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妖僧の詐術

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題名：妖僧の詐術著者：出口王仁三郎

ページ：1

概要：備考：タグ：データ凡例：データ最終更新日：2024-10-31 04:40:00 OBC ：B120200c04

新年の春を迎へて山城(やましろ)の稲荷の山にのぼりてみたりき

官幣大社稲荷神社の大前(おほまへ)に参拝すれば賽者(さいしや)のなみうつ［※「賽者」とは参拝者のこと。］

保食(うけもち)の神のみやゐの赤(あか)鳥居かずかぎりなく建てる迷信

稲荷下(おろ)し数多(あまた)あつまるこの山に初詣(はつもう)でして驚きにけり

迷信者(めいしんじや)の寄りて建てたる狐塚(きつねづか)幾百千ともかぎりなき山

この山に狐は居らず修験者(しゆげんじや)が狐のまねして人をあざむく

一(いち)の滝(たき)白滝(しらたき)などと巡(めぐ)りみればはだかの男垢離(こり)とりてをり

一月(いちぐわつ)の稲荷の山はことさらに人出(ひとで)多きが例なりと聞く

愚夫(ぐふ)愚婦(ぐふ)を有難(ありがた)がらせ修験者が白衣(はくい)をつけて狐の真似すも

狐(きつね)下(おろ)しを白(しろ)さんといひ黒(くろ)さんは狸(たぬき)下(おろ)しの通名(つうめい)なりけり

この山に古く住まへる真海(しんかい)は狐下(おろ)しの親玉なりけり

真海(しんかい)はランプのホヤをぱりぱりと食ひて信者を驚かせをり

真海(しんかい)の妖術(えうじゆつ)偽術(ぎじゆつ)ことごとくわれおもしろく見聞(けんぶん)なしたり

夜(よ)に入(い)れば針金(はりがね)仕掛(じかけ)の妖術(えうじゆつ)に宙吊(ちうづ)りなして託宣をなす

愚夫(ぐふ)愚婦(ぐふ)は有難涙(ありがたなみだ)にくれながら鼻すすり泣くさまのをかしさ

暗(くら)がりゆ針金ひけば真海(しんかい)はつるつるつると宙(ちう)にのぼれり

筑波山(つくばさん)の蠑螈(いのり)は肺の妙薬と紙につつんで降(ふ)らす真海(しんかい)

愚夫(ぐふ)愚婦(ぐふ)は先をあらそひ白紙(しらかみ)の包(つつみ)を闇(やみ)に争ふをかしさ

妖僧の詐術(さじゆつ)と知らず人人(ひとびと)は神のごとくに真海(しんかい)をうやまふ

をかしさにわれたまりかねて噴(ふ)き出せば世話方(せわかた)棍棒(こんぼう)ふりてわれ打つ

棍棒(こんぼう)に打たれて逃出(にげだ)し闇(やみ)のかげにわれ蹲(うづくま)り様子みてをり

かねてより諜(しめ)し合(あ)はせし弟子共(ども)は白狐(びやくこ)の姿に化けて這(は)ひ出す

あたまから足の先まで白布(はくふ)もて狐のさまに作りたる衣(きぬ)

われこそは鞍馬の山の大僧正(だいそうじよう)頭(づ)が高いぞと呶鳴る真海(しんかい)

