霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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豚小屋の住人

インフォメーション
題名:01 豚小屋の住人 著者:出口和明
ページ:3 目次メモ:
概要:喜三郎、大阪で宣教。綾部・東四辻で共同生活していた面々(豚小屋の住人)。 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-06-19 04:36:38 OBC :B138908c01
0001 明治三十五(一九〇二)年夏、0002まずは浪花路の宣教の幸を祈ろうと、0003鬼三郎(きさぶろう)は大阪の総産土である生国魂(いくくにたま)神社を訪ねた。0004裏参道のなだらかな石畳を登りつめ、0005大鳥居をくぐり、0006大前に神言(かみごと)を宣る。0007生魂の杜吹く風も冷えて、0008夏の日ははや西空に傾いている。
0009 拝殿の右横手に入ると、0010水煙の都は一望の下であった。0011多田(こと)を追って初めて浪花の地に来たのは四年前、0012その間にずいぶんいろいろのことがあった。0013綾部の人となり、0014出口(なお)の末娘出口(すみ)と結婚し、0015一女の父ともなった。0016大阪にいるはずの琴も小末も、0017そしていのも変わっていよう。0018この地のどこかで幸せに生きているだろうか。
0019 十年の修行を積んで出直せと言った天満宮境内の老易者の言葉がよみがえってくる。
0020 ――十年の半分にも満たぬ今、0021修行不足は自覚の上や。0022そやさけ、0023求めて出て、0024広い世間にもまれてみたいのや。
0025 そう自分に納得させ、0026足を返そうとして、0027拝殿に(ひざまず)き熱心に祈願している十五、0028六歳の娘に気がつく。0029祈り終わるのを待って、0030娘に問いかけた。
0031「谷町九丁目はどっちの方でっしゃろ」
0032「あれ、0033うちんとこも谷町です。0034よかったら御一緒に……」
0035「そらありがたい。0036ところで何を熱心に祈ってはったんや」
0037「父さんが病気ですねん」とこぼれそうな涙を押えて、0038娘が答えた。
0039「そいつは生魂(いくたま)の神さんのお引き合わせや。0040よし、0041神さんに頼んで治してもろたる」と、0042人の悲しみを無視できぬ鬼三郎が申し出る。
0043 娘は喜んで人力車をやとい、0044谷町九丁目の角のブラシ屋に案内した。0045門口まで漂う、0046暗く、0047熱っぽく、0048鼻をつく独特の臭い。
0049「何か()いとるのう」と、0050鬼三郎は直感を口にした。
0051「母さん、0052生魂さまで出会うた神さん拝むお人え。0053父さんの病気、0054治してくれはるねんて」と、0055娘が遠慮っぽく母親に告げる。0056どうやらなさぬ仲の母娘らしい。
0057 地肌のすけて見えるほど髪の薄い母親は、0058うさんくさそうに鬼三郎の風体を眺め、0059仕方なし娘の顔を立ててやるという風に、0060ぞんざいに言った。
0061「家は真宗だすさかい、0062神さんはいりまへんねん。0063けど、0064せっかくやさかい、0065お上りやす」
0066 鬼三郎が病床に通っただけで、0067痩せこけて髭ぼうぼうの病人が驚いてはね起きる。
0068「父さん、0069まあ……」
0070 母娘が茫然としている。0071もう何日も動かれぬ重病人なのだ。
0072 鬼三郎は熱臭い主人を蒲団の上に坐らせ、0073鎮魂の姿勢をとる。0074神言を奏上している間に、0075主人は男泣きに泣き出した。0076憑霊の発動である。
0077「その方は何物」
0078「狐、0079きつね」
0080「お前のほかにもう一人憑いとる。0081名は」
0082「……桑名の弟……弟」
0083「何ゆえ憑いた」
