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霊界物語
如意宝珠(第13~24巻)
第13巻(子の巻)
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総説
第1篇 勝利光栄
第1章 言霊開
第2章 波斯の海
第3章 波の音
第4章 夢の幕
第5章 同志打
第6章 逆転
第2篇 洗礼旅行
第7章 布留野原
第8章 醜の窟
第9章 火の鼠
第3篇 探険奇聞
第10章 巌窟
第11章 怪しの女
第12章 陥穽
第13章 上天丸
第4篇 奇窟怪巌
第14章 蛙船
第15章 蓮花開
第16章 玉遊
第17章 臥竜姫
第18章 石門開
第19章 馳走の幕
第20章 宣替
第21章 本霊
第5篇 膝栗毛
第22章 高加索詣
第23章 和解
第24章 大活躍
信天翁(三)
余白歌
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霊界物語
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第13巻(子の巻)
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<<< 本霊
(B)
(N)
和解 >>>
第二二章
高加索
(
コーカス
)
詣
(
まゐり
)
〔五四八〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第13巻 如意宝珠 子の巻
篇:
第5篇 膝栗毛
よみ(新仮名遣い):
ひざくりげ
章:
第22章 高加索詣
よみ(新仮名遣い):
こーかすまいり
通し章番号:
548
口述日:
1922(大正11)年03月21日(旧02月23日)
口述場所:
筆録者:
岩田久太郎
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1922(大正11)年10月30日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
日の出別の神がコーカス山に現れて以来、コーカス山の御宮には参詣者がたくさん参るようになった。弥次彦と与太彦は、御宮参りの道中、コーカス山に程近い町で、かつて弥次彦の下女であったお竹の家に泊まることになった。
お竹の家も、参詣者の宿泊でいっぱいのため、お竹の家の二階の柴屋に泊まることになった。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2020-12-15 18:09:36
OBC :
rm1322
愛善世界社版:
257頁
八幡書店版:
第3輯 124頁
修補版:
校定版:
257頁
普及版:
112頁
初版:
ページ備考:
001
四方
(
よも
)
の
山辺
(
やまべ
)
は
青々
(
あをあを
)
と、
002
若芽
(
わかめ
)
の
緑
(
みどり
)
春姫
(
はるひめ
)
の、
003
袖
(
そで
)
振
(
ふ
)
り
栄
(
は
)
えて
紅
(
くれなゐ
)
の、
004
花
(
はな
)
咲
(
さ
)
き
匂
(
にほ
)
ふ
春
(
はる
)
の
空
(
そら
)
、
005
コーカス
山
(
ざん
)
に
現
(
あらは
)
れし、
006
日
(
ひ
)
の
出別
(
でのわけ
)
の
活神
(
いきがみ
)
を、
007
慕
(
した
)
うて
絡繹
(
らくえき
)
と
詣
(
まう
)
づる
男女
(
だんぢよ
)
の
真中
(
まんなか
)
に、
008
秀
(
ひいで
)
て
黒
(
くろ
)
き
二人
(
ふたり
)
の
大男
(
おほをとこ
)
は、
009
宣伝歌
(
せんでんか
)
の
此処
(
ここ
)
彼処
(
かしこ
)
、
010
千切
(
ちぎ
)
れ
千切
(
ちぎ
)
れに
歌
(
うた
)
ひながら
進
(
すす
)
み
来
(
きた
)
り、
011
路傍
(
ろばう
)
の
草
(
くさ
)
の
上
(
うへ
)
に
腰
(
こし
)
打
(
うち
)
掛
(
か
)
けて、
012
雑談
(
ざつだん
)
に
耽
(
ふけ
)
るあり。
013
弥次彦
『オイ
与太彦
(
よたひこ
)
、
014
どうだ、
015
長
(
なが
)
らくの
間
(
あひだ
)
、
016
日月
(
じつげつ
)
の
光
(
ひかり
)
もなく、
017
草木
(
くさき
)
の
色
(
いろ
)
は
枯葉
(
かれは
)
の
様
(
やう
)
になつて
春
(
はる
)
の
気分
(
きぶん
)
もトント
無
(
な
)
かつたが、
018
日
(
ひ
)
の
出別
(
でわけ
)
の
活神
(
いきがみ
)
さまが、
019
コーカス
山
(
ざん
)
に
現
(
あら
)
はれてより、
020
金覆輪
(
きんぷくりん
)
の
日輪
(
にちりん
)
様
(
さま
)
は
晃々
(
くわうくわう
)
と
輝
(
かがや
)
き
玉
(
たま
)
ひ、
021
草木
(
さうもく
)
は
若芽
(
わかめ
)
を
吹
(
ふ
)
き、
022
花
(
はな
)
は
咲
(
さ
)
き
小鳥
(
ことり
)
は
歌
(
うた
)
ひ、
023
陽気
(
やうき
)
は
良
(
よ
)
く、
024
本当
(
ほんたう
)
に
地獄
(
ぢごく
)
から
極楽
(
ごくらく
)
へ
早替
(
はやがは
)
りをしたやうだなア』
025
与太彦
『
本当
(
ほんたう
)
にさうだ、
026
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
くコーカス
山
(
ざん
)
の
御
(
お
)
宮
(
みや
)
に
参拝
(
さんぱい
)
したいものだ。
027
しかし
是
(
これ
)
だけ
大勢
(