人人(ひとびと)は一度に頭を地につけて般若心経となへゐたりき

一人(ひとり)でも頭(あたま)をもたぐるものあらば世話方(せわかた)棒にて押(おさ)へたしなむ

愚夫(ぐふ)愚婦(ぐふ)の地に伏す間(あひだ)を見計らひ針金ゆるめてするするとおりる

われこそは三剣(みつるぎ)稲荷大明神〓あたへるといつはる真海(しんかい)［※〓は一文字欠落。「福」か？　三つ後ろの歌を参照。］

欲惚(よくぼ)けの老若男女は手をあはせ勝手なことを口口(くちぐち)に祈る

此処(ここ)のみは世界の外(ほか)の世界かな人の屑(くづ)のみあつまりてをり

真海(しんかい)は声厳(おごそ)かに宣りつらく福(ふく)が欲しくば手付(てつけ)を出せよと

闇(やみ)に浮く白装束(しろしやうぞく)の真海(しんかい)を目あてに銀貨の雨を降らせり

真海(しんかい)は神官扇(しんくわんあふぎ)を顔にあて銀貨のつぶてをさけてゐたりき

この神は手付(てつけ)の千倍にしてやると偽(いつは)り言(ごと)いふ真海(しんかい)憎(にく)しも

警官の提灯(ちやうちん)木(こ)の間(ま)にゆれながら靴音おひおひ近より来(きた)る

真海(しんかい)が白衣(はくい)を脱げば墨(すみ)ぞめの衣(ころも)となりて闇に消えたり

弟子どもの白狐姿(びやくこすがた)もたちまちに立ちて木下(こした)の闇にかくれし

警官は声とがらせて群集にはやく帰れといましめてをり

群集は次第次第に散りゆきて松風(まつかぜ)の音(おと)いよいよさびし

群集の闇に散りゆくあと追ひて警察官吏(くわんり)山下(くだ)りゆく

人間の狐

木下(こした)かげにわれ只(ただ)一人(ひとり)忍びつつあとの始末を見届けてをり

真海(しんかい)をはじめ弟子ども五六人提灯(ちやうちん)照(てら)してこの場に来(きた)る

落ち散りし銀貨包(ぎんくわつつみ)をいちはやく拾ひあつめて籠(かご)に収むる

警官に気をつけぬかと真海(しんかい)は弟子の狐をいたく叱(しか)れり

針金を引かねばならず狐には化けねばならず遑(いとま)なしといふ

四五匹(しごひき)の白狐(びやくこ)は正体あらはして闇の木下(こした)にいさかひてをり

人間の狐は銀貨の分配にことさわがしく樹下(じゆか)にあらそふ

をかしさにわれ噴き出して逃出(にげだ)せば闇の山路(やまぢ)を追ひかけ来(きた)る

かなはじと思ひて駒(こま)を立直(たてなほ)し咳払(せきばら)ひすれば逃出(にげだ)すをかしさ

またここに警官かくれてゐよるぞと逃足(にげあし)逸(はや)く駆け登りゆく

白滝の朝

風寒(さむ)き稲荷の山は夜(よ)は明けてわれ白滝(しらたき)のもとに立寄(たちよ)る

白滝(しらたき)に裸体(らたい)の男女(なんによ)五六人(ごろくにん)かたこと交(まじ)りの神言(かみごと)宣りをり

稲荷下(おろ)しの頭(かしら)とあふぐ服部(はつとり)は白髪(しらが)まじりの背(せ)高き男(をとこ)よ

十余年稲荷の山に巣ぐひたる服部(はつとり)準造(じゆんざう)は真海(しんかい)の弟子

昨夜(よべ)の事知(し)らぬ顔(がほ)なる真海(しんかい)は四五人(しごにん)の弟子連れて来(き)むかふ

いやらしき眼(まなこ)を据ゑて真海(しんかい)はわが面(おも)ぢつと睨(にら)まへてをり

名に高き真海(しんかい)様かとわれ問へばオーオーさうぢやと威猛高(ゐたけだか)にいふ

その方(はう)はいづくのものかと真海(しんかい)はわれに向(むか)つて舌長(したなが)にいふ

私(わたくし)は丹波園部(そのべ)の百姓といへばさうかとうなづく真海(しんかい)

その方(はう)の所ぐらゐは知つてゐるただ形式に問ふのみといふ

をかしさをこらへ忍べばわけもなく二つの眼(め)より涙にじめり

私(わたくし)をどうぞお弟子に頼みますといへば真海(しんかい)からからと笑ふ

望みならば弟子にしてやる膝(ひざ)つきを百円出せときり出す真海(しんかい)

