霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二十六章 神霊問答

インフォメーション
題名:第26章 神霊問答 著者:出口王仁三郎
ページ:343
概要: 備考:2023/10/04校正。 タグ:スエーデンボルグ(スエデンボルグ、スウェーデンボルグ)、お紋狐(オモン狐)、堺峠?(峠境) データ凡例: データ最終更新日:2023-10-04 03:39:28 文字数:16704 OBC :B121802c158
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]:『昭和青年』昭和7年10月号
時……昭和七年八月六日
所……天恩郷高天閣
人……出口王仁三郎、信徒A、同B、同C、同D、同E、同F、同G
A『霊夢(れいむ)の判断の方法とか態度に就(つい)て、お伺ひ致し度(た)うございますが』
王仁『レイムつてなんじやい、夢か?』
A『例(たと)へば夢で聖師が或(あ)る家に来られて、天津祝詞を奏(あ)げられた時の聖師の着物とか姿が、ハッキリわかるとかした場合は何(ど)ういふ御心(おこころ)がお働きになつてゐるのか、判断に苦しむことがありますが』
王仁『その夢の事か、じや、夢の種類から云はねばならぬが、神夢(しんむ)、霊夢(れいむ)、実夢(じつむ)、虚夢(きよむ)、雑夢(ざつむ)、悪夢(あくむ)といふのがある。神夢(しんむ)といふのは、神が姿を現はして、或(ある)ひは白衣(びやくい)の老人が現はれたとか、或はわしの姿が表はれたとかして、そこで色々の事を教へる、といふやうなのが神夢じや。霊夢といふのはもう少しぼんやりして居つて、或は太陽が出たとか、富士山に登つたとか、或は鷹が来たとか、さういふやうな瑞祥の夢を見る時や、それを秩序整然と初めから終(しま)ひまで憶えてゐるのが霊夢や。併(しか)し霊夢には良いのも悪いのもある。この前にかういふ霊夢を見た者があつた。葬礼(さうれい)の夢といふのは納まるといふて非常に良い夢やといふのや。古(いにしへ)から鷹(たか)の夢といふのは、一富士、二鷹でよい夢といふことになつてゐる。それから黍(きび)の夢、黍(きび)の夢とか粟(あは)の夢は実(み)が多いから良い夢やとある。が、四方(しかた)春三(はるぞう)が上谷(うへだに)に居つた時葬礼(さうれい)の夢と、鷹が三匹来た夢を見た。それからズル黍(きび)といふて一穂に一万粒も実(み)のなる黍(きび)の夢を見た。良い夢を三つ一緒に見たのだ。それをわしが判断してやつて『ソレ見タカヨイキビ』と言ふた。二鷹なら良いのや、併し一富士、二鷹、三茄子(なすび)の夢は良いけれども、之は本当は夢の事でなくて、徳川家康の心得としてゐた事なのだ。家康は黄金(わうごん)を沢山有(も)つて居つた。軍用金を沢山有(も)つて居つたから天下をとることが出来たのだが、その黄金を貯へるのに、例(たと)へば奢(おご)りをし度(た)いとか娯(たのし)みをし度(た)いと思つた時に、富士を見たのだ。今の人なら花見だとか芸者買ひに行くとかするのだが、そんな時に富士の風景を見て、それを第一の娯(たの)しみにして居つたのぢや。二つ目の楽しみは鷹を飼ふこと。他人(たにん)に御馳走をする時でも自分は金(かね)を出さずに鷹に鳥を捕らしてそれで料理して御馳走した。それから茄子(なす)を作つて浅漬けを非常に楽しみにして居つたのぢや。その位(くらゐ)の心得で金をためてそれで天下を取つた。家康は実際はその様な心得のあつた人だつた。それで一富土、二鷹、三茄子の夢を見たら、その心得になつて居れば教訓になるから良いと云ふのぢや。併しその心得にならなんだら何にもならない。
 悪夢は妙なものにおそはれたりするやつ。雑夢(ざつむ)は木に竹を接(つ)いだやうなことで、今亀岡に居るかと思ふと東京に居たり、又綾部に居つて見たり、梅の木ぢやと思つて居つたら牡丹(ぼたん)の花が咲いて下に筍(たけのこ)が生へたり、木に竹を接(つ)いだやうなのを雑夢と云ふのぢや。
 それから人の心気(しんき)が霊に感じて、気分の良い時には霊夢を見る。雑念のある時には雑夢を見る。良い夢を見るのは総じて右の肩を下にして、平仮名の「さ」の宇になつて寝た時には愉快な夢、左を下にした時には悪夢、仰向けになつた時にも胃腸の弱い時等(など)には悪夢を見る。又かういふ夢もある。河内(かはち)といふてわしの親爺の生(うま)れ故郷ぢや。其処(そこ)に宗三右衛門(そうざゑもん)といふ長者があつたが、若い時は貧乏で、上下(じやうげ)といつて京都行(ゆき)の荷物をして居つた。或日(あるひ)京都からの帰りに鳥羽村(とばむら)の川縁(かはふち)で連(つれ)の男と二人で一服して居つた。さうすると宗三右衛門はおきて居つたが、連(つれ)の男が眠つてしまつた。見てゐると、その寝てる者の鼻の穴へ蜂(はち)がは入(い)つて出て又(また)別の穴から出て行く。起(おこ)してやらうかと思つたが、放(はう)つとくと又蜂がは入(い)つて行つて又こつちの穴から出る。出ると近所の荊棘(いばら)の中へは入(い)つて行つた。終(しま)ひに起(おこ)してやると「小判がドシンと落としてあつたので拾(ひろ)はうと思つたのに、起したもんだから…」と云ふ。「そんならその夢を買はうか」と云ふと「買ふ買はんて、何(ど)つちにしても夢の事ぢやないか」「そんなら今日儲けたのを皆やらう」「それなら…」と云ふのでその夢を買ふてしまつた。「お前の夢を買ふたんやさかい、実行しても俺の物やぞ」と云つておいて、翌日その蜂(はち)のは入(い)つた処へ行つて見ると、ザクザクといふ程(ほど)小判のは入(い)つてある財布が隠してあつた。泥棒か何かが隠して置いたものだらう。そうして長者になつた。それから之(これ)はわしの実見(じつけん)した夢だが、之も鳥羽(とば)で、家の親爺と二人で──わしは十二三だつたが、──河内(かはち)へ鮎(あゆ)を獲(と)りに行つた。丁度(ちやうど)この頃の気候で、雨が降ると鮎を獲りに行くのだ。鮎を獲つて鳥羽まで帰つて来ると丁度(ちやうど)十二時頃、さうすると火の玉がころげて居る。こわくて仕様(しやう)がない。それから家の親爺が癇(かん)テキ者(もの)だから杖で火の玉をドツキに行つた。さうしたらシユッと逃げて三軒程(ほど)先の家の中へは入(い)つてしまつた。でその家を「もしもし」とたたき起して「変な物がは入(い)つたが、何ぞ居りやしませんか」と云ふと、こつちの方で「ああこわいこわい」と云ふて「大きな男が子供連れて出て来て、ドツキに来たからびつくりして逃げたら夢やつた」と云ふてゐる。わしはそれを聞いて寒気(さむけ)がした。かういふ風(ふう)に向(むか)ふが夢を見てゐたのぢや。それは人玉(ひとだま)が飛び出したのぢや」
