霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第七章 酔(よひ)の八衢(やちまた)〔一二四〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第47巻 舎身活躍 戌の巻 篇:第2篇 中有見聞 よみ(新仮名遣い):ちゅううけんぶん
章:第7章 酔の八衢 よみ(新仮名遣い):よいのやちまた 通し章番号:1240
口述日:1923(大正12)年01月08日(旧11月22日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年10月6日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
智仁勇兼備の三五教の宣伝使・治国別もランチ将軍の奸計に陥り、地下の牢獄に転落して気絶してしまった。肺臓の呼吸は微弱となり、心臓の鼓動は休止し、治国別は竜公と共に見慣れぬ山野を彷徨していた。
想念の向かうままに進んで行くと、一方は屹立した山岳、一方は巨大な岩石に挟まれた谷間の狭いところに迷い込んだ。ここは中有界の入り口である。中有界は善霊・悪霊の集合地点で、一名精霊界ともいう。
治国別と竜公はいぶかりながらも進んで行くうちに、ランチ将軍の計略にかかって命を落として中有界にやってきてしまったことに気が付いた。
竜公は、死後の世界が生前よりも知覚・想念がはっきりとしていることに驚きを表した。治国別は、天国に昇って天人になる精霊を本守護神といい、善良な精霊を正守護神といい、悪の精霊を副守護神というと解説した。
二人が話しているところへ一人の守衛が現れた。守衛は三五教の治国別一行であることを確認すると、ここは精霊界の八衢であると告げ、二人を関所に通じる道に導いた。
治国別の供をしてどこまでも一緒に行きたいという竜公に対して、守衛は、善・信・智慧・証覚が同程度の者同士でないと同道できないのだ、と諭した。守衛は途中の谷道まで二人を案内し、関所への道を示すと、自分はまだ他の精霊の案内をしなければならないからと、光となってどこかへ飛んで行ってしまった。
二人が歩いていくと、万公が歩いているのに出会った。竜公が万公に話しかけ背中をたたきかけたところで、万公は消えてしまった。
治国別は、万公は現界にいるのだが、精霊のみが自分たちを心配して探しにきたのだと諭した。そして、肉体のある精霊に言葉をかけるものではないと竜公に気を付けた。
二人は赤い門を見つけて近づいて行った。赤門の前には二人の守衛がいた。一人は光明輝かしく優しい顔つきの男とも女とも知れない者、もう一人は赤面の唐辛子をかんだような顔をした男である。二人は秤の前に厳然として控えている。
優しい白い顔の守衛は竜公には秤に乗るように促した。赤い顔の男は、竜公は今のまま測ったなら地獄行きだが、死期はまだ来ておらず、肉体であと五六十年は活動するはずだと告げた。そして娑婆へ帰ったなら地獄へ落ちないように善をおこない、神を信仰し人のために誠を尽くすように諭した。
白い顔の守衛は懐から帳面を出して確認すると、治国別の寿命もまだ残っていた。守衛はまた数十年後に二人を測ることにしようと言い渡した。
そこへ、へべれけに酔った一人の男がやってきた。男はお寅の元夫でウラナイ教に暴れこんで千両の金を恐喝した熊公であった。熊公があまりに騒いで手に余った守衛は、伊吹戸主大神を呼んできた。
伊吹戸主大神は閻魔大王のような厳めしい容貌で現れ、四方を照らすその光明に竜公は目がくらんで大地に倒れてしまった。大神や守衛たちの様子にようやく気が付いた熊公は、生前の罪を測られることになった。
熊公は一度は地獄行きを言い渡されてしまうが、伊吹戸主大神の御慈悲により、残りの金がなくなるまで娑婆に返されることになった。
熊公は酒を飲み歩いている間に、酒屋の門口でぶっ倒れて人事不省になっていたのであった。目が覚めた熊公は恐ろしい夢を見たと改心し、人通りの多い街道に出ると貧しい者たちに金を施しはじめた。熊公はついには善良な三五教の信者となり、一生を送ることになった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-04-19 20:09:30 文字数:7733 OBC :rm4707
愛善世界社版:107頁 八幡書店版:第8輯 510頁 修補版: 校定版:111頁 普及版:51頁 初版: ページ備考:
001天(てん)に輝(かがや)く日月(じつげつ)も
002黒雲(こくうん)とざす時(とき)は
003忽(たちま)ち其(その)光(ひかり)を没(ぼつ)する如(ごと)く
004智仁勇(ちじんゆう)兼備(けんび)の
005三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)治国別(はるくにわけ)も
006忽(たちま)ち妖雲(えううん)に霊眼(れいがん)を交錯(かうさく)されて
007悪虐(あくぎやく)無道(ぶだう)のランチ将軍(しやうぐん)が
008奸計(かんけい)に陥(おちい)り
009暗黒(あんこく)無明(むみやう)の地下(ちか)の牢獄(らうごく)へ
010忽(たちま)ち顛落(てんらく)し
011気絶(きぜつ)せしこそ是非(ぜひ)なけれ。
012 肺臓(はいざう)の呼吸(こきふ)は漸(やうや)く微弱(びじやく)となり、013情動(じやうどう)は全(まつた)くとまると共(とも)に、014心臓(しんざう)の鼓動(こどう)休止(きうし)し、015治国別(はるくにわけ)は竜公(たつこう)と共(とも)に、016見(み)なれぬ山野(さんや)を彷徨(はうくわう)することとなつた。017行(ゆ)くともなしに、018吾(わが)想念(さうねん)の向(むか)ふまま進(すす)んで行(ゆ)くと、019一方(いつぱう)は屹立(きつりつ)せる山岳(さんがく)、020一方(いつぱう)は巨大(きよだい)なる岩石(がんせき)に挟(はさ)まれた谷間(たにあひ)の狭(せま)い所(ところ)に迷(まよ)ひ込(こ)んだ。021ここは中有界(ちううかい)の入口(いりぐち)である。022中有界(ちううかい)は、023善霊(ぜんれい)、024悪霊(あくれい)の集合(しふがふ)地点(ちてん)である。025一名(いちめい)精霊界(せいれいかい)とも称(とな)へる。
