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霊界物語
真善美愛(第49~60巻)
第51巻(寅の巻)
序文
総説
第1篇 霊光照魔
第1章 春の菊
第2章 怪獣策
第3章 犬馬の労
第4章 乞食劇
第5章 教唆
第6章 舞踏怪
第2篇 夢幻楼閣
第7章 曲輪玉
第8章 曲輪城
第9章 鷹宮殿
第10章 女異呆醜
第3篇 鷹魅艶態
第11章 乙女の遊
第12章 初花姫
第13章 槍襖
第14章 自惚鏡
第15章 餅の皮
第4篇 夢狸野狸
第16章 暗闘
第17章 狸相撲
第18章 糞奴使
第19章 偽強心
第20章 狸姫
第21章 夢物語
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真善美愛(第49~60巻)
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第51巻(寅の巻)
> 第3篇 鷹魅艶態 > 第14章 自惚鏡
<<< 槍襖
(B)
(N)
餅の皮 >>>
第一四章
自惚鏡
(
うぬぼれかがみ
)
〔一三二九〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第51巻 真善美愛 寅の巻
篇:
第3篇 鷹魅艶態
よみ(新仮名遣い):
ようみえんたい
章:
第14章 自惚鏡
よみ(新仮名遣い):
うぬぼれかがみ
通し章番号:
1329
口述日:
1923(大正12)年01月26日(旧12月10日)
口述場所:
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1924(大正13)年12月29日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
妖幻坊の高宮彦は、侍女の五月に命じて高姫を呼びにやらせた。高姫は鏡台の前に座って、若返った自分の姿に見とれている。高子と宮子は高姫の自惚れ姿を見て笑い、我に返った高姫は二人を連れて妖幻坊の居間に進んで行った。
部屋に入ると、四方の壁は鏡のように光って互いに反射し、高姫の姿を幾十ともなく映している。高姫は、妖幻坊が美人に取り巻かれていると勘違いして、悋気を起こして食って掛かった。高姫は鏡の女たちが自分と同じ動作をするのに怒って、こぶしを固めて突貫し、壁に鼻を打って倒れてしまった。
妖幻坊は豆狸に水を汲んで持ってこさせ、高姫の顔に吹きかけて正気に返させた。高姫はまだ疑っているので、妖幻坊は鏡を壁土で塗ってしまった。
高宮彦は、ランチと片彦をまんまと罠にはめて閉じ込めることができたことを喜び、高姫と共にさらなる悪計の相談に入った。妖幻坊の高宮彦は上機嫌で、高姫をからかってちょっとした夫婦喧嘩を演じ、高子と宮子は高姫の自惚れ姿を明かしてからかい笑った。
高姫が部屋を引き取ろうとすると、妖幻坊は高子か宮子の一人を置いていくように頼んだ。高姫は、高子に妖幻坊を見張って、他の女を引き入れたらそっと自分に知らせるように言い含めると、宮子を連れて自分の部屋に帰って行った。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2023-09-09 17:00:32
OBC :
rm5114
愛善世界社版:
201頁
八幡書店版:
第9輯 338頁
修補版:
校定版:
208頁
普及版:
92頁
初版:
ページ備考:
001
妖幻坊
(
えうげんばう
)
の
高宮彦
(
たかみやひこ
)
は
侍女
(
じぢよ
)
の
五月
(
さつき
)
を
高宮姫
(
たかみやひめ
)
の
居間
(
ゐま
)
に
遣
(
つか
)
はし、
002
一度
(
いちど
)
吾
(
わが
)
室
(
しつ
)
へ
来
(
きた
)
れと
命令
(
めいれい
)
した。
003
此
(
この
)
五月
(
さつき
)
といふ
美人
(
びじん
)
は
実
(
じつ
)
は
竹藪
(
たけやぶ
)
の
中
(
なか
)
に
棲
(
す
)
んでゐる
豆狸
(
まめだぬき
)
さまである。
004
五月
『
御免
(
ごめん
)
なさいませ。
005
高宮姫
(
たかみやひめ
)
様
(
さま
)
、
006
御
(
ご
)
城主
(
じやうしゆ
)
様
(
さま
)
が
御
(
お
)
招
(
まね
)
きで
厶
(
ござ
)
いますよ』
007
高姫
(
たかひめ
)
は
脇息
(
けふそく
)
にもたれて、
008
うつら うつら
居眠
(
ゐねむ
)
つてゐたが、
009
パツと
目
(
め
)
を
開
(
ひら
)
き、
010
高姫
『ああ
其方
(
そなた
)
は
五月
(
さつき
)
であつたか、
011
吾
(
わが
)
君様
(
きみさま
)
が、
012
妾
(
わらは
)
に
御用
(
ごよう
)
があると
仰有
(
おつしや
)
るのかい』
013
五月
『ハイ、
014
直様
(
すぐさま
)
お
出
(
い
)
でを
願
(
ねが
)
ひたいとの
事
(
こと
)
で
厶
(
ござ
)
います』
015
高姫
『すぐに
参
(
まゐ
)
りますから、
016
一寸
(
ちよつと
)
御
(
お
)
待
(
ま
)
ち
下
(
くだ
)
さいませと、
017
云
(
い
)
つておいておくれ』
018
五月
(
さつき
)
は、
019
『ハイ』
020
と
答
(
こた
)
へて、
021
ここを
足早
(
あしばや
)
に
立去
(
たちさ
)
つた。
022
高姫
(
たかひめ
)
は
鏡台
(
きやうだい
)
の
前
(
まへ
)
にキチンと
坐
(
すわ
)
り、
023
髪
(
かみ
)
のほつれをかき
上
(
あ
)
げ、
024
衣紋
(
えもん
)
を
整
(
ととの
)
へ、
025
口
(
くち
)
をあけたり、
026
すぼめたり、
027
種々
(
いろいろ
)
と
美顔術
(
びがんじゆつ
)
の
限
(
かぎ
)
りを
尽
(
つく
)
し、
028
高姫
『ホホホホ、
029
何
(
なん
)
とマア、
030
人魚
