霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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いろは歌

インフォメーション
題名:いろは歌 著者:出口王仁三郎
ページ:25
概要:明治36年9月10日 小松林命作 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2017-09-15 15:01:17 文字数:5762 OBC :B195301c03
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]:神霊界 > 大正6年11月1日号(第53号) > 裏の神諭
いろは歌
 
明治三十六年九月十日
小松林命 作
 
い まは斯世(このよ)の、落ぶれものよ。人に笑われ、罵(そ)しられて、誠の道を辿(たど)りつつ、末にゃ夜光(やこう)の、玉を得(と)る。
ろ こく斗(ばか)りか亜米利加(あめりか)迄(まで)が、末に日本を奪(と)る企画(たくみ)。金と便利に任(まか)しつつ。
は やく勝負を極(き)めん事にゃ、枕を高く休めない、神政成就(しんせいじょうじゅ)遂(と)ぐるまで。
に しに亜米利加(あめりか)、北には露西亜(ろしあ)、前と後に敵ひかえ、四方(しほう)海なる日本国。
ほ くそ笑いを、為(な)しつつ聞きし、神の教えの現われて、今じゃ頭が上らない。
べ んべんだらりと、談判(だんぱん)延ばし、深い巧(たく)みをする夷国(いこく)、太平洋のまん中に。
と くを貰うも又(ま)た落すのも、心次第(しだい)の大本(おおもと)ぞ。天(あま)の岩戸(いわと)の御戸(みと)開らき。
ぢ しん雷鳴(かみなり)、火の雨降(ふ)らし、人の心を戒(いま)しめる、天地の神の御経綸(おんしぐみ)。
り くつ斗(ばか)りを、エラソウに言うて、腹に誠の無いものは、今の世界の流行物(はやりもの)。
ぬ くいふところ八髭(ひげ)生(は)やし、神も仏も要(い)るものか、金が神じゃと鰌鯰(どじょうなまず)、一寸(いっすん)先(さ)きは泥の暗(や)み。
る すじゃ留守じゃと、何時(いつ)来て見ても、奥に主人は居(い)る癖(くせ)に。不思議(ふしぎ)と門(かど)に立留(たちどま)り、能(よ)く能く思案をして見れば、何時(いつ)も嘘(うそ)つくこの家に、神が御不在(おるす)という事か。
を にも十八番茶(ばんちゃ)も出花(でばな)、時が過ぎたら間に合わぬ。世界の立替(たてかえ)あるまでに、身魂(みたま)研(みが)いて置くが良い。後(あと)の改心(かいしん)間に合わぬ。
わ しは備前の岡山育ち、米の生(な)る木は未だ知らぬ。綾部(あやべ)に生(うま)れた人でさえ、世の大本(おおもと)を未だ知らぬ。灯台下(とうだいもと)は真の暗(やみ)。
か えせ戻せと扇(おうぎ)を揚(あ)げて、招くは熊谷(くまがい)須磨(すま)の浦(うら)、モ一度(いちど)斯世(このよ)を持たんとて、呼べど招けど白波(しらなみ)の、おきの毒でも此度(このたび)の、二度目の世界は返(か)やしゃせぬ。鬼門(きもん)の金神(こんじん)在(あ)る限り、世に出て居(お)れた守護神(しゅごうじん)。早く心を入れ直(なお)し、変性男子(へんじょうなんし)に従いて、今度の御役(おやく)に立つが宜(よ)い。
