●進行 二日目冒頭部
昭和十三年八月十一日(木曜日)
京都地方裁判所
午前八時四十八分開廷
裁判長 被告全部立つて──それでは昨日に引続いて取調べをします。
腰を掛けて……。
清瀬弁護人 開廷前にちよつと一分間ばかり……。
(裁判長に本を提出)
甚だ失礼なものですが、私が先年少閑を惜んで書きましたもので、其の五十九頁以下を御覧下さると、維新以後の宗教法と云ふものが書いてある。
明治の一番初めの祭政一致をやつたこと。
十九年に教導職を廃したこと等の宗教の沿革を拙文で草したものでありますが、其の内の六十六頁を御覧下さいまし。其処に明治十九年の太政官布告第十九号と云ふものを摘録して居りますが、其の十九号に依りまして、今宗教の公認をするのでありますが、宗教のことは今の官制では大体文部省所管となつて居りまするが、此のことだけは内務省の管轄で、第三条に於て宗教、それから四条に神道と分けまして、以上神道の管長の定むる所と云ふのに、教義と教主たるの分限、及、其の称号に関すること、教主の等級は、矢張り此の旧法を用ひて公認をやつて居るのであります。
昨日も「開廷前に御調べを願ひたい」と云つて希望しました、大本の公認運動……今日御調べ下さることと存じますが、之に依りまして、政府の認めてくれる教義、それから教主の分限等級と云つたやうなものを含んだ願書を出したに相違ないのであります。
弁護人の見る所に依ると、大本教は以前大正十年に不敬事件を起したものでありますから、幾分世の中に──世間的に悪い所があつたのでありませうが、それを省いて宜い所ばかりにして、旧に倍して純化して昭和三年三月三日に出発しやうと、斯う云ふことを計画して居るのだと云ふ弁護人の主張でありますから、其の時に、旧法制を御覧願つて……昨日出口君がまるで坊主の頭だと云つたやうに、早口で云つたのを、私は耳にしたのでありますが、早口でありましたから、御耳に止らなかつたかと思ひまするが、「大本教のことは言はなければならぬし、言ふことも出来ず」と云つたやうな事柄の、何だか秘密指令があるやうに、予審では誤解されたのでありますが、是は仏法のことで、妙法蓮華経と云ふ……妙の字は若き女の如くなり等一々歌があります。
「法は則の道、僧は頂の如くなり、言ふに言はれず、説くに説かれず」と云ふ歌がありますが、此のことを出口氏が、頭に置いて云はれたかどうか知りませぬが、余程世間に喧伝して居ることでありますが、私はさう云ふ意味に解して居るのであります。
裁判長 拝見して置きます。
出口 ちよつと、裁判長御願ひがございます。
昨日、私、階段で滑りまして腰を打ちまして、それは痛うございましたが、其の時にピンと頭に来た。それからずつと、暫くあつちへ行つて是は山科に居るのか、此処に居るのか判らぬ状態になつて居りましたが、愈々此所であると云ふことがはつきり判つて、こつちへ来ましたけれども、昨日また日の暮に之を訊ねられた時には、何だかもうそれが判りまへなんだ、それで後ろの方に弁護士が来て居られましたから、若しもさう云ふ、間違うて居ることや矛盾したやうなことがあつたら、後に弁護士から訂正するやうに、私はもう一遍訊き直して戴きたいのでございます。
裁判長 それは能く訊いて居りますから──。
出口 それからちよつと申上げますが、能く聞きますが、「被告と云ふものは、総て公判廷に行つて前に言つたことを言はぬと言つて、違ふと云つて引つくり返へす者が八分まである」と云ふことを、弁護士に此の間聞きました。
弁護士からそんなことを言はれるのは、私は実に残念でありました。
何故かと云ふと、私は神の道に仕へて居る者である。清き明るき正しき直き誠の心を以て、神に仕へて居る者である。
是が若し、曲つた心であつたならば、神に仕へることは出来ない。神に直ぐに罰せられてしまふ。けれども、私は、警察以来、是はどうしても此の人は、此の警部さんは是以上に判らぬのだから、どうしても言ふた所で、暖簾と腕押をするやうなものだから、早う向ふの言ふ通りにして皆の者を救けてやつて貰ひたいと思ひますから、箱根の関所を越すには関所守の意志に合うやうにしなければならぬと思つて、其の関所を越えたのでありますから、其の積りで、私は心ならずも向ふの仰つしやる通りに黙つて居つた。
で、検事局の方は「此の通り言へ」と言はれたから言うた。「早う通してやる」と言はれたから、私は馬鹿正直に私は言つた。
私は欺された。
それから……。
裁判長 それはね、昨日も能く言うた。
出口 言ひましたか。
裁判長 もう何遍も何遍も繰返しく言つて居る。
お前の弁解を訊くのが趣旨で訊いて居るのだから……。
出口 あ、さうですか。
問 それで、昨日は。
答 それから、今日は之を(予審終結決定)持つて参りました。
●争点 盤古大神と瓊々杵尊
問 いゝかね。訊ねるからね……
立替立直、ミロク神政成就に関する、即ち、大本の根本目的はどう云ふものであるかと云ふことを書いた「太古の神の因縁」、「霊界の情勢」、「国祖御退隠の御因縁」、「盤古大神塩長彦命云々」、それから、霊界物語の第四十一篇の総説の所を読んで見ますと、予審終結決定に於ける大本教義要旨の一の如くなるぢやないか、之を読んで見ると、決定に書いてあるやうなことになりはせぬかと云ふことを訊くのだが──。
答 なるのぢやございませぬ。
問 どう云ふ点が違ふか言うて御覧なさい。
答 盤古大神と申しますのは、是は支那の古い赤県、太古伝にもあれば、支那の歴史にも一番初めに出て居ります。日本の国常立尊と同じ位置になつて居ります。
是は世界神話集にも出て居ります。 世界神話集、之に……
盤古大神と云ふ神様はどう云ふ神様かと云ふことから申上げます。
盤古と云ふのは宇宙間に一つのポツとしたものが出来た。それが一日に十丈背が高くなつた。大きくなつた。さうすると、天が又十丈高くなつた。又、明くる日、背が十丈高くなると、天が十丈高くなつたと云ふやうに、天地の間が、盤古が大きくなるに従つて、ずつと天と地がこんなに懸け離れてしまつた。それ程に高い──盤古は背の高い神様である。
併し、それは、是が神話に書いてあるのですが、それが世界中に根を張つた。それから世界の一本の木となつた。是が盤古大神と云ふことであります。
さうすると……。
問 支那で生れたのか。
答 支那で生れた。さうして、此の神話の密意は何であるかと云ふことを大島先生に訊きましたところ、是は、「世界中に根を張つたと云ふことは、其の盤古大神が日本国中を体主霊従のやり方で、優勝劣敗の国にしてしまうた」と云ふ意味で、それを国常立尊は、さう云ふことはさせてはいかぬと思つて、一生懸命に是と勇敢に御戦ひになつた。
さうして、結局、衆寡敵せずで、天照大神、即ち、天の御三体の神様も、「是はどうしても一時、間に合はせなければ仕様がない、盤古にして置かなければならぬ、盤古の云ふ様にして時節を俟たなければならぬ……仕様がない」と云ふので、国常立尊に、「御前は控えて居れ」と仰つしやつた──是が一つの神話であります。
