霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一五章 愚恋(ぐれん)〔一四〇一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第54巻 真善美愛 巳の巻 篇:第4篇 関所の玉石 よみ(新仮名遣い):せきしょのぎょくせき
章:第15章 愚恋 よみ(新仮名遣い):ぐれん 通し章番号:1401
口述日:1923(大正12)年02月23日(旧01月8日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年3月26日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
八衢の関所にトボトボとやってきた一人の男は赤と白の守衛に呼び止められた。男は主人の娘と心中して自分だけが命を落とした六助という男だった。六助は自分のもてぶりを自慢し、悪びれもせずに審判庭内に入って行った。
次にやってきたのは、六助と心中した鎌子という女の精霊で、これはまだ現界に肉体があるが精霊だけが中有界にやってきたのだった。守衛たちは不貞の罪を責めたが、鎌子は弁舌をふるって守衛たちに反論し、元の肉体に帰って行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-04-13 18:00:42 文字数:5118 OBC :rm5415
愛善世界社版:181頁 八幡書店版:第9輯 686頁 修補版: 校定版:183頁 普及版:84頁 初版: ページ備考:
派生[?]この文献を底本として書かれたと思われる文献です。[×閉じる]:出口王仁三郎著作集 > 第二巻 変革と平和 > 第三部 『霊界物語』の思想 > 愚恋
001 晴曇(せいどん)常(つね)なき晩秋(ばんしう)の空(そら)、002冷(つめ)たき風(かぜ)に裳裾(もすそ)をあふられて、003トボトボとやつて来(き)た一人(ひとり)の男(をとこ)がある。004ここはブルガリオの八衢(やちまた)の関所(せきしよ)である。005例(れい)の如(ごと)く白赤(しろあか)二人(ふたり)の守衛(しゆゑい)が厳然(げんぜん)と門(もん)に立(た)つてゐた。006一人(ひとり)の男(をとこ)は何気(なにげ)なく此(この)門(もん)を潜(くぐ)らむとした。007赤(あか)の守衛(しゆゑい)は、
008赤(あか)『旅人(たびびと)暫(しばら)く待(ま)てツ』
009と呼(よ)びとめた。010男(をとこ)は立止(たちど)まつて、
011男(をとこ)(六助)『ハイ、012何(なん)ぞ用(よう)で厶(ござ)いますか』
013赤(あか)『其(その)方(はう)は何者(なにもの)だ。014そして姓名(せいめい)を名乗(なの)れ』
015男(をとこ)(六助)『ハイ、016私(わたし)は自動車(じどうしや)の運転手(うんてんしゆ)で六助(ろくすけ)と申(まを)します』
017赤(あか)『あの有名(いうめい)なカウンテスの悪川(あしかは)鎌子(かまこ)の情夫(じやうふ)だな』
018六助(ろくすけ)『左様(さやう)で厶(ござ)います、019それが又(また)何(なん)と致(いた)しましたか、020別(べつ)に貴方(あなた)方(がた)にお咎(とがめ)を蒙(かうむ)る理由(りいう)は毛頭(まうとう)厶(ござ)いませぬがな』
021赤(あか)『其(その)方(はう)はここを何処(どこ)と心得(こころえ)て居(を)る』
022六助(ろくすけ)『現界(げんかい)でもなければ、023霊界(れいかい)でもなし、024死(し)んだやうにも思(おも)ひますし、025死(し)んでゐないやうだし、026つまり五里(ごり)霧中(むちゆう)に逍(さま)よつて居(を)ります。027併(しか)し乍(なが)ら此(この)途中(とちう)で妙(めう)な歌(うた)を聞(き)きましたので、028ヤツパリ死(し)んだのではあるまいかと考(かんが)へます』
