霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
目 次設 定
設定
印刷用画面を開く [?]プリント専用のシンプルな画面が開きます。文章の途中から印刷したい場合は、文頭にしたい位置のアンカーをクリックしてから開いて下さい。[×閉じる]
テキストのタイプ [?]ルビを表示させたまま文字列を選択してコピー&ペーストすると、ブラウザによってはルビも一緒にコピーされてしまい、ブログ等に引用するのに手間がかかります。そんな時には「コピー用のテキスト」に変更して下さい。ルビも脚注もない、ベタなテキストが表示され、きれいにコピーできます。[×閉じる]

文字サイズ
フォント

ルビの表示



アンカーの表示 [?]本文中に挿入している3~4桁の数字がアンカーです。原則として句読点ごとに付けており、標準設定では本文の左端に表示させています。クリックするとその位置から表示されます(URLの#の後ろに付ける場合は数字の頭に「a」を付けて下さい)。長いテキストをスクロールさせながら読んでいると、どこまで読んだのか分からなくなってしまう時がありますが、読んでいる位置を知るための目安にして下さい。目障りな場合は「表示しない」設定にして下さい。[×閉じる]


宣伝歌 [?]宣伝歌など七五調の歌は、底本ではたいてい二段組でレイアウトされています。しかしブラウザで読む場合には、二段組だと読みづらいので、標準設定では一段組に変更して(ただし二段目は分かるように一文字下げて)表示しています。お好みよって二段組に変更して下さい。[×閉じる]
脚注 [?][※]や[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。まだ少ししか付いていませんが、目障りな場合は「表示しない」設定に変えて下さい。ただし[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]


文字の色
背景の色
ルビの色
傍点の色 [?]底本で傍点(圏点)が付いている文字は、『霊界物語ネット』では太字で表示されますが、その色を変えます。[×閉じる]
外字1の色 [?]この設定は現在使われておりません。[×閉じる]
外字2の色 [?]文字がフォントに存在せず、画像を使っている場合がありますが、その画像の周囲の色を変えます。[×閉じる]

  

表示がおかしくなったらリロードしたり、クッキーを削除してみて下さい。


マーキングパネル
設定パネルで「全てのアンカーを表示」させてアンカーをクリックして下さい。

【引数の設定例】 &mky=a010-a021a034  アンカー010から021と、034を、イエローでマーキング。

          

岩戸開き

インフォメーション
題名:07 岩戸開き 著者:出口和明
ページ:152 目次メモ:
概要:明治36年(1903年)5月、弥仙山岩戸開き。前日の筆先で、喜三郎に「おに三郎」、朝野に「なおひ」と命名される。「弥仙山」の随筆に隠された真意。7月、七社参り。生活苦の久は田を借りて耕す。 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-07-01 07:28:27 OBC :B138908c07
0001 ――これから男子(なんし)女子(にょし)とが和合でけて、0002四魂(しこん)そろうての御用となりて、0003ひとつの道へ立ちかえりて、0004このなか楽にご用でけるぞよ。0005そうだともうして、0006気ゆるしはちっともならんなれど、0007経綸(しぐみ)どおりにいたしてくれれば、0008この行先は勇みてご用がでけるぞよ。
0009 こんど岩戸を開くには、0010海潮(かいちょう)(鬼三郎の号)は(ひつじさる)金神(こんじん)と守護がかわりて、0011善ひとすじの道へ立ちかえりて、0012神界では出口おに三郎と名をいたすぞよ。
0013 こんどいただいたおん子は、0014水晶のたねにいたすのであるから、0015岩戸開きのお願いには、0016名は出口につけさすから、0017出口なおひと申して()(はな)咲耶姫(さくやひめ)どの、0018(ひこ)火々出見(ほほでみ)(みこと)どの、0019神界へおん願いいたして下されよ。0020(明治三十六年旧四月二十七日)
0021 この筆先は信者を随喜させ、0022明日に迫った弥仙山岩戸開きへの期待がいやが上にも高まった。0023変性男子(出口直)と変性女子(上田鬼三郎)との和合ができ、0024鬼三郎の守護は悪神小松林に代わって坤の金神となる。0025これによって待ちに待った艮の金神、0026坤の金神の夫婦の御霊が大本に揃ったのだ。0027そして鬼三郎は神界から出口おに三郎と名をいただき、0028また朝野は出口直日として水晶の種にするというのだから。
0029 おに三郎の戸籍名は上田喜三郎のままだが、0030その時以来、0031彼は筆先の平仮名〝おに〟に0032〝王仁〟の字を使用する。0033また朝野は明治三十八年にみずから直日と言い出すまで、0034戸籍名通り朝野と呼ばれていた。
0035 明治三十六年五月二十四日(旧四月二十八日)(うし)(こく)(午前二時)、0036提燈片手に蓑笠つけた一行は龍門館を出発する。0037留守番役の四方祐助老人が禿げ頭をうやうやしく下げる。0038出口直を先頭に、0039王仁三郎(鬼三郎)、0040澄、0041朝野を背負った出口竹蔵、0042二人の守役、0043十二人の役員、0044信徒たちが列を正して粛々(しゅくしゅく)と進む。0045午前三時、0046木下慶太郎方にて小憩、0047再び出発して八幡社、0048三十八社に参拝する頃は、0049夜は明け放たれている。
0050 一行は不動の滝で水行し、0051彦火々出見命を祀る中の宮に参拝し、0052羊腸(ようちょう)の山道を登って登って頂上(おそら)の宮に達する。0053太陽はだんだん高く昇るのに、0054提燈のともし火はつけたままであった。0055祭典が終わるまでは岩戸はしまったままで、0056まだ暗闇だからである。0057 王仁三郎はこの一行を龍灯(りゅうとう)隊と命名した。0058海中の燐光(りんこう)が燈火のように連なりあらわれる現象の龍灯と、0059さも似ていたからである。
0060 祭神木の花咲耶姫の神前に簡素な神饌を供え、0061岩戸開きの神事が厳粛に執行される。0062舞鶴の正午のドンを合図に、0063提燈の火がいっせいに吹き消された。0064感涙が頬を伝うまま、0065一同の顔は晴れ晴れと輝く。
0066 その夜のうちに、0067岩戸開きに関する筆先が示された。