おほぜい
)
の
老若
(
らうにやく
)
男女
(
なんによ
)
が、
028
珠数
(
じゆず
)
繋
(
つな
)
ぎになつて
参拝
(
さんぱい
)
するのだから、
029
緩
(
ゆ
)
つくりと
足
(
あし
)
を
伸
(
の
)
ばして
休
(
やす
)
むことも
出来
(
でき
)
やしない。
030
マゴマゴして
居
(
を
)
れば
踏
(
ふ
)
み
潰
(
つぶ
)
されて
仕舞
(
しま
)
ふわ。
031
ノー
弥次公
(
やじこう
)
、
032
今晩
(
こんばん
)
は
何処
(
どこ
)
で
宿
(
やど
)
を
取
(
と
)
つたらよからうかなア』
033
弥次彦
『サア
春
(
はる
)
と
云
(
い
)
つてもまだ
夜分
(
やぶん
)
はよほど
寒
(
さむ
)
いから、
034
まさか
野宿
(
のじゆく
)
する
訳
(
わけ
)
にも
行
(
ゆ
)
かず、
035
是
(
これ
)
から
二
(
に
)
里
(
り
)
ばかり
行
(
ゆ
)
くと、
036
田子
(
たご
)
と
云
(
い
)
ふ
小
(
ちひ
)
さい
町
(
まち
)
があつて、
037
そこには
俺
(
おれ
)
のとこに
長
(
なが
)
らく
奉公
(
ほうこう
)
をして
居
(
を
)
つた、
038
お
竹
(
たけ
)
と
云
(
い
)
ふ
下女
(
げぢよ
)
の
家
(
うち
)
がある
筈
(
はず
)
だから、
039
今晩
(
こんばん
)
は
其処
(
そこ
)
までコンパスを
延
(
の
)
ばして、
040
泊
(
と
)
めて
貰
(
もら
)
つたらどうだらう』
041
与太彦
『ウーン、
042
あのお
竹
(
たけ
)
ドンの
家
(
うち
)
か、
043
それは
良
(
よ
)
からう。
044
しかし
泊
(
と
)
めて
呉
(
くれ
)
るだらうか、
045
これだけ
大勢
(
おほぜい
)
の
人
(
ひと
)
だから、
046
お
竹
(
たけ
)
ドンの
家
(
うち
)
も
沢山
(
たくさん
)
の
知
(
し
)
り
合
(
あひ
)
の
人
(
ひと
)
があるだらうから、
047
俺
(
おい
)
等
(
ら
)
が
行
(
ゆ
)
く
迄
(
まで
)
に
満員
(
まんゐん
)
になつて
居
(
ゐ
)
るやうな
事
(
こと
)
はあるまいかな』
048
弥次彦
『そこが
主人
(
しゆじん
)
と
家来
(
けらい
)
だ、
049
いかに
無情
(
むじやう
)
なお
竹
(
たけ
)
だつて、
050
十
(
じふ
)
年
(
ねん
)
も
飼
(
か
)
うてやつた
主人
(
しゆじん
)
が
頼
(
たの
)
む
事
(
こと
)
を
まさか
厭
(
いや
)
とは
云
(
い
)
はれよまい。
051
マアともかくもお
竹
(
たけ
)
の
家
(
うち
)
を
目当
(
めあて
)
に
行
(
ゆ
)
かうかい。
052
ヤア
沢山
(
たくさん
)
な
参詣者
(
さんけいしや
)
だナア』
053
と
云
(
い
)
ひながら、
054
両人
(
りやうにん
)
は
草臥
(
くたび
)
れた
足
(
あし
)
をチガチガと
運
(
はこ
)
びはじめた。
055
日
(
ひ
)
は
山
(
やま
)
の
端
(
は
)
に
没
(
ぼつ
)
せむとする
頃
(
ころ
)
、
056
やうやう
田子
(
たご
)
の
町
(
まち
)
に
着
(
つ
)
いた。
057
弥次彦
『
何
(
なん
)
でもこの
町
(
まち
)
だ。
058
酷
(
ひど
)
う
大
(
おほ
)
きな
家
(
うち
)
ぢやないさうなから、
059
貴様
(
きさま
)
は
右側
(
みぎがは
)
を
調
(
しら
)
べて
見
(
み
)
ろ、
060
俺
(
おれ
)
は
左側
(
ひだりがは
)
を
調
(
しら
)
べて
行
(
ゆ
)
く』
061
与太彦
(
よたひこ
)
『
何
(
なに
)
か
屋号
(
やがう
)
でもあるのか』
062
弥次彦
(
やじひこ
)
『お
前
(
まへ
)
お
竹
(
たけ
)
の
顔
(
かほ
)
知
(
し
)
つとるだらう、
063
彼奴
(
あいつ
)
の
顔
(
かほ
)
を
見当
(
けんたう
)
に
行
(
ゆ
)
くのだよ』
064
与太彦
(
よたひこ
)
『お
竹
(
たけ
)
だつて、
065
さう
日当
(
ひあた
)
りに
看板
(
かんばん
)
の
様
(
やう
)
に、
066
朝
(
あさ
)
から
晩
(
ばん
)
まで
立
(
た
)
ち
続
(
つづ
)
けにして
居
(
を
)
る
筈
(
はず
)
は
無
(
な
)
いから、
067
ソンナ
頼
(
たよ
)
り
無
(
な
)
い
標的
(
へうてき
)
を
的
(
まと
)
に
探
(
さが
)
しても
不可
(
いかん
)
ぢやないか。
068
それよりもいつその
事
(
こと
)
、
069
軒毎
(
のきごと
)
にお
竹
(
たけ
)
ドンの
家
(
うち
)
はここかここかと、
070
両側
(
りやうがは
)
の
家
(
いへ
)
を
尋
(
たづ
)
ねて
廻
(
まは
)
つたら
一番
(
いちばん
)
的確
(
てきかく
)
だよ』
071
弥次彦
(
やじひこ
)
『ウン、
072
それがよからう。
073
サア
此処
(
ここ
)
が
田子
(
たご
)
の
町
(
まち
)
だ。
074
お
前
(
まへ
)
は
右側
(
みぎがは
)
だ、
075
俺
(
おれ
)
は
左側
(
ひだりがは
)
だ……モシモシ、
076
お
竹
(
たけ
)
ドンのお
宅
(
たく
)
はこなたぢや
御座
(
ござ
)
いませぬか』
077
屋内
(
をくない
)
より
078
『
違
(
ちが
)
ひます』
079
弥次彦
(
やじひこ
)
『こなたはお
