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安藤鉄膓『教界の婦人』「鶴殿親子女史」

インフォメーション
題名:鶴殿親子女史 著者:安藤鉄膓
ページ:
概要:仏教界に奔走する婦人を紹介した本。 備考:安藤鉄膓・著『教界の婦人』明治36(1903)年9月、文明堂、P19~21
(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)
タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-03-17 01:24:27 OBC :Z9026
鶴殿親子女史

 鶴殿男爵鶴殿忠善(1853~1905)というは九条公爵九条尚忠(関白)の弟で一昨年夭折されたが、その未亡人親子(ちかこ)女史は故醍醐侯醍醐忠順侯爵の長女で、今の世には稀なる(みさお)正しき賢婦人である。
 一体厳かなる性質とて、男爵存生中からこの社会にはありがちの物見遊山に耽るということはなかったが、未亡人となってからは一層その身の慎み深く、いかなる場合でも、面識なきものは勿論、たとい昵近(じっきん)の間柄でも、差し向かいで男子と対談するということはない。
 年は今三十八の女盛り、縹致(きりょう)もまた世に珍しき美人であるが、その心の美しきことは、形の美しさにも譲らぬのである。
 女史は始め菩提所なる奈良の興福寺で仏法を聞いたが、一昨年ごろより、愛宕下青松寺東京都港区愛宕二丁目にある曹洞宗の寺院の北野元峰(げんほう)師について心耳を傾け、また自ら経典祖釈をひもといて研究に余念ない。
 日々の行状は実に清浄無垢なもので、朝飯は常精進、親類縁者の命日なぞには厳かに仏事を営んで、いやしくも葷肉(くんにく)においの強い野菜と肉を口にすることはない。常に三宝に恭敬(くぎょう)し、師長に奉事することは、十万の僧侶中おそらく女史に及ぶものは多くなかろう。
 外形こそ剃髪染衣(ていはつぜんえ)の姿とはならざれ、行いは立派な尼僧である。こういう奇特の善女人であるから、召仕いなぞに対して親切にして慈悲深く、皆その徳に服せざるものはなく、いったん(いとま)を乞うて他家に雇われしものも、しばらく過ぎて皆、女史の許に帰りて、忠実に立ち働くという風で、実に世間に通じて多く得がたき婦人である。
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