よ 言(げん)どころか確言ばかり、一分一厘違(ち)がやせぬ。誠の心で聞くなれば、ヒヤリヒヤリと汗が出る。何程(なにほど)邪見な身魂(みたま)でも、改心せずには居(お)られない。皇大神(すめおおかみ)の御神諭(おんさとし)。
た すけ玉(たま)われ世界の人に、如何(いか)なる罪の在(あ)りとても、暗夜(やみよ)の如(ごと)き人民の、代りと天地へ御詫(おわび)して、朝な夕なに変(かわ)りなく、出口(でぐち)の守(かみ)の御祈念(ごきねん)は、世界の為(ため)と国の為。
れ ん花(げ)経(きょう)でも南無阿弥陀(なむあみだ)でも、今度の事には間に合わぬ。木魚(もくぎょ)をどれだけたたいても、太鼓(たいこ)をドンドンなぐっても、妙見坊主(みょうけんぼうず)や日蓮(にちれん)の、一寸(ちょっと)挺(てこ)には合い兼(かね)る。二度目の斯世(このよ)の立替(たてかえ)は、勝手気儘(かってきまま)の神々や、生臭(なまぐさ)坊主(ぼうず)の年(ねん)の明(あ)き。
そ んじゃ徳じゃと計算(そろばん)斗(ばか)り。損の中にも得がある。得と思えば損となる。兎角(とかく)この世は人民の、思案斗りで行(ゆ)きはせぬ。万事万端神界(しんかい)の、教(おしえ)を守り行くなれば、見えぬ所(とこ)から神々が、守護(しゅごう)なされて何事も、キチリキチリと遂げらるる。思案も工夫も要(い)りはせぬ。心研(みが)いて御教(みおしえ)に、なびけよなびけよ神の子等(ら)。
つ るぎの山に登るとも、千尋(ちひろ)の荒海打ち渡り、底の藻屑(もくず)と成(なる)とても、ナドヤ厭(いと)わん敷島(しきしま)の、日本男子(にっぽんだんし)を引連(ひきつれ)て、丹後の国の無人島、沓島(めしま)冠島(おしま)を開かんと、神の御言(みこと)を畏(かし)こみて、勇み進んで出(いで)て行く、出口(でぐち)の守(かみ)の雄々(おお)しさよ。明治三十三年の、七月八日の未明(あさまだき)、一つの神祠(ほこら)を建初(たてそ)めて、唱(とな)うる祝詞(のりと)の声(こえ)清(きよ)く、沖に聞ゆる浪(なみ)の音も、神の御声(みこえ)と偲(しの)ばるる。東(あずま)の空は茜刺(あかねさ)す、日の出の景色(けしき)拝しつつ、神の教の神務(わざ)終(お)えて、大本(おおもと)さして帰らるる、出口の御親(みおや)の勇ましさ。
ね らう要所は対馬(つしま)に津軽(つがる)、馬関(ばかん)海峡其次(そのつ)ぎに、舞鶴軍港岸和田(きしわだ)の、間(あいだ)の軍備に眼を付けて、地勢(ちせい)要害(ようがい)取(と)り調(しら)べ、又(また)も越前(えちぜん)敦賀(つるが)より、尾張の半田(はんだ)に至るまで、国探(いぬ)を放ちて探索し、一挙に御国(みくに)へ攻め寄せて、総ての活動中断し、日本を占領する企(たく)み。夢でも見てるか夷国人(いこくじん)、日本神国(やまとみくに)の敷島(しきしま)の、神の身魂(みたま)を知らないか。鰐(わに)の如(よ)うなる口開(あ)けて、只(ただ)一呑(の)みと思うても、日本男子の魂は、胸に約(つま)りて呑めないぞ。行きも戻りも成(な)らないぞ。綾部(あやべ)の錦(にしき)の大本(おおもと)の、十里四方は宮(みや)の内(うち)、見事覚えが在(あ)るなれば、沓島(めしま)の沖まで来て見よれ。鋼鉄艦(こうてつかん)も潜艇(せんてい)も、丹後の海の埋め草に、一隻(そう)も残さず揺(ゆ)り沈め、日本兵士の忠勇と、出口(でぐち)の守(かみ)の御威徳(みいとく)で、艮大神(うしとらおおかみ)現(あら)われて、三千世界を立直(たてなお)す、首途(かどで)の血祭り覚悟せよ。
