瑞月
序
王仁が明治丗一年旧二月九日、神使に伴はれ丹波穴太の霊山高熊山に一週間の霊的修行を了えてより天眼通、天耳通、自他神通、天言通、宿命通の大畧を神得し、治教皇道大本の教義をして今日あるに至らしめたるに就ては、千変万化の波瀾があり、縦横無限の曲折が在る。旧役員の反抗、信者の離反、官憲の圧迫、宗教家の迫害、親族、知友の総攻撃、新聞雑誌、単行本の熱罵嘲笑、社会の誤解等、実に筆紙口舌の能くする所のもので無い。王仁は唯々開教後廿四年間の経緯を極めて簡単に記憶より喚起して、其の一端を示す事にする。
皇道大本には変性男子の神系と、変性女子の神系との二大神系が、歴然として区別されて居る。出口大教祖は国祖国常立尊の表現神として綾部の地の高天原に現はれ、神世出現の予言と警告を発し、以て神世出現の神業を専行し、水を以て身魂の洗礼を施し、救世主の再生、再臨を待つて居られたので在る。ヨハネの初てキリストに対面する迄には殆んど七年の間、野に叫びつつ在つたのである。そして変性男子は女体男霊にして、五十七才始めて茲に厳の御魂の神業に参加し玉ひ、明治二十五年の正月元旦より、同四十五年の正月元旦まで、前後満二十年間の水洗礼を以て現世の汚濁せる体系一切に洗礼を施し、世界革命の神策を実現し玉ふたのである。彼の欧刕大戦乱の如きは、厳の御魂の神業の発動にして、三千世界の一大警告であつたのである。
変性女子は瑞の御魂の神業に参加奉仕し、霊を以て世界万民に洗礼を施こすの神務である。明治丗一年の二月九日を以て瑞霊の表現者として現はれ、大正七年二月九日を以て前後満二十年間の霊的神業を完成したのである。物質万能主義、無神無霊魂説に、心酔累惑せる体主霊従の現代も、稍覚醒の域に達し、神霊の実在を認識するもの日に月に多きを加え来れるは、即ち瑞霊の偉大なる神機発動の結果にして、決して人智人力の致す所では無いのである。
誤れる信者の中には、今日の皇道大本の発展と天下の覚醒は、役員信者の忠実熱心なる努力の結果なりと称すれども、如何に神智偉能ありとも、厳瑞二霊の深甚なる御経綸と、神界の御加護なくしては、一人と雖も首肯せしめ入道せしむる事は出来ないのである。
変性男子は五十七歳にして神世開祖の神業に入り、爾来二十有七年間神筆を振るひ、以て物質界の大改正を促進し、今や霊界に入りても其の神業を継続奉仕されつつ在るのである。
次に変性女子は三十年間の神業に奉仕して以て五六七神政の成就を待ち、世界を道義的統一し、以て神皇の徳沢に浴せしむるの神業であると聞く。神業奉仕以来、本年を以て満二十三年、残る七ケ年こそ女子に取りて、最も重大なる任務遂行の難関である。神諭に曰く、『三十年で身魂の立替立直しと致すぞよ』と。変性男子の三十年の神業成就は、大正十一年の正月元日である。変性女子の三十年の神業成就は、大正十七年二月九日である。神諭に、身魂の立替立直しとあるを、能く考へて見ると、水洗礼の体系的革命が三十年であつて、是はヨハネの奉仕すべき神業であり、霊洗礼の霊魂的革令が、前後三十年を要すると謂ふ神示である。然し乍ら三十年と神示されたのは、大要を示されたもので、決して確定的のものでは無い。伸縮遅速は到底免れない。是は神界の御方針は一定不変であつても、天地経綸の司宰たるべき奉仕者の身魂の研不研に依つて変更されるのは止むを得ないのである。
神諭に『天地の元の先祖の神の心が真実に徹底了解たものが三人有りたら樹替樹直しは出来るなれど、神界の誠が解りた人民が無いから神は何時までも世に出る事が出来ぬから、早く改心致して下されよ。一人が判りたら、後の信者は判つて来るなれど、肝心の御方に判らぬと曰ふのも、是には何か一つの原因が無けねば成らぬぞよ。自然に気の付く迄待つて居れば、神業は段々遅れる斗りなり、心から発根との改心で無ければ、教へて貰ふてから合点する様な身魂では、到底この大神業は勤まらぬぞよ』云々。
実際の御経綸が分つて来なくては、空前絶後の大革正の神業に完全に奉行する事は出来るものでは無い。実に神様は歯痒く思つて居らるるでありませう。
御神諭に身魂の樹替、樹直しと謂ふ事がある。大抵の信者は、此の身魂を混同して、ミタマと云へば霊魂のみの事と思つて居る人が沢山に在るらしい。身は身体、亦は物質界を指し、魂とは霊魂、心性、神界を指し玉ふたのである。総て宇宙は霊は尊く、体が次ぎと成つて居る。身の方面即ち物質的現界の改革を断行されるのは国祖大国常立神であり、精神界、神霊界の改革を断行したまふのは、豊国主の神の顕現たる瑞の御魂の神権である。故に宇宙一切は霊界は主であり、現界が従であるから、之を称して霊主体従と曰ふのである。
大本の信者の大部分は真正に神諭の了解が出来て居ないから、体的経綸の神業者ヨハネを主とし、霊的経綸の神業者を従として居る人が多い。否な全部体主霊従の信仰に堕落して居るのである。神諭に『艮の金神が天の御先祖様、五六七の大神様の御命令を受けて、三千世界の身魂の立替、立直しを致すぞよ。それに就ては、天の神様地に降りて御手伝遊ばすぞよ』とあり、(天の神様地に降りて御手伝遊ばすぞよ)との神示に注意すべきである。此間の神界の御経綸が分らなければ、皇道大本の真相が解らぬ。真相が解らぬから何時までも体主霊従の誤つた宣伝を続行して益々天地の大神の御経綸を妨ぐる事になるのである。神諭にも『途中の鼻高が我はヱライと慢心いたして、神を尻敷にいたして居るぞよ』とあるが、是が判つた人が、一日も早く出て来て欲しい。身と魂と一致して神業を完成するのは、三代の御用と云ふ事も、以上の消息が解つて来ない間は、実現するもので無いのである。