B『さういふ時には、精霊が飛び出て居るのですか』
王仁『さうだ。これ等(ら)は実夢(じつむ)で、最前云つたのも実夢だ。わしはそんな火の玉を何遍も見たが……。子が生(うま)れる時と、その子が死ぬ時と二度見たがね』
B『今度の神の国に、生れる時に人玉(ひとだま)がは入(い)るといふのは……』
王仁『実際わしは見たが、は入(い)るのと子が生(うま)れるのと一緒だ。そしてそれが出たと思ふと死んでしまつた。それから之は綾部の話だが、鹿造(しかざう)[※大槻鹿造]の親が死んだ時に、鹿造が長火鉢(ながひばち)に丹前(たんぜん)姿(すがた)で威張つて居る。すると其処(そこ)にウイロ饅頭みたいな物が火鉢の傍(わき)にある。何じやおかしいなアと思つて見ると、ウイロでもないし、妙な物があると思つて取らうとしたら、母親の口(くち)の中ヘポツとは入(い)つてしまつたのぢや。おかしいなアと思つてゐると、又コロコロと出て来て火鉢の上へのつた。今度こそはパツと掴んだと思つたら、婆さんが『キヤツ!』と云つた。それで死んでしまつた。病気で寝とつたのであるが……』
B『それを夜見ると、光るのでせうね』
王仁『フーム。穴太(あなを)の金剛寺(こんがうじ)の隣(となり)座敷(ざしき)に風呂岩(ふろいは)と文助勝(ぶんすけかつ)といふ二軒の家があつて、其(その)庭から見ると其処(そこ)に井戸の傍(わき)に火玉(ひのたま)が出ると云つて、村の者がみな見に行つた。プーツと上がると後(あと)が褌(ふんどし)を引(ひき)ずつたやうに見える。そいつがバシヤツと家の椋(むく)の木へつき当(あた)つた。ガバツと落ちてグシヤグシヤと光つて居るのぢや。翌日見たら雪隠虫(せつちんむし)のやうなものに一寸(ちよつと)ばかり毛の生えたものが、毛どうしからみ合ふて円(まる)くなつて居つた。いまだに何か分(わか)らん。毛許(ばか)りで雲隠虫(せつちんむし)のやうな物が二百位(ぐらゐ)居つただらう。未(いま)だにわしはその椋(むく)の木の下へ行くと思ひ出す。溝(どぶ)があつて、西側に椋(むく)の木がある今は大きくなつてゐるが、其の時はそんなに大きくはなかつた。
 それから夢といふ物は、例(たと)へば君がこつちに「彼の女」があつて恋慕して居るとする。何とかして一つ口説(くど)いてやらうと思つて居るが、又(また)一方で振られたら耻(はづ)かしいから云ふまい、といふ反省力がある。処(ところ)が寝てしまふと、他(た)の思想が皆(みな)寝てしまつて、何とかして云ふてやらうやらうといふ心だけが独り起きとる。それで夢の中で「あなたを好(す)いとつた」とか何とか云ふと、又(また)向ふも亦(また)うまいこと云ふ。さうするとそれが夢やハハハハハ……。金(かね)が欲しい欲しい思つてゐるけれども、起きてゐると金(かね)が滅多に落ちて居りそうな事はないといふ反省力があるが、寝てしまふと金(かね)が欲しい欲しいといふ精神計(ばか)りが起きてゐる。それで金(かね)を拾ひかけたりする夢をみる。神から知らすといふのはあるけれども、神夢を見るといふのは余程魂(たましひ)が清浄でなければならん。
 今年は日の出の夢を見たとか、富士の山を見たとかいふのは霊夢ぢや。
 実夢(じつむ)は、何処(どこ)そこに何が落ちとつたといふやうな事を見て、翌日行つて見ると実際にそれがある。蜂が鼻の中に、は入(い)つたのなんかは実夢(じつむ)だ。自分は蜂でないにきまつてゐる、夢で見たのだからな。悪夢はおそはれる奴だ』
B『こわい物におそはれるのは、矢張り霊でせうか』
王仁『さうだ。そこら中(ぢう)霊ばかりだから。霊が充満してゐるのだから』
C『今修業に来てゐる人で、お伺ひして呉れと云はれてゐるのですが、近江の長浜(ながはま)の人で建築の技師で御座います。今まではお大師(だいし)さんを大変信仰して居りまして、去年の十二月から大分(だいぶ)長い間夫婦(ふうふ)でお四国詣(まゐ)をしとつた人です。服部(はつとり)といふ長浜の支部長さんと神様のお話しで喧嘩するやうな議論をしたのです。別れてからあんまり言ひ過ぎたからお詫(わび)をせなならんと思つて寝たんです。さうすると夢に、伊吹山(いぶきやま)の直(す)ぐ上の処に星が三つ現はれて、二つはとても光るのです。ダイヤモンドのやうに大きく光るのです。その二つの下の処には一寸(ちよつと)暗いのがあるのです。不思議だと思つて醒めたのです。それでお詑に行かう行かうと思つて行かないで居ると、又(また)夢を見たのです。六畳の間(ま)で寝て居りましたところが、大きな蛇体(じやたい)が欄間(らんま)を巻いたのです。色は金色(こんじき)に光つて、それがザラザラと動き出したのです。汗みどろになつて醒めました。で愈々(いよいよ)服部さんにお詑に行かうと思つてゐると服部さんが来て呉れました。「実はこんな夢を見たのですが」といふと「あなたは半ケ年の中(うち)に屹度(きつと)亀岡に修業に行きます」と云つたのです。それから話しが接(つ)ぎ接(つ)ぎになりますが──水口(みなぐち)に広瀬といふ信者さんがあるのです。同じ職業なものですから、そしてその方(かた)が口(くち)を探して居られたものですから、其処(そこ)へ行らつしやい、といふので、広瀬さんのところへ行くといふと、「早く修業に行きなさい。私が旅費なんか立て替へますから行らつしやい」といふのでとんで来たさうですが、今日で四日許(ばか)り泊(とま)つて居られます。さうした所が、夢で聖師様が現はれて「よう来た、お前に何か書いてやる」と仰有(おつしや)られて書いて下されるといふところで、眼が醒めたさうです』