0084 泣いていた主人は突然うなり出し、0085「佐吉、0086佐吉」と叫ぶ。0087そして同じ口からまるで別の声音がふき出した。
0088「おう、0089わしは佐吉よ。0090五年前この家をとび出して桑名で失敗した時……死に病にかかって電報打ったけど……とうとう来てくれなんだ。0091わしを見殺しにしたやろうが」
0092「佐吉、0093あんまりえ。0094お前さんに金を使われたばっかりに、0095この家がおちぶれて貧乏したん、0096忘れてへんやろ。0097恨めしいのはこっちゃやで」と妻女がいきり立つ。
0098「後妻の身分で、0099お前は黙れ」
0100「後妻でもこの家の女房だす。0101かまわんといて」
0102「この恨み……家内中残らずとり憑いて殺したるわい」
0103 まなじり決して病人をにらみつける気の強い妻女をなだめて、0104鬼三郎は(あま)数歌(かずうた)を唱えた。0105ややあって佐吉の霊は言葉和らぎ、0106茶臼(ちゃうす)山の一心寺(いっしんじ)の境内に祀ってくれい。0107鎮まりたい」と言い出した。
0108「貧乏になるまで金を使うたあげく、0109まだ祀れやと……」と、0110かっとして妻女が病人につかみかかる。0111佐吉の霊は、0112からかい調子になる。
0113「かもうとひっかこうと痛むのは兄貴の肉体、0114わしにはこたえんで。0115いやなら祀ってもらわぬわい。0116この家を断絶させてやる」
0117 娘がたまりかねて泣き出せば、0118「あんまりや……何の因果でお前は……」と妻女もすすり泣く。0119鬼三郎は双方を納得させ、0120菩提寺の一心寺に祀る約束をさせて、0121佐吉の霊を納めた。
0122「まだ一つ、0123野狐め、0124ここを出い」
0125 佐吉の死霊が納得して去ったのを見きわめて、0126鬼三郎は気力をこめ病人に向き合う。0127組んだ両手の人さし指からほとばしり出る霊線が、0128野狐の死霊を追う。0129苦悶する主人の体内を、0130ぶくぶく音をたてて玉ころが転がり逃げる。0131とうとう右手に追い込んで「えやっ」と気合をかけると……すぽん……親指の爪の下から落ちた。0132それは、0133ういろうのように黄色くやわらかく、0134みるみる卵大に固まって、0135門口めがけてころげ出す。
0136 つかもうとする鬼三郎の手をかいくぐり、0137玉ころはとんで、0138おりあしく開け放った門前を通りかかる青年の懐に逃げこんだ。
0139「待たんけい、0140その狐……」
0141 裸足でとび出した鬼三郎が青年の袂をつかむ。0142青年はまっ蒼になった顔を振り向け、0143狂気のように鬼三郎の手をふり切って、0144夕闇の中に駆け去った。0145すると真宗の僧が二人、0146憤怒(ふんど)の形相で現われ、0147鬼三郎につめ寄る。0148神言を奏上すれば、0149次第次第に消え失せる。
0150 ――真宗の霊が営業妨害やとだいぶ怒っとるらしいわい。0151それにしてもあの青年こそ、0152とんだとばっちりや。0153気の毒なことをした。
0154 青年の身を案じつつブラシ屋に戻る。0155親族の者が二人、0156目を怒らせて病人の枕元に坐していたが、0157鬼三郎に向かって食ってかかる。
0158「ここは真宗のみ仏の守る家や。0159けったいな神さんの助けなどいらんわい」
0160「死霊や狐やと病人を惑わして、0161どないするつもりや。0162早う去んどくれやす」
0163 病人も妻女も横を向いている。0164娘は小さくなって、0165うつむいたきりだ。
0166 死霊と野狐にかかわり合って、0167力を尽くし、0168ようよう病人を助けたと思えば冷たく追い出される。
0169 黙ってブラシ屋を出て、0170鬼三郎はあてもなく来た道を戻った。0171同じ町内に目的の松本留吉の家があるはずだが、0172夜中に訪ねるわけにはいかぬ。0173気がつけば腹ぺこだった。0174夜飯も食わぬまま、0175すでに夏の短い夜は明けかかっている。