神諭にも『斯の大本は男子と女子との筆先と、言葉とで開く経綸であるから、外の教を持て来て開ひたら大変な間違ひが出来て来て、神の経綸の邪魔になるから、役員の御方心得て下されよ。慢神致して我を出したら、神の真似を致して筆先を人民が出したら、何辺でも後戻りを致すぞよ。今は初発であるから、成る様に致して、御用聞いて貰はねばならぬなれど、五六七様がお出ましになりたら、男子女子の外は筆先は出されんぞよ』云々と所々に示されてある。此の筆先と云ふ神意は新聞紙の事では無い。要するに役員さん等の発行されつつある単行本の中でも、教義的意味を含んだものを指されたのである。何程人間の智慧や学文の力でも、深玄微妙なる神様の大御心が判るもので無い。故に大本の歴史に関する著述は差支えないが、苟も教義に関する著書は、神諭の解つた役員信者から根本的に改変して貰はぬと、何時迄も神様は公然と現はれ玉ふ事が出来ぬので在ります。
今迄の著書と雖も、全部誤つて居るのでは無い。唯教義的意味ある箇所に限つて人意が混同して居るだけである。然し乍ら、仮令一小部分でも間違つて居つては実に大変である。王仁は学者の意味を尊重して、今日迄は隠忍して和光同塵策を持して来たのであるが、最早今日と成つては信者も多く、又神霊界の読者も日に月に増加し、天下の注意を曳く如うに成つて来たから、黙視するに忍びず、涙を呑んで此の稿を書いたので在る。何程立派な神が憑つて、書を著はしたり、口で説いても根本の経綸は解つた神はない。皆近頃現はれる神の託宣や予言は全部守護神が大本の神諭を探り、似たり八合の事を行つて居るもの斗りである。今後未だ未だ所々に偽予言者、偽救主が出現して、世人を惑はせ、世人をして其の本末軽重を謬らしむる事が出て来るから、読者の深甚なる注意を望む次第であります。
一 霊山修行
高熊山は上古は高御座山と称し、後に高座と曰ひ、次で高倉と書し、終に転訛して高熊山と成つたので在る。丹波穴太の山奥にある高台で、上古には開化天皇を祭りたる延喜式内小幡神社の在つた所である。武烈天皇が継嗣を定めむと為し玉ふた時に穴生の皇子はこの山中に隠れたまひ、高倉山に一生を送らせ玉ふたと言ふ古老の伝説が遺つて居る霊山である。天皇は何うしても皇子の行衛が解らぬので止むを得ず皇族の裔を探し出して継体天皇に御位を譲り玉ふたので在ります。又此の高熊山には古来一の謎が遺つて居る。
『朝日照る、夕日輝く、高倉の、三ツ葉躑躅の其の下に、黄金の鶏小判千両埋けおいた』
昔から時々名も知れぬ鳥が鳴いて、里人に告げたと曰ふ事である。王仁は登山する毎に、三葉躑躅の株は無いかと探して見たが、何時も見当らなかつた。昨九年の春、信者と倶に登山して休息して居ると、王仁の脚下に、その三ツ葉躑躅が生えて居るのを見出し、初めて其の歌の謎が解けたのであります。
朝日照ると言ふ意義は、天津日継天皇の御稜威が旭日東天の勢を以て、八紘に輝き渡り、夕日輝やくてふ、西洋諸国までも皇徳を光被し玉ふ黄金時代の来る事であつて、此の霊山に神威霊徳を秘め置かれた神界の謎である。
三ツ葉躑躅とは、三の御霊、瑞霊の意である。ツツジの言霊は、万世一系天壌無窮の皇運を扶翼し奉る神人の意である。小判千両埋けおいた、大判は上を意味し、小判は下にして、確固不動の権力を判と云ふのである。即ち小判は小幡ともなり、神教顕現地ともなるのである。穴太の産土小幡神社の鎮座ありしも、御祭神が開化天皇であつたのも、深い神策の在りませる事と、恐察し得るのである。之を思へばアア明治卅一年如月の九日、富士浅間神社の祭神、木花咲耶姫命の神使、芙蓉仙人に導かれて当山に王仁が一週間の神示の修行を命ぜられたのも、決して偶然では無いのであります。
神示の随々に高熊山に出修したる王仁の霊力発達の程度は、非常に迅速であつた。汽車よりも飛行機よりも、電光石火よりも迅速に霊的研究は進歩したのである。譬えば幼稚園の生徒が大学を卒業して、博士の地位に進んだ如うな進歩であつた。過去現在未来に透徹し、神界の秘奥を窺知し得ると共に、現界の出来事なぞは数百年数千年の後まで知悉し得られたのである。然し乍ら、総て一切神秘に属し今日之を詳細に発表する事の出来ないのを遺憾とする次第である。
故に王仁が前後一週間に於ける修行に依りて肉体霊魂上に得たる神徳の結果を発表する事にのみ、留めて置かうと思ふ。
二 業の意義
霊界の業と云へば世間一般に深山幽谷に入つて、出世間的難行苦行の事とのみ考えて居る人が多い様である。跣足や裸体になつて、山神の社に立籠り断食を為し、断湯をなし、火食を止めて神仏に祈願を凝らし、妙な動作を為し、異行を敢てする事を以て徹底的修行を完了した如うに思ひほこる人々が多いのである。
総て業は行である以上は顕幽一致身魂一本の真理に依り、顕界に於て可及的大活動を為し以て天地の経綸に奉仕するのが第一の行である。例之一ケ月でも人界の事業を廃して山林に隠遁し、怪行異業に熱中するは一ケ月間の社会の損害であつて、所謂神界の怠業者、亦は罷業者である。総て神界の業と云ふものは現界に於て生成化育、進取発展の事業に竭すを以て第一の要件とせねばならぬ。
今日の大本の或る一部の人士の様に何事も惟神々々と云つて難を避け、易きに就かむとするは神界より御覧に成ると実に不都合不届至極の奴と曰はねばならぬのである。少しも責任観念と云ふものが無いのみか、尽すべきを尽さずして神業の妨害斗り為乍ら、却つて神界へ対して不足斗り謂つて居る。是が大本内部の黄泉醜人である。神諭に、『綾部の大本へは世界の落武者が出て来るから用心をせよ』と云ふ事が示されてある。神界の業と曰ふものはそんな軽々しき容易なものでは無い。
