霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
目 次設 定
設定
印刷用画面を開く [?]プリント専用のシンプルな画面が開きます。文章の途中から印刷したい場合は、文頭にしたい位置のアンカーをクリックしてから開いて下さい。[×閉じる]
テキストのタイプ [?]ルビを表示させたまま文字列を選択してコピー&ペーストすると、ブラウザによってはルビも一緒にコピーされてしまい、ブログ等に引用するのに手間がかかります。そんな時には「コピー用のテキスト」に変更して下さい。ルビも脚注もない、ベタなテキストが表示され、きれいにコピーできます。[×閉じる]

文字サイズ
フォント

ルビの表示



アンカーの表示 [?]本文中に挿入している3~4桁の数字がアンカーです。原則として句読点ごとに付けており、標準設定では本文の左端に表示させています。クリックするとその位置から表示されます(URLの#の後ろに付ける場合は数字の頭に「a」を付けて下さい)。長いテキストをスクロールさせながら読んでいると、どこまで読んだのか分からなくなってしまう時がありますが、読んでいる位置を知るための目安にして下さい。目障りな場合は「表示しない」設定にして下さい。[×閉じる]


宣伝歌 [?]宣伝歌など七五調の歌は、底本ではたいてい二段組でレイアウトされています。しかしブラウザで読む場合には、二段組だと読みづらいので、標準設定では一段組に変更して(ただし二段目は分かるように一文字下げて)表示しています。お好みよって二段組に変更して下さい。[×閉じる]
脚注 [?][※]や[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。まだ少ししか付いていませんが、目障りな場合は「表示しない」設定に変えて下さい。ただし[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]


文字の色
背景の色
ルビの色
傍点の色 [?]底本で傍点(圏点)が付いている文字は、『霊界物語ネット』では太字で表示されますが、その色を変えます。[×閉じる]
外字1の色 [?]この設定は現在使われておりません。[×閉じる]
外字2の色 [?]文字がフォントに存在せず、画像を使っている場合がありますが、その画像の周囲の色を変えます。[×閉じる]

  

表示がおかしくなったらリロードしたり、クッキーを削除してみて下さい。


マーキングパネル
設定パネルで「全てのアンカーを表示」させてアンカーをクリックして下さい。

【引数の設定例】 &mky=a010-a021a034  アンカー010から021と、034を、イエローでマーキング。

          

大橋越えて

インフォメーション
題名:12 大橋越えて 著者:出口和明
ページ:285 目次メモ:
概要:王仁三郎の直に対する反感が高まる。『道の大本』執筆。 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-07-26 23:59:53 OBC :B138908c12
0001「こら、0002くそ婆あ、0003兄やんとり返しにきたが、0004文句あっかい」
0005 今にも降りそうな寒い二月末の空であった。0006貧弱な体を精一杯構えて凄みつつ、0007新婚ほやほやの由松(よしまつ)が連れの男と共に龍門館の表に突っ立った。
0008 四方祐助がとんで出て、0009見知らぬ男二人にかっとなって言い返した。
0010「くそ婆あとはいったい誰のこっちゃい。0011お前ら、0012どこのガキや。0013返答によっては、0014か、0015かんべんならん」
0016「うるせい、0017ひょうろく玉の禿げ頭。0018爺いは引っ込んでけつかれ」
0019 中村竹吉、0020四方藤太郎、0021出口慶太郎らが二階の窓から首をつき出す。
0022「お、0023由松はん……」と、0024顔なじみの慶太郎が叫んだ。
0025 由松は持ってきたからかさをふり上げ、0026二階に向かってどなる。
0027「やい、0028こんこんやちきちの金神気違いの上田喜三郎、0029とっとと出てこんかい。0030かわいい弟がはるばる穴太くんだりからやってきたんや。0031(かあ)や妹を弟に押しつけやがって、0032総領の兄いが一文の銭も送りさらさんと、0033それで大きい(つら)して、0034よう三千世界の立替え立直しやてなことホラ吹きよるわい。0035親の面倒ひとつ見れんような家にへばりついとらんと、0036おん出て帰んだらどうやい。0037証人として、0038穴太から万屋(よろずや)のおっさんに来てもろたぞ。0039こら(つら)出せやい」
0040 ――由松や、0041ああ、0042由松が暴れこみやがった。
0043 王仁三郎は、0044万年床と机一つきりの臥竜亭を見渡した。0045ない、0046弟にやれるものは何もない。0047机の上の『道の大本』の執筆に用意してある生紙一折をわしづかみにして立ちすくむ。0048表から筒抜けに由松の大声が響いてくる。
0049「うー、0050寒うてしゃあないやんけ。0051けどこんな気違い屋敷の(しば)などいらんわい。0052よし、0053お前ら、0054見とれよ」
0055 由松は、0056パリパリと(さら)の油紙の音を立てて、0057からかさを開いた。0058それを玄関先に転がしておいて、0059パッとマッチをする。
0060 二階から澄が駆け降りてきて、0061渡り廊下を踏みならし、0062臥竜亭にとび込んだ。
0063「さ、0064先生、0065これを……」
0066 澄が突き出したのは、0067ずっしり重い布の巾着だ。
