上谷の修業中に、吉崎仙人(別名・九十九仙人)の霊が、一七才の四方春三にかかって筆をとらせた。「今日までの世界はわれわれ邪神の自由自在に跳梁する世界であったが、いよいよ天運循環して、われわれ大自在天派の世界はすんでしまった。これからは綾部の大本へ世を渡して、神界の一切の権利を艮の金神に返さなくてはならぬ」という意味のことや、開祖の神代からの因縁により、この世一さいの神界のことを綾部の大本へ引きつがねばならぬから、霊学の先生と、足立先生・四方春三に来てもらいたいなどのことが書いてあった。この吉崎仙人は、一四、五才の頃、上林の山奥で、木樵りをしているうちに仙人となった、東八田村於与岐に住む吉崎謙吉であることもわかった。
会長は「霊学上の参考に一つ出かけてみよう」といっているやさき、用事ができて綾部へ帰らなければならなくなった。それをさいわいに足立と春三は、会長をだしぬいて、神界の秘術を授けてもらおうとでかけたが、山道に迷い、あとからきた会長が先に、上林の山中で吉崎仙人にであった。会長は話しているうちに、高熊山の修業と符節の合うものを感じた。おくれて来た二人に、仙人は「お前の面部には殺気が現われている。なんとなく心中不穏だ。一時も早く惟神の道に立ち帰って改心せよ」ときびしく説諭したので、二人はふるえあがって帰ってしまった。そのとき、上田会長にたいして吉崎仙人は「自分の役目は今日でおわった。明日から人界に下って人間の勤めをする」といって、それ以来姿をかくした。
悪霊に憑依された春三は、邪心日につのり、上田会長を排斥するため、役員・信者を扇動するのに懸命となった。上田会長は、穴太の老母が危篤という知らせがあったので、上谷修業場の留守を、ふたたび藤太郎に依頼して穴太へ帰った。ところが、その知らせは、上田家の家庭事情によるニセの電報であった。会長は、まずしい上田家の前途を案ずれば、ふたたび綾部に帰ることは心しぶる思いであったが、神の道を捨てることはできないと、家族の引きとめるのをふり切って穴太をでた。綾部に帰ってみると、上谷の修業場から、四方春三・村上・黒田・塩見らが広前へ帰ってきて、またもや霊憑りのために発動した。
「上田は神界の大敵役だ。帰ってきても金明会へ入れることはならん。三人世の元、これだけおったら結構々々………上田は悪神じゃ鬼の霊じゃ」とさわいでいた。まるで発狂者のような状態となり、ふたたび大さわぎとなったが、上田会長の霊力によってしずめられ、まもなく、約二ヵ月にわたった上谷の修業場を引きあげることにした。修業者は、ひとまず霊学上の経験をつみ、善神・邪神のあることや、神界のことについて悟ることができた。しかし、なかには慢心し、野心をおこすものもあったが、上田会長の霊力にはいちおう服従した。また、修業の経験によって、開祖の帰神の偉大なことが、ますます明らかになった。
〔写真〕
○上谷部落の全景 p197