二十八歳の春
小幡川にひろひ得たりし石笛を吹けば一同神憑りとなる
弟の由松治郎松修行場に馬鹿をするなと呶鳴り込みたり
治郎松は顔面朱に染めながら吾がゑりくびを掴みてひきづる
こりや喜楽山子をするにも程がある改心せぬかと地上を引づる
治郎松が引づるままに引づられ行けば門辺の石につまづく
高石につまづくとたんに爪ぬかれこけて前歯を二本折りたり
此神は悪神ならむ爪をとり歯をとりよつたと治郎松の憤り
喜楽奴が飯綱を使うて居やがつて俺を血まぶれにあはした悪神
由松はこの体を見て仰天し雲をかすみと逃げ去りにけり
彼の女神憑りして追ひきたりさまざま罰罰と続けののしる
こんなめに人をあはして愉快げに笑ふは何だ喜楽の悪神
治郎松を抱き起せば吾が頭掴んで泣いて離さぬしつこさ
こりや喜楽膏薬代を十両出せ出さねば警察へ訴へてやる
訴へるなら訴へて見よ自分から人をなやめて得たる怪我だよ
喜楽奴が無慈悲な事をぬかしよるいよいよ悪神偽神山子の神だ
神ならば俺の怪我をば直ぐさまになほせなほれば神にしてやる
馬鹿らしく腹はたてども神教の無抵抗主義を吾は守れり
身を清め天地の神に祈願すれば松の出血にはかにとまる
出るだけの血が出た後に止まつたのだ神のおかげでないと頑張る
神ならば指と前歯の此いたみ治して見よと悪言つらぬる
慎みて天の数歌となふれば痛みはとみにとどまりにけり
痛むだけ痛んだ後に治つたのだ祈願なんかきくものかと云ふ