十余里の道を弟と語りあひつ直に上谷修行場につく
上谷に帰りてみれば春蔵や黒田塩見の姿みえなく
何となく心さびしく上谷の人人われを冷笑して迎ふる
悪神にたぶらかされし里人はわれに対する態度かはれり
貧乏神はやく帰つて下されと露骨にたのむ四方安蔵
三人はいづくに行きしとたづぬれば安蔵へへへとせせら笑へり
世の元の三人さんがあらはれたであなたに用はござらぬと言ふ
修行者の四方甚之丞をつかはして綾部の様子うかがはしめたり
わが留守に曲津はびこり三人を綾部に引きよせ隠謀たくらむ
甚之丞帰り来りて修行者はなかなか上谷に帰らぬといふ
甚『上田さんが何と云つても開祖様の命は背けぬと平蔵が言ひました』
甚『御三体の大神様の神がかり上田の自由にさせぬと平蔵がいひました』
三人を綾部に明日までおいたなら面倒いことが出来るとわれ言ひし
平蔵や其他の役員腹あはせ上田は綾部に帰さぬといふ
神様の経綸の邪魔する上田さんは綾部に帰つてくれなと言ひ居り
上田さんは緯のお役で神様のお経綸の邪魔をする人といふ
平蔵もその他の役員一同も妖魅の言葉にだまされて居り
上谷にわれ帰りしと聞くよりも福島はじめ三人があわてる
綾部まで上田の帰らぬそのうちに経綸をするとて一間にこもる
翌日の午前の十時勇佑は顔色かへて急ぎかへり来
何事のありしかと言へば勇佑はふるひをののき大地へ手をつく
三人が新宮安藤金助の庭に神様埋もるとて掘りし
金助が家の大黒柱の根一しようけんめい三四尺掘りぬ
白衣をつけ緋の袴つけ三人は庭掘る折しも警官が通る
警官は訊問ありと三人を綾部警察へつれてかへりし
開祖様平然として何事も神様の御都合とすましいませる
警察へ引かれた春蔵他二人未だかへり来ず心配といふ
勇『平蔵や足立にかくれてこの爺がそつと先生に知らせに来ました』
それだから早く帰せと言つたのに平蔵の奴がきかぬからだよ
勇佑ははいその通りごもつとも恐れ入つたと頭かき居り
迷信の深き平蔵曲神にあざむかれつつ下手なことする
帰るにはわれ及ばずと上谷の幽斎修行の監督なしをり
しばしありて四方平蔵飛び来り三人さんはゆるされたと報ず
わが言葉用ひざるためかくの如失敗ありしときびしくいましむ
平蔵は頭を左右にふりながら失敗でないこれがおしぐみ
庭を掘りて金勝要の大神の霊を出したと得意然たり
迷信者と馬鹿を教ふる道なしとわれあきらめてほほ笑み黙せり
熟熟と四方平蔵の面を見つ憐れもよほす迷信のゆめ
三人は土中の神像あらはしてわれに一泡吹かさんとせし
警察に拘引されて春蔵等膏をとられをののきにけり
土中から出るべき神像を瑞御霊上田の霊が邪魔したとほざく
迷信と欲望の鬼につかれたる身魂度すべき神わざはなし
平蔵は迷信の夢未ださめず三体様と敬称してをり
御三体の神があらはれたまひしと迷信親爺が宣伝をなす
肝腎の平蔵までも籠絡し意を得たりとてほほ笑む足立
正信は竹村仲蔵を股肱としわがゆくさきの妨害のみする
二三日立ちし夕暮綾部より二人の信者いそぎとひ来ぬ
新宮の四方源之助西原の西村文右衛門礼服にてくる
源『上田さん喜びなされ開祖様を出口の神と尊敬しまする』
文『西町の鹿蔵の妻およねさんが九年の気違ひ全快しました』
源『西町の大槻鹿蔵は大江山の酒呑童子の身魂とわかりし』
文『およねさんは大蛇の身魂鹿蔵さんは鬼の身魂と開祖が仰有る』
源『およねさんは開祖の総領娘です世界のみせしめに出してござる神』
文『九年間気違ひにして懺悔をば世界に出していましめてござる』
源『開祖様がゆるすと云はれおよねさんはすつかり気違ひ本復しました』
文『このやうな神徳あらはれたる上は出口の神とあがめねばならぬ』
をかしさにわれ噴き出せば両人は何がをかしと肩はりつめよる
そんなことをみて君たちは神さんと思うてゐるのかわしはをかしい
『艮の金神様を信じないあなたは綾部にをつてはもらへぬ』
