霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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優曇華の花

インフォメーション
題名:11 優曇華の花 著者:出口和明
ページ:268 目次メモ:
概要:長女・朝野が、自分の名は直日だと言う。明治36年春、上田世祢と由松は園部から穴太に戻る。立替を待望する中村竹吉は二日月を目撃。また優曇華が咲いているのを見て立替が迫ったと勘違い。実は雀の糞だった。 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-07-24 23:56:40 OBC :B138908c11
0001 明治三十八年(一〇九五)年一月一日、0002ついに旅順陥落。0003その戦果のかげには、0004ロシア軍の装備する優勢な火力によって、0005日本兵の累々(るいるい)たる(かばね)の山を築かねばならなかったが……。
0006 戦局はますます熾烈であった。
0007 今年中にばたばたと世の立替え立直しのかたが付き、0008みろくの世が実現する。0009「足もとから鳥が立つぞよ」との筆先が実地にあらわれる。
0010 役員たちの独善的な筆先解釈によれば、0011大望の時はまさに足元に迫った。0012今こそ筆先を実行に移すべしと、0013彼らは気負い立っていた。
0014 筆先に「道の真中をまっすぐ歩け」とある。0015「道」は明らかに、0016人として踏み行なわねばならぬ条理、0017誠の道であろう。0018暗闇(くらがり)の世」という字句が出る。0019理非のわきまえのない世の中をさすものだろう。0020が、0021彼らは字義通り、0022直訳以外は考えぬ。
0023 中村竹吉は、0024昼日中、0025十曜の紋(大本の神紋)のついた提燈に蝋燭(ろうそく)をともして左手に持ち、0026右手に白扇をすぼめて握り、0027街道の真ん中を闊歩(かっぽ)する。0028筆先の文句を高らかに誦しつつ。0029牛車がこようと、0030人力車がこようと、0031わが道を行く。0032驚いて、0033牛車の方がさけて通ると、0034誇らかに叫ぶ。
0035「神の御威勢を見たかや。0036道の真ん中さえ通れば、0037どんなものでもよけるぞよ」
0038 こんな手合いにどう諭しても聞きいれよう筈がない。0039王仁三郎はもう無駄な努力をあきらめ、0040臥竜亭にこもって執筆に明け暮れた。
0041一、0042国と国との戦いがおこるのも、0043人と人との争いが起こるのも、0044みな欲からである。0045神心にならずして、0046世界のためを思わずして、0047わが国さえよければ人の国はどうでもよい、0048わが身さえよければ人の身はどうなってもよい、0049という自己愛から、0050戦いや争いが起こる。0051これらはみな、0052悪の行為である。
0053一、0054世界中、0055兵あるが為に、0056欲もおこり、0057戦いもあるのである。0058世界の戦いは運不運を嫌いたまう天帝の大御心に叶わぬことである。0059雨降って地固まる、0060世界穏やかの為には止むを得ぬ次第なれど、0061戦いぐらい世界にむごきことはない。
0062一、0063天帝の大御心に(たが)いて大切なる生命を奪う行為は、0064人を生み給いし造化の大御心に背き奉る深き罪である。0065今度の戦いをおこした国人は、0066天帝に対して大罪人たり、0067世界に対して平和の(あだ)たり。0068天帝、0069誠の大小を(はか)りて、0070この度の戦いに勝ちを得させ給うべし。0071今度の戦いには、0072生神の助太刀あり。0073その生神とは、0074高津神のことである、0075高津神とは、0076天と地との間を守る精霊にして、0077俗に金神という。0078
0079「先生、0080朝野(あさの)いうたらなあ、0081変な子やで」と、0082澄が渡り廊下から顔を出した。
