上田会長の留守中に、上谷の修業場は、霊憑りの発動で、修業者二〇余人のうち大部分が妖魅に憑かれて大騒ぎとなった。なかでも、福島の霊憑りははげしかった。「丑の年に生まれた寅之助で、丑寅の金神だ」と叫んで、裸になり、開祖の筆先の言葉をまねて、のべつまくなしにどなりちらし、始末におえない状態となった。
会長が祈願をこめて鎮魂をしたので、一時は発動がしずまったが、他の霊憑りにも、たくさんの妖魅の同類が憑って福島に加勢し、霊憑りが口をそろえて、「皆の者シッカリいたさんと、上田の曲津にごまかされて、ヒドイ目にあわされるぞよ。誠の艮の金神は福島大先生にちがいないぞよ」などと叫ぶと、それを聞いた福島はふたたび発動し、眉毛をあげたりさげたり、眼をむいて腕をふりあげ、とんだり跳ねたり、畳は穴があき、床は落ちるという騒ぎを再演した。村人がめずらしがって、弁当もちで見物にくるようになると、修業者の親や兄弟が怒ってつめより、「狐つきにした、気狂いにした、告訴してやる」といって上田会長をせめた。四方藤太郎が協力して、会長がようやく鎮圧したが、一時はどうなることかという騒ぎであった。
一方、足立正信は、上田さえいなければ、なんとかして金光教でやってゆきたいという野心をおこした。そして、この修業場のみだれたのを機会に、金明霊学会をこわしてしまおうと、会長追放の運動にのりだした。また、中村竹蔵・四方春三らは、出口家の養子をねらっていたので、「上田は狐使いだ、魔法師だ」といって信者間にふれ歩き、ついには、開祖の悪口までをいいだした。
〔写真〕
○みそぎの滝附近 p195