0068「助かった。0069なんぼや……」
0070「さあ……」
0071 直が渡してくれたものと、0072とっさに察した。0073役員たちが働いた日銭の中から捧げる貴重な筆先の紙代にちがいない。
0074 懐にするなり、0075王仁三郎は障子を蹴破る勢いで走り出し、0076すさまじく燃え上がる紅蓮(ぐれん)のからかさをとび越えた。
0077「何さらすかあ、0078このやろう……」
0079 叫んでおいて、0080王仁三郎はどっと由松に組みつき、0081雪泥道をころがる。0082群がった役員たちは、0083あっけにとられて派手な兄弟喧嘩を眺めている。
0084 由松ははね起き、0085胸をおさえ、0086まわりの一同を見渡して、0087にやっとした。
0088「帰れ、0089帰ってくれ、0090由松」
0091 雪泥まみれの王仁三郎が押し殺した叫びを上げる。
0092「おう、0093今日は()んだるわい。0094けどなんぼでもまた来るで。0095兄い、0096(かあ)のいること忘れんなよ」
0097 肩怒らせて由松は引き上げてゆく。0098懐から生紙一折取り出して、0099王仁三郎は、0100呆然としている万屋の若主人斎藤鹿市(三十三歳)に手渡した。0101鹿市はあわてて由松のあとを追う。
0102 龍門館が見えなくなるあたりで、0103鹿市は由松に追いついた。
0104「由やん、0105こんな紙もろたぐらいで逃げるんこ。0106お前、0107どないなっとんや」
0108「まあ、0109その紙はお前にくれたるわ。0110ばば紙にでもせい」
0111 由松はにんまりとして、0112懐から重い巾着をとり出した。
0113「あっ、0114いつもろた」と、0115鹿市。
0116「ぶつかってきよった時、0117兄やんが懐にねじ込んだんや。0118少なかったら因縁つけたるのに、0119すぐ見るわけにもいかんさけ……ちぇっ」
0120 中身を掌に開けてみて、0121由松は舌打ちした。0122なんと、0123小銭ばかりだ。0124けれど、0125今更ゆすり直しに戻るのも間が抜けている。
0126 からかさを失った由松の背に、0127さむざむと氷雨が降り出していた。
0128 誰が吹くのか草笛の音。
0129 音に誘われ、0130暗い部屋を出る。0131疲れた目と神経を休めたかった。
0132 王仁三郎は庭に下りる。0133庭と呼んでいるけれど正確には畑、0134七十歳になる出口直丹誠の畑だ。0135作り手の性格を象徴して、0136腹立たしいばかりに真直な(うね)0137青野菜の双葉が初春の風にかすかに揺れる。0138けれどこの庭に、0139王仁三郎の心を和めてくれるものはなかった。
0140 花のない庭――息苦しくて、0141王仁三郎には耐え切れぬ。
0142 庭の西側の薪置場を裏へまわると、0143杉垣をへだてて隣の内田家が見える。0144その垣の向こう側に、0145桜草の小さな五弁の花が群がり咲いていた。0146本宮山の裾野で見つけてきて、0147王仁三郎が杉垣から手をのばし、0148隣家の庭に移植しておいたのだ。0149その脇の、0150これも王仁三郎手植えの薔薇(ばら)0151朝露を含んだ新芽が春を伝える。
0152 杉の根元にしゃがんでのぞきこむ王仁三郎を、0153花たちはとらえて離さない。
0154「いつも変わらぬ松心、0155変わる心は花心。0156この大本の屋敷には色花は植えさせんぞよ、0157か。0158不粋(ぶすい)な筆先め」と、0159吐き捨てるようにつぶやく。
0160 花のことでは、0161龍門館に騒動が絶えなかった。0162鉢植えの野花を昼は縁の下深く隠しておき、0163夜になるとこっそり取り出して一人眺める。0164しかし二、0165三日すると、0166花はぐったり(しお)れた。
0167 ――かわいそうに、0168光に当てんさかいや。
0169 王仁三郎は、0170役員のすきをみては直日を背にくくり、0171鉢を懐に抱いて散歩に抜け出す。0172土手に坐って、0173娘とともに心ゆくまで日光浴させた。0174それでも花は無残に枯れた。
0175 ある明け方、0176はっと目覚めて、0177王仁三郎は障子を開けた。0178そして、0179見てはならぬ妻の姿を目撃した。0180やかんを片手に、0181忍び足で庭に出ていく澄を。0182縁の下をのぞくと、0183新しく植えたばかりの鉢から湯気が上がっている。
0184 頭から熱湯をあびせられたように、0185王仁三郎の血は泡立ち逆巻いた。0186叫び出しそうな口に蒲団を押し込み、0187王仁三郎は怒りと心の痛みに耐えた。
0188 大本の中では色花は育たんものと夫に思い込まそうとする妻の幼い心根がみえすいていて、0189王仁三郎は憎みきれなかったからだ。0190あきらめて他人の庭に花を植え、0191垣ごしに眺めるのが慰めとなった。
0192「やあ、0193桜草が開きましたねえ。0194上田さん、0195お茶でもいかがです」
0196 隣家の主人内田正(四十九歳)は、0197ごま塩髭の中から柔和な笑顔を見せて手招いた。0198羊毛のように密生したハイカラな髭は、0199先が丸くていねいに刈り込んである。
0200 王仁三郎は喜んで垣根を越えた。0201縁先に坐った王仁三郎に妻女たかはお茶を入れてくれ、0202養母すまは針の手を休めて駄菓子をすすめた。0203遠慮なく菓子を頬張り番茶をすすって、0204王仁三郎はくつろぐ。
0205 庭にはつぼみをいっぱい持ったつつじの植込みがあり、0206隅の雑草の間にはツクシンボまで頭を出している。0207外国の神さん拝む毛唐(けとう)じゃと、0208龍門館の住人たちはつきあおうともせぬが、0209王仁三郎は庭を借りるようになってからこの家族となじみ、0210気軽にもらい風呂にも行く仲となっていた。