王仁が前に述べた様に山林に分入りて修行する事を批難して置きながら、肝心の御本尊は一週間も高熊山で行をしたのは、自家撞着も甚だしいでは無いかとの、反問も出るであらうが、併し王仁はそれ迄に二十七年間の俗界での修行を遂行した。其の卒業式とも云ふべきものであつて、生存中只一回のみ空前絶後の実修であつたのである。
世には釈迦でさへ檀特山に於て数ケ年間の難行苦行をやつて仏教を開ひたではないか、それに僅か一週間位の業で、三世を達観する事を得る如うになつたとは余りの大言では在るまいかと、疑問を抱く人々もあるであらうが、釈迦は印度国浄飯王の太子と生れて社会の荒き風波に遇ふた事の無い坊ンさんであつたから、数年間の種々の苦難を味はつたのである。王仁は之に反し幼少より極貧の家庭に生れて、社会の所在辛酸を嘗め尽して来たために、高熊山に登る迄に顕界の修行を了え、亦幾分かは幽界の消息にも通じて居つたからである。それ故僅か一週間位で修行の功を顕はしたのである。
三 現界の苦行
高熊山の修行は一時間神界の修行を命せられると、現界は二時間の比例で修行を命せられたのである。併し二時間の現界の修行より、一時間の神界の修行の方が数十倍も苦しかつたのである。現界の修行と謂つては寒いのに襦袢一枚と成つて、前后一週間水一抔呑まず一食もせず岩の上に静座して無言で居つた事である。其の間には降雨もあり、寒風も吹き来たり、夜中になつても狐狸の声も聞かず、虫の音も無く、時々山も崩れむ斗りの怪音や、何んとも言へぬ厭らしい身の毛の震慄する怪声が耳朶を打つのである。寂しいとも恐ろしいとも何んとも形容の出来ぬ光景である。たとへ狐でも、狸でも、虎狼でも構はぬ生ある動物が出て来て生きた声を聞かして欲しい。其の姿なりと、生物であつたら見たいものだと憧憬れる如うに成つた。アヽ生物位人の力に成るものは無いと思つて居ると、傍の小篠の中からザアザアと足音をさして黒い影の動物が自分の静座する、一尺程前までやつて来た。夜眼には確かにそれと判り兼るが慥に大きな熊であつた。
此の山の主は巨大な熊であると云ふ事を常に古老から聞かされて居つた。そして夜中に人を見付けたらその巨熊が八裂にして松の枝に懸けておくと云ふ事を聞いて居つたので王仁は今夜こそ斯の巨熊に引裂れて死ぬのかも知れないと其の瞬間に思つた。
侭よ何事も随神に一任するに如かずと心を臍下丹田に落付けた。サアそうなると恐ろしいと思つた巨熊の姿が大変な力となり、其の呻声が恋しくて堪らぬ様に成り、世界一切の生物に仁慈の神の生魂が宿り玉ふと云ふ事が感じられた。
斯る猛獣でさえも寂しい時には力に成るものを況んや万物の霊長たる人に於ておやだ。アヽ世界の人々を悪んだり、怒らしたり、侮つたり、苦しめたり、人を何んとも思はず、日々を暮して来た自分は何とした勿体ない罰当りで有つたのか、仮之仇敵悪人と雖も皆神様の聖霊が宿つて居る。人は神である。否な人斗りでは無い、一切の動物も植物も皆我々の為には、必要なる力であり、頼みの杖である。
人は堂しても一人で世に立つ事は出来ぬものだ。社会の御恩と云ふ事を忘れては人の道が立たぬ。人は持ちつ持たれつ相互に助け合ふて行くべき物である。人と名が付けば鬼でも蛇でも構はぬ、大切に為なくては成らぬ。それに人は少しの感情や利害の打算から互に憎み嫉み争ふとは、何んたる矛盾であろう。不真面目で在ろう。人間は神様である。人間をおいて力に成つて呉れる神様が何処に在るで在ろう乎。
神界には神様が第一の力で在り、便りであるが、現界では人間様こそ我等を助くる誠の生きたる尊い神様であると心の底から考へて来ると、人間様が尊く難有く思はれて争論なぞは到底出来るもので無い。出来る事なら人間様は第一、禽獣虫魚と雖ども、粗末に取扱ふ事は天地の神明に対して恐れありと云ふ事を悟了したのである。
是が王仁の万有に対する慈悲心の発芽であつて、末に仁愛の大神業に奉仕するの基礎的実習で在つたのであります。
四 現実的苦行
次に王仁の第一に難有く感じたのは水であつた。一週間と云ふものは水一滴口に入れる事も出来ず、咽喉は時々刻々に渇いて来て何んとも言へぬ苦痛である。たとへ泥水でも好い水気の在るものが欲しい。木の葉でも噛んで見たら少々位水は含んで居るで在ろうがそれも一週間は神界から飲食一切を禁止されて居るので、手近に在る木の葉一枚口に入れると云ふ訳には行かぬのである。其の上日々刻々に空腹で気力も衰ろへ、お土一片口にする事は出来ぬ。膝は崎嶇たる巌上に静座せる事とて、是位ゐ痛くて苦しい事は無い。寒風は肌身を切る如である。
王仁が不図空を向く途端に松の露がポトポトと雨後の風に揺られて、王仁の唇辺に落ちかかつた。何心なく之を口にした。只一滴の松葉の露のその味は、甘露とも何とも譬へられぬ美味であつた。
是を考へて見ても、結構な水を火にかけて湯に沸して温いの熱いのと小言を云つて居る位ゐ勿体ない事は無い。
草木の葉一枚でも神様の御許しが無ければ戴く事は出来ず、衣服は何程持つて居つても神様の御許しなき以上は着る事も出来ず、恰も餓鬼道の修業であつた。其の御蔭に依つて水の恩を知り、衣食住の大恩を知り、贅沢なぞは夢にも思わぬ様に、何んな苦難に逢ふも驚かず、悲しまず、如何なる反対や嘲笑熱罵も只勿体ない難有い難有いで平気で、社会に泰然自若、感謝のみの生活を楽しむ事が出来る如うに成つたのも全く修行の御利益である。