0068 ――出口直六十八さい、0069明治三十六年の四月二十八日の岩戸開きのおんしるし。
0070 綾部の大本は、0071結構な龍宮館が高天原であるから、0072この大本でご用つとめあげさしたいと思うたなれど、0073なにもこのなか闇黒(やみくも)で、0074男子と女子とのたたかいで、0075大本のなかで和合がでけん、0076あまりこのなか荒立ちて、0077男子と女子が敵対(てきと)うて、0078明治三十四年の九月八日に弥仙山の彦火々出見命のお社のなかへ立てこもりたおりが、0079金輪際(こんりんざい)のかなわんおりでありたぞよ。
0080 それから明治三十六年の四月の二十八日まで、0081岩戸は閉まりておりたぞよ。0082岩戸しめておいては暗がりの守護で、0083なにいたしても暗がりでは、0084すみやかなことはでけんによって、0085明けの烏といたさねば、0086ものごとがおそくなるぞよ。
0087 明けの烏といたして守護いたすには、0088岩戸開かな夜が明けんぞよ。0089これからは日の出の守護となりたから、0090善し悪しがありやかによくわかるぞよ。0091(後略)
0092 ――明治三十六年の四月の二十八日に、0093岩戸開きと相定まりて、0094けっこうに変性男子と女子との和合がでけて、0095金勝要(きんかつかねの)大神(おおかみ)はすみ子に守護いたすなり、0096龍宮さまが日の出の神にご守護あそばすなり、0097四魂そろうての守護いたさねば、0098こんどの世の立替えには上下(うえした)そろわんとでけはいたさんぞよ。
0099 世に出ておいでる神さまに、0100ごぞんじのなきことであるから、0101世に出ておいでます神さまと、0102世に落ちておりた神さまと和合いたさねば、0103この世はおさまらんぞよ。
0104 それについて明治三十四年に岩戸をしめて、0105この世のなかはこのとおり、0106まっくらがりであるということが、0107実地がして見せてあれども、0108そんなことのわかる人民がないので、0109男子はたびたび、0110のどから血をはくごとくでありたぞよ。
0111 於与岐(およぎ)は因縁のあるとこであるから、0112きよらかな弥仙山という結構なお山の頂上に、0113木の花咲耶姫どのをおまつり申して、0114中のお宮が彦火々出見の命どの、0115下のお宮が三十八社なり、0116こんど頂上の木の花咲耶姫どのに、0117世に出ておいでる神さんと、0118世に落ちておりた神との、0119和合させるおん役を、0120神界からおおせつけたのでありたぞよ。
0121 大本の変性男子のご世継(よつぎ)末子(ばっし)のすみ子なり、0122女子が坤の金神、0123みたまは男子と女子とが夫婦なり、0124すみ子のみたまと海潮のみたまとは親子なり、0125肉体では海潮とすみ子とが夫婦にいたして、0126木の花咲耶姫どのの分けみたま、0127この大本は代々、0128女のご世継と相定(あいさだ)めるぞよ。
0129 肉体が女であるぞよ。0130とりちがえのなきようにいたさんと、0131とりちがいをいたすと、0132まちがいがでけるぞよ。0133万劫(まんごう)末代(まつだい)つづかす大本であるから、0134出口直のうちに気をつけておくぞよ。
0135 弥仙山は昔から、0136女は参拝いたされんお山でありたなれど、0137あまり世が開けすぎて、0138生神の住まいをいたすとこは、0139この近辺では弥仙山。
0140 こんどの弥仙山の岩戸開きのおん(とも)は、0141もうこの行くさきには無きご用でありたぞよ。0142木の花咲耶姫どのの分けみたまをいただきたおん礼やら、0143結構なご用でありたぞよ。
0144 末法の世をちぢめて、0145金神の世にいたして、0146二どめの世を立替えて、0147二どめの岩戸を開いたら、0148もうこのさきで、0149岩戸は閉めることはでけんぞよ。
0150 この世に出ておいでる神さん、0151世を持ちあらしなされて、0152その世をうけとるおりが、0153於与岐の弥仙山の頂上の、0154木の花咲耶姫どのの神前で、0155(たい)もうな岩戸開きをいたしたのであるぞよ。0156なにごとも神のいたすことは、0157人民では分かるまいがな。0158(明治三十六年旧四月三十日)
0159 一昨年(明治三十四年)旧九月八日の出口直の弥仙山ごもりによって岩戸が閉まったが、0160この度の神事によって今こそ天の岩戸が開けたという。
0161 岩戸開きが終わって昂揚した気分の大本人種と反対に、0162王仁三郎は苦悩していた。0163天の岩戸開きと立替え立直しは共通項でくくられるから、0164彼らはいよいよ立替えが始まったと受け取っている。0165しかしそれは神界のことであり、0166それが現界に移るのは何十年先のことか。0167それまでに彼らが失望することは目に見えている。
0168 頂上の宮で、0169王仁三郎は木の花咲耶姫から「天の岩戸の鍵を握るものは瑞の御霊なり」との神示を得ていた。
0170 高熊山での霊界探検のみぎり、0171桜の花をかざした仮の姿の木の花咲耶姫が、0172梅の香かおる王仁三郎の精霊に三つの御霊、0173すなわち瑞の御霊を充たし、0174弥仙山の頂上の宮に鎮まり給うたのを目撃している。0175が、0176そんなことを言えば気違い扱いで罵倒されるのがおちだ。0177けれど人々が瑞の御霊の神格を認めぬ限り、0178天の岩戸は開けない。
0179 艮の金神、0180坤の金神、0181金勝要神、0182龍宮の乙姫の四魂が揃って大本を守護するという。0183艮の金神は直、0184坤の金神は王仁三郎、0185金勝要神は澄と、0186役員信者たちにここまでは分る。0187が、0188さてと、0189龍宮の乙姫は日の出神に守護して現われるという。0190日の出神といえば筆先では出口清吉になり、0191彼らは清吉が今にも帰ってくると期待する。0192それは直もまた同じであろう。
0193 違う、0194そいつは違うのだと王仁三郎は叫びたい。
0195 九月二十七日、0196王仁三郎は神がかりして筆を持ち、0197平仮名ばかりで「弥仙山」なる一文を一気に書く。0198字面だけ読めば単なる岩戸開きの紀行文だが、0199その中に出口直の岩戸ごもりに対する痛烈な批判が秘められている。次の「みせんざん」及び「やまみちのあんない」と題する随筆は、機関誌『神霊界』大正9年(1920年)7月21日号p10-18に掲載された。『大地の母』には次のように平仮名文(神霊界で発表された原文)と漢字文が二段組で掲載されている。平仮名の原文に隠された秘密の文は、ここでは太字で示したが、『大地の母』ではゴシック体で印刷されており、『神霊界』では目立つようにはなっておらず「やまみちのあんない」を鍵として読むようになっている。平仮名の原文は一行の文字数が異なため、ウェブページ上では秘密文の文字は、デコボコに並んでいる。しかし『神霊界』や『大地の母』では字間が調整され、印刷上の行の長さは同じになっており、秘密文の文字はきれいに斜めに並んでいる。