0083「朝野やない。0084直日(なおひ)や」
0085 母の後を追ってきた朝野は回らぬ舌で言い、0086むすっと口を結んだ。
0087「それそれ、0088そう言うんですわな。0089朝野と呼んでも、0090返事もしまへんで」
0091 明治三十六年五月の弥仙山岩戸開きの時に、0092「朝野が直日となる仕組み」の筆先が出た。0093それは知っている。0094朝野の神界から下った名が「なおひ」であることを、0095当時王仁三郎自身も役員に書き与えている。0096しかし朝野は朝野であった。
0097 王仁三郎は半ば意地づくで、0098父として命名した朝野の名を呼び通してきた。0099それが、0100ようやくもの心ついたかつかずの本人が「うちは直日や」と頑張り出すとは……。
0101 まだまる三歳に満たぬ子供が、0102自分の頭で言いだすとは思えぬ。
0103「お前の神さまからいただいたほんとの名前は直日やで」と、0104祖母にでも言い聞かされたに違いあるまい。
0105 艮の金神の強靭なる意志は、0106直を通して幼い孫にまでのびる。0107まるで、0108抜いても抜いてもどこからか這い寄ってきて、0109執拗に(つる)を伸ばし、0110からみあげ、0111次々に葉を茂らせて草も木もおおい、0112果てには根こそぎ枯らしてしまうあの貧乏かずらだ。0113ヤブ枯らしだ。0114地中に太い根を張りめぐらしていて、0115どこに芽を吹くやら知れぬ。
0116 ――わしは求めて大本にとびこんだ。0117がんじがらめにされるのも自業自得や。0118けど、0119生まれながらに自分の意志も持ち得ぬうちから、0120大本三代の宿命を負わされ巻きつかれれば、0121この子はどうなろう。0122女の子らしい愛嬌にとぼしくて、0123いつもむっつり何かを思いつめているような口数すくない娘なのだ。0124朝野が直日と変身するように、0125子供らしい、0126無心な中身までも、0127いつか筆先の化物にすり変えられねばよいが……。
0128「朝野……」
0129 王仁三郎は娘を抱き上げた。0130娘は懸命に腕を突っ張る。
0131「朝野やない、0132朝野やない」
0133「おう、0134よしよし、0135お前の名前は直日や。0136これから父さんも直日と呼ぶ。0137直日、0138おばあちゃんと父さんとどっちが好きや」
0139 娘はまじまじと父をみつめて、0140答えない。0141答えぬ娘をひしと抱きしめ、0142王仁三郎は苦い涙を内に流した。
0143 ――以後、0144この作品では、0145朝野を直日と記す。
0146「餅屋の子は餅屋ですなあ、0147直日いうたら……」と、0148笑いながら澄が入ってきた。
0149「何のこっちゃい」
0150 読みさしの大本日記から、0151王仁三郎が目を上げた。0152こと直日に関することなら、0153漏らさず知りたがる。0154それを知っているから、0155澄は何かあると王仁三郎に告げにきた。
0156 今朝、0157近所の友チエちゃんが来て、0158表で直日と仲良く遊んでいた。0159子供たちに勝手に遊ばしておいて澄が機を織っていると、0160直がのぞいて笑いながら、0161格子の外を指差した。
0162「聞いてみな、0163聞いてみな、0164直日があんなこと言うとるで」
0165 なるほど、0166二人の雲行きがあやしい。0167喧嘩の原因は分からぬが、0168チエちゃんが「ノンノンさんや」、0169直日が「マンマンさんや」とお互い言い張って譲らぬ。0170しまいに二人とも泣き出した。0171ノンノンさんはお寺とか仏さま、0172マンマンさんは神さまのこと。0173この地方の幼児語だ。
0174「今からもう神仏論争かい」と、0175王仁三郎は苦笑した。
0176 澄の話は続く。
0177 チエちゃんが帰ってから、0178澄は直日を連れて、0179上町の下駄屋まで行った。0180直日は口数の少ない子であった。0181「もの言わずの直日さんに、0182もの言わしたらえらいでなあ」と大人たちが賭けの対象にするぐらいであった。0183その直日が、0184下駄屋の主人をつかまえて、0185ぶすっとした顔で言った。