さうして、此処に書いてある、斯う云ふ、太古の因縁と云ふやうなことは、決して総ての何ぢやありませぬ。
文献には、是は皆私が神懸りになつて神に訊かなければならぬから、神様に訊いて斯う云ふことを書いたのであつて、是は極く天地の創りの時、是は神界では、もう、世の中が出来てから三千年、三千年と云ふことは三千劫と云ふことやさうです。
それで、「現界の五百年を以て、神界の一日とする」と云ふことは、是は仏教にも書いてあります。さうすると、一劫は即ち一年。其の一劫はどれだけの時間が掛かるかと云ふことは、仏書に依りますと、「四十間四方の一つの岩がある。其の四十間四方の岩のぐるりに、一年に一遍宛天人が天降つて来て、其の天人が舞を舞ふ。其の袖が岩に触つて、それが磨滅してなくなつてしまふ、其の岩がなくなる間を一劫と云ふとある」
それから、今日迄は三千劫位経つて居ると云ふのです。
それから、此の皇孫瓊々杵尊が地上へ御下りになつたことは日本書記に依りまして、是は日本の歴史の正史と云ふ位でありまして、一百七十余万年を経て居り、神武天皇様迄瓊々杵尊様から百四十余万年位あります。
問 さうすると、どう云ふことになるのだ。
ちよつと──国常立尊の教義は決定に書いてある通りか。
是は前の事を読んで見ると、綜合すると斯うなりはせぬかと云ふ訊ねなんだがね。
答 具合が悪くてどうも判りまへぬ。
問 教義は前にもあるでせう。準備手続で能く訊いたでせう。三十分も説明して居つたでせう──。
答 さうですか。
問 其の要旨を詮じ詰めると、盤古大神即瓊々杵尊と書いてあるが……。
答 それは違ふのです。
問 ちよつと待て。
それで一番御しまひに、「現御皇統を廃止して日本の統治者となるべきものなり」とあるが、此の点を否認すると云ふのか。
答 さうですとも、そんな馬鹿なことはありませぬ。
問 「其の他のことは此の通り違ひありませぬ」と言つて居つたね。
答 さうです、後は違ひないと思ひます。
問 なると云ふことはないか。
答 判らなくなつてしまつた。一つも判らなくなつてしまふ。
何十万年だとかと云ふことになると判らなくなる。
盤古大神の時代と瓊々杵尊さんの時代とは違ふ。それで、其処へ以つて来て、それであヽや斯うやと云つては、無理にこじ付けてやられるから、それを申上げて居るのです。
それで、瓊々杵尊様が御降りにならないでも、神武……ぢやない、素盞嗚尊が力があれば。
問 それは(三)の方に書いてあります。
答 書いてありますか。
問 国常立尊の御引退後に、地上に再現になつた点を訊いて居るのです、それの、みに限局して、……関連するならば言つても構ひませぬが……。
答 それは私は最前言ふ通り、文献で見たのぢやありませぬ。神懸りで書かせられた。
だから、神様の言ふたことだから、それを信ずるより仕方がない。
問 それを書いたのは、誰それと云ふことぢやない、それを読んで綜合して見ると、斯う云ふ結論になるぢやないかと云ふことです。
答 なりませぬ。
問 「なりませぬ」と云ふ要点は、盤古大神が、即ち、瓊々杵尊だと云つてはならぬと云ふのだが、其の他のものは宜いのか。現御皇統を廃止するとか、日本の統治者になると云ふやうなことは、絶対にないのだな。
答 そんなことはありませぬ。
実に、もう私は、癪に触つて堪まらぬ。
問 「其の他のと云ふのは、其の通りぢやありませぬ」と云ふやうに、準備手続に於ては言ふて居るね、前の方は。
答 其の通りでありますが、此処で間違つて居るのです。
「現御皇統を廃止して」と云ふ所は、是はすつくり間違つて居る。是は、霊代と云ふことに付て、「私が治めるとか何とか云ふ」ことを言やはりますけれども、書いてありますけれども、治めると云ふのは私が治めるのぢやない、ちよつと譬へると、暗い道を提灯が通りまつしやろ、人がそれを見ると、「あそこの暗い道を、提灯が通つて行くわい」と言ふけれども、提灯が通つて居るのぢやない。
併し、「人が提灯の火を点じて、それを持つて通る」とは言はない、「提灯が通る」と云ひます、さう云ふやうな意味で書いてあるのです、──決して提灯が物を言ふのでも、提灯が動くのでもありませぬ、出口直が霊代──なつて、斯うするとか、あゝするとか云ふことは提灯だ──思ひます、本人ぢやありませぬ。
問 「天御中主神」から「坤の金神となりたり」迄、是は宜しいのでせう。是は間違ひないと思ふが、どうぢや。
答 何処に書いてありますか、(と探しながら)、あゝさうですか。
●思想 ミロク菩薩と王仁三郎
問 是は王仁三郎の神諭を、其の儘取つて来たのだから──。
答 「天の御祖先ミロク菩薩」と云ふことはをかしい。
教を人に聴いて、人に知らせると云ふ、宣伝使と云ふのが、弥勒菩薩ですから、此のミロク菩薩と書いてあるのは、をかしい。
問 書いてあるから、さう書いてあるので──。
答 是は間違つて居る。
至仁至愛の神は判つて居りますが、ミロク菩薩はをかしい。若しも書いてあつたら、是は間違ひです。
問 此の前から云ふて居るから、それは判つて居る。
答 それから「撞の大神」と書いてありますのは、是は天照大神の又の御名つきさかき……。
問 判つて居ります。
答 それで天之御中主神を天之御中主神と云はずに、善の神、天津神と云ふたりする、それで撞の神、撞の神様と長く云はずに、唯撞の神様と云へば判かる。
是は、ちよつと、私言ひましたやうに、地球の先祖と言つても、地面を修理固成した先祖であつて、別に地上に政権を以つてどうとか斯うとか云ふものの意味ぢやないのであります。三千万劫前の世の中のことが書いてあるのです。
問 詰り霊界のことを書いたと云ふのでせう、現界ぢやないと云ふ主張でせう。
答 さうです、此の地球の見えて居る中にも、幽界もあり神界もあり現界もあるのです。
此の時代は、今の人類学者の説に依りますと、十万年先とかに十万年程前に人間が出来た。此の時分迄は人間も何もありやしまへぬ。神さんばかりの世の中です。別に今日の国民を統治したやうな時ぢやありませぬ。
問 それは「部下の万神」と書いてありますよ。
答 そうです。其の通りです。
神さん同志の昔の戦ひを書いたものでございます。
けれども、是は、私が神様のことを書いたのだけれども、神様がほんまのことを書いたか、神話を創造せられたか、それも判りませぬから、私としては信ずるより外に仕方がない。
問 それは先に書いて居ります。
神示によつて書いた物なるや、自分の意思の加はつた物なるやは、昨日訊いて居ります。
答 斯う云ふ所は、自分の意志の及ばぬ所ですから、是は意志は加はつて居りませぬ。
問 「坤金神となりたり」迄は宜しいのですか。
答 はい、宜しうございます。
問 其の次は。
答 「盤古大神、即ち、瓊々杵尊」は……。
問 ……是は違ふと云ふのだね、宜しい。
答 是は怪しからぬことです。
問 宜し、後は宜しいね。
ちよつと待つて下さい。
「爾来瓊々杵尊」──是は否認する訳ですね。
答 ちよつと待つて下さい。
(黙読しながら)「日本に渡来せられ」──こんなことはありませぬ、盤古大神が瓊々杵尊であると云ふやうな……。