王仁『その夢が何(ど)うや。何も別に判断するやうな、夢じやないぢやないか』
C『私はこんな判断をしたのです。伊吹山に現はれた明るい星といふのは、厳霊(いづみたま)様と瑞霊(みづみたま)様じやらう。暗い星はお大師(だいし)さんでお大師(だいし)さんは仏(ほとけ)、仏(ぶつ)の世は済んで、厳霊(いづみたま)様と瑞霊(みづみたま)様の処(ところ)へ来いといふ意味だらうと、こんなに申しましたが……』
王仁『それはさうに決まつて居る』
C『それから大蛇(だいじや)といふのは、督促係じやないかと思ひますが……川田(かはだ)さんといふ尾道(をのみち)の信者さんが良く云はれますが、神様の事を反対してゐると其処(そこ)へ大蛇(をろち)が出て取巻(とりま)いたので閉口(へいこう)して、飛んで来てお参りした。その時は恐ろしくて、と云はれますので』
王仁『それは金竜海(きんりうかい)の金竜(きんりう)だ。修業して金竜海へ参れといふことだ。此処(ここ)(亀岡)で修業したら金竜海へ行くだらう。金竜海には──金竜と銀竜が、あそこへ納まることになつて居ると云ふ歌があるだらう──。四(よ)ツ王山(わうざん)に居つた金竜で、それが大八洲(おほやしま)へ行くのだ』
B『現在お鎮まりになつて居(を)らないのですか』
王仁『なつて居(ゐ)るとも、大蛇(をろち)で、天保銭(てんぽせん)程(ほど)の鱗(うろこ)をわしは有(も)つて居るよ。黄金閣(わうごんかく)か何処(どこ)かへ置いてある。天保銭より一寸(ちよつと)大きいぜ。証拠を見せて呉れといふと鱗(うろこ)を二枚落として行つた。血がついて居る生生(なまなま)の奴を残して行つた』
C『大正八年頃拝見しました。薄桃色(うすももいろ)のでございますね』
王仁『それが大阪の松島へ出て来て落(おと)したのだ。谷前(たにまへ)の所へ来て、神島(かみしま)を祭つて呉れといふので、何ぞ証拠を見せて呉れといふと、この鱗(うろこ)を見て呉れたら大抵大きさがわかるといふので落(おと)して行つた』
B『夏樹(なつき)が先日大病(たいびやう)した時、初恵(はつゑ)が蚊帳(かや)の外に居たので、パンヨが夏樹も居るからサアおは入(い)りと蚊帳(かや)を上げてやると中には入(い)つて、夏樹の側に寝た相(さう)ですが、その翌日からダンダンよくなつた相(さう)で、私が浦和からの手紙を見て霊前(れいぜん)で夏樹を守つてやれと祈つた時だつたのですが、霊が行つて看護したのでせうか』
王仁『霊が来て居るのや。執着が強いと五年も六年も付いてゐる。わしの祖父(おぢい)さんも五つか六つ位(ぐらゐ)まで付いて居つた。それから、弟の吉公(よしこう)が祖父(おぢい)さんと同じことだ。祖父(おぢい)さんは博奕(ばくち)許(ばか)り打つて死んだのだ。その祖父(おぢい)さんは畑の草を取る時に其処(そこ)へ埋(い)けといたら良(よ)いのに又生(はえ)ると云つて、口(くち)にくわへて向ふの畔(あぜ)まで行つて畔(あぜ)の外へ放(はう)る癖があつた。吉公(よしこう)が四つの時に両親が畑へ草取りに連れて行くと、吉公が又祖父(おぢい)さんと同じやうに取つた草を口(くち)にくわへて、向ふの畔(あぜ)まで行つて畔(あぜ)の外へ放(はう)るのだ。又博奕(ばくち)打ちの祖父(おぢい)さんが生(うま)れ変(かは)つて来た、と云ふて居つたが、矢つ張り博奕(ばくち)許(ばか)り打つて、家から牛からわしの金時計から何も彼(か)も打つてしまつた。博奕(ばくち)打ちの親分の河内屋(かはちや)が引つ張りに来てしやうがない。わしが鳶口(とびぐち)で弟の首筋を引つ掛けて連れて帰つた事があつた。さういふ風(ふう)に同じ癖(くせ)をやるものだね、生(うま)れ代(かは)りと云ふ奴は』
D『病人が熱が高いのは、邪神がやつてゐるのですか』
王仁『邪神が憑(うつ)つて、悪霊(あくれい)におそはれて熱の高いのもあるし……。それから癒(なほ)るのは九分(くぶ)まで信念が助けるのだから、例(たと)へば柚(ゆづ)の話をしたら口(くち)が酢(す)うなるだらう。人の精神作用によつて肉体も直(すぐ)変(かは)る。嬉しい時には顔色(かほいろ)が良くなり、失望すると青くなり飯(めし)も食へなくなる。それで熱も此(この)人が来たら救(たす)けて呉れるといふ信念と神様の神霊とで癒(なほ)る。頑固な人は滅多に癒らない。そんな人が癒るのは神様のお力(ちから)許(ばか)りだ。信念のない人でも癒る事がある。そんな人は此世にまだ用がある人なのだ』
B『癒(なほ)つてから矢張り神様があるなといふやうなもんでせうな』
王仁『そんなのは一遍(いつぺん)は救(たす)けて呉れるが忘れると今度はいかん。肺結核でも四十以上になつてゐる人は癒つて長生きする。二十台の人は癒らない。人は情欲の発生する病気でそれをしたら屹度(きつと)悪くなるのだから……』
D『三十までの人で癒つた人はありませんね』
王仁『癒るけれども、又あれをやるさかいに。年寄りは癒ると固まつてしまふのだ。それから猩紅熱(しやうこうねつ)や何かでも──西田(にしだ)元吉(もときち)が猩紅熱(しやうこうねつ)になつて居つた。わしが行くと、警官や医者や衛生係が居つて、は入(い)ることならぬと云ふ、フト考へると──西田は鍜冶屋(かぢや)をして居つたが、その弟子が他の鍛冶屋から金(かね)を三円貰ひ、西田を呪ひ殺せといふ依頼を受けて、産土(うぶすな)さんの杉に釘を七本打つてあるといふ事がわしにわかつた。西田は上手(じやうづ)で安(やす)ふするものだから、他の鍛冶屋が恨んだのだ。家の奴が釘を打つのがわしに見えたのだ。それから衛生係や何か居つて騒いで居つたが、之(これ)は猩紅熱(しやうこうねつ)でも何でもない。産土さんの杉に釘が七本打つてあると云つて、近所の人やその打つた奴にも行かしたら、そいつは吃驚(びつくり)してその晩に紀州へ去(い)んでしまつた。それから翌日釘の穴に餅(もち)を買つて詰めといてやつた。釘を抜くと同時に、病人は四股(しこ)を踏んで、『こんなもんや』と云ふて逹者になつた。医者も帰つてしまつた。それから本当に癒るまで百日かかるといふて置いたが、果(はた)して毒が残つて後がなやみ出し、体がはれてこんな畳の敷居の高ささへも這(は)ふて越せん位(ぐらゐ)になつて居つた。ところが百日目に臀部(でんぶ)から破裂して、三升程(ほど)泥水みたいな膿(うみ)が出て、それで癒つてしまつた。それまで西田といふ奴は神様に反対して困り者だつた。まだその杉の木はある』