026 竜公(たつこう)は四辺(あたり)の不思議(ふしぎ)な光景(くわうけい)に、027治国別(はるくにわけ)の袖(そで)をひき、
028竜公『モシ先生(せんせい)、029此処(ここ)はどこでせうかな。030ランチ将軍(しやうぐん)の奥座敷(おくざしき)で酒(さけ)を呑(の)んで居(を)つたと思(おも)へば、031局面(きよくめん)忽(たちま)ち一変(いつぺん)して、032斯様(かやう)な谷底(たにそこ)、033何時(いつ)の間(ま)に来(き)たのでせう』
034治国別『どうも変(へん)だなア、035幽(かす)かに記憶(きおく)に残(のこ)つてゐるが、036何(なん)でも片彦(かたひこ)の案内(あんない)で、037立派(りつぱ)な座敷(ざしき)へ入(はい)つたと思(おも)へば、038忽(たちま)ち暗黒(あんこく)の穴(あな)へおち込(こ)んだやうな気(き)がした。039ヒヨツとしたら吾々(われわれ)は肉体(にくたい)を脱離(だつり)して、040吾(わが)精霊(せいれい)のみが迷(まよ)つて来(き)たのではあるまいかな』
041竜公『何(なん)だかチツと空気(くうき)が違(ちが)ふ様(やう)ですな。042併(しか)し斯様(かやう)な所(ところ)に居(を)つても仕方(しかた)がありませぬ。043行(ゆ)ける所(ところ)まで進(すす)みませうか』
044 治国別(はるくにわけ)は少時(しばし)双手(もろて)を組(く)み、045幽(かす)かな記憶(きおく)を辿(たど)りながら、046二(ふた)つ三(みつ)つうなづいて、
047治国別『ウンウンさうださうだ、048ランチ、049片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)の計略(けいりやく)にウマウマ乗(じやう)ぜられ、050生命(いのち)をとられて了(しま)つたのだ。051アヽ困(こま)つた事(こと)をしたものだな』
052竜公『モシ先生(せんせい)、053生命(いのち)をとられた者(もの)が、054かうして二人(ふたり)生(い)きて居(を)りますか、055変(へん)な事(こと)を仰有(おつしや)いますなア』
056治国別『人間界(にんげんかい)から言(い)へば、057所謂(いはゆる)命(いのち)をとられたのだ。058併(しか)し乍(なが)ら人間(にんげん)は霊界(れいかい)に籍(せき)をおいてゐる。059肉体(にくたい)はホンの精霊(せいれい)の養成所(やうせいしよ)だ。060霊界(れいかい)から言(い)へば、061死(し)んだのではない、062復活(ふくくわつ)したのだ。063サア之(これ)から吾々(われわれ)が生前(せいぜん)に於(おい)て、064現界(げんかい)にて尽(つく)して来(き)た善悪(ぜんあく)正邪(せいじや)を検査(けんさ)する所(ところ)があるに違(ちが)ひない。065そこで一(ひと)つ検査(けんさ)を受(う)けて天国(てんごく)へ昇(のぼ)るか地獄(ぢごく)へおとされるかだ』
066竜公『エヽそりや大変(たいへん)ですな、067マ一度(いちど)娑婆(しやば)へ帰(かへ)る工夫(くふう)はありますまいかな』
068治国別『何事(なにごと)も神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)様(さま)の御心(みこころ)の儘(まま)だから、069精霊界(せいれいかい)にふみ迷(まよ)ふも、070或(あるひ)は天国(てんごく)へ復活(ふくくわつ)するも、071現実界(げんじつかい)へ逆戻(ぎやくもど)りするのも、072吾々(われわれ)人間(にんげん)の左右(さいう)し得(う)べき所(ところ)でない。073最早(もはや)かくなる上(うへ)は、074神(かみ)様(さま)にお任(まか)せするより道(みち)はなからうよ』
075竜公『私(わたし)はあなたから、076死後(しご)の世界(せかい)があると云(い)ふ事(こと)は聞(き)いて居(を)りましたが、077斯(か)うハツキリと死後(しご)の生涯(しやうがい)を続(つづ)けるとは思(おも)ひませなんだ。078気体(きたい)的(てき)の体(たい)を保(たも)ち、079フワリフワリと中空(ちうくう)をさまよふものだと考(かんが)へて居(を)りましたが、080今(いま)となつては、081吾々(われわれ)の触覚(しよくかく)といひ、082知覚(ちかく)といひ、083想念(さうねん)といひ、084情動(じやうどう)といひ、085愛(あい)の心(こころ)といひ、086生前(せいぜん)よりも層一層(そういつそう)的確(てきかく)になつたやうな心持(こころもち)が致(いた)します。087実(じつ)に不思議(ふしぎ)ぢやありませぬか。088死後(しご)の世界(せかい)はあると云(い)ふ事(こと)は承(うけたま)はつて居(を)りましたなれど、089是程(これほど)ハツキリした世界(せかい)とは思(おも)ひませなんだ』
090治国別『人間(にんげん)の肉体(にくたい)は所謂(いはゆる)精霊(せいれい)の容物(いれもの)だ。091精霊(せいれい)の中(なか)には天国(てんごく)へ昇(のぼ)つて天人(てんにん)となるのもあれば、092地獄(ぢごく)へおちて鬼(おに)となるのもある。093天人(てんにん)になるべき霊(みたま)を称(しよう)して、094肉体(にくたい)の方面(はうめん)から之(これ)を本(ほん)守護神(しゆごじん)と云(い)ひ、095善良(ぜんりやう)なる精霊(せいれい)を称(しよう)して正(せい)守護神(しゆごじん)といひ、096悪(あく)の精霊(せいれい)を称(しよう)して副(ふく)守護神(しゆごじん)と云(い)ふのだ』