0200  みせんざん  弥仙山
0201うしとらのだいこんじんわかひ  艮の大金神稚姫君命の
0202ぎみのみことのみたまがしんくわで  御霊が神界では
0203はへんじようなんしのてんのか  変性男子の天地の神と
0204みとさだまりよにいでてぜんせ  定まり、世に出て三千世界を
0205かいをたてかへてむかのかみよ  立替えて昔の神代の
0206のやすくたいらけきつしよにひ  安く平けき現世に翻さんと
0207るがへさんとこのにあらはれた  この世に現われ給い、
0208まひしたつゆはのかみやしきは  下津岩根の神屋敷は
0209つぼのうちしぐうむらやほんぐ  坪の内、新宮村や本宮に、
0210うにたなびくもはおほえやまよ  棚引く雲は大江山より弥仙
0211りみせんけてたんごのめしまお  かけて丹後の沓島冠鳥
0212しまにたわりて十り四はうみな  に伝わりて、十里四方皆
0213みやうちとかんさだめたまひて  宮の内と神定め給いて、
0214とびらきとおよぎなる三十は  岩戸開きと於与岐なる三十八社に
0215しゃになかのみやみそらのやし  中宮、頂上の社
0216ねのみねこのはなさくやひめ  金峰、木花咲耶姫の
0217のかみましましてよのうるはしき  神に坐しまして、世の美しき
0218みわざこのかみのおんさちはひ  神業は兄神の御幸い
0219たまものぞぼくおいしげりてむか  賜物ぞ。古木生い茂りて
0220しのかみよそのすがたけやきや  昔の神代のその姿、欅や
0221すぎのしげりうはあたりになら  杉の茂り様は四辺に双ぶ
0222ぶはやしもなしけまくもかしこ  林もなし、掛巻くも畏き
0223きこのみやまはふるよりもをんな  この神山は古くよりも女の
0224のまゐるをゆるさずいこうどの  参るを許さず、頼光殿の
0225のおにをたいじたおほえまよりふ  鬼を退治た大江山より
0226るきことやほとせあまりちもひ  古きこと、八百歳余り、道も
0227らけてにぎわしくひのもともも  拓けて賑わしく、日本にも
0228ろこしにもまたなきけっこうる  唐土にもまたなき結構なる
0229れいざんなればこんどよのかわ  霊山なれば今度世の変わる
0230おりのみしるしにここにゆはを  折の御験に、ここに岩戸を
0231ひらかんとさしそへのみたみた  開かんと差添えの身魂身魂を
0232まをひきつれこころもみもきたち  引き連れ、心も身も浮き立ちて、
0233てでぐちのかみのおんめしをよ  出口の神の御示しを喜び、
0234ろこびいさみすゝんほっそくす  勇みすすんで発足す、
0235うづきの二十七にちそがれちかく  卯月の二十七日黄昏近くに
0236にしたくをつかてまつやくいん  支度をつかねて待つ役員
0237いづれもよりつまりてかさにし  いずれもより集まりて笠に
0238るしのおくかきかみのおもひを  印の奥深き神の思いを
0239かきとめれていさみてよなかに  書き留められて、勇みて夜中に
0240やかたしゆくしゆくとれつをた  館を粛々と列を
0241だしてちいでけるあやべのおほは  正して立ち出でける、綾部の大橋
0242らがりにわたりてすゝみゆく  暗がりに渡りて進み行く先
0243きふちがきのなかばにいしのぢぞ  淵垣の半ばに石の地蔵
0244あとにみてま一もんじにとうへ  さんあとに見て真一文字にと上杉に
0245すぎかゝればおほいしむらはず  かかれば、大石、村はずれた
0246れたなにたちてかしはでをうつ  中に立ちて柏手を打つ
0247ひとふかしんこうのまことのみ  人、深い信仰の誠の道を
0248ちをまもりるこそたふとけれや  守りおるこそ尊けれ、やがて
0249がていちどうのしたけいたろう  一同木下慶太郎の
0250のたくにのぞみんぜんにむかひ  宅に臨み、神前に向いて
0251てちょっと一れいんちのかみの  ちょっと一札、天地の神の
0252ごいとくはやみじにようよのひ  御遺徳は闇路に迷う世の
0253とのまことをてらしてすけんと  人の誠を照らして助けんと、
0254でぐちのかみをはじめとつゞい  出口の神をはじめとし、続いて
0255てでぐちのおにさぶろおきかつ  出口の王仁三郎、金勝要の神
0256かねのかみでぐちなほひひめこ  出口直日姫、四魂
0257んそろうておほもとのりうぐう  揃うて大本の龍宮館の
0258かたのいきがみは四月二十八ち  生神は四月二十八日に
0259におよぎのかかりいちのせです  於与岐のかかり一の瀬まで進むや、
0260すむやそらにはくろくもいでんちは  空には黒雲いで、天地は
0261しんのやみとなりゆきめさへい  真の闇となりゆき、雨さえ
0262まにふらんとするよすみちみち  今に降らんとする様子、道々
0263ねむけさしてしんとのうちにはか  眠気さして信徒らのうちには
0264たへのこみぞへちこみてびっく  傍の小溝へ落ち込みてびっくり
0265りぎやうてんめぞうはいだには  仰天、亀蔵は藺田(いだ)藺草(いぐさ)を植える田には
0266あらでこがのなかにふみすべり  あらで小川の中に踏み滑りて、
0267てはずかきこころのやみをあら  恥ずかしき心の闇を
0268はせりぐちのなほひはいさみた  現わせり、出口の直日は勇み立ち、
0269ちこをはりあげてまわらぬした  声を張り上げて廻らぬ舌から
0270なにごとかうたふがことくに  何事か唄うが如くに
0271わきいてたまふあゆめばほどな  騒ぎいで給う、歩めば程なく
0272ぶすなのはちまんぐうのおん  産土の八幡宮の御前に
0273まへかさをもこざもぬぎすてて  笠をも茣蓙も脱ぎ捨てて
0274おはらあげてかんぬしのやかた  御祓い上げて、神主の館
0275につきてでさきをあたへつここ  に着きて筆先を与えつ、心も
0276ろもいさみみやまにさしかかる  勇みて神山にさしかかる、
0277三じう八しやはいれいしいよい  三十八社を拝礼し、いよいよ
0278よすすんでのぼゆくみちすがら  進んで登りゆくみちすがら
0279しげかいほそきいんどうりとり  茂頴(しげかい)(王仁三郎の号)細き虎杖採り
0280てはなぐさみつつたきにむかい  ては慰みつつ高きに向い
0281てすゝみゆくちかくみらのけし  て進み行く、近く頂上の景色
0282きをおがみつつわれさきにとしげきし  を拝みつつ我先にと進撃し
