霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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昭和五年(三百三十三首)

インフォメーション
題名:昭和五年(三百三十三首) 著者:出口王仁三郎
ページ:35
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-09-18 07:04:47 OBC :B121807c05
五月雨の頃
雨雲は天津日かげを押しつつみ風はださむし天の橋立
成相の山にあまぐも立ちこめて天の橋立小雨降りつつ
ひさかたの天の橋立空たかくわたり来て鳴け山ほととぎす
天渡るる月の夜ごろも過ぎゆきてさみだるる山に啼時鳥
むかつ山霧立ちのぼり大堰川のせせらぎの音遠く聞え来
谿水の音清くして虎杖のながくのびたるこのはざま径
草苺梅雨ばれの庭にいくすぢも根蔓のばして芽をふいてゐる
さつき空ひくう山すそをさまよひながら雨はれにけり
夕けぶりしめるが如く重たげに軒端をはひて空さみだるる
海士の子がたく藻の煙うちしめり波もしづかにさみだるる海
霖雨
真宗の書籍ばかりを読まさるる独房さびし霖雨の降る
出雲大社
幽世の司といます大国主祀れる宮のさびにさびつつ
八雲立つ出雲の宮の清庭にもゆるが如く躑躅花咲く
時代の尖端を行く
不徹底的な旧道徳徳観が癪に障る、断然時代の尖端を行く覚悟だ
好きと思つた事もなければ嫌だと思つた事もない三十年間の夫婦生活だ
楢林に新緑がもえ片つ端から毛虫が蚕蝕して行く五月
早苗
苗代に目立ちてそよぐ乱れ葉をひきぬき見れば稗のやはもえ
苗代の苗の若茎ふしだたぬほどにと賎のとりいそぐかも
植ゑつけし早苗はのびて青茎にふしだつ夏となりにけるかな
産土の神のみとしろ清めつつ早苗とるなり里のをとめら
夕されば短冊蒔きのわか苗の末葉にのぼる銀のつゆかも
賤が家の垣つ外面は小田近み雨けぶりつつ早苗とる見ゆ
ほととぎす
ほととぎす或は近くまた遠く夜もすがら聞く本宮の山
むかつ山雨にけむりてはるけくも山郭公聞くゆふべかな
このあたり山郭公の名どころと聞けど河鹿の声のみぞする
湯ケ島遊記
幸多き今日の吾が身ぞ思ふこと一つもあらず温泉にひたる
ぬば玉の闇に真白く映えながらたきち泡だつ狩野の流れの
空しかる心抱きて湯の宿にほととぎす聞く今日の吾かも
願ふこと一つ無き身も湯ケ島の温泉の里は長く住みたき
蜿蜒と一すぢしろきやまあひの道つたひ来し湯ケ島の里
来し方のこともおもはず行末のゆめもおもはず温泉に遊ぶ
のんびりと手足のばして湯の槽に蛙の如く浮び見しかな
湯の村は静かに暮れて狩野川の瀬瀬の音のみひとり高きも
馬も牛も湧き出づる湯に浸りゐて珍らしきかな湯ケ島の里
青あをと千引の岩に苔むして筧に引ける温泉あふるる
山せまり川またせまる湯の宿に心ひろびろと今日も暮れたり
瀬瀬の音雷のごとひびかひてそばだつ谷の空に雲あり
保津川
東の空明けはなれ琴平の山のふもとの保津は煙れり
とこなげの山の谷間に夕陽落ちて保津の川音高く聞ゆる
坂道を辿りたどりて清瀧の宿に花見つ鴬を聞く
神都高千穂峡
並山を四方にめぐらすたかはらの高千穂峡やとこしへの春
