霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一六章 酒艶(しゆえん)の月(つき)〔一七一八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第67巻 山河草木 午の巻 篇:第3篇 多羅煩獄 よみ(新仮名遣い):たらはんごく
章:第16章 酒艶の月 よみ(新仮名遣い):しゅえんのつき 通し章番号:1718
口述日:1924(大正13)年12月28日(旧12月3日) 口述場所:祥雲閣 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年8月19日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
玄真坊はダリヤが自分に惚れたと勘違いし、上機嫌で酒を飲む。
ダリヤはコルトン、シャカンナにも酒を進め、酔わせてしまう。
ダリヤは玄真坊、シャカンナ、コルトンが酔いつぶれると、下戸のバルギーを誘惑して、手引きをさせ、いっしょに岩窟を逃げ出してしまう。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-08-19 17:24:14 文字数:5995 OBC :rm6716
愛善世界社版:206頁 八幡書店版:第12輯 106頁 修補版: 校定版:209頁 普及版:68頁 初版: ページ備考:
001 玄真坊(げんしんばう)はダリヤ姫(ひめ)が、002俄(にはか)にやさしくなり、003どうやら自分(じぶん)にゾッコン惚(ほれ)て来(き)たやうな気分(きぶん)がしたので益々(ますます)得意(とくい)となり、004顔(かほ)の相好(さうがう)を崩(くづ)し、005身知(みし)らずに左(ひだり)の手(て)から川端(かはばた)の乱杭(らんぐひ)のやうな歯(は)の口(くち)へ盃(さかづき)を運(はこ)んで居(ゐ)る。
006玄(げん)『オイ、007ダリヤ、008さう夫(をつと)許(ばか)りに酒(さけ)をつぐものぢやない。009エー、010チツト人(ひと)さまの手前(てまへ)もあらうぞや。011どうだ、012チツト親方(おやかた)にも注(つ)がないか』
013ダリ『ホヽヽヽヽ、014あのマア憎(にく)たらしい事(こと)仰有(おつしや)いますわいのう。015何(なん)ぼ親方(おやかた)が大切(たいせつ)だとて、016一生(いつしやう)身(み)を任(まか)した夫(をつと)を後(あと)にする事(こと)が出来(でき)ますか。017妾(わたし)もチツト酒(さけ)に酔(よ)ふてゐますから、018御(ご)無礼(ぶれい)な事(こと)を申(まを)すか知(し)れませぬが、019そこは、020はしたない女(をんな)と思召(おぼしめ)してお許(ゆる)し下(くだ)さいませや』
021玄(げん)『ウンウンヨシヨシ、022お前(まへ)の白(しろ)いお手々(てて)で燗徳利(かんどくり)を握(にぎ)つた姿(すがた)と云(い)つたら天下(てんか)無類(むるゐ)だよ。023エヘヽヽヽヽ。024酔(よ)うて能(よ)うて、025うまうて能(よ)うて、026気分(きぶん)が冴(さ)えて能(よ)うて、027腹(はら)にたまらいで能(よ)うて、028ヨイヨイヨイの宵(よひ)の口(くち)から、029夜(よ)の明(あ)ける迄(まで)、030しつぽりと夫婦(ふうふ)が酒(さけ)汲(く)み交(か)はし、031浩然(こうぜん)の気(き)を養(やしな)ふのは、032又(また)とない天下(てんか)の愉快(ゆくわい)だ。033月(つき)か雪(ゆき)か花(はな)かとも云(い)ふべき美人(びじん)のお前(まへ)に好(す)かれる俺(おれ)は034何(なん)と云(い)ふ果報者(くわほうもの)だらう。035これこれシャカンナ殿(どの)、036羨(けな)るうは厶(ござ)らぬか、037エー。038今夜(こんや)に限(かぎ)り吾(わが)妻(つま)の弁才天(べんざいてん)をして、039貴下(きか)のお酒(さけ)の相手(あひて)を命(めい)じますから、040聊(いささ)か拙僧(せつそう)の好意(かうい)を買(か)つて下(くだ)さるでせうな。041ゲー、042アフヽヽヽアーア。043何(なん)とよくまはる酒(さけ)だらう。044まだ一二合(いちにがふ)より飲(の)んでゐない積(つも)りだのに』
