふものにして、神聖(しんせい)なる大(だい)日本(にっぽん)皇道(くわうだう)(大本(おほもと)の教(をしへ))なり。神聖(しんせい)なる天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇(てんわう)学(がく)なり。古来(こらい)王道(わうだう)覇道(はだう)と称(しょう)し、近来(きんらい)は帝国(ていこく)主義(しゅぎ)、社会(しゃくわい)主義(しゅぎ)、民主(みんしゅ)主義(しゅぎ)、民本(みんぼん)主義(しゅぎ)、自由(じいう)主義(しゅぎ)、個人(こじん)主義(しゅぎ)、共産(きょうさん)主義(しゅぎ)、世界(せかい)主義(しゅぎ)等(など)と称(しょう)するものありて、古来(こらい)の賢哲(けんてつ)英雄(えいゆう)思想(しさう)家(か)等(とう)が各々(おのおの)理想(りさう)とせる国家(こくか)経綸(けいりん)の形式(けいしき)を採用(さいよう)実行(じっかう)し居(を)れるが、国家(こくか)経綸(けいりん)の最(さい)要義(えうぎ)たる真(しん)の治国(ちこく)安民(あんみん)の実(じつ)を挙(あ)げ得(え)たるもの、一として之(こ)れ無(な)きは、古今(ここん)の史乗(しじょう)に之(これ)を証(しょう)するところ也(なり)。是(こ)れ抑(そもそ)も何(なん)に由(よ)って然(しか)る乎(か)と云(い)ふに、其(そ)の経綸(けいりん)の根本(こんぽん)に二大(だい)欠陥(けっかん)あるを以(もっ)て也(なり)。
(一) 人生根本義の不明。
     即(すなは)ち人類(じんるゐ)は現(げん)世界(せかい)に如何(いか)なる使命(しめい)を帯(お)び、如何(いか)なる必要(ひつえう)ありて生(うま)るるものなる乎(か)。
(二) 天地間組織経綸の不明
     天地(てんち)創造(さうざう)の因縁(いんねん)、天地(てんち)間(かん)の活動(くわつどう)的(てき)経綸(けいりん)と人間(にんげん)との関係(くわんけい)如何(いかん)。
 この二大(だい)根本義(こんぽんぎ)は、古来(こらい)の聖賢(せいけん)学者(がくしゃ)等(ら)が惨憺(さんたん)たる苦心(くしん)を重(かさ)ねて解釈(かいしゃく)を試(こころ)みんとしたる処(ところ)なれども、終(つひ)に一の合格(がふかく)者(しゃ)をも出(だ)さざりき。既(すで)に其(そ)の二大(だい)根本義(こんぽんぎ)の真義(しんぎ)を究(きは)むる能(あた)はざるが故(ゆゑ)に、今日(こんにち)各国(かくこく)に見(み)る通(とほ)りの武装(ぶさう)的(てき)平和(へいわ)の似而(にせ)非(ひ)文明(ぶんめい)を現象(げんしゃう)し来(きた)りたる也(なり)。
○神(かみ)は万物(ばんぶつ)普遍(ふへん)の霊(れい)也(なり)。神(かん)とは何(なん)ぞや。神の性質、神の本体、神の活用、此(こ)の神(かみ)の性質(せいしつ)を知(し)らずしては治国(ちこく)安民(あんみん)の要道(えうだう)たる国家(こくか)経綸(けいりん)の根本(こんぽん)要義(えうぎ)を知(し)る可(べ)からず。抑(そもそ)も神(かみ)は万物(ばんいう)活動(くわつどう)の根源(こんげん)なり。即(すなは)ち天地(てんち)運転(うんてん)の大(だい)より原子(げんし)微分(びぶん)の小(せう)に至(いた)るまで、皆(みな)悉(ことごと)く神(かみ)の活用(くわつよう)なり。