竹
(
たけ
)
ドンの
館
(
やかた
)
では
御座
(
ござ
)
いますまいか』
080
屋内
(
をくない
)
より
081
『お
竹
(
たけ
)
の
家
(
うち
)
ですが、
082
お
竹
(
たけ
)
は
十五
(
じふご
)
年前
(
ねんぜん
)
に
死
(
し
)
にましたよ』
083
弥次彦
『ナニ、
084
十年前
(
じふねんぜん
)
に
俺
(
おれ
)
のとこに
奉公
(
ほうこう
)
して
居
(
ゐ
)
たのだ、
085
十五
(
じふご
)
年前
(
ねんぜん
)
に
死
(
し
)
んだとはお
前
(
まへ
)
サンチツト
勘定
(
かんぢやう
)
違
(
ちが
)
ひぢやないかなア。
086
高取村
(
たかとりむら
)
の
弥次彦
(
やじひこ
)
の
家
(
うち
)
に
奉公
(
ほうこう
)
して
居
(
を
)
つたお
竹
(
たけ
)
の
事
(
こと
)
だよ』
087
屋内
(
をくない
)
より、
088
『
私処
(
わしとこ
)
の
娘
(
むすめ
)
は
奉公
(
ほうこう
)
にやつた
事
(
こと
)
は
無
(
な
)
い』
089
弥次彦
『ぢやお
竹
(
たけ
)
違
(
ちが
)
ひだ、
090
これはおタゲーに
迷惑
(
めいわく
)
だ。
091
エー
仕方
(
しかた
)
がない、
092
初
(
はじ
)
めからドンを
突
(
つ
)
かれだ。
093
これだけ
小
(
ちひ
)
さい
町
(
まち
)
だと
云
(
い
)
つても、
094
随分
(
ずゐぶん
)
の
家数
(
いへかず
)
だ、
095
軒毎
(
のきごと
)
に
尋
(
たづ
)
ねて
居
(
を
)
ると
乞食
(
こじき
)
と
間違
(
まちが
)
へられて
気
(
き
)
が
利
(
き
)
かぬ。
096
天秤棒
(
てんびんぼう
)
の
星当
(
ほしあた
)
りだ。
097
二軒
(
にけん
)
か
三軒
(
さんげん
)
づつ
間
(
あひ
)
をあけて
尋
(
たづ
)
ねて
見
(
み
)
ようかい』
098
二人
(
ふたり
)
は
町
(
まち
)
の
両側
(
りやうがは
)
をあちらこちらとお
竹
(
たけ
)
の
有
(
あ
)
り
家
(
か
)
を
尋
(
たづ
)
ねて
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
099
小
(
ちひ
)
さき
屑屋葺
(
くづやぶき
)
の
軒下
(
のきした
)
から、
100
お竹
『モシモシ、
101
貴方
(
あなた
)
は
高取村
(
たかとりむら
)
の
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
ぢや
御座
(
ござ
)
いませぬか』
102
弥次彦
『イヤーお
前
(
まへ
)
はお
竹
(
たけ
)
か。
103
ナンとマア
偉
(
えら
)
い
婆
(
ばば
)
アになつたなア。
104
俺
(
おれ
)
のとこに
居
(
を
)
つた
時
(
とき
)
は、
105
ちよつと
渋皮
(
しぶかは
)
のむけた
別嬪
(
べつぴん
)
だつたが、
106
十
(
じふ
)
年
(
ねん
)
経
(
た
)
てば
一昔
(
ひとむかし
)
、
107
寄
(
よ
)
つたりな
寄
(
よ
)
つたりな
皺
(
しわ
)
三十二
(
さんじふに
)
になつたらう。
108
皺
(
しわ
)
三十二
(
さんじふに
)
歳
(
さい
)
のお
前
(
まへ
)
の
姿
(
すがた
)
、
109
これを
思
(
おも
)
へば
年
(
とし
)
は
取
(
と
)
りたくないものだ。
110
しかしながら
取
(
と
)
りたいものが
一
(
ひと
)
つある』
111
お竹
『オホヽヽヽヽ、
112
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
、
113
取
(
と
)
りたいと
仰
(
おつ
)
しやるのは
何
(
なん
)
でございます』
114
弥次彦
『
今晩
(
こんばん
)
宿
(
やど
)
が
取
(
と
)
りたいのだ。
115
貴様
(
きさま
)
の
家
(
うち
)
に
泊
(
と
)
めて
呉
(
くれ
)
ないか』
116
お竹
『
滅相
(
めつさう
)
な、
117
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
のお
泊
(
とま
)
りなさるやうな
家
(
うち
)
ぢやございませぬ。
118
ホントウに
穢苦
(
むさくる
)
しうて、
119
お
恥
(
はづ
)
かしう
御座
(
ござ
)
いますから、
120
どうぞそれ
許
(
ばか
)
りは
許
(
ゆる
)
して
下
(
くだ
)
さいませ』
121
弥次彦
『ソンナラ
何処
(
どこ
)
か
宿屋
(
やどや
)
へ
案内
(
あんない
)
をして
呉
(
く
)
れないか』
122
お竹
『これだけ
沢山
(
たくさん
)
なコーカス
詣
(
まゐ
)
りに、
123
何処
(
どこ
)
の
家
(
うち
)
も
彼処
(
かしこ
)
の
家
(
うち
)
も、
124
ギツシリ
鮓詰
(
すしづ
)
めと
云
(
い
)
ふ
有様
(
ありさま
)
でございます。
125
私
(
わたし
)
とこの
様
(
やう
)
な
小
(
ちひ
)
さい
家
(
うち
)
でも、
126
何処
(
どこ
)
の
方
(
かた
)
か
知
(
し
)
りませぬが、
127
軒下
(
のきした
)
でもよいから
泊
(
と
)
めて
呉
(
く
)
れいと
仰
(
おつ
)
しやつて、
128
身動
(
みうご
)
きも
出来
(
でき
)
ぬ
程
(
ほど
)
のお
人
(
ひと
)
でございます』
129
弥次彦
『
何処
