霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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王子の里

インフォメーション
題名:07 王子の里 著者:出口和明
ページ:244 目次メモ:
概要:久の娘ふじが亡くなる。澄の奉公先の旅館に稲妻お光が泊まる。澄は姉・琴の嫁入り先の栗山家(篠村王子)に奉公へ。琴の息子・平太郎の子守りをする。 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-05-06 05:32:34 OBC :B138904c07
0001 八木に落ちついた澄は、0002久姉の長女のふじをおぶって毎日八木の町を歩いた。0003福知山の米屋の子も久姉の子ふじも、0004二人とも両手に白い包帯を巻きつけたままだ。0005なぜうちの守りする子ばかりが……と澄は悲しかった。0006が、0007いくばくもなく、0008ふじがハヤクサという病気にかかり、0009一夜のうちに急逝した。0010明治二十五年五月八日のことであった。
0011 長わずらいに痛められぬ急な死のためか、0012ふじの死顔は生きているようにあどけなかった。0013まる二年に満たぬはかない命であったが、0014夫婦の心にその不幸な指はどれだけ深い影を落としていただろう。0015「何も知らずに幼女のままで逝ったのは、0016ふじのためには幸せだったかも知れぬ」と夫婦は悲嘆のうちに慰め合わねばならなかった。0017それだけにいっそう哀れでいとしくて、0018久は冷たくなったふじの亡骸を抱きしめたまま、0019朝まで離さなかった。
0020 久はすでに次の子を宿していた。0021働き者の夫婦は、0022悲しみを忘れるためにも一段と稼ぎに打ちこんだが、0023ふじの死で子守の用がなくなった澄にも無駄飯を食わせてはおけなかった。
0024 澄は晴れた日には山へ松落葉かき、0025雨の日は縄ないなどに小さいながらに精一杯働いたが、0026一家の食事は粗末になるばかりであった。
0027 次の子の出産をひかえた夫婦の当面の関心はすべて貯蓄で、0028夜なべ仕事が終わると夫婦で金の算用をし、0029貯蓄する物と家計で消費する物とに二分して、0030家の入用は切りつめる上にも切りつめていたからである。
0031 ある夜、0032ふっと目ざめた澄は、0033隣室での夫婦の寝物語を聞くともなく聞いた。
0034「のう、0035お久や、0036わしらはともかく、0037育ち盛りのお澄にだけは、0038しっかり飯を食べさしてやってくれいよ。0039あの子の眼を見とってみい、0040頼もしい眼をしとるわい。0041末にお澄はどんな子になるかのう」
0042 何か姉のあいずちをうつ言葉が続いたが、0043澄の耳には、0044義兄の言葉が繰り返し木霊のように響いた。0045どんな御馳走よりも兄姉の情愛が嬉しく、0046胸が熱くなるのだった。
0047 やがて澄は久姉が嫁ぐ前に奉公していた桝屋旅館に忙しい一時だけ臨時の子守り奉公に行くことになった。0048ほんの僅かの間だけだったが――。
0049 麦が黄色くさざ波をうつ五月の末頃であった。
0050 澄は背におうた桝屋の主人の子をあやしながら、0051町はずれの街道まで出て行った。0052と、0053向こうから夫婦連れのお遍路さんがやってくる。0054菅笠に白の手甲脚絆・白衣に草鞋ばきのお定まりの巡礼姿だが、0055ただ変わっているのは、0056紫縮緬の頭巾で顔を隠した女の方が市松人形をおぶっていることであった。0057その人形には、0058その頃まだ珍重されている毛糸で編んだきれいな着物が着せてあった。
0059 澄はまじまじと人形を見上げながら、0060遍路の後をついて歩いた。0061町にはいると、0062二人は鈴をふりふり御詠歌をうたい、0063戸ごとにお地蔵さんの札を配って歩いた。0064町の子供や女たちまで、0065珍しがって寄ってくる。0066澄がそっと手をのばして人形の着物に触れ、0067ちょっとひっぱって見ると「さわってはいけません」と女がきつく東京弁でたしなめ、0068連れの男も鋭い眼で振り返った。
0069 女は言葉をやわらげて、0070澄に聞いた。
0071「お嬢ちゃん、0072八木に良い宿はありませんか」
0073 叱られたと思ってうつむいた澄が、0074お嬢ちゃんと呼びかけられて、0075いっぺんに赤くなった。0076それに宿の所在を聞かれたことが、0077何よりも嬉しかった。
0078「宿なら知っとるで。0079八木では、0080桝屋が一番やな。0081うち、0082そこの奉公人やさかい……」 澄が力をこめて答え、0083枡屋への道順を念入りに教えた。0084女遍路は「町をひとわたり廻ったら、0085夕方には必ず泊めてもらいます」ときれいな声で約束してくれた。
0086 澄はとんで帰って番頭に誇らしげにそれを告げ、0087二階のわりに上等な部屋に決めてもらって、0088せっせとそこを掃除した。
0089 夕陽が山の端に傾くと、0090待ち遠しくて幾度も表まで見に行った。0091遍路夫婦の姿があらわれたのは、0092もう行燈のともる頃であった。0093澄はいそいそと二階の部屋に案内し、0094「うちにお給仕さしとくれや」と係りの女中に頼み、0095夕食の膳を運んで行儀良く給仕した。
0096 男の方はむっつりと黙り込んで、0097愛想がなかった。0098女は飯に箸をつけ、0099ふと顔を上げた。
0100「ここに奈良漬はありませんか」
0101「向かいのお店にあるさかい、0102うち、0103走って買うてきます」
0104 澄は向かいの店から急いで奈良漬を買ってき、0105板前さんに小綺麗に皿に盛りつけてもらって運んだ。
0106 男はもう食事をすましたようで、0107澄と入れ違いに出ていった。0108厠にでも立ったのだろうと澄は別に気にもとめなかった。0109女はきらりと光る金歯を見せて、0110奈良漬を音を立ててかみ切ると、0111気がついたように白い財布から十銭銀貨を取り出し、0112手早く紙に包んで澄に渡した。
0113「少ないけどおとり、0114はなです」
0115 はなの意味がすぐにわからなかったが、0116心付けとしてくれたものとのみこめた時、0117澄は驚きのあまり涙ぐんでいた。0118澄にとっては生まれて始めて手にした大金であった。
0119 ――綾部に帰ったら母さんにあげよう。0120どんなに喜んでやろうとぎゅっと銀貨を握りしめた。
0121 夕食の膳を下げても、0122女が、0123「金さん」と呼んでいた男の方は帰ってこなかった。0124女遍路は所在なくてか、0125八木の町のことなど色々と澄に聞いた。0126澄は知るかぎりのことをはきはきと答え、0127二階の手摺から暗い山々に囲まれた八木の町を指さして教えた。0128澄の八木の知識などすぐ種切れになったが、0129いつまでも並んで立って、0130やさしい女遍路の相手をしたかった。
0131「お客さんあててみましょうか」
0132「何を……」
0133「なんでお遍路しとってか」
0134「え……」
0135「あのなあ、0136きっとおばさんは、0137赤ちゃん死なせちゃったんでっしゃろ。0138たった一人の可愛い赤ちゃんを……」
0139「……」
0140「そんで人形を負うてお寺を拝み歩いとったんやろ、0141赤ちゃんの後生のために……うち、0142ちゃんとわかっとるで……」
0143 女は濃いまつげをしばたたいて少し(すがめ)の眼を伏せ、0144苦しげに吐息をついた。
0145 ――やっぱりそうじゃった、0146と澄はうなずいて、0147淋しげな女遍路を慰めるつもりで躍起になった。
0148「久姉さんとこのおふじさんも、0149ついこないだ死んで、0150お墓に埋めてきたばっかりや。0151姉さんは、0152死んだおふじさんにかかもり(抱き)ついて、0153一晩泣き明かしちゃったで。0154それでもなあ、0155赤ちゃんは何も悪いことするひまがないさかい、0156死んだら天国へ昇るげなで」
0157 女の美しい顔に狼狽の色が走ったが、0158身をかわすようにすらりと立って、0159床の間に置いていた人形を抱いてきた。
0160「あんたはなんて素直な可愛い子でしょう。0161ごほうびに、0162あんたにお人形抱かせてあげましょう。0163とても重たいけど……気をつけてね」
0164 市松人形はほんとに重たかった。0165でも澄はただ夢中で人形を抱きしめ、0166頬ずりすると、0167肌に伝わる毛糸の感触を楽しんだ。
0168 可愛い人形、0169美しく、0170やさしく、0171淋しげな女遍路、0172もらった十銭銀貨――澄にとって終生忘れ得ぬ、0173夢のような宵であった。0174このまま何ごともなく過ぎてしまえば、0175清らかな子供の日の思い出として、0176いつまでも暖かく抱いていたであろうのに。
