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一 料亭づとめ
インフォメーション
題名:
1 料亭づとめ
著者:
出口澄子
ページ:
概要:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :
B124900c29
001
私市
(
きさいち
)
から帰って間もない頃、
002
月見町
(
つきみちょう
)
の「
花月
(
かげつ
)
」という料亭に手伝いに行ったこともあります。
003
花月
(
かげつ
)
という料亭は今でも
月見町
(
つきみちょう
)
にありますが、
004
それが初め本町に小さな料理屋を開いていた頃のことであります。
005
ここの主人の大槻の熊さんと言う人のこと、
006
お
内儀
(
かみ
)
さんのお松さんについては、
007
先にちょっと書きましたが、
008
お松さんは、
009
私の子供のころ、
010
隣にあった
研屋
(
とぎや
)
の娘さんで、
011
大柄で色白の大変利口な人でした。
012
昔のよしみから、
013
ちょうど私が
私市
(
きさいち
)
から帰っているというので「おすみさんの手が
空
(
あ
)
いているなら、
014
チョット貸してくれ」と手伝いを頼みに来たのであります。
015
そのおり、
016
教祖さまが神様にお
伺
(
うかが
)
いされますと、
017
「あまり小さい時分から苦労さしたから、
018
しばらく楽な奉公をさしてやれ」ということでありました。
019
七つの頃から福知山、
020
八木
(
やぎ
)
、
021
王子、
022
私市
(
きさいち
)
と遊びざかりの十年間をつらい奉公をつづけて来ましたので、
023
神様も可哀そうと思われたのでしょう。
024
すこし楽なことをさせてやれという
思召
(
おぼしめ
)
しだったのでしょう。
025
教祖さまは、
026
027
「おすみや、
028
しばらくの間、
029
花月
(
かげつ
)
のお松さんの所で奉公するんやでよ」
030
と言って、
031
私を連れて行って下さいました。
032
この
花月
(
かげつ
)
における一年半程の奉公が、
033
私の少女時代の中で一番面白い、
034
また
愉
(
たの
)
しい期間でありました。
035
今でもよう忘れませんが、
036
此処
(
ここ
)
で最初にご
膳
(
ぜん
)
をいただいた時、
037
お
茶碗
(
ちゃわん
)
には
湯気
(
ゆげ
)
のあがるまぶしいような白いご飯が盛ってあるし、
038
お
鉢
(
はち
)
にはトウロク豆の煮たのが入っています。
039
その上、
040
砂糖で甘く煮つめたキンカンのおいしかったこと、
041
私には全く食べたことも見たこともないものばかりです。
042
王子や
八木
(
やぎ
)
にいた時分はもち
論
(
ろん
)
、
043
私市
(
きさいち
)
の百姓奉公の期間中も、
044
ふだんはもち論、
045
盆、
046
正月すらも白いご飯など食べさせて貰えることはなかったのでした。
047
「町という所は、
048
なんと
美味
(
おい
)
しいものばかり食べているのやなア」と私はまったく夢見るように思えたのでした。
049
それからの毎日は、
050
三度々々の食事も周囲の雰囲気も、
051
まったく別天地に移り住んだような気持ちで働いておりました。
052
私が行ってからの店はますます繁昌するようになってきましたので、
053
お松さんは
月見町
(
つきみちょう
)
にあった宿屋を買い受け、
054
そこへ引越すことになりました。
055
今度は前に比べて家もずっと大きく、
056
旅館兼料理屋として店も立派になり、
057
二、
058
三人の芸者すら置くようになりました。
059
その中の一人である
吉弥
(
きちや
)
という綺麗な
妓
(
こ
)
の名前を今でも覚えております。
060
それから私のほかにお竹というオチャボの女の子がおり、
061
私が
此処
(
ここ
)
ではお梅という名前で呼ばれておりましたので、
062
お
内儀
(
かみ
)
さんのお松さんを加え、
063
松竹梅
(
しょうちくばい
)
になりまして、
064
店はどんどん忙しくなる一方でした。
065
多忙になるに従い、
066
お
膳
(
ぜん
)
の持ち運びや使い走りで、
067
夜のあとじまいを終わる頃になると
身体
(
からだ
)
はグッタリ疲れますが、
068
気分は張り合いがあって面白く、
069
一層まめに立働いておりました。
070
そこへ刑期を終えた熊さんが、
071
監獄から帰って来ました。
072
熊さんは先にも言いましたように道楽者でしたので、
073
帰って来ると間もなく、
074
女中のお竹さんに手を出しました。
075
するとこのお竹さんというのがなかなかの
したたか
者で、
076
一
(
ひと
)
かたならずお松さんの世話になっていながら、
077
待っていたように熊さんの意を迎えたばかりでなく、
078
あべこべに主人であるお松さんにきつく当たったりして、
079
どちらが主人か分からないように思えるくらいでした。
080
私は時々、
081
お竹さんの
鋭
(
きつ
)
い浴びせるような
罵言
(
ばげん
)
に、
082
お松さんがヒステリーのようにわめき返している声を、
083
この世の声でない怖ろしいもののように思って聞いておりました。
084
ある日教祖さまがお見えになって、
085
086
「おすみや、
087
神様がそなたの奉公をやめさせて、
088
早く神の御用の見習いをさせるようにとおっしゃるから迎いに来た」
089
とお話になりました。
090
しかし私は、
091
花月
(
かげつ
)
の奉公がこれまで一番のん
気
(
き
)
で面白い最中でしたし、
092
それにまた、
093
神様の有難いことも充分わからなかった頃でしたので、
094
神様の御用なんて
しん
気
(
き
)
くさいような気がして、
095
内心気が進まぬまま、
096
097
「神様の御用を見習うて、
098
どんなことするのです」と尋ねますと、
099
100
「ただ御神前に朝夕のお仕えすればよい」とのことでした。
101
私が
花月
(
かげつ
)
をやめてから、
102
お松さんはよく私の家に来て、
103
104
「熊さんとお竹がグルになって自分を追い出さんばかりの仕打ちをする」と熊さんの無情や、
105
お竹の
人非人
(
ひとでなし
)
なやり方を、
106
訴えたり嘆いたりしておりましたが、
107
とうとう間もなく気違いになって死んでしまいました。
108
お竹さんは今でも生きておりますが、
109
老後は惨めな状態でくらしているようです。
110
家に帰って来ましても、
111
私にはこれという仕事はなく、
112
御飯を炊いたり、
113
時に教祖さまのお使いをしたりして退屈な日々を過ごしていますと、
114
また
何処
(
どこ
)
か奉公へ出かけたいと思うようなことも時々ありました。
115
そんな時よく
新町
(
しんまち
)
の
すもさん
という友達と、
116
「京か大阪へ奉公にでも出かけようか」など
秘
(
ひそ
)
かに話し合ったものでした。
117
しかし思い切って飛び出す勇気もなく、
118
綾部近在のあちこちへ家事の手伝いや、
119
お茶よりの手伝いをしているうちに、
120
先生が
四方
(
しかた
)
平蔵
(
へいぞう
)
さんに迎えられて
園部
(
そのべ
)
からやってこられました。
121
この時が、
122
先生の二度目の綾部入りであります。
123
先生を迎えに行く使者となった
四方
(
しかた
)
平蔵
(
へいぞう
)
さんと教祖さまとの間に、
124
一つの神秘な
挿話
(
そうわ
)
があります。
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