0176 再び生国魂神社に詣でた。0177大前に祝詞を宣るうち、0178憑霊どもにけがされた身魂も清まってくる。0179明け方の杜のしげみに鳴き交わす小鳥たち、0180しずしずと階段を上がって奥殿深く進み入る禰宜(ねぎ)の足袋の白さ。0181すがしさを心ゆくまで吸い込んで、0182大鳥居をくぐり出た。
0183 谷町通りを南に、0184松本留吉の家を訪ね歩いた。0185法被(はっぴ)を来た男衆の出入りする家の前を通る時、0186ふとあの臭いをかいだ。0187暗く熱っぽい刺すような憑霊の臭気だ。
0188 鬼三郎の足はためらいもない。0189案内も乞わずに上がりこんだ。0190この家は金光教信仰らしく、0191奥の間の新しい神床には天地金之神が祀られている。
0192「あんた、0193どなたはんで……」と、0194主人らしき男が、0195驚いて鬼三郎をとがめた。
0196「わしは綾部の大本(おおもと)の神の使いです。0197どうもこの家が気になって、0198無断で上がりこみました。0199病人がいやはるのと違いますか」
0200 主人の棟梁(とうりょう)坂井卯之助は、0201すがるように言った。
0202「よう分かりまんなあ。0203実は家内の筆子が寝ついたなりで、0204弱っとりまんねん。0205薬も注射も効かへんし、0206しょうないさかい金光教会の神さん祀って日参しとるんやが、0207神徳は金で買えよと金とられるばかりで、0208御利益はてんとおへんのや」
0209 愚痴をこぼしつつ、0210離れ座敷へ案内する。0211においのこもる離れ家の閉め切った雨戸を明けさせた。0212ぱっと飛び出す影がある。0213枕頭に端座して祝詞を奏上。
0214 病婦は起き上がって、0215乱れた髪を恥ずかしそうにつくろった。
0216「何や今、0217お腹にごろごろしとったもんが飛び出してしもて、0218体が軽うなりましてん」
0219 棟梁は改めて、0220鬼三郎にしばらくの滞在を願い出た。0221二、0222三日のうちに筆子は全快し、0223床を上げた。
0224 夫妻は喜んで大本大神の祭祀を鬼三郎に頼んだ。0225十数人の大工弟子たちもそろって神床に向い、0226礼拝を始める。0227家の中が清々しく、0228明るい空気に包まれ出した。
0229「丹波より生神さまが来阪したそうや」
0230 一日増しに、0231噂を伝え聞いた人々が訪れる。0232近所の松本留吉もそれを知り、0233喜んで挨拶に顔を出した。0234西田元吉は布教に足をのばして不在という。0235これも神のはからいかと、0236鬼三郎は病を取次ぎつつ、0237神の道を説くことに力を注いだ。
0238 金光教布教師が肩臂(かたひじ)怒らせてやってきて、0239坂井卯之助を激しくなじる。
0240「神徳は心でもらえるのや。0241お前さん、0242気違い婆さんの開いた大本なんか祀って、0243おかげ落とさんようにしなはれや」
0244 卯之助は負けてはいない。
0245「落とすようなおかげをお前さんとこからいつもろたい。0246無いものは落とせるかい。0247阿呆なこと言うてもろたら困りまっせ」
0248「神罰が当たっても知りまへんで。0249後悔せんときや」
0250「金光は金の神だとうまいこと言われて、0251さんざ金しぼられたんや。0252だました上に罰当てるような神さんの出入りは、0253こっちからお断わりしまっせ」
0254 憤然と布教師が出て行った後、0255入れちがいにしょんぼり門口にたたずむ娘がある。
0256「父さんが危篤です。0257どうぞ先生、0258もう一度助けておくれやす」
0259 親を思う娘の真心に、0260鬼三郎は、0261一度追い出されたブラシ屋に行った。0262主人は意識もなく氷のうをあてた頭を力なく振って、0263うわ言をつぶやいていた。0264さすが強気の妻女も、0265鬼三郎を見るなり、0266先日の無礼を詫び入った。0267病人は、0268鬼三郎の取次ぎで生色をよみがえらせた。0269夫妻とも、0270鬼三郎に神の話を乞う。