(
にんぎよ
)
でも
食
(
く
)
つたのかいな。
031
五十
(
ごじふ
)
の
尻
(
しり
)
を
作
(
つく
)
つてをる
此
(
この
)
高姫
(
たかひめ
)
も、
032
自分
(
じぶん
)
ながらに
吃驚
(
びつくり
)
を
致
(
いた
)
す
程
(
ほど
)
若
(
わか
)
くなつたものだなア。
033
まるきり、
034
十七
(
じふしち
)
か
六
(
ろく
)
位
(
ぐらゐ
)
な、
035
うひうひしい
姿
(
すがた
)
だ。
036
初稚姫
(
はつわかひめ
)
が
何程
(
なにほど
)
綺麗
(
きれい
)
だと
云
(
い
)
つても、
037
此
(
この
)
高宮姫
(
たかみやひめ
)
には、
038
ヘン、
039
叶
(
かな
)
ひますまい、
040
ホホホホホ。
041
如意
(
によい
)
宝珠
(
ほつしゆ
)
の
玉
(
たま
)
といふものは、
042
本当
(
ほんたう
)
に
偉
(
えら
)
いものだワイ。
043
杢助
(
もくすけ
)
さまも
今
(
いま
)
は
高宮彦
(
たかみやひこ
)
と、
044
真面目
(
まじめ
)
な
顔
(
かほ
)
して
名乗
(
なの
)
つて
厶
(
ござ
)
るが、
045
ヤーパリ、
046
偉
(
えら
)
いものだ。
047
ようマア、
048
斎苑
(
いそ
)
の
館
(
やかた
)
の
宝物
(
ほうもつ
)
を
甘
(
うま
)
くチヨロまかされたものだなア。
049
之
(
これ
)
だから
人
(
ひと
)
に
気
(
き
)
は
許
(
ゆる
)
されぬといふのだなア。
050
素盞嗚
(
すさのをの
)
尊
(
みこと
)
の
盲神
(
めくらがみ
)
や、
051
言依別
(
ことよりわけ
)
のドハイカラ、
052
八島主
(
やしまぬし
)
の
青瓢箪
(
あをびやうたん
)
、
053
それに
東野別
(
あづまのわけ
)
のウスノロ、
054
ガラクタばかりが
居
(
を
)
りやがつて、
055
奇略
(
きりやく
)
縦横
(
じうわう
)
の
杢助
(
もくすけ
)
様
(
さま
)
を、
056
真正直
(
ましやうぢき
)
な
人間
(
にんげん
)
だと
思
(
おも
)
ひつめ、
057
ヘヘヘヘヘ、
058
蛸
(
たこ
)
の
揚壺
(
あげつぼ
)
を
喰
(
くら
)
つて、
059
今
(
いま
)
では
斎苑
(
いそ
)
の
館
(
やかた
)
は
梟鳥
(
ふくろどり
)
の
夜食
(
やしよく
)
に
外
(
はづ
)
れたやうな、
060
小難
(
こむつか
)
しい
顔
(
かほ
)
をして
居
(
を
)
るだらう。
061
あああ、
062
心地
(
ここち
)
よや、
063
気味
(
きみ
)
がよや、
064
ドレドレ
此
(
この
)
綺麗
(
きれい
)
な
姿
(
すがた
)
を
吾
(
わが
)
背
(
せ
)
の
君
(
きみ
)
にお
目
(
め
)
にかけ、
065
一
(
ひと
)
つ
喜
(
よろこ
)
ばして
上
(
あ
)
げませうかな。
066
見
(
み
)
れば
見
(
み
)
る
程
(
ほど
)
御
(
お
)
綺麗
(
きれい
)
な、
067
何
(
なん
)
とした
良
(
い
)
い
女
(
をんな
)
だらう。
068
何程
(
なにほど
)
杢助
(
もくすけ
)
さまに
気
(
き
)
が
多
(
おほ
)
いと
云
(
い
)
つても、
069
どこに
一
(
ひと
)
つ
点
(
てん
)
のうち
所
(
どころ
)
もない、
070
髪
(
かみ
)
の
毛
(
け
)
の
先
(
さき
)
まで、
071
愛嬌
(
あいけう
)
がたつぷり
溢
(
あふ
)
れてゐる
此
(
この
)
高
(
たか
)
ちやまを、
072
どうして
捨
(
す
)
てられるものか。
073
何程
(
なにほど
)
世界
(
せかい
)
に
美人
(
びじん
)
があると
云
(
い
)
つても、
074
之
(
これ
)
は
又
(
また
)
格別
(
かくべつ
)
だなア。
075
本当
(
ほんたう
)
に
此
(
この
)
鏡
(
かがみ
)
の
側
(
そば
)
を
離
(
はな
)
れたくないやうだ。
076
杢助
(
もくすけ
)
さまも
此
(
この
)
鏡
(
かがみ
)
を
見
(
み
)
たら、
077
さぞ
嬉
(
うれ
)
しからう、
078
併
(
しか
)
し
自分
(
じぶん
)
が
自分
(
じぶん
)
に
惚
(
ほ
)
れる
位
(
くらゐ
)
な
美人
(
びじん
)
だからなア。
079
私
(
わたし
)
だつて、
080
私
(
わたし
)
の
姿
(
すがた
)
にゾツコン
惚込
(
ほれこ
)
んで
了
(
しま
)
つた。
081
併
(
しか
)
し
自分
(
じぶん
)
の
姿
(
すがた
)
を
見
(
み
)
る
訳
(
わけ
)
にゆかず、
082
此
(
この
)
鏡
(
かがみ
)
の
前
(
まへ
)
に
立
(
た
)
つた
時
(
とき
)
ばかりだ。
083
ああ
離
(
はな
)
れともない、
084
鏡
(
かがみ
)
の
君
(
きみ
)
、
085
お
名残
(
なごり
)
惜
(
を
)
しいけれど、
086
暫
(
しばら
)
く
杢助
(
もくすけ
)
さまの
御
(
ご
)
機嫌
(
きげん
)
を
伺
(
うかが
)
つて
来
(
く
)
る
程
(
ほど
)
に、
087
鏡
(
かがみ
)
さま、
088
又
(
また
)
帰
(
かへ
)
つて
来
(
き
)
て
此
(
この
)
綺麗
(
きれい
)
な
姿
(
すがた
)
を
写
(
うつ
)
して
上
(
あ
)
げるから、
089
楽
(
たの
)
しんで
待
(
ま
)
つてゐなさいや』
090
高子
(
たかこ
)
『ウフフフフ』
091
宮子
(
みやこ
)
『ホホホホ』
092
高姫
『エーエ、
093
お
前
(
まへ
)
は
此処
(
ここ
)
に