029赤(あか)『どんな歌(うた)を聞(き)いたのだ、030ここで一(ひと)つ言(い)つて見(み)よ』
031六助(ろくすけ)『ハイ、032何卒(どうぞ)お笑(わら)ひ下(くだ)さいませぬやうに、033判然(はつきり)は覚(おぼ)えてゐませぬが、034あの歌(うた)によると何(ど)うやら死(し)んだやうで厶(ござ)います。035そして愛人(あいじん)の鎌子(かまこ)は後(あと)に残(のこ)つてるやうな気(き)が致(いた)します』
036赤(あか)『愛人(あいじん)の事(こと)を尋(たづ)ねて居(ゐ)るのでない、037歌(うた)を聞(き)かせといふのだ』
038六助(ろくすけ)『ハイ、039先(ま)づザツと左(さ)の次第(しだい)で厶(ござ)います。
 
040 命(いのち)からるる鎌子(かまこ)ぞと
041 知(し)らぬが仏(ほとけ)の六助(ろくすけ)を
042 犬死(いぬじ)にさせたは誰(たれ)が罪(つみ)
043 親馬鹿(おやばか)子馬鹿(こばか)に亭主(ていしゆ)馬鹿(ばか)
 
044といふ様(やう)な歌(うた)で厶(ござ)いました』
045赤(あか)『親馬鹿(おやばか)、046子馬鹿(こばか)に六助(ろくすけ)馬鹿(ばか)といふのだらう、047本当(ほんたう)にあつたら命(いのち)を棄(す)てて、048六(ろく)でもない事(こと)をする奴(やつ)だなア』
049六助(ろくすけ)『どうせ六助(ろくすけ)ですから、050六(ろく)な事(こと)は致(いた)しますまいて、051併(しか)しモ一(ひと)つふるつた奴(やつ)が厶(ござ)います。
 
052 死(し)なず共(とも)よいお前(まへ)は死(し)んで
053 死(し)なにやならない私(わし)や死(し)ねぬ
054 ホンに浮世(うきよ)は侭(まま)ならぬ
055 どしたら此(この)苦(く)が逃(のが)れようか
056 六助(ろくすけ)さまは嘸(さぞ)やさぞ
057 蓮華(れんげ)の花(はな)の台(うてな)にて
058 半座(はんざ)をわけて吾(わが)行(ゆ)くを
059 待(ま)つて厶(ござ)るであろ程(ほど)に
060 いやな亭主(ていしゆ)が介抱(かいはう)する
 
061といふ様(やう)な歌(うた)が道々(みちみち)聞(きこ)えて居(を)りましたよ。062六助(ろくすけ)鎌子(かまこ)と云(い)つたら、063大抵(たいてい)私(わたし)の事(こと)だらうと考(かんが)へて居(を)ります』
064赤(あか)『汝(きさま)は主人(しゆじん)の娘(むすめ)を左様(さやう)な事(こと)致(いた)して何(なん)とも責任(せきにん)を感(かん)じないのか』
065六助(ろくすけ)『決(けつ)して私(わたし)は悪(わる)い事(こと)だとは思(おも)ひませぬ。066双方(さうはう)納得(なつとく)の上(うへ)、067而(しか)も女(をんな)の方(はう)から熱烈(ねつれつ)なる情波(じやうは)を送(おく)られ、068ラブの雨(あめ)を誕生(たんじやう)の釈迦(しやか)さま程(ほど)浴(あ)びせかけられ、069止(や)むを得(え)ず……でもなく、070ヘヘヘヘヘ、071つい嬉(うれ)しい仲(なか)になりました。072併(しか)し乍(なが)ら現代(げんだい)は比較(ひかく)的(てき)愚物(ぐぶつ)が多(おほ)いので、073……カウンテスに自動車(じどうしや)の運転手(うんてんしゆ)などがラブ関係(くわんけい)を結(むす)ぶとは怪(け)しからぬ……などと、074法界(はふかい)悋気(りんき)を致(いた)すので、075一層(いつそ)の事(こと)第二(だいに)の世界(せかい)を求(もと)めて、076両人(りやうにん)仲能(なかよ)く理想(りさう)生活(せいくわつ)を営(いとな)まむが為(ため)、077情死(じやうし)を致(いた)した所(ところ)、078どうやら鎌子(かまこ)は後(あと)に残(のこ)つた様(やう)な塩梅(あんばい)で厶(ござ)います。079イー、080何時(いつ)頃(ごろ)鎌子(かまこ)が此処(ここ)へ来(く)るでせうか。081お手数(てすう)をかけますが、082一寸(ちよつと)生死簿(せいしぼ)をくつて下(くだ)さいますまいか』