0211 内田正は安政四(一八五七)年、0212姫路の武士内田浅次郎長男として出生、0213二十一歳でキリスト教に入信、0214やがて教師をやめて日本組合キリスト教会の牧師となる。0215綾部会堂牧師としてここに移住してきたのは明治三十六(一九〇三)年のこと。0216内田牧師の家が龍門館と隣り合わせとは、0217妙な因縁であった。
0218 いつか王仁三郎は、0219綾部におけるキリスト教会の歴史について、0220内田牧師に問うたことがある。0221内田は熱心に答えた。
0222 明治八(一八七五)年、0223新島(にいじま)(じょう)が京都に同志社を設立。0224明治十年代には、0225同志社学生堀尾金太郎が口丹波の亀岡に伝道し、0226十三(一八八〇)年、0227亀岡町柳町に耶蘇(やそ)教講義所を作った。
0228 明治十九(一八八六)年の春、0229綾部の南、0230田野村の田中敬造は天蚕(てんさん)の視察に行った先、0231愛媛県大洲(おおず)で牧師の説教を聞き感動した。0232帰途、0233神戸に寄って英和女学校教師ブラウン、0234神戸教会牧師原田助らの門を叩きさらに信仰を強め、0235郷里田野村に神の福音を宣べ伝える。0236奥丹波にも一粒の種が蒔かれたのだ。
0237 明治二十三(一八九〇)年五月、0238亀岡より移転してきた留岡幸助牧師が福知山に講義所を設け、0239そこを中心に天田(あまた)0240何鹿(いかるが)二郡に道を伝えた。0241この年、0242蚕糸(さんし)業界の麒麟児、0243郡是(ぐんぜ)製糸の創立者である若き日の波多野鶴吉も洗礼を受けている。0244その後も伝道師によって福音は伝えられ、0245明治二十六(一八九三)年、0246福知山に丹波第二教会を設立する。
0247 綾部は、0248蚕糸業界の首脳となった波多野鶴吉ら有力者が力となって、0249明治二十九(一八九六)年四月、0250綾部会堂を落成、0251本拠は衰退気味の福知山から綾部に移った。0252さらに、0253同年八月の大洪水で福知山教会は流失する。
0254 しかし、0255綾部でも、0256キリスト教は十分に根を下ろすことはできなかった。0257三十年代に入ると指導者に人を得ず、0258信者はその後長く沈滞期に入っていた。0259内田が赴任してきてからは、0260ようやく信仰も息を吹き返し、0261中絶していた日曜学校も復活して、0262生徒は今百二、0263三十人を数えるという。
0264 未開の地に福音を宣べ伝えていくキリスト教伝道者たちの激しい情熱が、0265王仁三郎を揺さぶる。
0266 優曇華の花騒動があって間もなく、0267王仁三郎は霊示を得た。
0268「そなたは今、0269善悪正邪の分水嶺に立っている。0270心せよ」
0271 同じような叱責を、0272祖母宇能(うの)から受けたことがあった。0273高熊山入山直前の二十八歳、0274やくざに頭を割られてただただ報復を誓った時であったが――。
0275 今また深い迷いにもだえる王仁三郎の心中を、0276神は見抜いているのだ。
0277「船中に在る者はその船の全形を見ず」、0278「猟夫は山を見ず」、0279不二(ふじ)へ来て不二を訪ねて不二詣で」……これらの警告が頭に浮かぶ。
0280 わしは、0281大本の中に深くはまり込んでしまって、0282かえって大本のことが分からぬのだ。0283一時、0284頭を切り替えて、0285他宗の教えを調べてみよう。0286苦悩のあまり、0287王仁三郎が出した結論であった。
0288 大阪宣教時代、0289メソジスト教会で牧師の説教を聞き、0290思わず落涙したことがあった。0291目前に教会はあっても、0292表立って説教を聞きには入れぬ。0293まず聖書を学んで他山(たざん)の石にしようと思い立った。
0294 杉垣をこえて、0295ひょろりと牧師宅にもぐりこむのはたやすい。0296花のためばかりでなく聖書研究というはっきりした目的が加わると、0297内田は喜んで王仁三郎に二階の書斎と分厚い新旧聖書を提供してくれた。
0298 テモテ前書第四章第七節に至って、0299王仁三郎の目は吸いついた。
0300(みだり)なる(はなし)と老いたる(おんな)(あやし)き談をすて、0301神を敬ふことを自ら修行すべし」
0302 すでに読んだマタイ伝第二十四章第三節以下の句が関連して思い浮かぶ。
0303「イエス橄欖山(かんらんざん)に坐し給へるとき、0304弟子ひそかに来たりて()ひけるは、0305(いずれ)の時このこと有りや、0306(なんじ)の来る兆しと世の末の兆しは如何なるぞや、0307我等に告げたまへ。0308イエス答へて彼らに曰ひけるは、0309汝ら人に(あざむ)かれざるやう慎めよ。0310そはおほくの人わが名を(おか)しきたり、0311我はキリストなりと曰ひて多くの人を欺くべし……また偽予言者おほく起こりて多くの人を欺かん」
0312 さらに同章第二十四節の一句。
0313「そは偽キリスト偽予言者たち起こりて大いなる体徴(しるし)異能(ふしぎなわざ)を行なひ、0314(なし)()べくば選民をも欺かんとする也」
0315 王仁三郎は目をつむった。0316老いたる婦の奇き談……ふしぎなるわざを行ない、0317選ばれたる者をも欺こうとするもの……キリストの予言の通りではないか。0318出口直こそ、0319ここに示された偽予言者の一人ではないか。
0320「肉体の修行は益すくなし。0321ただ神を敬ふことは(すべて)のことに益あり。0322今生(いまのいのち)および来生(のちのいのち)(かか)る約束を得るなり」