居
(
を
)
つたのかいな。
094
居
(
を
)
るなら
居
(
を
)
るとなぜ
言
(
い
)
はぬのだい、
095
皆
(
みな
)
私
(
わたし
)
の
独言
(
ひとりごと
)
を
聞
(
き
)
いたのだらう』
096
高子
(
たかこ
)
『ホホホホ』
097
宮子
(
みやこ
)
『フツフフフ』
098
高姫
『エーエ、
099
余
(
あま
)
り
自分
(
じぶん
)
の
姿
(
すがた
)
に
見
(
み
)
とれて、
100
二人
(
ふたり
)
の
侍女
(
こしもと
)
が
横
(
よこ
)
に
居
(
を
)
るのも
気
(
き
)
が
付
(
つ
)
かなかつた。
101
ホンにさう
思
(
おも
)
へば、
102
向
(
むか
)
ふの
方
(
はう
)
に
人間
(
にんげん
)
の
姿
(
すがた
)
がうつつてるやうだつたが、
103
気
(
き
)
がつかなかつた。
104
コレ
二人
(
ふたり
)
の
娘
(
むすめ
)
兼
(
けん
)
侍女
(
こしもと
)
、
105
こんな
事
(
こと
)
、
106
吾
(
わが
)
背
(
せ
)
の
君
(
きみ
)
を
始
(
はじ
)
め、
107
誰
(
たれ
)
にも
言
(
い
)
つちやなりませぬよ。
108
サアサア
参
(
まゐ
)
りませう』
109
『アイ』
110
と
答
(
こた
)
へて
二人
(
ふたり
)
は
高姫
(
たかひめ
)
の
前後
(
ぜんご
)
につき
添
(
そ
)
ひ、
111
妖幻坊
(
えうげんばう
)
の
居間
(
ゐま
)
へ
進
(
すす
)
んで
行
(
ゆ
)
く。
112
ソツとドアを
開
(
ひら
)
いて
中
(
なか
)
を
伺
(
うかが
)
ひ
見
(
み
)
れば、
113
目
(
め
)
もくらむ
許
(
ばか
)
り、
114
金色
(
きんしよく
)
燦爛
(
さんらん
)
と
輝
(
かがや
)
いてゐる。
115
そして
四方
(
しはう
)
の
壁
(
かべ
)
は
残
(
のこ
)
らず
鏡
(
かがみ
)
のやうに
光
(
ひか
)
り、
116
高姫
(
たかひめ
)
の
妖艶
(
えうえん
)
な
姿
(
すがた
)
は、
117
鏡面
(
きやうめん
)
を
互
(
たがひ
)
に
反射
(
はんしや
)
して、
118
幾十
(
いくじふ
)
人
(
にん
)
とも
知
(
し
)
れぬ
程
(
ほど
)
映
(
うつ
)
つてゐる。
119
高姫
(
たかひめ
)
は
自分
(
じぶん
)
のやうな
美人
(
びじん
)
は
恐
(
おそ
)
らく
天地
(
てんち
)
の
間
(
あひだ
)
に、
120
自分
(
じぶん
)
一人
(
ひとり
)
よりないと
誇
(
ほこ
)
り
顔
(
がほ
)
に
思
(
おも
)
つて、
121
盛装
(
せいさう
)
を
凝
(
こ
)
らし、
122
顔
(
かほ
)
の
造作
(
ざうさ
)
まで
修繕
(
しうぜん
)
してやつて
来
(
き
)
たのに、
123
自分
(
じぶん
)
と
同様
(
どうやう
)
の
美人
(
びじん
)
が、
124
幾十
(
いくじふ
)
人
(
にん
)
ともなく
妖幻坊
(
えうげんばう
)
を
中心
(
ちうしん
)
に
取巻
(
とりま
)
いてゐるので、
125
俄
(
にはか
)
にクワツと
悋気
(
りんき
)
の
角
(
つの
)
を
生
(
は
)
やし、
126
高姫
『これはこれは、
127
高宮彦
(
たかみやひこ
)
様
(
さま
)
、
128
お
楽
(
たの
)
しみの
所
(
ところ
)
を、
129
お
多福
(
たふく
)
がお
邪魔
(
じやま
)
を
致
(
いた
)
しまして、
130
さぞ
御
(
ご
)
迷惑
(
めいわく
)
で
厶
(
ござ
)
いませう。
131
これだけ
沢山
(
たくさん
)
に
美人
(
びじん
)
をお
抱
(
かか
)
へになつてゐる
以上
(
いじやう
)
は、
132
私
(
わたし
)
のやうなお
多福
(
たふく
)
には
到底
(
たうてい
)
手
(
て
)
がまはりますまい。
133
成程
(
なるほど
)
私
(
わたし
)
と
同棲
(
どうせい
)
しないと
仰有
(
おつしや
)
るのは
分
(
わか
)
りました。
134
私
(
わたし
)
はどうせ
数
(
かず
)
にも
入
(
い
)
らぬ
馬鹿者
(
ばかもの
)
、
135
これだけ
沢山
(
たくさん
)
の
美人
(
びじん
)
を
側
(
そば
)
に
侍
(
はべ
)
らし、
136
私
(
わたし
)
だけは
只
(
ただ
)
一人
(
ひとり
)
、
137
こんな
少女
(
あまつちよ
)
を
側
(
そば
)
において
監視
(
かんし
)
させ、
138
自分
(
じぶん
)
は
栄耀
(
えいえう
)
栄華
(
えいぐわ
)
に、
139
蝶
(
てふ
)
の
如
(
ごと
)
き
花
(
はな
)
の
如
(
ごと
)
き
美人
(
びじん
)
に
戯
(
たはむ
)
れ、
140
ホンにマア
偉
(
えら
)
いお
腕前
(
うでまへ
)
、
141
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
りまして
厶
(
ござ
)
います』
142
妖幻坊の杢助
『ハハハハ、
143
コレ
高宮姫
(
たかみやひめ
)
、
144
そりや
何
(
なに
)
を
云
(
い
)
ふのだ、
145
誰
(
たれ
)
もゐないぢやないか。
146
此
(
この
)
高宮彦
(
たかみやひこ
)
は
只
(
ただ
)
一人
(
ひとり
)
、
147
孤塁
(
こるい
)
を
守
(
まも
)
つてゐるのだ。
148
大方
(
おほかた
)
お
前
(
まへ
)
の
姿
(
すがた
)
が
玻璃壁
(
はりへき
)
に
映
(
うつ
)
つて、
149
それが
互
(
たがひ
)
に
反射
(
はんしや
)
してゐるのだ。
150
それ
故