E『そんなに釘を打たれたりしても、こちらの霊魂(れいこん)が正しい信仰をして居つたら、そんなにならないですむものぢやないのですか』
王仁『併(しか)し生木(なまき)だからな。彼奴(あいつ)を殺(や)つたら「抜いてやるやる」と云つて打つのだから、木にも魂(たましひ)があるから……木魂(こだま)に響くといふが天狗や何かは木魂(こだま)で、魍魎(もうりやう)はスダマだ』
B『その釘を打つた奴は、何(ど)うなるのですか』
王仁『紀州へ行つて病気になつた。それから西田に「行つてやれ。そして恕(ゆる)してやるさかいにと云ふてやれ」と言ふたが、さう云つてやつたら矢つ張り百日かかつて癒つた』
D『人を化(ばか)すのは、狐や狸の外(ほか)にもあるのですか』
王仁『今はなかなか狐や狸は直接には欺(だま)さない。私(わし)等(ら)は欺(だま)された。昔は嘘つくといふやうな事はなかつた。わし等(ら)の若い時でも嘘ついたら交際しなかつたものぢや。今の狐やなんかは人の身体(からだ)の中へは入(い)つて、サツクにして使つてゐる。人間も賢うなつて飛行機に乗つて空を走つたりするから、狐も人の体をサツクに使ふのだ。それから亀岡の士族で、川上(かはかみ)さんといふ先生があつて、犬飼(いぬかひ)の学校に居つて、又(また)佐伯(さへき)の学校に転任になつた。峠境(たうげざかい)にオモン狐(ぎつね)といふ悪い狐があつたが、或日(あるひ)その川上といふ先生が、峠をどんどん上(のぼ)つたり下(くだ)つたり許(ばか)りしてゐるのぢや。フツと見ると天狗岩の処に狐が居つてペツと尾をこちらへ振ると、どんどんどんどんとこつちへ下(お)りるし、あつちへ振ると、又どんどんとあつちヘ上(のぼ)つてゆく。たうたう死んでしまふたけれども……。今は狐に化(ばか)されたといふのは聞かんね』
B『この頃は聞かんなア、本当に』
王仁『ちつと人智が進んでくると化(ばか)すことは出来ない。昔の人は狐が欺(だま)すもんじやといふ事を、自分が思つてないでも、腹の中からさういふ血を受けてゐるから欺されたのだ。先祖代々血液の中に渡つて来てゐるのだから、今はそんな馬鹿な事があるもんかい、と思つてゐるから……』
B『河童(かつぱ)が欺(だま)すと言ひますが、河童とかいふ物は本当に居るのでせうか』
王仁『居るとも、家(うち)に河童が居るぜ。小国(をぐに)の上野(うへの)さんのところから持つて来て呉れたのだ。上野さんの先祖が川へ酒樽(さかだる)を洗ひに行くと、酒の香(にほひ)を嗅いで河童が出て来て、向ふの方で踊つて居る。それで石を投げたらその川の中へ跳び込んでしまつた。川は滋賀瀬川(しがせがは)といふ川だ。今度来たら切つてやらうと思つて、片方の手で樽を洗つてゐると、樽に妙な手をかけたので差添(さしぞ)へを抜いてパツと切ると、その手を置いて逃げてしまつた。それを大事にして残して置いたものだ。さういふいはれを書いたものがある。細い手で矢つ張り五本指がある。穹天閣(きうてんかく)の宝物(はうもつ)の中には入(い)つてゐる。人の手とちつとも変(かは)らぬ。三つ位(ぐらゐ)の赤ン坊の手位(ぐらゐ)で、指が非常に長いし、爪も大変長い。乾物(ひもの)になつてゐるのだから、腕の骨もこの拇指(おやゆび)程(ほど)しかないね』
D『河童が血を吸ふと云ひますが、本当でせうか』
王仁『河童といふけれども、蝦蟇(がま)も河童の一なんだゼ。蝦蟇(がま)が鼬(いたち)をこつちから狙うと、鼬(いたち)が其処(そこ)で何(ど)うしても動かれん。そして血を吸ふのだ。蝦蟇(がま)と鼬(いたち)の間に板をやると血が付くといふ。わしは実験したことはないけれども、良い程(ほど)血を吸ふて殺してしまふてから、蝦蟇(がま)が草原の中へ持つて行く。四五日経つと腐つてしまふ。蝿(はい)がたかつて虫がわく。さうすると又蝦蟇(がま)が這ひ上(あが)つて行つて、その虫を皆(みな)食つてしまふ。
 も一つ不思議な事がある。家の祖母(おばあ)さんの話じやが、家の庭の上に燕(つばくろ)が巣を組んで子を産んで居つた。すると蛇が梯子(はしご)を上(のぼ)つて、燕(つばくろ)の巣を狙うてると一尺程(ほど)届かん。どないするかといふと、半日程(ほど)見てゐると、蛇の中から又(また)蛇が出て食うてしまつたさうだ。性念魂(しやうねんこん)が出て来たのだね。それから金剛寺(こんがうじ)の屋根替(やねがへ)の時の事だが、屋根の高いところに雀(すずめ)が巣をしてゐた。そいつを蛇が這ふて上(あが)つて雀の巣をとらうとして、誤つて屋根から石庭へ落ちて頭を打つて死んで仕舞(しま)つた。それで寺内(じない)の薮(やぶ)の中へ蛇を放しに行つた、三日程(ほど)すると雀が巣の中で騒ぎ出した。見ると赤蟻(あかあり)がずつと柱から続いて巣へ来てゐる。さうすると、ずーつと赤蟻の続いてゐる終(しま)ひはその捨てた蛇のところで、蛇は骨だけになつて居つた。蛇から蟻が続いて居つた。三十間(けん)位(くらゐ)あるだらうね。それはその時分(じぶん)にみな見に行つてえらい事だつた。霊(れい)といふものは怖いものや。蛇の霊と云ふのは良い霊ぢやない。人が死んで大蛇(だいじや)になつたと云ふ古事はいくらもあるが、人の想念が凝り固まつて、つまり霊魂が凝結したら蛇になる』
B『そんな一心(いつしん)は、すごいもんですなア』
王仁『それ位(ぐらゐ)一生懸命になつたら、病気でも何でも癒つて了ふ。俺は歯が痛うてもう三十日程(ほど)も癒らんが、精神作用一つで、必ず癒るものと思つて痛い歯で物を食べてゐる』
D『戦争に行つて同じ処へ行つて、一方弾丸(たま)に当(あた)らん人と、その傍(そば)で戦死する人もあるし、そんなのは霊的に何かあるのですか』