問 さうぢやないと云ふのだから、それで宜いぢやないか。抹殺するのだから……。
答 ああさうですか。又、「御系統に坐す現御皇統に於て、日本を統治し給ひたる為め」──是は、私が三千万言も書いた文献の中に一つも書いてありませぬ。
問 「それが違ふと述べた」と書いて居るのだから……。
答 あゝさうですか。
問 「体主霊従、悪逆無道の現社界を招来し、優勝劣敗、弱肉強食の惨状を呈するに至れり」
是は宜いのだね。
答 其の通りです。
●思想 国常立尊と大国常立尊
問 其の次、「茲に於て、国常立尊の出現……」の問題ですがね。
答 何処ですか。
問 其処々々……さう云ふことになつたから、国常立尊の再現なされて、立替立直をすることをあれしたのでせう。
答 ちよつと待つて下さい、(黙読しながら)それから……。
問 ちよつと読んで御覧なさい。
答 是は……。
問 皆読んでからになさい。
答 是は最前申上げました通りに「王仁三郎を機関として顕現し」
是は提灯やと云ふ意味です。
問 さう云ふ意味ですか。
答 さうです、霊代と云ふことも、器と同じで、物の容れ物になつたのです。それで……「現御皇室」から「統治者となるべきものなり」迄は、是は全くないことでございます。
問 否認だね。宜しい。
それで、「国常立尊が豊雲野尊と共に、綾部に現はれて」云々は、是はどうだ。
答 それは国常立尊と云ふのは、教祖に憑つて来た──艮金神として憑つて来たのが国常立尊、坤金神として憑つて来たのが豊雲野尊である。
それで、直は、「昔は斯うやつたから良かつたが」と云ふことを、神が懸つて来て言ふ。行先……過去・現在・未来のことを、法律の許す限りでやると云ふことになつたことを、書いたのです。
問 是は此の意義はどうです。
答 何処ですか。
問 だから「綾部に再現し、現代の混乱世界を立替立直して、至仁至愛の世と為し、又、撞の大神は神勅……」
答 それはですね、国常立尊様が綾部に現はれたと云ふのです。さうして、又此の教を以つて、八百万の幽界の神様に対して、御注意すると云ふことが、書いてあります。
神様から御改心をなさらぬと、現界は治まらぬと云ふのです。
国常立尊が綾部に現はれて、八百万の神の──日本の総ての神様に教を……筆先を書いたり、又、霊で教へたりすると云ふ意味を書いたのです。
問 総て霊界のことだな、第一の点は──。
答 さうです、霊界が良くなれば、現界の人間の下々も良くなると云ふのであります。
●争点 立替立直は霊界のことか
問 全部霊界のことと聴いて宜いね。
「綾部に現はれて、」と云ふのを霊界のことを言ふのだと、斯う云ふのだね。
答 さうです、固よりさうです、神様だから……。
問 王仁三郎が提灯だと云ふことも、是も霊界のことの意味だな。
答 さうです。私の口を通したり、手を通して、社会に知らしたのです。
問 さうすると、宜いか王仁三郎、今の問の答としては、大きい問題としては、(一)に書いてあると云ふのは総て霊界のことの現象を書いたのである、「盤古大神即ち瓊々杵尊」と云ふこと、「爾来瓊々杵尊の御系統に坐す現御皇統に於て日本を統治し給ひたる為」と云ふのは、是は否認するのだね。
答 いや、瓊々杵尊様の御系統に於て、統治し給ふて居るのです。
問 それは、盤古大神の続きになつて居るのですよ。
答 「盤古大神は即ち瓊々杵尊」是は否認致します。
問 それから「現御皇統を廃止して、日本の統治者となるべきものなり」是も否認。総て霊界のことだと云ふ訳だな。
一番初めの「ミロク菩薩」是は違ふ、後は此の通りの主張になると云ふ訳だな。
答 さうです(此の時出口疲労の色見ゆ)。
問 さうすると譬でありますがね、王仁三郎、よく聴いて居なさいよ、昭和八年の皇道大本信条の六条に依りますと、「我等は国祖大国常立尊が、天照大神の神旨を奉戴して、世の立替立直を遂行し、宇内の秩序安寧を確立し給ふ現界、神界の大守神に坐ますことを信奉す」と云ふことが書いてある。
い丶かね、現界の守神……。
答 それは……。
問 ちよつと待つて、昨日見せた七年二月発行の、神霊界の「太古の神の因縁」と題する部分の九頁に依ると、「国常立尊が現界の主権者である」と云ふやうなことが書いてある。
霊界物語の一篇の十八章の其の中に、「ミロクの神は国常立尊を御召出しになり、神界及び現界の立替を、委任し給ふ」と云ふことが書いてあるね。
答 はい。
問 現界も立直しすると云ふやうに……。
答 それは当り前です。
問 太古の現界の主権者になる。
それだから、信条にも、「現界神界両方の守神になる」のだと云ふことが書いてあるが、さう云ふ趣旨に依りまして、右に述べた所の決定の大本教義要旨の、(一)は即ち、地上現界のことを論じたものであつて、国常立尊は地上霊界の守神と云ふことに書いてありますが、両方共此処は地上現界の守神、即ち地上の主権を帯びて、国土を統治し給ふたことを説いたのぢやないか。
答 それは……。
問 詰り霊界ぢやなく、現界のことを説いたのぢやないかと云ふ趣旨に……。
答 ちよつと申上げます。
大国常立尊と書いてありませう。是は日本書紀に依りますと、「大国常立尊は天之御中主尊の又の御名である」と書いてある。
支那では天帝と申します。支那の、此の間も晋文柄と云ふ日本に来て居た人が言ふてるのに、「支那の天子は国務大臣、日本は所謂天帝様、天之御中主神様が其の儘降られて、生きた天帝様となつて居るので、国務大臣は天帝様の自由になるのである」と、斯う云ふやうなことを云ふてる。
其の如くに、我々の言ふて居るのも、「大国常立尊様と云へば、天照皇大神の御延長の天皇陛下のことに当ると云ふことであります。
国常立尊は、又別なんです。大国常立尊です。
問 「大国常立尊と此処に書いてあるのは、国常立尊ぢやない」と、斯う云ふ主張だな。
答 同じことであります、国常立尊は長へに立たせ給ふ神と云ふことでありますから、何時迄たつても──亦神様の名は、御神霊の働きに依つて、神名が付くのです。
此の世界中をずつと治められたから、天津日嗣天皇様は、何時も、大国常立尊様になられる。何時も、天照──天津日嗣。今日の天皇陛下は事実上の世界の大国常立尊様です。世界の国の天皇になられると云ふ、それが即ち大国常立の神様であります。
其の所を現界と云ふたのです。国常立尊は霊界です。
問 それはね、大国常立尊と国常立尊位は判つて居りますが、茲で、大国常立尊と書いてあるのは、是は国常立尊と違ふと云ふ主張になるのですかと、訊いて居るのです。
答 違はぬのでありますけれども、意味は違ふのです。
問 違はぬか。
答 名は同じですけれども、国常立尊の意味は日本の陛下のことになります。
問 日本の……。
答 世界中を治められた時の名です。世界中を統一された時の名です。
問 さう訊いて置きませう。
併し、此の点に関して、十三回の一問答の所に依ると、「国祖大国主命と云ふのは、全然国祖国常立尊のことを指すのだ」と書いてあるが──。
答 それは、私は何もそんなことを言やしまへぬ。