それに就て今一つ衣食住よりも人間に取つて尊とく難有いものは空気である。飲食物は十日や二十日位廃した所で、死ぬ様な事は滅多に無いが、空気は唯の二三分間でも呼吸せなかつたならば直ちに死んで了ふより途は無い。王仁がこの修行中にも空気を呼吸する事だけは許されたのであつた、人は衣食住の、大恩を知ると同時に、空気の御恩を感謝せなくては成らぬのである。併し以上述べたる所は、王仁が高熊山に於ける修行の現界的即ち肉体上に於ける神示の修行であります。霊界に於ける神示の修行は到底前述の如き軽い容易なものでは無かつた。幾十倍とも幾百倍とも知れぬ大苦難的修練であつた。
五 霊界の修行
霊界には神界と幽界の二大境域があつて、神界は正しき神々や正しき人々の霊魂の安住所である。幽界は邪神の集まる所であり、悪罪者の霊魂の堕ち行く所である。そして神界は至善、至美、至明、至楽の神境で天の神界、地の神界に別れて居り、天の神界にも地の神界にも各自三段の区劃が定まつて居り、上中下の三段の御魂の夫れ夫れに鎮まる楽園である。幽界にも根の国底の国に別れ各自三段に区劃され、罪の軽重、大小に由りて、夫れ夫れに落されて行く、至悪、至醜、至寒、至苦の刑域である。今王仁は茲に神界の御許しを得て神幽両界の大要を表示して見やう。

[#図 神幽両界の大要]
霊界の大要は大畧前記の通りであるが王仁は芙蓉仙人の先導にて幽界探険の途に上る事と成つた。勿論身は高熊山に端座して只霊魂のみが往つたのである。
行く事数百千里空中飛行船以上の大速力で、足も地に就かず殆んど十分斗り進行を続けたと思ふとそこにて芙蓉仙人は立留まつて王仁を顧み弥よ弥よ是からが幽界の関門であると云つて大変な大きな河の辺に立つた。一寸見た所では非常に深いやうで在るが渡つて見ると余り深くは無いが不思議にも王仁の着て居た紺衣は水に洗はれたのか忽ち純白に変じたのである。別に衣服の一端をも水に浸したとも思はぬに肩先まで全部が清白になつたのである。
芙蓉仙人と共に名も知らぬ此の大河を対岸へ渡り切り、水瀬を眺めると不思議にも水の流れと思つたのは誤りで、大蛇の群が幾百万とも限り無き程集まつて各自に頭を擡げ火焔の舌を吐ひて居るのには驚かされたのである。
それから次々に渉り来たる数多の旅人らしきものが何れも皆大河と思つたと見えて王仁の渉つたやうに各自に裾を捲き上げて居るのである。そして不思議な事には各自の衣服が種々の色に変化する事であつた。或は黒に或は黄色に茶褐色に其他雑多の色に忽然として変つて来るのを、何処もなく五六人の恐い顔をした男が一々姓名を呼び止めて一人々々に切符の様なものをその衣服に付けて与る。そして速く立てよと促す。
旅人は各自に前方に向つて歩を進め、一里斗りも進んだと思ふ所に、一つの役所の如うなものが建つて在つた。其中から四五の番卒が現はれて其の切符を剥ぎ取り、衣服の変色の模様によつて上衣を一枚脱ぎ取るもあり、或は二枚三枚と脱ぎ取られ下衣一枚に為られるもあり丸裸に為られるのもある。又一枚も脱ぎ取らずに他の旅人から取つた衣物を或は一枚、或は二枚三枚、中には七八枚も被せられて苦しさうにして出てゆくものもある。
一人々々に番卒が付き添ひ各自規定の場所へ送られて行くのであつた。
六 八街の光景
爰は黄泉の八街と曰ふ所であつて米の字形の辻である。其の真中に一つの幽界の政庁が在つて牛頭馬頭の恐い番卒が猛獣の皮衣を身に付けたのも在り、丸裸に猛獣の皮の褌を締め込み、突棒や手槍や、鋸や、斧、鉄棒に、長い火箸なぞを携えた奴が沢山に出て来る。王仁は芙蓉仙人の案内でズツト奥へ通ると其の中の小頭とも云ふ如うな鬼面の男が長剣を杖に突き乍ら出迎えた。
そして芙蓉仙人に向つて御遠方の所、遥々御苦労でありました。今日は何の御用にて御来幽になりましたかと恐い顔に似合はぬ慇懃な挨拶である。王仁は意外の感に打たれて両者の応答を聞くのみで在つた。
そうすると芙蓉仙人から、神界の大神の命に依り大切なる神人を案内申して参りました。即ち此の御方で在りますが、今回は現神幽改革の使命を帯び、第一に幽界の視察を兼ねて修行に見えたのでありす。此の方は丹州高倉山に古来秘め置かれました三ツ葉躑躅の神霊であります。何卒大王に此旨御伝達を願ふと、言語に力を篭めての依頼であつた。
小頭は王仁に軽く一礼して急ぎ奥へ行つた。待つこと稍少時奥には何事の起りしかと思はるる斗りの物音が聞ゆるので、芙蓉仙人に聞いて見ると、曰く神人来幽に付き準備せむが為であると。
王仁は怪しみて神人とは誰ぞ、答へて曰く、瑞の身魂なり、肉体ある人幽界に来る時は何時も庁内の模様を一時変更さるる定めなり。今日は別けて神界より前以て沙汰無かりし故に要するに幽庁は狼狽の体なりと。
王仁は問ふて曰く瑞の身魂とは誰ぞや、答へて曰く、汝の守護神なり。茲に於て初めて王仁は、我本守護神を知つたのであつた。
静かに隔ての戸を開いて、前の小頭先導に立ち、数名の役員らしきもの出で来たり、軽く二人に目礼し前後に付添ひて奥へ奥へと導き行くのである。上段の間には白髪異様の老人が机を前に置き端座して居る。何となく威厳があり且つ優しみがある。そして極めて美くしい面貌であつた。
