霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一六章 四郎狸(しらうだぬき)〔一〇二八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻 篇:第3篇 阪丹珍聞 よみ(新仮名遣い):はんたんちんぶん
章:第16章 四郎狸 よみ(新仮名遣い):しろうだぬき 通し章番号:1028
口述日:1922(大正11)年10月10日(旧08月20日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年3月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
稲の植え付けが終わり、麦かちを手伝っていると、三人の男が自分を尋ねてきた。旭村の岩田弥太郎、射場久助、入江幸太郎であった。
弥太郎の妻のお藤が二三か月前から霊感者となって一日に飯を五六升、酒を三升も平らげるようになり、養蚕の蚕をつまんで食ってしまう、白木大明神と名乗っていろいろ指図をするようになった。
病気を治すので参詣人が集まるようになってきたが、隣村の稲荷おろしから訴えられたりなど、困っているので何とかしてほしいとのことであった。
喜楽は頼みを聞き入れ、小末を連れて弥太郎の家にやってきた。小末に霊視させると、お藤には狸がついていることがわかった。
お藤は神がかりになって喜楽の姿を見ると、丁寧に手をついて、神界の御用ができるよう大神様に取り次いで欲しいと頼み込んだ。
小末が帰神状態になり、白木明神と名乗る憑霊に対して、能勢妙見の新滝の四郎衛門狸であることを見抜いて詰問した。お藤の憑霊は観念して素性を明かした。
狸は、人について病気を起こさせ、医者の薬をのませて実地に試験することで薬の知識を得たという。そこで霊界の医者になろうと思ってさらに人の身体を稽古に使っていたが、誤って二人の人間の命を取ってしまったという。
その罪によって教会の守護神の役をはく奪されてしまった。たまたまお藤の肉体が薪割に来て、酒に酔いつぶれて倒れていた隙を狙い澄まして取り付いたのだという。そして喜楽に、名を与えてもらって神界のお役目を与えてほしいと頼み込んだ。
その夜は射場久助の家に泊めてもらい、岩田藤に修斎を与えた。翌日、小末と一緒に穴太に帰ってみると、四五人の修行者を巡査が引っ張って行こうとしていた。御嶽教太元教会の杉山という男がそこに立っていた。
喜楽は巡査と杉山に対して霊学上の議論を闘わして、ようやく巡査は納得して帰って行った。
杉山という男は、余部の高島ふみという稲荷下げの若い女の教会の受付などをやっていたが、高島ふみといい仲になり、ふみの夫に追い出された。そこで二人は同じ町に広い家を借りて信者を集めていた。
杉山は、喜楽のところへ信者を取られていたので、なんとかたたきつぶしてやろうと巡査を説きつけてやってきたのであった。
喜楽は三四年前は父の祈祷を頼むために高島ふみの教会に通っていたことがあり、杉山とも旧知の仲であった。しかしそのときに教会の受付の爺さんから、高島ふみの神がかりは偽物であることを聞いてしまっていた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-10-23 12:02:55 文字数:4828 OBC :rm3716
愛善世界社版:193頁 八幡書店版:第7輯 103頁 修補版: 校定版:201頁 普及版:95頁 初版: ページ備考:
001 稲(いね)の植付(うゑつ)けも出来上(できあ)がり、002麦(むぎ)かちをしようと庭(には)一面(いちめん)に麦(むぎ)を拡(ひろ)げて日光(につくわう)に乾(かわ)かして居(ゐ)た。003其(その)日(ひ)の十一(じふいち)時(じ)頃(ごろ)三(さん)人(にん)の男(をとこ)が、
004三人の男『喜楽(きらく)サンは在宅(うち)ですか』