な り鳴(な)りて鳴余(なりあま)りたる駿河(するが)なる、富士の高峰(たかね)の神霊が、まさかの時に現われて、三千世界に鳴り渡り、登る竜巻(たつまき)すさまじく、清水(しみず)の港に攻め寄せし、外国船(とつくにぶね)を残りなく、沈め絶(た)やして葦原(あしはら)の、中津御国(なかつみくに)を鎮(しず)めます、神は木花咲耶姫(このはなさくやひめ)。神の勲(いさお)の尊(とう)とけれ。
ら ん暴(ぼう)極(きわ)まる畜生国(けものくに)、欲(よく)に眼光(まなこ)を曇らせて、我(わが)神国(かみくに)を屠(ほふ)らんと、日頃(ひごろ)巧(たく)みし軍略は、旅順(りょじゅん)、大連(たいれん)、韓国(かんこく)に、計画(しぐみ)外(は)ずれて馬鹿(ばか)を見む。石炭兵糧(ひょうろう)軍資まで、用意して置け旅順港(りょじゅんこ)に。今に日本が貰(もろ)てやる。其(その)返礼に日本刀(にほんとう)、一度は切味(きれあじ)見せてやろ。覚悟召(め)されよスラブども。
む かしの神の仕組(しぐ)まれし、最(いと)も便利な世が参(まい)り、蒸気(じょうき)、電気の働きで、三千世界を近よせる、交通機関も完備して、千里万里も夢の間(ま)に。是(これ)も昔(むかし)の神代(かみよ)から、神の御裔(みすえ)の奇魂(くしみたま)、奇(く)しき力の賜(たまもの)ぞ。艮(うしとら)金神(こんじん)現われて、世界一つに統(す)べ玉う。天の時節の来たものを、訳の分(わか)らぬ人民が、人智や科学の活(はたら)きと、誤解して居(お)る憐(あわ)れさよ。
う そで固めて得心(とくしん)させて、あとでペロリと舌を出す。今の世界の人々は、上から下(し)たまで其通(そのとお)り、一分(ぶ)も誠のものは無い。是(これ)が畜類(けもの)の世の中ぞ。
ゐ つも鳴(な)いてる烏(からす)と思い、神の教(おしえ)もウワの空。欲(よく)と慢心強くして、心の空もかけくもり、暗夜(やみよ)に烏(からす)の飛(た)つ如(ごと)く、何が何やら白雲(しらくも)の、曙(あけ)の烏に近よりて、日の出の守護(しゅごう)と成るなれば、悪の審判(さばき)は眼(ま)のあたり。罪穢(めぐり)の深き人々よ、早く身魂(みたま)を研(みが)き上げ、改心するが日本一、不二(ふじ)の山ほど在(あ)る罪(つみ)も、直霊(なおひ)の御魂(みたま)に清くなる。弥々(いよいよ)日出(ひので)と成るなれば、元(もと)の生神(いきがみ)あらわれて、激しき守護ある故(ゆえ)に、心に曇りあるものは、余り眩(まば)ゆて寄り付けぬ、竜宮館(りゅうぐうやかた)の庭までも。
の 山(やま)の奥も都路(みやこじ)も、天にも地にも押竝(おしな)べて、神の坐(い)まさぬ所(とこ)は無い。日輪(にちりん)お照(てら)し在(あ)る限り、変性男子(へんじょうなんし)が現われて、常磐(ときわ)の松の世となれば、神の守護(しゅごう)はあり明(あけ)の、月(つき)の形ちの御簾(みす)の内(うち)。
お もい違いの斯世(このよ)の政治、是(これ)から凡てを立替(たてかえ)て、随意(ずいい)競争(きょうそう)の弊(へい)を去り、天下(てんか)公共(こうきょう)の其為(そのため)に、世界桝掛(ますかけ)引き均(な)らし、神も仏事も人民も、勇みて暮す神代(かみよ)とし、綾部(あやべ)を世界の中心(まんなか)と、定めて国々(くにぐに)統(す)べ守る、天津日継(あまつひつぎ)の御威徳と、変性男子(へんじょうなんし)の御守護(ごしゅごう)で。