0186「それうちの父ちゃんがかぶっとってやで、0187頭に……」
0188 思い出して澄は笑いころげた。
0189「なんやと思うてや。0190高下駄の黒い爪皮ですわな」
0191「なるほど、0192よう似とるのう」
0193 下駄の先にかぶせる爪皮と烏帽子。0194冠と(くつ)の尊卑は問わぬ幼いもののまっ直ぐな目がいとしかった。
0195 澄が出ていくと、0196竹原房太郎が記す大本日記に目を戻し、0197王仁三郎は、0198やがてげらげら笑い出した。
0199「直日さま、0200またこんにちも、0201おはずしものありたまう」
0202 昨夜、0203澄が寝てしまってから、0204直日が起き上って空腹を訴えた。0205直日の望むことならどんなことでも聞かずにおれぬ子煩悩な父である。0206一度眠るとめったなことで起きぬ澄のこと、0207王仁三郎は直日を背に負って町に出、0208もう火を落としたうどん屋に無理に頼みこんで、0209たらふくうどんを食わせた。0210そのせいか、0211早朝、0212直日は失敗してべそをかいていた。0213王仁三郎は澄にも言いかねて、0214こっそり始末し、0215洗濯してやった。
0216「大本にあることは、0217箸のこけたことまで、0218つけとめておいて下されよ」の筆先の文句そのままを信奉する竹原であった。
0219 ――竹原の奴、0220気付きおったか、0221やれやれ。
0222 娘恋しさにたまりかねて、0223王仁三郎は母屋へ行く。0224二階をのぞいたが、0225直の傍にはいない。0226梅野に乳を含ませている澄のところにも見えぬ。0227土間に下り外をのぞくと、0228いたいた、0229玄関の格子戸に一人体を寄せかけて空を見上げている。0230やわらかい直日の髪にも、0231澄の手織りの縞の着物にも、0232ぼたん雪が降りかかる。
0233 直日は、0234小さな声で繰り返し歌っていた。
0235「上見りゃゴオミ、0236下見りゃ雪じゃ」
0237 王仁三郎は空を見た。0238一面、0239うす墨色に、0240ほんとうに無数のゴミのように舞い降りてくるものが、0241地上に近づくにつれて、0242まっ白くふわりと雪になる。0243何遍となく空を見上げ、0244見下ろし、0245雪の舞い降りる姿の美しさに魅せられている直日。0246抱きしめてやりたい思いに耐えながら、0247きよらかな童心への郷愁に、0248王仁三郎は立ち尽くした。
0249 綾部から園部へ、0250園部から穴太へと、0251上田世祢(よね)が元の屋敷のあとへ帰ってきたのは三十六年の春である。0252一足先に由松(よしまつ)が帰っていた。0253都会の水は由松の口にあわなかったらしい。0254京都の人造精乳修生社をとび出して、0255やはり故郷の古巣に舞い戻ったのだ。
0256 宮垣内(みやがいち)のがらんとした焼け跡には、0257ただ一つ、0258久兵衛池みぎわの鍛冶屋の仕事場が焼け残っていた。0259仕事場には、0260(ふいご)のついた広い土間と職人のための板の間があった。0261焼けてから、0262その板の間に畳を入れて六畳にしていた。0263由松は母を迎えて北側に三畳を建て増し、0264土間にはくどを置いて炊事場とした。
0265 世祢と由松はここに住んだ。0266世祢は上田家のわずかな田を守り、0267由松は醤油売り、0268柴売り、0269夏には車を引いて氷売りに村々を歩いた。0270けれど、0271生れつき好きな博奕をやめたわけではなかった。
0272 母が園部を離れたあとも、0273(きみ)は半年ばかり、0274船井郡松尾の奉公先に残っていた。0275ようやく生まれ故郷の穴太の母のもとに帰ってきた時、0276君は久兵衛池際の栗の木が、0277昔ながらに(いが)をはぜているのを見た。0278背のびして毬に手を触れると、0279栗の実はぽちゃんと池にこぼれ落ちた。0280悲しみとも喜びともつかぬ思いが、0281十二歳の君の胸にふきあげていた。0282小学校は綾部での四年を最後に中退せねばならなかった。0283十日ほど母のそばに甘えていて、0284君はまた、0285近くの農家斎藤万平方へと奉公に出ていった。