005と尋(たづ)ねて来(き)た。006此(この)頃(ごろ)は麦(むぎ)かちと田植(たうゑ)とで余(あま)り参詣者(さんけいしや)も無(な)いので、007麦(むぎ)かちを手伝(てつだ)ふ積(つも)りで農夫(のうふ)の姿(すがた)となつて、008朝(あさ)早(はや)くから麦(むぎ)を田圃(たんぼ)から運(はこ)んだり拡(ひろ)げたりして居(ゐ)たのである。009其処(そこ)へやつて来(き)た三(さん)人(にん)の男(をとこ)は、010旭村(あさひむら)の印地(いぢ)と云(い)ふ処(ところ)の岩田(いはた)弥太郎(やたらう)、011射場(いば)久助(きうすけ)、012入江(いりえ)幸太郎(かうたらう)であつた。
013 其(その)用(よう)向(む)きは岩田(いはた)弥太郎(やたらう)の妻(つま)のお藤(ふぢ)と云(い)ふのが、014二三(にさん)ケ月(げつ)前(まへ)から霊感者(れいかんしや)となり、015一(いち)日(にち)に飯(めし)を五六(ごろく)升(しよう)も炊(た)いてケロリと平(たひら)げ、016酒(さけ)の三升(さんじやう)も欠(か)かさずに飲(の)み、017養蚕(やうさん)を手伝(てつだ)ひ乍(なが)ら、018折角(せつかく)大(おほ)きうなつた蚕(かひこ)の虫(むし)を、019片端(かたはし)から抓(つま)んで喰(た)べると云(い)ふ厄介(やくかい)な者(もの)である。020然(しか)し乍(なが)ら、
021『此(この)方(はう)は白木(しらき)大明神(だいみやうじん)だ』
022と云(い)つて、023妙(めう)な目(め)を剥(む)いて色々(いろいろ)な指図(さしづ)をする。024種々(しゆじゆ)の病人(びやうにん)が此(この)お藤(ふぢ)の祈祷(きたう)や指図(さしづ)した薬(くすり)によつて誰(たれ)も彼(かれ)も全快(ぜんくわい)するので、025それが評判(へうばん)となつて朝(あさ)から晩(ばん)まで小(ちひ)さい家(いへ)の中(なか)に、026参詣人(さんけいにん)がつまつて居(ゐ)たのである。027其(その)隣村(となりむら)に黒髪(くろかみ)大明神(だいみやうじん)と云(い)ふ、028稲荷(いなり)を祀(まつ)つた教会(けうくわい)があつて、029其(その)お台(だい)サンと云(い)ふのが五十(ごじふ)計(ばか)りの婆(ば)アサンであつた。030其(その)婆(ば)アサンが、031岩田(いはた)藤(ふぢ)が山子(やまこ)を始(はじ)めて人(ひと)を誑(たぶ)らかすとか云(い)つて交番(かうばん)へ届(とど)けたので、032巡査(じゆんさ)がやつて来(き)て、
033巡査『許可(きよか)なしに貴様(きさま)の内(うち)へ人(ひと)を寄(よ)せたり薬(くすり)の指図(さしづ)をしたりする事(こと)はならぬ』
034と八釜(やかま)しく云(い)つて来(く)る。035されども岩田(いはた)藤(ふぢ)は霊感者(れいかんしや)の事(こと)とて、036誰(たれ)が何(なん)といつても聞(き)き入(い)れず、037ドシドシと託宣(たくせん)をしたり祈祷(きたう)をしたり、038薬(くすり)の指図(さしづ)をやつて居(ゐ)る。039さうして相変(あひかは)らず毎日(まいにち)大酒(おほざけ)を飲(の)み、040大飯(おほめし)を食(くら)ひ、041折角(せつかく)巣(す)につきかけた蚕(かひこ)の虫(むし)まで片端(かたつぱし)から掴(つか)んで喰(く)ふので、042三(さん)人(にん)の男(をとこ)が何(なん)とかして鎮(しづ)めて貰(もら)ひ度(た)いと相談(さうだん)の結果(けつくわ)、043田植(たうゑ)が済(す)んだ其(その)休日(きうじつ)を利用(りよう)して喜楽(きらく)を頼(たの)みに来(き)たのであつた。