045シャ『アハヽヽヽ、046拙者(せつしや)も大変(たいへん)酩酊(めいてい)して厶(ござ)る。047花(はな)に嘘(うそ)つくダリヤ姫(ひめ)様(さま)の顔(かんばせ)を拝(をが)み乍(なが)ら、048芳醇(はうじゆん)な酒(さけ)をひつかける心持(こころもち)と云(い)つたら、049春(はる)の花見(はなみ)よりも秋(あき)の月見(つきみ)、050紅葉見(もみぢみ)、051地上(ちじやう)一面(いちめん)の銀世界(ぎんせかい)を現(げん)じた雪見(ゆきみ)の宴(えん)よりも、052何程(なにほど)爽快(さうくわい)だか知(し)れませぬわい』
053玄(げん)『いかにも、054左様(さやう)で厶(ござ)らう。055之(これ)も拙者(せつしや)の貴下(きか)に対(たい)する好意(かうい)の賜物(たまもの)で厶(ござ)るぞ。056感謝(かんしや)せなくちや、057バヽヽ罰(ばち)が当(あた)りますよ』
058シャ『イヤ、059モウお目出度(めでた)い所(ところ)を沢山(たくさん)に拝見(はいけん)致(いた)し、060シャカンナも満足(まんぞく)致(いた)しました。061此(この)光景(くわうけい)を眺(なが)めて、062霊前(れいぜん)から亡(な)き女房(にようばう)の霊(れい)が喜(よろこ)んでる事(こと)でせう。063南無(なむ)幽霊(いうれい)頓生(とんしやう)菩提(ぼだい)…うまい酒(さけ)を飲(の)む阿弥陀(あみだ)仏(ぶつ)だ。064噛(か)む阿弥陀(あみだ)仏(ぶつ)だ。065アツハヽヽヽ』
066ダリ『オツホヽヽヽヽ、067親方(おやかた)さまと云(い)ひ、068吾(わが)夫(つま)天真坊(てんしんばう)様(さま)と云(い)ひ、069随分(ずいぶん)面白(おもしろ)いお方(かた)ですこと。070妾(あたい)こんなお方(かた)大好(だいす)きよ。071妾(あたい)どうして又(また)気(き)の軽(かる)い、072人(ひと)の好(よ)い立派(りつぱ)な男(をとこ)さまに添(そ)ふ事(こと)が出来(でき)るのでせう。073さうしてシャカンナさまの様(やう)に腮髭(あごひげ)の生(は)えた勇(いさ)ましい、074猛々(たけだけ)しいお顔立(かほだ)ち、075あたいは天地(てんち)の幸福(かうふく)を一身(いつしん)に集(あつ)めたやうな嬉(うれ)しい気分(きぶん)が致(いた)します。076オホヽヽヽ』
077シャ『ハヽヽヽ、078どうも感心(かんしん)だ。079ダリヤ姫(ひめ)さまは交際家(かうさいか)だな。080外交官(ぐわいかうくわん)にでもしたら、081屹度(きつと)凄(すご)い腕(うで)を現(あらは)すだらう。082惜(を)しい事(こと)には女性(ぢよせい)だから仕方(しかた)がないわ』
083ダリ『ホヽヽヽ、084あのマア親方(おやかた)様(さま)の仰有(おつしや)る事(こと)わいのう。085女(をんな)だつて外交官(ぐわいかうくわん)になれない事(こと)は厶(ござ)いませぬよ。086今日(こんにち)の世(よ)の中(なか)は女(をんな)が活躍(くわつやく)せなくちや、087夫(をつと)が世(よ)に出(で)る事(こと)は出来(でき)ないぢやありませぬか。088今日(こんにち)の小名(せうみやう)だとか大名(だいみやう)だとかいふ役人(やくにん)さま達(たち)は皆(みな)奥(おく)さまの外交(ぐわいかう)が巧(うま)いから、089あそこ迄(まで)の地位(ちゐ)を得(え)たのですよ。090女(をんな)が裏口(うらぐち)からソツと這入(はい)つて上役(うはやく)の奥(おく)さまに一寸(ちよつと)、091やさしい事(こと)を云(い)ひ、092阿諛(おべつか)を振(ふり)まき、093反物(たんもの)の一(ひと)つでも贈(おく)つておくと、094直様(すぐさま)、095その夫(をつと)は一月(ひとつき)も経(た)たぬ中(うち)に役(やく)が上(あが)るのですもの。096何程(なにほど)男(をとこ)さまが力(ちから)があると云(い)つても、097智慧(ちゑ)があると云(い)つても098妻(つま)に外交(ぐわいかう)の腕(うで)がなくては駄目(だめ)ですよ。099ネー天真坊(てんしんぼう)様(さま)、100貴方(あなた)、101どう思(おも)ひますか』