0177 それから四、0178五日後のことである。0179「一つとやあ……」とさびた声で歌いながら、0180町の辻に新聞売りが立った後であった。0181帳場では番頭を中にして女中たちが騒いでいたが、0182澄が通りかかると、0183番頭が大声で呼び止めた。
0184「お澄や、0185お前、0186どえらい客をひっぱりこんで来てくれたぞ。0187この前のお遍路夫婦はのう、0188はやり唄にもうたわれとる稲妻お光の世を忍ぶ姿やそうな。0189お前もまさか大盗人とは知らなんだんやさけ怒っても始まらんけど、0190この通りの大騒ぎじゃ。0191宿中しらべ歩いて、0192さいわい被害がのうてホッとしたとこやわい」
0193「嘘じゃ、0194盗人なんかじゃないでえ。0195死んだ赤ちゃんの身代わりにお人形さんおぶって……」
0196 大好きな女遍路のために澄がむきになって弁明すると、0197みなが笑い出した。
0198 番頭が言った。
0199「は、0200は、0201は……あんじょう騙されとるわい。0202その人形はのう……ほれ、0203この新聞にちゃんと書いてあるわい」
0204 番頭の読んでくれた新聞には次のような意味のことが書いてあった。
0205――世間をこの頃騒がせている女白浪の稲妻お光は、0206お遍路夫婦に化けて八木から京都に向かったが、0207桂にかかった所で待ちかまえていた巡査にはさみ打ちにされた。0208男はつかまったが、0209女は桂川にとびこみ、0210夜陰にまぎれてその名のように素早く遁走してしまった。0211警察に押収された市松人形の中には、0212匕首・ピストル・合鍵などの人殺しや泥棒の道具などがつめこんであった――。
0213 澄は蒼ざめ、0214体をふるわせながら、0215女中部屋にとびこんだ。0216着替えをくるんだ風呂敷の中に、0217お光にもらった十銭銀貨が宝物みたいに大切にしまいこんである。
0218「盗んだ金じゃ」
0219 澄はけがらわしげに銀貨をはねとばし、0220歯をくいしばった。0221口惜しかった。0222みんなの前で恥をかいたことよりも、0223信じていた大切な人に裏切られた悲しみが、0224鋭く心を刺していた。0225が、0226人形のことは勝手に自分が想像しただけで、0227お光がだましたわけではなかったと気づいた。0228そういえば、0229澄が道で人形にさわったときの金さんという男の鋭い眼、0230澄の言葉でみせたお光の狼狽の影、0231お光に抱かしてもらった人形の重く固い手ざわり。
0232 ――あれが人殺しや泥棒の道具入れなんて……。
0233 でも、0234あんなにやさしくしてくれたお光が根っからの大悪人だとは、0235どうしても信じられなかった。
0236 ――桂川にとびこんで、0237どこへ行っちゃったんやろ、0238冷たい川底に沈んじゃったか、0239それとも……。
0240 澄は聞き耳を立てた。0241多勢の巡査に追われ傷つきながら、0242いま頃、0243お光は何を考えているだろう。0244もし、0245澄を頼って桝屋に逃げ込んできたら……。
0246 それはばかげた想像だった。0247なのに、0248澄は一夜転々として眠れなかった。0249そっと障子を開いて、0250暗い外をうかがったりした。0251何故ともなくもう一度会いたかった。
0252 旅館の忙しい間が過ぎてしまうと、0253澄は久姉の家に戻った。
0254 姉の家の神棚の柱に、0255お光の配った地蔵の札が貼ってあった。0256お遍路さんが泥棒だったなどとは知らず、0257姉はおふじをなくした淋しさに朝夕お札を拝んでいた。0258澄はのど元まで出かかる声を押さえて黙っていた。0259自分の口から、0260お光の正体をあばきたくなかった。0261が、0262そのことで、0263澄は自分が善良な姉をだました大悪人になったようでつらかった。
0264 京から山陰街道を下るには、0265まず大枝山(おおえやま)(大江山)を越えねばならない。0266大枝山の峠が(おい)の坂で、0267昔は大枝の宿駅がもうけられていた。
0268 ここ老の坂を、0269衆多の人たちが丹波の国府から京の都へと貢の品々をかつぎ持ち、0270重い足をひきずって歩いたであろう。
0271 丈なす黒髪の才女、0272小式部内侍が、0273平安の宮中にあって、0274
0275大江山生野の道の遠ければ
0276まだふみもみず天の橋立
0277と詠じたのをはじめ、0278大枝山は多くの歌人の心をとらえた地でもあった。
0279 京の治安が乱れるにつれ、0280いつの頃からか丹波国大枝山一帯に巣くったあらけない盗賊の群れが出没し、0281老の坂を越さねばならぬ旅人たちを苦しめる。0282さらにそれが異形の配下を集めて城を作り、0283夜な夜な都の女子供をさらって酒をのみくらう悪鬼、0284〈大江山の酒呑(しゅてん)童子(どうじ)〉伝説を生む。
0285 旧峠の国境碑あたりに今も残る首塚は、0286源頼光によって退治された酒呑童子の首が火を噴きながら京へ向かって空をとび、0287途中ここへ落ちたという。0288また一説には、0289頼光が首ひっさげて京へ帰る途中、0290ふいに磐石の重みと化した首級に、0291やむを得ずここに放置したとも伝えられる(大江山を近江国伊吹山とする説と丹波説がある。0292丹波説は、0293さらに丹波・山城の境である老の坂説と、0294丹波・丹後の境である千丈ケ嶽説に分かれる)。
0295 足利尊氏は篠村八幡宮で近国の軍兵をつのり、0296源氏の白旗を旗立の柳になびかせ、0297甲冑に身を固めて馳せ参じた軍兵二万を従え、0298必勝の願文を捧げると、0299源家に伝わる天下取りの執念を馬上にむき出し、0300まず老の坂峠を六波羅への花道とする。
0301 さらに時は下る。0302怨恨から謀叛へといい知れぬ迷いと苦悩を解き放った亀山城主明智光秀が、0303「ときは今天が下知る五月哉」とすがすがしい決断を初老の面にきざみ、0304夜の大枝の峠、0305老の坂を踏み越えて行く。0306桂川で「敵は本能寺にあり」と桔梗の旗がさし示すのは、0307それから程なくである。
0308 こうして歴史を変え、0309その中でともに逆賊の汚名を録さねばならぬ英雄たちの運命の岐路となった地が、0310ここ老の坂であった。
0311 大枝山の西にひらける村、0312山城と丹波の国境篠村の、0313老の坂に接する大字が王子(現在は亀岡市篠町王子)で、0314その中ほど、0315山陰道に面して王子天満宮社がある。0316〈くらがりの宮〉と呼ばれ、0317樹木が鬱蒼と重なり合って京への行く手をはばみ、0318旅人たちは境内にそい、0319迂回しなければならなかった。0320後に社地を山陰道が走り、0321道の崖一面に杉の切株が残って、0322往時を偲ばせている。
0323 桜並木の続く街道の北は杉木立の崖で、0324鵜の川の流れる低地に田畑が作られ、0325正面は大枝山につらなる低い山々がせまり、0326遠くに丑松山や愛宕の峰が望めた。0327王子から老の坂に至る道筋には、0328まだ宿屋・小料理屋・茶店・牛宿(博労の宿で牛舎も備える)などが江戸時代の賑わいを残して立ち並んでいた。
0329 街道の南は小溝が流れ、0330田畑や農家や商家があったが、0331この王子天満宮の東、0332一軒おいて田を一枚へだてた隣に出口直の次女琴の嫁いだ栗山庄三郎の家があった。0333一抱えほどの大きな南天の木が二本、0334ちょうど門柱のように立っている間の石段を数段上がると、0335収穫時には籾干し場になる小庭に続く。0336くずや(わら)葺きの陋屋がそれで、0337土間・二畳の板の間・八畳・四畳半の狭い家であった。
0338 栗山庄三郎は、0339安政元(一八五四)年、0340奥村庄左衛門の次男として生まれ、0341叔父栗山平次郎の死により栗山家に入籍、0342家督を相続した。0343養家の栗山家はこの地方の旧家であり、0344栗山姓は軒並みあった。0345分家の端くれとはいえ、0346その跡取りにふさわしく、0347庄三郎は二十八歳になっても、0348おっとりした良いとこの(ぼん)というふうであった。
0349 琴が庄三郎と恋に落ちた時は、0350(ばん)という士族の経営する篠村の小料理屋の仲居をしていた。0351娘盛りの二十歳になった琴は、0352小麦色の肌に目鼻立ちのくっきりした(ひな)には稀な器量よしと評判で、0353しかも勝気な彼女のきりきりした働きぶりは他の朋輩に立ちまさっていた。
0354 栗山庄三郎が、0355この琴を見初めたとしても不思議はない。0356琴もまた色白でぼんぼんの庄三郎に幼い頃からの夢を賭けたのであろう、0357周囲の反対を押し切って庄三郎の胸に飛びこんでいった。0358明治十四年十月十七日、0359琴は栗山家に入籍している。