(
ゆゑ
)
沢山
(
たくさん
)
の
美人
(
びじん
)
がゐるやうに
見
(
み
)
えるのだが、
151
皆
(
みな
)
お
前
(
まへ
)
の
姿
(
すがた
)
だよ』
152
高姫
『エー、
153
うまいこと
仰有
(
おつしや
)
いませ。
154
鏡
(
かがみ
)
に
一
(
ひと
)
つの
姿
(
すがた
)
がうつる
事
(
こと
)
は、
155
それは
厶
(
ござ
)
いませう、
156
これ
程
(
ほど
)
四方
(
しはう
)
八方
(
はつぱう
)
に
映
(
うつ
)
る
道理
(
だうり
)
はありませぬ。
157
あれを
御覧
(
ごらん
)
なさい、
158
右
(
みぎ
)
を
向
(
む
)
いたり、
159
左
(
ひだり
)
を
向
(
む
)
いたり、
160
前
(
まへ
)
へ
向
(
む
)
いたり、
161
背
(
せ
)
を
向
(
む
)
けたりしてるのぢやありませぬか。
162
私
(
わたし
)
は
妬
(
や
)
くのぢや
厶
(
ござ
)
りませぬが、
163
なぜ
貴方
(
あなた
)
は
水臭
(
みづくさ
)
い、
164
女
(
をんな
)
があるなら、
165
これだけあると
仰有
(
おつしや
)
つて
下
(
くだ
)
さいませぬのか。
166
私
(
わたし
)
に
悋気
(
りんき
)
させ、
167
怒
(
おこ
)
らせて
楽
(
たの
)
しまうとの
企
(
たく
)
みで
厶
(
ござ
)
いませう。
168
そしてこれだけの
女
(
をんな
)
に
高宮姫
(
たかみやひめ
)
の
狂乱振
(
きやうらんぶり
)
を
見
(
み
)
せて、
169
笑
(
わら
)
はしてやらうとの
御
(
お
)
考
(
かんが
)
へ、
170
ヘン、
171
誰
(
たれ
)
が
其
(
その
)
手
(
て
)
に
乗
(
の
)
るものですか。
172
決
(
けつ
)
して
怒
(
おこ
)
りませぬよ。
173
併
(
しか
)
しながら
皆
(
みな
)
さま、
174
お
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
ながら、
175
此
(
この
)
高宮彦
(
たかみやひこ
)
は
私
(
わたし
)
の
夫
(
をつと
)
、
176
ここで
意茶
(
いちや
)
ついて
御覧
(
ごらん
)
に
入
(
い
)
れるから、
177
指
(
ゆび
)
をくはへて
御覧
(
ごらん
)
なさい。
178
ヘン、
179
すみまへんな。
180
コレコレもうしこちの
人
(
ひと
)
、
181
否々
(
いないな
)
吾
(
わが
)
背
(
せ
)
の
君
(
きみ
)
様
(
さま
)
、
182
どうで
厶
(
ござ
)
います、
183
御
(
ご
)
機嫌
(
きげん
)
は……』
184
妖幻坊の杢助
『イヤ、
185
高宮姫
(
たかみやひめ
)
、
186
よくマア
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さつた、
187
これだけ
沢山
(
たくさん
)
女
(
をんな
)
は
居
(
を
)
れども、
188
気
(
き
)
に
入
(
い
)
つたものは
一人
(
ひとり
)
もない、
189
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つてもお
前
(
まへ
)
の
肌
(
はだ
)
は
細
(
こま
)
かい、
190
そして
柔
(
やはら
)
かい。
191
背
(
せな
)
の
先
(
さき
)
まで
尻
(
しり
)
の
穴
(
あな
)
まで、
192
何
(
なん
)
とも
云
(
い
)
へぬ
香
(
かん
)
ばしい
匂
(
にほ
)
ひがする、
193
又
(
また
)
ワイガ
は
特別
(
とくべつ
)
香
(
かう
)
ばしい』
194
と
云
(
い
)
ひながら、
195
高姫
(
たかひめ
)
の
頬
(
ほほ
)
に
吸
(
す
)
ひ
付
(
つ
)
いてみせた。
196
高姫
(
たかひめ
)
はグニヤグニヤになり、
197
目
(
め
)
を
細
(
ほそ
)
うして
鏡
(
かがみ
)
の
映像
(
えいざう
)
に
向
(
むか
)
ひ、
198
高姫
『オイ、
199
そこな
立
(
たち
)
ん
坊
(
ばう
)
、
200
ヘン、
201
すみまへんな。
202
高宮姫
(
たかみやひめ
)
さまは
高宮彦
(
たかみやひこ
)
の
愛
(
あい
)
を
独占
(
どくせん
)
して
居
(
を
)
りますよ。
203
ここで
夫婦
(
ふうふ
)
の
親愛振
(
しんあいぶり
)
を
見
(
み
)
せて
上
(
あ
)
げませう』
204
と
云
(
い
)
ひながら、
205
四方
(
しはう
)
八方
(
はつぱう
)
を
見
(
み
)
まはし、
206
舌
(
した
)
をペロツと
出
(
だ
)
して
見
(
み
)
せた。
207
どの
姿
(
すがた
)
も
此
(
この
)
姿
(
すがた
)
も
同様
(
どうやう
)
に
舌
(
した
)
をペロリと
出
(
だ
)
す。
208
高姫
『エー
馬鹿
(
ばか
)
ツ』
209
と
腮
(
あご
)
を
前
(
まへ
)
へ
突
(
つ
)
き
出
(
だ
)
して
呶鳴
(
どな
)
ると、
210
又
(
また
)
一
(
いち
)
時
(
じ
)
に
腮
(
あご
)
を
突
(
つ
)
き
出
(
だ
)
し、
211
口
(
くち
)
をあける。
212
高姫
(
たかひめ
)
は、
213
高姫
『コラ、
214
失敬
(
しつけい
)
な、
215
真似
(
まね
)
をしやがるか、
216
此
(
この
)
高宮姫
(
たかみやひめ
)
は
正妻
(
せいさい
)
だ、
217
ガラクタ
奴
(
め
)
』
218
と
云
(
い
)
ひながら、
219
握
(
にぎ
)
り
拳
(
こぶし
)
を