0283たりこのみやまのなかほどるふ  たり、この神山の中程なる
0284どうのたきにてでぐちのかみこ  不動の滝にて出口の守、心
0285ろきよめのみしるしとてたにまへ  潔めの御験とて谷間へと
0286おりたちたまひゐるいぬぎすてだ  降り立ち給い、衣類脱ぎ捨て裸
0287かになりたまひてみずぎようした  になり給いて水行なし給い
0288まひければしげかいつづてその  ければ、茂頴続いてその
0289あとにつきすみこもろもみそぎ  後につき、澄子諸共禊の
0290のはらいとなへをはりかたへいぞ  祓唱え終り、四方平蔵
0291うはじめなかむらたぞうきのした  はじめ中村竹造(竹吉)、木下
0292けいたろうむらみふさのすけご  慶太郎、村上房之助
0293のいちたろうでんのしかたよへ  後野市太郎、位田の四方与平
0294いふうふたなぜんきちおやこをは  夫婦、田中善吉親子を始め
0295じめふくしとらのすけしかたのと  福島寅之助、四方の
0296うたろふくばやしやすのすけに  藤太郎、福林安之助に
0297みかのいだかめぞうおよびたけ  味方の井田亀蔵及、ぴ
0298ふさたろうの十二にんのやく  竹原房太郎の十二人の役
0299しらをはじめおむかいをあはせ  頭を始め御迎いを合わせて
0300せんへのぼりたるもの三十よ  弥仙へ登りたる者三十余
0301にんおよびけりかんぬしはさき  人に及びけり、神主は先に
0302にたちのぼりゆくはやくもみそ  立ちて登り行く、早くも頂上
0303らにますんぽうじんじゃのみと  に坐す金峰神社の御扉
0304ひらのまへにうづくまれりしげか  の前にとうずくまれり、茂頴、
0305いまつさきにちみまもりてかん  真先に打ち見守りて神主
0306ぬしに一れいしかきみやまのき  に一札し、高き神山の
0307よけきみにはかなかんじつるお  清けき神庭かなと感じつる、
0308りしもあとよりつづてみなみな  折しも後より続いて皆々
0309のぼりきたりてかるくしおがみ  登り来たりて軽くふし拝み、
0310やゝありてみきみけをたまつり  ややありて御酒御饌を奉り、
0311そのほかくさぐさのうづのんそ  そのほか種々の珍の御供物を
0312なへものをたてまつりみなのこ  奉り、皆の心を
0313ろをおほかみにささげまつりけ  大神に捧げ奉りけり、
0314でぐちのかみとすみこひめとぐ  出口の守と澄子姫と出口
0315ちおにさぶろおとなほひのはし  王仁三郎と直日の四柱、
0316らかみのみまえにちかくひまつ  神の御前に近くそいまつりで、
0317りてここにはじめてこよのやみ  ここに初めてこの世の闇を
0318をてらしますさときしきかみの  照らします、聡き奇しき神の
0319みわざのまにまにどめのあまの  御業のまにまに二度目の天の
0320ゆはとをひらきんじょうなんし  岩戸を開き、変性男子
0321にょしそろひここにこのはなさ  女子揃いてここに、木の花
0322くやひめなみやびのおんかみは  咲耶姫なる雅の御神は
0323なかたちあらはれたまひていさ  仲立ちと現われ給いて勇ましく
0324ましくはとのみまえにたちたま  岩戸の御前に立ち給い、
0325ひゆとはぶじにひらかれてあら  岩戸は無事に開かれて現れ
0326いでしはわかひめぎみのかみ  いでしは稚姫君の神、
0327すけのみちもあきらかにひらけ  助けの道も明らかに開け
0328きてあめがしたよものくにには  ゆきて天が下四方の国には
0329いわのはたかぜにひるがへりて  平和の旗風に翻りて
0330へもしたもおしなべてくさのはす  上も下もおしなべて草の葉末に
0331にいたるまでいさまぬものはなし  至るまで勇まぬ者はなし、
0332かまのはらはいよいよあやべと  高天原はいよいよ綾部と
0333んさだめたまひければよものた  神定め給いければ、四方の民草ら
0334くさらはこのたかまのはらのおほ  はこの高天原のおおせの
0335のまにまにまつろひてこころのせ  まにまに順いて心の洗濯
0336たくおこたるなかれうしとら  おこたるなかれ、艮
0337こんじんでぐちのかみのおんた  の金神出口の守の御宝は、
0338らはこのよをたすくるにしきの  この世を助くる錦の
0339はたなりたてのいとをはりよこ  神機なり、経の糸を張り、
0340はちぐさのいとをいれつゝにし  緯には千種の糸を入れつつ錦
0341おりゆくたのしさつらさはこの  織りゆく楽しさ辛さはこの
0342にまたとなきたいもうなるさし  世にまたとなき大望なる差
0343へのみわざなりけりかみのみち  添えの神業なりけり、神の道を
0344あゆむものはかならずしもこの  歩むものはかならずしもこの
0345やなすにしきのはたをめあてに  綾なす錦の機をめあてに
0346きそひてたゞひとすじにすゝみゆ  つき添いてただ一筋に進み行け、
0347いかなるあくまいできたりさへぎ  いかなる悪魔いで来たりさえぎる
0348とてもようしゃなくおしへをか  とても容赦なく教えを畏みて
0349こみてかたくまもりつにしきお  固く守りつ、錦織る
0350かみのみわざにくわゝりてふと  神の神業に加わりて、太しき
0351きいさほしのちのよにのこせよ  功績後の世に残せよ、
0352ほんはしんこくとせかいのはて  日本は神国と世界の果てまで
0353でなりひびくそのときまでにきた  鳴り響くその時までに鍛えかし、
0354かしよろづよおちぬかみのはし  万世落ちぬ神の橋、
0355きのしゅごうのよをあけてあや  月の守護の世を明けて、綾
0356 にかしこきよにせんとへんじょう  に畏き世にせんと変性
0357によしがさきがけてりうとうたい  女子がさきがけて龍灯隊を
0358をそしきしつなんにようちまぜて  組織しつ、男女うちまぜて
0359三十にんあまりともしびをたてま  三十人余り灯火を奉らしめ
0360つらしめたりしがこれぞおんなの  たりしが、これぞ女の
0361このやまにのぼるはじめなりけり  この山に登る初めなりけり。
0362  やまみちのあんない  山道の案内
0363めをあげてやまをみあげるとや  眼を上げて山を見上げると
0364まのてんつくにつかがあるその  山の天井に塚がある、その
0365つかをひだりへとりてくだりゆ  塚を左へとりて下り行き、
0366きだんだんたにまになればまた  だんだん谷間になればまた
0367とうげさん上からはまたひだり  峠、山上からはまた左へ
0368へおりるたにになりたらまたや  下りる、谷になりたらまた
0369まをのぼりつめたにをこえてか  山を登りつめ谷を越えて