097竜公『人間(にんげん)の体(からだ)の中(なか)には、098さう本正副(ほんせいふく)と三色(みいろ)も人格(じんかく)が分(わか)つて居(を)るのですか』
099治国別『マアそんなものだ。100吾々(われわれ)は天人(てんにん)たるべき素養(そやう)を持(も)つてゐるのだが、101肉体(にくたい)のある中(うち)に天人(てんにん)になつて、102高天原(たかあまはら)の団体(だんたい)に籍(せき)をおく者(もの)は極(きは)めて稀(まれ)だ。103今(いま)の人間(にんげん)は大抵(たいてい)皆(みな)地獄(ぢごく)に籍(せき)をおいてゐる者(もの)ばかりだ、104少(すこ)しマシな者(もの)でも、105漸(やうや)くに精霊界(せいれいかい)に籍(せき)をおく位(くらゐ)なものだよ。106此(この)精霊界(せいれいかい)に於(おい)て善悪(ぜんあく)正邪(せいじや)を審(さば)かれるのだから、107最早(もはや)過去(くわこ)の罪(つみ)を償(つぐな)ふ術(すべ)もない。108あゝ之(これ)を思(おも)へば、109人間(にんげん)は肉体(にくたい)のある中(うち)に、110一(ひと)つでも善(よ)い事(こと)をしておきたいものだなア』
111 かく話(はな)す所(ところ)へどこともなく、112一人(ひとり)の守衛(しゆゑい)が現(あら)はれて来(き)た。
113 守衛(しゆゑい)は治国別(はるくにわけ)に向(むか)ひ、
114守衛『あなたは三五教(あななひけう)の治国別(はるくにわけ)様(さま)では厶(ござ)いませぬか』
115治国別『ハイ左様(さやう)で厶(ござ)います。116エヽ一寸(ちよつと)お尋(たづ)ね致(いた)しますが、117ここは天(あめ)の八衢(やちまた)ではございませぬかな』
118守衛『お察(さつ)しの通(とほ)り、119ここは精霊界(せいれいかい)の八衢(やちまた)で厶(ござ)います、120サア是(これ)から関所(せきしよ)へ案内(あんない)を致(いた)しませう』
121治国別『有難(ありがた)う厶(ござ)います。122オイ竜公(たつこう)、123ヤハリ吾々(われわれ)は最早(もはや)娑婆(しやば)の人間(にんげん)ぢやないのだよ。124覚悟(かくご)せなくちや可(い)けないよ』
125竜公『仮令(たとへ)八衢(やちまた)へ来(き)た所(ところ)で、126此(この)通(とほ)り意思(いし)想念(さうねん)共(とも)に健全(けんぜん)なる以上(いじやう)は、127決(けつ)して死(し)んだのぢやありませぬから、128何(なん)とも思(おも)ひませぬワ』
129守衛『竜公(たつこう)さまとやら、130お気(き)の毒(どく)ながら、131あなたは八衢(やちまた)に於(おい)て少(すこ)しく暇取(ひまど)るかも知(し)れませぬ。132そして治国別(はるくにわけ)様(さま)とお別(わか)れにならなきやならないでせう』
133竜公『エヽ何(なん)と仰有(おつしや)います、134別(わか)れよと仰有(おつしや)つても私(わたし)は治国別(はるくにわけ)様(さま)の家来(けらい)ですから、135どこ迄(まで)も伴(つ)いて行(ゆ)きます。136家来(けらい)が主人(しゆじん)の後(あと)へ従(つ)いて行(ゆ)かれぬと云(い)ふ、137何程(なんぼ)霊界(れいかい)でもそんな道理(だうり)はありますまい』
138守衛『それは御尤(ごもつと)もですが、139併(しか)しながら貴方(あなた)の善(ぜん)と信(しん)と智慧(ちゑ)と証覚(しようかく)とが、140治国別(はるくにわけ)様(さま)と同程度(どうていど)になつて居(を)れば、141無論(むろん)放(はな)さうと思(おも)つても放(はな)れるものぢやありませぬ。142併(しか)しながら貴方(あなた)の円相(ゑんさう)が余程(よほど)治国別(はるくにわけ)様(さま)に比(くら)べて見劣(みおと)りが致(いた)しますから、143私(わたし)の考(かんが)へでは、144どうも御(ご)一緒(いつしよ)は六(むつ)かしいやうに感(かん)じられます。145併(しか)しながら八衢(やちまた)の関所(せきしよ)までお出(い)でになつて、146伊吹戸主(いぶきどぬし)の神(かみ)様(さま)のお審(さば)きを受(う)けねば、147到底(たうてい)私(わたし)では決定(けつてい)を与(あた)へる事(こと)は出来(でき)ませぬ。148又(また)決定(けつてい)を与(あた)へる丈(だけ)の資格(しかく)も権能(けんのう)もありませぬからなア』
149治国(はるくに)『惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)、150三五教(あななひけう)を守(まも)り給(たま)ふ国治立(くにはるたち)の大神(おほかみ)、151豊国主(とよくにぬし)の大神(おほかみ)、152守(まも)り給(たま)へ幸(さき)はへ給(たま)へ』
153 竜公(たつこう)はしきりに、
154竜公『惟神(かむながら)霊(たま)幸(ち)はへませ。155一(ひと)二(ふた)三(み)四(よ)五(いつ)六(むゆ)七(なな)八(や)九(ここの)十(たり)百(もも)千(ち)万(よろづ)』
156と数歌(かずうた)をうたふ。157守衛(しゆゑい)は谷道(たにみち)に立止(たちど)まり、
158守衛『治国別(はるくにわけ)様(さま)、159此(この)竜公(たつこう)さまをあなたにお任(まか)せ致(いた)しますから、160どうぞ此処(ここ)をズツと東(ひがし)へ取(と)つてお出(い)で下(くだ)さいませ。161少(すこ)しくあの山(やま)をお廻(まは)りになると、162稍(やや)平(たひら)かな所(ところ)が厶(ござ)います。163そこが天(あめ)の八衢(やちまた)の関所(せきしよ)で厶(ござ)いますから、164私(わたくし)は之(これ)から又(また)次(つぎ)へ出(で)て来(く)る連中(れんちう)がありますから、165それを案内(あんない)して来(き)ます。166左様(さやう)なら、167之(これ)で失礼(しつれい)を……』