かむながら神代のままの家がまへ千木かざしたる高原のさと
瀧の道たどりてゆくに木のしげみいよいよ深まり画も小暗き
阿蘇山
火産霊の神の御息かときじくにけむりを吐ける大阿蘇の山
外輪山のぼりゆくてに大阿蘇の噴火の灰は雪をそめたり
外輪山ふもとの青き芝原にくさ食みあそぶ数十頭の馬
雲仙嶽
この牧に草はむ馬のここだゐて丹つつじの花ふみにじられつ
わかくさに日かげかがよふゴルフ場にあそぶ人らの姿たのしげ
北海行
承陽殿御燈明深くまたたきて読経涼しく朝風わたる(加賀永平寺にて)
芦崎の松のなみ木の空とほく八甲田山のすがたかすめる(八甲田山)
名にし負ふ津軽の富士の岩木山津軽野に来て仰ぎ見にけり
岩木山雲立ち篭めし津軽野やあした凉しく風わたるなり
青田の面さわたる風も陸奥はあなしみじみし秋来しがごと
湯の樋の渡せるあたりあをあをと蕗の葉もえて初夏の風にほふ(北海道登別温泉)
洞爺湖をめぐる若葉の森かげにひねもすをなく山時鳥
窓近くペンとる朝を三箇山の峰ゆ吹く風そよそよとすずし
砂吹くや蒙古の野ゆく思ひして白樺の森を見さけ見つげり
山脈のやまのみねみね雲おほひ羊蹄山の今日は見えずも
思ひ出のたねとなりけり狩太の町に仰ぎし蝦夷富士ケ峰
羊蹄山峰吹く風にあふられて駒をならべし宣伝の旅
一とせの春夏秋のもろ花のいま咲く蝦夷に海越えて来ぬ
もろ木木は緑と茂りもろ草の花咲きさかる蝦夷の夏かも
巨き樹はみな伐り伐られ植えし木の若木が茂る胆振国原
落葉松のこずゑにここだも雀子の群れて囀る朝ほがらなり(本目名)
もうもうと濃霧立ちこむ中にして胆振昿野の今朝狭く見ゆ
むくつけき里人なれやおのもおのも吾が湯に入るを覗きては行く
三十年の昔は熊や猪の棲む荒野なりしと聞くが床しき
みはるかす限りは麦や馬鈴薯の畑ばかりなりニセコアン村
いたづきの一つなけれど遠の旅に疲れおぼゆる蝦夷島の秋
白樺の林しるけく秋陽はえて尾上をわたる風のあしみゆ
大空に雲むらむらとふさがりて荒れ模様なる樺太の島
二ケ月の旅をつづけて今ここに北の根室の月を見るかな
瀬戸の海にて
五里五島七里七島経めぐりて一しうかんの夏はくれたり
夏の昼
終夜盆踊りせしくたぶれのねむたき真昼金魚売りの声
天の河
たまさかの星の逢ふ夜のさやけさは天の河原も澄みわたりつつ
八十瀬舟真帆はりあげて天の河渡るが如く白雲の行く
きぬぎぬのつらき別れは七夕の星にも似たるわがおもひかな
たまさかに逢ふ夜は明けて帰りゆく君の情の思ひやらるる
折にふれて
夕焼の空あざやかに池の面にうつろふ雲の夏めきて見ゆ
みそぎして帰る夕べの土堤の上に宵待草の咲きつづきたり
紅あかと筏かづらの花咲きて夕陽に映ゆる庭うるはしも
前になり後になりて十六夜の月わが汽車を見送りてあり
一文字に流るる霧の帯の上につんもりと浮く胡麻の高山
右左まどの外にも吾が乗れる汽車の室あり夜の汽車あはれ
わが庭に茂れる萩のあるが中に花咲き初めし枝もまじれり
千町田に草ぬく男いつしかに稲のしげみに見えずなりにし
雁わたるタベの空に風寒み浅茅いろづく秋の野のみち
高岸をすべり落ちたる酔人の叱るが如くひとりつぶやけり
黒煙
恐ろしい煙突の吐く黒い煙はプロレタリアの俺たちの息だ
背の低いのが気にかかリシヤッターのおりる瞬間のび上つてみた
朝顔
大輪の朝顔のはな文机に鉢なり持て来見てをたのしむ
