霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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砲兵工厰

インフォメーション
題名:02 砲兵工厰 著者:出口和明
ページ:22 目次メモ:
概要:大阪で宣教して信者が増えるが、綾部の人たちが喜三郎を否定しているため、せっかく出来た信者が去って行く。 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-06-20 05:49:19 OBC :B138908c02
0001 坂井家に帰った鬼三郎は、0002待ちあぐねている人々に一わたり道を説き、0003一人ずつ鎮魂を始めた。0004おりしも、0005剣の音を響かせて、0006溝口(みぞぐち)清俊陸軍砲兵中佐が入ってきた。0007園部で対面ずみの溝口は、0008嬉しそうに握手を求めて切り出す。
0009「やあ、0010丹波の生神さんが来とるという噂を聞いて、0011とんで来たんです。0012やっぱり先生でしたな。0013わしの官舎はすぐそこです。0014上田先生、0015ぜひ御足労願いたい」
0016 顔はにこにこしていながら、0017軍人の習い性か、0018その体躯から、0019声音から、0020威圧的な体臭をまき散らす。0021つめかけている人々への鎮魂が終わってから、0022鬼三郎は溝口と連れ立って坂井家を辞した。
0023 道々、0024溝口中佐は、0025入信の経緯について語る。0026園部で初対面の時には出なかった話である。
0027 細君が病気で困っていた時、0028溝口はある人から西田元吉の噂を聞いた。0029迎えの使いを出すと、0030すぐ来てくれた。0031食事時なので近くの料亭から料理を取り寄せ、0032女中に給仕を命じた。0033食事後、0034ゆっくり挨拶に出るつもりであった。
0035 西田は不快な顔で女中に言ったという。
0036「飯食うために神さまの取次ぎしとるのやない、0037あがは神さまのお道を伝える尊いお使いじゃ。0038主人が出んと女中に給仕させるような心がけやさかい、0039嫁さんの病気が治らん。0040衣服を改めて出て来て、0041主人が給仕をせいと伝えんかいや」
0042 女中はそのままを溝口に伝えた。
0043「なにい」と、0044溝口の顔色が変わった。0045治るかどうか、0046たいして当てにもならん祈祷師に料理屋から取り寄せた馳走をするさえ分にすぎる。0047むしろ恩恵をほどこしたつもりの溝口だった。0048飛ぶ鳥落とす勢いの砲兵中佐に、0049「給仕に出よ」……思ってみたこともないその言葉に、0050突然、0051鼻柱をがしんと殴られた気がした。
0052 しかし、0053すぐ溝口は省みた。0054よほど権威のある神さまに違いない。0055中佐という人間の階級など、0056眼中にないらしい。
0057 急いで衣服を改めて西田に会い、0058また感服した。0059洗いざらした木綿の着物と袴。0060どう見ても田舎の風采(ふうさい)の上がらぬ青年だ。0061が、0062妻のために祈る真剣な姿を見ているうちに、0063激しい気迫に圧倒される。0064西田を通して大本の神を知りたい気になっていた。
0065 ――なかなかやるぞ、0066元吉、0067それが本当や。
0068 鬼三郎は元吉をほめられて、0069わがこと以上に嬉しかった。0070今ごろ、0071どの地を宣教に歩いているのかと、0072懐かしくしのぶ。
0073 生国魂神社の東側、0074上本町(うえほんまち)三丁目に溝口中佐の広い官舎があった。0075真向かいはキリスト教会で、0076オルガンに合わせて讃美歌が流れてくる。
0077「息子らが耶蘇(やそ)にかぶれてしもうて、0078情なや、0079朝夕アーメンと称えくさる。0080大和魂の帝国軍人の家庭に、0081外国の腰抜け神の祈りなど……聞くに耐えんのですわい」
0082 溝口の率直な嘆きは、0083鬼三郎にも通じる。
0084「信仰は自由やさけ、0085ただ頭から息子さんをとがめるわけにはいきまへんやろ。0086それより、0087どんなこと教えとるか、0088調べたらどうです」
0089「耶蘇を学ぶのか」
0090「まあ、0091話を聞こうやありまへんか。0092独善はあきまへん。0093わしも知りたい思うとったとこや」