固
(
かた
)
めて
突貫
(
とつくわん
)
し、
220
壁
(
かべ
)
に
鼻
(
はな
)
を
打
(
う
)
つてウンと
一声
(
ひとこゑ
)
其
(
その
)
場
(
ば
)
に
倒
(
たふ
)
れた。
221
妖幻坊
(
えうげんばう
)
は
此奴
(
こいつ
)
ア
大変
(
たいへん
)
と
打驚
(
うちおどろ
)
き、
222
豆狸
(
まめだぬき
)
に
渭
(
ゐぢ
)
の
水
(
みづ
)
を
汲
(
く
)
ませにやり、
223
高姫
(
たかひめ
)
の
頭部
(
とうぶ
)
面部
(
めんぶ
)
の
嫌
(
きら
)
ひなく
吹
(
ふ
)
きかけた。
224
漸
(
やうや
)
くにして
高姫
(
たかひめ
)
は
正気
(
しやうき
)
に
返
(
かへ
)
つた。
225
四辺
(
あたり
)
を
見
(
み
)
れば
使
(
つか
)
ひに
行
(
い
)
つた
豆狸
(
まめだぬき
)
が、
226
まだ
高姫
(
たかひめ
)
は
中々
(
なかなか
)
気
(
き
)
がつかうまいと
安心
(
あんしん
)
してゐたものだから、
227
変相
(
へんさう
)
もせず、
228
其
(
その
)
儘
(
まま
)
にチヨコンと
坐
(
すわ
)
つてゐた。
229
流石
(
さすが
)
の
妖幻坊
(
えうげんばう
)
は
高姫
(
たかひめ
)
が
失神
(
しつしん
)
した
間
(
ま
)
も、
230
何時
(
なんどき
)
気
(
き
)
が
付
(
つ
)
くか
知
(
し
)
れぬと
思
(
おも
)
ひ、
231
其
(
その
)
体
(
からだ
)
を
崩
(
くづ
)
さなかつた。
232
高姫
(
たかひめ
)
は、
233
高姫
『
此
(
この
)
豆狸
(
まめだぬき
)
』
234
と
云
(
い
)
ひながら、
235
ポンと
頭
(
あたま
)
を
叩
(
たた
)
いた。
236
当
(
あた
)
り
所
(
どころ
)
が
悪
(
わる
)
うて、
237
一匹
(
いつぴき
)
の
狸
(
たぬき
)
は
其
(
その
)
場
(
ば
)
に
悶絶
(
もんぜつ
)
した。
238
他
(
た
)
の
一匹
(
いつぴき
)
は
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
窓
(
まど
)
の
穴
(
あな
)
から
飛出
(
とびだ
)
して
了
(
しま
)
つた。
239
高姫
『ああ、
240
あの
憎
(
にく
)
い
女
(
をんな
)
に
鼻
(
はな
)
をこつかれて、
241
ふん
伸
(
の
)
びました。
242
高宮彦
(
たかみやひこ
)
様
(
さま
)
、
243
何卒
(
どうぞ
)
お
願
(
ねが
)
ひだから、
244
彼奴
(
あいつ
)
を
皆
(
みな
)
帰
(
い
)
なして
下
(
くだ
)
さいな。
245
私
(
わたし
)
は
何
(
なん
)
だか
気分
(
きぶん
)
が
悪
(
わる
)
くてたまりませぬワ』
246
妖幻坊の杢助
『あれは
其
(
その
)
方
(
はう
)
の
姿
(
すがた
)
が
鏡
(
かがみ
)
に
映
(
うつ
)
つてゐるのだが、
247
それ
程
(
ほど
)
分
(
わか
)
らねば、
248
此
(
この
)
光
(
ひか
)
つた
壁
(
かべ
)
に
泥
(
どろ
)
を
塗
(
ぬ
)
つて
上
(
あ
)
げよう、
249
さうすれば
映
(
うつ
)
らなくなつて
疑
(
うたがひ
)
が
晴
(
は
)
れるだらう』
250
と
云
(
い
)
ひながら、
251
裏
(
うら
)
の
背戸口
(
せとぐち
)
に
使
(
つか
)
ひ
余
(
あま
)
りの
壁土
(
かべつち
)
があるのを、
252
妖幻坊
(
えうげんばう
)
は
大
(
おほ
)
きな
盥
(
たらひ
)
に
一杯
(
いつぱい
)
盛
(
も
)
り、
253
片手
(
かたて
)
にささげ、
254
片手
(
かたて
)
に
泥
(
どろ
)
を
握
(
にぎ
)
つて、
255
一面
(
いちめん
)
に
室内
(
しつない
)
を
塗
(
ぬ
)
つて
了
(
しま
)
つた。
256
そして
盥
(
たらひ
)
を
外
(
そと
)
へ
出
(
だ
)
し、
257
手
(
て
)
を
洗
(
あら
)
つて
再
(
ふたた
)
び
入
(
い
)
り
来
(
きた
)
り、
258
妖幻坊の杢助
『
高姫
(
たかひめ
)
、
259
これで
疑
(
うたがひ
)
が
晴
(
は
)
れただらうな』
260
高姫
『なる
程
(
ほど
)
、
261
貴方
(
あなた
)
はヤツパリ
私
(
わたし
)
が
可愛
(
かあい
)
いのですな、
262
あれだけ
沢山
(
たくさん
)
の
女
(
をんな
)
を、
263
縄虫
(
はへむし
)
かなんぞのやうに、
264
皆
(
みな
)
泥
(
どろ
)
で
魔法
(
まはふ
)
を
使
(
つか
)
つて
平
(
たひら
)
げて
了
(
しま
)
つた
其
(
その
)
手並
(
てなみ
)
は、
265
実
(
じつ
)
に
天晴
(
あつぱれ
)
なものですよ』
266
妖幻坊の杢助
『
天地
(
てんち
)
の
間
(
あひだ
)
の
幸福
(
かうふく
)
を
一身
(
いつしん
)
に
集
(
あつ
)
めたのは
其女
(
そなた
)
と
某
(
それがし
)
だ。
267
併
(
しか
)
し
高姫
(
たかひめ
)
、
268
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
で
厶
(
ござ
)
つたなア。
269
ランチ、
270
片彦
(
かたひこ
)
両人
(
りやうにん
)
は、
271
甘
(
うま
)
く
其方
(
そなた
)
の
計略
(
けいりやく
)
にかかり、
272
今
(
いま
)
は
殆
(
ほとん
)
ど
嚢中
(
なうちう
)
の
鼠
(
ねづみ
)