102玄(げん)『ウツフヽヽヽ、103お前(まへ)の云(い)ふ通(とほ)りだ。104見(み)かけによらぬ、105お前(まへ)は立派(りつぱ)な女(をんな)だな。106器量(きりやう)許(ばか)りかと思(おも)へば仲々(なかなか)の智慧(ちゑ)もあり腕(うで)もあるやうだ。107尚々(なほなほ)、108俺(おれ)はお前(まへ)が慕(した)はしく恋(こひ)しくなつて来(き)たよ。109「此(この)夫(をつと)にして此(この)妻(つま)あり」とは、110よく云(い)つたものだ。111流石(さすが)は天真坊(てんしんぼう)様(さま)のお嬶(かか)になる丈(だ)けあつて、112何(なに)かに気(き)が利(き)いて居(ゐ)るわい、113偉(えら)いものだな。114俺(おれ)はもう、115スツカリお前(まへ)に惚(ほれ)たよ。116本当(ほんたう)によく惚(ほれ)たよ、117エヘヽヽヽ』
118ダリ『ホヽヽヽ、119あのマア天真坊(てんしんぼう)様(さま)の仰有(おつしや)る事(こと)わいな、120まるつきり井戸掘(ゐどほり)の検査(けんさ)の様(やう)だわ。121掘(ほ)れた掘(ほ)れた、122よう掘(ほ)れたと仰有(おつしや)いましたね。123之(これ)では何(なん)とか賞与金(しやうよきん)を頂(いただ)かなくちやなりますまい』
124玄(げん)『いや、125益々(ますます)惚(ほれ)た。126屹度(きつと)賞与金(しやうよきん)を渡(わた)してやらう、127ウンと張込(はりこ)んでやらうぜ』
128ダリ『いくら下(くだ)さいますか。129嘘(うそ)八百(はつぴやく)円(ゑん)は御免(ごめん)を蒙(かうむ)りますよ』
130玄(げん)『ウン、131もつとやる、132千(せん)円(ゑん)やる積(つも)りだ』
133ダリ『エー今日(けふ)やらう、134明日(あす)やらう、135もう暫(しばら)くしてからやらう、136と遷延(せんえん)又(また)遷延(せんえん)、137どこ迄(まで)もズルズルベツタリ引伸(ひきの)ばして人(ひと)をつらくる考(かんが)へでせう。138そんな縁起(えんぎ)の悪(わる)い言霊(ことたま)は御免(ごめん)蒙(かうむ)りませう』
139玄(げん)『ても扨(さて)も140小(こ)むつかしいお嬶(かか)だな。141そんなら、142いくら与(や)つたら好(い)いのだ』
143ダリ『お嬶(かか)お嬶(かか)と、144よう仰有(おつしや)いますな、145余(あま)りみつともないぢやありませぬか。146俥夫(しやふ)、147馬丁(ばてい)の女房(にようばう)ぢやあるまいし、148天帝(てんてい)の化身(けしん)天真坊(てんしんばう)様(さま)の奥方(おくがた)ぢや厶(ござ)いませぬか。149もし賞与金(しやうよきん)を下(くだ)さるのなら、150この奥方(おくがた)に対(たい)して、151貴方(あなた)の誠意(せいい)のある丈(だ)けを放(ほ)り出(だ)して下(くだ)さい』
152玄(げん)『ヤー困(こま)つたな、153誠意(せいい)のある丈(だ)けと出(で)られちや一寸(ちよつと)面喰(めんくら)はざるを得(え)ない。154俺(おれ)の誠意(せいい)は百億(ひやくおく)円(ゑん)でもやり度(た)いのだが、155さうは懐(ふところ)が許(ゆる)さない。156奥様(おくさま)の初(はじ)めての御(ご)要求(えうきう)だから、157力(ちから)一杯(いつぱい)与(あた)へたいが、158何分(なにぶん)経済界(けいざいかい)の行詰(ゆきつま)りでおれの懐(ふところ)もチツト許(ばか)り秋風(あきかぜ)が吹(ふ)いてゐる。159どうか三百(さんびやく)円(えん)位(ぐらゐ)で今日(けふ)の所(ところ)は耐(こら)へて貰(もら)ひ度(た)いものだな』