そんな難しいことを訊ねられまへぬもの……。
●争点 太古の因縁
問 それから先の、太古の因縁は……今のは判つたが、太古の因縁はどうだ、艮、坤に押し篭められたと云ふ……。
(此の時証拠を示す)
詰り、「国常立尊は、現界の主権者になるのだ」と書いてある。太古の因縁にさう書いた部分があるから──全体としてはどうか知らぬが──さう云ふ文字があるから、それは国常立尊は霊界でなしに現界を……現界の主権者になるのぢやないか。
答 それは書いてあつても、さうぢやございませぬ。
問 霊界の情勢の分はどうだ。「此の神界、現界の立替を委任し給ふた」と書いてあるな。
答 はい、さうです。
問 現界と神界と区別してあるね。
答 さうです、教を布いて行けば、神界の八百万の神もそれに従ひ、又、現界の人間の心もすつくり改良されて、さうして総てのことを替へて来るのが、立替です。
現界と云ふのは人間です。
神界には粟三石の神が、延喜式にはあるとあります。
問 さう云ふ意味か。
答 はい。
問 是は極力主張することだが、供述の説明として、二十五回の一問答によると、「是は矢張り現界のことを説いて居るのだ」と云ふやうなことを──説いて居るのだと云ふ趣旨のこともあるやうだね。予審に依ると──。
答 何と云ふて居りますか、覚えて居りまへぬが……。
問 さう云ふやうに書いて居るやうだが。
答 併し自分等は宗教家であつて、宗教を本とし、宗教を土台として居るのですから、申すことは総て政治家の云ふのとは違ふ。
政治家の言ふやうに、現界のことを言ふのぢやありませぬ。現界と云ふても、現界の人の精神界のことを言ふのだから──。
問 判つて居るよ、それから次に、「盤古大神即ち瓊々杵尊」と云ふことは、さうぢやないと云ふことに対して、ちよつと訊ねたいのだが。
答 はい。
問 国常立尊、豊雲野尊の隠退再現に関する、大本の根本理論と云ふものは、宜いかい……神界霊界のことに仮託して、地上現界に於けることを説いたものであつて、盤古大神と云ふことは、盤古大神の名前を雑りて、瓊々杵尊を説いたのではありますまいか。
答 そんなことはありませぬ。
問 仮託して言ふて──瓊々杵尊の名前を言ふたのぢやありませぬか。
答 それはありませぬ、それから瓊々杵尊さんのことを書いてありませぬ。唯神代史の評論として、一所申しただけです。
それより外に何もありませぬ。
●予審での取り調べ(2)
問 所がね、王仁三郎、今の訊ねる点に付いて、予審の廿五回の一問答の所に、こんな(と図示して)図面を書いて、「盤古大神と云ふのは瓊々杵尊のことに仮託したのだ……。」
答 そんなことは書いたのぢやありまへぬ。
「斯うやろ、斯うやろ」と言やはり、二、三回も──何回かはつきりは覚えて居りまへぬが、絵に書かはりました。
問 是は王仁が書いたのぢやないか。
答 私は書きまへぬ。向ふが勝手に書いて、「斯うやろ、斯うやろ」と言つた。
問 此の図解に関する……。
答 それは向ふが、図解して書いたので──一週間位向ふが書いて居り、私は一週間位唯睨み合ひをして居つただけです。
問 二十七回の一問答の所で、同じやうなことを。
答 同じことです、私は黙つて居りました。
問 伊佐男のに十一回の……。
答 「伊佐男が斯う云ふことを言つて居る、東尾も斯う言つてる言うて居るから」……伊佐男が阿呆なことをぬかす(笑声)、それで私は、「さう云ふことにして置かう」と言つたのです。
問 いや、伊佐男はそれを明らかに言うて居るよ。
答 私は、心から言うて居るのぢやなからうと思ひます。そんな馬鹿はないと思ひます。
伊佐男は私が調べられて居る時は終つて居りました。みんな──「誰が斯う言つて居る、彼が斯う言つて居る」と仰しやつた。
問 「仮託」は否認ですな。
答 何ですか。
問 仮託して言つたと云ふことは否認だな。
答 霊界のことは昨日言うた通りに──現界のことは霊界に仮託しては尚判らぬ。
そんな事は致しませぬ。思ふことは云ふ処、言ふ処は思ふこと──。
●思想 直、王仁三郎は如何なる神の顕現か
問 次の問題に付て訊ねます。
大本に於ては出口直及び被告人王仁三郎は如何なる神の顕現、又は霊代なりと称して居つたのですか。
答 それは沢山の神様が移られますけれども、直は兎も角国常立尊、稚姫君命の霊代であると云つて居りました。
問 此の霊代の関係は宜し、次に八回の四問答で、王仁三郎のことが書いてあるが、是はどうでせう。
答 どう書いてありますか。
問 読んで御覧──。
答 読んで下さい。
問 「教祖直は艮の金神、国武彦命、国常立尊、稚日女岐美命、それから大国常立尊、大六合常立命、国治立尊、稚桜姫命、初稚姫命、それからお前さんは、宜いかい、小松林命、それから坤金神、豊雲野尊、素盞嗚尊、大八洲彦命、ミロクの神、撞の大神、月の大神、坤の金神、国常立尊、伊都能売大神、それから天照皇大神などが懸る」と云つて居るが、斯う云うて居るが。
答 それは矢張り移つたのです。
問 是は一遍でも移つた神様を云ふたのか。
答 さうです。
問 八回の四問答で、「坤の金神国常立尊」と書いてあるが、坤ぢやない、艮の金神の誤りであるね。
答 坤金神と書いてあつたら、豊雲野尊の誤りであります。
問 それから、霊代とか、顕現と云ふことはどう云ふことを云ふのですか。
答 現れて来ることです、移つて来ることです。
問 どうなるのだ。
答 神様が身体に移るのです。
問 身体に移るとは──。
答 詰り私の耳を使うたり、目に移つたりして、移るのです。
問 移ると云ふのは、つくと云ふ意味か。
答 懸ることです。神憑りとも、神つきとも云ふのです。神憑とも云ひます。それを神憑りと読むのです。
問 普段もついて居るのか。
答 精霊は何時もついて居ります。
小松林命は何時も居ります。
問 それから、素盞嗚尊の霊代だと称したのは、明治三十六年十月頃からか。
答 其の頃やと思ひます。其の頃から移り始めたのてす。
問 国常立尊の霊代や顕現と称したのは、出口直が死亡後の、大正七年旧十月八日以後でせう。
答 はい、それから私が一生懸命になつて、国常立尊に移つて貰うたのです、それで別も……。
●思想 厳の霊と瑞の霊
問 それは後で訊く、大本では霊の性質として、厳の霊、瑞の霊と云ふことを説いて居りますか。
答 説いて居ります。
問 厳の霊、是はどう云ふことですか。
答 ちよつと是は……厳の霊と云ふと、古事記にあります、伊都能売神と云ふのがあります、厳の霊と云ふのは厳粛な魂、荒魂と和魂とが勝つた神様が、厳の霊と云ふのであります。
奇魂と幸魂とが勝つた神様が瑞の霊と云ふのです。
霊魂上で云へば、愛魂が即ち幸魂です、奇魂は智恵の魂で、是等の魂の勝つた神様を、瑞の霊と云ふ。
和魂は親魂と云ひ、是と荒魂の勇魂の勝つた神様のことを厳の霊と云ふ。 之をちよつと申上げます、ちよつと長くなるのでありますが、聴いて貰へまへぬか。
問 判つて居りますが、簡単に判り易く云つて御覧なさい。
答 伊邪那岐命が素盞嗚尊に対して、「お前は泣いてばかり居るならば母の国に行け」と云はれたので、「天照大神に一つ御挨拶を申上げて行かう」と云うて高天原に上られた。