、
273
活殺
(
くわつさつ
)
の
権利
(
けんり
)
は
此
(
この
)
高宮彦
(
たかみやひこ
)
の
掌中
(
しやうちう
)
にあるも
同然
(
どうぜん
)
だ。
274
ホホー
頼
(
たの
)
もしい
頼
(
たの
)
もしい。
275
かふいふ
仕事
(
しごと
)
は
其女
(
そなた
)
に
限
(
かぎ
)
るよ。
276
此
(
この
)
高宮彦
(
たかみやひこ
)
も
其女
(
そなた
)
より
外
(
ほか
)
に
何程
(
なにほど
)
美人
(
びじん
)
があつても
心
(
こころ
)
を
迷
(
まよ
)
はさないから、
277
安心
(
あんしん
)
して
高子
(
たかこ
)
、
278
宮子
(
みやこ
)
を
伴
(
ともな
)
ひ、
279
何卒
(
どうぞ
)
日
(
ひ
)
に
一遍
(
いつぺん
)
は、
280
椿
(
つばき
)
の
下
(
もと
)
まで
人曳
(
ひとひ
)
きに
行
(
い
)
つてくれ。
281
これがお
前
(
まへ
)
の
勤
(
つと
)
めだ。
282
お
前
(
まへ
)
も
春野
(
はるの
)
の
花
(
はな
)
を
摘
(
つ
)
みながら、
283
郊外
(
かうぐわい
)
散歩
(
さんぽ
)
は
余
(
あま
)
り
悪
(
わる
)
くはあるまいから……』
284
高姫
『ハイ、
285
さう
致
(
いた
)
しませう。
286
本当
(
ほんたう
)
に
昨日
(
きのふ
)
のやうに
甘
(
うま
)
く
行
(
ゆ
)
きますと、
287
心持
(
こころもち
)
がよう
厶
(
ござ
)
います。
288
そうしてあの
両人
(
りやうにん
)
は
如何
(
いかが
)
なさいました。
289
其
(
その
)
後
(
ご
)
根
(
ね
)
つから
私
(
わたし
)
に
顔
(
かほ
)
を
見
(
み
)
せませぬがな』
290
妖幻坊の杢助
『
彼奴
(
あいつ
)
は
何程
(
なにほど
)
云
(
い
)
ひ
聞
(
き
)
かしても、
291
到底
(
たうてい
)
ウラナイの
道
(
みち
)
に
帰順
(
きじゆん
)
する
見込
(
みこみ
)
がないによつて、
292
生
(
い
)
かしておけば
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
となり、
293
吾々
(
われわれ
)
兇党界
(
きようたうかい
)
……
否
(
いな
)
善
(
ぜん
)
のお
道
(
みち
)
の
邪魔
(
じやま
)
を
致
(
いた
)
すによつて、
294
石牢
(
いしらう
)
の
中
(
なか
)
にブチ
込
(
こ
)
んでおいた。
295
かうしておけば
自然
(
しぜん
)
に
寂滅
(
じやくめつ
)
為楽
(
ゐらく
)
、
296
モウ
此方
(
こつち
)
のものだ。
297
別
(
べつ
)
に
骨
(
ほね
)
を
折
(
を
)
らなくとも、
298
刃物
(
はもの
)
持
(
も
)
たずの
人殺
(
ひとごろし
)
、
299
丁度
(
ちやうど
)
お
前
(
まへ
)
と
同
(
おな
)
じやり
方
(
かた
)
だ、
300
アハツハハハ』
301
高姫
『コレ、
302
もし
吾
(
わが
)
夫様
(
つまさま
)
、
303
私
(
わたし
)
が
人殺
(
ひとごろし
)
とは、
304
ソラ
余
(
あま
)
りぢや
厶
(
ござ
)
いませぬか。
305
何時
(
いつ
)
人
(
ひと
)
を
殺
(
ころ
)
しました』
306
妖幻坊の杢助
『アハハハハ、
307
其方
(
そなた
)
の
美貌
(
びばう
)
で
一寸
(
ちよつと
)
睨
(
にら
)
まれたが
最後
(
さいご
)
、
308
恋
(
こひ
)
の
病
(
やまひ
)
に
取
(
と
)
りつかれ、
309
寝
(
ね
)
ても
醒
(
さ
)
めても
煩悩
(
ぼんなう
)
の
犬
(
いぬ
)
に
追
(
お
)
はれて
忘
(
わす
)
れられず、
310
遂
(
つひ
)
には
気病
(
きびやう
)
を
起
(
おこ
)
して
不断
(
ふだん
)
の
床
(
とこ
)
につき、
311
身体
(
しんたい
)
骨立
(
こつりふ
)
してこがれ
死
(
し
)
ぬやうになつて
了
(
しま
)
ふのだ。
312
此
(
この
)
高宮彦
(
たかみやひこ
)
も
其方
(
そなた
)
の
事
(
こと
)
を
思
(
おも
)
へば、
313
骨
(
ほね
)
までザクザクとするやうだ。
314
此
(
この
)
高宮彦
(
たかみやひこ
)
を
殺
(
ころ
)
すのには、
315
チツとも
刃物
(
はもの
)
はいらぬ。
316
お
前
(
まへ
)
が
一
(
ひと
)
つ
尻
(
しり
)
をふつたが
最後
(
さいご
)
、
317
忽
(
たちま
)
ち
寂滅
(
じやくめつ
)
為楽
(
ゐらく
)
の
道
(
みち
)
を
辿
(
たど
)
るのだ。
318
アハハハハハ、
319
てもさても
罪
(
つみ
)
な
男殺
(
をとこごろし
)
のナイスだなア。
320
それさへあるに、
321
毒酸
(
どくさん
)
を
以
(
もつ
)
て
珍彦
(
うづひこ
)
夫婦
(
ふうふ
)
を
殺
(
ころ
)
さうとなさるのだから、
322
イヤハヤ
恐
(
おそ
)
ろしい、
323
安心
(
あんしん
)
して
夜
(
よる
)
も
昼
(
ひる
)
も
眠
(
ねむ
)
られない
代物
(
しろもの
)
だ、
324
アハハハハハ』
325
高姫
『コレ、
326
杢
(
もく
)
ちやま、
327
ソラ
何
(
なに
)
をいふのだい、
328
お
前
(
まへ
)
さまが
発頭人
(
ほつとうにん
)
ぢやないか。
329
私
(
わたし
)
は
教
(
をし
)
へて
貰
(
もら
)
つてやつたのぢやないか。
330
口
(
くち
)
に
番所
(
ばんしよ
)
がないかと
思
(
おも
