二十八歳の頃
皐月空雲ひくうしてほととぎす高熊山の夕ぐれをなく
きくものは若葉をわたる初夏の風時鳥のみ高熊山の夕べ
常磐木の松ケ枝もるる月かげを浴びて千引の岩ケ根にすわる
如月のさむき夕べにひきかへて夜あたたかき高熊の山
しんしんと夜は更けわたり幽斎の修行はますます深まりにけり
青葉わたる風の囁きしみじみときく高熊の夜はしづけし
四十八宝座のうへに端坐してわれ幽斎の境にいりけり
天かけり国かけりつつわが魂は天の八衢さしていそぎ
知る知らぬ数多の人に出会ひけりわが魂は八衢の辻に
生ける人もみまかりし人も八衢の辻に迷へるさまを怪しみぬ
精霊の世界にいりてややしばしわれ現世のこと忘れゐし
珍らしも意志想念の世界にはみまかりし人の生きて語れる
われ行けど言葉をかくる人もなしただぼんやりと見てゐたるのみ
山を越え谷川わたり芒野をくぐりて行けど行手はてなし
行きゆけば青草もゆる岡のべに千年の老松一本たちをり
老松の木下の岩に腰かけてあたりの山河見入るすがしさ
この松をさかひに天国八衢のけじめあるらし風光かはる
天津人の奏づるならむ笙の音は風のまにまにほのかに聞ゆる
甲冑をつけし老武者ひよろひよろとわが前にたちて苦笑ひせり
何びとと言葉かくれば老武者はわれは時川安家と宣る
三百年のむかし身失せし安家が何故生きてゐるかとなじる
業因の未だ果てねど地獄界を救はれ八衢にありと答へぬ
月光山うづの宮居に祀られし身ながら魂は八衢と歎く
汚れたる身を神宮に祀られて吾はひとしほ苦しと歎けり
汝こそは三千世界の救世主われを救へといひつつなみだす
三百年の天下を治めし汝にしてこの有様はとなじり問ひける
道ならぬ道をたどりて天ケ下にぎりし罪の今に消えずも
音楽の音さやさやに聞えつつ言霊別の神くだり来ぬ
天使降臨
言霊別神の光にうたれけむばたりとその場に倒れし老将
この状を見かしこみてひれ伏せば瑞の御霊と神使よばせり
何神にますやと聞けばわれこそは汝が幸魂言霊別と宣らす
不思議なることを宣らすと思ひつつ頭あぐれば已にかげなし
見上ぐれば雲のあなたに一すぢの光は次第に遠ざかりゆく
道のべにうち倒れたる老将は息もせきぜき頭もたぐる
やうやくに起き上り老武者の面は涙にひたぬれてをり
天国にわれを救へと言ひながら両手を合す老武者あはれ
言霊別神の御言葉ききしよりにはかに神の心地するわれ
何気なくゆるすと言へば老武者は鎧ぬぎ捨て若人と変る
老いさびし武者の精霊若やぎて面かがやく三十歳前後に
老将のかげは何時しか消えはてて天津日かがよふ三十度の位置
若者となりし安家ほほゑみておもてにみゆる感激のなみだ
雲の上たどるがごとき心地してわれにかへれば高熊の巌窟
大空をふと見あぐれば常磐木の松にかかれる月はうごかず
霊界は時間空間超越し古今の差別なきをさとりぬ
青葉吹く風の涼しさわが面をそよろになでて夜の峰わたる
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第二回修行の間に眺めたる霊界のさまつぎつぎ歌はむ