となり家の庭にしげれる朝顔の蔓のびのびてわが庭に咲く
初雁
初雁の山の端わたるかず見えて秋風さむし別院のには
早稲刈る山田の空をはろばろと初かりがねの渡り行く見ゆ
初雁のこゑ嬉しけれ蝦夷ケ島わが恋ふ友に逢ふ心地して
澄みきりて月照る空にきこゆなり契りたがヘぬ初雁のこゑ
漁船かへる松島夕月夜ほのめく空にはつかりの啼く
故郷に錦かざるはいつの日と思へる夜半に初雁の啼く
秋の日のゆふべの空をあふぎつつ初雁の音を旅にききたり
月見むと端居しあれば雲間より影ちらちちと落つる初雁
おほぞらに初雁たかく聞ゆなり高峯にのぼる月さやかにて
佐渡ケ島
紫の雲棚引きて佐渡ケ島に夕陽落ちゆくわが目の前に
称へても称へつくせぬ美はしき佐渡の島根を包む夕
波の穂を踏みて渡りし佐渡の島に見るもさやけし夕映えの雲
いにしへの流され人も佐渡の島の夕空のいろに慰さまれけむ
白河の関にて
夜さらば白河の月眺めむと待ちしもむなし曇りけるかも
草山に常磐の松のちらちらとたてるが見えて雨けぶるなり
原始的人間
風通しの悪い猿股ひつぱづし原始的人間になりすましても見た
やがて地球と彗星が衝突して世界が全滅するとぬかす天文学者の近眼
血圧が高いと医者の診察を聞いてるブルの顔の青さよ
自動車に競争せむと人力車一区七銭で街かけまはる
臨検と尖つた声に耳をさされ膝を直した濁房の朝だ
百姓の顔
寝ながらに月かげが見えるあばら家の淋しいくらしだ、螽蜥が鳴いてゐる
不景気風吹きまくつてゐる今年の秋は庭の萩など見る気にならず
曼珠沙華が赤赤と咲いてゐる田の畔!憂欝な百姓の顔を見ろ
久方のみ空の月は神つ代のすがたを今に変へずありけむ
高台の銀杏にかかる月かげを愛でつつ秋の夜をふかしをり
わがかげもかくろひにけり天心にこりて動かぬ月の光に
月高くみ空に冴えて青訓の喇叭の音も更けわたりつつ
夜あらしは松に吹けども大空の月たかだかと青雲の空
昨日より遅く出づると知りながら月待つ夜半のもどかしきかな
白萩の花に月かげさしそひて庭の面いまだ暮れあへぬかな
大空に月澄みきりてこの夕べを雨降りしとは思へざりけり
松の根に腰うちかけて愛宕山の尾上にさゆる月に見あかず
庭石の窪みに雨の降りたまりかげを宿して月のさやけさ
真葛の花見わかずなりし夕暮の空につめたき新月のかげ
風もなきこの月の夜に漣のたつとし思へば五位鷺浮ける
吾妹子の旅より帰る宵も待たで惜しやかくれぬ三日の月かげ
川沿ひの柳の梢ほそぼそとやさしくかかる三日月のかげ
待つほどの月にあらねど思ふどち同じ筵に語る楽しさ
川の辺の芦の苫屋にまとゐしてわが思ふどち月を見しかな
百津桂生ひ茂りたる庭の面に十二夜の月清く冴えたり
朝あけの海辺に立てば波の奥に低くうかべる月のかげかな
山松のこずゑに残る有明の月の鏡のしらけたるかな
鉛筆の文字見ゆるまで十六夜の月は澄みつつ冴えわたりつつ
かた庭にさむしろ敷きて十六夜の月を賞でつつ虫を聞きつつ
月かげの冴ゆるにつれてわが庭のが木群いよいよ暗くなりつつ
遊びふけて野路を帰ればひむがしの山の端のぼる二十日の月かげ
帰りゆく人をひそかに見送りつ空にかかれるありあけの月
待ち佗びし人は来らず小夜ふけて二十日の月は山に昇れり
鳴く虫の声ばかりなる田の面に昇る二十日の月の静けさ
何時までも飽かで眺むる月かげに稲田の面はほの明けにけり