168と言(い)ひながら電光(でんくわう)石火(せきくわ)の如(ごと)く、169空中(くうちう)に一(いち)の字(じ)を画(ゑが)いて、170光(ひかり)となつて西方(せいはう)指(さ)して飛(と)んで行(ゆ)く。171二人(ふたり)は崎嶇(きく)たる山道(やまみち)をドシドシと、172三十丁(さんじふちやう)ばかり登(のぼ)りつめた。173見(み)れば万公(まんこう)が首(くび)を傾(かたむ)け、174口(くち)をポカンとあけ、175憂鬱(いううつ)気分(きぶん)で此方(こなた)を指(さ)して進(すす)んで来(く)るのを、176四五間(しごけん)ばかり手前(てまへ)で見(み)つけた。177竜公(たつこう)は、178治国別(はるくにわけ)の袖(そで)をひいて、
179竜公『モシ先生(せんせい)、180あこへ来(く)るのは万公(まんこう)ぢやありませぬか。181何(なん)だか心配(しんぱい)らしい顔(かほ)をして歩(ある)いて来(く)るぢやありませぬか』
182治国別『ウン確(たしか)に万公(まんこう)だ、183併(しか)しながら言葉(ことば)をかけちやいかないよ。184向(むか)ふがもの言(い)ふまで黙(だま)つてゐるがいい。185先方(むかふ)がもの言(い)つても、186こちらはもの言(い)つちや可(い)けないよ』
187 かく話(はな)す折(をり)しも、188万公(まんこう)は行歩(かうほ)蹣跚(まんさん)として、189二人(ふたり)の前(まへ)に立(た)ちふさがり不思議(ふしぎ)相(さう)な顔(かほ)をして、190二人(ふたり)を眺(なが)めてゐる。191治国別(はるくにわけ)は心(こころ)の内(うち)にて、192天(あま)の数歌(かずうた)を奏上(そうじやう)してゐる。193竜公(たつこう)はあわてて、194治国別(はるくにわけ)の戒(いまし)めた事(こと)を打忘(うちわす)れ、
195竜公『オイ万公(まんこう)ぢやないか、196何(なん)だみつともない、197其(その)ザマは、198シツカリせぬかい』
199と背中(せなか)をポンと叩(たた)きかけた拍子(ひやうし)に、200万公(まんこう)はプスツと煙(けぶり)の如(ごと)くに消(き)えて了(しま)つた。
201竜公『アヽ万公(まんこう)かと思(おも)へば、202何(なん)だ、203化物(ばけもの)だなア。204ヤツパリ霊界(れいかい)は霊界(れいかい)だなア。205万公(まんこう)に冥土(めいど)の狐(きつね)奴(め)、206化(ば)けてゐやがつたのだなア』
207治国別『エヽ仕方(しかた)のない男(をとこ)だなア、208ありや万公(まんこう)に間違(まちが)ひないのだ。209肉体(にくたい)はまだ現界(げんかい)に居(を)つて精霊(せいれい)のみが俺(おれ)達(たち)の身(み)の上(うへ)を案(あん)じて、210捜(さが)しに来(き)てゐるのだ。211肉体(にくたい)のある精霊(せいれい)に言葉(ことば)をかけるものぢやない。212肉体(にくたい)のある精霊(せいれい)は霊界(れいかい)にゐる者(もの)が言葉(ことば)をかければ、213すぐに消(き)えるものだ。214それだから俺(おれ)が気(き)をつけておいたのに、215困(こま)つた男(をとこ)だな、216これから伊吹戸主(いぶきどぬし)の神(かみ)様(さま)の関所(せきしよ)へ行(ゆ)くのだから、217余程(よほど)心得(こころえ)ないと可(い)かないぞ』
218竜公『ハイ、219キツと心得(こころえ)ます。220あなたがモシヤ天国(てんごく)へお出(い)でになつたら、221私(わたし)をどこ迄(まで)も伴(つ)れて行(い)つて下(くだ)さりませうねエ』
222治国別『どこへ俺(おれ)が行(い)つても従(つ)いて来(く)るといふ真心(まごころ)があるのか、223それなら俺(おれ)は若(もし)も天国(てんごく)へ行(ゆ)く時(とき)には、224八衢(やちまた)の神(かみ)に願(ねが)つて伴(つ)れてゆく。225併(しか)しながら、226俺(おれ)も随分(ずゐぶん)若(わか)い時(とき)にウラル教(けう)で悪事(あくじ)をやつて来(き)た者(もの)だから、227善悪(ぜんあく)のハカリにかけられたら、228大抵(たいてい)は地獄行(ぢごくゆき)だ。229地獄(ぢごく)へ落(お)ちてもついて来(く)るかなア。230万劫(まんごふ)末代(まつだい)上(あが)れない悪臭(あくしう)紛々(ふんぷん)たる餓鬼道(がきだう)へおちても従(つ)いて来(く)る考(かんが)へか』
231竜公『先生(せんせい)がメツタにそんな所(ところ)へ落(お)ちなさる気遣(きづか)ひがありますものか。232どこ迄(まで)もお供(とも)を致(いた)します』
233治国別『地獄(ぢごく)へでもついて来(く)るなア』
234竜公『ハイ、235従(つ)いて行(ゆ)きます。236其(その)代(かは)りにモシモ私(わたし)が地獄(ぢごく)へ落(お)ちた時(とき)には、237先生(せんせい)もついて来(き)てくれますだらうなア』
238治国別『そりやキマつた事(こと)だ。239お前(まへ)を見(み)すてて行(ゆ)く事(こと)が何(ど)うして出来(でき)よう。240霊界(れいかい)も現界(げんかい)も凡(すべ)て愛(あい)といふものが生命(せいめい)だ。241愛(あい)を離(はな)れては天人(てんにん)だつて、242精霊(せいれい)だつて、243人間(にんげん)だつて存在(そんざい)は許(ゆる)されないのだ』
244竜公『あゝそれを聞(き)いて安心(あんしん)致(いた)しました。245どうぞ、246どこ迄(まで)も私(わたし)を伴(つ)れて行(い)つて下(くだ)さい』
247治国別『ヤア、248あこに赤門(あかもん)が見(み)える、249どうやらアコが関所(せきしよ)らしいぞ。250サア急(いそ)いで行(ゆ)かう』