160ダリ『ホヽヽヽ、161天帝(てんてい)の化身(けしん)天真坊(てんしんばう)様(さま)の奥方(おくがた)が、162タツタ三百(さんびやく)円(えん)の枕金(まくらがね)とは安(やす)いものぢや厶(ござ)いませぬか。163あまり殺生(せつしやう)だわ、164ネー、165シャカンナの親分(おやぶん)様(さま)』
166シャ『ハヽヽヽ、167そこは夫婦(めをと)の仲(なか)だ。168どつと張込(はりこ)んで、169負(まけ)ておきなさい。170実際(じつさい)女房(にようばう)に金(かね)を出(だ)すやうなデレ助(すけ)は、171今日(こんにち)の世(よ)の中(なか)には有(あ)りませぬよ。172諸物価(しよぶつか)の極端(きよくたん)に騰貴(とうき)した今日(こんにち)でも、173最(もつと)も安(やす)いものは女房(にようばう)ですよ。174藁(わら)の上(うへ)から蝶(てふ)よ花(はな)よと育(そだ)て上(あ)げ、175中等(ちうとう)以上(いじやう)の家庭(かてい)になれば小学校(せうがくかう)から女学校(ぢよがくかう)、176女子(ぢよし)大学(だいがく)と沢山(たくさん)な金(かね)を投(とう)じた上(うへ)、177箪笥(たんす)だ、178長持(ながもち)だ、179イヤ三重(みつがさね)だ、180何(なん)だ彼(かん)だと181家(いへ)の棟(むね)が歪(ゆが)む程(ほど)、182拵(こしら)へして、183「不調法(ぶてうはふ)の女(をんな)だけど宜(よろ)しく」と云(い)つて、184只(ただ)呉(く)れる世(よ)の中(なか)だから、185何(なに)が安(やす)いと云(い)つても嫁(よめ)の相場(さうば)位(ぐらゐ)安(やす)いものはない。186それだから、187ダリヤさま三百(さんびやく)円(えん)貰(もら)つたら、188お前(まへ)さまは天下一(てんかいち)の手柄者(てがらもの)だ。189天真坊(てんしんぼう)が、190ぞつこん、191首(くび)つたけ惚(ほれ)てゐるのだから大枚(たいまい)三百(さんびやく)円(えん)を、192おつ放(ぽ)り出(だ)さうと云(い)ふのだよ。193アーア、194酔(よ)ふた酔(よ)ふた。195何(なん)だか宙(ちう)に浮(う)いてるやうだ。196こんな時(とき)に女房(にようばう)があつたら197私(わし)も気楽(きらく)に膝枕(ひざまくら)でもして寝(ね)るのだけどな。198まさか天真坊(てんしんぼう)様(さま)の奥方(おくがた)の膝枕(ひざまくら)を借(か)る訳(わけ)にも行(ゆ)かず、199エーエ羨(うらや)ましい事(こと)だわい』
200ダリ『ホヽヽヽ、201いい加減(かげん)に弄(から)かつておいて下(くだ)さい。202然(しか)し親方(おやかた)さまのお話(はなし)によりまして、203妾(わたし)は本当(ほんたう)に世界一(せかいいち)の幸福(かうふく)女(をんな)だと覚(さと)りました。204何(なん)とマア天真坊(てんしんぼう)様(さま)と云(い)ふ方(かた)は結構(けつこう)なお方(かた)でせう。205それを承(うけたま)はると益々(ますます)可愛(かあい)うなつて来(き)ましたよ、206ネー天真坊(てんしんぼう)様(さま)。207「古(ふる)くなつたから、208もう要(い)らぬ」等(など)と云(い)つて、209破(やぶ)れた靴(くつ)を棄(す)てるやうな無情(むじやう)な事(こと)を為(な)さつちや、210嫌(いや)ですよ。211……お椀(わん)百(ひやく)迄(まで)、212箸(はし)や九十九(くじふく)迄(まで)、213ともに朱塗(しゆぬり)の剥(は)げる迄(まで)……仲(なか)よう添(そ)うて下(くだ)さるでせうね。214そして妾(てかけ)なんか、215持(も)たないやうにして下(くだ)さいね。216あたい217気(き)を揉(も)みますからね』
218玄(げん)『ウンウンヨシヨシ、219そんな心配(しんぱい)は御(ご)無用(むよう)だ。220お前(まへ)は、221まだ俺(わし)の誠意(せいい)が分(わか)らぬと見(み)えて先(さき)の先(さき)まで心配(しんぱい)するのだな。222可愛(かあい)いお前(まへ)を棄(す)てて、223どうして外(ほか)の女(をんな)に心(こころ)を移(うつ)す事(こと)が出来(でき)ようか。224オイ、225ダリヤ、226シャカンナさまには済(す)まないが一(ひと)つ膝(ひざ)を借(か)してくれないか』