神の性質は、各(おのおの)天賦(てんぷ)の形本(けいたい)と名(めい)性(しょう)[*底本では字が薄くて読めないため「性」にした]とに因(よ)りて、各(かく)特質(とくしつ)的(てき)本能(ほんのう)を表明(へうめい)し給(たま)ふなり。古来(こらい)未(いま)だ其(そ)の真(しん)の意義(いぎ)を闡明(せんめい)したるもの無(な)し。神の本体は畏(かしこ)くも我(わが)御(ご)皇祖(くわうそ)天之(あめの)御(み)中主(なかぬしの)大神(おほかみ)なり。即(すなは)ち畏(かしこ)くも此(こ)の御(ご)皇祖(くわうそ)より天照(あまてらす)大(おほ)御(み)神(かみ)、御(ご)皇宗(くわうそう)正勝(まさか)吾(あ)勝(かつ)勝(かち)速日(はやひ)天之(あめの)忽穂(をこほ)耳(みみの)命(みこと)より、万世(ばんせい)一系(けい)御(ご)皇統(くわうとう)を継承(けいしょう)し給(たま)ひたる御(ご)歴代(れきだい)の天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇(てんわう)より現代(げんだい)の現人神(あらひとがみ)陛下(へいか)が畏(おそ)れ多(おほ)くも霊機(れいき)活如(くわつにょ)たる神(かみ)の御(ご)本体(ほんたい)にましますなり。是(こ)れ即(すなは)ち万世(ばんせい)一系(けい)の御(ご)皇統(くわうとう)を保有(ほいう)し給(たま)ふ所以(ゆゑん)也(なり)。皇祖(くわうそ)天照(あまてらす)大御神(おほかみ)が、是(これ)は専(もっぱ)ら吾(あが)御魂(みたま)として吾(あが)前(まへ)を拝(いつ)くが如(ごと)く政(まつりごと)を為(な)せと詔(の)り給(たま)ひて、御(ご)皇孫(くわうそん)日(ひ)子(こ)番(ほ)能(の)邇(に)々(に)芸(ぎの)命(みこと)に授(さづ)け給(たま)ひたる八咫鏡(やあたかがみ)と草那(くさな)芸(ぎ)剣(つるぎ)を保(たも)ち給(たま)ひて、天下(てんか)を治(をさ)むる御(ご)天職(てんしょく)を遂行(すゐかう)し給(たま)ふ時運(じうん)の到来(たうらい)を待(ま)ち給(たま)へる所以(ゆゑん)也(なり)。然(しか)り而(しか)うして此(こ)の八咫(やあた)の御鏡(みかがみ)は実(じつ)に神聖(しんせい)なる皇祖(くわうそ)の御(ご)遺(ゐ)訓(くん)の御(おん)事(こと)なり。此(こ)の御(ご)遺(ゐ)訓(くん)は畏(おそ)れ多(おほ)くも皇宗(くわうそう)天武(てんむ)天皇(てんわう)の『斯乃邦家之経緯、王化鴻基焉』として撰録(せんろく)せしめ給(たま)ひたる皇典(くわうてん)古事記(こじき)なることは、大(だい)日本(にっぽん)国(こく)に幸(さき)はひ助(たす)け天(あま)照(で)り給(たま)ふ言霊(ことたま)の活用(くわつよう)によりて、明(あきら)かに伺(うかが)ひ奉(まつ)るを得(う)べき也(なり)。即(すなは)ち皇典(くわうてん)古事記(こじき)には神々(かみがみ)の御(ご)性質(せいしつ)、天賦(てんぷ)の本能(ほんのう)、天地(てんち)の組織(そしき)、経綸(けいりん)の順序(じゅんじょ)を説(と)き明(あ)かし給(たま)へるものにて、天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇(てんわう)が天下(てんか)を治(おさ)め給(たま)ふ御(ご)天職(てんしょく)の御(ご)次(し)第(だい)書(がき)に坐(おは)すなり。
   (大正七年十一月十五日)
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