083赤(あか)『汝(きさま)は世間(せけん)を恥(は)づかしいとは思(おも)はぬか』
084六助(ろくすけ)『決(けつ)して恥(は)づかしとは思(おも)ひませぬ、085男(をとこ)として是(こ)れ位(くらゐ)名誉(めいよ)はないと心得(こころえ)てゐます。086よく考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい。087貴族(きぞく)だとか、088門閥(もんばつ)だとか、089富豪(ふうがう)だとか、090人為(じんゐ)的(てき)の階級(かいきふ)を楯(たて)に取(と)り威張(ゐば)り散(ち)らしてる、091一方(いつぱう)には没分暁漢(わからずや)があり、092驕慢(けうまん)不遜(ふそん)の奴(やつ)があり、093一方(いつぱう)には泥坊(どろばう)にも等(ひと)しき上流(じやうりう)社会(しやくわい)を、094一生(いつしやう)懸命(けんめい)に尊敬(そんけい)し、095一文(いちもん)の御(ご)厄介(やくかい)にもならぬ貴族(きぞく)に対(たい)して、096米搗(こめつき)バツタ宜(よろ)しく、097頭(あたま)を下(さ)げ腰(こし)を曲(ま)げ尾(を)をふり、098追従(つゐしよう)タラダラ至(いた)らざるなき愚痴(ぐち)妄眛(まうまい)の人間(にんげん)に対(たい)し、099一種(いつしゆ)の刺激剤(しげきざい)ともなり、100覚醒剤(かくせいざい)ともなり、101興奮剤(こうふんざい)ともなりませう。102決(けつ)して男女(だんぢよ)の関係(くわんけい)は権門(けんもん)や門閥(もんばつ)や財産(ざいさん)や地位(ちゐ)や古(ふる)き道徳(だうとく)に仍(よ)つて、103左右(さいう)し得(う)べきものでないと云(い)ふ標本(へうほん)を示(しめ)した犠牲者(ぎせいしや)で厶(ござ)いますから、104世間(せけん)の人間(にんげん)は、105……此(この)六助(ろくすけ)を男(をとこ)の中(なか)の男(をとこ)だ。106大丈夫(だいぢやうぶ)の典型(てんけい)だ。107ラブ・イズ・ベストの擁護者(ようごしや)だ。108貴族(きぞく)に対(たい)する警戒(けいかい)だ……と云(い)つて賞讃(しやうさん)してくれてるでせう。109今回(こんくわい)の六助(ろくすけ)の行動(かうどう)に依(よ)つて、110キツと社会(しやくわい)の亡者(まうじや)連(れん)も稍(やや)目(め)を醒(さ)ました事(こと)でせう。111貴族(きぞく)だつて、112平民(へいみん)だつて、113運転手(うんてんしゆ)だつて、114同(おな)じ人間(にんげん)です。115思想(しさう)観念(くわんねん)に決(けつ)して変(かは)りはありますまい。116それ故(ゆゑ)私(わたし)は暗黒(あんこく)なる社会(しやくわい)の光明(くわうみやう)となつた考(かんが)へで厶(ござ)います』
117赤(あか)『何(なん)とマア偉(えら)い権幕(けんまく)だなア。118余程(よほど)娑婆(しやば)の教育(けういく)も、119デモクラチツク化(くわ)したと見(み)えるワイ』
120六助(ろくすけ)『私(わたし)は恋愛(れんあい)に悩(なや)む世間(せけん)の男女(だんぢよ)の為(ため)に犠牲(ぎせい)になつたのです。121平民(へいみん)階級(かいきふ)の娘(むすめ)ならば少(すこ)し許(ばか)り自由(じいう)が利(き)きますが、122上流(じやうりう)階級(かいきふ)の娘(むすめ)と来(く)ると、123夫(そ)れは夫(そ)れは悲惨(ひさん)な者(もの)で厶(ござ)います。124上流(じやうりう)の娘(むすめ)の為(ため)に今(いま)迄(まで)閉(と)ざされたる天国(てんごく)の道(みち)を開鑿(かいさく)した大(だい)慈善者(じぜんしや)で厶(ござ)います』