芙蓉仙人は少しく腰を屈め乍ら其の右前側に座して何事か奏上する様子である。役人は綺羅星の如くに中段の間に列んで居る。老人は王仁を見て美はしき顔に、一層美はしき光りを湛へ、笑顔を作り乍ら、瑞の身魂殿、遠方大儀なり疾く是にと、自ら左前側に王仁を着座しめられた。芙蓉仙人と三人は三角形の陣を取つた。王仁は座に就き老人に向つて低頭平身敬意を表した。老人も亦た仝じく敬意を表して頓首し玉ひ告げ玉はく、我は根の国底の国の監督を天より命ぜられ、三千有余年当庁に主たり、大王たり。今や天運循環弥々我が任務は一年余にして終る。余者汝と共に神界現界に出で相提携して以て宇宙改造の大神業に参加せむ。併し乍ら我は既に永年幽界を主宰したれば今更幽界を探究するの要なし。汝は今初めての来幽なれば、現幽両界の為実地の試練さるるの要あり。然らざれば今後に於て現界を救ふ可き大慈の神人たる事を得ざる可し。是非々々根の国、底の国を探究の上帰現されよ。汝の産土の大神を招き奉らむとて、天の石笛の音も爽やかに吹き立て玉へば、忽然として白衣の神姿、雲に乗りて降り玉ひ、三人の前に現はれ丁重なる態度を以て何事か小声に大王に詔らせ玉ひ、次に庁の数多の列座に向ひて厚く礼を述べ、次に芙蓉仙人に対して氏子を御世話であつたと感謝され、最後に王仁に向つて一巻の書を授け玉ひ、頭上より神息を吹き込みたまふや、王仁の腹部殊に臍下丹田は、俄に暖かさを感じ、身魂の全部に無限無量の力を得たるを覚えたのである。
七 幽庁の審判
茲に大王の聴許を得て、王仁は産土の大神、芙蓉仙人と共に審判廷の傍聴を為す事を得た。仰ぎ見る斗りの高座には大王出御あり、二三尺下の座には形相凄じき冥官等の列座して居る。最下の審判廷には数多の罪人が土下座になつて畏こまつて居る。見渡せば王仁に続ひて大蛇の川を渉つて来た旅人も早既に多数罪人の中に混じり込んで審判の言渡しを待つて居る。日本人斗りかと思へば支那人朝鮮人西洋人なぞも沢山に居るのを見た。王仁は或る川柳に『唐人を入り込にせぬ地獄の絵』と云ふのが在る、其れを思ひ出して、この光景を怪しみ仙人に耳語して其の故を尋ねた。何んと思つたか、仙人は頭を左右に振つた限り、一言も答えて呉れぬ。王仁も強ひて尋ねる事を控えたのである。
不図大王の容貌を見ると、アツト驚いて倒れむ斗りになつた。そこを産土の大神と仙人とが左右から支えて下さつた。若し此時に二柱の御介抱が無かつたら王仁は気絶したかも知れぬのである。今迄温和優美にして犯す可からざる威厳を具え、美はしき無限の笑みを湛え玉ひし、大王の形相は忽ち真紅と変じ、眼は非常に巨大に、口は耳の辺まで引裂け、口内より火焔の舌を吐き玉ふ、冥官亦た仝じく形相凄まじく、面を上げて見る能はざるの光景にて、審判廷は俄かに物凄さを増して来た。
大王は中段に座せる冥官の一人を手招きし玉へば、冥官畏こまりて御前に出づ。大王は冥官に一巻の書帳を授け玉へば、冥官恭しく押戴き元の座に帰りて、一々罪人の姓名を呼びて判決文を朗読するのである。
番卒は順次に呼ばれたる罪人を引立てて幽廷を退くのである。現界の裁判の如く予審だの控訴だの大審院だのと云ふ如うな設備も無ければ弁護人も無く、単に判決の言渡し而己で極めて簡単である。
王仁は仙人を顧みて、何故に冥界の審判は斯の如く簡単なりやと尋ると、仙人は答えて人間界の裁判は常に誤判がある。人間は形の見えぬものには一切駄目である。故に幾度も慎重に審査せなくては成らぬが、冥界の審判は三世洞察自在の神の審判なれば、何程簡単で在つても毫末も過誤は無い。又罪の軽重大小は、大蛇川を渡る時、着衣の変色に由りて明白に判ずるを以て、再び審査の必要は絶無なりと教えられたのである。
一順言渡しが済むと大王は座を静かに立ちて元の御居間に帰られた。王仁も亦再び大王の御前に招ぜられ、恐る恐る顔を上げると、コハそも如何に、今迄の恐ろしき形相は跡形も無く変らせ給ひて、亦た元の温和にして慈愛に富める美はしき御面姿に返つて居られたのであつた。大本神諭に
『出口直は因縁ありて昔から鬼神と言はれた、艮の金神の其侭の御魂であるから、改心の出来た誠の人民が前へ参りたら結構な言ふに言はれぬ優しい神であれども、一寸でも心に身欲が在りたり、慢神致したり、思惑がありたり、敵対心のある人民が直の前へ出て参りたら直ぐに相格は変りて鬼か大蛇の様になる恐い身魂であるぞよ。』
と示されて在るのを、始めて拝した時は堂しても今度の冥界に来りて大王に対面した時の光景を思ひ出さずには居られなかつたのである。亦た出口教祖に初めて拝顔した時に、其の優美にして温和、且つ慈愛に富める御面姿を見て、大王の御顔を思ひ出さずには居られ無かつたのである。
大王は座より立つて王仁の手を堅く握り乍ら、両眼に涙を湛えて、三葉様御苦労なれど是から冥界の修行の実行を願はねば成らぬ。顕幽両界の救世主たるものは、救世主の実学を習つて置かねば成らぬ。湯なりと進ぜ度は山々なれど湯も水も修行中に禁制である。扨て一時も早く実行に掛られよと御声さえも湿らせ給ふので在つた。茲で産土の大神は大王に何分宜しく御頼み申し上げると仰せられた侭、跡をも向かず再び高き雲に乗りて何れへか帰つて行かれた。
仙人も亦大王に黙礼して王仁には何も言はず早々に退座せられた。跡に取り遺こされた王仁は少しく狼狽の体で在つた。大王の御面相は俄然一変して其の眼は鏡の如く、光り輝き口は耳まで裂け、再び面を向ける事が出来ぬのである。そこへ先程の冥官が番卒を引連れ来たり、忽ち王仁の白衣を脱がせ、灰色の罪人服に着替させ、第一の門から突き出されて了まつた。
外へ出て見ると一筋の汚ない細い道路に、枯草が塞がりその枯草が皆氷の針の如うに成つて居る。跡へも帰れず進む事も出来ず、横へ行かうと思へば深い広い溝が掘つてあり、其の溝の中には恐ろしい厭らしい虫が充満して居る。王仁は進み兼、思案に呉れて居ると、空は真黒な怪しい雲が出て雲の中から恐しい顔をした鬼の如うな物が睨み詰めて居る。跡からは恐い顔した中と云ふ字のついた柿色の法被を着た冥卒が穂先の十字形を為した鋭利な槍で突き刺さうとする。止むを得ず前へ逃げる様にして進むのであつた。