風さゆるみ空を月の渡るかげ心さえざえと見のあかぬかも
十和田百景のうち
小波のしづかに寄する三室岬岩にしげれる樹樹のさやけさ
八郎の大蛇が血糊の記念てふ五色岩ケ根に浪のただよふ
ちはやぶる神の斧もてけづりたる千丈幕のすがたゆゆしき
秋の陽のにぶき浴びたる神代浦わが遊ぶこの船とどめたき
波の穂のよりてなれるか剣岬の岩はさながら劒に似たる
秋雨
秋雨のしと降る庭に苔むしてこの手水鉢のさびのふかかり
山めぐる雲のあなたに青空の高くのぞきて降る時雨かな
木木の風さやぐをみれば間もあらず音立てて降る夕つ秋雨
やれ窓の障子ぬらして忙しげに風にのりゆく秋の夜の雨
ひとしきり風にざわめく銀杏葉に露を残して時雨はれたり
日日なめて長雨降りしく秋の田に見るかげもなく立つ案由子かな
足引の山の尾上に小夜ふけて鹿の音さむく時雨ふるなり
秋萩のこずゑをしばく夕雨の音のさびしさ風窓を打つ
逝秋の小雨つめたき窓の辺にさびしく鳴けるこほろぎの声
秋雑歌
うたたねの窓にさし入る月かげに夢の覚むれば松虫の鳴く
のちの夜の月は星なき大空に高くかかりて虫の音すがし
あまりにも月のよろしさ想ふどち曼珠沙華咲く野路をひろひぬ
秋の日の光りを浴びて中空にシオンの舘白く映えたり
秋風に吹きなやまされ刈萱の乱れみだる露のしのはら
紅葉照る庭に夕陽の直刺して遣水の音ゆるやかなりけり
にぶき陽は芝生にさしてりんだうの花むらさきに匂ふ夕暮
朝ばれの田の面を渡る秋風にわが居間の窓稲の香ただよふ
人のかげ見えわかぬまで茂りたる稲葉を渡る風のさやけさ
日並べてつづく旱に庭萩のいくばくならず咲きてしなへぬ
木犀の花咲き揃ひわが住める庭面は秋のふかみゆくなり
大空に雲ふさがりて寒けきに百舌鳥の声ばかり高く聞え来
銀杏の実はあるとしもなき秋風にゆられて落ちつ音たてにけり
秋の日の霧の遠方とどろかし近寄り来る飛行機のおと
かさこそと足音近く聞えつつ人かげ見えぬ森のふか霧
立ちこめし天ぎりあひを洩れて来る秋の日光の静かなるかな
枇杷の枝の茂りゆ透けて玻璃窓にさし入る朝日すがしかりけり
車井の釣瓶のおとの聞えつつ人のかげ見えぬきりふかき朝
おしなべて秋は朝夕たのしけれ春たね蒔きし七草のはな
一つ家の軒に吊られてあかあかと秋陽に柿がかがやいて居り
野分に吹きまくられて刈萱のしどろもどろになびく夕暮
夕嵐吹きつよむ空をたわたわに片寄りて鴉飛びて行くなり
大空に七日の月かげぼんやりと夕日にぼけて薄くかかれり
秋祭
しとしとと雨にくらせる秋祭人の往来のまれなる町かな
うぶすなの神まつる夜の霧ふかみ御神楽のおとさやかに聞ゆ
秋傷心
秋の夜の月はうごかず庭の面を照らせど暗きわが恋心
たまたまに訪れ来つれば君のかげ見えぬ夕を淋ししぐるる
天恩郷雑詠
あかときの雲たなびきて神苑の松にすがしく鵲の鳴く
まだ明けぬ心地こそすれ窓の外つつむあしたの霧深くして
拍手の音のみぞして何人か見わかぬ霧の朝の神ぞの
あかときにピアノの音の起りたり光照殿の奥深きあたりに
高天閣起き出で見れば旭かげ斜にさしぬ膝のあたりに
さわがしき雀の声に起き出でて見上ぐる空に雨は晴れつつ
天の戸のあかる思ひや朝ぼらけ神苑に立ちて鵲を聞く
大愛宕峰の白雲はれわたりヴエランダを吹く風の音高し
今日もまた檪林をさまよひて兎の墓に花手向けたり