其の時、天照大神は、「是は素盞嗚尊が、天津国を取りに来た」と思つて、武装を遂げて御迎へになつた。
其の時に素盞嗚尊は「私はさうぢやない」と云うた。「私は父の命令に依つて母の国に帰りますから、御挨拶に来ました」と云つたら、「さうぢやない、お前は腕力に依つて此の国を盗みに来たのだらう」と云はれた。
其の時に、天照大神の耳の輪と頚の輪と、五百津の珠を渡して、「之に儂の魂は通つて居るから見て呉れ」と仰しやつた。
其の時に、素盞嗚尊が珠を受けて、「狭噛みにかみて、吹棄つる息吹きの狭霧になりませる神の御名は、天之忍穂耳命、其の次の霊が天之菩比能命、其の次の霊が是は天津日子根命、それから其の次の霊が活津日子根命、其の次の霊が熊野久須毘命」、此の五つの霊が現れたと、是は厳の霊と云ふのです、厳粛の厳の霊です。或は又、五つの霊と云ふ。
「それならばお前の心を」と云はれて、素盞嗚尊は自分の十拳の劔を天照大神に渡され、之を一振り振つたら三つに折れてしまつた。
「さがみにかみて吹棄つる気吹の狭霧になりませる神が、多紀理毘売命、次に市寸島比売命、其の次が、多岐都比売命」、皆是は女の神様です。三柱の神様です。愛と智との神様で、実におとなしい神様です。
それで、素盞嗚尊の悪意の無いことが判つたと云ふ。それで瑞の霊、厳の霊と云ふのが出来た。
それで、天照大神の霊と、素盞嗚尊の霊とが一緒になつたのが、伊都能売神になるのであります。
是は私が云ふことでありませぬで、古事記、日本書紀にちやんと出て居ります。
●思想 経の役と緯の役
問 それから大本に於ては、経の役と、緯の役とを説いて居るやうだな。
さうか。
答 さうです。
問 どう云ふ訳か。
答 経は縦糸です、緯は横糸です。
機を織るのに之を按配して完成して織つて行くのが横糸で、それが脱線したり、又切れたりするけれども、横がないことには織れない、で之を経緯と云ふのです。
一切何事にも、総て経緯がなければあかぬ。
問 それで出口直は厳の霊、王仁三郎が、瑞の霊であると云ふことを云つて居つたのか。
答 それを言うて居つたのです。
何故かと云ふと、「出口は稲荷講社からの廻し者で、大本教を取りに来て居る」と言はれて居つた。
それで、さう云ふことを言つて居つたのです。
私が緯の役になつたのです。
さうして、大本と云ふものを拵へたのです。
●思想 王仁三郎が伊都能売神の霊代
問 それから王仁三郎は、出口直の死亡後、厳の霊、瑞の霊、即ち経の役を兼ね備へた所の、伊都能売神の霊代となつたと云ふことを、主張したのでありますか。
答 さうです。
問 伊都能売神と云ふものは、煎じ詰めれば、結局天之御中主神の極徳の顕現と同じか。
答 それは違ひます。
古事記に斯う云ふことが書いてあります。
伊邪那岐尊と伊邪那美尊が御夫婦の喧嘩をなされて、伊邪那美尊が黄泉の国迄逃げて行かれた。伊邪那岐尊がそれを黄泉の国迄追駈けて行つた。伊邪那岐尊は黄泉比良坂で喰止めて、伊邪那岐尊の詔り給はく、「穢き国に行つて居たから」と云ふので、禊の祓をすると云ふので、禊の祓をやつて浄められた。
其の時に生れたのが、伊都能売神、大直毘神、神直毘神、それから大禍津日神、八十禍津日神などで、十一柱目に天照大神が御生れになつた、十二が素盞嗚尊、十三が月読命、と斯う書いてある。
其の時の伊都能売神と云ふのは、垢を払つた時の神さんです、浄めた時に生れて、天之御中主でも何でもありまへぬ。
問 さうか。
答 それで大直毘神と、神直毘神との間と云ふ意味です。
●思想 変性男子と変性女子
問 国常立尊の霊代である、出口直が死亡した後に、「厳の霊も王仁三郎に懸るやうになつたから、国常立尊の霊代である」と云ふことを、主張するに到つたのだな、さうですね。
答 さうです、詰り言へば、直に移つた神様と、私に移つた神様が合体して、両方を修業して移るやうになつた、其の意味です。
問 大本に於ては、変性男子、変性女子と云ふことを云うて居つたやうですね。
答 変性男子、変性女子と云ふのです。
問 是はどう云ふ意味です。
答 是は仏教から出た言葉でありまして、女と云ふものは、罪の凝りであつて、どうしても成仏が出来ないと言ふ。仏教では、女人は成仏出来ないと云ふ。
それを、親鸞上人や、法念上人やなんかが現れて、「女人でも成仏さしてやるぞ、其の時女で成仏が出来なければ、変性男子として成仏さしてやらう」と云ふことになつて、変性男子……。
それから、男の癖に女みたいに優しい所があつて、勇気がないのを、男女郎と云ふのである。是が変性女子と云ふことになつて居る。
問 誰を指すのか。
答 私を変性女子と、教祖の直が云ひ出したものだから、さう言はなければならなくなつた。
問 変性男子は誰ですか。
答 ナカが自分を……それは明治三十二年頃から言ひ出したと思ひます。
変性男子と云ふことは、何故かと云ふと、野崎宗長と云ふ男が居つて、大本へ来まして一金光教の信者でありましたのが、親鸞上人の変性男子の話をして居りました。
それから、変性男子が出来た、それから変性女子と云ふのは……。
問 では、変性女子と云ふのは男子であつて、心が女々しい者だ、さう云ふのだな。
答 さうです、直は、女やけれども男みたいな、さう云ふ人だつたのです。
●思想 霊代
問 さう云ふ意味だつたのか。
王仁三郎が、素盞嗚尊の霊代だと云ふことを説いて居る以外に、月の大神の霊代と云ふことも主張するのか。
答 是は、素盞嗚尊の又の名は月読命です。
問 月と言ふのか、大神……。
答 月界の神です。其の「つき」は月ですか。
問 ……。
答 それは矢張り、御移りになつた時です。
問 御移りとは。
答 御移りになつた時です。月の大神が御移りになつた時です。
それは、御移りになつたのですから……神様は太陽の光線の如く、同じやうに、神様はどんなえらい神様でも、御移りになるのであります。
問 予審では、九回の三問答で、其の訳を言つて居るやうだが、説明して居るやうだが──。
答 私は説明して居らしまへぬ。
一寸聴かして下さい。
問 聴かせませうか。
「私は最初は月読命の霊代として、国祖国常立尊の神業を補佐するのである。勿論、私は、教祖在世中から、学問上から云うても、知識から言うても私の方が、教祖よりはえらいと云ふ自信があり……」
答 それはあります。
問 「尚、教祖は老齢でありましたから、私の肚の中では立替立直をして、教祖を日本及び世界の統治者にしようと云ふ気はありませぬてした。又教祖自身も、日本及び世界の統治者にならうと云ふ気はなかつたらうと思ひます。大本は、最初教祖を中心にして、発展したのでありますから、私も教祖在世中は、主として教祖を中心にして、国常立尊が再現して、教祖を霊代として、此の世の立替立直をするのであるとの教義を立てて宣伝し、私は『月読命の霊代として、国常立尊の立替立直の神業を補佐するのである』と説き、時には、立替立直後統治者となる人は教祖であると思はせるやうな説き方をしたこともあります。他方に於ては、既に教祖在世中から、私が金輪王又は一つの王として、世を治めるのであると云ふ趣旨のことを暗示し、教祖が、国祖国常立尊の霊代であると共に、天の主宰神たる稚姫君命の霊代だからと、説いて居つたと同様、私が豊雲野尊の霊代たると共に、天の主宰神たる撞の大神、ミロクの神の霊代なりと称し、『教祖が書いた、梅で開いて松で治めるとある筆先の意味は、梅即ち教祖は世の立替立直後日本及び世界を統治する者は、松即ち私である』と説いたりして居りました。」と、斯う書いてあるね。