251 治国別(はるくにわけ)は先(さき)に立(た)つて進(すす)んで行(ゆ)く。252赤門(あかもん)の側(そば)へ近付(ちかづ)いて見(み)れば、253二人(ふたり)の守衛(しゆゑい)が立(た)つてゐる。254一人(ひとり)は光明(くわうみやう)輝(かがや)く優(やさ)しい顔付(かほつき)の男(をとこ)とも女(をんな)とも知(し)れぬ者(もの)、255一人(ひとり)は赤面(あかづら)の唐辛(たうがらし)をかんだやうな顔(かほ)した男(をとこ)、256衡(はかり)の前(まへ)に儼然(げんぜん)として控(ひか)へてゐる。
257治国別『ヤア皆(みな)さま、258御(ご)苦労(くらう)ですなア、259ここで吾々(われわれ)の罪(つみ)の軽重(けいぢゆう)を査(しら)べて頂(いただ)くのですかな』
260 優(やさ)しき守衛(しゆゑい)は面色(かほいろ)を和(やは)らげて、
261優しき守衛『イヽヤ、262あなたは査(しら)べるには及(およ)びませぬ、263どうぞ奥(おく)へお通(とほ)り下(くだ)さいませ……一人(ひとり)のお方(かた)、264一寸(ちよつと)ここへ残(のこ)つて下(くだ)さい。265査(しら)べますから……』
266竜公『ヤア此奴(こいつ)ア大変(たいへん)だ。267サ先生(せんせい)、268断(ことわ)り云(い)つて下(くだ)さいな』
269治国別『霊界(れいかい)の規則(きそく)だから仕方(しかた)がないワ。270先(ま)づ地獄行(ぢごくゆき)か天国行(てんごくゆき)か査(しら)べて貰(もら)ふがよからうぞ』
271竜公『モシモシ、272門番(もんばん)さま、273現代(げんだい)の娑婆(しやば)では何事(なにごと)も簡略(かんりやく)を尊(たふと)びますから、274そんな看貫(かんくわん)でかけるよな七面倒(しちめんだう)臭(くさ)い事(こと)はおやめになつたら何(ど)うですか』
275 赤顔(あかがほ)の守衛(しゆゑい)はグルリと目(め)をむき、276竜公(たつこう)を睨(にら)みつけながら、
277赤顔の守衛『不届(ふとど)き者(もの)ツ、278霊界(れいかい)の法則(はふそく)を蹂躙(じうりん)するかツ』
279と呶鳴(どな)りつける。280竜公(たつこう)はちぢみ上(あが)り、281不承(ふしよう)不承(ぶしよう)にカンカン[※「看貫秤(かんかんばかり)」(貫目を看る)のこと。台秤。]の上(うへ)へ身(み)を載(の)せた。282一方(いつぱう)は地獄行(ぢごくゆき)、283一方(いつぱう)は天国行(てんごくゆき)と金文字(きんもじ)で記(しる)してある。
284赤顔の守衛『地獄行(ぢごくゆき)の方(はう)が下(さが)つたら、285気(き)の毒(どく)ながら、286之(これ)から苦(くる)しい暗(くら)い所(ところ)へ落(お)ちて貰(もら)はにやなりませぬ。287又(また)天国行(てんごくゆき)の方(はう)が重(おも)かつたら、288天国(てんごく)へ行(い)つて貰(もら)ひませう。289ここは一厘(いちりん)一毛(いちまう)も掛値(かけね)のない、290正直(しやうぢき)一方(いつぱう)の裁判所(さいばんしよ)だから、291地獄(ぢごく)へ仮令(たとへ)落(お)ちても、292決(けつ)して無実(むじつ)の罪(つみ)ぢやないから、293満足(まんぞく)だらう』
294と云(い)ひつつ、295懐(ふところ)から帳面(ちやうめん)を出(だ)して、
296赤顔の守衛『三五教(あななひけう)の信者(しんじや)竜公(たつこう)竜公(たつこう)』
297と、298厚(あつ)い緯(よこ)に長(なが)い帳面(ちやうめん)を繰(く)り広(ひろ)げてゐる。
299赤顔の守衛『ハヽア、300お前(まへ)はアーメニヤの生(うま)れだな、301そしてウラル教(けう)に這入(はい)つて居(を)つたな。302随分(ずゐぶん)後家倒(ごけたふ)しや女殺(をんなごろし)をやつて来(き)たとみえる。303チヤンとここに記(つ)いてゐるぞ』
304竜公『モシモシ善(ぜん)の方面(はうめん)を一(ひと)つ査(しら)べて下(くだ)さい』
305赤顔の守衛『宜(よろ)しい、306ハヽア、307善(ぜん)の方(はう)は丸(まる)がしてある』
308竜公『ヤア有難(ありがた)い、309満点(まんてん)ですかなア』
310赤顔の守衛『なに、311零点(れいてん)だ。312零点(れいてん)以下(いか)廿七度(にじふしちど)といふ冷酷漢(れいこくかん)だと見(み)えるわい。313気(き)の毒(どく)ながらマア地獄行(ぢごくゆき)かなア、314併(しか)し未(ま)だお前(まへ)は生死簿(せいしぼ)には死期(しき)が来(き)てゐない。315まだ五六十(ごろくじふ)年(ねん)は娑婆(しやば)で活動(くわつどう)すべき代物(しろもの)だ。316娑婆(しやば)へ帰(かへ)つたならば、317地獄(ぢごく)へ落(お)ちない様(やう)に、318善(ぜん)を行(おこな)ひ、319神(かみ)を信仰(しんかう)し、320人(ひと)の為(ため)に誠(まこと)を尽(つく)すがよからうぞ。321今(いま)此(この)儘(まま)で肉体(にくたい)を離(はな)れようものなら、322気(き)の毒(どく)ながら地獄落(ぢごくおち)だ』
323竜公『エヽさうすると、324マ一度(いちど)娑婆(しやば)へ帰(かへ)れますかな』
325赤顔の守衛『まだ心臓(しんざう)に微弱(びじやく)な鼓動(こどう)が継続(けいぞく)してゐる、326そして肺(はい)の呼吸(こきふ)も微弱(びじやく)ながら存在(そんざい)してゐるから、327キツト娑婆(しやば)へ帰(かへ)るだらう』
328竜公『ヤア、329それは有難(ありがた)い、330併(しか)し宣伝使(せんでんし)さまは何(ど)うですかな。331一寸(ちよつと)帳面(ちやうめん)を査(しら)べて下(くだ)さいませぬか』
332赤顔の守衛『宣伝使(せんでんし)様(さま)は天国行(てんごくゆき)の霊(みたま)だから、333此(この)帳面(ちやうめん)には記(しる)してない。334モシ白(しろ)さま、335あなた一寸(ちよつと)査(しら)べて見(み)て下(くだ)さい』