先生の弟子になるなら万両(まんりやう)も厭(いと)はぬ覚悟とわれは答(いら)へり

万両(まんりやう)と聞きて真海(しんかい)飛びあがり俄(にはか)に待遇よろしくなれり

稲荷の茶屋

真海(しんかい)はこちらへ御座れと先に立ち奥村(おくむら)稲荷の茶屋(ちやや)につれゆく

山海(さんかい)の珍味を盛りて真海(しんかい)はいと懇(ねんごろ)にわれをあしらふ

どことなく尻(しり)こそばゆくなりにけり万両出すというたは啌言(そらごと)

一円の金(かね)さへもなき懐(ふところ)によくも言つたり万両出すとは

真海(しんかい)とあひむかひつつ山海(さんかい)の珍味にわれは舌(した)つづみうつ

この山に人間に化ける白狐(びやくこ)さんが何人ゐるかと問ひ始めけり

白狐(びやくこ)さんは白狐(びやくこ)さんなり人間は人間ですよと真顔(まがほ)の真海(しんかい)

この山の白狐(びやくこ)は銀貨の分配を争ひますかとわれは問ひたり

真海(しんかい)の顔色忽(たちま)ち蒼くなりおゆるしあれと手を合(あは)し拝む

留置場(りうちぢやう)に放(ほ)り込まれてはこの冬を私(わたし)の生命(いのち)続かぬといふ

真海(しんかい)はわれを警察探偵と合点(がつてん)したるかふるひ出したり

御馳走をよばれてすまぬと云ひながらわれは座を立ち帰らんとせり

真海(しんかい)はわが袖(そで)掴み声さへもふるはせながら許せと拝めり

松(まつ)ケ枝(え)の宙吊りのわざ面白しも一度見たしとわれはからかふ

真海(しんかい)はこゑふるはせてこの後(のち)は心得ますと泣声(なきごゑ)になる

筑波山(つくばさん)の蠑螈(いもり)が頂きたいものと云へば真海(しんかい)天窓(あたま)かきをり

また後日お目にかかるとわれ言へば宜敷(よろし)く頼むと拝む真海(しんかい)

また来るといひつつわれは足ばやに奥村(おくむら)の茶屋立ち出(い)でにけり

赤鳥居

山中(さんちう)といへども昼は人出(ひとで)多くわれは心も強くなりたり

をかしさをこらへて走る山路(やまみち)の木の根につまづき打ち倒れたり

倒れたるはづみに打ちし膝頭(ひざがしら)一寸(いつすん)さけて血は滲(にじ)み出せり

深さ一分(いちぶ)長さ一寸(いつすん)の傷を負ひし膝(ひざ)の頭(かしら)を手拭(てぬぐひ)にしばる

ちがちがとびつこひきつつ漸(やうや)くに伝法池(でんぽふいけ)のかたへに下(くだ)る

稲荷下(さ)げ征服したる思ひして痛み忘れてほがらかに笑ふ

文明の御代(みよ)ときけどもこの山の有様(ありさま)みれば何か淋しき

欲といふ悪魔に魂(たま)をくらまされ迷ひ来(き)にけむ世の人人(ひとびと)は

数知れぬ赤き鳥居の名を見ればその大方(おほかた)は浪花人(なにはびと)なる

大阪と京都の町の富豪(ふうがう)はみな赤鳥居寄進(きしん)してをり

保食(うけもち)の神の尊さをよそにして世人(よびと)は人為の狐に迷ふも

欲ふかき京阪人(けいはんじん)は狐をば平気の平三(へいざ)でまつりをるなり

ひさかたの天津(あまつ)御神(みかみ)をよそにして狐をまつる人の愚劣(ぐれつ)さ

狐にもこころおとりしひとびとの朝夕(あさゆふ)人為の狐あがむる

稲荷山(いなりやま)迷信のさま目撃しまことの道の宣伝を感じぬ

物質文明主義の世界の半面にかかる迷信ありと知りたり

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