(
どこ
)
でもいいが
空
(
あ
)
いた
処
(
とこ
)
は
無
(
な
)
いか。
130
ハンモツクでもあれば、
131
天井裏
(
てんじやううら
)
でも
構
(
かま
)
はぬ。
132
雨露
(
あめつゆ
)
さへ
凌
(
しの
)
げばいいのだから』
133
お竹
『ソンナ
気
(
き
)
の
利
(
き
)
いたものが
私
(
わたし
)
とこの
様
(
やう
)
な
貧乏
(
びんぼう
)
な
家
(
うち
)
に
有
(
あ
)
りますものか。
134
明
(
あ
)
いた
処
(
とこ
)
と
云
(
い
)
へば
煤
(
すす
)
だらけの
柴屋
(
しばや
)
がある
丈
(
だけ
)
です』
135
弥次彦
『イヤーその
柴屋
(
しばや
)
で
結構
(
けつこう
)
だ。
136
しかし
随分
(
ずゐぶん
)
燻
(
くす
)
ぼるだらうなア』
137
お竹
『
下
(
した
)
で
御飯
(
ごぜん
)
を
焚
(
た
)
いたりお
茶
(
ちや
)
を
沸
(
わか
)
したり
致
(
いた
)
しますから、
138
随分
(
ずゐぶん
)
天井
(
てんじやう
)
は
燻
(
くす
)
ぼりませう。
139
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
、
140
ソンナ
処
(
ところ
)
でお
泊
(
とま
)
りやしたら
狸
(
たぬき
)
と
間違
(
まちが
)
へられますぜ。
141
オホヽヽヽヽヽ』
142
弥次彦
『イヤー
狸
(
たぬき
)
でも
狐
(
きつね
)
でも
構
(
かま
)
はぬ、
143
一夜
(
いちや
)
明
(
あ
)
かせば
良
(
よ
)
いのだ。
144
ヤア
今晩
(
こんばん
)
の
宿舎
(
しゆくしや
)
は
是
(
これ
)
で
解決
(
かいけつ
)
がついた。
145
オイ
与太彦
(
よたひこ
)
、
146
此処
(
ここ
)
だ
此処
(
ここ
)
だ、
147
宿屋
(
やどや
)
が
極
(
きま
)
つた。
148
ヤアー
何処
(
どこ
)
へ
行
(
ゆ
)
きよつた、
149
狼狽者
(
あわてもの
)
だなア。
150
与太公
(
よたこう
)
の
奴
(
やつ
)
大勢
(
おほぜい
)
の
人
(
ひと
)
に
紛
(
まぎ
)
れて
俺
(
おれ
)
の
談判
(
だんぱん
)
が
分
(
わか
)
らなかつたと
見
(
み
)
えるワイ。
151
オイお
竹
(
たけ
)
、
152
俺
(
おれ
)
の
連
(
つれ
)
の
与太彦
(
よたひこ
)
を
呼
(
よ
)
んで
来
(
き
)
て
呉
(
くれ
)
ないか』
153
お竹
『この
町
(
まち
)
は
小
(
ちひ
)
さい
町
(
まち
)
でございますから、
154
いづれ
向
(
むか
)
ふまで
行
(
い
)
つて
家
(
いへ
)
が
無
(
な
)
くなつたら、
155
又
(
また
)
こちら
側
(
がは
)
を
尋
(
たづ
)
ねて
帰
(
かへ
)
つて
来
(
こ
)
られませうから、
156
マア
渋茶
(
しぶちや
)
でも
飲
(
の
)
んでゆつくり
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
て
下
(
くだ
)
さいナ』
157
弥次彦
『ヤア
与太公
(
よたこう
)
どうだつた。
158
これがお
竹
(
たけ
)
様
(
さま
)
のお
館
(
やかた
)
だ。
159
今晩
(
こんばん
)
はここで
御
(
ご
)
宿泊
(
しゆくはく
)
だ』
160
与太彦
(
よたひこ
)
『ヨー、
161
ナントお
粗末
(
そまつ
)
……ぢやない
結構
(
けつこう
)
なお
家
(
うち
)
だ。
162
ヤアお
竹
(
たけ
)
サン、
163
私
(
わたし
)
の
顔
(
かほ
)
を
知
(
し
)
つてますか。
164
十
(
じふ
)
年
(
ねん
)
の
昔
(
むかし
)
牛部屋
(
うしべや
)
から
忍
(
しの
)
び
込
(
こ
)
んだ
時
(
とき
)
、
165
コーンと
臂鉄
(
ひじてつ
)
を
食
(
く
)
はせましたなア、
166
覚
(
おぼ
)
えてますか』
167
お竹
『オホヽヽヽヽ、
168
人
(
ひと
)
が
聞
(
き
)
いてますよ、
169
ソンナ
見
(
み
)
つともない
事
(
こと
)
を
仰
(
おつ
)
しやいますな。
170
マア
裏
(
うら
)
で
緩
(
ゆつ
)
くりと
一服
(
いつぷく
)
して
居
(
を
)
つて
下
(
くだ
)
さい。
171
柴屋
(
しばや
)
を
片付
(
かたづ
)
けましてお
休
(
やす
)
み
場所
(
ばしよ
)
を
拵
(
こしら
)
へますまで』
172
弥次彦
『アーお
前
(
まへ
)
の
云
(
い
)
ふ
通
(
とほ
)
り
小
(
ちひ
)
さい
家
(
うち
)
に
似合
(
にあは
)
ぬ
沢山
(
たくさん
)
なお
客様
(
きやくさま
)
だなア。
173
アーこれがお
前
(
まへ
)
の
母親
(
ははおや
)
か、
174
頭
(
あたま
)
の
光
(
ひか
)
つたお
爺様
(
ぢいさん
)
がござるな。
175
ヤア
結構
(
けつこう
)
々々
(
けつこう
)
、
176
年
(
とし
)
がよつて
達者
(
たつしや
)
なのは
何
(
なに
)
よりだ』
177
お竹
『
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
、
178
どうぞ
此方
(
こなた
)
と
裏
(
うら
)
に
休
(
やす
)
んで
居
(
ゐ
)
て
下
(
くだ
)
さいませ』
179
弥次彦
『ヨシヨシ。
180
オイ
与太彦
(