0370のやまこえてたにこえてこんど  かの山をこえて谷こえて、今度は
0371はたかいたいらとなるこのたい  高い平となる、この平を
0372らをすすめば一トつのいけがある  進めば一つの池がある、
0373このいけみたらさかおとしこれ  この池見たら逆落とし、
0374がみせんざんのゆはとびらきの  これが弥仙山の岩戸開きの
0375みちすがら  道すがら。
0376 めいじ三十六ねん九月二十七日  明治三十六年九月廿七日
0377     でぐちのおにさぶろお  出口の王仁三郎
0378 最後の「山道の案内」に、0379塗りこめられた王仁三郎の本音を解く鍵が示されているなど、0380当時の役員信者たちは一人として気付かなかったであろう。0381「めをあげて」とあるように、0382第一行目下段の「め」から指示通り斜めに読み進むと、0383一つの文章が浮かび上がってくる。0384原文にはないが、0385解読の便のためにゴシックで道順を記しておいた。0386秘められた文意は次の通り。
0387「明治三十四年九月の二十日には、0388この世が暗闇になると申して、0389種油をたくさんに買い置きして、0390また信者にまで油を買わして、0391偉そうに言うておりたが、0392そんなことはないと茂頴が申したら、0393神に敵対うたと言うて怒りて、0394よその国へ出ると言われた故、0395上田が弥仙の神に教祖を預けるしるしに、0396前つに畏き世にせんと、0397変性女子が先がけて……」
0398 出口竹蔵はべったり寝ついた。0399弥仙山の登り下り、0400神の許しを得た嬉しさに朝野を背負って張り切りすぎた。0401疲れて足も腰も立たなかった。
0402 一週間目、0403ようやく元気を回復して床を上げていると、0404王仁三郎が縁側から顔を出した。0405同室の連中は働きに出ていて、0406部屋には竹蔵一人であった。
0407「どうや、0408お米はんの家へ遊びに行ってみいへんこ」
0409「それでも……」
0410 竹蔵は逡巡した。0411大槻家には、0412帰綾の挨拶で、0413中村竹吉に連れられて一度行っただけである。0414玄関先でそこそこに挨拶を済ませた。0415中村竹吉から、0416大槻家についてこう聞かされたからだ。
0417「お米はんは教祖さまの子じゃが大蛇(おろち)の霊、0418鹿蔵はんは悪鬼(あっき)の霊、0419鬼と大蛇じゃさかい、0420どんな邪霊に見まわれんとも限らん。0421挨拶さえすましたら、0422もう二度と足を向けてはなりまへんで」
0423 竹蔵がとまどって聞いた。
0424「けど解らんなあ。0425母さんの……教祖はんの子供に、0426なんで大蛇の霊がつくんじゃろ」
0427「それは大きに意味のあることや。0428世界にあることは、0429善悪とも合わせ鏡の大本に映ってくる。0430大本は型を出す所、0431教祖さまは、0432他人の子に傷はつけられんさかい、0433自分の子をいやな悪の御用に立てて、0434世の人を改心させなさるのや。0435まことにもったいない」
0436 中村竹吉の説明だが、0437このへんになると竹蔵はついていけない、0438常識を越えた世界である。
0439「わしも母さんの長男じゃで、0440何かの型に使われとるのかいな、0441会長はん……」と竹蔵は首を縮めて言った。
0442「そうやなあ。0443型としたら竹はんのは……」と言いかけて、0444王仁三郎は笑いを引っ込めた。
0445「竹はん、0446こんな気違い屋敷におったら、0447あんたの頭までおかしなるで。0448たまには気晴らしするこっちゃ」
0449 強引に北西町に連れ出された。0450澄には妹としての実感が薄かったが、0451記憶に残る米はやさしい姉であった。0452激しい狂乱の時期は話に聞くだけで、0453今の姉から想像はできない。
0454 茶代わりの酒をなめながら、0455竹蔵は恐いものを見るように大槻夫妻を眺める。
0456 王仁三郎はここでは自宅のようにのびのびとふるまい、0457諧謔(かいぎゃく)(ろう)して笑わせた。0458小松林の悪神やさかい鬼と大蛇で気が合うのやろかと、0459竹蔵はこだわっていた。
0460「竹はん、0461お古で悪いが、0462よかったらもろてくれへんこ」と、0463王仁三郎は、0464大槻家の押入れから一揃いの洋服を取り出した。0465竹蔵は眼を丸くした。
0466 米が照れる竹蔵の着たきりの法被を脱がせ、0467洋服一式を着せかけた。0468竹蔵は、0469生まれて初めて洋服の袖に腕を通し、0470ズボンに足を入れたのだ。0471ネクタイの扱いが解らぬ米に代わって、0472王仁三郎がしめてくれた。0473竹蔵には無縁だった文明開化が、0474いっぺんに自分をさらって、0475全く別の人間に生まれ変わった気がする。
0476 左見(とみ)右見(こうみ)して、0477米が姉らしく言った。
0478「よう似合うで、0479どこの紳士やろ思うわな。0480家出する前はほんに頼りない弱々しそうな子やったが、0481どうえ、0482天下とったような、0483ええ気分でっしゃろ」
0484 この洋服やインバネスは、0485昨年役員たちに便所に投げ込まれたのを、0486王仁三郎が拾い上げ、0487二、0488三日重石をのせて由良川の瀬に晒したもの。0489大槻家の庭に干し、0490ひそかに保管を頼んでいた。0491竹蔵は知る由もない。0492洋服姿に草履ばき、0493竹蔵は意気揚々と龍門館に帰館する。
0494 折しも食事時。0495王仁三郎は熱心に粥をすすっている中村竹吉の背をつついた。
0496「何か言うことありまへんかい、0497中村はん」
0498 粥がのどにつまったのか、0499中村は竹蔵に見入ったままものも言えぬ。0500居合わせた連中も、0501日頃の四つ足呼ばわりはどこへやら、0502ぽかんとなった。
0503「よい型が出ましたなあ、0504中村はん。0505これからの日本は古い固いド(たま)を洗うてどんどん外国の知識もとり入れ、0506活動的な洋服を着る人たちが増えまっしゃろ。0507大本も世界に発展せんなりまへんでなあ」
0508 王仁三郎の皮肉も通じぬ竹蔵だが、0509よい型の代表に選ばれたように、0510邪気のない頬をほてらせて、0511うんうんうなずいていた。
0512 五月三十一日(旧五月五日)、0513直は長男竹蔵に家督相続させ、0514澄を連れて分家した。
0515 明治三十六(一九〇三)年六月十一日(旧五月十六日)、0516元伊勢お礼参り。
0517 直、0518王仁三郎、0519澄、0520朝野ほか三十五人。0521お迎え六人。0522前夜に綾部を出発して早朝、0523元伊勢に参拝する。