336 白(しろ)い顔(かほ)の守衛(しゆゑい)は懐(ふところ)から帳面(ちやうめん)を取出(とりだ)し、
337白顔の守衛『三五教(あななひけう)三五教(あななひけう)』
338と云(い)ひながら、339見出(みだ)しを読(よ)み中(なか)程(ほど)をパツとめくつて、
340白顔の守衛『ヤア此(この)方(かた)もまだ、341寿命(じゆみやう)がありますわい。342現世(げんせ)に於(おい)てまだまだ数十(すうじふ)年(ねん)、343活動(くわつどう)して貰(もら)はなくちや、344ハア、345なりませぬよ。346併(しか)しながら、347伊吹戸主(いぶきどぬし)の神(かみ)様(さま)の御(ご)意見(いけん)を聞(き)かなくちやシツカリしたこた言(い)へませぬワ』
348竜公『私(わたし)の罪(つみ)の測量(そくりやう)は免除(めんぢよ)して下(くだ)さいますだらうな』
349赤顔の守衛『エヽ今(いま)すぐに地獄(ぢごく)へやるべき精霊(せいれい)でもないから、350査(しら)べた所(ところ)で駄目(だめ)だ。351数十(すうじふ)年(ねん)の後(のち)に更(あらた)めてハカる事(こと)にしませう』
352竜公『ヤアそりや有難(ありがた)い、353皆(みな)さま、354エライお気(き)をもませました』
355赤顔の守衛『ハヽヽ、356吾々(われわれ)は日々(にちにち)之(これ)が役目(やくめ)だから、357別(べつ)に気(き)も揉(も)ましないが、358お前(まへ)は随分(ずゐぶん)気(き)をもんだだらう』
359竜公『モシ先生(せんせい)、360今(いま)の白(しろ)い守衛(しゆゑい)のお言葉(ことば)をお聞(きき)になりましたか、361あなたは今(いま)から天国行(てんごくゆき)の資格(しかく)がある相(さう)ですなア』
362治国別『ヤア実(じつ)に汗顔(かんがん)の至(いた)りだ。363まだ寿命(じゆみやう)があるさうだから、364モ一度(いちど)現界(げんかい)へ往(い)つて、365大神(おほかみ)様(さま)の為(ため)、366世(よ)の中(なか)の為(ため)に、367一働(ひとはたら)きをさして頂(いただ)かうかなア』
368 斯(か)く話(はな)す所(ところ)へ、369ヘベレケに酔(よ)うた一人(ひとり)の男(をとこ)、370行歩(かうほ)蹣跚(まんさん)として八衢(やちまた)の赤門(あかもん)にドンと行当(ゆきあた)り、
371男(権太)『ドヽドイツぢやい、372バヽバカにすない、373俺(おれ)を誰(たれ)だと考(かんが)へてゐる? おれはヤケ酒(ざけ)の権(ごん)と云(い)つたら、374誰(たれ)知(し)らぬ者(もの)のない哥兄(にい)さまだぞ、375エヽーン、376こんな所(ところ)へ赤(あか)い門(もん)を立(た)てやがつて、377往来(わうらい)の妨(さまた)げをするといふ事(こと)があるかい。378叩(たた)きこはせ叩(たた)きこはせ』
379赤顔の守衛『コリヤ コリヤ、380ヤケ酒(ざけ)の権太(ごんた)とやら、381ここを何処(どこ)ぢやと心得(こころえ)てゐる』
382権太『ドコも、383クソもあつたものけえ、384ここは帝大(ていだい)の入口(いりぐち)だ、385赤門(あかもん)ぢやないか。386俺(おれ)が酒(さけ)に酔(よ)うとると思(おも)うて余(あんま)り馬鹿(ばか)にするない、387俺(おれ)だつて足(あし)があるのだから、388赤門(あかもん)位(ぐらゐ)はくぐるのだからなア。389永(なが)らく校番(かうばん)を勤(つと)めて居(を)つたのだから、390学士(がくし)連中(れんちう)よりも赤門(あかもん)の勝手(かつて)はよく知(し)つてゐるのだい。391何時(いつ)の間(ま)に門番(もんばん)奴(め)、392代(かは)りやがつたのだ、393エヽーン、394何(なん)だ其(その)面(つら)ア、395真白(まつしろ)けな面(つら)しやがつて、396男(をとこ)だてら白粉(おしろい)をぬり、397チツクをつけ、398おれやそれが癪(しやく)にさはつてたまらぬのだ。399今(いま)の学士(がくし)や青年(せいねん)に学生(がくせい)といふ奴(やつ)ア、400皆(みな)貴様(きさま)のやうな代物(しろもの)ばかりだ。401何(なん)でえ、402そんなコハイシヤツ面(つら)しやがつて、403睨(にら)んだつて、404何(なに)が恐(こわ)いか、405江戸(えど)つ児(こ)の哥兄(にい)さまだぞ。406鬼瓦(おにがはら)みたやうな面(つら)しやがつて、407門番(もんばん)が酒(さけ)に酔(よ)つぱらつてそんな赤(あか)い顔(かほ)するといふ事(こと)があるかい。408今日(けふ)から免職(めんしよく)だ。409サア、410トツトと去(い)ね……』
411赤(あか)『コリヤコリヤ権太(ごんた)、412ここは冥土(めいど)の八衢(やちまた)だぞ。413何(なん)と心得(こころえ)て居(ゐ)るか』
414権太『ヤア、415成程(なるほど)、416道理(だうり)でチツトそこらの様子(やうす)が違(ちが)ふと思(おも)うて居(を)つたワ。417どこぞ、418ここらにコツプ酒(ざけ)でも売(う)つてる所(ところ)はないか、419エヽー、420チツト案内(あんない)してくれたら何(ど)うだ』
421赤顔の守衛『此奴(こいつ)ア、422余(あんま)り、423酔(よ)うてゐるので手(て)に合(あ)はぬ。424コレ白(しろ)さま、425一寸(ちよつと)伊吹戸主(いぶきどぬし)の大神(おほかみ)様(さま)に、426何(ど)う致(いた)しませうと云(い)つて伺(うかが)つて来(き)て下(くだ)さらぬか』
