予審終結決定のなかで示された王仁三郎の犯罪理由の主要部分は、つぎのとおりである。
前掲大本教義ヲ宣伝シテ現世ノ立替立直 みろく神政成就ヲ強調スルト共ニ 皇道ノ美名ノ下ニ信者ノ獲得ニ努メ来リタルモノニシテ 該教義ニ於テ強調スル立替立直 みろく神政成就即チ国体変革ニ関スル理由トシテ説ク所ノ要旨ハ
(一)天之御中主大神ハ天ノ御先祖 みろく菩薩 至仁至愛ノ神ニシテ 同大神ノ御精霊体ノ完備セルヲ天照皇大神 撞ノ大神ト称へ 天照皇大神 伊邪那岐尊 伊邪那美尊ハ三神即一神ニシテ 之ヲ撞ノ大神 みろくノ大神 天ノ御三体ノ大神又ハ天ノ御先祖ト称フ 撞ノ大神ハ国常立尊ヲ大地球ノ先祖トシテ大地ノ修理固成ヲ命ジ給ヒタルヲ以テ 同尊ハ地上ノ主権ヲ帯ヒ国土ヲ統治シ給ヒタルモ 其ノ施政方針 霊主体従 厳格剛直ニ過半タル為 部下ノ万神ハ衆議ノ結果 撞ノ大神ニ国常立尊ノ退隠ヲ奏請スルニ至レリ 仍テ撞ノ大神ハ已ムナク国常立尊ニ対シ艮ヘ退去スヘシト厳命シ 且潔ク退辞セハ時節ヲ待チテ再ヒ主権者ニ任シ汝ノ大業ヲ補助スヘシトノ神勅ヲ下シ給ヒタレハ 国常立尊ハ無念ヲ忍ヒ退隠シテ艮金神トナリ 同尊ノ妻神豊雲野尊モ坤ヘ退隠シテ坤金神トナリタリ 然ルニ国常立尊ノ退隠後支那ニ生レ給ヒタル盤古大神即チ瓊々杵尊日本ニ渡来セラレ 国常立尊ノ後ヲ襲ヒ給ヒ 爾来瓊々杵尊ノ御系統ニ坐ス 現御皇統ニ於テ日本ヲ統治シ給ヒタル為 体主霊従 悪逆無道ノ現社会ヲ招来シ 優勝劣敗 弱肉強食ノ惨状ヲ呈スルニ至レリ
茲ニ於テ国常立尊ノ出現ヲ要スル機運到来シ 撞ノ大神ハ艮ニ退隠セル国常立尊ニ対シ再ヒ地上ノ主権ヲ付与シ給ヒシカハ 同尊ハ豊雲野尊ト共ニ綾部ニ再現シ 現代ノ混乱世界ヲ立替立直シテ至仁至愛ノ世ト為シ 又撞ノ大神ハ前示神勅実行ノ為地上ニ降臨シテ国常立尊ノ神業ヲ補佐スルコトトナリ 右三神ハ出口王仁三郎ヲ機関トシテ顕現シタルヲ以テ 王仁三郎ハ国常立尊 豊雲野尊及撞ノ大神ノ霊代トシテ 現御皇統ヲ廃止シテ日本ノ統治者トナルヘキモノナリ
(二)伊邪那岐尊ノ神勅ニ依リ 天照大御神ハ高天原即チ太陽界ノ主宰神 素盞嗚尊ハ大海原即チ地球ノ主宰神ト神定マリ 天津神ト国津神トノ間ニハ歴然タル区別アリ 太古日本ハ素盞嗚尊ノ御子孫ニシテ国津神ナル大国主命カ武力ヲ以テ統治シ居ラレタル処 天照大御神ハ天孫降臨ニ先立チ大国主命ノ許ニ三回迄天使ヲ派遣セラレ遂ニ武力ヲ以テ同命ノ権力ヲ制シ給ヒシカハ 大国主命ハ力尽キテ日本ノ統治権ヲ天孫ニ奉還シテ隠退セラレタリ 其ノ後日本及世界ヲ統治セラレムカ為天孫降臨シ給ヒタルモ 未完成ノ世ナリシ故 天ノ大神ノ御大望ハ完成スルニ至ラス 従テ弱肉強食ノ修羅ノ巷ト化シ去リ 地上ハ全ク崩壊セムトスルニ至レリ 茲ニ於テ至仁至愛ノ大神ハ命令ヲ下シタル為 盤古大神即チ天孫瓊々杵尊ハ地上ノ統治権ヲ国常立尊即チ大国主命ニ返還スルノ已ムナキニ至リタルニ 現御皇統ハ今猶日本ヲ統治シ給ヘリ
(三)伊邪那岐尊ノ神勅ニ依リ 天照大御神ハ高天原即チ太陽界ノ主宰神 素盞嗚尊ハ大海原即チ地球ノ主宰神ト定マリ 天津神ト国津神トノ区別歴然ト神定マリタルヲ以テ 日本ハ勿論全地球ハ素盞嗚尊之ヲ統治スヘキモノナルコト右神勅ニ依リ明瞭ナリ 従テ同尊及其ノ御神系ニ於テ日本ヲ統治セラレタラムニハ 天孫瓊々杵尊御降臨ノ必要ナカリシモノナリ 然ルニ素盞嗚尊ハ諸神ノ反抗ヲ受ケ神逐ニ逐ハレ 次テ同尊ノ御子孫ナル大国主命モ亦天孫ニ帰順シ 天津神ナル瓊々杵尊降臨シ給ヒ 爾来同尊ノ御系統ナル現御皇統ニ於テ日本ヲ統治シ来リ給ヒタルモ 元来国津神ノ御系統ノ統治スヘキ日本ヲ天津神ノ御系統ニ於テ統治シ給フハ 右伊邪那岐尊ノ神勅ニ背反スルモノニシテ 之ガ為現代ノ如キ優勝劣敗 弱肉強食ノ紛乱状態ヲ呈スルニ至リタルモノナリ 因テ至仁至愛ノ神及素盞嗚尊ハ出口王仁三郎ヲ機関トシテ顕現シ 現代ノ紛乱世界ヲ立替立直シテ至仁至愛ノ世ト為スコトトナリタルヲ以テ 王仁三郎ハ至仁至愛ノ神及素盞嗚尊ノ霊代トシテ現御皇統ヲ廃止シ 日本ノ統治者トナルヘキモノナリ等ト謂フニ在リ