0524 七月十日(閏五月十六日)、0525直はじめ役員信者一同、0526福知山一宮神社へお礼参り。
0527 七月三十一日(旧六月八日)、0528七社参り。0529直、0530王仁三郎、0531澄、0532朝野その他役員信者一同が綾部の氏神七社を巡拝した。
0533 夜、0534龍門館を出発し、0535若宮神社(祭神・仁徳天皇)、0536井倉八幡宮(祭神・応神天皇)、0537二宮神社(祭神・国常立命、0538国狭槌命)、0539三宮神社(祭神・豊斟渟(とよくもぬ)命)、0540笠原神社(祭神・大国主命)、0541(いつき)神社(祭神・経津主(ふつぬし)命)、0542とどめに熊野新宮社(祭神・伊弉冊命)を参拝した時はしらじらと明けそめる。
0543 この一連の参拝の意義につき、0544筆先は示す。
0545 ――このたびの七社参りのお供は、0546われもわれもと申して参拝いたすは結構ではあれども、0547変性男子と変性女子と龍宮の乙姫殿と金勝要神殿と四魂揃うたお礼やら、0548結構に神界の経綸の成就いたした大望なことのお礼やら、0549弥仙山で神界の岩戸を開いたお礼やら、0550産土神さまに国々所々の氏子をかもうてもらう願いやら……。0551(明治三十六年旧六月八日)
0552 この頃、0553大槻米は発動して家を飛び出し、0554京都、0555広島、0556大和と狂い歩く。0557十月初めには平常に復して王子の栗山琴を訪ね、0558しばらく農事の手伝いをし、0559十月二十三日(旧九月三日)、0560八木の福島家に立ち寄り一泊、0561帰綾する。
0562 またこの秋、0563直の兄桐村清兵衛(七十一歳)と息子源三(三十三歳)が龍門館に寄宿した。0564源三が商売に失敗し破産したため、0565福知山の家を売って父子ともども大本を頼ってきたのだ。
0566 清兵衛も直も子供の頃から奉公にやられ、0567今日まで別々の人生を歩いてきた。0568幼時を除けば、0569七十歳近くなって初めて共に暮らすことになる。0570直は喜び神の道を説くが、0571世間智に通じた品の良い老翁に信仰は理解できず、0572ついに(さじ)を投げる。
0573 十一月二十六日、0574清兵衛は脳卒中で倒れ生死も危ぶまれたが、0575王仁三郎の鎮魂で持ち直す。0576以来、0577清兵衛は言語不明瞭のまま病床につく。
0578 王仁三郎はひとしお心を砕いて看病した。0579その親切にほだされ、0580清兵衛は王仁三郎の顔を見るたびに落涙、0581合掌する。
0582「教祖はん、0583清兵衛はんが神が分からんいうて嘆くことはない。0584人の慈悲が分かれば、0585それは神に通じる心でっせ」と、0586王仁三郎は直に言ってやりたかった。
0587 源三は大本の役員の迷信に愛想をつかし、0588居候の身でありながら声高に大本を罵り歩く。0589役員の耳に入りはせぬかと、0590王仁三郎は一人気をもむのだった。
0591 初霜のおりた冷たい朝の陽だまりに、0592福島久は(あわせ)を解いていた。0593天にも地にもこれぎり、0594久の最後の衣であった。0595まだ肌の温みの残る着物を表と裏とに引きはがす。0596しなびた母の乳房に泣き声を上げて這い寄る国太郎を、0597いとが抱きとめた。0598小さい姉妹は泣きもだえる弟を抱え、0599だまりこくって母の(はさみ)もつ手を見守っている。
0600「ほどいた木綿の表地だけを売って、0601二、0602三日飢えをしのごう」というのが、0603久の思案の果てであった。0604残った裏地をやりくりして何とか恰好をつけ、0605ともかくこの冬を耐えねばならない。
0606 長女ふじは三つで死に、0607三女は嬰児のうちに死に、0608五女は昨年まる二つに満たずに死ぬ。0609心残りなく食べさせてやったとは言いがたかった。0610六番目に産んだ一人息子の国太郎の乳さえ、0611満足に出ぬ。0612もう死なせたくはない。0613少しずつ引き出し、0614食いのばしているうち、0615銀行の貯金はとうに底をついてしまった。0616売れるものは売り尽くした。
0617 ――この袷の表地を粥に代えてしまったら、0618あとは……この先はどう過ごそう。
0619 思わず知らず、0620鋏が久の指からころげ落ちた。
0621 神前から、0622自分で書いた筆先を読み上げる寅之助の声が続いていた。0623百日の行の上がりに天に昇ると信じて、0624騙された寅之助であった。0625怒りに狂ってすべての筆先を焼き捨てたのは一年前。0626しかし、0627「そなたはまこと、0628地上大将軍殿の身魂であるぞ。0629そなたの度胸を見定めたのである」と憑物(つきもの)になだめられて、0630ころっと元に戻ってしまった。0631早朝五時の水行、0632礼拝、0633お筆先と、0634前にもまして一心不乱なのだ。
0635 頭にかっと血がのぼった。0636追いつめられた獣のように、0637久は半裸で神前の襖を引きあけ、0638夫に怒声を投げつけた。
0639「うちを見よし、0640裸のとことんまで来てしもた。0641あとは一家で飢え死にせんならんとこまで……教祖さまのお筆先に従うての苦労なら楽しみもあります。0642けど、0643この頃のあんたは、0644教祖さまの筆先など見向きもせんと、0645読むのは吾の書いた筆先ばかりや。0646あんたの筆先が、0647教祖さまの筆先より尊いとは思えまへん。0648もうこの上の辛抱はいやです」
0649 (せき)を切ってしまえば止まらなかった。0650久はぎりっと歯をきしませて、0651夫に迫った。
0652 寅之助の大きな目玉が動いて妻を見すえ、0653平然と言った。
0654「男がいったん神に心をまかした上は、0655女房が何わめこうが、0656たとえ親子五人が干乾しになろうが、0657人民の世界の金儲けなんぞに引き落とされるようなちょろこいこの方の身魂やないわい。0658女房の分際で無礼者め、0659下がれ」
0660 久は悔しさにぶるぶる震えて、0661食ってかかる。
0662「お前さんが夫なら、0663夫だけの力を現わして、0664これが神に仕えた効能じゃと、0665今ここに立派に見せとくれなはれ。0666さ、0667その神力さえ現わしてもろたら、0668しんからあんたに従いますわな」
0669「わしのすることが気に入らなんだら、0670ついてくるな。0671子供は置いて、0672泥ひっかけて綾部へ帰ね。0673見そこないをいたすなよ。0674三年先をみてけつかれ……」
0675 久は裏地をまとい、0676国太郎を背にくくって八木を立った。0677あとに残る子供らには、0678表地と代えた五合の米で粥を炊き、0679残ったわずかでおまわり(お菜)一つない弁当を作った。