0360 嫁入った琴への風当たりは強かった。0361第一に、0362琴はどこからか飄然と流れてきた女である。0363王子では、0364他所者を極端にきらう傾向があるのに。0365第二に、0366琴は、0367持参金どころか嫁入り道具一つないのだ。0368しかも福知山の伯父の家をとび出して以来、0369まだ実家と音信をたつ家出娘である。0370第三に、0371封建的な村の慣習を無視した野合同然の恋愛結婚である。0372世慣れぬ男を色仕掛けで誘惑したととられても仕方がない。
0373 悪条件が三つ重なったのだ。0374周囲の目が琴に冷たいのも、0375自然のなりゆきであった。0376とりわけ奥村の義兄嫁もんは、0377仇の片割れのようにことごとに琴に辛くあたった。0378もんは矢田の旧家から来た女で、0379気位が高い上に性格が激しく、0380以前に姑が上まき池で入水自殺した時、0381「嫁にいじめ殺されたのだ」ともっぱらの噂であった。0382因縁話めくが、0383そのもんの孫がずっと後年、0384同じ上まき池で入水自殺している。
0385 どんなに周囲が茨ばかりでも、0386女はよりかかる只一つの男の厚い胸があればよい。0387それにいっとき安らぎ、0388息づいて、0389再び茨に耐え、0390生き抜く活力を得るのだから……。0391その意味では、0392琴はおのが一生を託すべき選択をあやまったようである。
0393 庄三郎は酒は一滴も飲めず、0394賭事もしないが、0395無類に気がいいばかりの村一番の甲斐性なしであった。0396しかも物に動じない暢気者で、0397「家がこけても動くまい」と言われた。0398こういうカップルにも激しい恋愛が生じ得たというのは、0399また人生の妙味であろう。
0400 だが庄三郎は、0401琴と一緒になるために親戚や村の者を説得した気力を、0402せっかく築いた二人の城を守ることに使おうとしない。0403琴という美しい獲物を射止めると、0404つぎの獲物に心を奪われていた。0405それは、0406大枝の山なみに巣くう猪・鹿・狐・狸・兎などの四つ足どもである。
0407 庄三郎は山にわずかな畑を持っていたので、0408朝早くから鍬と猟銃を持って山に出かけたが、0409鍬を持つ時間より猟銃を握る時間が遥かに多かった。0410遠く愛宕の山々へ獲物を追って出かけたきり、0411三月や半年帰ってこないこともざらである。
0412 本人はいっぱしの猟師きどりでいても、0413鉄砲打ちは下手くそという定評であった。0414数打った弾丸でたまに獲った猪や鹿も近くの野条で金にかえ、0415仲間を集めて、0416足が出るまで椀飯ぶるまいするのだった。
0417 これで生活の立ち行く道理はなかった。0418琴が結婚した翌年の明治十六年には大旱害があり、0419篠で七割、0420王子で六割の被害を受けたが、0421むろん栗山家とて例外でなかった。0422しかも、0423矢つぎばやに三人の子が生まれる。0424長女は生後間もなく死に、0425次女いしと長男平太郎が育った。0426しかし育った代償に、0427次々と田が人手に渡っていった。0428五反あった田も、0429ついには一反も残らなかった。
0430「あの流れもんの厄介者が庄三郎にくっついて、0431栗山の財産を食いつぶしくさったわい。0432ようけあった田も、0433一反残らずなくしてしもて」と、0434聞こえよがしに義兄嫁もんがふれ歩いている。
0435 自分の目で選んだ夫である。0436愚痴をこぼせばおのが敗北を認めることになる。0437勝気な琴は、0438それを何よりも恐れた。0439夫には一言の文句も言わず、0440冷たい世間の風に一人で身をさらし、0441繰り言いうひまがあれば体を動かして生活に立ち向かった。
0442 やがて琴は三反歩の田を借り、0443小作をした。0444篠村は農民の多い割に耕地の少ない土地柄なので、0445小作人たちは争って地主から土地を借りた。0446その結果、0447実に七〇%(大正元年の全国平均五五%)の非常な高率となる。0448特に米価の低い年の小作人の生活は惨憺たるものであった。
0449 女一人どれほど歯をくいしばって奮闘しても、0450三反の小作だけでは親子四人、0451半年すら食えないのだ。0452あとの半年の食いつなぎを、0453琴は米姉を真似て髪結いで稼いだ。0454糸引きで稼いだ。0455他家に臨時働きにも出た。0456向かいの山の材木運びも、0457石灰掘りもした。0458働き者の気質は出口家の伝統とはいえ、0459日焼けし節くれ立った手足にひっつめ髪、0460年よりふけたじみな着物で立ち働く琴の、0461たすきをはずした姿を見ることは稀であった。
0462 一家の生活を一人で支え、0463骨のまがるほど働きながら、0464ささいな落ち度にも親戚たちの悪意の陰口にいたぶられる。0465慰めてくれる者はおろか愚痴をこぼす相手さえない琴の神経は、0466内へ内へと食いこみ、0467血のにじむばかりにささくれ立っていた。
0468 ふとした機縁から、0469琴は金光教亀岡教会に救いを求め、0470熱心な信者になっていた。0471そこへ妹久、0472続いて姉米の発狂、0473さらに母まで狂ったとの知らせである。0474三度のお産にも産着一枚とどかぬほど貧しい実家を深く負い目に感じていたのに、0475「琴はんとこはどえらい気違い筋やそうなぞ」と、0476栗山の親戚たちの琴を見る目つきが、0477いっそう白く冷たくなった。
0478 義姉もんにどんなに皮肉をいわれても、0479返す言葉のあろうはずがない。0480琴は一日中だまりこむ日が多くなった。0481口を開けば叫び出しそうであった。0482おのれにも流れていよう気違いの血が、0483今にもふきこぼれてくる予感に怯えた。0484そしてその血を伝える四人目の子を身ごもったのを、0485琴は悟った。0486まだ四つの平太郎に手のかかる今、0487赤子がふえてはこの先どう暮らせようと、0488目の前が真っ暗になる思いであった。0489悪阻(つわり)も、0490いつになく激しかった。
0491 八木の久から、0492「手伝いに末の妹澄を使ってやってくれぬか」と言ってよこしたのは、0493こんな時であった。0494束の間、0495龍を預かった時もそうであったが、0496引きとるからには何かと物入りであろう。0497しかし出産をひかえて、0498どうでも手がほしかった。0499二十二も年下の、0500一緒に暮らしたおぼえもない澄であったが、0501同じ血を分けた妹をそばにひきつけて可愛がってやるだけでも、0502この荒んだ気持ちはなごむかもしれない。
0503 琴は妹を呼ぶ気になった。
0504 明治二十五年六月の初旬、0505寅之助に連れられて澄がはじめて栗山家の敷居をまたいだ時、0506琴の感情は微妙に屈折した。
0507 久の心配りであろう、0508可愛く結った素直な髪に粗末ではあるがこざっぱりした着物、0509久が新調してくれた赤い木綿の裾廻しをつけた澄は、0510まっすぐ姉をみつめた。0511黒い瞳は利発さときかん気に輝き、0512可憐な口元はよごれを知らぬげにういういしい。0513極貧の中に生まれ、0514七つで奉公に出て、0515一時は狂った母と暮らしていたと聞いていた澄に卑屈さの影もなかった。0516どんな苦労も幸福にすり代えてしまうのか、0517その小さな体から不思議な明るさをにじませている。
0518 送ってきた寅之助が帰るや、0519琴は表情をこわばらせて、0520澄に向き直った。
0521「ええか、0522お澄。0523お前は誰も引取り手のない子やさかい、0524栗山で預かってやるのや。0525うちはもう栗山家の人やで、0526姉さんやと思うて甘ったれるやないで。0527この家の厄介者ちゅう立場を忘れたら承知せんぞ」
0528 澄はこっくり頷いたが、0529その瞳の中にやはりかげりは浮かばなかった。
0530 手ごたえのなさに、0531琴は激しくいら立った。
0532「なんや、0533その眼は。0534ちびのくせに、0535うちをなめきっとる眼つきやないか。0536ええか、0537厄介者、0538うちのいうことは嘘やあらへんで。0539そのずうずうしい根性を、0540そのうち叩き直してやるさかい……」
0541 ――いけない、0542何を言うてるのや、0543この子に罪はあらへん。
0544 蒼ざめてそう思いながらも、0545琴はぐらぐら揺れ狂うおのれの感情を制しきれなかった。0546驚いたように眼を伏せ、0547手をついて頭を下げる澄の、0548わが娘にはないうなじの清潔な愛らしさを見ると、0549へし折ってやりたいような憎悪がこみあげる。
0550 琴はなおも言いつのろうとして、0551急に吐き気をもよおし立ち上がった。0552悪阻の間いつも部屋の隅に用意してある痰壺の前で身をよじって苦しむ琴の背を、0553小さな手がさすった。0554ぴくりとして、0555邪険にその手をふり払った。0556はねのける時、0557かすかに快感があった。