0323 テモテ前書第四章第八節が、0324王仁三郎の疑惑をいっそう深めた。
0325 四季の区別なく、0326直は毎日欠かさず何回となく冷水を浴びる。0327それが役員たちの習うところとなり、0328特に霊力を必要とする時以外は水行をせぬ会長を外国身魂と決めつける発端ともなったのだ。
0329 表面の肉体ばかり清めても肝心の霊魂は深まらぬとの王仁三郎の日頃の主張に、0330「先生は瑞の霊魂にあらず、0331湯の霊魂じゃ」と、0332役員たちは毒づいた。0333それを他教のキリストが地下から、0334いや天上から王仁三郎を擁護してくれようとは。
0335「汝、0336今後十年間は修行の時機なり。0337多いなる悪魔と戦い、0338神の試練にあうべし」
0339 高熊山修行中に神人より受けた神示である。0340その悪魔とは、0341まさに大本教祖出口直その人ではあるまいか。
0342 コリント後書第十一章第十四節に曰く。
0343「これは(めずら)しきことに非ず。0344悪魔(サタン)も自ら光明の使の(かたち)に変ずるなり」
0345 眩しい白銀の髪に清らかな肌、0346やさしい童顔には一種異様な霊光を宿し、0347言うに言われぬ神々しさと冒すべからざる威厳が力強く全姿に加わっている。0348声音は涼しく、0349十七、0350八ぐらいの娘かとまがうばかりだ。0351行住(ぎょうじゅう)坐臥(ざが)の端麗さ、0352言行一致、0353一点の私心すらなく澄みきってみえる。
0354 なんぼ悪魔かて、0355出口直ほど完璧に善の仮面をかぶれるものか。0356いやいや、0357それほどの悪魔だからこそ、0358人を迷わせるのだ。
0359 内田家に通い出し、0360聖書の世界にのめりこむほど、0361心は乱れ騒ぐ。
0362 王仁三郎の魂は必死に(さから)った。0363信と疑、0364愛と憎が幾重にもからみ合い、0365王仁三郎の足を引っぱる。0366この七年余り直の傍で審神(さにわ)しつづけ、0367あがきつづけて、0368ついにはドン底までおちるのか。
0369 激しい惑乱にしびれきった神経を休めようと、0370花を求めてきた王仁三郎であった。
0371「上田さん、0372いかがです。0373疑問は解けましたかい」
0374 内田牧師が微笑んで話しかけた。0375隣家に住めば、0376いやでも龍門館での直と王仁三郎の派手な喧嘩を見聞している。0377我家に庭を持ちながら、0378わざわざ隣の庭に頭を下げて花を植えねばならぬ養子婿の立場を察して、0379内田は同情もしていた。
0380「ほぼ……見当がつきました」
0381 淋しい笑いを返す王仁三郎。0382内田は熱心にすすめる。
0383「あなたのような方を、0384あの家におくのは惜しい。0385一家の主は一人、0386この世を造らせ給うた神もただ一人です。0387失せたる者をたずね救い給う神にすがって、0388アブラハムの子に(かえ)りなされ」
0389 王仁三郎は内田に向かった。
0390「もし、0391出口直が聖書でいう偽予言者ならば……わたしたちはこれまで悪魔を助け、0392不可解至極の産物である筆先を天下に流し、0393多数の人たちの霊魂を迷わせたことになります。0394放火や殺人や強盗は確かに重罪でっしゃろ。0395けど、0396その罪悪にはまだ限度がある。0397思想上の犯罪は、0398人の心を変え、0399生き方を変えさせ、0400果ては狂人ともさせて無限に累を及ぼす。0401それこそ天地容れざる大重罪になります」
0402「それがお分かりなら悔い改めることです。0403上田さん、0404あの家を出て教会へいらっしゃい。0405共に主の道を歩みましょう」
0406 内田のさし出す掌を王仁三郎はそっと押しやり、0407立ち上がった。
0408「一旦縁あって母子の契りを結んだ以上、0409わしは義母を見すてて去ることはできません。0410義母の迷妄がどれほど深かろうと、0411それを正道に引き戻してやるのが、0412どうやらわしの神から与えられた試練と思います。0413まだ時間はかかりまっしゃろが……」
0414 臥竜亭に帰った王仁三郎は、0415役員たちのいないのを確かめて、0416『道の大本』八巻の執筆にかかる。0417第一章、0418第二章と教えについて書き進め、0419筆を置いて読み返す。0420苦労をして書きためた多くの書を役員たちに燃やされた悔しさがよみがえる。0421感情の激するままに、0422一気に筆を走らせた。
0423  第三章
0424一、0425丹波のある所に曲津(まがつ)神の集まる巣窟(そうくつ)ありて、0426あまたの悪魔あらわれ、0427偽救世主をあらはして、0428世界を乱し破らんとす。0429王仁、0430天津神の命もてこの曲津神を国家のために打ち滅ぼさんと日夜心を砕きたり。
0431二、0432曲津日神は常識を()きたる頑迷固陋(ころう)のしかも朴直(ぼくちょく)なる婦人の心にひそみ、0433常に偽善をもちて人をたぶらかすをもって、0434唯一の方法手段となしつつあり。
0435三、0436その婦人は年老いたるものにして、0437事の理非曲直を深く考え察するの明なければ、0438自ら妖神の言を固信し、0439世人みな濁れり我一人清めりとなして、0440偽救世の説をとなうるなり。
0441四、0442その説一として国家社会に害毒を流さざるはなし。0443曰く財産家は天の罪人なり、0444曰く漢字は国害なり、0445学校は害物なり、0446商工業は小にせよ、0447外国人は排斥せよ、0448服は和服にせよ、0449洋服は神意に反す、0450種痘は汚穢(おわい)なり神慮にかなわず、0451桑を造るな、0452蚕を飼うな云々、0453一として生成化育の神意に反せざるはなし。0454これ妖魅(ようみ)の言辞にして社会の破滅を好むものたること言をまたずして明なるところなりとす。