よたひこ
)
、
181
表
(
おもて
)
は
随分
(
ずゐぶん
)
穢苦
(
むさくる
)
しい
穢
(
きたな
)
い
家
(
うち
)
だが、
182
裏
(
うら
)
へ
廻
(
まは
)
ると
立派
(
りつぱ
)
な
家
(
うち
)
があるぢやないか。
183
マア、
184
ここで
緩
(
ゆつ
)
くりと
一服
(
いつぷく
)
しようかい。
185
ウーン
床
(
とこ
)
の
間
(
ま
)
の
飾
(
かざ
)
りと
云
(
い
)
ひ、
186
欄間
(
らんま
)
と
云
(
い
)
ひ、
187
書院
(
しよゐん
)
の
工合
(
ぐあひ
)
やら
何
(
なに
)
から
何
(
なに
)
まで、
188
到底
(
たうてい
)
俺
(
おれ
)
の
処
(
とこ
)
の
座敷
(
ざしき
)
に
比
(
くら
)
べて、
189
幾層倍
(
いくそうばい
)
上等
(
じやうとう
)
かも
知
(
し
)
れない。
190
お
竹
(
たけ
)
の
奴
(
やつ
)
随分
(
ずゐぶん
)
持
(
も
)
つてけつかるのだらう。
191
表
(
おもて
)
を
立派
(
りつぱ
)
にすると
税金
(
ぜいきん
)
がかかるものだから、
192
コンナ
陋
(
きたな
)
い
見
(
み
)
すぼらしい
家
(
いへ
)
を
建
(
た
)
てよつて、
193
裏
(
うら
)
には
立派
(
りつぱ
)
な
亭座敷
(
ちんざしき
)
を
建
(
た
)
てて
居
(
ゐ
)
よる、
194
抜
(
ぬ
)
かりの
無
(
な
)
い
奴
(
やつ
)
だ。
195
今
(
いま
)
の
人間
(
にんげん
)
は
表
(
おもて
)
を
飾
(
かざ
)
つて
裏
(
うら
)
へ
這入
(
はい
)
れば
皆
(
みな
)
我楽多
(
がらくた
)
計
(
ばか
)
りだが、
196
お
竹
(
たけ
)
の
奴
(
やつ
)
長
(
なが
)
らく
俺
(
おれ
)
の
処
(
とこ
)
で
修行
(
しうぎやう
)
をしたお
蔭
(
かげ
)
で、
197
表
(
おもて
)
は
陋
(
きたな
)
く
内心
(
ないしん
)
はこの
通
(
とほ
)
り
立派
(
りつぱ
)
にやつてけつかるのだらう、
198
感心
(
かんしん
)
だ
感心
(
かんしん
)
だ。
199
コンナ
結構
(
けつこう
)
な
座敷
(
ざしき
)
になぜ
給仕人
(
きふじにん
)
を
置
(
お
)
いて
置
(
お
)
かぬのだらう。
200
オイ
手
(
て
)
を
叩
(
たた
)
いて
御
(
お
)
茶
(
ちや
)
でも
持
(
も
)
て
来
(
こ
)
いと
命
(
めい
)
ずるかなア、
201
与太彦
(
よたひこ
)
』
202
与太彦
『ホントウに
感心
(
かんしん
)
だ、
203
これだから
人
(
ひと
)
の
出世
(
しゆつせ
)
は
分
(
わか
)
らぬと
云
(
い
)
ふのだよ。
204
余
(
あま
)
り
人
(
ひと
)
は
零落
(
おちぶれ
)
たと
云
(
い
)
ふて
侮
(
あなど
)
るものぢやないぞ』
205
弥次彦
(
やじひこ
)
はやたらに
手
(
て
)
を
叩
(
たた
)
き、
206
弥次彦
『オーイ、
207
お
茶
(
ちや
)
だお
茶
(
ちや
)
だ』
208
白髪
(
はくはつ
)
の
老人
(
らうじん
)
一人
(
ひとり
)
若
(
わか
)
い
男
(
をとこ
)
を
伴
(
ともな
)
ひ
来
(
きた
)
り、
209
ギロギロとした
目
(
め
)
を
剥
(
む
)
きながら、
210
老人
『お
前
(
まへ
)
たちは
何処
(
どこ
)
の
方
(
かた
)
だい、
211
俺
(
わし
)
の
処
(
とこ
)
の
離
(
はな
)
れ
座敷
(
ざしき
)
に
断
(
ことわ
)
りもなく
侵入
(
しんにふ
)
して
何
(
なに
)
をして
居
(
ゐ
)
るのだ。
212
家宅
(
かたく
)
侵入罪
(
しんにふざい
)
で
訴
(
うつた
)
へようか』
213
弥次彦
『ヤアお
爺様
(
ぢいさん
)
、
214
能
(
よ
)
く
洒落
(
しやれ
)
るなア。
215
俺
(
おれ
)
はお
前
(
まへ
)
ん
処
(
とこ
)
の
娘
(
むすめ
)
のお
竹
(
たけ
)
の
主人
(
しゆじん
)
だよ』
216
老人
『
私処
(
わしとこ
)
にお
竹
(
たけ
)
と
云
(
い
)
ふ
者
(
もの
)
は
居
(
を
)
らぬ。
217
お
竹
(
たけ
)
の
家
(
うち
)
はその
前
(
まへ
)
の
小
(
ちつ
)
ぽけな
家
(
うち
)
だぞ』
218
弥次彦
『ヤアー、
219
さうすると
此処
(
ここ
)
の
家
(
うち
)
はお
竹
(
たけ
)
の
家
(
うち
)
ぢやないのか、
220
それなら
何故
(
なぜ
)
垣
(
かき
)
をして
置
(
お
)
かないのか、
221
お
竹
(
たけ
)
が
裏
(
うら
)
で
休
(
やす
)
めと
云
(
い
)
ふから、
222
気
(
き
)
の
利
(
き
)
いた
座敷
(
ざしき
)
だと
思
(
おも
)
つて
一寸
(
ちよつと
)
一服
(
いつぷく
)
して
居
(
を
)
つたのだ』
223
老人
『ハハーお
前
(
まへ
)
たちは
間違
(
まちが
)
へて
這入
(
はい
)
つたのだなア、
224
仕方
(
しかた
)
がない
早
(
はや
)
う
出
(
で
)
て
下
(
くだ
)
さい。
225
オイ
長松
(
ちやうまつ
)
、
226
塩
(
しほ
)
を
持
(
も
)
つて
来
(
こ
)
い。
227
大切
(
たいせつ
)
な
座敷
(
ざしき
)
へ
裏
(
うら
)
からノコノコと
這入
(