月見むとゆふべの庭をさまよへば向つ山峡きり立ちのぼる
半国の山のいただき冴えながらわが庵いまだ月の昇らず
ありあけの月はみ空にうすれつつ濠の芦間ゆ五位鷺のたつ
旧城趾銀杏の下にたたずみてわれ回天の偉業をおもふ
鶴山
雨はれの本宮山の朝庭のあちらこちらに水たまり居り
町を行く祭の神輿の屋根ばかりかがやき見ゆる秋の鶴山
小雲川かはぎり立ちて鉄橋をわたる汽車の音のみぞきこゆる
産土の宮
朝霧に包まれ見えぬ産土の宮の鳥居に鳴く村すずめ
丹波霧
丹波路はくまなく霧につつまれて大枝のやまに旭のぼり来
愛宕山いただき見えて保津川の渓間渓間に霧たちのぼる
汽車の音とどろき過ぎて目には見えね丹波の朝の霧の深きに
愛宕山朝霧深く立ちこめてケーブルカーの音のみ聞ゆる
朝霧のたちこめてみえず水車小屋臼搗く音のみしづかに聞ゆ
大堰川霧立ちこむる真夜中のそらわたりゆく五位鷺のこゑ
伊吹山
小波の志賀のうらわに朝霧の晴れて見え初む伊吹高山
子の病む時
いとし子の病いかにと日に夜に魂を馳せけり聖地の空に
壱岐・対馬
波の秀に林栄丸は踊りつつ甲板の上にうしほ飛び散る
鼓打つ音風の間に聞えつつ村の祭の賑はしき壱岐
壱岐神楽とほくきこえ来向ひゐる海のうへには月冴えながら
木の葉みな秋陽しみじみ吸ひてをり真昼の森のひそやかにして
嶽の辻峰にうすもやこめにつつ秋立つらむか壱岐の島根に
壱岐の島芦辺の港乗り出でてわが目路かすむ対馬のあたりか
玄海灘のあなたに青青とひ浮ぶ壱岐の島!新しい塗料のやうに
山には獣が一匹もゐないといふ壱岐の島、野菜の鮮かな色彩だ
何処へ行つても黒い顔の蜑女ばかりゐる壱岐の島がさみしくなる
路傍の干鰯のにほひをかぎながら島へ来たといふ感じである
やまなみのひくい壱岐のしまに空を支へる巨大な松がある
巨大な鯨が捕れたと郷の浦の人気がわきたつてゐた、朝
浅海湾船乗り来れば白嶽のいはほ神さび雲群れ立つも
白嶽の山の尾の上にしろじろと巌立ち並ぶ秋陽映えつつ
洲藻のさとはやたそがれて白嶽の尾の上に夕陽暮れのこりつつ
白嶽の嶺に送られ白嶽に迎へられつつ三根につきたり
千引岩家毎にたたみこの島は人のこころも雄雄しかりけり
磯の家は家ごと門ごと海のもの鯣干したり秋の日なたに
おもしろや若人八人おのもおのも鎌持ちをどる稲刈り踊
峰の尾にましろき巌立ちならぶ白嶽山の夕陽すがしき
大島行
真玉なす喜界ケ島の薯喰へばあぢはひたへに薯と思へず
ひとしきり時雨れてあとに日の照らふ大島の空の美はしきかも
新聞の鈴の音高くひびきつつ時雨いたれり名瀬の大空
琉球の旅
灯台の灯は追追ととほざかり四日月ひくく海面照せり
足びきの山の常磐木があをあをと朝日に映ゆる美はしき島
石垣島かげ見えそめて風の音波の響きも高くなりけり
ひさごなす緑青のそらを新しきいろと仰ぎみて心すがしき
沖津波あらぶる海をうちわたり那覇の港に吾が船入りぬ(久吉丸)
暦なきこの島の昔しまびとは月のかたちに日数さとりけむ
山脈はたてにはしりて砂おほし水のともしきあはれこの島
大空にたかだかとそびえ濃緑にフクギガジマル繁るこの島
そのかみの王尚邸をおとづれて茶をよばれつつ庭にしたしむ
刑務所の庭
祈り且つ働けと刑務所の庭の草むしりゐる
見ろあの会社の太い煙突からもやもや昇る黒煙は汗と油の燃える焔だ