0680 家の脇から園部まで汽車は走っていたが、0681とぼとぼと久は街道を歩く。0682観音峠を越える時、0683寒風が肌と心を突き刺した。
0684「お久はんやござへんかい……」
0685 綾部大橋のたもとで呼びとめたのは、0686中村竹吉であった。0687久はその視線をさけるようにうつむいた。
0688「やっぱり……けどどうしなさった。0689ひどう寒そうやおへんか」
0690 中村の声には同情の暖かさがあった。0691夫が神憑りになってからの五年間、0692久の神経は暖かい言葉に飢えていたのかも知れぬ。0693ふっと胸の苦しさをぶちまけたかった。
0694「中村はん、0695うちもう……どないしてよいやら分りまへん。0696この先どう暮らしてよいやら……」
0697「お久はんらしもない。0698寅之助はんはどうしちゃったんです」
0699「福島は、0700自分で書いたお筆先だけしかないのや。0701自分にかかった神さんがすべてで、0702妻や子が裸でいようが、0703飢え死にしようが、0704働く気なんぞ金輪際ない。0705いさめても、0706とりつく島もあらしまへん」
0707「あんまりやなあ。0708子たちもようけいなはったのに……。0709こんないとけない(ぼん)が可愛くないんやろか」と、0710中村は国太郎の顔をのぞきこみ、0711ばあとおどけてみせた。0712国太郎は驚いて四肢をこわばらす。
0713「この子に笑う元気なぞござへんのや。0714乳もよう出んし、0715お腹空きっぱなしやさかい……」と、0716背をゆすって久が涙ぐむ。
0717「龍門館ではもう夜飯がでけとる頃や。0718目玉のうつるような粥やさかい、0719坊にもすすれまっしゃろ。0720さあ、0721行きまひょいな」
0722 中村に励まされて橋を渡った。0723気がつくと、0724中村は片々に下駄と草履をつっかけている。0725片袖のつけ根も(ほころ)びたなりに肩のあたりからぶら下がっている。
0726 自分の裏地だけの珍妙な着物と見合わせて、0727久はふき出した。0728おかしくなって笑う……それも久しく忘れていた一つであった。
0729「いや、0730どうも女房がおらんと……」
0731 伸びきった髪、0732濃い不精髭を撫でて、0733中村がてれる。0734この恰好は東四辻の住民たちに共通する、0735いわばスタイルであった。0736中村を先頭に、0737彼等は筆先を誦しつつ、0738大道を闊歩(かっぽ)し、0739道端の草を抜いたり、0740他家の雪隠(せっちん)の掃除までしてまわる。
0741「お筆先の誠を実行し、0742まず綾の聖地の大掃除から初めて、0743立直しの型を出すんやでよ」と、0744中村は誇らしげに語った。
0745(うらや)ましい。0746艮の金神さまの下でする苦労なら、0747何でいといますかいな。0748うちも中村はんらと東四辻で暮らしたい……」と、0749久は心から嘆息した。
0750「寅之助はんが無茶しよったら、0751いつでも逃げてきておくれなはれ」と中村がはずんで言い、0752それから声をおとした。
0753「けど油断はなりまへんのや。0754四つ足身魂の会長はんが大阪で失敗して、0755しおしお帰ってきちゃった。0756(すく)んどったらよいのに、0757また何しでかすやら分からん。0758昨日も東四辻に来ちゃって、0759わしら見て嘲笑(あざわら)うのや、0760十二匹の雪隠虫(せんちむし)やて」
0761「雪隠虫……」
0762 久の眉毛が上がった。0763共通の敵王仁三郎に向って、0764二人の心は一層より添っていた。
0765「よう参ったなあ。0766一週間ほど前から、0767そなたたちのことが胸にこたえてかなわなんだが、0768えらい行をしとってじゃなあ。0769けれど、0770ならんことをこらえるのが行やでなあ」
0771 直は久を見るなり、0772背の国太郎を抱きとって言った。
0773 久はその一言で胸がつまり、0774言葉を失った。0775母は自分以上の苦労をしてきたのだ。0776借金を負い、0777病床の夫と子を守り、0778誠を貫いてきたのだ。0779母の行には比べられない。
0780「はい、0781おかげさまで結構に……」と、0782久は恥じ入った。0783しかし直の眼は、0784娘の胸のうちを見透(みす)かしていた。
0785「いや、0786結構なとこへはまだなかなかじゃ。0787今まで貯めていた金は、0788もう一厘ものうなったであろう」
0789「はい、0790実はもうお土につくとこまで……。0791福島はあてにならず、0792今日が日、0793子供を養うこともでけません……」と、0794久は思わずすがるように訴えた。
0795 直は微笑む。
0796「貯えがのうなるまで、0797お前の心の頼りは金であった。0798それを失うたのは結構なこと……」
0799 久はむっとした。
0800「一厘のお金も手元にのうて、0801月日さまが送れますかい」
0802「わたしは確かに覚えがあるで。0803取り越し苦労はいりまへん。0804この先は神さまにまかせて、0805ただお前の力を尽くして下され。0806ほんとうの行はこれからやでなあ」
0807 直は柔らかくさとしつつ、0808手箱を探った。
0809「少しばかりのしのぎの金やが、0810これを元手に藁を買うて、0811夫婦で縄ないなとしなされ。0812そのうち先が見えてきますやろ」
0813 五十銭銀貨が三枚、0814久の手に握らされた。0815銀貨には、0816母の掌の温みが残っていた。
0817 階下の狭い食堂にぎっしり人がつまっている。0818この龍門館とて、0819参拝者は少なく、0820食べさせる口はやたらと多いのだ。0821役員たちは御神業第一で、0822土方仕事は二の次だったから、0823台所をあずかる妹の澄の言うに言えん苦労は察せられた。
0824「姉さん、0825ここに坐りなはれ」
0826 澄は竹蔵兄の隣りに隙間をつくって、0827久を招いた。0828あたりはただ粥をすする音だ。0829その中に没して、0830久は国太郎の口にせっせと粥を運んだ。
0831 しばらくは帰るまいと思っていた久だったが、0832翌朝早く綾部を発っていた。0833母の言葉に勇気が湧いていた。0834残してきた子に、0835一刻も早く暖かいものを食べさせてやりたかった。
0836 新藁を買って、0837昼も夜も縄をなった。0838どんなに懸命になっても一日小束十把が精一杯、0839九銭にしかならぬ。0840この地方の米価一石代金が明治三十五年で十二円五十銭、0841三十六年十円九十銭だから、0842一日働いて八合分くらいの収入である。