125赤(あか)『兎(と)も角(かく)理窟(りくつ)は抜(ぬ)きにして、126主人(しゆじん)の娘(むすめ)と心中(しんちう)せむと致(いた)した其(その)行動(かうどう)は許(ゆる)す事(こと)が出来(でき)ぬ。127先(ま)づ気(き)の毒(どく)乍(なが)ら色欲道(しきよくだう)の地獄(ぢごく)へ行(ゆ)かねばなるまいぞ』
128六助(ろくすけ)『止(や)むに止(や)まれぬ破目(はめ)に陥(おちい)つて、129情死(じやうし)沙汰(ざた)迄(まで)引起(ひきおこ)したのは、130所謂(いはゆる)社会(しやくわい)の強迫(きやうはく)と暴虐(ばうぎやく)なる圧制(あつせい)に堪(た)へかねて決行(けつかう)したのですから、131そこはチツと御(ご)推量(すゐりやう)を願(ねが)ひたいものですな』
132赤(あか)『兎(と)も角(かく)伊吹戸主(いぶきどぬし)様(さま)の審判廷(しんぱんてい)で事情(じじやう)を申述(まをしの)べたがよからう。133サ、134奥(おく)へ通(とほ)れ、135社会(しやくわい)道徳(だうとく)の攪乱者(かくらんしや)奴(め)』
136と云(い)ひ乍(なが)ら、137ポンと尻(しり)を叩(たた)いて門内(もんない)へつつ込(こ)んだ。138六助(ろくすけ)は門内(もんない)にツと立止(たちど)まり、139目(め)をギヨロつかせ乍(なが)ら、140小声(こごゑ)になつて、
141六助(ろくすけ)『何(なん)とマア、142何処(どこ)へ行(い)つても没分暁漢(わからずや)の多(おほ)い事(こと)だなア。143八衢(やちまた)の守衛(しゆゑい)迄(まで)が俺(おれ)達(たち)のローマンスを羨望(せんばう)嫉妬(しつと)の余(あま)り、144ゴテつきやがる。145エエ、146これから審判廷(しんぱんてい)で滔々(たうたう)と公平(こうへい)な議論(ぎろん)をまくし立(た)て、147審判廷(しんぱんてい)の空気(くうき)を一洗(いつせん)してやらうかい』
148と云(い)ひ乍(なが)ら、149一方(いつぱう)の肩(かた)を高(たか)くし、150一方(いつぱう)の肩(かた)をさげ、151懐手(ふところで)し乍(なが)ら、152のそりのそりと進(すす)み行(ゆ)く。
153 面(かほ)に白粉(おしろい)をペツタリとつけ、154背(せ)の高(たか)い一寸(ちよつと)渋皮(しぶかは)の剥(む)けた二十四五(にじふしご)才(さい)と見(み)ゆる女(をんな)が、155シヨナシヨナとやつて来(き)た。156赤(あか)は、
157赤(あか)『ハハア此奴(こいつ)ア、158今(いま)行(い)つた六助(ろくすけ)のアモリヨーズだなア。159まだ肉体(にくたい)は現界(げんかい)にある精霊(せいれい)らしい、160どこ共(とも)なしに元気(げんき)がないワ』
161と独言(ひとりごと)云(い)ひ乍(なが)ら、162近付(ちかづ)くのを待(ま)つてゐた。163女(をんな)は開(あ)け放(はな)れた門(もん)の閾(しきゐ)を跨(また)げようとした途端(とたん)に白(しろ)の守衛(しゆゑい)は大手(おほで)を拡(ひろ)げ、
164白(しろ)『モシモシお女中(ぢよちう)、165暫(しばら)くお待(ま)ちなさい。166貴方(あなた)は此処(ここ)へ来(く)る所(ところ)ぢやありませぬ』
167女(をんな)(鎌子)『私(わたし)はアマンの後(あと)を慕(した)うて参(まゐ)りました者(もの)で厶(ござ)います。168何卒(どうぞ)そんな意地(いぢ)の悪(わる)い事(こと)を仰有(おつしや)らずに、169此処(ここ)を通(とほ)して下(くだ)さい』