0558 嫁入って以来、0559我慢に我慢をかさねた鬱憤の吐け口を、0560ついに琴は見つけたようである。0561ちょうど澄は、0562悪阻の時に吐き出す汚物を受け止める痰壺に似ていた。0563決して悪人ではない琴の妹への仕打ちは、0564たしかに常軌を逸したものがある。0565切れんばかりに張りつめた琴の神経が生み出す倫理観からすれば、0566助けられるはずの者が、0567助ける者より幸福であってはならなかった。
0568 ――そうだ、0569痰壺なみでよいのだ。0570その代わり部屋の隅にだけはおいてやる。
0571 おそい夜の食事であった。0572庄三郎が山から手ぶらで帰ってきて、0573家族の全員が食卓を中にして集まった。
0574 庄三郎はこの時三十九歳、0575色の白い覇気のない馬面で、0576温和な眼をしょぼつかせ、0577澄を見た。0578休みなく煙管にきざみをつめ、0579鼻から白い煙を吐き出す。0580口下手でうまくは言えんが歓迎しているといった態度が、0581義兄のなんとはなしの素振りでうかがえて、0582澄は嬉しかった。
0583 娘のいしは七歳、0584目鼻立ちは母に似て美しいが、0585性格は父親ゆずりか、0586おとなしいばかりで生彩がない。0587年は三つ違いでも澄はいしにとって叔母になるはずだが、0588そういう関係はまだのみこめないのか、0589どこかよそよそしい。0590それでもときどき、0591上目づかいに澄を見た。
0592 澄の守をする平太郎は四歳(満二歳半)、0593よく太った丈夫そうな子で、0594一刻もじっとしてはいなかった。0595琴は飯をてんこ盛りにして夫につぎ、0596娘につぎ、0597それからはたと手を休めて独りごちた。
0598「そうそう、0599うっかりしてお澄の茶碗を用意せなんだ。0600今日はこれで間に合わせてもらおか」
0601 琴が手にしたのは、0602一年も前、0603平太郎の使いすてた小さな赤絵の茶碗であった。0604何か言いかける夫に、0605琴はすかさず言った。
0606「八木のお久の話ではなあ、0607この子はほんに食の細い子やそうどっせ。0608『よう働く割にちっとも食わんさけ、0609重宝な子じゃ』言うて笑うてはりました。0610それでこんなに痩せとるんですやろ」
0611 それから澄にむかって、0612
0613「残したらもったいないさけ、0614軽う盛っときまっせ。0615お代わり言うてや」
0616 琴はおもちゃのような茶碗の底に軽く飯を盛ってさし出した。0617庄三郎もいしも空腹のあまり澄を忘れて、0618がつがつ飯を食っていた。0619琴は、0620自分の茶碗から平太郎の口に飯を運んだ。
0621 八木の福島でも食事は質素だったが、0622ここではそれに輪をかけて粗末だった。0623めいめい皿にうすく切ったおこうこ(沢庵)三切れが、0624お菜のすべてだった。0625飯も麦が大半で、0626箸ではさんでもぼろぼろこぼれ、0627茶碗を口にあてて箸でかきこまねば上手に食べられなかった。0628おこうこ三切れだけという食事は、0629澄の王子にいる期間、0630ほとんど変わらなかった。
0631 一杯目の飯をちょぼちょぼ口に運んでもすぐに食べきって、0632空の茶碗をもてあました。0633自分でよそおうにも、0634お櫃は琴のそばにしっかり引きつけられていた。0635だまされたような二口、0636三口がかえって空腹をつのらせて、0637いしや平太郎の頬ばる飯を見まいとしながら、0638眼はあさましくそちらへ向いてしまう。0639仕方なく、0640澄は三切れ目のおこうこをいつまでも口に含んで、0641間をもたせた。
0642 琴は知っていた。0643だが最初が大事だ。0644妹とはいえ、0645立場は奉公人だ。0646はじめから腹一杯食わせる癖をつけてはならない。0647平太郎の口に飯を運ぶことに熱中する風をよそおいながら、0648澄がどう出るか、0649想像するだけで快感に疼いた。
0650 ついに澄が小声でいった。
0651「姉さんお代わり……」
0652 琴は聞こえぬ顔で平太郎に何か話しかけようとしたが、0653庄三郎が聞きとがめ、0654茶碗から顔を上げた。
0655「おい、0656お琴。0657お代わりやそうなぞ」
0658 琴は驚いた表情をよそおって叫んだ。
0659「あれ、0660よう食べてやこと。0661『小食のお澄が四杯も食べた』言うたら、0662八木でもびっくりしてやで。0663何にしても嬉しいこっちゃ」
0664「……」
0665「うちではなあ、0666貧乏やさけお客さん扱いはようせんけど、0667その代わり、0668奉公人にでも家族と一緒で、0669公平なもんどっせ」
0670 庄三郎は飯粒を長いあごにつけ、0671嬉しそうに善良な顔をほころばせた。
0672「そやそや天子さまでも乞食でも、0673うちに来たらみんな一緒や。0674お澄かて、0675今日からおいしや平太郎の姉さんやさけのう、0676気がねせんと暮らすにゃぞ。0677王子にいる間にうんと食って、0678うんと大きゅうなって、0679綾部や八木の人にびっくりさせちゃれ」
0680 すぐに琴は口をはさむ。
0681「それでも初めての家のご飯はおいしいものやさかい……けど、0682うちの食事は粗末やし、0683だんだん食えんようになるかも知れんなあ」
0684 二杯目は、0685一杯目よりもっと軽くよそわれた。0686澄は飯の味を急に失った。0687他人の飯に棘があるなら、0688なまじ肉親の飯には棘の先に毒を含んでいた。
0689 澄の手がこわばり、0690箸の運びも重たげなのを横目で確かめながら、0691琴は加虐の喜びにしびれた。0692澄のいま受けている痛苦は、0693琴が夫側の親戚や村人たちから事ある度に受け続けたものなのだ。
0694 久しぶりで胸の晴れる琴であった。
0695 朝早くから庄三郎は山仕事と猟に出かけ、0696琴は髪結いに家をあけることが多かった。0697そういう時は昼間も戸閉めして、0698澄は子守や家事を言いつかる。0699いしは勝手に遊びに出て手のかからぬのがまだしもだった。
0700 つらいのは水汲みである。
0701 王子は井戸のない土地で、0702「くらがりの宮」の裏の井戸まで日に何度となく水を汲みに行かねばならなかった。0703水を二つの桶になみなみと汲んで左右におき、0704天秤棒にかけてかつぎ、0705喘ぎ喘ぎ、0706休み休み、0707運ぶのである。0708雨の日は、0709蓑をつけて通った。
0710 倹約のため真冬や山仕事以外には草履をはかせてくれなかったので、0711澄はいつもはだしであった。0712貧乏人のはだしは珍しくもないが、0713天秤棒にかかるしたたかな重みのために、0714真夏の日ざしを吸いこみ焼けた小石が容赦なく足裏の肉に食いこんでくる。0715その痛みによろめくと、0716桶の底が地面にぶつかって水しぶきを上げ、0717平衡を失った小さな体がぐらぐら揺れた。0718琴は桶の水がこぼれて減ったり、0719汲んで帰る時間がかかると声を荒げて怒り、0720もう一度汲みに戻らせるのだった。
0721 この土地では小さいうちから子供を働かせる習慣があったが、0722それにしても「ああ、0723これが十やそこらのチビにさせる仕事かいな」と水汲みにくる村人たちをあきれさせた。0724「可愛らしいさっぱりした子やが、0725お琴はんの妹いうても腹違いの姉妹と違うけ」と囁き合ったりもした。
0726 水汲みがすむと、0727休む間もなく山へ柴刈りに追いやられ、0728夜は藁打ち仕事と琴姉の肩叩きが待っていた。
0729「厄介者、0730肩打てい」
0731 姉の言葉がとぶと、0732澄は下士官の命を受けた新兵のように、0733姉の肩にとりついた。0734一時間ぐらいで解放してくれることは稀で、0735たいていはきりなく打たされた。0736労働に疲れきった姉がぐうぐう眠っても、0737手を休めることはできない。0738そばの物指しが待っている。0739それでも澄は昼間の疲れには勝てず、0740こぶしがゆるみ、0741力が抜け、0742やがて姉の体にのめりこんでゆく。0743すると琴の鼾がぴたと止まって、0744寝ぼけまなこの澄を打つために、0745素早く物指しを取り上げるのだった。
0746 夜中にも平気で、0747琴はぐっすり眠りこけている澄を物指しをのばし、0748つつき起こした。0749ひっつきそうな瞼をやっと押し上げて「は、0750はい……姉さん」と澄は起き上がる。
0751「厄介者、0752水もってこい」
0753 のどの乾きに目ざめた琴は、0754けっして自分では起き上がろうとせず、0755安眠している澄が憎いように命じるのだ。
0756 むし暑いある夜、0757澄はたたき起こされてまだ正気に戻らぬまま、0758土間に降りて水を汲んできた。0759蚊帳を持ち上げようとしたとたん、0760蚊帳の端にのっていた痰壺がひっくり返った。0761ほの暗い蚊帳のすそに痰壺など乗せておいたのは、0762琴の落ち度であろう。0763なのに琴はかっと逆上し、0764激しく澄を打擲した。0765澄ははれ上がった頬にしみる涙を隠しながら、0766べとつく汚物を清めるのだった。