く にの為(ため)とは口先(くちさき)ばかり、今の高座(たかみ)の番頭は、我身(わがみ)好(よ)かれのしがくして、下(し)タの難儀は露(つゆ)知(し)らず、人車(くるま)や馬車に打ち乗りて、手掛(てかけ)足懸(あしかけ)色々(いろいろ)に、而(しか)も大道(おおじ)の中心(まんなか)を、従来(ゆきき)の妨害(さまたげ)気(き)にもせず、鼻(はな)高々(たかだか)と澄(すま)し込み、口に葉巻を啖(くわ)えつつ、横柄面(おうへいづら)する見苦しさ。
や がて三十七年の、明治の春の四月には、斯世(このよ)の滅亡と基督(きりすと)の、神の信徒がヒマラヤの、高地を尋(たず)ねて寄り集(つど)い、寺を建(たて)たり祈禱(きとう)して、凡ての事を打棄(うちす)てて、救いを祈る最中(さいちゅう)に、神の御国(みくに)に生(うま)れたる、日本の人が知らぬとは、灯台下(とうだいもと)は真の暗(やみ)。さわ去(さ)り乍(なが)ら世の人よ、周章(あわ)てず騒がず一筋(ひとすじ)に、神の教に従いて、誠(まこと)を尽(つく)せば此度(このたび)は、一先(ひとま)ず延ばす神の旨(むね)。斯世の滅亡来(く)る事(こと)は、何(いず)れの神も知りつれど、此儘(このまま)続(つづ)かす経綸(しぐみ)をば、知らざる故に色々と、騒ぐは無理も無けれ共(ども)、世界に鬼は無いとやら、鬼と言われし艮(うしとら)の、隅に坐(い)ませし生神(いきがみ)が、斯世この儘預(あずか)りて、善と悪とを立別(たてわ)けて、世界の洗濯為(な)し玉い、清きは赦(ゆる)し玉うなり。早く改心(かいしん)一等(いっとう)ぞ。心(こころ)次第(しだい)で此度(このたび)は、どんな御徳(みとく)も授けられ、心の悪るい人民は、厳(き)つき懲戒(いましめ)ある故に、何(な)んにも知らぬ神の子等(ら)、凡(すべ)てを捨(すて)て神界(しんかい)に、心(こころ)捧(ささ)げて祈れかし。
ま いにち新聞披(ひら)いて見れば、魔法(まっぽ)の斯世(このよ)は眼(ま)のあたり、殺人、強盗、窃盗(せっとう)に、詐偽(さぎ)に間男(まおとこ)、大喧嘩(おおげんか)、一つも碌(ろく)な記事は無い。熟々(つらつら)思案をして見れば、実(げ)にもこの世は暗黒(くらがり)よ。畜生(ちくしょう)ばかりの住(す)み処(どころ)。思えよ思え秋津人(あきつびと)。日本は神の住み処、大和御魂(やまとみたま)の持主ぞ。世界に先立(さきだ)ち善行(よきこと)の、鏡を出して敷島(しきしま)の、水晶魂(すいしょうだま)を輝かし、出口(でぐち)の守(かみ)に従いて、二度目の岩戸(いわと)の大前(おおまえ)に、世界の人を助くるは、日本の民の天職ぞ。日本御魂(やまとみたま)の持(もち)まえぞ。
け ん利義務じゃと小理窟(こりくつ)斗(ばか)り、潜(もぐ)りて飯(めし)を喰うものは、我(わが)神国(しんこく)の土の上(へ)に、いく十万の穀(ごく)潰(つ)ぶし。法律ばかりを楯(たて)と為(な)し、情誼(なさけ)も義理も知らばこそ、鬼の上前(うわまえ)越(こ)す悪魔(あくま)、日本御国(やまとみくに)に蔓(はび)こりて、今や斯世(このよ)は真の暗(やみ)、仁義、道徳、敗頽(はいたい)し、誠(まこと)の人はなき暮し、獣畜(けもの)ばかりの住む世界、清めて元(もと)え立(た)て復(かえ)す、変性男子(へんじょうなんし)の斯(こ)の教(おしえ)。