044 喜楽(きらく)は直(ただち)に神主(かむぬし)の小末(こすゑ)に命(めい)じて、045印地(いぢ)の岩田(いはた)お藤(ふぢ)の家(いへ)や容姿(ようし)を透視(とうし)せしめた。046其(その)結果(けつくわ)其(その)家(いへ)の瓦葺(かはらぶき)である事(こと)、047畳数(たたみかず)が何枚(なんまい)ある事(こと)、048蚕(かひこ)の棚(たな)が何枚(なんまい)並(なら)んで居(ゐ)る事(こと)、049お藤(ふぢ)の顔(かほ)に痘痕(あばた)のある事(こと)、050家(いへ)の少(すこ)し横(よこ)に氏神(うぢがみ)の社(やしろ)がある事(こと)、051裏(うら)の方(はう)には五六間(ごろくけん)幅(はば)の水(みづ)の無(な)い川(かは)があつて其(その)両方(りやうはう)の堤(つつみ)に竹藪(たけやぶ)のある事(こと)等(など)をスツカリ透視(とうし)して了(しま)ひ、052三(さん)人(にん)に其(その)由(よし)を告(つ)げると、053三(さん)人(にん)は互(たがひ)に顔(かほ)を見合(みあ)はせ、
054三人の男『如何(いか)にも其(その)通(とほ)りで御座(ござ)います。055神(かみ)様(さま)は実(じつ)に尊(たふと)いもので御座(ござ)いますなア』
056と感嘆(かんたん)して居(ゐ)た。057そこで喜楽(きらく)は三(さん)人(にん)の頼(たの)みを容(い)れ、058神主(かむぬし)の小末(こすゑ)を従(したが)へ五人(ごにん)連(づ)れで、059昼飯(ひるめし)を済(す)ませ炎天(えんてん)の夏(なつ)の日(ひ)を浴(あ)び乍(なが)ら、060吉田(よしだ)、061小林(をばやし)、062小川(をがは)、063川関(かはせき)、064八木(やぎ)の大橋(おほはし)を越(こ)え、065其(その)日(ひ)の三(さん)時(じ)頃(ごろ)漸(やうや)くにして岩田(いはた)藤(ふぢ)の宅(たく)に着(つ)いたのである。
066 行(い)つて見(み)れば数十(すうじふ)人(にん)の参詣人(さんけいにん)が座敷(ざしき)に坐(すわ)つて居(ゐ)た。067岩田(いはた)藤(ふぢ)は門口(かどぐち)に出(い)で迎(むか)へ夫(をつと)の弥太郎(やたらう)に向(むか)ひ小声(こごゑ)で、
068お藤『弥太(やた)やん、069喜楽(きらく)サンは居(ゐ)やはりましたか』
070と尋(たづ)ねて居(ゐ)る。071弥太郎(やたらう)は喜楽(きらく)から、
072『留守(るす)だつたと云(い)へ、073さうして神懸(かむがか)り[※初版・愛世版では「神懸り」、校定版では「神憑り」。]が俺(おれ)を喜楽(きらく)だと云(い)ふ事(こと)を知(し)つてるか如何(どう)かを調(しら)べる必要(ひつえう)があるから途中(とちう)で小林(をばやし)の人(ひと)が拝(をが)んで貰(もら)ひに来(こ)られたのだと云(い)ふが宜(よ)い』
074と教(をし)へられて居(ゐ)たから、075弥太郎(やたらう)は故意(わざ)と恍(とぼ)けて、
076弥太(やた)『折角(せつかく)行(い)つて来(き)たけれど、077喜楽(きらく)の先生(せんせい)は留守(るす)だつた。078エー、079仕方(しかた)がない』
080と力(ちから)なげに首(くび)を頷垂(うなだ)れて見(み)せた。081お藤(ふぢ)は喜楽(きらく)の八(はち)の字(じ)髭(ひげ)を見(み)て巡査(じゆんさ)と思(おも)ふたか、082小声(こごゑ)で、
083お藤(ふぢ)『弥太(やた)ヤン、084あの人(ひと)は巡査(じゆんさ)ぢやないかい』
085と心配(しんぱい)さうに尋(たづ)ねて居(ゐ)る。086弥太郎(やたらう)は、
087弥太郎(やたらう)『いや、088あのお方(かた)は小林(をばやし)の井筒屋(ゐづつや)に泊(とま)つて御座(ござ)る段通屋(だんつうや)サンで、089俺(わし)がお前(まへ)の神懸(かむがか)り[※初版・愛世版では「神懸り」、校定版では「神憑り」。]の話(はなし)をしたら大変(たいへん)賛成(さんせい)して、090俺(おれ)も一(ひと)つ商売(しやうばい)上(じやう)の事(こと)や身体(からだ)の病気(びやうき)の事(こと)を伺(うかが)つて貰(もら)ひ度(た)いと云(い)つて跟(つ)いて御座(ござ)つたのだ。091さうしてあの独眼(めかんち)の太(ふと)い女(をなご)サンは井筒屋(ゐづつや)の女中(をなごし)サンだ』