0094 不承不承の中佐を伴い、0095鬼三郎はメソジスト教会の門をくぐった。0096黒衣の教会牧師が、0097演壇に立って説教していた。0098堂内はしんと静まり返っている。0099二人は信徒らの後の席に坐って、0100教会の高い天井やガラス張りの窓や祭壇を一わたりもの珍しく眺めた。
0101 説教がキリストの十字架にかけられるくだりに来て、0102牧師の涙まじりの声に、0103信徒たちはすすり上げる。0104思わず話に引きこまれて、0105鬼三郎も泣いていた。0106喜劇が好き、0107悲劇は大嫌い、0108その実、0109誰よりも涙もろい。0110鬼三郎は、0111だから自分がいまいましい。
0112 ――キリストのいう博愛・平等・真理には従うが、0113霊の弱るような陰気さはかなわん。0114第一、0115人間は神の子や。0116罪の子とはどだい身魂が違うわい。
0117 かたわらに目をやると、0118鬼面の溝口中佐の髭まで震えている。0119中佐はつと立って、0120演壇に黙礼するなり、0121大股に出ていった。0122鬼三郎は同調しなかった。0123牧師の哀調を帯びた説教が終わると代わって信徒の一人が登壇、0124弁舌さわやかに十字架の救いを讃美しだした。0125耳を傾けている鬼三郎に、0126演説者の視線が注がれる。0127やがて讃美歌となり、0128ものがなしく柔らかいオルガンで合唱、0129信徒たちは散っていった。
0130 教会を出がけに、0131見知らぬ男に呼び止められた。
0132「どこから来られました」
0133「丹波の綾部からです。0134向かいの溝口はんのとこに厄介になってます」
0135「何宗の方どす」
0136「丹波の大本」
0137「大本教……聞かん宗教やなあ」と男は首を傾け、0138
0139「さっき御一緒だったところを見ると、0140溝口さんが……まさかその……」
0141「いや、0142最近あの方は、0143大本に入信されましたですで」
0144 男は憤然とした口調になった。
0145「それはいかん。0146わたしは溝口さんの友人で、0147黒葛原(つづはら)兼豪(けんごう)という者です。0148一言忠告せねばならん。0149溝口邸までお供させてもらいますで」
0150 溝口は先に帰宅していた。0151応接間で黒葛原を見るや、0152嫌な顔をした。0153黒葛原は即座に言う。
0154「溝口さん、0155お子たちはキリスト教の洗礼まで受けておられるのに、0156何故あなたは他教に入られるんです。0157わけを聞かせて下さい」
0158「信教は自由じゃ。0159わしは子供まで束縛しようと思わぬ。0160だから息子は息子、0161親は親、0162わしが何しようとかまわんでくれ」
0163 すげなくはねつけて、0164溝口は応接間を出て行った。0165黒葛原は向きを変え、0166鬼三郎に詰問する。
0167「その大本とかいうのはどんな教会です。0168分かるように、0169わたしにも教理を教えて下され」
0170 鬼三郎は、0171黒葛原の目をみつめて語る。
0172「わたしは日本人やから、0173日本の地に下し給うた神の言葉を信じるのです」
0174「わしが外国人だと言うのか」
0175「そうは言わへん。0176しかし神はその時代、0177その場所、0178その環境、0179つまりは時所位に応じて適切な救いの神柱を立て、0180教えを示して、0181人類を導き給うのや。0182二千年の昔、0183ユダヤで生まれ十字架にかかって万民の罪をあがなわれた救世主一人が、0184神の子ではありまへんで」
0185「へえ、0186他にも神の子がいるのかいな」
0187「おります、0188ここに。0189あんたの目の前や……」
0190「あんたのことか。0191……馬鹿にしなはんな……」
0192 鬼三郎が笑った。
0193「わしだけやない。0194そういうあんたかて立派な神の子、0195神の宮や。0196人は霊止(ひと)0197本来内側に神性を宿して生まれてきたんや。0198生まれながらの罪の子など、0199この神の国日本、0200いや世界中にかて一人もおりまへん」
0201「あんたは知らんじゃろうが、0202人には原罪というもんがある。0203洗礼と信仰による以外、0204それをまぬがれることはできんのじゃ」
