上木崎の森田おたみといふ婆さん稲荷下しをなせると聞きたり
稲荷下し研究せむと百姓に化りて森田の家をとひゆく
破れ家のかたへに小さき祠あり三坪ばかりの新築もあり
新築におたみ婆さんは陣どりて声をからして祝詞あげをり
家も庭もところせきまで老若のあつまり来りて祈願たのめり
この婆さん祠の前に端坐して鈴の緒うちふり占をなす
何事も百発百中と人びとは感じ入りつつしきりに拝む
われもまた群集の中に交はりて稲荷下しの有様うかがふ
群集は次第次第に散りゆきてあとに残るはわづか三人
百姓に化けて私の神下し調べにあなたは来たのかと婆婆いふ
そんな事どうしてわかるとわが問へばお狐さんが知らしたといふ
五回まで貰うた嫁がすぐ帰る理由をきかむと老婆問ひをり
嫁が去ぬのも無理はない息子さんの○○○はみのまると答ふ
さうですかわかりましたと婆さんはおたみ婆さんに礼をいひをり
力なげに老婆はこの家をたちてゆくあとにおたみはわれを引きこむ
教導職の世話を頼むと狐さんがあなたを待つてゐましたといふ
面白きこといふ婆さんと神前に端坐させつつ審神してみる
たちまちに婆さんの相貌激変し大宮神社の狐と宣りけり
森田家の親子にわたしら四にん連れ殺されましたと狐は語る
狐『殺されし恨をこの家に報いんとおたみの身体を悩ませてゐました』
狐『このおたみ祀りますから許せよと頼むが故に命を助けし』
狐『一時はおたみの全身水腫となりて瀕死の状態なりけり』
狐『わが名をば正一位義経大明神妻子は桂玉善玉房』
その方は義経なるかとわれ問へばしからず桂なりと微笑む
わが親子神にまつりし報酬に日日七銭を与ふるといふ
七銭の金さへあればこの女の食ふだけはあると狐は微笑む
警察がやかましき故おたみ女に教導職を願つてくれといふ
よしよしと軽くうけ合ひ御嶽教のわれは教師に推薦約せり
狐『園部にて教会つくり先生を会長にする話があります』
その事は園部の紳士に聞いてゐる今や考慮の最中といふ
狐『園部の方は断りなされ七里ばかり西北にあなたは納まるべき人』
嫁さんもちやんときまつてゐますよと桂明神粋なこといふ
左様なら私はさがるといひながらおたみの身体をつき倒し去る
呆けたるやうな面しておたみさん分りましたかと静に尋ぬる
何もかもお狐さんの物語で判明したと微笑み答ふる
さやうなれば教導職をくれぐれも頼みますよと重ねて願へり
五月田に田を植うる人あちこちと並べる中を黒田に帰る
○余白に
軽きものみ空にのぼり重きもの地上にひそみて力やしなふ