427 白(しろ)はうなづきながら門内(もんない)に姿(すがた)を隠(かく)した。428暫(しばら)くすると、429金冠(きんくわん)を頂(いただ)いた仏画(ぶつぐわ)でみる閻魔(えんま)大王(だいわう)の如(ごと)き厳(いかめ)しい容貌(ようばう)をした伊吹戸主(いぶきどぬし)の神(かみ)、430四辺(あたり)を光明(くわうみやう)に照(てら)しながら、431悠々(いういう)と現(あら)はれ給(たま)うた。432此(この)光明(くわうみやう)に照(て)らされて、433竜公(たつこう)は目(め)もくらむばかり、434ヨロヨロと大地(だいち)に倒(たふ)れ、435地上(ちじやう)にかぶりついて慄(ふる)うてゐる。436治国別(はるくにわけ)は莞爾(くわんじ)として判神(はんしん)に向(むか)ひ、437叮嚀(ていねい)に会釈(ゑしやく)してゐる。438判神(はんしん)も亦(また)治国別(はるくにわけ)に向(むか)つて礼(れい)を返(かへ)した。
439赤(あか)『コリヤ権太(ごんた)、440伊吹戸主(いぶきどぬし)様(さま)のお出(で)ましだ。441サア此処(ここ)で其(その)方(はう)の罪(つみ)を査(しら)べるのだから、442此(この)衡(はかり)にかかれ』
443権太『こりや衡(はかり)をようせよ、444ハカリが悪(わる)いと地獄(ぢごく)へ落(お)ちるぞ。445高(たか)い高(たか)い酒(さけ)を売(う)りやがつて、446ハカリで誤魔化(ごまくわ)さうと思(おも)つても駄目(だめ)だ。447朝(あさ)から晩(ばん)まで汗水(あせみづ)たらして働(はたら)き、448日(ひ)の暮(くれ)になつて、449一(いち)日(にち)の疲(つか)れを休(やす)むべく大切(たいせつ)の金(かね)を使(つか)つて、450俺(おれ)たち貧乏人(びんばふにん)は酒(さけ)を買(か)ひに行(ゆ)くのだ。451それにハカリを悪(わる)うすると冥加(みやうが)が悪(わる)いぞ』
452赤顔の守衛『チエツ、453エヽまだ酔(よ)うてゐやがる。454コリヤここは地獄(ぢごく)の八丁目(はつちやうめ)だぞ』
455権太『地(ぢ)ゴク御尤(ごもつと)もだ、456八升(はつしよう)でも九升(くしよう)でも、457タダの酒(さけ)なら何(なん)ぼでも持(も)つて来(こ)いだ、458メツタにあとへは引(ひ)かぬのだからなア』
459 赤(あか)は劫(ごふ)をにやし、460ピシヤツと横面(よこつら)を力(ちから)に任(まか)せて擲(なぐ)りつけた。461権太(ごんた)はビツクリして、462ハツと気(き)がつけば、463光明(くわうみやう)輝(かがや)く判神(はんしん)が儼然(げんぜん)と吾(わが)前(まへ)に立(た)つてゐる。464そして赤鬼(あかおに)が衡(はかり)を持(も)つて大(おほ)きな目(め)で睨(にら)みつけてゐる。
465権太『モシ、466ここは何(なん)といふ所(ところ)で厶(ござ)います』
467赤顔の守衛『目(め)が醒(さ)めたか、468ここは八衢(やちまた)だ、469今(いま)其(その)方(はう)の娑婆(しやば)に於(お)ける行(おこな)ひの善悪(ぜんあく)を査(しら)べて、470之(これ)から地獄(ぢごく)へやるか、471天国(てんごく)へ救(すく)うてやるかといふ所(ところ)だ。472サア判神(はんしん)様(さま)の前(まへ)だ、473神妙(しんめう)にこの衡(はかり)の上(うへ)にのれ。474そして正直(しやうぢき)に白状(はくじやう)するのだぞ。475其(その)方(はう)の娑婆(しやば)に於(おい)て尽(つく)した善悪(ぜんあく)は全部(ぜんぶ)此処(ここ)につけとめてあるから、476正直(しやうぢき)に申上(まをしあ)げよ』
477権太『ハイ、478申上(まをしあ)げます、479私(わたし)は……エー……権太(ごんた)と申(まを)すのは仇名(あだな)で厶(ござ)いまして、480……エー実(じつ)は、481酔(よひ)どれの熊公(くまこう)と申(まを)しやす』
482赤顔の守衛『成程(なるほど)、483それに間違(まちが)ひない、484其(その)方(はう)は余(あんま)り酒(さけ)に喰(くら)ひ酔(よ)うて、485社会(しやくわい)的(てき)勤(つと)めを致(いた)さないによつて、486お寅(とら)といふ女房(にようばう)に逃(に)げられた事(こと)があらうがな』
487権太(熊公)『ハイ恐(おそ)れ入(い)りました。488確(たしか)に厶(ござ)います』
489赤顔の守衛『そして其(その)後(ご)其(その)方(はう)は焼糞(やけくそ)になり、490隣(となり)の屋敷(やしき)迄(まで)抵当(ていたう)に入(い)れて金(かね)を借(か)り、491皆(みな)呑(の)んで了(しま)つただらう』
492権太(熊公)『ハイ、493夫(そ)れに相違(さうゐ)は厶(ござ)いませぬ』
494赤顔の守衛『それから浮木(うきき)の村(むら)で其(その)方(はう)の女房(にようばう)だつたお寅(とら)が侠客(けふかく)をして居(を)つた時(とき)、495幾度(いくど)も酒(さけ)に酔(よ)うてグヅを巻(ま)きに行(い)つたであらうがな』
496権太(熊公)『ハイ、497それも其(その)通(とほ)りで厶(ござ)います』
498赤顔の守衛『併(しか)し何時(いつ)とても袋叩(ふくろだた)きに遇(あ)ひ、499無念(むねん)をこらへて辛抱(しんばう)致(いた)した、500それ丈(だけ)は感心(かんしん)だ。501此(この)忍耐力(にんたいりよく)に仍(よ)つて、502今迄(いままで)の悪事(あくじ)は棒引(ぼうびき)だ』
503権太(熊公)『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います』
504赤顔の守衛『それから其(その)方(はう)は小北山(こぎたやま)のウラナイ教(けう)の本山(ほんざん)に行(い)つて、505お寅(とら)と蠑螈別(いもりわけ)を脅迫(けふはく)し、506一千(いつせん)両(りやう)の金(かね)をフンだくり、507皆(みな)呑(の)んで了(しま)つたであらうがな』
508権太(熊公)『ハイ、509それに相違(さうゐ)は厶(ござ)いませぬ』
