秋山の色はやうやく深みつつ柿の実赤く梢にふるへり
帰りみれば四方春蔵一味らは又もよからぬ事をたくめり
四方山は秋の錦を着かざりて晩秋の丹波は寒かりにけり
ばらばらと木の葉は散りて柿の実は庭のおもてに赤く実れり
わが植ゑしただ一本の鶏頭の花の盛りをきりをる春蔵
鶏頭の首をうちきり春蔵はかくの通りと嫌らしく笑ふ
またしても吾に反抗なし居るをその挙動にて悟らひにけり
一刻も油断ならねど春蔵をわが側ちかく侍らせにけり
わがそばをはなせば悪事をたくらむと思ひあきらめ朝夕を侍らす
御開祖は白石山の予言者に一度逢はんと宣らせ給へり
並山の木の間にはゆる紅葉の風に散りつつ秋はいぬめり
本宮山椎のこずゑに風たちて夕べ散りしく枝かげの赤葉
故郷に帰りてしばし帰らざりし間に魔神の経綸すすめり
綾部へはわれ帰らじと思ひてゆ楽しみ出来しと春蔵勇めり
わが留守に白石山に登らんと一人こそこそ用意してをり
本宮の館に帰ればわが荷物縄にくくりて庭に出しあり
何人のしわざなるかとなじり問へば春蔵たちまち蒼くなりたり
勇祐は息せききつて馳せ来り彼等の悪事をさらけ出したり
曲神がついてゐました許してと春蔵両手をつきてわび入る
夕べ寒き庭の面にふしぎなる蛙一匹とび出しにけり
蛙蛇虫も土中にひそむなるこの初冬を珍らしみ思へり
いづくよりか一すぢの蛇あらはれて見る見る蛙を呑込みにけり
春蔵はこの有様を眺めつつわが事なるかとふるひをののく
わがめづる猫はこの蛇見るよりも躍りかかりて咬み殺したり
庭先の柿の実うれてたわたわと夕べの風に梢ゆれをり
折もあれ大なる猫あらはれてわが愛猫を追ひかけまはる
わが猫は難をさけんと柿の木に一目散にかけ上りたり
わが猫のあとを追ひつつ大猫はまたもや柿の木に掻き上る
木の上に猫と猫とのいがみ合ふ状見かねつつわれ木にのぼる
猫のふん柿の太幹に流れをりわれは知らずに浴衣きてのぼる
新らしき浴衣に猫の糞つきて驚きわれは木を下りたり
愛猫は進退ここに谷まりて柿の梢ゆ地におちにけり
地に落ちし猫をかまんと大猫は勢たけく下り来れり
折もあれ隣の猟犬あらはれてこの大猫を追ひやりにけり
みみず喰ふ蛙はへびにはふむられ蛇は子猫に殺されにけり
わけも無く蛇をころせし猫の仔はまた大猫にしひたげられたり
大猫は犬に驚きまつしぐら命からがら逃げさりにけり
次次に不思議なること現れて春蔵ますますふるひをののく
本宮の初冬は寒し綿入衣朝た夕べは重ね居たりき
天地のめいるが如き心地して初冬の綾部を寂しみにけり
無学者に取り囲まれて只一人われは教書の執筆を為す
春蔵の執着ふかく何処までも吾を邪魔もの扱ひ為し居り