をみなへし桔梗の匂ふ一ノ瀬の天王山に茸狩りたり
松茸は一本もなく雑茸のいくちは籠にみちたらひたり
谷あひに青あを水を湛へたる山池波たち秋風すずし
夕津陽は山池の面を明かしつつ秋を静に山に落ちたり
池の面の菱をとらむとあやまちて辷り落ちたる夕べの冷たさ
池水をはつはつおよぎ土手にのぼり裸になりて着物をしぼる
ともなひし春蔵竹村浦上らわが溺れしを笑うて見てをり
われ水に落ちしを何故救はずに笑ひたるかと詰りてみたりき
竹村は両手を拍ちて高笑ひ神のしぐみと妙なこといふ
神様のおしぐみ邪魔するお前さんは溺れ死ぬのが道のためといふ
理不尽なその暴言にあきれはてわれ一言もかへさずにゐる
浦上はやにはに竹村の前頭部をぴしやりぴしやりと打ち据ゑてをり
『竹村』筆先の御用をいたすこの方をなぐつた奴は手が腫れるぞよ
『浦上』人情を知らぬ貴様をうつたのは皆神様の制裁と思へ
『竹村』神様が人をなぐるといふことがどこにあるかい浦上の野郎
春蔵は蒼い顔してこの場をば茸たづさへすごすご逃げゆく
浦上と竹村二人は土手の上に組みつ組まれつ争ひてをり
浦上に睾丸しめられ竹村は蒼き顔してふんのびにけり
浦上は呆然として立ちあがり何うしませうと心配顔なる
心配はするに及ばず救はむとわれ数歌を宣りあげにけり
数歌を宣れば竹村動き出し息ふきかへしきよろきよろ見てをり
竹村さん確りせよとわれ言へば馬鹿にするなと逆に睨めり
浦上に内証でいひつけこの方を苦しめよつたとさか理屈いふ
竹村の暴言にわれ堪へかねて二人を見すて山奥に入る
天王山尾根に鎮まる午頭神社の社前に入りて黙考なしをり
わからずやの金光教の信徒のみゐる綾部をば去らむと思へり
闇の幕つぎつぎ迫り咫尺さへ弁ぜぬまでになりて淋しき
つくづくと思案にくるる折もあれ足下を通る狐のすがた
知らぬ顔なしつつあればこの狐いづくともなく立去りにけり
東の山の端照して十七夜の月はやうやく昇りそめたり
味方山尾根に昇りし月かげは胸のそこまで冴えわたりたり
ただひとり山の尾上に月をみる夜は淋しくまたも清しき
ひとりみる月はことさら冷えびえと身にしみわたる心地せりけり
あるは盈ちあるひは虧くる月かげに胸の雲霧ややはれわたる
半月は闇の夜なれど半月は月出づるおもへば人生楽し
いかならむ悪魔の中も忍び忍び道開かむと雄心の湧く
この夜より月の恋しさ清しさを今更のごと悟りたりけり
つぎつぎに高く昇りし月光は右にまはりて木の枝にかかれり
常磐木の松にかかりし月光をまためづらしと清しみ見てをり
山上の月に霊魂を洗はむとわれ夜明しをせむと思へり
梟の雌の鳴く音か雌狐かぎやあぎやあ嫌らしき声のきこゆる
森閑と静まりかへる小夜更はいやらしき声も力と思へり
大空の月に語れど嘆けども応へなきこそ淋しかりけり
わがみたる今宵の月はよろこびの月なりにけり悲しみの月
わが魂をよみかやしたる月光はわが一生の導師なりけり
小夜嵐さつと吹きつつばらばらと屋根に落ち来る枯松葉の音
社前をば立ちいで松の蔭に立ちて天津祝詞の奏上をなす
一塊の黒雲天にあらはれて忽ちちからの月を呑みけり
あたり皆うばたまの闇におそはれてわが足元もわかずなりけり
下るべき道もわからず呆然と夜の明くるまで待たむかと思ふ
提灯の灯は山下に五つ六つちらつきそめて人声たかし
御開祖の厳命によりて竹村らわれを探しに来しと見えたり
小夜嵐吹きのまにまに聞え来る声はたしかに浦上竹村
四五人の男女の囁きかしましく次第次第に近づきにけり
迎へられて帰るも男の意地たたず向つ谷べをさして降りたり
こそこそと木下の闇をくぐりゆけば狐一匹わが前通る
われ行けば狐も歩み狐ゆけばわれもその後伝ひて歩む
やうやくに天王平の東谷を草踏みしだき寺村に出でたり
寺村の田圃路をば辿りつつ本宮山にかけ登りたり
本宮山尾根にたたづみ眺むれば天王山に提灯きらめく
一二間間隔たもち提灯は一の字なりに山につらなる
枯芝をかき集めつつ本宮山の南の端に火を焚きにけり
火を焚きておーいおーいと呼ばはれば天王山に谺ひびかふ
提灯の灯は忽ちにゆらつきて山を下り来るさまあはれなり
本宮山下りて広間に帰りみれば開祖祈願の最中なりけり
御祈願のをはるを待ちて開祖様帰りましたと挨拶をなす
先生かまづまづ無事で結構とまたも神前に感謝し給へり
感謝の辞終りて開祖はおもむろに辛抱せよとさとし給へり
『上田』竹村があまり無体を申すゆゑ綾部を去らうと思案しました
そんな気の小さいことで神様の御用が出来るかと御声強し
こんなことでへこたれるやうなお前さんと思はなんだとえらい権幕
今晩はこれでおやすみなされよと言ひつつ開祖は寝所に入らせり
ざわざわと人の足音かしましく五人の男女は帰り来たれり
表戸をぴつしやりしめて錠おろしものをも言はず寝てゐたりけり
浦上は表戸たたき開祖様先生さんは帰られましたか
戸を叩くはげしき音に御開祖は耳ざとく眼をさまし給へり
『開祖』先生は無事に帰つてござる故早う帰つておやすみなされ
御神徳いただきましたと一同は拍手しながら吾家に帰りゆく
来るべき世の状思ひ巡らせて秋の長夜を眠りがてにゐる
大本の前途は遙けし今の間に準備せばやと教典を著はす