0767 澄の食事は、0768王子に来て以来、0769幼児用の茶碗に軽く二杯以上食うことを許されなかった。0770たまに姉が平太郎を添い寝させ、0771子供たちだけで食卓につく時でも、0772どなり声はとんだ。
0773「うちはここにおっても、0774何杯盛っとるかちゃんと知っとるぞ」
0775 三杯目をよそいたい衝動にかられていた澄の手がひっこみ、0776呑みこんだ飯が胸につかえる思いだった。
0777 時に、0778琴は飴玉を買って来て、0779澄の目の前で、0780わざとのようにいしや平太郎になめさせる。
0781 庄三郎が獲物を追って遠出し久しぶりで帰ってくると、0782きまって土産は愛宕名物しんこ団子だったが、0783琴は決してその場で開かせなかった。0784せがむ子供たちを制し、0785夫のいない間を狙ってわが子だけにゆっくり食べさせる。0786澄に与えないためであった。
0787 プスンプスンとはじけとぶ豆を煎っていても、0788澄はそのかんばしい匂いをかぐまいと、0789こっそり座を立つようになった。0790琴はむろん、0791子供たちもそんな澄を呼びとめてくれることなどなかった。0792あきらめるといっても、0793しじゅう腹をすかせた子供にとって、0794それはどんなにかやるせない思いだったろう。0795飯は子供なみ以下なのに、0796たらし(おやつ)は大人なみに無用というのか。
0797 空腹にたえかねると、0798澄は姉の留守に米櫃の生米をつかんで口に入れ、0799水と一緒にかみくだくことを覚えた。0800また秋には、0801庄三郎の作っていた山畑の薩摩芋を掘り、0802谷川の水で洗って生のままむしゃぶり食ったこともある。0803そうでもせぬと体が萎えたようで、0804水汲みなどの力仕事はできなかった。0805盗みとは言えないかも知れない。0806だが澄は、0807幼いうちから、0808盗みのうしろめたさを否応なく体験させられたのであった。
0809 後年の澄は、0810当時を思い出して語ったことがある。
0811「わたしの物を食べる口を見てみなはれ、0812生米と水を口に含んで慌てて噛み砕いたさかい、0813それが癖になってなあ、0814いまでも頬べたが一杯になるまで物を口に入れんと食べた気がせんのじゃで――」
0815 澄は着たきり雀だった。0816久姉が糊をきかして敷きのしし小ざっぱりと見えた単衣も、0817日が経つにつれ平太郎のよだれや汗にまみれ、0818よれよれになっていた。
0819 栗山家に風呂はない。0820近所の親戚まで貰い湯に行くが、0821澄が入るのはしまい湯で、0822それまで眠くて待っていられない。0823たいていは近くの鵜の川で体を洗ってすませた。
0824 髪をといてくれる者もなく、0825自分でとかしつけようにも櫛はなかった。0826もしゃもしゃにもつれた髪に手を入れても痛いばかり、0827まるで乞食の子と変わらなかった。0828だが、0829澄のその頃のみすぼらしい姿を、0830すべて琴の責任にするのは、0831酷かも知れない。
0832 一体にこまやかな女性的な仕事は苦手の澄であった。0833仕事で一日家をあけている母から家庭的な躾を受ける間もなかったし、0834七歳から奉公にやられ、0835子守や下働きに追い使われて育ったのだ。0836そうでなくても、0837澄の関心は、0838もっぱら喧嘩や男の子のするような遊びにあった。0839きれいな着物を着ればとびはねて喜んだが、0840といってきたない姿になっても、0841さして苦にはならなかったのである。
0842 澄が一番悲しかったのは、0843みじめな姿より、0844きつい労働より、0845背と腹とのひっつくような空腹より、0846姉から「厄介物」とののしられることであった。
0847 家の用事をすますと、0848澄は重たい平太郎をおぶって、0849息づまる狭い家を出る。0850石段をおり、0851南天の木の間を通り抜けると、0852もう姉の眼は届かなかった。
0853 家の前の通りは京街道の道筋で、0854両側には茶店が連なり、0855赤毛布をしいた床几が置かれていた。0856紺の着物に赤襷の女たちが「まあ、0857お入りやす、0858お入りやす、0859休んでおいでやす」と通行人を呼びこむ。0860障子を開け、0861婆さんがお針をしている店もあった。0862蒟蒻や慈姑(くわい)が一皿二銭か三銭。0863季節によって皿の上に栗や柿や種のある小さな柑子みかんが並ぶ。0864一皿二銭。0865食べると竹筒に金を入れる。0866お茶は一厘五毛、0867火鉢に土瓶がかけてあり、0868勝手に飲んで、0869飲んだ後の湯呑みの中へチャリンと音を立てて小銭を入れる。0870むろん、0871澄は指をくわえて眺めるだけだ。
0872 明治十七年にできたという、0873石造りの王子橋を渡って東へだらだらとのぼれば、0874老の坂のマンポ(旧トンネル)があった。
0875 このマンポは、0876明治十九年に完成したもの。0877長さ百八十メートル、0878幅員四メートルの煉瓦作り、0879当時の名トンネルであった。0880開通の時は知事が馬でかけつけ、0881松風洞と命名した。
0882 後日談だが、0883松風洞は交通が馬車から自動車とかわり、0884それも大型化するにつれ、0885小さ過ぎて役に立たなくなった。0886昭和九年、0887横に平行して新トンネル和風洞が作られ、0888旧トンネルは廃止された。0889だが国道九号線の交通量は人の予測を越えて増加し、0890狭い和風洞だけでは交通の渋滞をきたしてどうにもならぬ。0891ついに昭和四十年四月、0892廃止された旧トンネルは改修され、0893装いも新たに二度目のお勤めに出ることになる。
0894 それはさておき、0895当時、0896マンポの入口の峠の木屋という茶店に、0897外国人がよく遊びに来ていた。0898店先の赤毛布を敷いた縁台に腰かけた異人さんに、0899茶屋のかみさんが、0900慣れた口調でこのあたりの説明をした。0901老の坂は大枝の坂のなまったもので、0902大枝山にはむかし恐ろしい鬼が住んでいて女子供をさらったものであるなどと、0903他の男がぺらぺら通訳すると、0904異人さんは青い眼をみはり、0905毛むくじゃらの両手をひろげて大げさに驚いてみせた。
0906 またある日は、0907「あっち、0908あっち」と平太郎の言うままに、0909亀岡の方角へ向かった。0910旧街道を真っ直ぐ行くと、0911王子を出て間もなく、0912右手に少し引っこんで篠村八幡宮がある。0913荒れた境内で人の気配もなかったが、0914平太郎が「しっこや」と言うので、0915澄はあわてて背中から下ろし、0916枝をはった大きな椎の木の根方にささげた。
0917「おい、0918こら――」
0919 背後から声がとんだ。
0920「そこはあかん。0921やるならあっちじゃ」
0922 驚いて五、0923六歩離れた竹藪へ走った。0924声の主は追ってきて、0925自分も横に立って長々と放尿しはじめた。
0926 平太郎の空中に描く勢いのよい透明な直線と、0927男の黄色味を帯びただらしない抛物線を眺めているうち、0928澄も尿意を感じ、0929くるりと裾をまくってしゃがんだ。
0930 男は放尿し終わって、0931先ほどの椎の木の根方を指さした。
0932「ここは矢塚というてのう、0933その昔、0934足利尊氏が八幡宮に祈願をこめ、0935一矢の鏑矢を捧げたのにならって一統が奉納した、0936山のような矢を埋めた由緒ある地じゃ。0937小便などひっかけてみい、0938罰があたるわい」
0939 そういえば、0940椎の木のまわりを石垣で囲ったあとらしく、0941ところどころ崩れた石が露出している。
0942「ふうん、0943なんでそんな昔のことがわかるのん」
0944「歴史に書いたるのや。0945ここらはのう、0946おもろい物語がたんとあるわい」
0947 物語と聞いてたちまち瞳をもやし、0948澄はせがんだ。
0949「おっちゃん、0950昔の話、0951しとくれいな」
0952「よっしゃ、0953しちゃろ、0954ついてこい」
0955 お尻を出したままの平太郎の手を引き、0956澄はおしめをぶら下げて男の後についていった。
0957 三人は、0958社務所に上がりこんだ。0959襖は破れ、0960畳は赤茶けてそそけ立ち、0961踏むとぼこぼこ沈みそうだった。0962男は、0963散乱する反古紙をかき分けて、0964澄の坐る場所を作った。
0965 澄はあきれて呟いた。
0966「えらい穢ないなあ」
0967「この神社は無資格やさけ、0968お賽銭だけでは畳も替えられへん」
0969「おっちやんは八幡さまの番人かいな」