さらに王仁三郎は、「昭和三年三月三日……みろく大祭ヲ執行シ……大本ノ幹部ヲ基礎中心トシテ我国体ノ変革ヲ目的トスル結社ヲ組織シテ 該目的達成ノ為本格的活動ヲ開始セムコトヲ決意シ……万世一系ノ天皇ヲ奉戴スル大日本帝国ノ立憲君主制ヲ廃止シテ 日本ニ出口王仁三郎ヲ独裁君主トスル至仁至愛ノ国家ヲ建設スルコトヲ目的トスル大本ト称スル結社ヲ組織シ……」その目的達成のため活動をしたというのである。
なお『霊界物語』に掲載した大本神諭や短歌数首、「瑞祥新聞」に掲載した大本神諭などを列挙して、「天皇陛下ニ対シ奉リ不敬ノ行為ヲ為シタルモノ」とし、その末尾に「治安維持法第一条第一項前段 刑法第七十四条第一項前段 第十条 第五十五条ヲ適用スヘキモノト思料スル」と結ばれている。(『出口王仁三郎予審終結決定書』)
ここで注意しなければならないことは、小野検事が提出した予審請求書(公訴事実)にはあげられていなかった国常立尊、豊雲野尊の退隠と再現のことが予審終結決定にとりあげられ、しかもあらたに「盤古大神即チ瓊々杵尊」「国常立尊即チ大国主命」と記された点である。盤古大神を瓊々杵尊とし、国常立尊を大国主命とするような教義は大本で説かれたこともなく、大本文献においても全然見出し得ないところである。これなどは大本を断罪しようとする、予審判事の予断にもとづく創作であったといわねばならぬ。
さらに、小野検事の予審請求書には「現議会政治ヲ一変シ 土地財産ノ私有ヲ禁シ 租税制度ヲ廃止スル等 現国家社会ノ政治経済其ノ他ノ機構ヲモ根本的ニ変革シ惟神ノ神政ヲ樹立実施セントスルモノニシテ」とあった犯罪理由が、予審終結決定では削除されており、検挙の動機の重要な一因と見られた昭和神聖会については、まったく問題としてとりあげられていないということである。予審における権力側の態度の推移を見失ってはならないであろう。
王仁三郎の予審終結決定にさきだち、一九三八(昭和一三)年一月二五日には三〇人の予審終結決定が発表され、公判に付された。その氏名は新聞で報道されたが、嫌疑の内容については厳秘にされていたので、一般には知ることができなかった。その間の事情については、内務省警保局の『社会運動ノ状況・宗教編』(昭和一三年)に、「右予審終結決定書の内容は、事案の性質上不敬不逞を極め、若し不用意に其の内容が関係者以外に伝へらるる等の事あるに於ては単り、残余未決定被告等に対し予審の内容を漏洩するの結果となるのみならず、其の事自体が直ちに恐懼に堪えざる不敬行為となるの虞ありたる為、予審当局に於ては之が交付に就て特に細心の注意を払ひ、予め『決定書の内容を被告及弁護人以外の者に披見せしめ、又は漏洩する等のことある時は直ちに新なる不敬罪を構成するの虞ある』旨を厳重警告し、当該被告若は其の代理人(弁護士)にのみ直接手交するの特別なる方途を講ずる所ありたり。而して検察当局に於ても亦叙上の趣旨を徹底せしむるが為、其の前日即ち一月二十四日京都市所在各新聞記者等を地方検事局に招致し、各新聞紙には一部の予審を終結したる旨を抽象的に報道するに留め、決定書の内容に立入りて報道する等のこと無き様懇談する所ありたり」と記載されているのが参考になる。当局は予審※の状況がもれることを非常に警戒し、予審の取調べ内容にたいする信者や世論の疑惑をおそれていた。
※予審 (1)予審ハ被告事件ヲ公判ニ付スヘキカ否カヲ決スル為必要ナル事項ヲ取調フルヲ以テ其ノ目的トス(旧刑事訴訟法第二百九十五条) (2)公判ニ付スルニ足ルヘキ犯罪ノ嫌疑アルトキハ予審判事ハ決定ヲ以テ被告事件ヲ公判ニ付スル言渡ヲ為スヘシ 前項ノ決定ニハ罪トナルヘキ事実及法令ノ適用ヲ示スヘシ(同第三百十二条)
旧予審制度は非公開を原則とし、予審訊問調書の証拠力が不当に重視され、弁護権がほとんど無視されていた。そのためはやくから法曹界でも批判があり、司法制度改正調査会で廃止論まで出されていたほどである。ちなみに現行の刑事訴訟法では廃止されていることを付記する。
〔写真〕
○京都市内関係地図 p509
○予審がつぎつぎと終結したが調書は創作と偽造にみたされていた p510