0455五、0456曲津神は老いたる婦人の口を借り手を借りて世の中の多くの人をあざむかんとするなり。
0457六、0458曲津の曰く、0459三千世界を一つにまるめて神国にするぞよ、0460戦いがあるぞよ、0461東京へつめかけるぞよ、0462外国は地震雷火の雨降らし人を絶やして神国にいたすぞよ、0463世界の人民三分になるぞよ、0464この神にすがらぬ者は谷底へほかしてみせしめにするぞよ、0465神には勝てぬ往生いたされよ、0466はよ改心いたした者は早く助けてやるぞよなどと毒舌をふるうて、0467人を迷わせんとはするなり。
0468七、0469王仁その曲津を愛さんと思いて、0470浄心の本たる霊学をもってこれに対するや、0471かれ曲津神大いに恐れ忌みて、0472またもや口と筆もて王仁を傷つけんとはせり。
0473八、0474曲津神に心の根城を奪われて、0475山口あか(著者注・出口直を指す)といへる女、0476曲津狂祖となり、0477たかむらたかぞう(中村竹吉を指す)たかす迷ぞう(四方平蔵を指す)などその手足となりて、0478この豊葦原の瑞穂の国を汚し破らんとつとむ。
0479九、0480されどもはや瑞の霊の大神の宮居たる審神(者)の王仁、0481ここにいよいよ正義の矛をとりて現はれきたれば、0482いかでかかる曲津神をこの世にはびこらせおかんや。
0483十 すなわちここに直霊の霊の剣もて天の八重雲を吹きはらい、0484日月の光ここに現われたれば、0485いまや曲津は苦しみもだへつつあるなり。
0486  第四章
0487一、0488かれ曲津神にあざむかれて上杉の山の畔より、0489このしたのけんたろう(木下慶太郎を指す)という者、0490現われたり。
0491二、0492かれけんたろうは心の根城を奪われて、0493ついに蛭子となり、0494ここにまたもや曲津神の言葉によりて、0495うらをこと(不詳)、0496おりついしまつ(森津由松を指す)の二人の正しき者の家屋敷、0497畑を打ち破りぬ。
0498三、0499王仁かかることもありはせぬかと常に心をわずらいて、0500自ら取調べのためにあまねく迷える羊(信者を指す)の家に行かんとするや、0501山口の大曲津神は八十曲津神をしてこれをさえぎり、0502とどめたり。
0503四、0504王仁を高き木の上にかけおきて、0505かれ八十曲津神ども王仁の下り行かんとする道をさえぎりて、0506ますます偽救い主の言葉をたて、0507誠の教えの光を包み隠さんとはなしぬ。
0508五、0509王仁ここにうらをことらが家または屋敷など食い破られたるを憐れみ、0510わが弟の幸吉をつかわして、0511再び家を作り田を設けしめんとするや、0512ここにまた大曲津神あれいでてさやりしかば、0513ついに果たさざりき。
0514六、0515かれここに王仁はうらをの身の上を憐れみて、0516昼夜となくかれが身のすこやかにして、0517再び家を興し田をもとむるのみ恵みを与え給へと、0518今におき祈りつつあるなり。
0519七、0520おりついしまつもまた元の身にならんことを、0521王仁、0522昼夜祈りつつあれども、0523いまだに全く悔い改めずして迷いつつあれば、0524今しばしは救うの道なし、0525ああ悲しいかな。
0526八、0527曲津神の言葉によりて、0528ひの木やま(現瑞穂町檜山)の畔に、0529さかはらのいのすけ(坂原巳之助を指す)またその身を食い破られぬ。0530かれ食い破りたる曲津は、0531おさき(不詳)といへる者なりき。
0532九、0533人はその心に直霊の霊を天より下されあれば、0534常にその直日によりて省みざる時は、0535かかる曲津神にたぶらかさるに至るべし。
0536十、0537神と聞きて一と口に信ずるなかれ。0538あくまで疑いてのちに信仰すべし。
0539  第五章
0540一、0541邪神悪魔にはすべて威霊なく、0542奸智(かんち)ありて真智(しんち)なし。
0543二、0544邪神は大に知識の進歩を忌むなり。0545故に学術を嫌いて社会を愚にし、0546かつ暗黒ならしめんとするものなり。
0547三、0548偽善を唱えて愚かなる人々をあざむき、0549罪汚れに導かんとするものなり。
0550四、0551学問あり知識ある者を恐れて、0552これを退けんとするなり。0553ことさらに神の言なる霊学すなわち本教を忌むものなり。
0554五、0555偽信は大に知恵と学とを恐るその故は、0556知恵と学とは曲津の国を滅ぼして天国をたつるものゆへに、0557曲津の棲家(すみか)を奪はるるゆへなり。
0558六、0559王仁、0560学問をもって神の国を作らんとするや、0561かれ大曲津神、0562山口のあかをそそのかして、0563於与岐(およぎ)の高山弥仙山(みせんざん)に隠れ行き、0564自ら偽りて天の岩戸開きと唱へ、0565ここに再び多くの愚かなる者をあざむきたり。
0566七、0567三日も日輪が上がらぬことが今にくると唱へて数多の信徒をあざむき、0568種油を多く買い置きさせ、0569その時きたりてもやっぱり日輪はこうこうと輝き給へりしかば、0570かれ曲津神の巧みなる、0571世の中の人の心が暗いといふて知らしたるなりと、0572実にづうづうしさの限りといふべし。
0573八、0574王仁、0575惟神の道によりて神界の審神をなすや、0576かれ曲津神いたたまらず苦しまぎれに筆もて王仁のことを悪しざまに書きなし、0577かつ正神界をののしり、0578大恩受けし人を傷つけんとこそ企みて、0579日夜悪しき業のみ行ないつつも、0580誠の行いなりとて誇りたかぶりおれり。