ふ じの高峰(たかね)に村雲(むらくも)懸(かか)り、清き姿を包めども、雲立ち退(の)けば元(もと)の不二(ふじ)、神代(かみよ)ながらの神の山(やま)、気高(けだか)き姿は世界一。日本魂(やまとだましい)も其通(そのとお)り、心に懸れる村雲(むらくも)を、除けば直ぐに光り出す、元(もと)は天地の分身魂(わけみたま)。魂(たま)を磨けよ人々よ。神の誠(まこと)の御教(みおしえ)を、畏(かし)こし謹(つつ)しみ赤心(まごころ)に、誓(ちか)いて固く守る可(べ)し。
こ ん輪(りん)奈落(ならく)の底まで落(おち)た、腐敗(ふはい)堕落(だらく)の世の中に、水晶御魂(すいしょうみたま)が只(ただ)一(ひ)トつ。一つの御魂を種(たね)として、日本御魂(やまとみたま)を培養(ばいよう)し、二度目の世界の御柱(みはしら)と、したつ岩根(いわね)の大本(おおもと)の、神の御役(おやく)に立てんとて、心を千千(ちぢ)に砕(くだ)きつつ、血を吐く思いの辛労を、世人(よびと)の為(ため)に舐(な)め玉(たま)う、変性男子(へんじょうなんし)の雄々(おお)しさよ。
明治三十六年九月八日
え ん慮(りょ)会釈も梨地(なしぢ)の硯(すずり)、齢(よわい)も長き命毛(いのちげ)の、筆を振いて皇神(すめかみ)は、三千世界の出来事(できごと)を、示して斯世(このよ)を救わんと、明治の廿五年より、出口(でぐち)の守(かみ)は一筋に、知らせ給(たま)えど濁(にご)る世の、人の心は真の暗(やみ)、悪魔の住家(すみか)と成果(なりは)てて、誠(まこと)の言葉は聞入れず、何時(いつ)も恐喝(おどす)と思いつめ、悪胴(わるどう)据(す)えて動かない、訳(わけ)の分(わか)らぬ人草(ひとくさ)は、地球の上に充満し、益々(ますます)この世は汚(けが)れ行く。
て んの神勅(みのり)を畏(かし)こみて、泥海(どろうみ)世界を清めんと、三千年の其の間、堪(こ)らえ玉いし御難苦は、種々(いろいろ)雑多(ざった)に身をやつし、神政(しんせい)成就(じょうじゅ)の其為(そのため)に、守り給いし霊徳が、天運(じせつ)循環(まい)りて歴然(ありあり)と、花咲き初(そ)めぬ煎豆(いりまめ)に。
あ 細亜(じあ)、亜弗利加(あふりか)、エフロッパ、南北亜米利加(あめりか)、大洋洲、一つに丸めて日本(ひのもと)の、天津日嗣(あまつひつぎ)の神徳で、万古(まんご)末代(まつだい)続かせる、神(かみ)の出口(でぐち)の道開(みちびら)き。竜宮(りゅうぐう)やかたに表現(あらわ)れて、三千世界の主(ぬし)と成(な)り、普天(ふてん)率土(そつど)を統一し、元(もと)の神世(かみよ)と改めて、神も仏も人民も、勇んで暮(くら)す松の世(よ)の、七福神の楽遊(らくあそ)び。
さ ん千世界の梅の花、一度に開く今(いま)や時(とき)、鬼門(きもん)の金神(こんじん)現(あら)われて、鬼も大蛇(おろち)も帰順して、松の神代(かみよ)と成る上は、二度目の世界は天国ぞ。曲(まが)も醜女(しこめ)も消え失(う)せて、上から下(し)たまで神心(かみごころ)、勇みて暮す楽しさよ。
き もんの神は元(もと)の神、国常立(くにとこたち)の大神(おおかみ)よ。斯世(このよ)を造り固め成し、世の根の本に隠身(すみきり)て、善悪正邪の審判(あらため)を、最(い)と厳重(おごそか)に立て玉い、この世(よ)一切(さい)守ります、尊(とう)とき神にましませり。鬼門(きもん)の神は男神(おとこがみ)、経(たて)の守護(しゅごう)と定まりて、緯(よこ)の守護(しゅごう)が裏鬼門(うらきもん)、女神(めがみ)に坐(ま)して坤(ひつじさる)、変性女子(へんじょうにょし)の神霊(しんれい)ぞ。世界の悪魔や病(やま)い神(がみ)、悪(あ)しき心の鬼どもを、払い清めて経緯(たてよこ)の、夫婦の神は人民(ひとたみ)を、導びき給(たも)うぞ尊(とう)とけれ。