0970「そうや、0971ここの神主やわい。0972もっとも神様を拝むより、0973歌を作っとる方が多いがのう。0974わしは日本一の歌詠みになるつもりやさけ」
0975「ふうん……」
0976 澄は眼を丸くした。
0977 日本一の歌詠みには驚かないが、0978神主には驚いた。0979神主さまなら、0980真っ白い着物に水色の袴の清潔な姿を想像していたのに、0981澄に劣らぬ蓬髪、0982のびた無精髭、0983垢じみたよれよれの浴衣がけに毛ずねまで出している。0984この男が、0985のち御歌所参候に補せられ、0986華族の歌会である京都向陽会の点者でもあった、0987篠村の歌人栗山直扶であったろうか。
0988 男が文机の上から筆を取り上げ、0989和紙に見事な線を描き始め、0990老の坂や保津川の位置を記しながら「むかしむかし、0991この辺り一帯は大きな湖であって、0992くらがりの宮から北東へ向かった三軒家の辺りに船着場があった」などとしゃべり出すと、0993澄はひきこまれて夢中になった。
0994「大枝山に鬼がいた言うのは、0995ほんまやろか」
0996 澄が膝を進めると、0997男はうなずいた。
0998「おったかも知れんが、0999こういう説もある。1000ロシヤという北の国の王子が、1001酒乱でどえらいわるさばかりするので、1002家来をつけて島流しにしたのが丹後の海岸に流れつき、1003その一党がいまの王子の老の坂の山にこもって、1004都に出ては悪いことをしたのじゃ。1005だからこのあたりを王子というのや。1006あの老の坂の向こうに首塚大明神があるやろ、1007あれはその王子の首を埋めた所やそうな。1008赤毛で青い目やさけ、1009昔の人には鬼にみえたやろの。1010おまけに大盃に赤ぶどう酒をなみなみついで飲む(さま)は、1011人の生き血を飲むように見えたやろ。1012話としては、1013この方が詩情があっておもろいのう」
1014 史料に想像をまじえてか、1015男の話は躍動してつきなかった。1016篠村八幡宮の来歴や源三位頼政・尊氏・そして光秀へと――。
1017 気がつくと陽が傾いていた。1018夢心地の中に、1019ふと、1020琴姉のこわい顔が浮かんだ。1021夕方の水汲みもまだであった。1022あっと声を上げると、1023澄は寝入った平太郎を背にくくりつけ、1024挨拶もそこそこに、1025蝉の鳴きしきる境内を走り出て行く。
1026 またある日、1027この八幡さまから保津の山本浜に通じる通称〈異人道〉にたたずんで、1028通行人を見物したこともある。1029保津川下りの遊船を目ざす人たちにまじって、1030赤毛の大男が二人引きの人力車に乗りこみ、1031異人道を走る姿が珍しかった。1032だがそれらの見物は安易ではなかった。1033平太郎を連れて歩く道、1034大人以上に排他的な村童たちは、1035よそ者の澄を目の敵にしてからかった。1036その時こそ、1037澄は歯をむき出して立ち向かう。1038泣き声を上げて逃げ出すのは、1039きまって相手側であった。
1040 喧嘩は、1041鬱陶しい澄の生活を、1042一時にもせよ、1043スカッと晴らしてくれたのだ。1044相手の親にどなりこまれて、1045琴の折檻をうけたのも度々であるけれど――。
1046 七十五日の水行が終り、1047素直に神に仕えようと心きめてから、1048直の発動は次第におだやかになる。1049一方、1050米は激しくなるばかり、1051座敷牢の中でも暴れ廻っている。
1052 五月三十一日、1053山家の本経寺に滞在中の上人が大槻家を訪れ、1054五日間ほど泊りこんで祈祷してくれたが、1055効果がなかった。1056その時、1057上人が「この女にはどえらい金毛九尾の狐が憑いとる。1058眷属だけでも何万とおる」と言った。1059大槻鹿蔵は「しめた、1060そんな偉いお狐さまなら庭に祀ってしこたま御利益をせびったろ」と持ち前の欲が頭をもたげた。
1061 座敷牢の前に行き、1062にこにこ顔で鹿蔵は米の憑霊に頼んだ。
1063「どうでっしゃろ、1064お狐さま。1065物は相談じゃが、1066米の肉体なんかよりも、1067いっそのこと庭のお社にお鎮まり願えませんか。1068何なりと欲しい物はお供えしますで」
1069「わしは庭の前栽の守り神にはならんわい」と憑霊は米の口を借りて、1070にべもなく撥ねつけた。
1071 それから米の鹿蔵いじめが始まった。1072飯時になると、1073米は自分の分を手づかみで格子のすきまから庭に投げてやる。1074すると眷属の狐どもが集まってきて、1075それを食べる。1076霊狐だから現実の肉体を持たないのだが、1077鹿蔵の眼にもおぼろな狐の霊身がうじゃうじゃ寄ってきてむさぼり食うのが見える。1078霊が食うのだから御飯はそのまま残り、1079精気だけが抜けるのだ。1080眷属の狐どもが食い終るのを見とどけてから、1081米が自分の食事を要求する。
1082 米にかかる霊は意地悪とみえ、1083飯がたくさんある時はまだ静かだが、1084お櫃の底の音が聞こえると、1085とたんに「鹿蔵、1086飯や。1087飯炊いてくれい」とわめく。1088炊き上がりを庭にポイと投げ出し、1089また「鹿蔵、1090飯や飯や」と催促する。1091鹿蔵がそれを拒むと大騒動だ。1092二丁も遠くへ響き渡る大声で米はわめく。
1093「おーい、1094鹿蔵と言う者はこれで三日ぶり飯を食わさんのやで。1095わしを気違い扱いにして牢へ入れて、1096おまけに手枷足枷して二重に成敗しているのじゃ。1097警察きてくれえ、1098警察ゥー」
1099 外聞は悪いし、1100憑き物の祟りも恐い。1101鹿蔵は泣く泣くきりもない飯を炊くのだった。
1102 米がこの調子では、1103繁盛していた小料理屋も牛肉店も立ち行くわけはない。1104もう見栄を張るだけの気力もなく、1105大槻家の没落は拍車をかけていく。1106清吉にやらせていた紙漉き場も閉鎖した。
1107 六月四日、1108心を後に残しながら清吉は若狭の小浜の寅吉親方の所へ紙漉き奉公に出かける。
1109 直は大槻家の窮状を見かねた。1110米が恐れて直を近づけぬため、1111看病はあきらめるとしても何とか金で合力してやりたい。
1112 六月十九日、1113直は夏蚕の糸引きに綾部を発った。1114途中、1115八木の福島家へ立ち寄った。1116そして神棚の柱に貼られたお札を見るなり、1117顔色かえてきびしい声で叫んだ。
1118「このお札はけがれておるぞよ。1119拝んではならぬ。1120久、1121すぐにめくって川へ流せい」
1122 久は知らないが、1123そのお札は、1124この春稲妻お光が遍路に化けて戸ごと配り歩いたものだった。
1125 久の長女ふじの冥福を祈った後、1126直は久といっしょに金光教の八木教会に立ち寄り、1127教会長の中西さだに審神を依頼した。
1128 金光教八木教会の設立にあたっては、1129福島久の貢献が大きい。
1130 明治二十三年の久の神憑りの時、1131人力車夫の和助のすすめで、1132古着の行商をしていた金光教の信者中西さだに拝んでもらったことがある。1133病気が全快すると、1134久はその日のうちに中西さだの家にお礼参りに行った。1135さだは古着屋の田井孫右衛門と同棲していた。1136ここで久は田井とさだからこもごも懺悔話をきかされた。
1137 田井とさだは若い頃はいずれも音に聞こえた悪党であったが、1138中年になってから知り合っていっしょになった。1139さだは田井としめし合わせ、1140高野山に上って、1141ある寺に泊まった。1142その寺の坊さんは三十八歳、1143器量良しで大金を持っていた。1144さだは坊さんをうまく篭絡し大金をだましとって逃げ出し、1145その金で田井と二人で家を建てた。1146ところが二人の子のうち一人は即座に死に、1147一人は背が曲がる病となる。1148しかも田井は躄、1149さだは盲目になって七転八倒の苦しみに合い、1150ついに金光教にすがって助けられたというのである。
1151 久はこの懺悔話に感動する。1152それほど罪深い人たちでも許して下さるとは、1153何と神さまとはありがたいものか。1154直情的な久は、1155即座に申し出た。
1156「古着屋などやめて、1157あなた方は金光教の神さまの教えを説いて人助けしなはれ。1158その間、1159わたしが留守番しますさかい……」
1160 田井とさだは「摂州と、1161そのほかにも古着商いでおなじみの所があるので、1162お道を広めにあちこち行きます。1163よろしゅうお願いします」と口を揃えて頼み、1164夫婦で宣教にでかけて行った。