0581九、0582世界中残らず汝のものになると曲津のたばかりことをば真に受けて、0583しじゅうなぶられている山口のあかといふ人こそ気の毒の至りなり。
0584十、0585王仁はのがれぬ仲ゆゑ、0586どうぞしてその迷ひの目をさましてくれんと思へども、0587かれすでに心の中より曲津に化かされをるゆへに救ふのみちなし、0588アア。
0589 王仁三郎は引き続き第六章、0590第七章、0591第八章を書き終え、0592第九章に進む。
0593  第九章
0594一、0595大曲津神、0596八十曲津神どもにあざむかれて、0597畏れ多くも天神地祇の神霊の憑らせ玉へる神号幅守札ならびに辞令書などを渡したる信者は、0598知らぬこととはいひながら、0599少しも罪なきものといふべからず。
0600二、0601おのおの人は天津神より賜わりし直霊(なおひ)(みたま)あり。0602この霊の光らざりしがゆへに、0603かれ八十曲津神にあざむかれて、0604知らず知らずのうちに神明に対して不敬の罪を重ねおるゆへなり。
0605三、0606直霊の霊に曇りある者は、0607すでにその心に大曲津ひそみおるがゆへなり。
0608四、0609大曲津の指図に従ひて信者より尊き神号などを奪いとりたる者の罪はなかなかに重し。0610されど奪われし者も罪なしといふべからず。0611なんとなれば、0612わが家の神床に祭りある神はわが家のもの、0613守るべきは信者たるの勤めなればなり。
0614五、0615王仁は常にこれらの役員信者の罪を許されんことを日夜神に祈りて千座(ちくら)置戸(おきど)を負いて耐えしのびたりき。
0616六、0617これらのことをあまねく信者に告げてあやまてるを改めしめ、0618汚れたるを清めんとはするなり。
0619七、0620上田王仁三郎、0621いまや天津神のみ許しを得て、0622蜂の(むろ)0623百足(むかで)の室屋、0624(まむし)の室屋を逃れいで、0625ここにいよいよ救いの旗を押し立てて、0626狭蝿(さばえ)なせる曲津の砦に進撃せんとす。0627汝ら、0628世のため道のために我と共に千座の置戸をおいて立て。
0629 表に鈴の音、0630やがてあわただしい足音をたてて四方祐助が入ってきた。0631王仁三郎はあわてて書きかけの書を隠す。
0632「号外やで、0633会長はん、0634ちゃっとこの支那文字読んどくれなはれ」
0635 続いて平蔵や中村、0636村上たちまで目を光らしてつめかけてきた。0637国の大事を報道する号外の前には、0638日頃卑しむ四足文字すら気にならぬらしい。
0639 王仁三郎は身を正し、0640彼らのためにゆっくりと読み下していく。
0641 ――皇軍奉天占領、0642我軍奉地に進む、0643鹵獲(ろかく)砲百門、0644敵死傷十五万、0645捕虜約五万、0646我軍急進大風塵(ふうじん)起こる。
0647 この日、0648三月十日であった。
0649 王仁三郎が疑問を持った直の水行であったが、0650旧二月のある日、0651「直よ、0652水行はもうよいぞ」と、0653神は言われた。0654七十歳を過ぎた直の肉体の衰えを、0655神は案じられたのか。
0656「いいえ、0657それではわたしはすみません」
0658 そう答えて水をかぶる。0659水は直の頭上に落ちる寸前にはねとんで、0660一滴も身にかからなかった。0661神は笑った。
0662「この神がもうよいと言うたらできぬぞよ」
0663 帰神の初めの頃にも、0664直は強情はって神に逆らい、0665同じ体験をしたことがあった。0666直はそれを思い出し、0667畏れて水行を中止、0668以後は手桶に汲んだ水を受けて、0669髪と額を丹念に清めるだけにした。
0670 三月二十八日、0671二、0672三冊の書を木綿の風呂敷に包んで、0673王仁三郎は腰にくくる。0674傘一本、0675着替え一つなかろうと、0676本だけはいつも手元になければ落ち着けぬ。0677今度の旅には、0678小型の聖書が一冊、0679こっそりと加わっていた。
0680 四方藤太郎、0681村上房之助が、0682人目を避けて由良川沿いの道まで送ってきた。0683中村竹吉の狂態に不安を覚えた二人は、0684悪神小松林への警戒を忘れて王仁三郎に接近、0685その教説とお筆先の間にはさまって、0686「見当がとれぬ」とすすり泣く。0687言葉を尽くしてなだめ、0688励まして、0689ようやく二人は王仁三郎に傾倒しはじめていた。
0690 反会長派で固まっていた役員の中から二人の支持者を得たことは、0691頑迷固陋で練り固めた土塁の一角を突き崩した感であった。
0692 いざ別れようとする時、0693村上のはいていた下駄の前緒がふっつりと切れ、0694つんのめって危うく転びそうになった。0695「門出の不吉」とたじろぐ二人に、0696王仁三郎は笑った。
0697「鉄でできた鼻緒やなし、0698古びれば切れるのはあたり前やろ。0699いたちの道きり、0700蛇のさえぎりを見て旅だちを思い止まるなど、0701みな昔の迷信家どもの弱い心の迷いにすぎん。0702誠一筋で出ていく宣教の旅や。0703おそれずわしの帰りを待っていてくれ」
0704 彼らに別れて一人旅、0705須知山を越え、0706台頭、0707大原を過ぎて枯木峠を踏み渡り、0708質志神社を横にみて、0709三の宮のとある小さい茶店にやすらう。
0710 この貧しい店が王仁三郎は好きであった。0711あめ玉一つ頬張りながら、0712番茶を飲む。
0713「爺さん、0714今日は酒はあるかい」