浅間山の噴煙の様に燃えて四方に飛ぶその飛沫がどうなるか知るまい
労働歌を唄つても睨まれる世の中だ、みんな黙つて考へろ、考へるのは自由だ
終日の労働を慰する一合の酒にも国税を負はされてゐる俺達だ
蒙古行
大正の甲子三月三日のあさわれふんぜんと蒙古にむかふ
十萬の兵をひきゐて蒙古に入るわが銀鞍を照らすつきかげ
馬の腹どろにひたりて身うごきもならぬ月夜を敵襲ひ来ぬ
喇嘛廟のにはの白砂箒目のただしくつける暁のすがしも
目路のかぎり山羊しろじろと群れて居り喇嘛廟高く聳ゆる野の面
喇嘛廟にうす日かげりてひともとの冬の枯木は風に揺れゐつ
川はみな春の氷のあつければ荷馬車つづきて越えゆくが見ゆ
蒙古女は写真を嫌ひなかなかにわがカメラには入らず迯ぐるも
いくさびと数多ひきつれ九日の月のひかりに駒すすめける
朝津日のひかりきらめく蒙古野につゆふみわけて軍進めし
ノホンモトホントルモトの木下陰に駒憩はせて地図披きみる
大英子児の兵不利にして敵すでに索倫山ちかくおしよせ来る
張猿三張桂林をひきぐしてわれ先頭に立ちてたたかふ
あかあかと山一面に李桃の花にほふ蒙古の初夏は清しき
牛糞をたきて芋など焙り食ふ蒙古の野営に月冴えわたる
数十頭の山羊追ひて行く牧童は馬上しづかに口笛吹けり
風強き五月の蒙古は萬丈の黄塵空に捲き上げて吹く
蒙古野も夏さり来れば草むらに名も知らぬ虫のかすかに鳴けり
目路の限り青草茂れる荒野原に群がる山羊の波のごと見ゆ
秋より冬へ
黄ばみたる稲田の中にあかあかと畦を区ぎりて曼珠沙華咲く
神苑に秋はふかめど桐の葉のわかわかしきが風にゆれ居り
来年は土ことごとく入れかへてあらたに菊の苗をささなむ
今日よりは袷のころもかさね着ていよいよ冬のここちするかな
大空にやうやく冬のいろ見えてこがらしつよし天恩のさと
柿をむく利鎌に渋のくろぐろと染みてつめたし夕暮の風
久方のみ空の月は冴えにつつこの夜をさむみ霜はふるらし
霜にやけし草葉の上に息づける蝗うごかずこがらしの風
手水鉢の水は凍れり小夜更けて月はうごかずばら雪の散る
何人の奥都城ならむ野のすゑに立てる老松にあられたばしる
ありあけの月はこほれりしろじろと板橋の上に置ける朝霜
霜がれの庭の面ににほふ山茶花の花をめでつつ君思ふ宵
しろじろと霜おく小野の笹原を狩人らしも犬ひきて行く
しろじろと霜おく道に荷ぐるまのわだちのあとの二筋残る
竹竿にならべつるせる大根のしもしろじろとさむさ身にしむ
月照山みろくの塔の尖端に月は動かずしもよは更けゆく
霜さむき冬のゆふべの水枕誰がために病みてこのみづまくら
しろじろと霜おく保津の渓間路舟曳きのぼる賎の男あはれ
焚火
ちよろちよろと焚火の光見えながら人影もなし夕奥都城に
一人一人鉋屑をば抱へ来て焚火にぎはふ作事場のあさ
杣人が焚火の小柴しめじめと燃やしなやめるふかぎりの朝
烟る霜
二人が立つてはなす空に月がたかい、橋には霜が煙る
愛宕山上から見下す谷間、むらむら起る雲の果てしもない秋だ
花明山高台の公孫樹が真つ裸になつてゐる、寂しいが朗かな朝の空気だ
ひたと凍りついた月のたかさ、霜を吹きさらす風の遠さ
雲だ、切れ切れを月がくぐる、あとから雁のかげ、平凡な冬の宵だ
光のうすい星が西の空に、ああ二つ六つ七つ、地上は電線が唸るだけ
ざくりざくり霜柱が工夫の靴に崩れる、其大きな赫い靴に
贈賄!