はい
)
つて
来
(
き
)
よつて、
228
ここは
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
のお
座敷
(
ざしき
)
だ。
229
俺
(
わし
)
さへ
此処
(
ここ
)
へ
来
(
く
)
るのには、
230
水
(
みづ
)
をかぶらな
這入
(
はい
)
らぬ
座敷
(
ざしき
)
をば、
231
泥塗
(
どろまぶ
)
れの
足
(
あし
)
で
上
(
あが
)
りよつて
怪
(
け
)
しからぬ
奴
(
やつ
)
だ』
232
弥次彦
『ヤアお
爺様
(
ぢいさん
)
これは
失敬
(
しつけい
)
、
233
オイ
与太公
(
よたこう
)
、
234
長居
(
ながゐ
)
は
恐
(
おそ
)
れだ。
235
退却
(
たいきやく
)
々々
(
たいきやく
)
』
236
お
竹
(
たけ
)
は、
237
お竹
『モシモシ
旦那
(
だんな
)
さま、
238
何処
(
どこ
)
へ
行
(
い
)
つてゐらつしやいました、
239
最前
(
さいぜん
)
から
心配
(
しんぱい
)
をして、
240
そこらを
尋
(
たづ
)
ねて
居
(
を
)
りました。
241
仕度
(
したく
)
が
出来
(
でき
)
ましたから、
242
どうぞ
柴屋
(
しばや
)
へ
上
(
あが
)
つて
下
(
くだ
)
さいませ』
243
弥次彦
『ヤア、
244
それは
有難
(
ありがた
)
い、
245
案内
(
あんない
)
して
呉
(
く
)
れ』
246
お竹
『サア、
247
ここに
梯子
(
はしご
)
が
掛
(
か
)
けてございます、
248
ここからトントンとお
上
(
あが
)
り
下
(
くだ
)
さいませ。
249
沢山
(
たくさん
)
柴
(
しば
)
が
詰
(
つ
)
めてありますが、
250
お
二人
(
ふたり
)
様
(
さま
)
位
(
くらゐ
)
はどうなつと
休
(
やす
)
めませう』
251
弥次彦
『アヽ、
252
仕方
(
しかた
)
が
無
(
な
)
い。
253
ヤア
有
(
あ
)
り
難
(
がた
)
う。
254
与太公
(
よたこう
)
二階
(
にかい
)
へ
上
(
あが
)
つて
休息
(
きうそく
)
しようかなア』
255
とビヨビヨした
危
(
あぶな
)
い
虫食
(
むしく
)
ひだらけの
梯子
(
はしご
)
を
恐々
(
こわごわ
)
上
(
のぼ
)
つて
行
(
ゆ
)
く。
256
弥次彦
『サア、
257
マー
是
(
これ
)
で
一安心
(
ひとあんしん
)
だ、
258
煤
(
すす
)
だらけだな。
259
しかしマア
外
(
そと
)
で
寝
(
ね
)
て
居
(
ゐ
)
るより
優
(
まし
)
かい。
260
能
(
よ
)
く
燻
(
くす
)
ぼる
家
(
うち
)
だなア。
261
クシャンクシャン。
262
アー
目
(
め
)
が
痛
(
いた
)
い』
263
与太彦
『ともかく
今晩
(
こんばん
)
の
宿
(
やど
)
が
定
(
さだ
)
まりまして
弥次彦
(
やじひこ
)
さまにもお
目痛
(
めいた
)
うございます、
264
ウフヽヽヽ』
265
弥次彦
『
洒落
(
しやれ
)
どころか、
266
アタけぶたいのに』
267
与太彦
(
よたひこ
)
は
柴
(
しば
)
を
枕
(
まくら
)
にコロリと
横
(
よこ
)
になる。
268
弥次彦
(
やじひこ
)
は
下
(
した
)
を
眺
(
なが
)
めて、
269
大勢
(
おほぜい
)
の
者
(
もの
)
の
飯
(
めし
)
を
焚
(
た
)
き
茶
(
ちや
)
を
沸
(
わ
)
かし、
270
右往
(
うわう
)
左往
(
さわう
)
する
様
(
さま
)
をヂツと
見下
(
みおろ
)
して
居
(
ゐ
)
た。
271
お
竹
(
たけ
)
の
母親
(
ははおや
)
と
見
(
み
)
えて、
272
渋紙
(
しぶかみ
)
のやうな
顔
(
かほ
)
した
頭
(
あたま
)
の
禿
(
は
)
げた
婆々
(
ばばあ
)
は、
273
真
(
ま
)
つ
黒
(
くろ
)
けの
垢
(
あか
)
だらけの
手
(
て
)
を
出
(
だ
)
し、
274
黒
(
くろ
)
い
杓子
(
しやくし
)
で
鍋
(
なべ
)
から
飯
(
めし
)
を
左
(
ひだり
)
の
手
(
て
)
のひらに
載
(
の
)
せ、
275
杓子
(
しやくし
)
を
下
(
した
)
におろし、
276
右
(
みぎ
)
の
手
(
て
)
で
洟
(
みづばな
)
をツンとかみ、
277
手
(
て
)
の
甲
(
かふ
)
にて
洟
(
はな
)
をこすり、
278
飯
(
めし
)
をクネクネと
握
(
にぎ
)
つて
居
(
ゐ
)
る。
279
一
(
ひと
)
つ
握
(
にぎ
)
つては
笊
(
ざる
)
の
中
(
なか
)
へ
放
(
ほ
)
り
込
(
こ
)
み、
280
一
(
ひと
)
つ
握
(
にぎ
)
つては
笊
(
ざる
)
の
中
(
なか
)
に
投
(
ほ
)
り
込
(
こ
)
み、
281
見
(
み
)
る
間
(
ま
)
に
二十
(
にじふ
)
許
(
ばか
)
り
三角形
(
さんかくがた
)
の
握
(
にぎ
)
り
飯
(
めし
)
を
固
(
かた
)
めて
了
(
しま
)
ひ、
282
婆(お竹の母)
『モシモシ
二階
(
にかい
)
のお
客
(
きやく
)
さま、
283
そこに
黒
(
くろ
)
い
綱
(
つな
)
があるだらう、
284
綱
(
つな
)
の
先
(
さき
)
に
柴
(
しば
)
を
吊
(
つ
)
り
上
(
あげ
)
る
鈎
(
かぎ
)
が
付
(
つ
)
いて
居
(
ゐ
)
るから、
285