0286 明治三十八(一九〇五)年一月十日、0287肺炎のため重体に陥った由松の枕元に、0288村上房之助を連れた王仁三郎がかけつけた。0289その二日前、0290王仁三郎は由松の頭上に落雷があり頓死した夢を見た。0291翌日、0292昨夜の夢を案じて帰郷の準備中、0293由松危篤の電報が届いたのである。0294山城の宇治から西田元教夫妻、0295南郷国松、0296京都から末弟小竹政一、0297少しおくれて綾部の信者を代表して、0298出口慶太郎が見舞いに来た。0299誠心をこめた一同の祈願のせいか、0300由松はやがて奇跡的に全快した。
0301 間なしの二月四日、0302由松は、0303遠縁にあたる千代川村千原の永田小ちえ(二十一歳)を嫁にした。0304王仁三郎は心ばかりの祝いものを贈ったが、0305由松は生活苦を訴えて○印を送れと、0306再三綾部へ手紙をよこした。0307いったんは母と妹を引き取りながら、0308保護もしきれずに放して、0309弟に扶養させる。0310その負い目が深く王仁三郎の心を痛めていた。
0311 が、0312現実には金はなかった。0313土方となって働くことすら許されぬ綾部での日常を、0314由松にどう理解してもらえよう。0315信じてはくれまいと思いつつしたためる断わりの返信が、0316王仁三郎にはつらかった。
0317 中村竹吉は荷車を由良川の土手のかたわらに置き、0318荷台に積んだ農具を片寄せて腰掛けた。0319彼の法被(はっぴ)の背には、0320白字で『かねのくわ』と書いてあった。0321荷車の梶棒の先に蝋燭をともした提燈がぶら下げてあるのは、0322まだ日が西にあるとはいえ、0323筆先の世界では『くらやみの世』だからである。
0324 彼は後妻こまに尻叩かれて、0325農具の行商に追い出されていたのだ。0326鼻の下に貢ぐためにあくせくするなど生粋の日本男子の本懐ではなかったが、0327いかに艮の金神でも天からお米さまを降らしてはくれぬからやむを得ぬ。0328が、0329商売そこのけ、0330客に立替え立直しを夢中になって宣伝するうち、0331金をもらい忘れることもしばしばであった。
0332 二月五日、0333旧暦一月二日の今日、0334農具売り売り元伊勢まで参拝、0335大望成就の祈願をこめての帰途である。0336夕陽の映える水際に小鮒がちろちろ動いていた。0337立春が過ぎたばかりなのに、0338もう春の気配を知って冬篭りから目覚めたか。0339雪どけの水は刺すように冷たく、0340山頂にははだれ雪が残っていた。0341煙管と火打箱を出して、0342一服つけた。0343白い煙の行手に梅の木があり、0344二、0345三厘、0346ひらきかけていた。
0347 ――三千世界一度にひらく梅の花、0348艮の金神の世になりたぞよ。
0349 初発の筆先の書き起こしの句である。0350一度に咲きみちる梅の花の幻想は、0351立春を迎えるごとに信者たちの心をときめかせた。0352だが今年もまた、0353山間はおそく、0354平地は早く、0355梅はてんでんばらばらに咲きそうである。0356(しゃが)れたのどから血を吐くまで立替え立直しを絶叫したとて、0357日本はおろか、0358大方の綾部の町民すら振り返ってはくれぬ。0359役員が寄ってたかっても、0360王仁三郎につく悪の(かがみ)小松林を追い出すことさえできぬ。
0361 お筆先のお告げ通り日露戦争が始まり、0362今年こそと気負い立った三十七年も暮れてしまった。0363戦勝に沸き返りつつ始まった明治三十八年。0364まこと、0365この世がでんぐり返って、0366艮の金神がみ姿を現わされ、0367善と悪とを立てわけられて、0368味気ない暮らしに耐えてきた下々の者たちが喜び勇む松の世は来るのか。0369いや、0370下はいつまで待っても下、0371わしらはかなわぬ夢をみているだけか知れん。