四五丁斗り往つた処に、橋の無い深い広い川が在る。何心なく覗いて見ると先へ行つた罪人と見えて、汚ない血とも膿とも判らぬ水に落ちて身体中を蛭が集つて空身の無い所まで、血を吸ふて居る。罪人は苦しさうな悲しさうな声でヒシツテ居る。王仁も此の溝を越えねば成らぬが、翼無き身は如何にして此の広い深い溝が飛び越えられやうか。跡からは赤い顔した番卒が、鬼の相格に化つて鋭利な槍を以て突き刺さうとして追ひかけて来る。進退維谷まつて、泣くにも泣けず煩悶して居つたが、俄に思ひ出したのは先程産土の大神から授かつた一巻の書である。懐中より取出し押戴き披いて見ると畏くも、天照大神、惟神霊幸坐と筆跡、墨色ともに、美はしく鮮かに認めて在る。王仁は思はず知らず、天照大神、惟神霊幸坐と唱へた途端に、身は溝の向ふへ渡つて居つた。
番卒はスゴスゴと元の途へ帰つて行くので在つた。先づ一安心して歩を進めた。俄かに寒気酷烈に成りて、手足が凍えて堂する事も出来ぬ。かかる所へ現はれたのは黄金色の光りで在つた。ハツト思つて王仁が驚いて見て居ると光りの玉が脚下二三尺の所に忽然として現はれた。
八 女神の出現
不思議に堪えずして、王仁は金色燦爛たる珍玉を、何と無く、力強く感じられて、眺めて居つた。次第々々に、玉は大きく成ると共に、水晶の如うに、澄切り出して、忽ち美はしき、女神の御姿と、変化し玉ふた。全身金色にして、仏祖の所謂、紫摩黄金の肌で、其の上に、玲瓏透明に坐し坐して、白の衣裳と、下に緋の袴を穿ち玉ふ、愛情溢るる斗りの、女神であつた。女神は、王仁の手を採り、笑を含んで、吾は大便所の神なり。汝に之を捧げむと、言下に御懐中より、八寸斗りの比礼を、王仁の左手に握らせ玉ひ、再会を約して、亦た元の如く金色の玉となりて、中空に舞上り、電光石火の如く、九重の雲深く、天上に帰らせ給ふたので在る。
其の当時は、如何なる神様なるや、又王仁に対して、何故に、斯の如き珍宝を、斯かる寂寥の境域に降りて、授け給ひしや、疑問であつた。併し参綾後、初めて氷解出来た。出口教祖の御話に、禁闕要の神は、全身黄金色で在つて、大便所に、永年の間、落とされて苦労艱難の、修行を積んだ、大地の金神様である。その修行が積んで、今度は世に出て、結構な御用を、遊ばす如うに、なりたのであるから、人間は大便所の掃除から、歓んで致すやうな、精神にならぬと、誠の神の御用は出きぬ。夫れに今の人民さんは、高い処へ上つて、高い役をしたがるが、神の御用を致すものは、汚穢所を、美しくするのを楽んで致すもので無いと、三千世界の、大洗濯、大掃除の御用は、到底勤め上らんぞよとの御言葉を承り、且つ神諭の何処にも記されたるを拝して、奇異の感に打たれ、神界の、深遠微妙なる御経綸に驚いたのである。
女神に別れ、只一人、太陽も、月も、星も、見えぬ、山野を、深く進むので在つた。
山深く分け入る我は日も月も
星さへも見ぬ狼の声
この歌を詠んだのは、此時の事であつた。冷たい途の傍に、沼とも、池とも知れぬ汚ない水溜りが在つて、其の水に美くしい三十才余りの、青年が陥り、諸々の虫に集られ、顔は其侭であるが、首から下は、全部蚯蚓に成つて了ひ、見るまに、顔までが、悉皆数万の、蛆虫に成つて了つた。私は思はず、天照大神、産土大神、惟神霊幸坐』と二回繰り返すと、不思議にも、元の美くしい青年に成つて、其の水溜りから、這上り、嬉し相な顔して礼を述べた。
その青年の語る処に由ると、大変に竜女を犯した、祖先の罪に由つて、自分も亦た、悪い後継者となつて、竜女を犯した。その罪に依つて、斯う言ふ苦しみを、受くる事に、成つたので在るが、今王仁の神文を聞いて、忽ち斯の通り、助かつたと言つて感謝するのであつた。其の顔の御本人の肉体は、今猶ホ皇道の大本に於て、重要なる、役員の一人である。
それから、王仁は、天照大神の御神号を、一心不乱に唱へつつ、前進した。月も無く、烏も無く、霜は天地に充ち、寒さ酷しく、膚を断る如く、手も足も、棒の如うに成り、息も凍らんとする時亦もや、天照大御神惟神霊幸坐と、口唱し奉つた。不思議にも言霊の神力著しく、忽ち全身に、暖を覚え、手も足も、湯に入りし如くなつた。
アヽ地獄で神とは、此事であると、感謝の念は、涙の滝と、流るる斗りである。四五十丁も、辿り行くと、其処に、一つの断崕に衝当る。止を得ず、引き返さむとすれば、鋭利なる槍の尖が、近く五六寸の処に、来て居る。此上は神に任し奉らむと、決意して、氷に足をすべらせつ、右手を見れば、深き谷川があつて激潭飛沫、流声物すごき中に、名も知れぬ、見た事も無き、恐ろしき動物が、川へ落ちたる旅人を、口にくわえて、谷川の流れに浮びたり、沈んだり、旅人は、助けて助けてと、一点張に叫んで居る。王仁は、再び神号を唱へてやると、旅人を喰へて居た、怪物の姿は、沫と消えて了つた。
助かつた旅人の名は舟木と曰ふ。彼は喜こんで、王仁の後に、付いて来るのである。王仁も一人の道連れを得て、幾分か、心は丈夫に成つて来た。危ふき断崕を辛ろうじて、五六十丁斗り進むと、途が無くなつて了ふ。
薄暗い途を、行く二人は、茲に停立して、思案に暮れて居た。そうすると、何処とも無く、大声で、ソレ彼等二人を、免すなと呼ぶ、俄に騒々しき物音が、頻りに聞こえて、口の巨大なる怪物が、幾百とも無く、二人の方へ向つて、襲ひ来る様子である。