王仁『それは霊的関係もあるし、都合よく繰り合はせして貰ふのもあるけれども、弾(たま)は横へ曲(ゆが)んで来んからじつとして居つた方がよい、蒙古で俺(わし)の乗つてゐた驕車(けうしや)は、金々(きんきん)ピカピカで誠に良い標的であつた。それで当つたらいかんと云つて、慮(ろ)占魁(せんくわい)が外から判らん様(やう)におほひをしたので、暑いから外に出て馬に乗つた処が弾丸(だんぐわん)がいくらでも飛んで来る。併し隠れたりする奴に皆(みな)当る。松村とわしとがじつとしてゐたが、じつとして居つたら其処(そこ)丈(だ)けしか来んだろう。飛び廻(まは)ると一瞬間に当る場所が広くなる訳だ。金的(きんてき)と尺(しやく)の的(まと)では金的(きんてき)の方が当らん。わしは弾が来るとじつとしてゐた。あわてるとやられる。走ると余計受けるやうなものだから』
D『一つは先づ霊でやられて、それから肉体がやられるらしいといふ事を、聞いた事がありますが』
王仁『霊でやられてゐるから、挙措(きよそ)度(ど)を失(うしな)つてしまふのだ』
F『私の兄貴が日露戦争で実見(じつけん)したのですが、非常に勇敢な連隊長で、胸から上をのし上(あが)つて指揮をして居つた位(くらゐ)ださうで、或(ある)朝「僕は帽子に入(い)れとつた天照皇(てんせうくわう)大神宮(だいじんぐう)様のお札(ふだ)がなくなつた」と消気(しよげ)て居つたので「いや品物ですから、なくなる事もあるよ」と口を極めて慰めたが、丁度(ちやうど)その日戦死したさうです。その日は特に頭丈(だ)けしか出さないで居つたさうですが、頭へ弾丸(たま)が当つて戦死したさうです。それから自分が足をやられた時も、何だか気抜けがしたと思ふと、その時やられたさうです』
王仁『神様といふ事を離れたら落胆(らくたん)する。……信念の力は強い』
D『神様にお願ひして置いて、素盞嗚尊様なら素盞嗚尊様、瑞霊(みづみたま)様なら瑞霊(みづみたま)様と念じて石笛(いしぶへ)を吹いて居ると、如何(いか)にも神様がお出(い)でになつた様な気分がしますが、本当にお出でになるのでせうか』
王仁『それは相対の原理ぢやないか。こつちが神様と思ふた時には、神様の霊もこつちへ来るのだ。死人の事でもこつちから思つてやると向ふで会つて居る。死者の霊が或(あるひ)は夢になつて現はれる事もあるが、思はなかつたら会へやしない。相対的で相応の理だからね』
B『霊の正しい霊であるか、正しくない霊であるかといふ事の見分け方といふやうなものは、ないでせうか』
王仁『感じた時に、正しい霊なら額が熱い。前額(ぜんがく)から暖かくなつて来る。それは正しい霊で、悪い霊はぞーつと尻から来たり首筋から来たりする。鎮魂すると、『体が熱うなりました』といふだらう。霊魂といふものは善を思ひ善を為せば、恩頼(みたまのふゆ)といつて無限大に増へるものだ。悪い事をすると減る。人殺しでもしてゐると、何でもない事に巡査が来ても、すぐ捕(つか)まへに来たのぢやないかと思つてびくびくする。良い事をしてゐて『警察からでも褒(ほ)めて来て呉れんかなア』と思つてゐる位(ぐらゐ)の時は巡査が来ても、ああ来て呉れたか、といふやうなもので平気なものだ。それと同じことだ。神は愛善、神は愛だから神を愛し人を愛するといふ事、之程(これほど)強いものはない。だから神を信仰する者はいくらでも魂が肥(こえ)る。信仰のないものは直ぐ落胆(らくたん)するから、魂はやせる一方と云ふ事になる』
B『進取的(しんしゆてき)なものはいいと云ふ事には、ならないでせうか』
王仁『進取的でも信仰のない者は、扇(あふぎ)の要(かなめ)のないやうなものでだめだ。でないと得意の時は良いけれども、逆境に立つと見られんやうに気の毒な姿になる。私は随分逆境に立つたが、立つ程(ほど)面白くなる。之(これ)丈(だ)け一つの経験を得た、と思つてゐる。蒙古の時に信仰といふものは、こんなに阿呆になるものかと思つたが、あの時は妻子(さいし)の事も思はなかつた。唯(ただ)神様の事と世界の事とは思つてゐたが──それは一生懸命だつたから──その他の事はちつとも思はなかつた。銃を向けられた時も「之(これ)から天界へ上(のぼ)るのだ、併(しか)し天界へ行つても地上の人を守護してやらう」と思つてゐた位だ。別に怖いともかなはんとも、何とも思はない。自分の辞世(じせい)を詠んで他人(ひと)のも詠んで、まだ滑稽な歌まで詠んで笑つて居つた位だつた。
  我(われ)を待つ天津(あまつ)みくにのわかひめをいざしに行かん敵のなかうどに
 信仰があると、こんな時にでも滑稽な事が云へて来るものだ』
F『霊界に於ける士農工商と云つた様な組織を、御話し願ひ度(た)いのですが』
王仁『霊界物語に、書いてあるじやないか』
F『天界に於ても士農工商があるとか、私利私欲を主(しゆ)にせずに、公共の幸福のために業(げふ)をいそしむといふやうな事は、お示しをいただいて居りますが、もつと詳しく具体的な方面をお示し願ひ度(た)いと思ひまして』
王仁『わしのは二度言はれん事になつてゐるのだ。神様は一旦言はれたら二度と言はれんのだ。神の言葉は二言はない。それで先(さ)きに言つてしまふと本(ほん)が出来ないから、霊界の事はあんまり言ふのはいやなのぢや。その時一遍(いつぺん)しやべつたら、二度と言はれんからな。大祥殿(たいしやうでん)で講師が同じことを何遍も言ふてゐるのは、あれは取次(とりつぎ)だから良(よ)いが、わしのは二度と同じ事を言はれん役なんだから。若(も)し大祥殿でも、私(わし)が言ふたら今までに言はなかつた事を言はねばならんから、なかなかむつかしいのぢや。けれども死後の生活や何かはあれ(霊界物語)を見たら大底わかるはずだ。芦田(あしだ)はんの書いたのに詳しく書いてあるが、スエーデンボルグだつたかなあ、霊界は現界の移写であると、之(これ)丈(だ)け考へて居つたらええ。正しい人の現界と天界とは同じことだ、……この世は形(かたち)の世、型(かた)の世で、お筆先にも「十里四方は宮の内、福知(ふくち)舞鶴外囲(そとがこ)ひ」とあるが、お宮さんのこんな小さい形(かた)が一つあつたら、無限大に想念で延びる。富士山の写真をとると、小さな写真でもそれで富士山で通るぢやないか。現界は何千何百哩(まいる)とか云ふて居るが、霊界で見たらどの位になるかわからん。人間も五尺の躯殻(くかく)だけれども、想念に依つては太陽に頭を打つやうな処まで、拡張するかも知れない。霊魂上の世界と、肉体上の世界とは違ふのだから』