170赤(あか)『コレヤ女(をんな)、171其(その)方(はう)のネームは何(なん)と申(まを)すか』
172女(をんな)(鎌子)『ハイ、173鎌子(かまこ)と申(まを)します』
174赤(あか)『ウーン、175さうすると、176カウント悪川(あしかは)不顕正(ふけんせい)の娘(むすめ)だな』
177女(をんな)(鎌子)『ハイ、178お察(さつ)しの通(とほ)り、179カウンテスで厶(ござ)います』
180赤(あか)『其(その)方(はう)は貴族(きぞく)の家(いへ)に生(うま)れ乍(なが)ら、181世間(せけん)の義理(ぎり)も考(かんが)へず、182祖先(そせん)の家名(かめい)をも省(かへり)みず、183雇人(やとひにん)の六助(ろくすけ)と情交(じやうかう)を通(つう)じ、184道徳(だうとく)を紊(みだ)したあばずれ女(をんな)だな』
185鎌子(かまこ)『ホホホホ、186何(なん)とマアこれ丈(だけ)開(ひら)けた世(よ)の中(なか)に、187古(ふる)い頭(あたま)を持(も)つてゐられますなア。188チツと頭(あたま)のキルクを抜(ぬ)いて、189新(あたら)しい空気(くうき)を注入(ちうにふ)なさいませ』
190赤(あか)『コレヤ怪(け)しからぬ、191豪胆(がうたん)不敵(ふてき)の曲者(くせもの)奴(め)。192其(その)方(はう)は夫(をつと)のある身(み)を以(もつ)て不義(ふぎ)の快楽(けらく)に耽(ふけ)り、193家庭(かてい)を紊(みだ)し、194上流(じやうりう)社会(しやくわい)の名誉(めいよ)を傷(きずつ)けた大罪人(だいざいにん)だ』
195鎌子(かまこ)『ヘーエ、196私(わたし)が六(ろく)さまと密通(みつつう)したのが、197それ程(ほど)罪(つみ)になりますか。198今日(こんにち)の世(よ)の中(なか)を御覧(ごらん)なさい。199すべて貴婦人(きふじん)といふ者(もの)は役者(やくしや)を買(か)ひ、200或(あるひ)は情夫(じやうふ)を拵(こしら)へる為(ため)に夜会(やくわい)といふものが出来(でき)て居(ゐ)るのです。201女(をんな)は交際界(かうさいかい)の花(はな)ですから、202花(はな)にはキツと蝶(てふ)がとまつて来(く)るものです。203今日(こんにち)の世(よ)の中(なか)に情夫(じやうふ)の一人(ひとり)も能(よ)う持(も)たない様(やう)な女(をんな)だつたら、204決(けつ)して貴婦人(きふじん)とは云(い)へませぬよ。205活眼(くわつがん)を開(ひら)いて社会(しやくわい)の裏面(りめん)を能(よ)く観察(くわんさつ)して御覧(ごらん)なさい。206私(わたし)の如(ごと)きは恒河(こうが)の砂(すな)の僅(わづか)な其(その)一粒(いちりう)が現(あら)はれた位(くらゐ)なものです。207こんな事(こと)が罪(つみ)になるのならば、208今日(こんにち)の社会(しやくわい)は全部(ぜんぶ)罪(つみ)の社会(しやくわい)ですよ。209男本位(をとこほんゐ)の圧制(あつせい)的(てき)社会(しやくわい)の制度(せいど)を根本(こんぽん)改革(かいかく)し、210痛(いた)ましい虐(しひた)げられた女(をんな)の社会(しやくわい)を造(つく)る為(ため)の犠牲(ぎせい)に、211私(わたし)は現(あらは)れて来(き)たものです。212日々(にちにち)の新聞紙(しんぶんし)を御覧(ごらん)なさい。213大抵(たいてい)三件(さんけん)か五件(ごけん)、214多(おほ)い時(とき)には十件(じつけん)許(ばか)りも密通(みつつう)沙汰(ざた)や情死(じやうし)沙汰(ざた)を報道(ほうだう)してゐるぢやありませぬか。215新聞紙(しんぶんし)上(じやう)に現(あら)はれる世(よ)の中(なか)の出来事(できごと)と云(い)ふものはホンの其(その)中(うち)の一(いち)小部分(せうぶぶん)に限(かぎ)られてるのです。