1165 しかしその後にのしかかる苦難が久を待ち受ける。1166神の予告通り久の正気と入れ代わりに寅之助が百日病床につき、1167その看護のあい間に、1168ふじを抱いて貰い乳に歩く。1169それだけでもやり切れぬのに、1170中西さだの家にのこされた病の子の世話に通い、1171留守をみねばならぬ。1172ちびちび稼ぎためた金もたちまち使いはたし、1173一家は窮乏のどん底に落ちる。1174その困窮がかえって福島夫婦を熱烈な信仰へと傾斜させ、1175この中西さだを会長として、1176八木ではじめての広前を設立したのだ。
1177 さだはこころよく直を迎え、1178神前で祈った後、1179途方に暮れたように言うのだった。
1180「どうやらドえらいものが憑いとることだけは判るのじゃが、1181さて正体となるとなあ……」
1182 八木で一夜をすごした直は、1183亀岡の紺屋町の「井づ源」へ糸引きに行く。1184「井づ源」は造酒屋関酒店の屋号で、1185祖先の井筒屋源兵衛の名を略したもの、1186当主を関源七といい、1187糸屋も兼ねていた。
1188 井づ源の糸引きが終わると、1189直は同じ紺屋町の糸屋金助に移った。1190金助の家の西隣には当時亀岡一の八百屋と称された「八百常」があった。
1191 紺屋町から澄のいる王子までわずか一里。1192しかし神は澄を訪ねることを許さなかった。1193仕事が終わるたび、1194直は縁台に出て、1195王子の空をあかず眺める。1196胸がせつなくなるほど澄に会いたかった。
1197 それは、1198七月初めの頃であったろう。1199琴が、1200気持ちわるい程やわらかな声で言った。
1201「お澄や、1202母さんが亀岡へ糸引きに来とってんやて。1203どうや、1204顔見に行くかい」
1205 澄は、1206ふいに、1207魂を天国へほうり上げられたかと思った。1208水を浴びては叫んでいた狂人の母が、1209いま人なみに糸引きで働いており、1210つい向こうの亀岡にいるとは――。
1211 しかし、1212湧き立つ喜びは隠さねばならない。1213いつ姉の機嫌が変わるか知れなかった。1214澄は遠慮勝ちにうなずき、1215伏し目になった。
1216 王子から亀岡の西町までは、1217一里(約四キロ)もない。1218母を恋うる澄の足取りは、1219宙を浮いた。
1220 母のいるという糸屋金助はすぐにわかった。1221店の戸をあけると、1222帳場で番頭らしい白髪の男が算盤をはじいていた。1223奥の方から繭を煮る香がただよい、1224綾部にいるような気になって、1225鼻の奥がむずがゆくなった。
1226 一心に母に会いたい旨を述べると、1227番頭はそばの丁稚にあごをしゃくり、1228また算盤に余念がなかった。1229奥の仕事場がすかし見える。1230何十人もの女たちが、1231暑さにうだった顔で糸を引いている。1232母は、1233すぐにわかった。1234只一人銀髪で、1235背筋をぴんとのばしているから。1236端然と糸を引いている母にはあの激しい憑きものの気もなく、1237昔のままなのが嬉しかった。
1238 丁稚がうろうろ探しているのへ、1239澄はもどかしげに指を上げて教えた。1240直は澄を見るや、1241糸くり台から滑り降りる。1242母の姿が近づくにつれ、1243母の笑顔がぼやけてくずれる。1244澄はあわてて涙を払った。
1245 直は番頭にことわって、1246澄の手をひき、1247少し先の空地まで出た。1248大きな柿の木が緑の蔭をひろげている。
1249「お琴は大事にしてくれてかい」
1250「うん、1251大事にしてくれてやで。1252うち、1253腹いっぱいご飯たべさしてもろうてる」
1254 おうむ返しに答える澄の言葉に直は胸をつかれた。1255聞きもせぬことをあわてて言うのは、1256母に心配させたくないせいいっぱいの親孝行であろう。1257この痩せてみるかげもなくなった末娘の心情に、1258直の心はふるえる。
1259 七つの年、1260奉公先の福知山で「一緒に綾部に帰る」とだだをこね母を困らせた時から三年、1261澄は悲しく成長していたのだ。1262本当のことを告げて何となろう。1263いたずらに母を苦しめまいとして、1264澄は笑顔を作った。1265だがそれが分からぬ直ではない。1266栗山家での生活を聞かれたくないため、1267澄はその後の母や米姉の様子を矢つぎばやに質問した。
1268 直はかいつまんでそれらを語りながら、1269頭の櫛をとり、1270澄のもつれた髪を丁寧にときほぐしてやった。1271絹の真綿にでも包まれたような気持ちで暖かい母の胸によりそい、1272母の手に髪をくしけずられると、1273澄の眼はこらえようもなくうるんでくる。
1274 澄は甘えた声ですねてみせる。
1275「こんな近くで働いとってんなら、1276なんで王子まで会いに来てくれてなかったん」
1277「わたしとて、1278お澄に会いたい、1279とんで行きとうなる……。1280じゃが神さまは、1281『それはならぬ』とおっしゃる。1282『澄はいま、1283大切な行をしている。1284行の邪魔はならぬ』となあ。1285お澄が母さんに会いたい時は母さんも同じじゃが、1286じっと会わんと辛抱しとるのやで」
1287 それから言葉を途切らせ、1288無念そうにつぶやく。
1289「それにしても、1290この髪はなあ……お琴は髪結いのくせに、1291妹の髪一つ結うてやってくれんのかい」
1292 やがて直は、1293隣の「八百常」で真桑瓜を買い、1294澄に食べさせると、1295その手に二銭を握らせた。
1296「辛抱しておくれよ」
1297 直はそう言うと汗ばんだ澄の前髪をかき上げておでこに唇をつけ、1298振り切るように糸引き場へ戻っていった。
1299 糸屋金助を出ると、1300澄はふり返って、1301軒にからまる糸瓜の花ににっこりした。1302畑の青唐辛子にも手をふった。1303母に会ったほのぼのとした喜びはまだ身内にあふれていて、1304それを道ばたの草にまでわかちたかった。1305その上、1306手の中には母にもらった二銭があった。1307いしや平太郎がしゃぶるあめ玉を買うて、1308一人でなめよう……と思った。
1309 ――いまの苦労が行や、1310と母さんの神さまが言いなされた。1311うち一人やない、1312ちゃんと見ている神さまがあるのや。
1313 そう思うと新宮の男八兵衛らしい勇気が湧き立って、1314とっとと街道をかけた。1315どうしたことか道に煎り豆が落ちていて、1316それを拾って食べたのも忘れ得ぬ思い出となった。
1317 王子にいる間、1318母に会ったのはこの時きりであった。1319走って王子へ帰ると、1320琴がじりじりしながら待っていた。1321澄のきれいに梳られた髪を見てあらわにいやな顔をしたが、1322それにはふれず、1323
1324「えらいゆっくりやなあ。1325どうせ母さんにあることないこと告げとったんやろ」
1326「そんな……姉さん」
1327「弁解など聞くひまあらへん。1328早う髪結いに行かんならんのに、1329平太は泣くし、1330おいしは遊びに出たまま帰ってこんし、1331出るに出られなんだわい」
1332 鏡台に向かって手早く花いかだ(粉化粧の一種)を顔にはたきながら、1333せかせかと琴は聞いた。
1334「それでどうや、1335母さんは……まだけったいなこと言うとってか」
1336 澄はかぶりをふり、1337熱っぽく答えた。
1338「ううん、1339ちっとも。1340ほんまやで、1341昔のままのやさしい母さんやでよ」
1342 戸締りして、1343琴は外出した。1344平太郎が外へ出たがって泣きわめくので、1345澄は鵜の川へ連れて行き、1346汗疹でただれた体を洗ってやった。1347しばらく河原で遊ばせて戻ってみると、1348戸締りしたはずの裏の戸が開いていた。
1349 ――もう姉さん帰って来ちゃったんかいな。
1350 さほど不思議に思わず入ると、1351奥の部屋に見なれぬ男が立ちすくんでいた。
1352「あれ、1353おっちゃんは誰やいな。1354そこで何しとってんじゃ」
1355 無邪気に眼をみはった澄をさして、1356しょぼしょぼ髭の小男は後ずさり震え出した。1357近寄ってよくみると、1358男の着ている物は庄三郎が寄り合いなどに着て行く一張羅だった。1359男の足もとには、1360ぼろの衣類が脱ぎすててある。
1361「この着物、1362義兄さんのよそ行きや。1363黙って着てもろたら、1364姉さんが帰って来ちゃって、1365うち、1366えろう叱られるさかい、1367かなわんがよう」
1368 澄は袂をぎゅっとつかむ。
1369 男はぺたんと坐りこんで、1370震える手を合わせ、1371金魚のように大きな唇をぱくぱくした。
1372「お、1373お前は神さんじゃ、1374お前は神さんじゃ、1375許してくれい。1376こらえてくれい」
1377 男は十歳の小娘に何を見たろう。1378澄以外の何かを見たとしか思えないほど、1379その怯えようは異常だった。
1380 男が泥棒だと気づくと、1381澄は敵意や恐怖はわかず、1382ただ姉の叱責だけが心配だった。
