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責付出獄

インフォメーション
題名:責付出獄 著者:大本七十年史編纂会・編集
ページ:615 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B195401c3228
 当局は芯事解禁にともなう新聞の攻撃、「予審決定」・「大本教改良の意見」の発表などによって、大本教団は、社会よりの非難と、内部の紛争によって自然に崩壊し、信者も離反してゆくものとみていた。しかし一部に脱落はあったが、信者の動揺と離反はすくなく、教団はいぜんとして活動していた。これをみかねた事件の責任者でもあった藤沼は、すでに大阪府の警察部長に転出していたのにもかかわらず、かねて京都時代の部下であった高芝警部に予審調書の一部を抜きがきさせて、六月四日「……大本教に対する予審終結を告げた今日に於ても、尚迷夢より覚めざるものあり、却って反抗の態度に出づる大本教幹部並に大本教に眩惑され居る一部頑迷の輩に対し、反省を促すため……」という談話をそえて、予審調書の第二一回から四四回までの抜粋を大阪で発表した。これと同時に、京都府警察部も予審調書の内容を発表し、「大本教改良の意見」をもあわせて発表した。そして藤沼は、「大本の生命である筆先が贋物である以上、その信仰には根拠がない」とのべ、大本信者にたいしてすみやかに棄教離脱するようよびかけた。これにたいし、「大正日日新聞」はただちに反論し、「……その結果はすでに予審決定書に発表されたる筆禍以外には、今回発表された予審調書内容くらいが関の山で、万事が開放的な大本内部なるにかかはらず、二年余に亘り精探したる結果断行せりと揚言せる手前、一地方官憲としては、未だ前例なき言明発表の余儀なきに至った警察部の自家弁護を気の毒に感ずる……当局者の御親切を無にして相済まぬが、大本信徒に或る一個の暗示を与ふる以外には、信仰の根底を奪ふべき急所のすべてを逸して居る。……一部の人々の中には、予審決定が発表された結果、大本を検挙した司法並に行政当局の大なる失敗であったといふものがある。若し、大正七、八年頃の筆先の中から数項目摘発して、これが不敬罪を構成するとなすならば、何故その当時に於て断乎たる処分を為さなかったか……」と、予審調書を警察部が発表するという前例をみない異例の行為は、まさしく不当であり、大本圧迫の作為によるものであると抗議した。
 当局のこうした態度は、天王平にある開祖の墓地の改築問題をとりあげたところにも明瞭である。大正七年、開祖なおが昇天すると大本は、天王平とよばれていた出口家所有の山林(旧綾部町字才ケ首丘陵)に壮大な墓をきずいた。当時警察は、個人で独立の墓をつくるのは墓地取締規則違反であるとして、罰金二〇〇円に処し改築を命じてきたので、大本は共同墓地として綾部町に寄附を申しでた。町会は同年の一二月に満場一致でこれを可決し、府知事もこれを認可した。ところがやがてその墓地が桃山御陵に類似しているとの風説がたかまってきたので、大正九年九月には、京都府警の命令によって改築したものであった。ところが大本事件の勃発とともに、この問題が再燃してきたのである。
 二月一二日、藤沼は検挙したばかりの王仁三郎に、はやくもこの問題をもちだしていた。警察の測量によると、墓所になっている一部および玉垣の大部分が、共同墓地の地域外に設けられている、というのが改築の理由である。また、墓の背後に社殿(稚姫神社)を造ってあるのが不法だというのである。しかしそれは名目上の理由で、すでに知事の認可がおりているものを、事件後になって改築を命ずるというのは、いうまでもなく大本にたいする圧迫の口実にすぎない。
 宮脇京都府警察部長は五月二〇日、綾部町長西村源之助を通じて、開祖の墓地の一部をとりのぞくように厳命した。そこで西村町長は出口すみ子にその旨をつたえたところ、王仁三郎が不在であるので六月三日まで猶予してほしいと申し入れ、役員と協議することにして即答を保留した。その間に、大本にかねて好意をよせていた西村町長は、綾部警察署長をたずねたり、京都府庁に出頭して、改築反対の意見をのべたりして懇請につとめたが、松王衛生課長は、小原高等課長立会いのもとに、西村町長の懇請をはねつけ、六月中に改修を実行しないときは非常手段にでると言明した。そこでやむなく西村町長ば、翌六月五日に出口すみ子を町役場によびだした。すみ子は高木鉄男・桜井同吉とともに出頭したところ、綾部署川勝刑事ほか二人の立会いのもとに、改築すべきことを申しわたされたので、その日の午後五時、黄金閣に役員を招集して深更まで協議した結果、ついに自主的に改築することに決定した。新聞は、この苛酷な命令に反対した信者が発狂したとか、名残りをおしむ信者らが雨の中を土下座して祝詞を奏上したとかと報道しているが、じっさいに開祖の墓をとりこわすことは、幹部はもちろん信者にとってもはなはだ不満であった。
 ところがさらにもうひとつの問題がおこってきた。大正八年いらい工事がすすめられていた本宮山神殿にたいする干渉がはじまったのである。六月一六日、伊尻京都府建築課長は、高芝警部・遠藤綾部署長の案内で本殿を調査したが、社殿は伊勢神宮を模したとみなされ、開祖の奥都城と同じ運命をたどることが予想されるにいたった。統率者をうばわれて四ヵ月。あらたな求道者の数は激減してきた。ところが六月のなかばにいたって重大な変化が生じてきた。すなわち六月の一七日、在監一二六日にして突然、王仁三郎と浅野が責付出獄してくることになったのである。その前日に蚊帳のさしいれをしたばかりの信者らにとっては、まったく予期しないところであった。いや、権力の側にとってもこれは意外な処置であったようである。なぜなら、保釈については検事側はつよく反対していたからである。古賀検事正は、そのときの検事側の態度についてこうかたっている。
責付出獄に関しては当職としては、折角墓地取毀問題や本宮山の社殿問題などが起って来た矢先であるし、王仁三郎本人にも、信者と否を問はず危害を加へたりするやうな危険があるだらうし、色々新しい事件が発生しては困るとの懸念から不同意であった。……(「大阪朝日」大正10・6・21)
 検事側の反対をおしきって責付を決定した裁判長佐藤共之は、「冷静に判断して職権を行使した」ものであるとのべている。
 一七日の午後一〇時すぎ、信者にむかえられた王仁三郎と浅野は綾部に帰ってきた。夜一一時半、二人はみろく殿に参集した信者の前に姿をあらわし、すぐ神前において責付出獄の奉告をなした。王仁三郎の帰綾は、信者の心に火を点じ、複雑化しつつある教団情勢を一変させるにあずかって力があった。改良意見は、当局の圧迫に対応して神懸りでかいたものであるとする王仁三郎のと弁明は、おおくの信者にうけいれられた。しかしそれによって、王仁三郎らの責任を追求し、幹部の辞職を要求する意見がまったく影をひそめてしまったわけではない。だが結局のところ、教団はふたたび王仁三郎によって運営されることになった。
〔写真〕
○当局は言明書・予審調書・声明を発表してさらに圧迫をくわえてきた p615
○信者はただちに反論した 大正日日新聞 p615
○1920─大正9年 開祖の奥都城は改築を命じられた p616
○第1回改築後の開祖奥都城 p617
○責付出獄後の王仁三郎 大阪にて 大阪朝日新聞社提供 p618
○王仁三郎の責付出獄 大正日日新聞 p619
   
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