二十八歳の頃
すみきれる月かげあびて高熊の岩ケ根静かに眼をさましけり
さつさつと峰吹く風の音きよみ松もる月のつゆけき真夜中
あかあかと松の木下に咲きにほふ躑躅の花の露に月てる
むらきものこころ静見る高熊の岩ケ根てらす月のしたしさ
四十八宝座のうへに合掌しいつとは知らず霊界に入る
枯野原
月も日もなき大野原をとぼとぼと行くもさびしき霊界の旅
ほの暗き枯草の野を辿りゆけばあやしき二つのかげうごめけり
わが道の先をふさげるあやしかげを佇みて見し枯草の野辺に
よく見ればまだ現界に生きてゐる二人の男女の姿なりけり
一人は夫ひとりは妻にしてものにおぢたる様子なりけり
幽界とたしかに思へど二人たつ人の姿に言問ひはじめぬ
何故にこの八衢に来りしよと言葉かくれば黙してうつむく
何となくあたりの景色ほの暗き芝生にたてば髪の毛よだつ
ボーボーと青白き火のただ一つ茅野の奥より近より来たる
青白き光は二人がかがみゐる上にぼとりと音なく落ちたり
キヤツといふ叫びとともに火の玉は三個となりて宙にもみあふ
両人は火の玉となり大いなる火玉とたがひに入り乱れ狂ふ
大いなる火は○○の霊魂とおもへばこはし三角関係
おもはずも拍手うちて神言を奏上すれば消ゆる火の玉
たちまちにぱつと消えたる火の玉のはるかあなたに又現れぬ
われも亦火の玉の行きし一すぢの道をさみしみ進みてぞゆく
枯草に空つつまれし細き川の泥ながるるが横たはりをり
如何にしてこの泥川を渡らむと右見左見つつしばしたたずむ
泥坊主
泥川の底にあやしき声ありておだやかならぬけはひ身に迫る
よく見れば目のただれたる大坊主鉢巻したるが一人あらはる
大坊主わが方みつむるひまもなく向ふ岸へと飛び越えにけり
つぎつぎに草むらわけてのぼりくる坊主四五人棍棒持ちをり
坊主等は棍棒杖に泥川をむかつ岸べに飛び越えにけり
六人の泥かけ坊主むかふぎしに単横陣をはりて目をむく
面白きことをするよと佇みて眺めてあればわれにむかひ来
この川を渡してならぬと六人の泥かけ坊主棍棒うち振る
如何しても渡らにやおかぬといひながら坊主の頭飛び越えにけり
猪口才なことをするなと言ひながら坊主後より追つかけ来たる
言霊を宣りつつ防ぎたたかへば坊主の身体次第にほそる
数歌をちからかぎりに宣りつれば骨と皮との髑髏となる
髑髏よろめきながらわがそばに骨ばかりなる手を出して迫る
あまりにもその我利法師のいやらしさわれも思はず逃げ出しにけり
六人のがりがり法師かたまりて一つの青き火の玉となる
火の玉となりてわが立つ頭上をば前後左右にうなりて狂ふ
地中より氷の如き冷やけき手のはひ出でわが足つかむ
幾十の冷たき骨手につかまれて髪の毛よだち身ぶるひなしたり
頭上より火の玉迫り地中よりわが足ぐいぐい引きずる苦しさ
かむながら御霊幸倍坐世と言はむとすれど喉ふさがりぬ
満身のちからをこめて惟神とただ一言葉うなり出したり
この声に地中の骨手も火の玉もあとなく消えて枯芝の野辺
三途の婆
嗄声聞ゆとみればくさむらの中より出づる婆一人
われこそは三途の川の川守よ着物をぬげといや迫り来る
何故に着物ぬがすかその理由聞かむとなじれば婆あざ笑ふ
イヒヽヽヽギヤハヽヽヽヽと白髪首左右に振りてあざわらふ婆
婆の身で追剥するとはけしからん改心せよとたしなめて見し
改心をするやうなればこんな処に脱衣婆はせぬとて首振る
一日も早く心をあらためて神国へゆけとわれはすすめし
天国は一ばんわしのいやな国脱衣婆が面白いといふ
うしろより三人の亡者辿り来たり忽ち婆につかまへられたり
むなぐらをとられた男顔しかめ何をするかといきまきてをり
婆の手がさはるやいなや着衣皆するすると身体をはなるる
つぎつぎに三人の男着衣をばすつかりとられてふるひつつ泣く
がらがらと長い舌をば出しながらあざわらふ婆の面の憎らしさ
三人をはだかにしたる脱衣婆皺手のばしてわれに迫り来
この婆につかまへられてはたまらぬと逃げむとすれど足もと動かず
婆の手のさはるやいなやわが着衣ものの にはぎとられをり
三人のはだか男をともなひて川岸にたてば濁流みなぎる
濁流のなかに火焔の舌はきて大小幾多の蛇のおよげる
川ばたに裸のままに四人たてば後より婆が突つつき来たる
婆の手のさはるとみれば一人の男もろくも川中に落つ
川中に落ちたる男あはれにも大蛇の口にほふむられける
このさまを見るよりたちまちかむながら御霊幸倍坐世と宣る
神言を宣れば大蛇に喰はれたる男にこにこ吐き出されたり
ふり返り婆をみればかげもなくただ青草の広野となれり
濁流のみなぎる三途の川かげも忽ち消えて花爛漫の野辺
素裸にされしと思ふわが身体に以前にまさる美衣まとひをり
三人のをとことともに神言を奏上すれば音楽きこゆる
三女神
嚠喨たる音楽の音に伴ひて女神三はしらこの場にくだらす
何神におはしますかと尋ぬればわれは三柱姫神と宣らす
素盞嗚の神のつるぎにあれませし三柱神の崇高きすがたよ
瑞御魂神の恵みをうれしみて思はず知らず神言を宣る
夜半の山風
神言を宣るをりもあれ松風の音たかだかと耳にひびけり
よく見れば高熊山の岩ケ根に月かげ浴びて静坐してをり
脂汗たらたら流るるわが面を涼しく吹きゆく夜半の山風
初夏の夜はわけて短くしののめて月山の端に傾きにけり
猪の谷の山にかくれし月の影ほのかに明し宝座の岩ケ根
松風の音颯さつと高熊の闇の尾の上を伊渡る夜半なり