216それから考(かんが)へてみましても、217新聞紙(しんぶんし)上(じやう)に現(あらは)れてゐない悲哀(ひあい)なる姦通(かんつう)事件(じけん)や情死(じやうし)沙汰(ざた)は幾(いく)ら行(おこな)はれつつあるか知(し)れますまい。218なぜ斯(か)うした痛(いた)ましい事件(じけん)が頻々(ひんぴん)と起(おこ)るのであらうか。219此(この)問題(もんだい)に対(たい)して何人(なにびと)が責任(せきにん)を負(お)はねばならぬか、220もし責任(せきにん)を負(お)はねばならぬとすれば、221それは男(をとこ)でせうか女(をんな)でせうか。222言(い)ふ迄(まで)もなく、223社会(しやくわい)全般(ぜんぱん)が責任者(せきにんしや)でなければなりますまい』
224赤(あか)『さうすると、225お前(まへ)の今度(こんど)の不始末(ふしだら)事件(じけん)も、226社会(しやくわい)が負(お)はねばならぬといふのか。227チツと勝手(かつて)な理窟(りくつ)ぢやないか』
228鎌子(かまこ)『さうですとも、229よく考(かんが)へて御覧(ごらん)なさいませ。230現在(げんざい)の社会(しやくわい)組織(そしき)といふものは、231すべてが貴族(きぞく)本位(ほんゐ)、232資産家(しさんか)本位(ほんゐ)は申(まを)すに及(およ)ばず、233男子(だんし)本位(ほんゐ)で強(つよ)い者勝(ものがち)で厶(ござ)いませう。234特(とく)に男女(だんぢよ)の関係(くわんけい)に付(つ)いては、235今日(こんにち)の制度(せいど)は何(なに)もかも男(をとこ)に取(と)つては有利(いうり)な事柄(ことがら)計(ばか)りです。236そして女(をんな)に対(たい)しては何(なん)等(ら)の特権(とくけん)も与(あた)へられて居(を)りませぬ。237実(じつ)に不公平(ふこうへい)至極(しごく)な社会(しやくわい)制度(せいど)で、238女(をんな)に取(と)つて之(これ)程(ほど)不利益(ふりえき)な悲惨(ひさん)な事(こと)はありませぬ。239なぜ斯(か)うした不公平(ふこうへい)を、240男(をとこ)と女(をんな)の間(あひだ)に設(まう)けておかねばならないのか、241其(その)理由(りいう)を知(し)るに私(わたし)達(たち)は苦(くるし)む者(もの)です。242ですから一度(いちど)夫婦間(ふうふかん)に或(ある)事情(じじやう)から離婚(りこん)問題(もんだい)が持上(もちあが)つたが最後(さいご)、243何時(いつ)も男(をとこ)は有利(いうり)の位地(ゐち)に立(た)ち、244女(をんな)は其(その)反対(はんたい)の立場(たちば)におかれて、245泣寝入(なきねいり)の体(てい)ですよ。246女(をんな)は自分(じぶん)に正当(せいたう)の理(り)があつても、247男(をとこ)の立場(たちば)になつて、248而(しか)も男(をとこ)にのみ有利(いうり)に定(き)められた現代(げんだい)の法律(はふりつ)では、249少(すこ)しも女(をんな)の正当(せいたう)な申(まを)し出(い)でを聞入(ききい)れてくれませぬ。250どこ迄(まで)も女(をんな)は男(をとこ)に従属(じゆうぞく)したものだといふ観念(くわんねん)の下(もと)に、251かうした問題(もんだい)に対(たい)しても、252男(をとこ)の方(はう)を上(うへ)にして断定(だんてい)を下(くだ)す事(こと)になつてますが、253果(はた)して之(これ)が正(ただ)しいと云(い)はれませうか。254道徳(だうとく)でも法律(はふりつ)でも、255男女(だんぢよ)平等(びやうどう)に行(おこな)はなければならないと、256吾々(われわれ)女性(ぢよせい)は絶叫(ぜつけう)してゐるのです。257女(をんな)の立場(たちば)からすれば、258どうしてもさう叫(さけ)ばずには居(ゐ)られないでせう。