0271 そこへ卯之助棟梁が入ってきて、0272門前から大声でどなった。
0273「先生、0274わしが神さんの話ぶちまくっとるねんが、0275やっぱりわしでは頼りのうてあかんそうやねん。0276十六、0277七人()なんと待っとりまっせ。0278家が狭いさかい暑うてどもなりまへん。0279すぐ帰ってきてや」
0280 どなるだけどなると、0281返事も待たず走り去る。0282卯之助は大本の教えを知ってから、0283詣って来る人々に神徳話をぶつのに熱中していた。
0284「先生、0285わしの家で神さまの教え説いてもろたらいけまへんかい。0286もうしばらくでもどうぞここにいとくれやす」
0287 ブラシ屋の主人が、0288病みほうけた細い手を合わせて、0289心細げに頼む。0290しかし門前には、0291手まわしよく卯之助が連れてきた人力車夫が(くるま)を置いて待っている。
0292「近くやさけ、0293またちょくちょく様子見にきますわ」
0294 鬼三郎は、0295綾部を抜け出したまま、0296音沙汰知れぬ。0297いつまでたっても立替えは来ぬ。0298ここに奇妙な一団が生じた。0299綾部の人たちは、0300彼らを『豚小屋の住人』と呼んだ。
0301 ――立替え迫る。
0302 それを信じて田中善吉、0303時田金太郎、0304野崎宗長らが高波に乗るように郷里を捨て、0305綾部に移住した。0306それは一年前の初夏。
0307 彼らだけではない。0308東四辻の元金光教会の大きな麦藁葺きの家には、0309四方与平、0310森津由松、0311本田作次郎、0312木下友吉、0313小島寅吉、0314安田荘次郎がそれぞれ家族連れで住みこみ、0315さらに独身者では六部の小沢宗徳、0316木下慶太郎、0317妻菊子に逃げられた中村竹吉が同居した。0318鬼三郎の母世祢(よね)や妹(きみ)も一緒だった。0319後野市太郎は、0320庭に総建築費五円也の掘立小屋を立て、0321寝起きしていた。
0322 彼らの東四辻にいた時期はまちまちで、0323ずっとこれだけの人たちが常住したわけではない。0324正確な人数は分からぬが、0325ともかく多数の妻帯者、0326独身者が一つの屋根の下にひしめいて最低生活を営むのだから、0327『豚小屋の住人』と言われてもいたし方ないこと。0328鷹栖(たかのす)の自宅から通っている四方平蔵にしてもその部類に属そう。
0329 彼らと世間との間は次第に隔絶、0330取り残された連帯意識は大本独自の慣習を作っていった。0331マッチを一切使用せず、0332頑固に昔のままの火打石を使用した。0333マッチには穢れたものが入っていると信じた。0334火打石、0335火打金、0336火口(ほくち)0337つけ木を収納した火打箱を持ち歩いた。
0338 火打箱はすでに求める人も稀だが、0339まだ荒物屋で売っていた。0340左手に火打石を持ち、0341火口(菖蒲の花を乾燥させてよくもみ、0342焼酎、0343焔硝(えんしょう)を加えて煮てまた乾した黒いもぐさ状のもの)を親指で火打石にあてて軽く押え、0344右手の火打金を火口の近くで切り火すると、0345火口に点火する。0346ぱちぱちと音をたてて燃える火口を箱の中に落とし、0347つけ木に火を移す。0348切り火は清浄なもの、0349穢れを清めると信じる彼らは、0350水で清めた神への供え物すべてにさらに切り火して、0351邪気をはらうのだ。
0352 しかしマッチも硫黄なら、0353つけ木の先にも硫黄がついている。0354いかに切り火が清くとも、0355燃え出す点では同じようなものだが、0356彼らは煙草の火にすらマッチを避ける。0357感覚が許さぬのか。