F『例(たと)へば……農業等(など)でもやつぱり種(たね)を蒔(ま)いたり、草を除(と)つたりするのですか』
王仁『それは天国で蒔(ま)いて居らなければ、地上に蒔(ま)かれん』
F『みな同じやうな手続きを、踏むのですか』
王仁『──このものは青人草(あをひとぐさ)の食ひて生くべきものなり、天(あめ)の狭田(さだ)長田(ながた)に植ゑしめたまひ……とあるやうに、天(あめ)の狭田(さだ)長田(ながた)に植ゑられるから、現界にも田植が出来るのじや。天国といふけれども雲の上にあるのぢやない。かうして居るのもみな天人がかかつて働いてゐるのだ。稲を植ゑる時には妙な心を持つて植ゑるものはない。他人(たにん)の悪いことを思つたりなんかしやしない。邪念も何(な)にもない天国的想念でやつてゐるものだ』
F『食事も現界の人が食べるやうな、同じ方式でやるのでせうか』
王仁『霊身(れいしん)だから霊気(れいき)を食ふのだ。現界の人間が食べて糞(くそ)をたれるやうなものじやない。白い米を食べても黄色い糞(くそ)をたれて赤い血を出す。黄色くなるのもそれは霊がしてゐるのだ。で之は人が食ふとつても、天人が食ふとるのだ』
F『煙草(たばこ)はあるのですか』
王仁『こつちにやつてゐる事は、皆(みな)ある』
B『酒は如何(いかが)でせう』
王仁『酒もあるとも、町もあれば、士農工商皆(みな)ある』
F『地獄の方は、そんな職業はないのでせうか』
王仁『それはない。生産的の事はない。争議団を興して他人の物を分配して、食はうといふやうな事を考へて許(ばか)り居るのだ』
F『商売なんかは──呉服屋もあり米屋もあり八百屋もあり、といふやうにあるのでせうか』
王仁『あるとも、現界(こつち)は移写だから、売買はこつちとは一寸(ちよつと)違ふが、約(つま)りいふたら、一村(いつそん)なら一村(いつそん)は誰の物でもない、村長が皆(みな)神様から預(あづか)つて居るのだから』
F『その分配の便宜を計るといふやうな者が、商売人でせうか』
王仁『そうだそうだ』
F『工業や何かでも……大工とか機械工業など』
王仁『大工はこつちで大工して居つた人が大工するので……機械工業も発達してゐる。霊界から現界へ写る。現界が進むから霊界が進み、又(また)霊界が進むと現界が進む。霊肉一致だ』
F『それにも地獄的のものもあり、天国的のものもあるのでせうか』
王仁『地獄的のものは、天国には居(を)れはせん』
F『営利的な、腹の黒いのは、地獄的にやつて居るのでせうか』
王仁『それは八衢(やちまた)的だね。本当の地獄へ行けば、生産といふ事はないから』
F『現界では日本などは親と子といふやうに、経(たて)の関係を本位として居りますが霊界では神様が親様で、あとは皆(みな)子に当(あた)るといふことになつて居りますが、一つの家庭に於きましては、夫婦の他に祖父母とか父母とか子孫とかが、一緒に住むといふことはありませんのでせうか』
王仁『意志想念が合ふて居ると同じ処で同じ団体に住める、意志想念といふものが合ふて居れば、村中(むらぢう)幾ら家があつても一つの家だから』
F『現界では子供が生(うま)れると大騒ぎを致しますが、霊子(れいし)の生れる時にも、それに似た様(やう)なことがあるのでせうか』
王仁『意志想念の世界だから、人間のやうに妙な処へ○○せんでも、頬(ほほ)と頬(ほほ)とくつつければ出来るといふやうなもんだから、おして知るべきだ』
G『この間(あひだ)北海道の雑誌を見たら、お神酒(みき)の香(か)を嗅(か)いでも、修業の妨げになる守護神が多いといふて、神様に上げるのまで止(や)めてると書いてありましたが、少し矛盾してゐると思いますが』
王仁『自分が嫌ひだからといふて、上げんといふやうな事はない』
G『聖師様が、お神酒(みき)を上(あが)られたら』
王仁『わしの肉体は嫌(きらひ)だ。自分が撒饌(てつせん)後(ご)いただいたら上(あ)げたんぢやない。教祖はんは──「神様に上げるものといふたならお燈明(とうみやう)丈(だ)けや。外(ほか)の物は皆こつちがいただくのや。神様が皆食べはつたら誰もよう祭らへん」──と始終言はれた。「今日はかしわ買(か)ふて来い。今日は何買ふて来い」と云つて毎日五合も御酒(おさけ)を飲まれたら本当によう祭らんだろう、それでも召し上(あが)つても供へる、自分が食ベないでも神様に上げるといふ信念でなければならんのだ。主一(しゆいつ)無適(むてき)といふのは「神に仕(つか)ふること、生きたる人に仕ふるが如し」といふ精神だ。家が無からうが、自分が食へなからうが神様にお供へする、といふのならば本当の信仰だけれど』
G『物語に、男の人が改心すると女神さんが現はれます。あれはやさしいといふ事を表はして居られるのでせうか』
王仁『愛を表はして居るのだ。愛は女性的のもの。愛の女神といつて女は愛で男は勇気を司る。艮の金神が稚姫岐美(わかひめぎみの)命(みこと)のみたまを借りて、出口の神と現はれると書いてあるが開祖はんは稚姫岐美命の生(うま)れ変(かは)りだ。それの体(たい)を借りて霊を借つて開祖と現はれられたのだ。所謂(いはゆる)国常立尊は稚姫岐美命であり、稚姫岐美命は出口直でありといふ事になつて居る。神と現はれるのや。神になるのぢやない。酒呑んで首を振つて虎になるのだつたら、本当の虎になるのだ、が虎となるのだ』
G『霊学(れいがく)三分(さんぶ)で筆先(ふでさき)七分(しちぶ)とありますが、何(ど)ういふ程度でせうか』
王仁『それは何時(いつ)までもと云ふのじやない。あの時分は一生懸命霊学(れいがく)許(ばか)りやつとつた。鎮魂許りして居つた。神が在るか無いかといふ事を人に証明する為に、三分(さんぶ)位(ぐらゐ)は見せても良い、といふ事だ。先(さ)きになつたら霊学などせんでもわかつて来る。それはその時の戒めだつたのだ、永遠の戒めでも何でもない』
F『この間(あひだ)青木中尉が上海(しやんはい)から帰つて来て、日本でも扶乩(ふうち)なんかで出して呉れると神様が直ぐわかつて、いいんですがと云つてゐました』