答 それは大分嘘が混つて居ります。
本当のこともあります。
何やら暗示し……私は暗示なんと云ふことは初めて聞いた、大分違うて居ります。
問 それから──。
答 それで私は、最前申しましたやうに、別に現界に於て政治をすると云ふのぢやありませぬから、教祖が統治すると云つた処で、是は現界の霊界のことです。
現界に於ける霊界のことを説いたのです。
問 それでね、どう云ふ根拠から、神の霊代だと云ふことを、主張したりするのか。
答 それは、神が御移りになることを、霊代と云ひます。霊媒とも云ひ、霊代とも云ふのです。
問 何か霊代であると云ふ、根拠でもありますか。
答 それは神が云ふのです。神が移つたら霊代です。
私は静岡で試験をして貰うて、得行証を貰うて、霊代と云ふことを確めて貰ひました。
それ迄は、何かおかしなものが憑いて居ると思うて居りましたが、それを、静岡へ調べに行つて、見て貰ひました。
霊代を調べるのには方法がありまして、それに依つて調べて貰うたのであります。
問 其の点に付て、八回の四問答で、変なことを言うて居るね。
答 どう云ふことですか。
問 「私が以上の神々の霊代だと云ふことや、観音、ミロク、キリストなどであると云ふことは、私が勝手に宜ささうな神様などの名を取つて、其の時々の都合の宜いやうに出駄羅目を言うたもので、正しい理由や、根拠があつて言ひ出したものではありませぬ」と──。
答 それは、向ふが仰しやつて書かれたものです。
さう書いてありますけれども、「さうぢやないか」、「さうやろ」と書かれたのです。
私はそんな出駄羅目なことを言ふ訳はありませぬ。
私は黙つて居りました。
「斯うやないか」「斯うやないか」と言はれたから、「はい、はい」位に返事をして居つた、仕様がないから……。
問 霊代関係から推して来ますと、斯う云ふ結論になりは致しませぬか。此の霊界物語の第一編の十八章の「霊界の情勢」と云ふ所に、此の記事の中にミロクの神が国常立神に現界神界の立替立直を命じ給ふたこと。現界と神界の立直をすると云ふ命令があつたと云ふこと。再現して立替立直をせよと云ふことが書いてあり、盤古大神が、地上一切のことを国常立尊に還付するの已むなきに到つたと云ふことも、書いてありますね。
答 さうです、それは──。
●思想 歩く提灯
問 だから、霊代関係から云ふと、王仁三郎が国常立尊の霊代だと云ふことは、王仁三郎が国常立尊の霊代として、日本の立替立直をして、其の統治者となると云ふやうな、結論はつきませぬか。
答 つきませぬ。
そんな筈はありませぬ。それで斯うです。
ちよつと聞いて貰ひませう。
あの、愈々教祖に聞きました所の話は、「二十五年には盤古が詰り艮の金神さんが現界に出て来て、艮に押篭められて居つた国霊が、二十七、八年の戦役で支那で戦をし、三十七、八年には「ろしや」と戦をし、それを攻めて段々日本主義の世界にして来た。これが艮の金神が現界を治めると云ふことである。」
それで、艮の金神が政権を握つたりするのではないのです。
さう云ふ具合に世の中が廻つて来るやうに、神が指導する意味です。
現界が斯う云ふやうに立直つて来るやうに、守護すると云ふ意味です。
それで、最前申したやうに、私は提灯です。
問 提灯……。
答 提灯が歩いて居るのぢやありませぬ。神が歩いて居るのです。世界の神が現界を直して呉れて居る。
問 それは書いて置いて下さい。
答 総て本は宗教が本ですから、宗教で説いて居るのだから、政治で説いて居るのぢやありませぬ。それを政治の方に取られるから、妙なものになる。
それは、宗教の書物を沢山読んだ人ならば、滅多に斯んな方に取る人はないと思ひます。仏教を読みましても、何を見ましても……。
問 ちよつと疑問だから訊くが、王仁三郎、此の王仁三郎の予審に於ける訊問調書に依りますと、「太古の神の因縁」「霊界の情勢」「国祖御隠退の御因縁」「盤古大神塩長彦命云云」と云ふやうなことを、大本教に於て、被告人がもじつて日本書紀等の大国主命のことに関する記事を曲解をして、国常立尊の神名を藉りて、大国主命のことを説いたものである云ふとことを、供述して居るやうだが……。
答 私は知りまへぬ。向ふが勝手にお書きになつたのです。創作です。
問 其の点に関しては、予審訊問調書の二十一回、廿五回、二十七回にルル(しばしば)述べて居るが……読み聞けはせぬがね。
答 それは私の……。
問 要旨は斯うです。
「神名を藉りて──国常立尊の名前を籍りて大国主命を云うたのである。其の根拠は、古事記や日本書紀に曲解を施して、国常立尊と書いたのだ」と云ふことを、詳しく二十一回、二十五回、二十七回に言つて居るやうだが──。
答 それは私が云つたのぢやありまへぬ、向ふが曲解されたのです。「さうぢやないか」と言はれるのです。
併し、此処の所は私は申上げたい。
丁度最前申上げました通り、天孫降臨の時と盤古の時とは、時代が非常に違うて居ります、何億万年も違うて居ります。
唯、私は、素盞嗚尊が意志薄弱の為めに所謂変性女子の為めに泣いて居られたが故に、能く治らなんだ。
若しも、素盞嗚尊が御神勅通り治めて居たならば、天孫の御降臨はなくても宜かつた。
「素盞嗚尊が力がない為めに、天子様の御降臨の御厄介になつたのである」と云ふことを、史論の神道史の一説として、私は書いただけであつて、他にそんなことは何も言うて居らへぬ。
そこの所を附け込んで来て、「瓊々杵尊が斯うやとか、あゝや」とか、色々に大国主の神のことを其処へ持つて来て、「斯うやつたのや」とか、「国常立尊にして不平があるのや」とか、色々のことを言はれた。
それを其処二持つて来る。さうせぬことには問題に是はならぬと思うて……ならぬから、さうされたのであります。
決してそんなことはありまへぬ。
読んで見て下さい。三千万言の私の言葉の中に、一つもそんなことはありまへぬ。
問 予審判事も、訊いて初めて判つたのでせう。
答 向ふから……伊佐男はそんな馬鹿なことを言うたかも知れませぬが、私はそんなことは言うたことはありまへぬ。
悪く思うて居りまへぬ。
後のところは、それを聞いて私は驚いたのです。私は何とも思うて居りまへぬが、余り酷いです。
●思想 大本祝詞
問 「違ひます」と云ふのだね。
答 違ひます。全然違ひます。
若しも、私がさう云ふ悪いことがあれば、三千万言の中の書物、文献を一々調べて貰うても判ります。
又、それを反証する為には、善言美詞──信徒が毎日唱へて居るのを見ても判る、