ゆ めになり共(とも)セメテは一度、綾部高天(たかま)の大本(おおもと)の、竜宮館(りゅうぐうやかた)へ往(い)て見たい。ト言(い)うて霊魂(みたま)は泥(どろ)まぶれ、何(ど)うしたら垢(あか)が落ちるやら。近所(ちかく)に居ながら気が揉(も)める、教祖を一度拝したさ。
め くら聾(つんぼ)よ世界の九分(ぶ)は。昔(むかし)の神代(かみよ)が巡(めぐ)り来て、変性男子(へんじょうなんし)が現(あら)われて、世界の事を知らせども、実地見せても気が付かぬ。一度に驚愕(びっくり)する事が、出来(でき)ては成らぬと朝夕(あさゆう)に、声を限りに叫(さけ)べ共(ども)、何処(いずこ)を風が吹くらんと、言わぬ斗(ばか)りに鼻の先、フフンと笑って空向(む)いて、自(おの)が乗り行く火の車、実に憐(あわ)れな人ばかり。
み 仙(せん)の神山(みやま)に立籠(たてこも)り、この世の泥を清めんと、三十四年は菊の月、八日(ようか)に館(やかた)を立出(たちいで)て、神徳(みいつ)も高きこの山に、祈り玉いし我(わが)教主(きょうしゅ)。至誠は天地に通じけん、十五の月の有明(ありあけ)に、尊(とう)とや神霊現われて、世の行先(ゆくさ)きの事どもを、いと懇(ねんご)ろに説(と)き給い、教御祖(おしえみおや)の御心(みこころ)は、春野(はるの)の雪と解(と)け初(そ)めぬ。され共(ども)高き神の山、木立(こだち)は繁く渓(たに)深く、雲霧(くもきり)四方(よも)を閉籠(とじこ)めて、月日(つきひ)も為(ため)に光(ひか)り浅(あ)せ、常世(とこよ)の暗(やみ)の如(ごと)くなり。
し ん徳(とく)高き神の山、開けて茲(ここ)に千四百、四十余年と成りぬれど、女人禁制(にょにんきんせい)の神の山、今に汚(けが)れし事も無く、神祇の集(つど)いの神園(にわ)として、清き霊地(れいち)と鳴(なり)響(ひび)く、浪音(なみおと)たかき八塩路(やしおじ)の、女島(めしま)男島(おしま)と諸共(もろとも)に、神代(かみよ)の姿(すがた)変(か)えぬなり。神代の儘(まま)の神の国、瑞穂(みずほ)の国を守らんと、冠島(おしま)沓島(めしま)の神々は、弥山(みせん)の神山(みやま)に神集(かみつど)い、清けき和知(わち)の河水(かわみず)に、世界を清め人々を、安きに救い助けんと、天(あま)の岩戸(いわと)を押開(おしひら)き、村雲(むらくも)四方(よも)に掻別(かきわ)けて、教御祖(おしえみおや)の手を通し、口を通して詳細(こまやか)に、諭(さと)させ玉うぞ尊(とう)とけれ。
え い耀(よう)栄花(えいが)に暮(くら)して来たが、報(むく)いは忽(たちま)ち丸裸体(まるはだか)、楽(らく)した後(あと)の糠(ぬか)苦労、難儀ばかりの珠(じゅ)数(ず)つなぎ。誠(まこと)の為(ため)の苦労なら、神の助(たすけ)で何事も、末(すえ)に萎(しお)れぬ花が咲(さき)、万古(まんご)末代(まつだい)名を残し、斯世(このよ)の神と仰(あお)がれん。勤(つと)めよつとめ人々よ。誠の道に乗り替(かえ)て、松の心で励(はげ)む可(べ)し。