王仁『扶乩(ふうち)でも幾分そうだが、神様といふものは、人をたらすことがある。開祖さんのお筆先でも、「平蔵どの……」とかいつて、三千世界の神様が「平蔵どの」等(など)とおかしいけれど……扶占(ふうち)でも「井上(ゐのうへ)留五郎(とめごらう)に酒一杯飲まして、二十円やれ」といふやうな事迄(まで)あるのだ。神様の神策で勢(いきほひ)を付けて働かすためだ。お筆先にでも「御用きいて下さつたら手柄さす……」と書いてあるが、交換条件みたいに手柄等(など)さして欲しくはない、と思ふけれども、初めは手柄のし度(た)い人が居つたのだから、対者(たいしや)によつてさう言はなならんのだね』
G『みろくの世には、飛行機は要らないとありますが』
王仁『みろくの世には飛行機より、もつと良いものが出来るからだ。今の飛行機みたいにあんな事をしないでも、よいやうになる』
F『大本でも航空といふ事に努めて居りますが……』
王仁『過渡時代には、必要なのだ』
F『宣伝は勿論、聖師様がたが各所を往来される為、お乗りになるといふやうな事もあるのでせうか』
王仁『それはある。航空といふ事の観念を国民に持たす為には、こつちが範(はん)を示さねばならぬから……』
F『我々としては将来に対し、大(だい)なる抱負を持つて……小さい気持ちで引つ込み思案ではいけないと考へてゐるのですが。それから救世主がくもに乗つて、再臨されるといふのは船に乗つてお出(いで)になることだと、お示しになつて居られますが、我々としては何(ど)うも飛行機にでもお乗りになつて文字通り、雲の上からお降(くだ)りになつていただき度(た)いやうな気が致しますが』
王仁『くもは船の事で、飛行船の事だ』
B『その時分にはツエツペリンよりも良いものが出来るだらうよ』
E『誠心(まごころ)と信仰といふものがあつたら、所謂(いはゆる)霊覚(れいかく)といふやうなものがなくてもいいやうに思ひますが』
王仁『霊覚(れいかく)と霊感とある。霊感といふ奴はまだええ事はない。霊覚といふのは、所謂(いはゆる)神は愛善だから神の心を覚つたのが霊覚だ。ほとけは覚者(かくしや)といふことで、愛と善とが徹底したのが霊覚なのだ。神様を見たとか何とかいふのは霊感だ。それから霊は所謂(いはゆる)霊ばかりでなしに、霊妙不思議なといふ意味もある。霊鷹(れいよう)がとまつたとか、霊鳥(れいてう)がとまつたとか云ふだらう。わしが作つた霊学会といふのは霊魂学(れいこんがく)許(ばか)りでなしに、この上もない尊い学王学(がくわうがく)だから、之を霊学と名付けたのだ。霊魂学と霊学とは違ふ。あの始めに拵へたのは、その意味からだつた』
E『では普通の人は霊感ですね』
王仁『霊感者と霊覚者とは、品位の高低が違ふ。ほとけは覚者(かくしや)といふ。そこへまだ霊が付けてあるのだから』
B『結局は愛と善が最上のものであると云ふ事になるのですね』
王仁『世の中に善といふものは愛より外(ほか)にない。最も力(ちから)の出来るもの、総て成功するものは愛と善だ。キリスト、ムハメツドは愛を説き、仏教は慈悲を説き──之も愛だが孔子は仁(じん)──仁(じん)といふことは隣人を愛するといふ事で、仏教もキリスト教も愛を経(たて)に、善を緯(よこ)に説いて居る──キリスト教はそれで十字架なのだ。総ての宗教は愛を経(たて)に、善を緯(よこ)に説いでゐる。人類愛善といふことは、各既成宗教および今までの道徳教の総てを一つに纏(まと)めた、まあ云ふたら抱擁したのだ、肝腎のエキスをとつたやうな名である。仏教とかキリスト教とかは、米(こめ)みたいなもので、米(こめ)の中から出た酒の汗(しる)が、愛と善なのだから』
A『霊心(れいしん)と霊魂(れいこん)は、何(ど)う違うのですか』
王仁『それは同じことだ。魂(たましひ)といふのは心(こころ)といふ事なのだから四魂(しこん)で心(こころ)となる。つまり勇(ゆう)親(しん)愛(あい)智(ち)が『心(こころ)』といふ字だ。左の⼃は智(ち)でLは愛が受けてゐるので、上の左ヽは親(しん)、右のヽは勇(ゆう)である。鎮魂帰神は安心立命といふことだ。鎮(ちん)は安(あん)也(なり)。人の陽気を魂(こん)といふ、魂(こん)は即ち心(こころ)である。それで鎮魂は安心となる。帰神は元の神の心になれば、それが帰神である。別に手を震はしたりせんでも、安心立命すればそれで良いのだ』
C『尸解(しけ)の法について、お伺ひ致し度(た)いのですが』
王仁『ガツト虫(むし)が蝉(せみ)になるのも、みな尸解(しけ)の法である。ガツト虫に羽が生(は)へて変(かは)るだらう。麦の中から虫が発生(わい)て、蝶になる。之もみな尸解(しけ)の法だ。天狗になつたとかいふのは、人間の中(うち)尸解(しけ)の法によつてなつたのだ。鳥(とり)等(など)は自然に従つてゐるから、何でも出来る』
C『尸解(しけ)の法によつて霊界に入(はい)る以外に、霊界に入(はい)ればそれ等(ら)の血液はどうなるのですか』
王仁『鶏(にはとり)なんかは大抵食(く)ふやうになつてゐるから、殺された時に霊が抜ける。それが霊身(れいしん)を作つて鶏(にはとり)なら鶏(にはとり)になつてゐる。人間の体は死ぬと血が黒うなつてしまふ。霊のある間は霊が流通さしてゐるけれども、霊が抜けてしまふと肉体の中に入(はい)つてしまふ。滓(かす)が残つてゐるが、血が血管の中を廻(まは)つてゐるのは霊が動いてゐるからで、人間の血は霊なのだ。霊が入(はい)つてゐるから赤い。霊がなくなつてしまつたら水分が、体内へ吸収されてわからんやうになる。静脈血(じやうみやくけつ)は初めから黒いが、本当に良い奴は融和してしまふ。水気(すゐき)が屍体(したい)と一緒になつてしまふのだ。血液は元通りあるのだけれども、屍体(したい)の中に一緒になつてしまふので、分らなくなつて了(しま)ふのだ。霊といふものは形のないものだから、形のないものが、血液の中に廻(まは)つてゐるから赤いのだ』
E『私が病気の人を鎮魂して、病人の体に手をあてますと、あてる所によつて指が激しく動く所と、余り動かない所がありますが』
王仁『そりや矢張り、霊の関係である』