0372 ふと起きた迷いを、0373あわてて首を横にふって追い返す。0374こまの奴がうるさいさかい、0375働き過ぎて疲れたせいや。
0376 夕闇が濃くなって提燈の明るさを増す。0377冷えこみがきつくなったが、0378動くのは大儀であった。
0379 山の端に糸のような月――無心で仰いでいた中村の目が凍りついた。0380昨日は旧正月元旦、0381今夜は陰暦二日、0382二日月だ。0383間違いなく二日月だ。0384わしは夢を見とりはせんぞ。
0385 中村は飛び上がり、0386目をこする。
0387 ――やいや、0388始まった、0389これぞ立替えの(きざ)しや。0390ぐずぐずしてはおれん。0391えい、0392たとえ一時にもせよ、0393女房ごときの言いなりにのどの下の仏さんに仕え、0394鼻の下の建立に時を過ごしたのは日本男子の不覚やった。0395うぬ。
0396 荷車をつかまえ、0397農具ごとどどっと由良川へ打っちゃる。0398提燈の灯がとんで消え、0399激しく上がった水しぶきの中に、0400懐から抜き出した胴巻きをえいっと投げ込む。0401みろくの世になれば金などいらぬ。
0402 裾をはしょって走り出した。0403位田(いでん)橋を渡ったころにはもう月影は沈んで見えない。
0404「大変、0405大変……」
0406 龍門館の門前から叫び続け、0407草鞋の紐は引きちぎって脱ぎ、0408二階の大広前まで駆け上がった。0409夕食を終わってまだ残っていた役員たちが、0410中村をとり囲む。
0411「みんな、0412聞いてくれ。0413わしは二日月を拝んだで。0414位田橋のところで沈んでもたけど、0415確かに月やった。0416煎り豆にも花が咲く時節が来ると筆先にあるじゃろ。0417生まれて初めて、0418見えるはずのない二日月を、0419わしははっきりこの眼で見たでよ」
0420「瑞祥や」と、0421村上が応じた。
0422「世の中がでんぐり返る証拠や。0423さあ、0424これでとうとう……とうとう大望が始まる」
0425 うわごとのように言いつつ、0426中村は神前に合掌し、0427大粒の涙をぽろぽろこぼしながら、0428神言をとなえ出した。
0429「教祖さまにお知らせせんならん」と顔色を変えて立つ竹原の袖を、0430平蔵が引く。
0431「今、0432お筆先が出とるとこや。0433もうちょっと辛抱せい」
0434 色めき立つ一同をなだめて、0435中村の祝詞の後についた。0436狂熱的な大合唱となった。
0437 祈り終わった中村は、0438神前の大きな水鉢にふと目をやった。
0439「やあ、0440これは……おう……」
0441 水鉢には、0442いつものように神に供えて清水が張ってある。
0443「どうしちゃった、0444中村はん……」
0445 平蔵が身をのり出した。0446震える指で、0447中村は水鉢を示した。0448水面にぱっと開いた半透明のものが白く水中に垂れ下がっている。
0449「これ見や、0450御神水にみごとな優曇華(うどんげ)の花が咲いとるわいな」
0451「おう、0452これが優曇華か」
0453 水鉢を囲んだ誰もが、0454しんとした目でみつめ、0455そっと手を合わす。0456三千年に一度開花し、0457その時、0458金輪王(こんりんおう)が出現する。0459あるいは、0460金輪王が出現する時、0461初めて優曇華の花がひらくとの伝説上の霊瑞の花だ。
0462 平蔵がクッと嗚咽(おえつ)した。
0463「この世に生まれて、0464これを見たもんは、0465わしが初めてじゃろう。0466二日月に優曇華とは……」と、0467中村がいきまく。
0468「立替えが始まれば、0469人民三分になるぞよ。0470会長はんにもなんとか残る三分に入ってもらえんじゃろか」と、0471四方祐助がおろおろと言う。