「皇御孫命の天の石位放ち天の八重雲を伊都の千別に千別て天降し給ひてより動くことなく変ることなく人の心は直く正しく……」
之を毎日言うて祈つて居るのです。
大本の祝詞には又──
「邂逅に礼無く黒き心以て、射向奉る敵在る時は国民挙り、御祖神の伝へ賜へる敏心の倭心を振起し、劔の手頭取り締り、厳の雄健び踏健び厳の嘖譲を起して、海往かば水漬屍山往かば草生屍大君の辺にこそ死なめ、閑には死なじ顧は為じ」
是は大本祝詞です、是は此の通り、陛下の為には、陛下の為めに捨てるならばと云ふやうに、大本信者一般の人が考へて居る。
それが信者一般の精神です。
私もそれを教へて居る。
此の祝詞を作つたのは、皇典講究所に居りまして、卒業論文の代りに作つたのです。
問 処がですね、伊佐男が予審の十五回の一問答の所で、国常立尊と云ふのは……。
答 それは伊佐男の誤解です、あんな子供がそんなことを知りまへぬ、
各々の意見があつても、それは違ふかも知れませぬが……それは伊佐男の誤解です。
●争点 出口伊佐男の答弁について
問 予審で見せて貰ひましたか。
答 聴かして貰ひましたが、「誰は斯う云ふて居る、あれは斯う云ふて居る」と、ちよつと見せては……私の調書と云ふものは、伊佐男の調書と、其の他のに、三人の調書を並べて置いては書かれて、一週問位書いて居られまして、一週間程じつとして居るだけで、又、訊く時には、又、前の事を云やはる。そして、側に書記が書いて居る。
問 どう云ふことを書いて居るか、そんなことは知らぬのだと云ふのだね。
答 知りまへぬ、伊佐男の言ふたことは、私は認めまへぬ。
●思想 移写関係
問 それから、今度大本では、移写関係と云ふことを主張して居りますか。
答 へい。
問 言ふて居りましたね。
移写関係と云ふ事は──是はどうですか。
答 写ることです。
問 写ることとは──。
答 それは大本が言うたのぢやない、他の……。
問 他所の人はどうでも宜いが、大本で言ふやうになつたこと、王仁三郎は斯う云ふことであると云うて、説いて居つた点を聴きたいのだ。
答 私は、移写関係と云ふことは、余り説いて居りまへぬ。
「世界の事は大本に写るから、大本に喧嘩があると、世界に戦争がある。大本を見て居つたら、世界を見ないで居ても判る。大本で悪いことをしたら、世界に悪いことが起つて来る。大本が間違うたことをやれば、世界に間違うたことが出来る。直のやり方と王仁のやり方を見て居れば、世の中が出来上つたことが判る」と云ふことを、説いたのが、移写関係です。
問 移写関係の霊界に於けることは、現界に於ては、必ず、移写実現すると云ふことは言へるのか。
答 それもあります。
霊界の悪いことは、私に写つて来る。
そして、現界に戦争も起れば……霊界に戦争があれば、現界に戦争がある。
私は、五年も六年も前に、それを見て居る。霊界の戦さがあつたことを見て居る。
だから、現界に戦さがあると云ふことを、予言が出来るが、予言を現在はさせませぬ。
問 霊界に於ける現象は、必ず現界に実現すると、合せ鏡の如く写るのだと、現世と云ふのは、それを云ふのだな。
答 さうです。必ず移写します。大抵遅いか早いか……。
問 それは何十年間も移写しないことがあるか、事の軽重に依つては──。
答 それはあります。
問 さうすると、訊ねて置くが、予審終結決定の大本教義要旨の一の所に、「霊界のことだと云うて居りますが、霊界の……盤古大神が霊界のことであつて、国常立尊の後を襲ひ、地上神界を統治せられて居つたと」云ふことは、移写関係から、盤古大神は地上現界に於ては、瓊々杵尊の御統治に当るのぢやありませぬかな。
答 それは違ひます。
大分昔ですから……時代が違ひます。
移写関係から盤古大神が、国常立尊に返したのですから、今日、霊界のことが現界へ顕はれて居るのは、今日の世界の状態が、是が顕れて居るのです。移写して居るのです。
問 さうすると、「盤古大神の国常立尊の後を襲はれて、神界を統治なされて居つた」と云ふことの、移写関係は何に当りますか。
答 今迄の世界の情勢は優勝劣敗、弱肉強食……。
●思想 皇室が世界の統治者
問 統治者は──。
答 統治者は廃立したり、色々して居りますけれども、唯天照皇大神の御延長たる、日本の皇室だけが、変つて居られない。御皇室だけが変つて居られない。
それは変らないのです。是は霊界神界の元締ですから、変りませぬ。
問 ちよつと今、少し判り難かつたがね。
盤古大神の神界に於ける御統治の移写関係は……。
答 それは今日迄の世界の情況です。今日迄の……。
問 移写関係に於ける統治者は、どなたに当りますか。
答 今日ですか、……国常立尊です。
問 今日でも、何時でも宜いが、早い遅いは宜いが、早い遅いの問題は別にして、兎に角、盤古大神の神界に於ける統治者の問題の移写関係は、現界に於てはどなたの御統治になる訳ですか。
答 どなたの御統治になると云ふことは、是は国常立尊の御統治になるのです。お返へしになつたのですから。大国常立尊の御統治になる。
さうすると、最前申したやうに、我が皇室の御統治になる、愈々盤古大神が国譲して来ると、我が皇室の世界に、全部がなるのです。
問 国常立尊か。
答 大国常立尊です。
問 盤古大神が御統治を返還せられたと云ふことになれば、大国常立尊も返還したことになりはせぬのか。
答 いや、大国常立尊の返還はありませぬ、大国常立尊は、万世動かない世の始まりですから──
問 現界……。
答 現界も幽界も一緒です、国常立尊は現幽一致です、大国常立尊も現界も幽界も大国常立尊なりと──それは日本の総て皇室が御治めになる。
所謂盤古大神が返したのですから、返したけれども、二十五年頃に返しただけで、直ぐはに十五年にはなるのぢやありませぬ、色々の経綸があつて、あちらを改正し、こちらを整理しなければならぬ。
問 大国常立尊の御統治に当ると云ふ、其の経過は、後の経過は──。
答 愈々、ミロクの世になつて、我が日本皇室の御治め遊ばす所の、地球上がさうなつて来ると、アジアも欧羅巴も皆我が皇室が御治めになると云ふ。
けれどもそれは、五年やそこらにはなりませぬ。ぼつぼつです。ぼつぼつさうなつて参ります。
●思想 天孫降臨はウランバートルあたり
問 其の点に関して、二十五回の一問答の処には、「是は移写関係から云ふても、是は盤古大神は、瓊々杵尊に当る」と云ふやうなことを、ちよつと仄めかして居るやうだが。
答 そんなことは絶対にありまへぬ。そんなことは言ひまへぬ。
それは、支那の歴史の根本でありまして、ロシアと支那との境目辺りの、今日のウランバートル辺りです。
元の日本は豊葦原の瑞穂の国、国常立尊の時分は此の世界が日本だつたのです。
是は木村鷹太郎さんの説にも、さう書いてあります。
木村さんから聴きますと、支那の今の蒙古のウランバートル、あの辺りが中心で、其処に天から御下りになつたと云ふことです。
問 支那の神様と云ふのですね。
答 今から言ふ支那の神様です。
問 それが日本に渡つて来られたと云ふことになるのですね。