B『狐つき等(など)と云ふものは、どんなものですか』
王仁『宮川(みやがは)の森(もり)蘭丸(らんまる)の後裔(あと)に、琴太(ことた)といふ人があつたが、そいつが反対者に狐を憑(つ)けられた。さうすると狐が腕の中へ、ふつとは入(い)つて来て、括(くく)つても括(くく)つても段々奥へは入(い)つて来る。それでとうとう気狂(きちがひ)になつてしまつた。
 それからわしが大阪で、狐つきに頼まれて癒(なほ)してやつたが、体にポコツとふくれたものが出来てゐる。それへ『艮の金神 艮の金神』と書いて段々追ふて行つた。体中(からだぢう)みな書いてしまつたら、此処(ここ)(腕(うで))まで出て来た、指の処まで出て来ると『痛い痛い』と云つてゐたが、とうとう爪(つめ)の間から蛭(ひる)のやうな奴が、出やがつてプーツと丸くなつた。でそいつを捕(とら)まへやうと思つたら、コロコロと門(かど)へ出て丁度(ちやうど)門口(かどぐち)へ巡査がやつて来たがそれにぶつかると、いきなりサーベル抜いて暴れ出して、ウワーツウワーツと云ふて行きよつた。さうしたらそのおやぢが癒つてしまつた。歯ブラシを作る商売で沢山職人を置いた家だつた。所謂(いはゆる)聖書に云ふ鬼(おに)だね、鬼(おに)といふても角(つの)の生(は)えたものではない。悪霊(あくれい)を全部一つの言葉で云ふ言葉だ』
B『一神教と多神教についての御意見は如何(いかが)でせうか』
王仁『キリスト教は一神教で、「仏教は多仏教(たぶつけう)、日本の神道は多神教だからいかん」といふけれども、天照大神様は一つだ。キリスト教ではエンゼルといふてゐるがエンゼルにはみな役があるのであつて、日本ではエンゼルを八百万の神と呼んでゐる。太玉神(ふとたまのかみ)[*底本では「太主神(ふとたまのかみ)」だが誤字であろう。]でも総ての神さまは皆(みな)一種のエンゼルだ。野立彦(のだちひこ)の神さまだとかあるけれども、物語ではみなわかり易いやうに宣伝神(せんでんしん)にして置いてある』
B『国魂(くにたま)の神を生むと云ふ事や、島生み等(など)についてお伺ひしたいんですが』
王仁『国生み島生み、といふてあつても、別に○○○から出たのぢやない。淡路島を生むといふのは淡路島を開拓することである。島を生み神を生みたまひ……とあつても無茶苦茶に生んだのではない。大国主神は国を治めやうと思ふと、その国々へ行つて細女(くわしめ)を見てそれと一緒になつて、その子を国魂の神にしたのだ。上根(じやうこん)の人だつたらさうやつて、沢山子(こ)を拵へたらよいのだが、現今(げんこん)の様(やう)な人々がそんな事やるといかん。徳川家康も五十人子(こ)があつたといふけれども、本当は落胤(らくいん)とかいふのを合(あは)すと二百人もあつた。嫁さんを変へればいくらでも出来る。みな子の種のある奴を流してしまつてゐるのだから。併しそんな事を当り前だと思つてやると、世の中が壊れてしまふからなー』
G『それから竜女(りうぢよ)といふのはよく聞きますが、竜男(りうなん)といふのもあるのでせうか』
王仁『竜(りう)は女性的なものだからみな女である。坊主なんかでも、竜になるやうに修業する人があるが竜でも畜生だから、そんな事するのは畜生以下になつてゐるのだ。狐を拝んだりしてゐるのも、狐以下になつてゐる、昔(むかし)交通が不便だから、狐が稲の種(たね)をくわへて方々(はうばう)へ蒔(ま)いたのだ、と云つて稲荷さんの使ひにしてゐる。又御饌(みけつ)の神といふのと、キツネとを間違ふて、そんな風(ふう)になつたのだ』
D『竜神さんといふのは、竜とは別ですか』
王仁『竜を竜神と称(とな)へたのもあるし、竜神といふと幾らか功(てがら)の出来たものが竜神である。蚯蚓(みみづ)は赤竜(せきりう)、蜴(とかげ)は石竜(せきりう)、壁虎(やもり)は屋竜(をくりう)、川の竜は鯉(こひ)、地(ち)の竜は馬(うま)、海の竜は鯨(くぢら)。それで竜を描くとあんな顔してゐる。馬の首を持つて来たり、鯉の鱗(うろこ)を持つて来たり、髯(ひげ)を持つて来たり、牛の角(つの)を持つて来たり、総て寄せて拵へてあるのだ。今の竜の画(ゑ)は……』
B『人の霊魂よりはつまり下(した)なんですか』
王仁『そりやそうにきまつてゐる』
D『××分院に、大竜神(だいりうじん)として祭つてありますなどは……』
王仁『宣伝使があんな事してしまつたので、顔がつぶれるからしてやつたのだ。それで○○を叱(しか)つてやつた。功(てがら)してからでないと祭られんのだけれど、早く功(いさを)を立てるやうにと云つて祭つてやつた。たとへ田吾作(たごさく)でも村長(そんちやう)といふ名が付くと、役場へ出て幾分でも仕事が出来る。雨の神、岩の神、地震の神、みな竜神である。お働き次第で祭るのだ』
D『子供の時によく蛙(かへる)を沢山殺したりしますが、何ともないものでせうか』
王仁『阿呆(あほう)程(ほど)強いものはない。こつちが何ともないのだからどうもない。精神作用といふものは恐ろしいものだ。医者がこんな実験をした。コレラの黴菌(ばいきん)を死刑囚に「これは滋養になる」と云つて飲ませたが何ともなかつた。又葡萄酒(ぶだうしゆ)を死刑囚に持つて来て「お前は死刑になるのだが、この薬を飲んだら楽に死ねるが、首を絞められて死ぬのと何(ど)つちが良い」といふと「そつちの方が良うございます」といふのでそれを飲ましたら、何ともないのにコロツと死んだ。又「お前の指を一寸(ちよつと)切つて、かうやつてゐると、百(ひやく)読む中(うち)に血が皆(みな)出てしまつて楽に死ぬのだ」と云ひ聞かして置いて、寝さして体(からだ)を包んで耳丈(だ)け聞(きこ)えるやうにして、初め水を指先に落(おと)してヒヤツとさして、そして「一(ひー)ー二(ふー)ー三(みー)ー」と読んで行つて、「九十九、百」といふとコロツと死んだ、といふことだ。人間は神様を信仰して、神の生宮(いきみや)であるといふ事を常に考へて、そして何でも魂(たましひ)を強く持たないといかん』
(昭和七・八・六)
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