227ダリ『サアサア夫(をつと)が女房(にようばう)の膝(ひざ)にお眠(ねむ)り遊(あそ)ばすのが、228何(なに)遠慮(ゑんりよ)が要(い)りませう。229「膝(ひざ)を借(か)してくれ」等(など)とお頼(たの)み遊(あそ)ばす、230その水臭(みづくさ)いお言葉(ことば)が231妾(あてえ)、232却(かへつ)て憎(にく)らしいわ』
233シャ『ヤア、234どうも堪(たま)らぬ堪(たま)らぬ。235天真坊(てんしんぼう)殿(どの)、236怪(け)しからぬぢや厶(ござ)らぬか』
237玄(げん)『ヤ、238之(これ)は失礼(しつれい)で厶(ござ)る。239然(しか)し乍(なが)ら、2391拙者(せつしや)の自由(じいう)権利(けんり)を行使(かうし)するのに、240別(べつ)に遠慮(ゑんりよ)も要(い)りますまい。241御免(ごめん)下(くだ)さいませ、242失礼(しつれい)』
243と云(い)ひ乍(なが)らダリヤの膝(ひざ)に、244胡麻(ごま)入(い)りの頭(あたま)を安置(あんち)した。
245ダリ『ホヽヽヽ、246酒(さけ)臭(くさ)いこと。247そしてお頭(つむ)の毛(け)の香(にほひ)、248妾(あてえ)249鼻(はな)が歪(ゆが)むやうだわ。250オヤ、251マア観世音(くわんぜおん)菩薩(ぼさつ)が御(ご)出現(しゆつげん)遊(あそ)ばして厶(ござ)るわ、252ホヽヽヽヽ』
253玄(げん)『オイ、254ダリヤ、255観世音(くわんぜおん)菩薩(ぼさつ)は子供(こども)が好(す)きで頭(かしら)に沢山(たくさん)の童子(どうじ)をのせて厶(ござ)るだらう。256俺(わし)はその観世音(くわんぜおん)を沢山(たくさん)に頭(かしら)に頂(いただ)いてゐるのだから、257大抵(たいてい)俺(わし)の神徳(しんとく)も解(わか)つただらうのう』
258ダリ『ア、259それで天帝(てんてい)の御(ご)化身(けしん)様(さま)と云(い)ふ事(こと)が判然(はんぜん)致(いた)しましたわ。260もし天真坊(てんしんぼう)様(さま)、261貴方(あなた)のお頭(つむり)は、262丁度(ちやうど)胡麻(ごま)煎(いり)のやうですね』
263玄(げん)『オイオイ無茶(むちや)を云(い)ふない。264胡麻(ごま)煎(いり)なら持(も)つ処(ところ)がありさうなものだ。265柄(え)がないぢやないか』
266ダリ『何事(なにごと)も改良(かいりやう)の流行(はや)る時節(じせつ)ですから、267貴方(あなた)の胡麻(ごま)煎(いり)頭(あたま)は柄(え)は有(あ)りませぬが、268其(その)代用(だいよう)として鍋(なべ)のやうに二(ふた)つの耳(みみ)がついてゐますよ。269この耳(みみ)をかう、270二(ふた)つ下(さ)げて胡麻(ごま)を煎(い)つたら、271素敵(すてき)でせうね。272観音(くわんのん)さまの胡麻(ごま)煎(いり)が出来(でき)るでせう、273ホヽヽヽ』
274コル『これこれダリヤ姫(ひめ)さまとやら、275こんな席(せき)で、276さう意茶(いちや)ついて貰(もら)つちや、277吾々(われわれ)独身者(どくしんもの)はやりきれぬぢやないですか。278チツトは徳義(とくぎ)と云(い)ふ事(こと)を考(かんが)へて貰(もら)はなくちや堪(たま)りませぬよ』
279ダリ『ホヽヽヽ、280何(なん)とマア妙(めう)な事(こと)を承(うけたま)はるものですな。281山賊(さんぞく)の仲間(なかま)にも徳義(とくぎ)等(など)と云(い)ふ言葉(ことば)が流行(はや)つてゐますか』