二人は進退維れ谷まり、如何はせむと、狼狽の体であつた。何程神号を唱えても、少しも退却せず、益々迫つて来る。今迄怪物と思つたのが不思議にも其の面部だけは、人間に成つて了つた。其の中で、巨魁らしき魔物は、忽ち長剣を揮つて、両人に迫り来たり今や斬り殺されんとする刹那に、白衣金膚の女神が、再び其場に、光りと倶に現はれた。そして、比礼を振らせ玉へと言つて、姿は忽ち消えて了つた。
懐中より神器の比礼を出すや否や、上下左右に払つた。怪物は、追々と遠く退却する、ヤレ嬉しやと思ふ間も無く、忽然として、大蛇が現はれ、巨口を開いて、両人を呑んで了つた。両人は、大蛇の腹の中を、探り探り進んで往く。今迄寒さに、困つて居た肉体は、何処とも無く、暖い湯に、浴した様な、心持ちであつた。
轟然たる大音響と共に幾百千里とも分らぬ、奈落の底へ落ち行くのであつた、
不図気が就くと、幾千丈とも知れぬ、高い滝の下に、両人は身を横たえて居た、自分の周囲は、氷の柱が幾万本とも、知れぬ程、立つて居る。両人は、此高い瀑布から、地底へ急転直落した事を覚つた。一寸でも、一分でも、身動きすると、冷え切つた、氷の剣で、身を破る。起きるにも、起きられず、同伴の舟木を見ると、魚を串に刺したやうに、長い鋭い氷剣に、胴の辺りを貫ぬかれ、非常に苦しんでゐる。王仁は、満身の力を、篭めて、アマテラスオホミカミサマと、一言づつ、漸やくにして、唱え奉つた。神徳忽ち現はれ、王仁も、舟木も、身体自由になつて来た。今迄の瀑布は、何処ともなく、消え失せて、只茫々たる雪の原野と、化して了つた。
雪の中に、幾百万人とも分らぬ程、人間の手や、足や、頭の一部が出て居る。自分の頭の上から、俄に山岳も、崩るる斗りの、響がして、雪塊が落ちて来て、王仁の全身を、埋めて了ふ。俄に、比礼を振ろうとしたが、容易に手が言ふことを聞かぬ。丁度鉄で拵らえた、手の如うに成つた。一生懸命に惟神霊幸坐を、是も一言づつ唱へた。幸に王仁の身体は、自由が利くやうになつた。傍りを見ると、舟木の全身が、亦雪に没せられ、頭髪だけが、現はれて居る。其上を比礼を以て、二三回左右左と、振りまはすと、舟木は苦しそうな顔をして、雪中から、全身を露はした。沢山の人々の身体は、或は一部、或は全部、雪中より露はれた。天の一方より、亦々金色の光現はれて、人々の身辺を照らした。原野の雪は、見渡す限り、一度にパツト消えて、短かい雑草の原と変つた。
数多の人々は、満面笑を含んで、王仁の前に鰭伏し、救主の出現と、一切に感謝の意を表し、今後は救主と共に、三千世界の神業に、参加せむ事を、希望する人々も、沢山あつた。其の中には、実業家もあれば、教育家もあり、医者や、学者も、沢山に混つて居つた。今大本に来て、神業に参加して、居る人々の顔も、其中に見えて居つた。
以上は、水獄の中にて第一段の処であつた。第二段第三段と、成ると、斯んな軽々しき苦痛では、無かつたのである。王仁は、今この時の事を思ひ出すと、慄然として、肌に粟を、生ずる次第である。
九 雑草の原野
雑草の原野の状況は実に殺風景であつた。王仁は何時しか亦一人と成つて居た。頭の上の方からザラザラと怪しい音がする。何心なく仰向く途端に両眼に砂の如うなものが飛込み、眼を開く事も出来ず、第一に眼球が焼ける如うな痛さを感ずると共に、四面暗黒になつたと思ふと、何物とも知らず王仁の左右の手を抜けん斗りに曳くものがある。亦両の脚を左右に引裂うとする。何んとも形容の出来ぬ苦しさである。頭上からは冷たい冷たい氷の刃で梨割にされる。百雷の一時に轟く様な音がして地上は波の如うに上下左右に激動する。怪しい、いやらしい、悲しい声が聞える。王仁は一生懸命になつて、例の、アマテラスを、切れ切れに漸つと口唱する途端に、天地開明の心地して目の痛みも直り、俄かに王仁は女神の姿に化して居た。
舟木は遙かの遠方から比礼を振りつつ此方へ向つて帰つて来る。王仁は其姿を見た時の嬉しさ、何んとも言えぬ心持であつた。二人は再会の歓喜に充ち、暫時休息して居ると、後より松と云ふ字の印を着けた悪鬼が出て来て、光り凄ましき氷の刃で切つて掛る、舟木は直に比礼を振る。王仁は神名を唱へる、悪鬼は二三の同類と共に足早に南方指して逃げて行くのである。
どこからとも無く北へ北へと呼はる声に、王仁は機械の如く身体が自然に進んで行く。そこへ坤と云ふ字の付いた王冠を戴いた女神が小松林と云ふ白髪の老人と共に現はれて一本の太い長い筆を王仁に渡して姿を隠された。
見る間に不思議や其の筆の筒から硯が出る、墨が出る、半紙が山程出て来る。そして姿は少しも見えぬが、頭の上から筆を持てと云ふ声がする。二三人の童子が現はれて硯に水を注ぎ、墨を摺つたまま是も姿をかくした。
王仁は立派な女神の姿に変化した侭で一生懸命に半紙に向つて筆を走らすのであつた。随分長い時間であつたが、冊数は慥かに五百六十七冊であつた如うに思ふ、そこへ俄かに何物かの足音が聞えたと思ふ間もなく、前の中の字の鬼が現はれて槍の先に数十冊つつ突刺し、折からの暴風目がけて中空に散乱させて仕舞ふ、そうすると、亦もや数十冊分の同じ容積の半紙が王仁の前に何処からとも無く湧いて来る。亦是も筆を走らさねば成らぬ様な気がするので、寒風の吹き荒ぶ野原の枯草の上に坐つて、凹凸の甚だしい石の机に紙を伸べ、左手に押えてはセツセと何事かを、書くのであつた。そこで今度は眼球の四ツある怪物を先導に、中だの、木だの、後だの、田だの、竹だの、村だの、与だの、藤だの、井だの印の入つた法被を着た鬼かやつて来て残らず引さらえ、二三町先の草の中え積み、重ねて之に火を掛けて焼くのである。