私は綾部に執着心はないすぐさま帰ると衣服を着替ふる
『上田さんあなたは本当に帰りますか出口の神のゆるしも受けずに』
ろくな奴一人もない化物の屋敷にゐるのはいやですと言ふ
『お前さんが幽斎なんかする故に皆神がかりになつたのでないか』
この始末つけねば滅多に帰さぬとまた難題をつけ始めたり
『三千年世に落ちたまひし神神が毎日毎夜お上りあそばす』
この際に落ぶれ神を世にあげて身魂を救へば天下泰平といふ
『上田さん綾部へしばらく帰らずとここで時節を待つて下さい』
『開祖様も四方平蔵も正信もあなたの帰綾をいやがつてゐる』
『世に落ちた神をあげねばならぬ故きびしい審神者は邪魔になります』
この二人村で区長をする紳士その迷信さあきれるのみなる
両人の語りしはなしのあらましは次にわが宣る歌の通りよ
『上田さんを綾部へ帰さぬと大雨で綾部大橋が落ちてしまうた』
『神様の広大無辺の神徳で嫌ひな先生を川止めにした』
『お前さん今度綾部に帰つても我を出さぬやうにおとなしくなされ』
『開祖様と神がかりさんのいふことに背きなさるとごてごてしまする』
『私らはあなたを大事に思ふあまりそつと御意見に来たのであります』
『ともかくも出る杭はうたれるといふ譬敵たはぬのが一番おとく』
『足立さん四方さんまであなたをば去なす去なすと云うてゐるぞや』
両人は綾部をさして帰りゆくあとへ出口の澄子がはせ来る
澄『先生の留守に四人の神がかりが金明会をさわがしてゐます』
四方春蔵村上黒田塩見など邪神がかかり人を騒がす
神がかり飛んだり跳ねたり素裸になつて手をふり法螺ふきまはる
神業の御邪魔をいたす上田をば金明会に入れるなとほざく
『世の元の三人あれば結構ぢや上田の悪神入れてはならぬ』
澄『先生の似顔を書いて春蔵が釘を打つたり叩いたりしてゐます』
澄『先生の悪口ばかり真にうけて皆の信者が迷うてゐます』
つまらない先生に去んで貰へよと役員信者が口口にいふ
一日も早く帰つて人人の目をさましませと澄子は頼めり
修行者を四方藤太郎に頼みおき一先づ綾部へ帰らんとせり
折もあれ四方勇佑馳せ来り大地に手をつき泣き声に訴ふ
勇『町中の人が芝居を見るやうに教会に来てぞめいてゐます』
勇『お広間の内部も外も門前も見物人の人の山です』
一斉射撃
町人に頓着なさず懸命に幽斎修行をみながしてゐる
西矢田の小万が気狂ひ金神と悪口ほざいて俥をかへす
神罰で俥が泥田へ覆りしといつたと小万が呶鳴りあばれる
金神の信者が人の難儀みて笑ふはすまんと小万がいきまく
泥足のまま神前へ飛び上り御神具までも叩きこはせり
沢山の信者は逃げ出す警察は保護してくれずまことに残念
迷信と野心にみちた悪霊の威猛る綾部の広間は騒がし
正信は計略わが図に当りしとほくそ笑みつつわれをあざける
気狂ひの製造人は綾部には居つてもらへぬと迫る竹村
金光のをしへはまこと霊学は狐狸とふれる竹村
正信はわがことなれりと舌長に意見がましきことを言ひ出す
善悪の区別にあかき出口澄子の慰留にわれは綾部にとどまる
わが立場気の毒がりて蔭になり日向になりて守りし澄子
一人の澄子の同情なかりせばわれは綾部を去らんとおもへり
曲神は役員信者に憑依して一斉射撃をわれにあびせる
人人に排斥されし馬鹿らしさに帰らんわれをとどめし澄子よ
広間の暗闘
勇佑は兀げたる天窓を撫でながら広間の事情を語りてなげく
勇『開祖様の涙の貯金を引き出して毎日多勢が食ひつぶします』
勇『世に落ちた竜宮の眷属が暗いとて毎日五六升の種油を用ふる』
勇『五六升の油の外に三十本の百目蝋燭とぼし金いる』
勇『大変な物いりなれど一銭の出費さへせぬずるい奴のみ』
神さまの脛のみかぢる信者等がよつて来るほど困るといふ爺
神様に対して気くばり心くばりする信徒只の一人も来らず
勇佑は金明会の炊事役神に言訳なしとてなげく