0205「アダムとイヴが犯した罪のことなら、0206わしも聞いてます。0207始祖の犯したあやまちのため、0208人類の末の末にまで呪いをかける。0209それがまことの愛の神のすることやろか。0210善悪をみわける木になっていた知恵の木の実とは、0211つまり体主霊従の実。0212魂を育てることを忘れて体欲にとらわれ、0213本来神に向かうべき性を失ったことを罪というとるんや。0214そういう意味では、0215確かに原罪の芽は人類すべての内に育って、0216今や手のつけられんまでにはびこっておる。0217放っておけば、0218人類は破滅しまっしゃろ」
0219「それを救うのは、0220やはりキリストをおいて他にはおまへんやろ。0221上田はん、0222あんた、0223聖書を読んでなはるか」
0224「いや、0225恥ずかしながら、0226ざっと目を通した程度や」
0227「惜しい。0228ぜひ読まなあきまへん。0229あんたは外国の神や言わはったが、0230神はこの世にただ一人、0231エホバがあるだけですねん」
0232「造物主は一柱、0233異存はありまへん。0234ただその千変万化のお働きの一つ一つに神格を生ずる。0235それに名をつけたのが、0236日本の八百万の神々。0237エホバといい、0238ゴットといい、0239アラーというのも、0240阿弥陀というのも、0241さらに天之御中主大神とわしらが讃えるのも元は一つ、0242無始無終、0243唯一絶対、0244即ち全大宇宙にみちみち統べ給う大元霊のことです」
0245 溝口が入ってきて仲間に加わり、0246議論は延々と続いた。0247溝口が使いを走らせたのだろう、0248内藤正照他二名が訪ねてきて、0249いっそう座がにぎわって一夜がふける。
0250 昼は坂井家やブラシ屋を根城にとび歩き、0251夜は溝口家に集まって、0252前夜持ち越しの議論に花が咲いた。0253聖書を奉じながらその奇跡を信じきれずにいた黒葛原も、0254奇跡を当然と信じ日常に行う綾部の教祖出口直、0255また神と合一するという鬼三郎の霊学の話に驚かされ、0256実地に目撃して更に傾倒した。
0257 二名の客、0258池田大蔵と高谷理太郎も深く鬼三郎に共鳴した。0259彼らはそれぞれに大阪市東区の砲兵工廠(こうしょう)につながりを持っている。0260ここに忠勤を励む溝口中佐、0261役員を辞職して今はブリキ店を開いている池田大蔵、0262大林区署の役員で土地払い下げ係をしている高谷理太郎、0263それに砲兵工廠や軍関係の輸送の請負業を主としてボス的存在である内藤正照。0264黒葛原兼豪を加えたこの五人男は鬼三郎を囲んで意気白熱し、0265まず砲兵工廠三千職工を動かして神兵たらせんとした。
0266 さすが実力派の溝口は、0267即実行。0268翌朝鬼三郎らを伴って、0269砲兵工廠に乗り込んだ。0270大坂城の東一帯に莫大な土地を占めて、0271赤いレンガ造りの高塀が長々と続いていた。0272(現在、0273弁天町・松山町・森町他を含む。0274大阪中央公園、0275大阪府警察学校、0276市民病院などが建っている)
0277 砲兵工廠は、0278陸軍直営の小銃、0279火砲、0280弾薬類の製造修理工場。0281明治以後、0282政府は幕府や諸藩から多くの軍需工場を接収したが、0283明治十二(一八七九)年の砲兵工廠条例によって、0284それらのうち東京と大阪の工廠がそれぞれ東京・大阪砲兵工廠となった。0285この二つの陸軍工廠と横須賀海軍工廠、0286海軍造兵工廠と共に、0287官営四大工廠として日本の軍国主義推進に貢献した。
0288 大正十二(一九二三)年、0289砲兵工廠は廃され、0290陸軍造兵廠と称する。
0291「へーえ、0292軍いうもんは、0293どでかいことさらしおるのう」と、0294鬼三郎は規模の破格さに目を円くする。0295溝口は少々心細くなった。
0296 ――何いうても田舎青年や。0297三千の聴衆を前にして立ち往生でもしてくれたら、0298わしまで赤恥かかんなん。
0299 鬼三郎は頓着なく高声で驚きを表明する。
0300「溝口はん、0301このずらーっと並んどる工場は何やろ。0302何造ったはるのや」
0303「しいっ、0304大きな声では言えんのや。0305迫撃砲に弾丸、0306銃器、0307小銃の弾、0308サーベル……ざっとそこいらどすわ。0309後は機密で言えまへん」