282コル『無論(むろん)です。283泥棒(どろばう)でなくとも今日(こんにち)の人間(にんげん)を御覧(ごらん)なさい。284上(うへ)から下(した)まで285徳義(とくぎ)だとか、286仁義(じんぎ)だとか、287慈善(じぜん)だとか、288博愛(はくあい)だとか、289いろいろの雅号(ががう)を並(なら)べて、290愚人(ぐじん)の目(め)を晦(くら)ませ、291耳(みみ)を痺(しび)らせ、292ソツト裏(うら)の方(はう)から甘(うま)い汁(しる)を吸(す)ふてるぢやありませぬか。293徳義(とくぎ)と云(い)ふ事(こと)は泥棒(どろばう)にとつては唯一(ゆゐいつ)の武器(ぶき)ですよ、294アハヽヽヽ』
295ダリ『成程(なるほど)、296さう承(うけたま)はれば、297いかにも御尤(ごもつと)も、298仲々(なかなか)泥棒学(どろばうがく)も修養(しうやう)が要(い)りますな』
299コル『さうですとも、300泥棒(どろばう)が泥棒(どろばう)の看板(かんばん)をうつて、301どうして仕事(しごと)が出来(でき)ませう。302すぐ目付(めつけ)に捕(つか)まつて了(しま)ひますよ。303表面(うはべ)は善(ぜん)を飾(かざ)りつつソツト悪事(あくじ)をやるのが当世(たうせい)ですからね』
304ダリ『ヤア、305之(これ)は大変(たいへん)な知識(ちしき)を得(え)ました。306サアお気(き)に召(め)しますまいが……一杯(いつぱい)注(つ)ぎませう。307妾(わたし)の杯(さかづき)でも受(う)けて下(くだ)さるでせうね』
308コル『ヘイヘイ、309受(う)ける段(だん)ぢや厶(ござ)いませぬ。310三杯(さんぱい)九杯(きうはい)、311百杯(ひやくぱい)でも千杯(せんぱい)でも頂(いただ)きますわ、312エヘヽヽヽ』
313ダリ『これこれコルトンさま、314さう杯(さかづき)を近(ちか)く持(も)つて来(き)ちや旦那(だんな)さまの顔(かほ)にかかつたら大変(たいへん)ですよ。315もつと、316そちらに引(ひ)きなさいよ。317その代(かは)り妾(あてえ)の方(はう)から力(ちから)一杯(いつぱい)手(て)を伸(の)ばして注(つ)ぎますよ』
318コル『イヤ有難(ありがた)う。319オツトヽヽヽ零(こぼ)れます零(こぼ)れます、320もう沢山(たくさん)で厶(ござ)います。321然(しか)し、322これ一杯(いつぱい)で沢山(たくさん)と云(い)ふのぢやありませぬよ。323又(また)、324後(あと)をお願(ねが)ひ致(いた)しますよ、325エヘヽヽヽ。326オイ、327バルギー、328どうだい、329色男(いろをとこ)と云(い)ふものは、330こんな者(もの)だよ。331岩窟(いはや)の女帝(によてい)様(さま)のお手(て)づからお酒(さけ)を頂戴(ちやうだい)したのだからな、332イヒヽヽヽ。333貴様(きさま)もチツト、3331あやかつたら、334どうだい。335蜴(とかげ)奴(め)、336何(なに)を燻(くす)ぼつてゐやがるのだい』
337バル『ヤア、338俺(おれ)や下戸(げこ)だ。339ホンのお交際(つきあい)に席(せき)に列(つらな)つてる丈(だ)けだ。340酒(さけ)なんか飲(の)み度(た)くはないわ』
341 玄真坊(げんしんばう)は酔(よ)ひ潰(つぶ)れてグタリと前後(ぜんご)も知(し)らず眠(ねむ)つて了(しま)つた。342ダリヤ姫(ひめ)はソツと膝(ひざ)を外(はづ)し、343木(き)の枕(まくら)を胡麻(ごま)煎(いり)頭(あたま)に支(ささ)へておき、344細(ほそ)い涼(すず)しい声(こゑ)でコルトンに一杯(いつぱい)注(つ)ぎ乍(なが)ら、
345ダリ『酒(さけ)を飲(の)む人(ひと)心(しん)から可愛(かあ)い
346酔(よ)ふて管捲(くだま)きや猶(なほ)可愛(かあ)い。
347サアサアコルトンさま、348男(をとこ)らしうお過(す)ごしなさいませ。349此(この)通(とほ)り天真(てんしん)さまもお眠(やす)みになりました。350どうやら親方(おやかた)さまも眠(やす)まれたやうです。351妾(あてえ)が之(これ)から貴方(あなた)を酔(よ)ひ潰(つぶ)して上(あ)げますわ。352バルギーさまはお下戸(げこ)なり、353二人(ふたり)の親分(おやぶん)さまはお眠(やす)みになつたし、354もう、355妾(あてえ)とコルトンさまとの天下(てんか)だわ』