ひ ろい世界に只(ただ)一柱(ひとはしら)、是(これ)を誠の神という。斯世(このよ)つくりて万類(ばんるい)を、育てん為(ため)に日月(じつげつ)を、守りの神と神定(かんさだ)め、神の御子(みこ)なる民草(たみくさ)を、養い賜(たも)う難有(ありがた)さ。
も もち万(よろず)の神々(かみがみ)が、鬼門の神に従(した)がいて、三千世界を夫(そ)れ夫れに、持場(もちば)々々を守ります。山には山の神坐(い)まし、河には河の神居(い)まし、草木は草木の神居まし、海には海の神います。大地(おおち)は禁闕金(きんかつかね)の神、二度目の世界の守護神(まもりがみ)。陸(あげ)と海(うみ)との竜宮(りゅうぐう)の、乙姫(おとひめ)どのはこの砌(みぎ)り、綾(あや)の高天(たかま)に現われて、日の出の神とひっそうて、斯世(このよ)の守護(しゅご)と代(かわ)りたり。天地覆(かえ)りて上(う)え下(し)タに、成(な)るとの教(おしえ)は此事(このこと)ぞ。実(げ)にも尊(とうと)き神代(かみよ)かな。
せ まい心で鼻高(はなたか)さんが、高天原(たかあまはら)へ出て参(まい)り、出口(でぐち)の守(かみ)の「筆先(ふでさき)」を、聞いたら嘸(さぞ)や困るべし。心に合(あわ)ぬ事(こと)斗(ばか)り、三日や十日や百日に、神の経綸(しぐみ)は解りゃせぬ。誰(だれ)しも覚え在(あ)る故に、一寸(ちょっと)様子を書くなれば、浅智慧(あさぢえ)学者の胸の内(うち)、一から百まで知れ渡る。変性男子(へんじょうなんし)の御身魂(おんみたま)、出口の守(かみ)の書(かか)れたる、世界の宝の神教(みおしえ)が、心に当(あた)りて耳痛く、聞(きけ)ば聞(き)く程(ほど)腹が立ち、身体(からだ)がビリビリ震(ふる)い(ママ)出し、気分悪(あ)しくてモジモジと、終(しまい)にゃ遁(に)げて去(い)にとなる。眼(まなこ)と口の間(あい)に在(あ)る、鼻(はな)が知らずに高く成(な)り、夫(そ)れが邪魔(じゃま)して脚下(あしもと)が、見えない故(ゆえ)に丼壺(どぶつぼ)へ、落ちて難渋する迄(まで)は、ここの教(おしえ)は聞かれない。少しの学が邪魔になり、理窟(りくつ)斗(ばか)りに固まりて、何時(いつ)も疑念の晴間(はれま)なく、心に取越苦労而巳(のみ)。生(うま)れ赤子(あかご)に成るまでに、高い鼻めが邪魔(じゃま)をして、誠(まこと)の教(おしえ)の垣(かき)をする、なさけないのは人心(ひとごころ)。
す でに悪魔に取ひしがれて、危うい処(ところ)を差添(さしぞえ)の、誠(まこと)こころに染められて、捨(すて)た思案の後戻(あともど)り、洋服脱いで沓(くつ)捨(す)てて、皮のカバンも投(なげ)捨てて、昔(むかし)の神代(かみよ)の人となり、熟々(つらつら)思い回(めぐ)らせば、出口の守(かみ)の御知(おし)らせの、通りに汚(けが)れた世界じゃと、固く心を取り直し、只(ただ)一筋の神の道、心も勇み気も開き、花咲く春に遇(あ)う思い。斯(こ)んな結構が又と世に、三千世界に在(あ)ろうかと、初(はじ)めて覚(さと)り大本(おおもと)に、大きな尻を末長く、綾(あや)の高天(たかま)で猫(ねこ)と成る。オットどっこい神様の、激しき威徳に照らされて、心の底の塵芥(ごもくた)を、白状したが情け無い。是(これ)が出口の王仁三郎。
(「神霊界」大正六年十一月号)
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