0310「つまり人殺しの道具を造っとるわけや。0311地主や資本家を肥やし保護するために、0312国家が国民の血と汗からしぼり取った税金を使うて……」
0313「上田はん、0314ここで言うてよいことと悪いことがありまっせ」
0315「そやさけ、0316わし小さい声で独り言つぶやいとるんや」
0317「……」
0318 心細いのを通りこして、0319溝口は後悔しはじめた。
0320 ――ひどい男を連れ込んでしもた。0321何しゃべり出すやら分からんわい。0322どうしよう。
0323 同行の内藤を見たが、0324知らん顔だ。0325砲兵工廠の広々とした講堂には、0326すでに若手の工員や年輩の職員たちがぎっしり詰めていた。
0327 溝口が、0328吠えるような破れ声を張り上げて、0329皇道の真髄について前席をぶった。0330砲兵中佐の貫録は十分。
0331 のこのこと中佐に入れ代わって演壇に上がった見慣れぬ若者に、0332三千の聴衆の好奇心に満ちた視線が集中する。
0333「砲兵工廠の諸君よ、0334肉体の衣の中に魂を育てるところの満堂の諸君よ、0335天運はめぐり来た。0336わしは、0337あなたらの魂に向かって知らせねばならぬことがある……」
0338 溝口と内藤は、0339掌にじっとり汗を握った。0340しかし聴衆は、0341鬼三郎の大胆で風変わりな話に魅き込まれていった。0342神について、0343人について、0344神と人との関係、0345霊界の実在、0346艮の金神の出現と、0347話は果てしなく高揚する。0348時間までに、0349思いの半分も話しきれはしなかった。0350聴衆は腰を据えたまま立とうともしない。
0351 溝口が進み出た。
0352「来週日曜に、0353この話の続きを聞かせてもらえるよう、0354上田鬼三郎先生に交渉したいと思う。0355諸君、0356御期待を乞う」
0357 わっと、0358場内は歓声と拍手が渦巻いた。
0359「和服ではどうも(あか)抜けせんのう」と洒落者(しゃれもん)の内藤が言い出したのがきっかけで、0360鬼三郎は急據洋服をあつらえることにした。0361出来上がったのは最上等の燕尾服。0362ぴかぴかの靴も添えて、0363内藤、0364高谷、0365池田らの友情のプレゼントであった。
0366 生まれて初めて洋服を着て、0367靴をはいた。0368蝶ネクタイもしめた。0369鏡に映る鬼三郎は、0370自分とも思えぬ。
0371 ――とうとう洋服を着やがったな。0372これで外国身魂の四つ足の小松林は完璧や。0373ざまあみい。
0374 燕尾服の記念撮影に内藤、0375高谷、0376池田とわざわざ写真館にも行った。0377初めは何とも窮屈だったが、0378慣れてくると動き安い。0379下駄に比べて靴の歩きよさ。0380胸を張り、0381ぎしぎし皮靴鳴らして、0382砲兵工廠へ出向いた。0383その日曜は、0384また次の日曜を約し、0385次々と四、0386五週間鬼三郎は通った。
0387 砲兵工廠の全職員は、0388上田鬼三郎先生の説教に服した。0389金明霊学会大阪本部を設置する猛運動が盛り上がっていた。0390溝口、0391内藤、0392黒葛原、0393高谷、0394池田の面々が発起人となって、0395天王寺付近の土地一万坪を買収し、0396大阪本部建設案具体化のため、0397あちこちに調査の人が走った。
0398「やあ、0399忘れとった。0400大阪本部言うとるが、0401肝心の綾部の大本本部にわしらはまだ足も踏み入れてないんや。0402上田先生、0403こら真っ先に教祖さまのお許しを得に行かんなりまへんやろなあ」
0404 溝口が潔癖な軍人らしく言い出した。0405鬼三郎は、0406複雑な表情を思わず伏せる。
0407「溝口さんの言いなさる通りや。0408教祖さまの神さま、0409つまり艮の金神さまの許可なしには……」と言いながら、0410ほうっと吐息する。
0411 ……何もかも砂上の楼閣や。
0412 この瞬間、0413鬼三郎はあきらめきっていた。0414ぐらぐらと崩れ落ちる大阪本部の夢の殿堂を、0415わが心にみつめていた。0416結末は分かっていながら、0417夢を追わずにいられぬ小松林の阿呆たれめ……。
0418 しかし、0419のたうつばかりの苦しみは、0420一刻の後に去っていた。