勇『三人と一つになつて平蔵さんは天眼通の稽古して居り』
勇『平蔵どのあれ見やれのーと三人が天眼通をやつて居ります』
勇『天眼通ばかりになつて平蔵さんは広間の会計みてくれません』
勇『戦死した清吉さんの年金を食ひつぶしてる奴ばかりです』
勇『この先は如何なることかと勇佑も金明会が心配になる』
勇『春蔵は金明会の会長に足立はあなたを追ひ出さうとする』
勇『そんなことさしてはならぬと勇佑が心配してます会計の他に』
勇『春蔵に盤古の霊がついてゐて開祖を押しこめようとしてゐる』
勇『開祖まで押しこめようとする邪神あなたを追ひ出すは朝飯前です』
勇『春蔵は親の財産鼻にかけて一人大将顔する憎らしさ』
勇『出口家の養子にならねば春蔵は一人でたてるというてゐました』
勇『春蔵が立つならわしが立ちますとまた竹村が生地をあらはす』
勇『竹村や春蔵養子になるならば私がなるとて足立がいきまく』
勇『三人が養子にならうと暗闘を続けて小言の絶えぬお広間』
勇『竹村は開祖の筆先に節つけて朝から晩まで読み通しです』
勇『筆先を上手に読むのが御養子というて一切かまはぬ竹村』
勇『私は隠居の身分安楽に暮せるものをこんな目にあふ』
勇佑は涙まじりの黒い顔ずず黒い手でなでまはし泣く
足立等が気のつくまでは帰らぬとわれ上谷の修行場に居り
勇佑はいろいろさまざま語りおきてまたすたすたと綾部に帰る
勇佑がかへる後姿見送りつわれハンカチで顔の汗ふく
裏山に蝉のなく声かしましくうすら眠たき上谷の真昼
地団太
ややありてまたも勇佑はせ来り大切さうに手紙を渡せり
勇『牛人の金神様から先生に気つけの筆先御覧下さい』
封切れば修業者一同引きつれてかへれ牛人金神の命令
勇佑の迷夢さますとこの手紙ばりばり目の前でひきさきにけり
勿体ない神罰あたると勇佑があをい顔してふるひをののく
一本の手紙に扇子つけてありその扇子までわれはひきさく
勇佑は阿呆正直人の言葉にどちらにもつく好好爺なり
この通り罰も何にも当らぬといへば勇佑地団太をふむ
勇『十八の若者村上にだまされてええ残念やこの禿頭』
勇佑は扇子を大地に投げつけて踏むやら蹴るやら気の毒なりけり
だまされたええだまされたと勇佑が地団太をふむスタイルをかし
勇佑と金明会へ帰りみれば家の内外人の山なり
村上は数多の信者をたぶらかし右へ左へと暴れまはり居り
村上はわれを見るよりおお上田わが命令をよくきくとほめる
偉い奴その御褒美と村上はぐしやぐしや書いた扇を渡せり
さし出す扇を手にとるより早く村上の頭三つ四つ打ちぬ
信者は各各不思議な顔をして瘧の落ちたやうな顔せり
神罰をあてて下され上田奴が今帰つたと三人のこゑ
奥の間に三人世の元と陣取りて妙なことのみ口走りをり
常識のかけたる修行者二十名の発動鎮定の方法つかず
金光教会迷信信者の神がかり何程説けども理非がわからず
狂態
秋深きころなり例の福島等四人またもや暴れ出しけり
いろいろと開祖のさとしも聞きいれず奥の一間に神がかりなす
黒田塩見村上四方は福島と一間にこもりて神の真似する
福島の狂態みるにしのびずと開祖は箒で掃き出したまへり
その方は金光教の邪霊なりこの肉体を去れとのらせり
福島を見わけんやうな開祖ならもう綾部には居らぬと息まく
福島は出口上田の目をさますために家をば灰にするといふ
町中もみなその通り気の毒ぢやこの福島も気の毒といふ
福島は大音声に呶鳴りつつ出口上田はすつこめといふ
福島に何ほど説けど悪霊のかかりし彼は正邪を解せず
福島は肩をいからし肱を張り修行者引きつれ上谷に向ふ
修行者は邪神の言を盲信し上田は駄目といひつつ出でゆく
竹村の妻のきく子と二人連れ上谷の修行場さしてわれゆく
○余白に
悪神の経綸やうやくなりなりて神の御国をねらひすませり
神国と名はありながら獣のサツクとなりし人の多き世