0715「へーえ、0716あいにく今日も無精してましてなあ……すんまへん」
0717 爺さんが心から恐縮してもみ手する。0718下戸の王仁三郎だが、0719あれば本当に酒の一杯も傾けたい気がするほど、0720この茶店の日に焼けた看板が気に入っていたのだ。0721実にまずい字で、0722こう書いてある。
0723 ……さけさかな、0724あったりなかったり
0725 この看板を見るたび、0726ほっこりと身も心も休まるのであった。
0727 世が栄え、0728人々が利口になるにつれ、0729外見だけは派手やかに、0730たとえ毒があるものでも飾りたてる。0731五の価値なら十に見せかけるのを当然の商法とする時勢がくるだろう。0732それが、0733体主霊従の、0734われよしの世のなりゆきなのだ。
0735 利口者が正直に勝ち、0736悪が栄える暗闇の世。0737心の艮に神を封じこめ、0738省みる直霊の力を失った人群万類のつくり出す末世の姿なのだ。
0739 ――いつまでも、0740ここにこうしていておくれ。
0741 風にひらひらする看板を目でいとしみながら、0742王仁三郎は茶代をおいて立った。
0743 檜山の坂原巳之助宅、0744園部の浅井はな宅、0745天神山の裾のなつかしい南陽寺、0746王子の栗山琴宅と泊まりを重ね、0747山陰街道を上がりつつ神の道を伝える。0748少しずつ、0749王仁三郎の説教の中に、0750筆先不信、0751教祖批判がまじる。0752教祖を立て続けようとする努力は、0753はっきりと捨てていた。
0754 四月二日早朝、0755夜の間に自分であんだ草鞋一足をはいて王子を発ち、0756金明霊学会嵯峨会合所の供川弥一郎宅に着く。0757供川家は南北朝の昔、0758北桑田の常照寺より移住した天龍寺の開祖夢窓(むそう)国師(こくし)の供人の子孫という。0759熱心な王仁三郎の支持者であった。0760ここにしばらく腰を据えて、0761京都、0762伏見地方の宣教に心をくだき、0763想を練った。
0764 十二日、0765下京区烏丸通綾小路西入に新しく発足した皇典講究所国史国文講習会を訪ね、0766規則書を入手した。0767王仁三郎のように、0768学歴といっては小学校の卒業証書も持たぬ者でも実力に応じて入会でき、0769志望の学科の終了試験の成績によっては神職の資格も授かる道ありとのこと。
0770 王仁三郎の胸は大輪の花が咲きこぼれんばかりに明るくなった。
0771 よし、0772苦学をしよう。0773小さい時からどれだけ学問にあこがれてきたことか。0774本を読むな、0775絵を描くな、0776百姓しろと父にどつかれた。0777野良仕事や奉公の寸暇に走っていって縁先から障子越しに聞いた金剛寺や穴太寺での塾。0778南陽寺で受けた岡田翁の薫陶。0779あとは車力や牛乳配達や子守りの道すがら本を読んだ。
0780 年は三十を五つも越えたが、0781いまだ人目を盗まねば本も読めぬ境涯にあって、0782学びたい意欲は熾烈になるばかりである。0783筆先も霊学も一度は投げ出して白紙に返り、0784新たに国学の教授を受けたかった。0785外国の教えである聖書ばかりでなく、0786古い日本の書物の中からこそ改めて大本を見詰め、0787深くつかみ直したかった。
0788 本科二年間ではあるが、0789初めから高等科へ進む自信はあった。0790供川弥一郎に打ち明けると、0791在学中の面倒は喜んでみさせてもらうと言ってくれた。
0792 通学路は約二里。0793王仁三郎は少年のように胸をはずませて、0794願書と履歴書に筆を走らせる。
0795 その翌日、0796願書を出しに行って帰ると、0797供川家の空気が変わっていた。0798通学の宿のこともしぶりだし、0799今にも出て行ってほしげなのだ。0800わけを問いつめると、0801王仁三郎の留守中に綾部から田中善吉が出て来て、0802
0803「艮の金神や教祖の御命令で気をつけにきたのだ。0804上田の貧乏神が帰ってきたら、0805(しきい)一つまたがせたらあかんでよ。0806うろうろと会長を歩かせるのは小松林の悪神のせいやさかい、0807一刻も早く綾部へ追い返しとくなはれ」と告げ、0808あたふたと出て行ったという。
0809 あてにする宿をことわられては、0810講習会の参加は無理であった。0811テンツルテンの王仁三郎には、0812町の下宿屋を探すだけのゆとりはない。
0813 穴太から来た西田元教と一緒になって、0814王仁三郎は京都の三ケ所の支部を回った。0815しかし一足早く、0816田中善吉の言霊の吹き荒れたあとであった。0817どこもかしこも居留守をつかったり、0818顔色変えて箒で掃き出したり、0819果ては、0820「貧乏神の祟り神の小松林はん、0821もう二度と来ては下さるな」とわめく。0822その指令は徹底していた。
0823 高瀬川に沿って勧進橋のそばまで下りながら、0824西田がつぶやいた。
0825「田中の奴、0826今頃伏見の方までまわっとるか知れん。0827畜生、0828この高瀬川に放り込んでやりたいわい」
0829 まる三年もかけ、0830苦労に苦労を重ねて西田の開拓した伏見であった。0831綾部の教祖さま、0832筆先を絶対と仰いで今日まで説いてきた以上、0833その筆先の指令とあれば、0834根こそぎ崩れていくのは仕方ない。0835何のための苦労、0836何のための宣教であったのか。0837私心のない西田元教だけに、0838やる方ない憤懣も絶望も激しかろう。0839けれど、0840王仁三郎の心を締め付ける国学への、0841止むに止まれぬ志向をさまたげられた悔しさ、0842背骨ががちがち鳴るほどの無念さを、0843西田とて分かりはすまい。