0358 直の住む別荘の裏に竹藪があった。0359竹は一年で延びて、0360大雪が降れば一夜で折れる。0361辛抱のないものは外国、0362竹も外国と、0363直は嫌う。0364だから箸でさえ竹を使わぬ。0365石鹸も外国なら、0366こうもり傘も外国。0367絹物は着ぬ物、0368贅沢は許されぬから、0369木綿一点ばりである。
0370 筆先の文句をうのみに無批判に受け入れ実行する役員たちが、0371他人にその感覚で説いてみても嗤われるばかり。
0372 世間は目も見えず耳も聞えぬ奴らばかりだ。0373さらば、0374人間を相手にせず、0375神さまに聞いていただこう。
0376 汽車の走る世の中に、0377蓑笠(みのかさ)つけ、0378(さらし)脚絆(きゃはん)草鞋(わらじ)ばき、0379筆先を背に人々は旅に出る。0380弥仙山(みせんざん)0381元伊勢、0382大江山、0383野に寝、0384山に伏して十里四方の峰々をめぐる。0385小さな祠一つにもひざまずき、0386大声で筆先を拝読して神霊に聞かせる。0387宮がなければ大空へ、0388雲へ、0389山へ、0390小川へ、0391狂気のように絶叫し、0392また野草にもささやく。0393不乱に祈る。
0394「あなたさまの氏子が日本魂の生粋のまざりけなしの水晶の身魂に立てかえりまして、0395この立替え立直しを不調法なく貫きまして、0396世界の鏡となりますよう、0397一心もってお願い申します」
0398 髪はぼうぼう、0399髭はのびる。0400美男の木下慶太郎も、0401まだ伸びるべき髭すらない後野市太郎も、0402一見して乞食。0403食うや食わずなのだ。0404ただ瞳だけ異様に澄んできらめく。
0405 こういう手合いに、0406鬼三郎の合理主義が受け入れられるはずはなかった。0407それでいながら、0408鬼三郎には人を魅き寄せる徳があるらしい。0409鬼三郎が綾部にいると、0410ともかく龍門館には活気があふれ、0411信者は参拝したがる。0412鬼三郎がいなくなると、0413とたんに火が消えたようにさびしくなる。
0414 一団となって鬼三郎を排斥した連中も、0415妙に元気がなくなった。0416小松林(こまつばやし)や素盞嗚尊という共同の敵があるうちは、0417目的も張りもあって、0418彼らの連帯意識を支えてくれたのに。
0419 立替えまでの一時しのぎという気分であるから、0420食うための気のきいた職業などあるわけがなく、0421男は土方に出て一日三十五銭をもらい、0422女は縄ないなどの手内職をした。0423大槻鹿蔵に頼めば、0424いろんな仕事を紹介してくれた。0425大槻は内職斡旋業をしていた。0426(かゆ)腹なので力が出ず、0427人夫賃も値切られがち。
0428 これらの連中が、0429食事時になると、0430ぞろぞろ龍門館に集まってくる。0431今でいう集団給食。0432只一人別荘で食べる教祖出口直も、0433彼らと同じ食事である。
0434 米の節約のため、0435粥に野菜や野草を入れた。0436菜を箸でつまみ上げると、0437悲しげな米粒がぱらぱらとついてきた。0438早く食卓についた者が、0439米の部分を多くすくえた。0440早飯の者は断然有利である。0441ちゃちゃちゃと炊きたての熱いのを流しこんで三杯目のお代わりをする田中を、0442幸吉はうらめしげに睨む。0443幸吉はまだ一杯目の半ばなのに。0444猫舌はげに哀れであった。
0445 空になった大鍋をのぞいて、0446森津由松の長男助右衛門(八歳)が、0447時田金太郎の右眉のこぶをとり、0448掌にのせて丸め、0449口に放りこんで食べる真似をした。0450だが、0451誰も笑えぬ。
0452 この時代は下肥(しもごえ)が売れた。0453五荷五銭が相場だが、0454金神(こんじん)さんのは効き目が薄い」と言って、0455買い手はしぶった。
0456 早朝の庭に、0457団栗(どんぐり)をいっぱいひろげて乾かす。0458丸いのや先細りのや大小まちまち、0459下半身をきっちり椀に包んで並んでいる。0460カシやクヌギやナラの実だ。0461椎の実と違って、0462渋くてえぐくて、0463とても食えたものではない。