510赤顔の守衛『なぜさういふ悪(わる)い事(こと)を致(いた)すのか』
511と声(こゑ)を尖(とが)らして言(い)ふ。
512権太(熊公)『余(あんま)りムカツパラが立(た)つてたまりませぬので、513ウヽヽヽヽついグヅつてやる気(き)になりました。514どうせお寅婆(とらばば)アの事(こと)だから、515一文(いちもん)生中(きなか)も出(だ)す気遣(きづか)はひない……が……ダダでもこねて、516無念(むねん)晴(ばら)しをしようと思(おも)ひやして、517一寸(ちよつと)試(こころ)みにゴロついてみた処(ところ)、518悪党婆(あくたうばば)アに似合(にあ)はず意外(いぐわい)にも気(き)が折(を)れて、519一千(いつせん)両(りやう)くれましたので、520これ幸(さいは)ひと懐(ふところ)にたくし込(こ)み、521それから呑(の)んで呑(の)んで呑(の)み続(つづ)けました。522まだここに五百(ごひやく)両(りやう)ばかり残(のこ)つてゐます、523どうぞ、524……地獄(ぢごく)の沙汰(さた)も金(かね)次第(しだい)と言(い)ひますさうですから、525此(この)金(かね)をあなたに上(あ)げますから、526……地獄行(ぢごくゆき)丈(だけ)はこらへて下(くだ)さいませ……』
527赤顔の守衛『馬鹿(ばか)を申(まを)せ、528至正(しせい)至直(しちよく)、529寸毫(すんがう)も虚偽(きよぎ)を許(ゆる)さぬ此(この)八衢(やちまた)に於(おい)て、530賄賂(わいろ)を提供(ていきよう)するとは以(もつ)ての外(ほか)だ。531其(その)方(はう)がお寅(とら)から奪(うば)ひとつた一千(いつせん)両(りやう)の罪(つみ)は実(じつ)に重(おも)いけれど、532其(その)為(ため)にお寅婆(とらばば)アと魔我彦(まがひこ)とに改心(かいしん)の動機(どうき)を与(あた)へた功徳(くどく)に仍(よ)つて、533其(その)方(はう)の功罪(こうざい)を比較(ひかく)し、534第三(だいさん)天国(てんごく)へ遣(つか)はすべき所(ところ)であつたが、535此(この)神聖(しんせい)なる八衢(やちまた)に於(おい)て賄賂(わいろ)を使(つか)はむと致(いた)した罪(つみ)に仍(よ)つて、536ヤツパリ地獄落(ぢごくおち)だ。537有難(ありがた)う思(おも)へ』
538権太(熊公)『それなら、539モウ此(この)五百(ごひやく)両(りやう)は提供(ていきよう)しませぬから、540どうぞ天国(てんごく)へやつて下(くだ)さい。541頼(たの)みます』
542赤顔の守衛『モシ伊吹戸主(いぶきどぬし)の神(かみ)様(さま)、543如何(いかが)取計(とりはか)らひませうか』
544伊吹戸主『此(この)権太(ごんた)事(こと)、545酔(よひ)どれの熊(くま)はまだ五百(ごひやく)両(りやう)の酒代(さかて)を残(のこ)してゐるから、546此(この)金(かね)がなくなる迄(まで)娑婆(しやば)へ帰(かへ)してやつたがよからう。547冥土(めいど)へかやうなムサ苦(くる)しい金(かね)などを持込(もちこ)まれては、548大変(たいへん)だから……』
549赤顔の守衛『コリヤ権太(ごんた)、550其(その)方(はう)はまだここへ来(く)るのは早(はや)い、551此(この)五百(ごひやく)両(りやう)の金(かね)がとこ、552酒(さけ)を呑(の)んで了(しま)ふ迄(まで)、553娑婆(しやば)へ帰(かへ)つたがよからう。554長生(ながいき)がしたくば、555此(この)金(かね)を使(つか)はずに、556酒(さけ)を辛抱(しんばう)して居(を)つたがよからうぞ』
557権太(熊公)『ハイ有難(ありがた)うございます、558併(しか)しながら何程(なにほど)死(し)ぬのが厭(いや)だと云(い)つても、559現在(げんざい)五百(ごひやく)両(りやう)の金(かね)を持(も)ちながら呑(の)みたい酒(さけ)を呑(の)まずに居(を)れませうか。560それならコレからマ一度(いちど)娑婆(しやば)へ出(で)てお酒(さけ)を頂戴(ちやうだい)して参(まゐ)ります』
561 赤(あか)は、
562赤顔の守衛『サア早(はや)く帰(かへ)れ』
563と云(い)ひさま、564背中(せなか)をポンと叩(たた)いた拍子(ひやうし)に、565権太(ごんた)は煙(けむり)となつて消(き)えて了(しま)つた。566権太(ごんた)の熊公(くまこう)はお寅(とら)から奪(うば)ひ取(と)つた金(かね)で酒(さけ)を呑(の)み歩(ある)き、567衣笠村(きぬがさむら)の酒屋(さかや)の門口(かどぐち)でブツ倒(たふ)れ、568一(いち)時(じ)は人事(じんじ)不省(ふせい)になつてゐたが、569漸(やうや)く目(め)がさめ、
570権太(熊公)『あゝあ、571怖(こは)い夢(ゆめ)を見(み)た。572モウ酒(さけ)はコリコリだ』
573と言(い)ひながら、574懐(ふところ)から金(かね)を取(と)り出(だ)し、575人通(ひとどほり)の多(おほ)い街道(かいだう)に出(い)で、576乞食(こじき)らしい者(もの)の通(とほ)る前(まへ)に一(いち)円(ゑん)二(に)円(ゑん)とまきちらし、577施(ほどこ)しをなし、578遂(つひ)には善良(ぜんりやう)なる三五教(あななひけう)の信者(しんじや)となり、579善人(ぜんにん)の評判(ひやうばん)を取(と)つて一生(いつしやう)を送(おく)る事(こと)となつた。580此(この)熊公(くまこう)の物語(ものがたり)は後(のち)に述(の)ぶる事(こと)があるであらうと思(おも)ふ。581あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸(ち)はへませ。
582(大正一二・一・八 旧一一・一一・二二 松村真澄録)
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