収賄!
何をいつてやがるんだ
その金からして一体どこから持つて来たんだ!
鶏頭のはなの鶏冠にしも降りて色くろずみぬ冬立ちにけり
わが庭の湯津桂木にひよどりの今朝も来りて冬をささやく
わが居間の縁の障子をかすめつつかげの過ぎゆく庭雀かも
みじか日の障子をたたく凩に庭木のこずゑさゆれうつれる
うち続く冬の曇りにふさぎたる心はらさむと窓あけ放つ
蓑虫の蓑にこもりてさがる枝の冬木楓に時雨そぼふる
千葉椿の花珍らしとうなる底本では「ゐ」だが誤植と思われる児が髪のかざしにさして遊べる
花として見れどもあかぬ冬の日の床にさしたるこの梅もどき
病む入の床を見舞ひて冷えわたるガラス障子に襖たて見し
梢みな散りたる銀杏のはだか木にかかりてふるふ冬の夜の月
寒椿
木の葉みな散りたるあとに寒椿の花は青葉の陰にのぞけり
ひとり寝の夢を覚ましてはらはらと窓をうちつつ霰逃げゆく
朝戸出の雪に驚くはした女の声さむげなる床に聞きをり
隣り家の電燈のかげも見えぬまで風に降りしく雪ぶすまかな
積む雪のまばらに消えし芝生の上に兎の糞の湿りたる見ゆ
柏木の並木の松に積む雪をゆりおとしつつ汽車のゆくなり
竹の雪ゆすればおもき音のしてわが竹笠にかたまり落つる
雪どけの筧を落つる音冴えて雨気の冬の夜半あたたかき
雪ふかき愛宕の尾根に煌煌とケーブルカーの灯はともりをり
いただきは雪につつまれ愛宕山夜目にもしるき星月夜かな
風立ちてにはかに寒し冬の日の夕ぐれそめて雪降りいでつ
吹きおろす木枯さむし破れしまどに愛宕のやまの夕暮の雪
小夜ふけて冷ゆると思へば窓の外雪おともなく降り積みてをり
下駄のゆき払ふ足音きこゆなり夜半にや君の訪ね来ぬらむ
冬籠り
山里の伏家の軒にたきぎ積みてこもらふ冬となりにけるかも
水仙花
朝露のおく庭の面に黄水仙はつかに咲きてかたむきにけり
木の葉みな散りたる庭にすがしくも冬を匂へる水仙の花
亡なき父の年忌のまつり水仙のしろきを床に活けてわびしも
地震
ドドドドツと地震が来た、飛び下りた庭の何と静かな雪だ、白さだ
上下動だあ、鳴りきしむ座敷にすわつて不可思議のしづけさ
空へ巻き上るこがらし!床にさした南天の実が急に親しい寝覚めだ
玻璃障子が微塵になりさうな嵐の礫だ、わづかに自己を支へてゐる
出雲路
吾妹子と出雲の旅に立つゆふべよみがへり来も若き日の心
雨はれの今日の真昼のあたたかさ旅のやどりに妻としゐるも
霰ふる古江の村のうぶすなの杜にちらちら灯のともる見る
冬の陽のかがやきわたる宍道湖のみづの面はさざ波もなし
三軒の家居よりなきこの谷のゆふべあられのふれば寂しき
年末雑詠
定まれる月日ながらも暮れてゆく年の瀬こそは惜しまるるかな
幾千の選歌残して矢のごとく今年の冬も暮れにけるかな
春立てば台湾島に渡らむと飾走の部屋にひとへもの縫ふ
貧しけれどむかふる春をことほぎて街に物買ふこの年の市
村人は冬のをはりと山をいでて年木積むなり家ごと軒ごと
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