0421 鬼三郎の心中を知らぬ男たちは、0422人選の上、0423第一に綾部の様子を見るため、0424高谷理太郎を派遣した。0425高谷は三日目の夕方戻ってきた。0426様子いかにと溝口邸につめかけていた五人の前に、0427冷笑を浮かべて高谷が立つ。
0428「綾部、0429綾部と憧れて行ったところが、0430どうだす。0431本部いうても、0432小さなあばら家に田舎の婆さんが一人拝んどっただけでっせ。0433おまけに気違いみたいな役員が、0434二、0435三人、0436わけのわからんこと言うとった。0437ただはっきり分かったのは、0438上田はん、0439あんたの正体だっせ」
0440 高谷は興奮した口調で半ばを鬼三郎にぶつけ、0441あとの半ばを仲間たちに訴えた。
0442「あんたは、0443われわれをだまして、0444ここまで引き回してきたんや。0445神や霊学やと口でうまいこと言うて……溝口さん、0446上田鬼三郎はあの本部の教祖や役員たちにさえ愛想つかされて、0447放り出されてきたんやそうだす。0448本部の者に上田の信用はまるきり(ぜろ)ですわ。0449外国身魂の四つ足魂、0450傍へ寄っても悪が染まるさかい、0451本部では塩をまかな誰も近づかん。0452上田は悪の御用やさかい、0453世界の悪の鏡がうつらんよう一室に閉じ込めたのを、0454いつの間にか抜け出して逃げたんやそうな。0455『あんなものをかもとったら神罰覿面(てきめん)0456えらいことになりますで。0457わしら綾部では責任はよう負いまへん』と口を揃えてこうぬかしくさった。0458報告はこれだけや。0459弁明があれば上田はん、0460聞こうやないか」
0461 事の意外さにあきれて、0462一同はただ鬼三郎の面を眺めるばかり。
0463 じょじょに鬼三郎の顔に薄笑いがひろがった。0464苦痛は、0465高谷が綾部に立つまでに、0466すでに味わい尽くしていた。0467今さら弁解したとて何になろう。0468人為を尽くして、0469あとは惟神にまかすのが人の道ではないか。
0470 黙して答えぬ鬼三郎に、0471溝口中佐の憤怒は爆発した。
0472「おのれ、0473この溝口をおちょくりやがるとは。0474外国身魂の四つ足など、0475今日以後、0476帝国軍人のこの家の敷居を一歩もまたがさんぞ。0477出て行ってくれ」
0478 ――やれやれ、0479大阪宣教の結果はこの燕尾服一着か。
0480 飄然(ひょうぜん)として、0481鬼三郎が戸口に向かう。0482その腕をぐっと握って、0483溝口に負けぬ大声を張り上げたのは内藤だった。
0484「何ぬかす。0485たわけもんめが……」
0486 怒声は、0487鬼三郎へではなく、0488溝口に向けて飛んでいた。
0489「わしも二度とこんな敷居はまたがんわい。0490分からずやめ」
0491 それから鬼三郎の腕を引っ張った。
0492「分からん奴は()って行こ、0493上田はん。0494うちへ行きまひょ。0495わし一人でもお道はひらきますわい」
0496 内藤と鬼三郎が出て行ったあと、0497溝口が頭をかかえこんでうめく。0498白けきった空気の中から、0499黒葛原が立ち上がり、0500ていねいに溝口に頭を下げて出て行った。0501がたんと椅子を鳴らせて池田がとび上がり、0502あたふたと後を追う。
0503 大阪晩夏の宵は風もなかった。
0504 内藤正照(四十七歳)の家は、0505溝口中佐の官舎から四、0506五丁先であった。0507天王寺に隣接する愛染(あいぜん)坂のゆるい勾配をのぼりつめたところに面してこぢんまりと立つ平家である。0508茶の間の障子を開けると、0509天王寺の大きな池が見えた。
0510 正照は名古屋の藩士内藤浅右衛門の三男坊。0511東京へ養子に行ったが、0512養家と気風が合わなかったのか、0513ほどなく名古屋へ舞い戻り、0514輜重(しちょう)輸送の人夫頭をしていた。
0515 上役が人夫賃金をさらえて雲がくれしたため、0516支払い責任が内藤の肩にふりかかってきて、0517止むなく大阪へ逃げた。
0518 日清戦争当時のことで、0519軍需輸送の人夫が不足、0520寸足らずの若者の徴用も盛んで、0521「輜重輸送が兵隊ならば、0522とんぼ蝶々も鳥のうち」と歌われた。0523こうした中にまぎれ込み、0524もまれつつ、0525やがてボス的存在になっていく。