0464「団栗を食べたらどもりになるでよ」
0465 大人は間違って食わぬよう、0466子供にこう教えた。0467遊びのために拾う子らはあっても、0468食用のために拾うのは大本人種のみであろう。
0469 何日も天日にさらしてよく乾いた団栗を、0470澄は土間に埋めた唐臼(からうす)に投げ入れる。0471横木にのせた(きね)の端を踏み、0472離すと、0473杵は団栗の表皮をくだく。
0474 朝野を背に負うたまま何度となく踏んで皮をとった実を石臼でひいて粉にし、0475木綿の袋に入れて由良川の水にさらす。0476四日前にさらした袋は、0477口をきっちりくくられ、0478紐で立木に結びつけ、0479流れに浸したままである。0480こうして三、0481四日さらし続けねば、0482あく抜きは出来ぬ。
0483 澄は河原に坐って朝野に乳を与えながら、0484質山峠の頂に浮かぶ白い雲をぼんやり眺めた。0485あの空の東の向こう、0486澄の見知らぬ地のどこかで、0487鬼三郎は生きているはずであった。
0488 母にも役員信者にも、0489もうついていけないと澄は思った。0490気がついてみると、0491いつからか心が離れていた。0492どこがどうと、0493はっきりした理論的根拠をもって批判はできぬ。0494やはり幼い時から母の帰神(きしん)を見、0495神の実在を心と体で受け止めて育ち、0496大本の信仰はすでに血肉になっていたから、0497すべてを否定しきれはしない。0498けれど、0499何かしら間違っている。0500夫鬼三郎の影響かも知れなかった。
0501 母を疑うなど、0502少なくも夫を知るまでは澄の心の隅にだに無かったこと。0503だからこそ、0504明るくのびやかに育ってもこれた。0505鬼三郎の理屈が、0506妻の心を毒したのか。
0507 が、0508鬼三郎に対しても、0509母や役員に対してと同じくらい、0510澄は信じきれなかった。0511言うことはいっかどそうだが、0512なすことに疑惑があった。0513直の日常の張りつめた厳しさを見なれている澄は、0514無意識に較べてしまう。0515どちらをも信じきれぬ所に、0516澄の深い悲しみがあった。
0517 結婚式をひかえた夕暮れ、0518雪の本宮山(ほんぐうやま)で鬼三郎の言ったことは忘れていない。
0519「澄、0520わしは自分でも分からんのやが……世界一の大阿呆かも知れんぞ。0521地の底まで行かんならんと神さまが言うてんじゃ。0522可哀そうなが、0523ついて来てくれるこ……」
0524 澄は、0525こっくりした。
0526 あの時は、0527鬼三郎が大本にとってかけがえのない人と思っていた。0528その夫が、0529たとえ神さま同志の争いにしろ、0530母にたてついて譲らぬのだ。0531執拗な役員信者の総反撃が続いた。0532板ばさみの澄は辛かった。0533笑顔を向けつつ、0534母にも夫にも見せぬ涙を、0535どれだけ流したことか。
0536 澄は夫を自由の野に逃がしてやった。0537押えつけ、0538縛られたからといって降参し、0539しんから改心するような人ではない。0540夫を大事と思えばこそ、0541親も弟妹も妻も子も捨てて行く鬼三郎を、0542笑顔で見送った。0543それから半年近くになる。
0544 噂では、0545大阪あたりで、0546また得意の霊学を振り回し信者を集めているらしい。0547夫と母の争いにも、0548そして生活の苦しみ自体にも、0549澄は疲れていた。0550もうどうでもよかった。
0551 水気を含んでずっしり重い団栗袋をさげ、0552龍門館へ帰った。0553一畝ほどの小さな畑で、0554直と世祢が草むしりしていた。0555母と義母が仲むつまじいのが、0556せめてもの慰めであった。0557最近の直は朝のうち畑をし、0558午後から筆先を書くのが、0559ほとんどの日課になっていた。