)
うて
余
(
あま
)
りな
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
うて
下
(
くだ
)
さるな』
331
とソロソロ
生地
(
きぢ
)
を
現
(
あら
)
はし、
332
野卑
(
やひ
)
な
言葉
(
ことば
)
になりかけたが、
333
フツと
気
(
き
)
がつき、
334
俄
(
にはか
)
に
言葉
(
ことば
)
を
改
(
あらた
)
めて、
335
高姫
『
吾
(
わが
)
背
(
せ
)
の
君
(
きみ
)
様
(
さま
)
、
336
揶揄
(
からか
)
ひなさるも、
337
いい
加減
(
かげん
)
に
遊
(
あそ
)
ばせ。
338
妾
(
わらは
)
は
悲
(
かな
)
しう
厶
(
ござ
)
います、
339
オンオンオンオン』
340
妖幻坊の杢助
『アハハハハ、
341
面白
(
おもしろ
)
い
面白
(
おもしろ
)
い、
342
人間
(
にんげん
)
といふものはいろいろの
芸
(
げい
)
を
持
(
も
)
つてゐるものだなア』
343
高姫
『ヘン、
344
人間
(
にんげん
)
なんて、
345
チツと
違
(
ちが
)
ひませう。
346
ソリヤ
私
(
わたし
)
は
人間
(
にんげん
)
でせう。
347
併
(
しか
)
し
霊
(
みたま
)
は
義理
(
ぎり
)
天上
(
てんじやう
)
日
(
ひ
)
の
出神
(
でのかみ
)
の
生宮
(
いきみや
)
ですよ、
348
何卒
(
どうぞ
)
見損
(
みそこな
)
ひをして
下
(
くだ
)
さいますな』
349
妖幻坊の杢助
『ハハハハ、
350
イヤもう
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
りました。
351
義理
(
ぎり
)
天上
(
てんじやう
)
様
(
さま
)
、
352
今後
(
こんご
)
はキツと
慎
(
つつ
)
しみませう』
353
高姫
『コレ
高
(
たか
)
さま、
354
宮
(
みや
)
さま、
355
何
(
なに
)
をクツクツ
笑
(
わら
)
つてゐるのだい、
356
それ
程
(
ほど
)
可笑
(
をか
)
しいのか。
357
子供
(
こども
)
といふものは、
358
仕方
(
しかた
)
のないものだなア』
359
高子
(
たかこ
)
『それでもお
母
(
かあ
)
さま、
360
可笑
(
をか
)
しいぢやありませぬか。
361
チンチン
喧嘩
(
げんくわ
)
をなさるのだもの、
362
ねえ
宮
(
みや
)
さま、
363
可笑
(
をか
)
しいてたまらないぢやないか』
364
妖幻
(
えうげん
)
『ハハハハ、
365
オイ、
366
高宮姫
(
たかみやひめ
)
さま、
367
子供
(
こども
)
が
笑
(
わら
)
つてゐるよ』
368
高姫
『
貴方
(
あなた
)
が、
369
しよう
もない
事
(
こと
)
仰有
(
おつしや
)
るから、
370
二人
(
ふたり
)
が
笑
(
わら
)
ふのですよ』
371
高子
(
たかこ
)
『それでもお
母
(
かあ
)
さま、
372
貴女
(
あなた
)
のお
居間
(
ゐま
)
で
可笑
(
をか
)
しかつたぢやありませぬか。
373
あの
時
(
とき
)
はお
父
(
とう
)
さまはゐませぬでしたね。
374
お
母
(
かあ
)
さま
一人
(
ひとり
)
で
私
(
わたし
)
等
(
ら
)
二人
(
ふたり
)
が
堪
(
た
)
へきれない
程
(
ほど
)
、
375
可笑
(
をか
)
しい
身振
(
みぶり
)
をなさいましたワ』
376
妖幻
(
えうげん
)
『アハハハハ、
377
大方
(
おほかた
)
おやつしの
所
(
ところ
)
を
見
(
み
)
たのだらう』
378
宮子
(
みやこ
)
『ハア、
379
さうですよ。
380
お
尻
(
いど
)
をふつたり
口
(
くち
)
を
歪
(
ゆが
)
めてみたり、
381
独言
(
ひとりごと
)
をいつたり、
382
自分
(
じぶん
)
の
姿
(
すがた
)
に
惚
(
ほ
)
れたり、
383
そして
此
(
この
)
姿
(
すがた
)
を
吾
(
わが
)
背
(
せ
)
の
君
(
きみ
)
に
見
(
み
)
せたら、
384
さぞお
喜
(
よろこ
)
びだろツて
言
(
い
)
つてゐらつしやいましたよ。
385
ねえ
高
(
たか
)
さま、
386
違
(
ちが
)
ひありませぬだらう』
387
高子
(
たかこ
)
『
本当
(
ほんたう
)
に
其
(
その
)
通
(
とほ
)
りでしたね、
388
お
母
(
かあ
)
さまも
余程
(
よつぽど
)
面白
(
おもしろ
)
いお
方
(
かた
)
だよ』
389
妖幻
(
えうげん
)
『アハハハハ』
390
高姫
(
たかひめ
)
『あああ、
391
夫
(
をつと
)
や
吾
(
わが
)
子
(
こ
)
に、
392
ぞめかれ、
393
ひやかされ、
394
別嬪
(
べつぴん
)
に
生
(
うま
)
れて
来
(
く
)
ると
辛
(
つら
)
いものだ。
395
ホホホホホ、
396
アハハハハハ、
397
フフフフフ』
398
と
四
(
よ
)
人
(
にん
)
は
一度
(
いちど
)
に
笑
(
わら
)
ふ。
399
高姫
(
たかひめ
)
に
頭
(
あたま
)
をくらはされて
死
(
し
)
んでゐた
豆狸
(
まめだぬき
)
は、
400
此
(
この
)
笑
(
わら
)
ひ
声
(
ごゑ
)
にフツと
気
(
き
)
がつきムクムクと
起上
(
おきあが
)
り、
401
室内
(
しつない
)
を
二三遍
(
にさんぺん
)
駆
(
か
)
けまはり、
402
窓
(
まど
)
の
口
(
くち
)
から、
403
手早
(
てばや
)
く
姿
(
すがた
)
を
隠
(
かく
)
した。
404
高姫
(
たかひめ
)
『
何
(