答 エゝ、さうです。
それから、「艮へ押篭められて居た」と云ふのは……艮に当るのが日本の国です。
国常立尊が失望して、母の国へ帰られた。其処へ天孫が御降臨になつたことになつて居るのです。
問 さうすると、盤古……「支那に生れた処の盤古大神が、日本に渡つて来られて、神界を御統治なされた」と云ふことは、移写関係から申すと、「現界に於ては大国主命、大国常立尊の現界を御統治なさつたと云ふこと」だと。
大国常立尊も矢張り、外国から渡つて来たものでせう。さうなりやせぬかね。
答 さうですとも。
国常立尊も、詰り極東の日本ぢやない、今の亜細亜の真ん中あたりから、此方に来られたのです、亜細亜の真ん中あたり.から、……ウランバートルあたりから来られたのです。
そこで争が起つたのです。どちらも現今の支那と言ふてますけれども、前には支那ぢやなかつたのであります。
問 さうすると、日本を治めなすつて居る所の神様の御系統は、外国から渡つて来たと云ふことになりやせぬのか。
答 昔の──極く昔は外国も、日本もありまへぬ。
そして、国常立尊が日本へ、艮へ押し篭められた、其処が一番綺麗やつたから。
天孫天照大神が此の島に御降りになつた。
それであつて、別に日本の国と云ふのは、神武天皇さまから、日本の国と云ふことになりましたが、それ迄は陸続きだつたのです。
問 ちよつと移写関係について訊いて見たが、「昔は外国とか、日本と云ふものがなかつた」と云ふことでせう。
答 はい。
●思想 国常立尊の隠退再現は何時頃から説き出したか
問 国常立尊の隠退再現の、大本の教義と云ふものは、何時頃から説き出したか。
答 是は直が説いたのは、二十五年からです。
明治二十五年から……私が説いたのは、それを修業しまして、色々と直が仰しやるだけでは、はつきりせぬ。
私は十三の時から、神憑りを研究をして居た。そして、筆先を書くやうになつてから、初めてはつきりした。
それは最前申しました。三十何年だつたか、或はちよつとあれですが、筆先を書くやうになつたのは、直が死んでからだつたから、其の当時からです。
問 さうすると、出口直が説き出したのは、二十五年頃である。
王仁三郎の説き出したのは、何時だ。
答 最前申したと思ひますが、私が行つたのは卅二年七月に行つたのだから、それから研究しました結果ですから、大正七、八年頃ぢやないかと思ひます。
問 ちよつと疑問があるのですが、此の出口ナカが国常立尊の再現されたことを、二十五年から説いて居ると言ふが、一体国常立尊と云ふことを言ひ出したのは、三十五年の秋頃ぢやないか。
答 さうです。
其の前は艮の金神だつたのです。
それは何故言うたかと云ふに、丁度其の時に、私が京都へ行つて居りました。学校へ行かうと思つて──さうしたら帰りましたら、「艮の金神は国常立尊や」と云ふことが、教祖の筆先に出て居つた。
それで、何やと思つて見て見ましたら、息〔子〕の竹造と云ふものの嫁さんが貰つてあつた。其の嫁さんが天理教の信者やつた。さうして、書き物を持つて来て、艮の金神さんとか何とか云ふのが本であつて、是が国常立尊はんやと云ふことを書いた。
天理教の書き物を持つて来たのです、さうして、お婆さんに言うて居つたのです。それで、ははあ──どうしても訳が判らぬやつたが、さうすると国常立尊はんやなと、斯う云ふことになつたのです。
問 さうすると、前の艮の金神と云ふことは判らぬけれども、一番本の偉い神さんやと云ふことを、言うて居つたのでせう。
答 さうです。
問 国常立尊の隠退再現の教義は、二十五年からと云ふ訳に行かぬぢやないか、後からくつ付けたのぢやないか。
答 国常立尊と云ふことは、くつ付けたのぢやない。
私が神憑りで、本当に国常立の神様か、外の神であるかを、一生懸命に修業した。其の結果であつて、別にそれを以つて、作つたのぢやありませぬ。
問 さうすると、此の説き出したのは大正七、八年頃だと云ふ、主張ですな。
答 そんなものです。
問 伊都能売神の霊代と云ふことの主張をしたのは、大正八年旧七月以後ぢやありますまいか。
答 さうかも判りませぬ、移つて来た時は、移つて書くのですから、伊都能売神が移つてるのか、それは私としては判りませぬ。
問 伊都能売神の霊代であると云ふことを言つて、それから、国常立尊の霊代であると云ふことを言うて居るから、さうなるのぢやないか。
答 さうかも判りませぬ。
それで、兎も角、一人や二人の神さんぢやないもの。
沢山移つて来るのを、其の中で一番余計何遍も何遍も移る神様の名を取つて、其の人の霊代としなければならぬ。大勢の神様の霊代と云ふ訳には行かぬものです。
問 多少根本的になることだが、国常立尊の霊代は、其の根拠はどう云ふ点にあるのですか。
答 根拠は詰り……。
問 どう云ふ所から持つて来た、此の教義の出来たのは──。
答 それはね、二つありますが、ちよつと申しますが、直は艮の金神を「悪神ぢやないぞよ、此の世を治める誠の神である、是は時日が来て現れるのだから、お前達も信仰せよ。此の世界を御治めになる、世界の悪神を治められて、天下泰平にせられる神さんだ」と云ふことが、直の教義やつたのです。
それが根本になつたのです。
それで、私は、又、皇典講究所に入つて、日本の神道を能く知つて居りますから、日本の神道は要するに、世界各国に弘げたならば、日本の皇室の稜威が輝くのであるから、之を弘めさへすれば、日本の教を弘めさへすれば、世界が平穏無事に治まると云ふのが、根本原理ですから、日本の皇道を宣布する、世界に……それが元であります。
併し、宗教的にやるのですから、それで日本の神さんばかりと云ふ訳にいかぬ。支那の神さんの名をも取り、印度の仏の名も使用したり、或は能く判るやうにキリストの名も使つたりして居りますが、如何にも是はキリストの言ふ、ゴッドと云ふのは、此の神さんだ、此の神さんであるとか云ふやうに、宗教宗教に判るやうな宗教名を付けたのです。
それで、ミロクさんと云ふことは、実は私は日本の皇典講究所を出て居るので、仏の名は聴きたくない、弥勒なんか云ひたくない。
併しながら、さう云はなければ、宗教らしくならぬ、それで宗教らしくなければ、信仰も流行らないと云ふので……。
問 王仁三郎の云ふことは判りました。
是は嘘だと云ふのですね。
此の教義は、古事記や日本書紀の国常立尊と、豊雲野尊の記事がありますね、其の書いてあることに、弥勒下生経と云ふものがあります。
又、菩薩上生経や、キリスト教の再現とか、斯う云ふ思想を説いて、さうして此の教義が出来たのぢやなからうか。
答 宗教と云ふものは隠退とか、再現とか云ふことが、宗教としては生命です。
人が待望する処の神様が、仮令作つたにもせよ、本当のことにもせよ、作つたにもせよ、是はキリストの再現も、ミロクの出現も、私は同じことと思ひます。
又、艮の金神の再現も、同じことと思ひます、一つです。
前田弁護人 裁判長、今日はもう二時間やつて居りますから、五分か十分休憩したいと思ひます。
裁判長 それぢや、五分間休憩致します。
十時三十七分休憩