0560 台所へ入ると、0561団栗袋に小麦粉を混ぜ、0562少量の塩を入れて、0563いくつもいくつも丸い団子にした。0564長方形の格好のもできた。0565この団栗団子は、0566幼い頃母の考案でよく食べさせられた代用食だ。0567お世辞にもうまいとは言えぬが、0568これでも腹の足しにせねばならぬ。0569大勢の腹をすかせた仲間たちに、0570ともかく昼の支度をすませておく。
0571 朝野のおむつを替え、0572また乳をのませておぶい直すと、0573坂を上がった尋常小学校の門をくぐる。0574四年生の教室の窓をとんとん叩くと、0575上田君がそっと外へ出てきた。0576小柄で同年輩の子より二つほど小さく見えた。0577君の背中に朝野をくくりつける。
0578 この頃、0579子守りしながら授業を受ける子は珍しくなかった。0580子守り学級が設けられることもあった。
0581 赤ん坊が泣くと、0582廊下であやしながら、0583君は授業を受けた。0584時には朝野が泣き止まずに、0585校庭に出ることもある。0586砂の上に指で字を書いて学んだ。0587子供の頃から小学校の門などくぐったこともない澄が、0588今頃になって、0589毎朝、0590赤ん坊をあずけに通った。
0591 その足で綾部町内の青野の麦藁帽子の工場へ行く。0592工場とは名ばかり、0593小屋のような民家で、0594いつも数人の女たちが働いていた。0595澄の仕事は、0596帽子のてっぺんの飾り作りである。0597出来上がりの数で賃金に差がつくから、0598無駄口叩く暇もなく、0599指を走らせ続ける。0600内職のない時は、0601澄は家にいて、0602別荘の中庭で縄ないをした。
0603 十二時になると、0604龍門館へとんで帰る。0605間もなく、0606君が、0607朝野をおぶって小学校から昼食に帰ってくる。
0608「只今帰りました」
0609 迎えに出た澄に声だけかけ、0610君はそのまま別荘にかかる縁まで急ぐ。0611直は待ちかねたように別荘から出てきて、0612背の朝野に相好をくずして頬寄せる。
0613「あー、0614よう帰ってきたな、0615よう帰ってきたな」
0616 長く会わなかったような懐かしみようである。0617直は君の背から朝野を降ろし、0618壊れものを扱うように抱いて、0619母屋へ行く。
0620「澄や、0621わたしは神さまの御用をしとるでな、0622早うおむつを替えてやっておくれ」
0623 まるで赤児の身になって催促する。0624朝替えたきりのおむつだから、0625ぐしょ濡れだ。
0626「おーお、0627しょうずやの、0628しょうずやの」
0629 おむつを替える澄の手元をのぞきこんで、0630直はいとおしげにつぶやく。0631しょうずとは山水が自然に湧き出ている所、0632いつも濡れているからだ。0633その間に、0634君は旺盛な食欲の役員信者にまじって、0635四方与平の妻とみの焼いてくれた団栗団子をむさぼる。
0636 乳を飲み終わった朝野がむずかり出す。0637直がおぶい紐をひろげて「これ進上……」と見せると、0638朝野はにっこり笑い、0639手足をばたばたさせる。0640その顔見たさに、0641直はおぶい紐を見せたり隠したり、0642その横でまた祐助が黒い顔の鼻の下をたらんとのばし、0643嬰児の表情につられて泣き笑いする。0644君は学校におくれぬかと気が気ではない。
0645「祐助はん、0646団子がのうなりまっせ」
0647 誰かが尻をつつく。
0648「ほい、0649ほい」
0650 あわてて祐助が手をのばす。0651東四辻の住民ではない彼も、0652居合わせた者は一様に食卓の仲間であった。
0653 澄はまた青野の工場へ。0654三時、0655学校を終えた君が朝野を負うて乳を飲ませに工場へ来る。0656澄は麦藁くずの中に朝野を抱えて、0657白い大きな乳房をもの憂げに与える。0658澄の頭の中は、0659今夜の食事をどう工面するかで一杯なのだ。