0844 王仁三郎は筆先を呪い、0845教祖直を思いのたけ罵りたかった。
0846 それぞれの思いに浸って重い足を運んでいると、0847西田が叫びを上げた。
0848「おう、0849田中……お前は……」
0850 ひょっこり、0851目前に風呂敷包みを背にした田中善吉が真っ赤な顔で突っ立っている。
0852「おい、0853お前、0854また邪魔しにまわったな」
0855 王仁三郎の怒気に吹っとばされたように、0856田中は横にとんだ。0857折しも京都伏見間の電車がそこへ来て停車した。
0858「こら待て、0859馬鹿もん。0860馬鹿っ……」
0861 田中は振り返り、0862やれまあ安心とばかり北行電車に飛び乗った。
0863「馬鹿、0864阿呆、0865たわけ奴がっ……」
0866 走り出した電車に、0867王仁三郎はこぶしを振り上げた。
0868「こんなところでどなる方が阿呆や、0869兄貴」
0870 西田が袖を引く。
0871「ほんまに、0872どなる方が馬鹿やのう……」
0873 立ち止まって珍しもの好きの目をのぞかせる二、0874三人の町人にてれながら、0875王仁三郎は肩を落とした。
0876「小松林さん、0877()んで下され。0878うろうろしはると、0879ろくなこっちゃないそうどすえ」
0880 案の定、0881伏見の信者たちは、0882とりつく島もない応対であった。
0883 二人は宇治町さして日暮れを急いだ。0884御室支部の南郷国松方では信者たちが待っていた。0885ここまでは田中善吉の手はのびなかったらしい。0886四、0887五日布教して西田を残し、0888王仁三郎は一人京都に戻った。
0889 供川の家に村上房之助が来ていた。0890田中善吉の動きを察して王仁三郎の身を案じ、0891後を追って来たのだ。
0892 仔細を聞いて憤激する村上をなだめ、0893大堰(おおい)川に沿って帰途についた。
0894 汽車は走っていたが、0895汽車賃がなかった。0896二人合わせて懐中は一銭五厘。0897元気を出して愛宕山を越えた。0898四月の半ばというのに、0899みぞれが降り出していた。0900日は落ちて空腹はつのる。0901いっそう吹き降りは激しさを増す。
0902 八木へ立ち寄ると、0903義姉久は気の毒がって米をかしぎ、0904もてなしの支度にかかりながら、0905泊まっていけとすすめてくれた。0906しかし神憑りの福島寅之助は、0907やにわに塩を振りまき、0908竹箒で王仁三郎をはき立てる。
0909 真っ暗がりにとび出た王仁三郎と村上に、0910久は提燈を差し出す。
0911「きさまも、0912小松林の眷属か」
0913 狂ったように寅之助は妻の手の提燈を叩き落とした。
0914 京鉄線路の踏切のかたわらに荷物を下ろして、0915村上は着たきりの王仁三郎に着替えを出してくれた。0916蓑笠支度の村上はまだしも、0917王仁三郎は全身ぬれそぼっていて、0918震えが止まらないのだ。0919どうやらみぞれは上がったらしい。0920手探りで股引、0921脚絆をつけかえて、0922それでも震え震え、0923夜更けのどろどろ道を園部まで辿った。
0924 往きとはうってかわって、0925浅井宅でもあしらいは冷たかった。0926もうここにも田中らの手は回っていた。
0927 一夜をここで過ごして、0928翌二十三日、0929檜山の坂原方へ。0930巳之助は不在で、0931女房が口ごもった。
0932「今しがた田中はんがおいでて、0933艮の金神さんのお気障りになるさかい、0934小松林はんが改心しやはるまで茶一杯飲ますやないと……」
0935 無言で二人はきびすを返した。0936越えるべき山坂までが、0937胸をつく険しさに思えた。0938須知山峠の茶店で立ち止まる。0939昨日から、0940宇治よりの山坂二十四里をろくに飲まず食わずで歩き続けてきたのだ。0941一銭五厘で、0942二人の空腹の虫をおさえるものはないか。
0943 王仁三郎は水桶の中のこんにゃくをつかみ上げた。
0944「婆さん、0945いくらやい」
0946「五厘じゃで」
0947「よっしゃ、0948三枚もらうでよ」
0949 銭を置くなり、0950一枚のこんにゃくを半分に引きちぎって村上に渡し、0951一枚ずつ生のまま頬張った。0952ぷりんとした歯ごたえとのどに通すときの量感が、0953涙の滲むほどうまかった。
0954 須知山峠の頂きから望む北東に、0955弥仙山のとがった頭がかすんでいた。0956村上は、0957神霊こもる頂上の宮に心を馳せて手を合わした。
0958 ――大橋こえて、0959たずねに行くとこ、0960他にはないぞよ。0961肝心のこと放かいておいて、0962先へ行こうも行方わからず……。
0963 村上が唱えているのは、0964弥仙山籠りの時の筆先の一節ではないか。
0965「おい、0966中村の真似すんやない」
0967 王仁三郎が村上の背を小突いた。0968振り向いた村上の顔は涙だらけだった。
0969「先生、0970あの時なんでわしの下駄の緒が切れたか……大橋こえて、0971他に行くことはならぬと、0972神さまが気付けてくれちゃったさかいや。0973それを……小松林に引かれて、0974わしまで越えてしもた。0975わしの心は二つや。0976二つに引き裂かれてしもたわい」
0977 王仁三郎の頬も歪んだ。
0978「信仰なんぞ止めたる……こりごりや……苦しいばっかしや……」
0979 泣きながら走る村上を追って、0980王仁三郎は峠を下った。0981由良川の川波が、0982王仁三郎の涙の中に光っている。0983大橋はもうそこであった。