0843 寒さはつのっても衣服はなし、0844薪はなし、0845ランプはともさねばならず、0846とうとう夜の間だけ寅之助も縄ないを始めた。0847教祖の言い付けと聞いたからであろう。0848それでも縄ないだけでは、0849五人の暮らしは立ちゆかぬ。0850新藁の匂い、0851手ざわりが、0852久にふっと昔を思い起こさせた。
0853 母が初めて帰神状態になった十年前、0854見舞いに行った久に、0855「土産じゃ」と言ってかまぼこ板に土をのせてくれた。
0856「こんな土みたいなもの……」
0857 呆れる久に神憑りの母は言った。
0858「心得違いをしてはならぬ。0859久殿、0860これは尊いお土じゃ。0861金銀は世の滅びのもと、0862お土は世の栄えのもと。0863この心をよく腹におさめて土産に持って帰ねい」
0864 帰途、0865久は邪魔な土を捨てた。0866捨てたことに、0867何の心の負担も感じなかった。
0868 今になって久は思う。0869神は久に土を与えられたのに、0870捨ててかえりみぬ暮らしを続けてきた。0871茶店を売った金があったばかりに、0872金にもたれてこの五年を過ごしてきた。0873貯えのなくなったことは結構と母は喜んだが……そうか、0874忘れていたお土、0875大地を耕して生きよう。
0876 目がさめたように、0877久はそう悟った。
0878 八木の料亭桝屋(ますや)から、0879穫り入れのすんだ一反ほどの田を借りた。0880時期はおそかったが、0881稲株に白く霜のおりた土を起こし、0882うねをつくり、0883裏作の麦を蒔いた。
0884 金儲けには目はくれぬと構えていた寅之助が、0885ある朝、0886久より早く野良に出て鍬をふるっていた。
0887「あんた……」
0888 驚いて叫ぶ久に、0889夫はにこりともせず言った。
0890「わしらの食いぶちだけは、0891お土さんから頂かんならんでなあ」
0892 夫の心をお土が動かしてくれたのだと、0893久は胸が熱くなる。
0894「よし、0895蒔いた麦が実るまでの半期、0896自分の体を張って支えよう」と、0897決意が湧いた。
0898 雪がちらつき始める頃、0899久は国太郎をいとにあずけ、0900マンガン鉱山の人夫として日銭を稼ぐようになる。0901城山の峠を拝田へ抜け、0902北ノ庄から神前(こうざき)を経て本梅へ、0903二里近い山路を通った。
0904 女達の仕事は、0905主として選鉱である。0906露天掘の採鉱夫たちが(のみ)鉄鎚(かなづち)で砕いた鉱石をいしみ(竹で編んだかご)に入れ、0907手選場まで運んでひろげ、0908肉眼でマンガンを含む鉱物と石とに選りわけるのだ。0909選別は熟練を要したから、0910新米人夫は安い賃金で運搬にこき使われる。0911いしみ一ぱいの鉱石は四、0912五貫ぐらいあった。0913両手の力で持ち切れず、0914腹にのせて支えねば歩けぬ重さだった。
0915 くり返し往復するうちに、0916久の衣は破れ、0917草鞋はすり減る。0918採鉱場の細い粉末で、0919鼻孔や口の中まで黒っぽい(ほこり)が侵入する。
0920 破れるのは、0921衣ばかりではなかった。0922手選場では素手で素早く鋭い割れ目の鉱石を分けるため、0923指先に切傷の絶え間がなかった。0924それでも賃金は働きによって左右されるから、0925傷ついた指をいたわってはおれぬ。0926親方の眼が光っているのだ。0927血とマンガンの粉にまみれた指は、0928また冷たさにもこごえてくる。0929厳冬の露天、0930吹きさらしの手選場は、0931立っても坐ってもじんじんと足腰が冷え込んだ。0932重ね着するだけの衣類をもたぬ久には、0933ひとしおの寒さであった。
0934「働きぶりを見んなんのう」と、0935組の親方は言う。0936賃金は会社から仕事を請け負っている親方の言いなりに決まるのだから、0937いやでも肉体は限界まで酷使された。0938久の場合、0939一日二十五銭。0940体力だけが元手の貧民たちであったが、0941その体のいたみを考えれば、0942決して鉱山の賃金は高くなかった。0943よく耐えても、0944六年から十年で労働者は鉱山を去る。0945きまったように、0946よろけ病(珪肺(けいはい))に冒されるのだ。0947長い年月吸い続けるマンガンの細粉は、0948いつか肺一面に真黒く突き刺さっていくのだ。0949蒼ざめ、0950息苦しさを訴え、0951よろけ出すと、0952親方は肩を叩き、0953やさしげな一言で片付ける。
0954「お前、0955ちょっと休んだらどうや。0956どうも働きすぎやで。0957無理して体をこわしたらわやや。0958なんちゅうても、0959体が元手やさけのう」
0960 彼らは二度と鉱山には戻れない。0961ろくな治療も受けられぬ貧困の中で廃人となっていくばかりだ。0962人夫の身を思いやり、0963いたわる経営者などいなかった。0964むろん、0965労働者の組織などなく、0966労働災害や、0967公害などという言葉すら知らぬ時代であった。
0968 雪が深くなると、0969()き物が切れる。0970汚れきり、0971冷えきって帰った久の体を、0972暖めてくれる湯すらない。0973久は鉱山での一服のわずかの間に、0974松山の麓へ行って雪をかきのけ、0975ごもく(枯松葉)を集めておいて、0976帰途、0977ふごに背負った。
0978 麦がとれるまで……麦がとれるまで。0979久は歯をくいしばっていた。
0980 ――からと日本の戦いがあるぞよ。0981このいくさは勝ち戦さ、0982神がかげから経綸がいたしてあるぞよ。0983神が表にあらわれて、0984手柄いたさすぞよ。0985露国から始まりて、0986もう一いくさがあるぞよ。0987あとは世界の大戦いで、0988これからだんだんわかりてくるぞよ。0989この世は神国、0990世界を一つにまるめて、0991一つの王でおさめるぞよ。
0992 明治二十五年から、0993出口直は、0994日清戦争、0995日露戦争を予言した。0996明治二十七年に日清戦争は起こり、0997翌年、0998予言通り戦勝。0999今年こそ、1000今年こそと大本信徒は、1001日露戦争の勃発を待ち望んだ。1002何故ならば、1003お筆先に出る露国との戦いこそ立替え立直しの端緒となると信じたからである。
1004 満州と朝鮮の支配権をめぐって日露の関係は険悪さを増し、1005一触即発の危機をはらみつつ、1006明治三十六年は暮れた。