二十八歳の春
何処までも田舎おやぢのわからずやのあまりの事に微笑湧きぬ
ほほゑめる吾が顔を見て治郎松は気持がよいかとにくまれ口いふ
これからは巫女の真似だけしてくれなと憎まれ口たたきびつこひきて帰る
遠近をふれ廻りたる治郎松の足と口との使へずなりけり
村人はあつまりきたり治郎松に罰当りしと口ぐちに罵る
ののしれる声を治郎松聞きつけて貸金催促矢のごとくする
三百の金をかへすか歯と足を今なほすかと駄駄こねる松
三百の金は先月かへしたと云へば受取見せといふ松
書付は出さず金だけ受取りてまだ証文をにぎつてる松
二重取せんとたくらむ治郎松の心の曲のすさまじきかな
四百円の地価があるとて暴君の如く小作にふれまふ治郎松
親類よ家の為めよといひながら三百の金二重取せんとす
株内や親類の名を楯に取りおためごかしに吾が道の邪魔する
七十になつたおこの婆さんが治郎松伴ひ意見に出てくる
先祖からの仏法をやめて神祀る不心得やめと諫める婆さん
治郎松の母なるおこの婆さんはつきあひせぬと怒つて帰れり
狼か大神さんか知らねども忰をいためた悪神といふ婆
村中のにくまれ者のこの婆は嫁を悋気で幾度もかへせり
弟と治郎松二人にせめられて吾はしづかに神の道説く
現世はとまれかくまれ不老不死夜なき国をおもひていそしむ
信仰の力に生ける吾が身には百の妨げ心に懸からず
どこまでも神の大道は捨てまじと百草別けて吾は進めり