1383「謝らんでよいさかい早うおっちゃんの着物ととりかえてえな」
1384「よっしゃ」
1385 男が震える手つきで着がえている間に、1386澄は庄三郎の着物を不器用に畳んで、1387元の場所にしまった。1388着がえがすむと、1389男は胴巻きから十銭銀貨を取り出し辞退する澄の手にむりに握らせ、1390溜息とともに言った。
1391「生まれてこの方、1392こんなこわい思いしたん初めてじゃわい」
1393「なんでうちがこわいんやいな」
1394「わからん。1395なんじゃか知らんが、1396お前の姿を見たとたん、1397恐ろしゅうてならんのじゃ」
1398 去りかける男の手にある風呂敷包みに気がついて、1399澄は呼び止めた。
1400「それ、1401ここの家の物と違うか。1402ここのやったら返してくれんと、1403うち、1404姉さんに叱られんなんさかい……」
1405「これか、1406これはわしの持って来た物ばかりや」
1407 男の言葉に澄は安心して「おおきに、1408またおいで……」と銀貨を握った手を振った。
1409 男は泣いたような顔でうなずき一目散にかけ出した。
1410 澄はふと、1411八木で出会った稲妻お光にも十銭銀貨を握らされたのを思い出した。1412よほど泥棒に金をもらうふうにできとるんやろかと、1413我ながらおかしかった。
1414「平太ちゃん、1415ほれ、1416おっちゃんが物を盗らんと、1417金をくれて行っちもたで。1418へんな泥棒じゃ」
1419「ヘンナドロボー」
1420 平太郎が口まねしたので、1421澄はふき出した。1422畳についた男の土足の跡を拭いている途中、1423琴が帰って来て見とがめた。
1424「ヘンナドロボー」と平太郎がまた言った。
1425 澄が銀貨をさし出し、1426ちょっぴり誇らしげに事情を説明した。1427姉はあわてて家の中を調べ出す。1428調べるといっても、1429たいして家財道具があるわけじゃない。1430すぐ姉は甲高い声を上げて叫んだ。
1431「ない、1432ない。1433うちの銘仙がないぞ」
1434「ええ、1435そんな……あの風呂敷にまざっとったんやろか」
1436 澄が呟くと、1437やにわに姉のこぶしがとんできた。
1438「この役に立たんド阿呆め」
1439 琴は燃えさかる怒りに我を忘れて澄を突きとばし、1440打つ、1441蹴る。
1442 姉の剣幕の恐ろしさに怯えて、1443土間まで逃げた。1444追いすがった姉は、1445澄の髪をつかんで土間をひきずる。1446凄まじい罵声と悲鳴に近所の人がとびこんできて、1447たけり狂う琴を抱き止めた。
1448 まなじりをつり上げて、1449琴はわめいた。
1450「う、1451うちの大事な銘仙、1452こいつが十銭ほしさに持って行かした」
1453「うち、1454知らなんだんや。1455あのおっちゃんかて、1456風呂敷に入れたん、1457うっかり忘れちゃったんじゃ」
1458「だまされたのやないか、1459阿呆たれが……」
1460「だまされたんやないってえな。1461それやったら、1462なんで泥棒が十銭もくれたんやいな」
1463 負けん気を出して、1464初めて姉に言い返した。
1465「十銭でわしの銘仙が買えるかい、1466この嘘つきめが――」
1467 またつかみかかる琴をなだめて、1468近所の人が言った。
1469「そうかてお琴はん、1470こんな小さな子が逃げもせんと居てくれたからこそ、1471着物一枚の損ですんだんやないか。1472大難が小難ですんだんやさけ、1473反対にお澄はんにお礼言わんなんところじゃ。1474ほんまにこんなしっかりした子をむごい目にあわせて――」
1475 琴は唇をかんで黙った。1476だが澄を許して黙ったのではなく、1477それだけ憎しみがもっと深く沈滞したであろうことは、1478その白く光る目つきが物語っていた。
1479 近所の人が帰ったあとでも、1480晩の食卓でも、1481琴は無気味に黙していた。1482庄三郎が猟に出たまま帰ってこぬので、1483緩衝地帯がなく、1484澄はいっそう息苦しかった。
1485 寝苦しい晩だった。1486姉に打たれたあちこちが青あざになり、1487ずきずき痛んで、1488澄は転々とした。
1489 ――あのおっちゃん、1490嘘ついてる顔やなかった。1491風呂敷にほんまに入れたんなら、1492きっと返してくれたはずや。1493そうや、1494盗っといて、1495びっくりして忘れてしもたんや。
1496 眠れぬので、1497一から百までの数字を頭の中で何度も繰り返しているうち、1498急に愕然となってはね起きた。
1499 ――姉さんは、1500ほんまに銘仙の着物など持っとっちゃったんやろか。1501うち、1502見たこともない。
1503 澄はあわてて蒲団をひっかぶり、1504自分に言い聞かせた。
1505 ――いやいや、1506姉さんを疑うては悪い。1507姉さんはそんな人やない。
1508 澄は思いがけぬ妄想を浅ましいと恥じるのだった。
1509 翌朝早く、1510澄は水汲みを終えて、1511いつもと違う山へ登ってみた。1512山の中腹に、1513ちょうど柴に手頃な枯れ枝がとり切れぬほどみつかった。
1514 闊達な澄の性格は、1515王子での何か月かの生活の間にいじけだしていた。1516昨日の今日である。1517姉の機嫌のよい顔を一目見たいばかりに勇み立ち、1518枯れ枝を折って手早く柴にし、1519しょえるだけしょいこんで転げるように山を下りた。
1520 この頃目立ってきた腹のせいか大儀そうに長火鉢にもたれて煙草を吸う姉に、1521澄の声は思わずはずんで、1522汗ばんだ顔をほころばせるのだった。
1523「姉さん、1524今日は東の奥の山へ行ったらよい柴が見つかったさかい、1525ほれ、1526たんと取れたで」
1527「……そうか、1528こっちへ上がって、1529手を出しな」
1530 澄は急いで柴を下ろし、1531土間に片寄せ、1532いそいそと姉の前に小さな手を揃えた。1533と、1534その手に赤く燃える煙管の火が、1535じゅっと押しつけられた。
1536「あ、1537あっ!……」
1538 澄がとび上がると、1539琴は煙管をふり上げ荒い息を吐いて叫んだ。
1540「この厄介者が……こ、1541これぐらいの柴がとれたぐらいで、1542ええ気になるな。1543ひ、1544人の顔みて笑いくさって」
1545 澄の笑顔が姉の癇にさわったのであろう。1546それに気がつくと、1547とんでくる煙管をさけながら「姉さん、1548かんにん」と澄は両手をつき、1549畳に額をすりつけたまま後ずさって逃げた。
1550 亀岡に落ち着いてから、1551直はしばしば近くの金光教亀岡教会に参拝した。1552また金光教の京都島原教会長杉田政次郎や大阪なにわ教会長近藤藤守(ふじもり)と出会い直の憑霊の審神を依頼したが、1553ここでも徒労であった。1554ただ杉田は直の神懸りを動物霊の憑衣と嘲笑し、1555近藤は非常に称賛したと伝えられる。
1556 近藤藤守は安政二(一八五五)年、1557大阪に生まれる。1558家は、1559「天満屋」と号し、1560代々城代番出入頭・江戸三度飛脚を業とした。1561金光教の大阪布教は、1562白神新一郎が明治八年十二月、1563難波村で取次ぎを始めたのを創始とする。1564近藤は悪病につかれて白神の広前に行き天恩・地恩の大切なことを教えられ、1565さらに「おかげは和賀(わが)心にある」という言葉に感ずる所あって入信、1566明治十五年一月から難波に広前をもうけて布教活動をする。1567これが難波教会の始めであるが、1568大正六年六十三歳で歿するまで金光教の教団組織にも参画し、1569また全国布教の礎となった人である。
1570 島原教会の杉田政次郎は近藤の教え子の一人。1571安政五(一八五八)年の生まれ。1572明治十六年入信、1573山城寺田村で布教に従事。1574明治十八年に島原で布教を始め島原教会の創始者となり、1575明治十六年、1576下京吉水町に広前をもうけた中野米次郎と両々相まって、1577京都布教に力をつくした。
1578 近藤と杉田はともにすぐれた布教力を示したが、1579同じ師弟の間でも、1580直の審神には全く反対の結論を出しているのもおもしろい。
   
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11/30霊界物語音読霊界物語の音読(朗読)をユーチューブにアップしました。今回追加したのは第1巻と第68~72巻の計6巻分です。「音読まとめ」を見て下さい。
5/1【霊界物語ネット】霊界物語本文中の「ビクトリア」を「ビクトリヤ」に直しました。事情はオニペディアの「ビクトリヤ」の「ビクトリヤとビクトリア」をお読みください。
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