092と甘(うま)く胡魔化(ごまくわ)して居(ゐ)る。093お藤(ふぢ)は別(べつ)に疑(うたが)ひもせず、
094お藤(ふぢ)『アーさうかい。095そんなら之(これ)から神(かみ)様(さま)にお願(ねが)ひします』
096と云(い)ひ乍(なが)ら、097御(ご)神殿(しんでん)に向(むか)つて拍手(はくしゆ)し、098片言交(かたことまじ)りに神言(かみごと)を奏上(そうじやう)し始(はじ)めた。099神言(かみごと)の半分(はんぶん)あまり進(すす)んだ頃(ころ)から俄(にはか)に声(こゑ)がかすり出(だ)し、100『ガアガア』と鶩(あひる)の様(やう)な言霊(ことたま)の調子(てうし)になつて来(き)た。101喜楽(きらく)は、
102喜楽(きらく)『何(なん)と言霊(ことたま)の濁(にご)つた女(をんな)だ。103大方(おほかた)狸(たぬき)が憑(つ)いて居(ゐ)るのだらう』
104と思(おも)ひ乍(なが)ら、105大勢(おほぜい)の中(なか)へ紛(まぎ)れて小末(こすゑ)に彼(かれ)の守護神(しゆごじん)を透視(とうし)させ乍(なが)ら、106素知(そし)らぬ顔(かほ)して控(ひか)へて居(ゐ)た。107祝詞(のりと)が終(をは)るとお藤(ふぢ)は『キリキリキリ』と大(おほ)きな歯(は)ぎしりをし、108団栗(どんぐり)の様(やう)な目(め)を剥(む)いて、109時々(ときどき)舌(した)をチヨロチヨロ出(だ)し乍(なが)ら、110クレリと神壇(しんだん)を後(うしろ)にし、111参詣人(さんけいにん)の方(はう)へ向(む)き直(なほ)つた。112誰(たれ)が見(み)ても人間(にんげん)の顔(かほ)とは見(み)えない、113狸(たぬき)其(そ)の儘(まま)の面相(めんさう)になつて居(ゐ)る。114お藤(ふぢ)は自分(じぶん)の姿(すがた)を見(み)て俄(にはか)に態度(たいど)を改(あらた)め、115両手(りやうて)をついて、
116お藤(ふぢ)『これはこれは喜楽(きらく)先生(せんせい)で御座(ござ)いましたか、117私(わたくし)は稲荷山(いなりやま)の一(いち)の峰(みね)に守護(しゆご)致(いた)す白木(しらき)大明神(だいみやうじん)で御座(ござ)います。118今日(けふ)は麦(むぎ)かちをなさるお考(かんが)へで御(お)忙(いそが)しうして御座(ござ)る中(なか)へ、119弥太郎(やたらう)外(ほか)両人(りやうにん)がお邪魔(じやま)を致(いた)しまして偉(えら)い御(ご)馳走(ちそう)に預(あづ)かりました。120能(よ)うまあお越(こ)し下(くだ)さいました。121私(わたくし)は弥太郎(やたらう)の後(あと)について貴方(あなた)のお宅(たく)迄(まで)参(まゐ)りました。122それ故(ゆゑ)小林(をばやし)の井筒屋(ゐづつや)で御(ご)休息(きうそく)の時(とき)、123私(わたし)を審神(さには)する為(た)めに弥太郎(やたらう)にいろいろ仰有(おつしや)つた事(こと)も、124チヤンと聞(き)いて居(を)ります。125何卒(どうぞ)私(わたし)に神名(かみな)を下(くだ)さいまして、126神界(しんかい)の御用(ごよう)が出来(でき)ます様(やう)に、127大神(おほかみ)様(さま)にお取次(とりつぎ)をお願(ねが)ひします』
128とキリキリキリと又(また)もや猛烈(まうれつ)な歯(は)ぎしりをする。129数十(すうじふ)人(にん)の参詣者(さんけいしや)はお藤(ふぢ)と喜楽(きらく)に視線(しせん)を集中(しふちう)し、130息(いき)をこらして見詰(みつめ)て居(ゐ)た。131小末(こすゑ)は、
132『ウン!』