356コル『エヘヽヽヽ、357イヤ有難(ありがた)う、358之(これ)も酒(さけ)飲(の)むお蔭(かげ)だ。359竜宮(りうぐう)の乙姫(おとひめ)さまが運上(うんじやう)をとりに来(く)るやうな美(うつく)しいお姫(ひめ)さまと杯(さかづき)を汲(く)み交(かは)すとは、360丸(まる)で夢(ゆめ)のやうだ。361ヤアお姫(ひめ)さま、362私(わたし)も男(をとこ)です。363いくら下(くだ)さつても後(あと)には退(ひ)きませぬ。364私(わたし)の飲(の)み振(ぶ)りを見(み)て下(くだ)さい』
365ダリ『何(なん)とマア立派(りつぱ)な飲(の)み振(ぶ)りだこと、366本当(ほんたう)に男(をとこ)らしいわ。367妾(あてえ)こんな方(かた)と夫婦(ふうふ)になり度(た)いのだけどな。368天真坊(てんしんばう)さまと内約(ないやく)したものだから、369もう抜(ぬ)き差(さ)しならぬやうになつて了(しま)つたわ』
370と態(わざ)と小声(こごゑ)に云(い)ふ。371コルトンは本当(ほんたう)に姫(ひめ)が自分(じぶん)に惚(ほれ)たと思(おも)ひ372益々(ますます)図(づ)に乗(の)つて豪傑(がうけつ)振(ぶり)を見(み)せ、373姫(ひめ)の心(こころ)を自分(じぶん)の方(はう)へ傾(かたむ)けねばおかぬと、374余(あんま)り好(す)きでもない酒(さけ)を調子(てうし)にのつて無性(むしやう)矢鱈(やたら)に飲(の)み干(ほ)した。
375ダリ『オホヽヽヽ、376何(なん)と美事(みごと)な事(こと)。377なんぼ召上(めしあが)つても、378チツトもお酔(よ)ひなさらぬのね。379そこが男子(だんし)の値打(ねうち)ですよ。380チツト許(ばか)りの酒(さけ)を飲(の)んで倒(たふ)れるやうな事(こと)ぢや、381まさかの時(とき)の役(やく)に立(た)ちませぬからね』
382コル『それは、383さうですとも。384一斗桝(いつとます)の隅飲(すみの)みをやつても、385ビクともせぬと云(い)ふ、386有名(いうめい)な酒豪(しゆがう)ですからな』
387 こんな調子(てうし)にコルトンはダリヤに盛(もり)潰(つぶ)され、388目(め)を白黒(しろくろ)にして我慢(がまん)をつづけてゐたが、389堪(た)へきれずして其(その)場(ば)に他愛(たあい)もなく倒(たふ)れて了(しま)つた。390バラック式(しき)の小屋(こや)には沢山(たくさん)の乾児(こぶん)共(ども)が菰(こも)を敷(し)いて、391喧々(けんけん)囂々(がうがう)と囀(さへづ)り乍(なが)ら、392ヘベレケに酔(よ)ふて、393泣(な)く、394笑(わら)ふ、395鉄拳(てつけん)をとばす等(など)の乱痴気(らんちき)騒(さわ)ぎを極端(きよくたん)に発揮(はつき)してゐる。
396 ダリヤ姫(ひめ)は三(さん)人(にん)の酔(よ)ひ潰(つぶ)れたのを見(み)すまし、397バルギーの首(くび)に白(しろ)い腕(かひな)を捲(ま)きつけ乍(なが)ら小声(こごゑ)になつて、
398ダリ『もし、399バルギー様(さま)、400本当(ほんたう)に済(す)まない事(こと)を致(いた)しましたな。401貴方(あなた)はチツトもお酒(さけ)を召(め)し上(あが)らないので本当(ほんたう)に行儀(ぎやうぎ)が崩(くづ)れないで、402床(ゆか)しう厶(ござ)いますわ。403妾(あてえ)、404貴方(あなた)のやうなお方(かた)が本当(ほんたう)に好(す)きなのよ。405あれ御覧(ごらん)なさい。406三(さん)人(にん)共(とも)、407酒(さけ)に酔(よ)ふて口(くち)から泡(あわ)を吹(ふ)いたり、408涎(よだれ)をくつたり、409本当(ほんたう)に見(み)られた態(ざま)ぢや厶(ござ)いませぬね。410もしバルギーさま、411貴方(あなた)妾(わたし)を憎(にく)いと思(おも)ひますか』
412 バルギーは意外(いぐわい)の感(かん)に打(う)たれ乍(なが)ら、413嬉(うれ)しさうに涎(よだれ)をくり、414両(りやう)の手(て)で慌(あわ)てて手繰(たぐ)つてゐる。415そして小声(こごゑ)になつて、