0472「そうや。0473畜類虫けらまで助ける大本の教えじゃ。0474この奇跡を見せたら、0475しぶとい小松林も逃げ出すやろ。0476祐助はん、0477会長をここへ」
0478 中村がいかめしく命ずる。
0479 祐助にせき立てられ、0480苦々しげに王仁三郎が上がって来た。
0481「会長はん、0482小松林に()んでもらい、0483坤の金神さまの守護になって、0484艮の金神さまの女房役つとめてもらわんと、0485後で地団太踏んでも知りませぬ。0486これが最後の忠告でありますぞ」
0487 上ずった中村の叱りつけんばかりの調子に、0488王仁三郎が訊く。
0489「ものものしい顔しとるが、0490なにがあったんや」
0491「あった所やござらん。0492いざいう時に、0493日頃御自慢の霊眼も霊覚もさっぱり効き目のない小松林や。0494言うてあげるが、0495重ね重ねの吉兆が出とる。0496まず、0497今夜わしが拝んだ二日月や」
0498「二日月がそんなに珍しいけ。0499わしは穴太におって、0500何度か拝んだことがある。0501お前たちはこんな山に包まれた狭い町に住んで外を知らんから、0502二日月ぐらいで騒ぐのや。0503また世間の物笑いにされんなん。0504そんな阿呆なこと、0505世間に言うてくれるなよ」
0506「黙れ、0507小松林。0508昔から三日月という言葉はあるが、0509二日月なんて聞いたことないわいな。0510しゃっちもない、0511穴太で二日月を見たなんて、0512そんな出放題ぬかしおって水晶の霊魂を曇らせよう思っても、0513そうはいくかい」
0514 四方平蔵が急いで口をはさむ。
0515「それだけやござへん。0516ほれ、0517これを見なされ会長はん。0518水鉢に優曇華の花が咲いてますで。0519三千年に一度開く花やげな。0520もうぐずぐず言うとられまへんでよ」
0521「優曇華……」
0522 王仁三郎は水鉢に進み寄った。
0523「なんとまあ……匂うが如き美しい花ですなあ」と、0524平蔵。
0525「鳥目の平蔵はんが妙なこっちゃ。0526三千年に一度しか咲かん花をなんで優曇華と分ったんや」
0527「それは……中村はんが教えてくれたさかい……」と、0528狼狽(ろうばい)した顔を、0529平蔵は中村にふり向ける。
0530「中村はん、0531なんでこれが優曇華やい」
0532「御内流(ないりゅう)で悟ったのでござる。0533時節が来れば開く花でござるわい」
0534 ゆるぎない信念で、0535中村は傲然(ごうぜん)と言い放つ。0536水鉢に浮いた白いものを、0537王仁三郎は付木の先ですくい上げ、0538しげしげと眺め、0539四方平蔵の鼻先に突き付けた。
0540「確かに匂うがごときやのう」と、0541今度は中村に渡す。
0542「雀の(ふん)じゃ。0543窓があけてあったさかい、0544雀の奴がとびこんだのやろ。0545なめるなり、0546かぐなりして、0547よう調べてからもの言え」
0548 ややあって、0549中村はうめいた。
0550「小松林が優曇華の花を雀の糞に化かしたのや。0551立替えの邪魔をしくさったのや」
0552 去りかける王仁三郎の袖をつかんで、0553村上が苦しげに頼みこんだ。
0554「どうぞこのことは誰にも内緒にしとくれなはれ。0555大本が大事やと思うたら……」
0556「大事や思うたら、0557お前ら、0558いい加減に立替えの待ち呆け信仰は止めとけよ。0559そうや竹原、0560筆をもって来い」
0561 王仁三郎は、0562ありあわせの和紙に、0563さらさらと筆を走らせる。
0564「中村はん、0565とっといてくれ」
0566 一同が首を寄せ集め、0567竹原が読み上げた。
0568たてかえをまつのがはらのすずむしの
0569ふゆのしもさきあわれなるかな
0570たてなおしやれたてかえとかしましく
0571さえずるもずのこえぞゆゆしき
0572 繰り返し読み終わった時、0573王仁三郎の姿はそこになかった。