それをスルスルと
下
(
おろ
)
して
下
(
くだ
)
さい、
286
握
(
にぎ
)
りマンマをあげます』
287
弥次彦
『お
婆様
(
ばあさん
)
、
288
是
(
これ
)
かなア』
289
と
云
(
い
)
ひながら
鈎
(
かぎ
)
の
付
(
つ
)
いた
黒
(
くろ
)
い
綱
(
つな
)
をツルツルとおろした。
290
婆々
(
ばばあ
)
は
笊
(
ざる
)
を
十文字
(
じふもんじ
)
に
縛
(
しば
)
り、
291
その
中央
(
まんなか
)
に
鈎
(
かぎ
)
を
引
(
ひつ
)
かけ、
292
お竹の母
『サアサアこれを
上
(
うへ
)
へ
釣
(
つ
)
り
上
(
あ
)
げて
腹
(
はら
)
一
(
いつ
)
ぱい
上
(
あが
)
つて
下
(
くだ
)
さい。
293
お
茶
(
ちや
)
は
沸
(
わ
)
いたらまた
知
(
し
)
らすから
鈎
(
かぎ
)
をおろして
下
(
くだ
)
され、
294
土瓶
(
どびん
)
を
引
(
ひつ
)
かけてあげるから、
295
又
(
また
)
ツルツルと
上
(
うへ
)
へ
上
(
あ
)
げるのだよ』
296
弥次彦
『オイ
与太彦
(
よたひこ
)
、
297
握
(
にぎ
)
り
飯
(
めし
)
だ。
298
腹
(
はら
)
が
減
(
へ
)
つただらう、
299
シコタマ
頂戴
(
ちやうだい
)
せぬか』
300
与太彦
『
有難
(
ありがた
)
いなア、
301
天道
(
てんだう
)
は
人
(
ひと
)
を
殺
(
ころ
)
さず、
302
弁当
(
べんたう
)
は
人
(
ひと
)
を
助
(
たす
)
ける。
303
今晩
(
こんばん
)
は
宿屋
(
やどや
)
がなくて
飯
(
めし
)
も
頂
(
いただ
)
けまいと
思
(
おも
)
うて
居
(
ゐ
)
たのに、
304
これはマー
結構
(
けつこう
)
な
事
(
こと
)
だ。
305
オー
沢山
(
たくさん
)
な
握
(
にぎ
)
り
飯
(
めし
)
だなア、
306
偉
(
えら
)
う
黒
(
くろ
)
いのと
白
(
しろ
)
いのと
有
(
あ
)
るぢやないか』
307
弥次彦
『ソラ
極
(
きま
)
つた
事
(
こと
)
だよ、
308
初
(
はじめ
)
に
握
(
にぎ
)
つた
奴
(
やつ
)
は
黒
(
くろ
)
いに
極
(
きま
)
つて
居
(
を
)
るわ、
309
白
(
しろ
)
い
奴
(
やつ
)
から
食
(
く
)
うたらよからう』
310
与太彦
(
よたひこ
)
、
311
一
(
ひと
)
つカブツて、
312
与太彦
『ヤア
弥次彦
(
やじひこ
)
、
313
塩
(
しほ
)
加減
(
かげん
)
が
良
(
よ
)
いぜ、
314
お
前
(
まへ
)
も
一
(
ひと
)
つ
食
(
く
)
つたらどうだ』
315
弥次彦
『イヤ
今日
(
けふ
)
は
余
(
あま
)
り
草臥
(
くたびれ
)
て
胸脹
(
むなぶく
)
れがして
飯
(
めし
)
は
厭
(
いや
)
だ。
316
与太公
(
よたこう
)
ヨバレテ
仕舞
(
しま
)
へ』
317
与太彦
『ホントウにお
前
(
まへ
)
いいのか、
318
それなら
済
(
す
)
まぬがお
前
(
まへ
)
の
代理
(
だいり
)
に
二人前
(
ににんまへ
)
失敬
(
しつけい
)
しようかい。
319
ヤア
色
(
いろ
)
は
黒
(
くろ
)
いが
塩
(
しほ
)
加減
(
かげん
)
が
良
(
よ
)
いわ、
320
ネンバリとして
何
(
なん
)
とも
云
(
い
)
へぬ
味
(
あぢ
)
だよ。
321
この
辺
(
へん
)
の
米
(
こめ
)
はよつぽど
性
(
たち
)
がよいと
見
(
み
)
えるナア』
322
と
云
(
い
)
ひながら
黒
(
くろ
)
いのを
二
(
ふた
)
つ
残
(
のこ
)
し
全部
(
ぜんぶ
)
平
(
たひら
)
げて
仕舞
(
しま
)
つた。
323
弥次彦
『アハヽヽヽ、
324
味
(
うま
)
かつたか、
325
塩
(
しほ
)
加減
(
かげん
)
が
良
(
よ
)
かつただらう。
326
その
筈
(
はず
)
だ、
327
俺
(
おれ
)
がかうして
下
(
した
)
を
覗
(
のぞ
)
いて
居
(
を
)
ると、
328
渋紙
(
しぶかみ
)
の
様
(
やう
)
な、
329
頭
(
あたま
)
の
禿
(
は
)
げた、
330
穢
(
きたな
)
い
婆々
(
ばばあ
)
が
真
(
ま
)
つ
黒
(
くろ
)
な
手
(
て
)
を
出
(
だ
)
して、
331
鍋
(
なべ
)
の
中
(
なか
)
ヘグサツと
手
(
て
)
を
突
(
つ
)
き
込
(
こ
)
んではグツと
握
(
にぎ
)
り、
332
洟
(
みづばな
)
を
垂
(
た
)
らしては
手洟
(
てばな
)
をかみ、
333
握
(
にぎ
)
り
固
(
かた
)
めたのだもの、
334
塩
(
しほ
)
加減
(
かげん
)
のよいのは
婆々
(
ばばあ
)
の
洟汁
(
はなしる
)
が
混
(
まぢ
)
つて
居
(
ゐ
)
るからだよ。
335
アハヽヽヽ』
336
与太彦
『ペツペツ、
337
エー
気分
(
きぶん
)
の
悪
(
わる
)
い、
338
何
(
なん
)
だかムカツイテ
来
(
き
)
た。
339
オイ
弥次彦
(
やじひこ
)
、
340
茶
(
ちや
)
でも
請求
(
せいきう
)
して
呉
(
く
)
れないか、
341
一
(
いつ
)
ペん
腹
(
はら
)
の
洗濯
(
せんたく
)
でもせないと、
342
喉
(
のど
)
がニチヤクチヤして
気分
(
きぶん
)
が
悪
(
わる
)
い』
343
弥次彦