259併(しか)し元々(もともと)男(をとこ)と女(をんな)の間(あひだ)に、260さうした差別(さべつ)が勝手(かつて)に設(まう)けられたのですから、261云(い)はば無理(むり)非道(ひだう)な公平(こうへい)を欠(か)いだものと言(い)はねばなりませぬ。262だから女(をんな)は女(をんな)としての権利(けんり)があります。263其(その)権利(けんり)を女(をんな)の方(はう)から、264そんなに遠慮(ゑんりよ)したり、265自分(じぶん)自(みづか)らを卑下(ひげ)したりするには当(あた)らないと思(おも)ひます。266どこ迄(まで)も一個(いつこ)の人間(にんげん)として、267男(をとこ)と同等(どうとう)の考(かんが)へで押(お)し進(すす)んでゆけば、268それで可(い)い事(こと)ぢやありませぬか。269そこに女(をんな)としての生命(せいめい)があり、270自由(じいう)があり、271幸福(かうふく)があるので、272それこそ女(をんな)としての本来(ほんらい)の持(も)つ可(べ)きものなのです。273男女(だんぢよ)関係(くわんけい)計(ばか)りでなく、274今日(こんにち)の制度(せいど)は弱肉(じやくにく)強食(きやうしよく)、275優勝(いうしよう)劣敗(れつぱい)の悪制度(あくせいど)が行(おこな)はれて居(を)りますから、276吾々(われわれ)はカウントの家(いへ)に生(うま)れたのを幸(さいは)ひ、277誤(あやま)れる古(ふる)き道徳(だうとく)や形式(けいしき)を打破(だは)して、278新(あたら)しい社会(しやくわい)の光明(くわうみやう)となる考(かんが)へで、279女一人(をんないちにん)としての本能(ほんのう)を発揮(はつき)した計(ばか)りです』
280赤(あか)『どうも挨拶(あいさつ)の仕方(しかた)がない、281併(しか)し乍(なが)ら左様(さやう)な考(かんが)へでは社会(しやくわい)の秩序(ちつじよ)が紊(みだ)れるから、282ヤツパリ男尊(だんそん)女卑(ぢよひ)の法則(はふそく)を守(まも)らねばなりませぬぞ。283何程(なにほど)男女(だんぢよ)同権(どうけん)だと云(い)つても、284夫婦(ふうふ)となつて家庭(かてい)を作(つく)る上(うへ)は、285夫唱(ふしやう)婦従(ふじゆう)の法則(はふそく)に従(したが)ひ、286茲(ここ)に始(はじ)めて男尊(だんそん)女卑(ぢよひ)、287所謂(いはゆる)夫婦(ふうふ)不同権(ふどうけん)の域(ゐき)に入(い)るのだ。288不都合(ふつがふ)千万(せんばん)な夫(をつと)の目(め)を盗(ぬす)み、289雇人(やとひにん)と姦通(かんつう)をしておき乍(なが)ら、290社会(しやくわい)の目(め)を醒(さ)ますの、291新社会(しんしやくわい)の光明(くわうみやう)となるとは怪(け)しからぬ言(い)ひ解(わ)けだ。292お前(まへ)の云(い)ふ通(とほ)りに、293世(よ)の中(なか)がなるのなれば、294第一(だいいち)家庭(かてい)が紊(みだ)れ、295姦通(かんつう)は白昼(はくちう)公然(こうぜん)と行(おこな)はれ、296嫉妬(しつと)紛争(ふんさう)の絶(た)え間(ま)がなくなるではないか』
297鎌子(かまこ)『相愛(さうあい)の男女(だんぢよ)が夫婦(ふうふ)となつたのならば、298決(けつ)して何程(なにほど)解放(かいはう)的(てき)にしておかうが、299法律(はふりつ)がなからうが大丈夫(だいぢやうぶ)ですが、300今日(こんにち)の如(ごと)き圧迫(あつぱく)結婚(けつこん)、301財産(ざいさん)結婚(けつこん)、302門閥(もんばつ)結婚(けつこん)、303本人(ほんにん)以外(いぐわい)の者(もの)の定(さだ)めた結婚(けつこん)には、304真(しん)に夫婦(ふうふ)としての互(たがひ)の貞操(ていさう)を保持(ほぢ)する事(こと)が出来(でき)ぬぢやありませぬか。305愛(あい)のない結婚(けつこん)を強(しひ)るが為(ため)に、306遂(つひ)に抑(おさ)へ切(き)れなくなつて、307かやうな問題(もんだい)が起(おこ)るのですよ。308それだから此(この)責任(せきにん)を社会(しやくわい)が負(お)はねばならないと、309私(わたし)は主張(しゆちやう)致(いた)します』