0526 その頃、0527谷町九丁目あたりから一帯にかけて、0528利権屋、0529喧嘩仲裁屋など侠客連が多く住みついていた。0530遊び人気質の内藤の元へも、0531その類の出入りや食客が絶えなかった。
0532 妻いち(四十歳)は、0533静岡市八幡本町の西野太郎兵衛長女。0534伝法肌(でんぽうはだ)で、0535言いたいことを言わぬとすまぬたち。0536婚家に容れられず出戻って大阪へ渡り、0537内藤といっしょになった。
0538「うちは大政・小政に子守りしてもろて大きゅうなったんや」と、0539いちはよく人に自慢していたが、0540いちの育った界隈は清水次郎長一家の縄張りで、0541資産のある西野家へは子分衆が常時遊びに来ていた。0542幼い時からそうした環境にあって男伊達の世界に馴染んだのだろう、0543いちは夫の収入はあてにせず、0544針仕事の内職をして、0545不足分はいつも静岡の実家からせびってきた。0546自由気ままの内藤も、0547妻にだけは頭が上がらない。
0548 内藤が鬼三郎を連れて愛染坂の家へ帰ってくると、0549いちは一目で鬼三郎が気に入った。0550食事、0551洗濯、0552衣類の世話から小遣いに至るまで、0553夫正照をさしおいても面倒を見、0554可愛がったくらいだ。0555夫妻の間に子供がなかったからでもあろう。
0556 余分の収入があると、0557亭主が傍にいるにかかわらず、0558いちはそっと鬼三郎の右手に金包みを渡す。0559亭主に内証で渡される金はどうも心地わるい。0560鬼三郎、0561内ふところに収めるふりして左手に持ちかえ、0562ふところは素通りして横の内藤の手へ。0563内藤は知らぬ顔で受けとると、0564喜び勇んで早速芸者買いに走るといった按配である。
0565 鬼三郎が加わってから、0566内藤家には、0567黒葛原、0568池田らもよく集まった。0569けれど二人の腰は定まらず、0570離れずつかずの状態。0571内藤だけは仕事もそっちのけで、0572十五歳も年下の鬼三郎についてまわった。
0573 鬼三郎は、0574大阪市中の交霊術者や稲荷下げを見つけ次第訪れた。0575伏見での苦い経験から、0576つい頭をもたげる悪戯気分は捨てて、0577営業妨害はせぬよう心をくばった。0578大都会の紳士淑女を相手にする彼ら祈祷師の間を泳ぎまわるうちにも、0579正しい帰神者の一人にでも出会いたい思いは捨てずにあった。0580が、0581どこへ行っても馬鹿らしい御託宣を大真面目でありがたがっている信徒ばかり。0582気の毒で、0583そっと帰る方が多い。
0584 大阪北区紅梅町の山口ふじの教会は面白かった。0585憑いているのは大狸なのだが、0586感心に伺いごとは百発百中である。0587山口ふじは鬼三郎の霊力を見抜いて、0588「どうぞ泊まって教えとくれやす」とせがむ。0589山口家にもしばし滞在して、0590教線をひろめた。
0591 大阪島の内諏訪町の隅本(すみもと)某家に霊学会仮本部を設けた。0592次々と入信するのは、0593土地柄か、0594侠客連ばかり。0595島の内の夷重(えびす)兵衛、0596山田嘉兵衛も数十人の子分を連れて入信。0597山田の紹介で、0598この初夏、0599空也の滝でかいま見た御嶽教杉本(さとし)の信者団熊(だんくま)親分も訪れ、0600たちまち入信。0601続いて竹島竹五郎、0602小林佐兵衛。0603あらくれ男たちは、0604新生の意気に燃えた。
0605 けれどせっかく大阪の一角に燃え上がった信仰の火も、0606間もなく冷水をぶっかけられて消えた。0607例によって、0608鬼三郎の所在を知った中村らの指令で、0609野崎宗長、0610御牧治三郎が大阪入りし、0611存分に鬼三郎の悪口をふりまいたのだ。
0612「大本の教祖さまにそむいて綾部をとび出した曲津(まがつ)の教えなど聞いて、0613だまされるな。0614上田の悪の御用につかわれるな」
0615 常に鬼三郎は綾部を語り、0616筆先を語り、0617教祖出口直を語ってきた。0618その綾部が、0619筆先が、0620出口直が、0621鬼三郎を否定しているとなると、0622新しい信者が動揺するのも無理はない。0623質朴な侠客連が一人去り、0624二人去りしてさびれていくのを、0625鬼三郎は黙って見送った。