416バル『姫(ひめ)様(さま)、417いい加減(かげん)に玩弄(おもちや)にしておいて下(くだ)さい。418俺(わし)でも男(をとこ)の端(はし)くれですからな。419貴女(あなた)はお酒(さけ)に酔(よ)ふてゐらつしやるのでせう』
420ダリ『妾(わたし)だつて、421人間(にんげん)ですもの、422お酒(さけ)を飲(の)めば、423チツトは酔(よ)ひますよ。424併(しか)し乍(なが)ら三(さん)人(にん)さまのやうに本性(ほんしやう)を失(うしな)ふ所(ところ)まで酔(よ)つては居(ゐ)ませぬ。425妾(あてえ)の云(い)ふ事(こと)を、426貴方(あなた)は疑(うたが)つてゐるのですか、427エー憎(にく)らしい』
428と云(い)ひ乍(なが)らバルギーの頬(ほほ)をギユツと抓(つめ)つた。
429バル『アイタヽヽヽ、430決(けつ)して姫(ひめ)様(さま)、431疑(うたが)ひませぬよ、432真剣(しんけん)に承(うけたま)はります。433何卒(どうぞ)、434その手(て)を放(はな)して下(くだ)さい。435顔(かほ)が歪(ゆが)んで了(しま)ひますわ』
436ダリ『本当(ほんたう)に妾(あてえ)の云(い)ふ事(こと)を信(しん)じますか』
437バル『全部(ぜんぶ)信(しん)じますよ、438安心(あんしん)して下(くだ)さい』
439ダリ『そんなら、440妾(あてえ)の、441これ丈(だ)け思(おも)つてる心(こころ)を汲(く)みとつて下(くだ)さるでせうね。442どうか妾(あてえ)を連(つ)れて逃(に)げ出(だ)して下(くだ)さいませぬか。443妾(あてえ)の宅(たく)はスガの里(さと)の百万(ひやくまん)長者(ちやうじや)で厶(ござ)いますから、444こんな泥棒(どろばう)なんかしてゐるより、445余程(よほど)気(き)が利(き)いてゐますよ。446そして妾(あてえ)の夫(をつと)になつて下(くだ)さいましな』
447バル『ヘヽヽヽヽ、448願(ねが)ふてもないお頼(たの)み、449イヤ委細(ゐさい)承知(しようち)しました。450今夜(こんや)のやうな、451好(い)い機会(きくわい)は又(また)とありませぬ。452誰(たれ)も彼(か)も酒(さけ)に酔(よ)ひ潰(つぶ)れてゐますから、453貴女(あなた)と私(わたし)と手(て)に手(て)をとつて一(ひと)先(ま)づ此処(ここ)を逃(に)げ出(だ)しませうよ』
454 ダリヤは嬉(うれ)しさうに、
455『それでは吾(わが)夫様(つまさま)、456どこ迄(まで)も、457お伴(とも)をさして下(くだ)さいませね』
458 バルギーは俄(にはか)に足装束(あししやうぞく)を拵(こしら)へ459ダリヤにも草鞋(わらぢ)を与(あた)へて逃走(たうそう)の準備(じゆんび)をさせた。460……神(かみ)ならぬ身(み)の三(さん)人(にん)は他愛(たあい)もなく酔(よ)ひ倒(たふ)れてゐる。461ダリヤは筆(ふで)に墨(すみ)を染(そ)ませ、462天真坊(てんしんばう)の額(ひたひ)に『ネンネコ』と記(しる)し、463シャカンナの額(ひたひ)に『モー、464イヌ』と記(しる)し、465コルトンの額(ひたひ)に『サル、466カヘル』と落書(らくがき)し、467「ホヽヽヽヽ」と一笑(ひとわら)ひを後(あと)に残(のこ)し、468抜道(ぬけみち)の勝手(かつて)を知(し)つたバルギーに案内(あんない)され、469首尾(しゆび)よく此(この)場(ば)を逃(に)げ去(さ)つて了(しま)つた。
470 月夜(つきよ)の寝呆(ねぼ)け烏(がらす)が四辺(あたり)の大木(たいぼく)の枝(えだ)に止(と)まつて、471『アホウアホウ』と鳴(な)いてゐる。472岩窟(がんくつ)の中(なか)は雷(らい)の如(ごと)き鼾(いびき)の音(おと)に、473ダンダンと夜(よ)は更(ふ)けて行(ゆ)く。474無心(むしん)の月(つき)は二人(ふたり)の逃(に)げ道(みち)をニコニコし乍(なが)ら照(て)らしてゐる。
475(大正一三・一二・三 新一二・二八 於祥雲閣 北村隆光録)
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