310赤(あか)『併(しか)しお前(まへ)はまだ、311生命(せいめい)が現界(げんかい)に残(のこ)つてるから、312今日(こんにち)は余(あま)り追及(つゐきふ)する事(こと)は避(さ)けておかう。313併(しか)し現界(げんかい)へ帰(かへ)つたら、314能(よ)く胸(むね)に手(て)を当(あ)てて、315自分(じぶん)の誤(あやま)れる思想(しさう)を考索(かうさく)し、316今(いま)の夫(をつと)に貞節(ていせつ)を尽(つく)さねばなりませぬぞ。317妻(つま)の方(はう)から真心(まごころ)を以(もつ)て向(むか)へば、318夫(をつと)は必(かなら)ず妻(つま)を親愛(しんあい)する者(もの)だ』
319鎌子(かまこ)『私(わたし)の夫(をつと)はどれ丈(だけ)辛(つら)く当(あた)つても、320気(き)の好(よ)いノロ作(さく)だから、321うるさい程(ほど)親愛(しんあい)しようとします、322それが私(わたし)は厭(いや)なんですよ。323よう考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい、324恋人(こひびと)と心中(しんぢう)をせむとして死(しに)そこねた其(その)女房(にようばう)を、325一言(ひとこと)も立腹(りつぷく)せず、326世間(せけん)の恥(はぢ)も考(かんが)へず、327下僕(しもべ)の如(ごと)き態度(たいど)を以(もつ)て病院(びやうゐん)で介抱(かいほう)するのですもの、328其(その)ノロさ加減(かげん)と云(い)つたら、329私(わたし)は益々(ますます)愛想(あいさう)が尽(つ)きました。330どうしてもチツと許(ばか)りは苦味(にがみ)の走(はし)つたヒリリとした所(ところ)がなければ、331女(をんな)は決(けつ)して男(をとこ)に愛(あい)を注(そそ)ぐ者(もの)ぢやありませぬ。332甘酒(あまざけ)だつて、333ヤツパリ椒(はじかみ)をすつて入(い)れたり、334或(あるひ)は山葵(わさび)などの辛味(からみ)を調和(てうわ)せなくちや、335本当(ほんたう)の甘酒(あまざけ)の味(あぢ)がありますまい。336甘(あま)い計(ばか)りで辛味(からみ)の入(はい)つてゐない甘酒(あまざけ)は一口(ひとくち)は宜(よろ)しいが、337三口(みくち)四口(よくち)呑(の)みますと、338ヘドになつて出(で)ますからね。339エエエエ、340あの難(むつか)しい顔(かほ)わいの、341丁度(ちやうど)私(わたし)の父(ちち)のやうなお方(かた)ですなア。342仰有(おつしや)る事(こと)も能(よ)う似(に)てゐますワ。343其(その)癖(くせ)蔭(かげ)では六助(ろくすけ)さま以上(いじやう)の事(こと)をやつてるでせう。344私(わたし)の父(ちち)だつてさうですもの、345ホホホホホ』
346 赤(あか)は采配(さいはい)を以(もつ)て、347赤の守衛『馬鹿(ばか)ツ』と一喝(いつかつ)、348鎌子(かまこ)の頭部(とうぶ)を目(め)がけて打下(うちお)ろす途端(とたん)に、349鎌子(かまこ)の精霊(せいれい)はパツと消(き)えて元(もと)の肉体(にくたい)へ復(かへ)つた。
350(大正一二・二・二三 旧一・八 於竜宮館 松村真澄録)
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