なん
)
とマア、
405
これ
程
(
ほど
)
立派
(
りつぱ
)
な
御殿
(
ごてん
)
に
狸
(
たぬき
)
が
棲
(
す
)
んでゐるとは
不思議
(
ふしぎ
)
ぢやありませぬか。
406
犬
(
いぬ
)
でもおいたら、
407
皆
(
みな
)
逃
(
に
)
げて
行
(
ゆ
)
くでせうにねえ』
408
妖幻
(
えうげん
)
『イヤ
俺
(
おれ
)
は
何時
(
いつ
)
も
申
(
まを
)
す
通
(
とほ
)
り、
409
申
(
さる
)
の
年
(
とし
)
の
生
(
うま
)
れだから、
410
犬
(
いぬ
)
は
大嫌
(
だいきら
)
ひだ。
411
それだから
諺
(
ことわざ
)
にも、
412
仲
(
なか
)
の
悪
(
わる
)
い
間柄
(
あひだがら
)
を
犬
(
いぬ
)
と
猿
(
さる
)
みたやうだといふではないか』
413
高姫
『
申
(
さる
)
といふのは、
414
男
(
をとこ
)
の
方
(
はう
)
からヒマをくれる
事
(
こと
)
、
415
犬
(
いぬ
)
といふのは
女房
(
にようばう
)
の
方
(
はう
)
から
夫
(
をつと
)
にヒマを
呉
(
く
)
れて
帰
(
かへ
)
ることで
厶
(
ござ
)
いませう。
416
モウ
之
(
これ
)
から、
417
犬
(
いぬ
)
だの
申
(
さる
)
だの、
418
縁起
(
えんぎ
)
の
悪
(
わる
)
い
事
(
こと
)
はいはぬやうに、
419
互
(
たがひ
)
に
慎
(
つつ
)
しみませうね』
420
妖幻坊の杢助
『こつちは
慎
(
つつ
)
しんでゐるが、
421
お
前
(
まへ
)
の
方
(
はう
)
から、
422
何時
(
いつ
)
も
約束
(
やくそく
)
を
破
(
やぶ
)
るのだから
困
(
こま
)
つたものだよ、
423
アハハハハ』
424
高姫
『
左様
(
さやう
)
ならば、
425
又
(
また
)
夜
(
よる
)
の
拵
(
こしら
)
へも
厶
(
ござ
)
いますから、
426
妾
(
わらは
)
は
居間
(
ゐま
)
に
引取
(
ひきと
)
りませう』
427
妖幻坊の杢助
『コレ
高宮姫
(
たかみやひめ
)
殿
(
どの
)
、
428
二人
(
ふたり
)
の
侍女
(
こしもと
)
を……
否
(
いな
)
子供
(
こども
)
をお
前
(
まへ
)
が
独占
(
どくせん
)
しようとは
余
(
あま
)
りぢやないか。
429
どうか
一人
(
ひとり
)
ここにおいてゐてくれまいかなア』
430
高姫
『
如何
(
いか
)
にも、
431
貴方
(
あなた
)
は
一人
(
ひとり
)
、
432
男
(
をとこ
)
が
一人
(
ひとり
)
居
(
ゐ
)
ると、
433
何時
(
いつ
)
魔
(
ま
)
がさすか
分
(
わか
)
つたものぢやありませぬ。
434
コレ
高子
(
たかこ
)
ちやま、
435
お
前
(
まへ
)
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
だが、
436
お
父
(
とう
)
さまのお
側
(
そば
)
に
御用
(
ごよう
)
を
聞
(
き
)
いてゐて
下
(
くだ
)
さい。
437
そして、
438
もしも
外
(
ほか
)
の
女
(
をんな
)
がここへ
入
(
はい
)
つて
来
(
き
)
たら、
439
いい
子
(
こ
)
だから、
440
ソツと
私
(
わたし
)
に
知
(
し
)
らすのだよ』
441
高子
(
たかこ
)
はワザと
大
(
おほ
)
きな
声
(
こゑ
)
で、
442
高子
『ハイお
父
(
とう
)
さまの
居間
(
ゐま
)
へ、
443
どんな
女
(
をんな
)
にもせよ、
444
入
(
はい
)
つて
来
(
き
)
たものがあつたら、
445
キツと
内証
(
ないしよう
)
で
知
(
し
)
らしてあげますワ』
446
高姫
『コレ
高子
(
たかこ
)
さま、
447
そんな
内証
(
ないしよう
)
がありますか。
448
エーエ
気
(
き
)
の
利
(
き
)
かぬ
子
(
こ
)
ぢやなア』
449
妖幻
(
えうげん
)
『ハハハハ、
450
何処
(
どこ
)
までも
御
(
ご
)
注意深
(
ちゆういぶか
)
いこと、
451
イヤハヤ
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
りました。
452
高子
(
たかこ
)
は
要
(
えう
)
するに、
453
私
(
わたし
)
の
監視役
(
かんしやく
)
だなア。
454
ヤアこはい こはい。
455
コレ
高子
(
たかこ
)
さま、
456
お
手柔
(
てやはら
)
かく
願
(
ねが
)
ひますよ。
457
何事
(
なにごと
)
があつても
決
(
けつ
)
して
高宮姫
(
たかみやひめ
)
に
内通
(
ないつう
)
しちや
可
(
い
)
けませぬぞ、
458
アハハハハ』
459
高姫
(
たかひめ
)
『エー、
460
なんぼなと
仰有
(
おつしや
)
いませ、
461
さようなれば』
462
と
宮子
(
みやこ
)
の
手
(
て
)
をひき、
463
吾
(
わが
)
居間
(
ゐま
)
に
肩
(
かた
)
をゆすり、
464
袖
(
そで
)
の
羽
(
は
)
ばたき
勇
(
いさ
)
ましく、
465
長
(
なが
)
い
襠衣
(
うちかけ
)
を
引
(
ひ
)
きずつて、
466
シヨナリシヨナリと
太夫
(
たいふ
)
の
道中
(
だうちう
)
宜
(
よろ
)
しく
帰
(
かへ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
467
(
大正一二・一・二六
旧一一・一二・一〇
松村真澄
録)
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