そこへ西と云ふ印のついた色の白い男が出て来て、一抱え抜き出して王仁の前へ持つて来る。鬼どもは一生懸命に西印を追かけて来る。王仁が比礼を振ると、驚いて皆逃げて行く、火は大変な勢で王仁の書いたものを灰にして居る。黒い煙が竜の姿に化つて天上へ昇つて行く、天上では電光の様に光つて、数限りなき星と化して了ふた。其の星明りに西印の男は書類を抱えて、南の空高く姿を雲に隠すのであつた。女神の王仁の姿は何時とは無しに変化して亦元の囚徒の衣に復つて居つた。俄然寒風吹き荒さみ、歯はガチガチと震うて来た。そして何だか畏ろしいものに襲はれたやうな寂しい心持が仕出した。
一〇 二段目の水獄
王仁は寒さと寂しさに唯一人、天照大神の神号を唱えて居ると、俄に全身暖かくなり、空中に神光輝き渡る間も無く芙蓉仙人が眼前に現はれた。余りの嬉しさに近寄り抱き付かうとすると仙人は遂に見た事も無い険悪な顔色をして可けませぬ。大王の命なれば三葉殿、我に近寄つては今迄の修行は水泡に帰すべし。是にて一段目は大略探険されしならん。第二段の門扉を開く為に来たれりと言ひも終らぬに、早くもギイーと、怪しい音がしたと思ふと、王仁は既に門内に投込まれて居つた。仙人の影は其処らに無い。
ヒヤヒヤとする氷の暗い途を倒つ転びつ地の底へ底へと辷り込むのである。暗黒で何一つ見えぬが、前後左右に何んとも言へぬ苦悶の声がする。遙か前方と思ふ所に女の苦しさうな叫び声が聞こえる。血醒さい臭気が鼻を突いて、胸が悪くて嘔吐を催ほして来る。脚元が辷つて何百間とも知れぬ様な深い地底へ急転直落した。腰も足も頭も顔も岩角に打れて血塗に成つて了ふた。神名を奉唱すると王仁の四辺数十間の面積が稍明かく成つて来た。王仁の身体一面の傷を見て大に驚き惟神霊幸坐を二度繰返して、手に息を掛けて全身を撫ぜ擦つて見た。神徳忽ち現はれ、傷も痛みも全部恢復して了つた。直に大神様に拍手し感謝を奉つた。惟神霊幸坐の言霊で四辺遠く暗は晴れ渡り、俄かに陽気付いて来たのである。
再び上の方で、ギイーと音が為たと思ふ瞬間に、十二三人の罪人が転落して王仁の脚下に現はれ助けて助けてと頻りに合掌するのである。王仁は比礼を其の頭上目がけて振つて与ると、忽ち起上がり救世主様と叫んで一同声を合はして泣き立てた。此一行の中には、宗教家、教育家、思想家、新聞雑誌記者、薬種商、医業者も混つて居つた。王仁の姿は亦もや崇高にして威厳ある女神の姿と変化した。一行は氷の途を徒歩徒歩と王仁の背後から付いて来るのである。
一一 大幣の霊験
一歩々々辛ふじて前進すると広大な池があつて、池の水は全部いやらしい毛虫が、ウザウザして居る。其中に混つて、馬の首を四ツ合せた様な顔をした蛇体で角が生えたものが赤い舌をペロペロ吐出して居る。この広い池には細い細い氷の橋が一筋長く向ふ側へ渡して在る斗りである。後から松印、中印、小印の鬼が十字形の尖つた槍を以て、突きに来るので、前へ進むより、仕方は無いのである。十人が十人ながら、この細い橋から、池へ辷り落ちて、毛虫に全身を刺され、何れも此れも、腫れ上がつて、痛さと寒さに、苦悶の声を虫の鳴く如うに、呻つて居る状態は、殆んど瀕死の、病人同様であつた。其上怪蛇が一人々々、カブツとくわえては吐き出し又くわえては吐き出し、骨も肉も搾つた如うになつて居る。王仁も堂しても渡らねばならぬ。仮令自分は首尾能く渡り得るも、連の人々は如何するであろうかと心配でならぬ。躊躇逡巡進み兼たる所へ三葉殿と頭の上から優しい女の声が聞えたかと思ふと、一本の大幣が前に降つて来た。王仁は手早く手に採つて、思はず祓戸大神祓ひ玉へ清め玉へと唱へた。広い池は忽ち平原と変化し、鬼も怪蛇も姿を消して了つた。数万人の老若男女の幽体は忽ち蘇生したやうに元気な顔をして一切に救世主と叫んだ。其の声は天地も崩れん計りの勇ましさであつた。各自の産土大神は綺羅星の如くに出現されて、自分の氏子々々を引連れ、歓び勇んで帰つて行かれるのであつた。
王仁は比礼の神器を舟木に渡して困つて居つた所へ、禁闕要の神より大幣を玉はつたので百万の援軍を得たる心地して、名も知れぬ平原を只一人亦もや進んで行くのであつた。
一つの巨大な洋館が厳然として高く雲表に聳え立つて居る。門口には厳めしき冥官が鏡の様な眼を見張つて前後左右を首を回らして監視して居る。部下の冥卒が数限りも無く各自に罪人を酷遇して居る。その光景は筆紙に尽されない惨酷さである。王仁は大幣を振りながら館内へ歩を進めた。冥官も冥卒も只黙して王仁の通行するのを知らぬ風をして居つた。
キヤツキヤツと叫ぶ声に振り返つて見ると、沢山の婦女子が口から血を吐いたり、槍で腹部を突刺されたり、沢山の赤児の群に全身の血を吸はれたり、毒蛇に首を捲かれたりして悲鳴を上げて七転八倒して居る。冥卒が竹槍の穂で頭と云はず腹と言はず、身体処かまはず突き刺し、血は滝の如くに流れて異臭を放ち、惨状目も当てられぬ光景である。王仁は大幣を左右左に二三回振り廻すと、今迄の凄まじき幕は明いて婦女子の多勢が王仁の脚下に涙を流して集まり来たり、中には身体に口を着けて救世主様難有ふ難有ふと、異口同音に嬉し泣きに泣いて居る。一天忽ち明光現はれ、各自の産土大神は、氏子を伴なひ、合掌しながら光りと共に何処とも無く帰つて行かれるのであつた。天の一方に歓喜に充ちた声が聞えたが、次第次第に遠ざかつて終には風の音のみ耳へ這入るのであつた。
(つづく)