『オーさうだらう。
344
モシモシお
婆
(
ばあ
)
サン、
345
鈎
(
かぎ
)
を
下
(
お
)
ろすからお
茶
(
ちや
)
を
下
(
くだ
)
さいなア』
346
婆(お竹の母)
『その
綱
(
つな
)
を
確
(
し
)
つかりと
持
(
も
)
つて
居
(
ゐ
)
なされや、
347
途中
(
とちう
)
で
放
(
はな
)
して
貰
(
もら
)
うと、
348
下
(
した
)
に
居
(
ゐ
)
る
婆々
(
ばばあ
)
が
煮
(
に
)
え
茶
(
ちや
)
を
被
(
かぶ
)
るから』
349
土瓶
(
どびん
)
に
真
(
ま
)
つ
黒
(
くろ
)
の
茶
(
ちや
)
を
一
(
いつ
)
ぱいもつて
鈎
(
かぎ
)
にかけた。
350
弥次彦
(
やじひこ
)
はツルツルと
引上
(
ひきあ
)
げた。
351
弥次彦
『サア
与太彦
(
よたひこ
)
、
352
ナンボなと
飲
(
の
)
んだり
飲
(
の
)
んだり』
353
与太彦
『
飲
(
の
)
まいでかい、
354
腹
(
はら
)
の
洗濯
(
せんたく
)
だもの』
355
と
云
(
い
)
ひながら
土瓶
(
どびん
)
に
一
(
いつ
)
ぱいの
茶
(
ちや
)
をコロリと
空
(
あ
)
けて
仕舞
(
しま
)
つた。
356
弥次彦
『オイオイ、
357
お
前
(
まへ
)
ばかり
飲
(
の
)
んで
居
(
を
)
つて
俺
(
おれ
)
にも
一杯
(
いつぱい
)
飲
(
の
)
まさぬかい』
358
与太彦
『もう
仕舞
(
しまひ
)
だ、
359
マア
一杯
(
いつぱい
)
請求
(
せいきう
)
して
呉
(
く
)
れないか』
360
弥次彦
『
能
(
よ
)
う
茶
(
ちや
)
を
食
(
く
)
らふ
親仁
(
おやぢ
)
だなア。
361
モシモシお
婆
(
ばあ
)
サン、
362
もう
一杯
(
いつぱい
)
お
茶
(
ちや
)
を
下
(
くだ
)
さらぬか』
363
下
(
した
)
には
禿頭
(
はげあたま
)
の
爺
(
おやぢ
)
と
婆
(
ばば
)
、
364
その
他
(
た
)
お
竹
(
たけ
)
の
兄弟
(
きやうだい
)
五六
(
ごろく
)
人
(
にん
)
、
365
沢山
(
たくさん
)
のお
客様
(
きやくさま
)
に
握
(
にぎ
)
り
飯
(
めし
)
を
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
拵
(
こしら
)
へて
居
(
ゐ
)
る。
366
弥次彦
(
やじひこ
)
は
鈎
(
かぎ
)
に
土瓶
(
どびん
)
を
引
(
ひ
)
つかけ、
367
ツルツルと
下
(
おろ
)
した
途端
(
とたん
)
に、
368
禿頭
(
はげあたま
)
の
爺
(
おやぢ
)
の
額口
(
ひたひぐち
)
にコツンと
当
(
あた
)
つた。
369
弥次彦
(
やじひこ
)
は
吃驚
(
びつくり
)
して
土瓶
(
どびん
)
の
綱
(
つな
)
を
俄
(
にはか
)
に
手繰
(
たぐ
)
り
上
(
あ
)
げる。
370
爺(お竹の父)
『ヤア
怪体
(
けたい
)
な
事
(
こと
)
が
有
(
あ
)
るものぢや、
371
土瓶
(
どびん
)
の
奴
(
やつ
)
俺
(
おれ
)
の
頭
(
あたま
)
を
蹴
(
け
)
りよつて
逸早
(
いちはや
)
く
天上
(
てんじやう
)
して
仕舞
(
しま
)
つた。
372
化物
(
ばけもの
)
だらうかなア』
373
婆(お竹の母)
『
爺
(
ぢい
)
さまの
薬鑵頭
(
やくわんあたま
)
を
土瓶
(
どびん
)
が
蹴
(
け
)
るのは
当
(
あた
)
り
前
(
まへ
)
だよ。
374
たとへ
土瓶
(
どびん
)
が
天上
(
てんじやう
)
位
(
くらゐ
)
したつて
何
(
なに
)
も
不思議
(
ふしぎ
)
ぢやない。
375
今朝
(
けさ
)
も
婆々
(
ばばあ
)
が
見
(
み
)
て
居
(
を
)
れば
門前
(
かど
)
を
葱
(
ねぶか
)
の
浄瑠璃
(
じやうるり
)
語
(
かた
)
りや、
376
大根
(
だいこん
)
の
役者
(
やくしや
)
が
通
(
とほ
)
つた。
377
土瓶
(
どびん
)
の
天上
(
てんじやう
)
位
(
くらゐ
)
は
別
(
べつ
)
に
不思議
(
ふしぎ
)
な
事
(
こと
)
は
無
(
な
)
いわいなア』
378
又
(
また
)
もや
土瓶
(
どびん
)
は
柴屋
(
しばや
)
からツルツルと
下
(
お
)
りて
来
(
き
)
た。
379
お
竹
(
たけ
)
『ヤア
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
が
大変
(
たいへん
)
喉
(
のど
)
を
乾
(
かわ
)
かして
御座
(
ござ
)
ると
見
(
み
)
える、
380
充分
(
じうぶん
)
入
(
い
)
れて
上
(
あ
)
げて
下
(
くだ
)
されな』
381
婆
(
ばば
)
は、
382
婆(お竹の母)
『ヨシヨシ』
383
と
云
(
い
)
ひながら
飯
(
めし
)
のついた
手
(
て
)
で
杓
(
しやく
)
を
握
(
にぎ
)
り、
384
土瓶
(
どびん
)
に
酌
(
く
)
み
再
(
ふたた
)
び
鈎
(
かぎ
)
に
掛
(
か
)
けた。
385
土瓶
(
どびん
)
は
忽
(
たちま
)
ち
天井
(
てんじやう
)
に
姿
(
すがた
)
を
隠
(
かく
)
した。
386
(
大正一一・三・二一
旧二・二三
岩田久太郎
録)
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