133と一声(いつせい)飛(と)び上(あ)がると共(とも)に、134忽(たちま)ち帰神(きしん)状態(じやうたい)になつて了(しま)ひ、
135小末(こすゑ)『其(その)方(はう)は稲荷山(いなりやま)の眷族(けんぞく)白木(しらき)明神(みやうじん)と申(まを)して居(ゐ)るが、136真赤(まつか)な詐(いつは)りであらうがな』
137お藤(ふぢ)『いえいえ決(けつ)して嘘(うそ)は申(まを)さぬ。138稲荷山(いなりやま)の白木(しらき)明神(みやうじん)に間違(まちが)ひは御座(ござ)りませぬ。139とつくりと調(しら)べて下(くだ)されよ』
140と切口上(きりこうじやう)になつて力(りき)んで居(ゐ)る。
141小末(こすゑ)『詐(いつは)りを申(まを)すな。142其(その)方(はう)は能勢(のせの)妙見(めうけん)の新滝(しんたき)に守護(しゆご)致(いた)す、143四郎(しらう)右衛門(うゑもん)と申(まを)す狸(たぬき)であらうがな』
144と目星(めぼし)を指(さ)されてお藤(ふぢ)の憑霊(ひようれい)は閉口(へいこう)し、
145お藤(ふぢ)『ハイ、146もう斯(か)うなる上(うへ)は仕方(しかた)が御座(ござ)いませぬ。147何卒(どうぞ)私(わたし)に何(なん)とか名(な)を下(くだ)さいまして、148人助(ひとだす)けをさせて下(くだ)さいませ。149何(なに)も彼(か)も白状(はくじやう)致(いた)しますが、150実(じつ)は私(わたし)は丹波(たんば)の国(くに)多紀(たき)の郡(ぐん)○○村(むら)○○教会(けうくわい)に守護(しゆご)致(いた)す、151四十八(しじふはち)匹(ひき)の狸(たぬき)の親分(おやぶん)で御座(ござ)いましたが、152喜楽(きらく)先生(せんせい)の前(まへ)ではチツと申(まを)し上(あ)げかねる事(こと)なれども、153斯(か)うなれば仕方(しかた)がありませぬ。154何(なに)も彼(か)も白状(はくじやう)致(いた)します。155私(わたし)は御存(ごぞん)じの通(とほ)り四郎(しろう)右衛門(うゑもん)と申(まを)す狸(たぬき)で御座(ござ)いますが、156大勢(おほぜい)の人間(にんげん)に憑(うつ)つて色々(いろいろ)の病(やまひ)を起(おこ)させ、157医者(いしや)の薬(くすり)を服(の)ませて試験(しけん)を致(いた)しました。158それ故(ゆゑ)此(この)病気(びやうき)には此(この)薬(くすり)が利(き)くと云(い)ふ事(こと)をよく知(し)つて居(ゐ)ます。159霊界(れいかい)の医者(いしや)にならうと思(おも)つて、160沢山(たくさん)の人(ひと)の身体(からだ)を稽古(けいこ)に使(つか)ひ、161人間(にんげん)の生命(いのち)を二人(ふたり)まで過(あやま)つてとつて了(しま)ひました。162其(その)罪(つみ)によつて○○教会(けうくわい)の守護神(しゆごじん)の役(やく)を剥奪(はくだつ)され、163只今(ただいま)は悲(かな)しき浪人(らうにん)の身(み)の上(うへ)、164誰(たれ)かよき台(だい)があれば憑(うつ)つて人(ひと)を助(たす)け、165自分(じぶん)の罪(つみ)を亡(ほろ)ぼし神界(しんかい)へお詫(わ)びを致(いた)さうと、166良(よ)い神懸(かむがか)りの台(だい)を考(かんが)へて探(さぐ)して居(ゐ)る中(うち)、167此(この)お藤(ふぢ)の肉体(にくたい)が石炭山(せきたんやま)へ石割(いしわ)りに行(い)つて酒(さけ)に食(くら)ひ酔(よ)ひ、168山(やま)にぶつ倒(たふ)れて居(ゐ)た其(その)隙(すき)を狙(ねら)ひすまして、169とりつきました。170此(この)肉体(にくたい)を使(つか)ふて一(ひと)つ思惑(おもわく)を立(た)てようと思(おも)ひますから、171何卒(どうぞ)私(わたし)に名(な)をお与(あた)へ下(くだ)され。172又(また)お藤(ふぢ)の肉体(にくたい)にも、173それ相当(さうたう)の役目(やくめ)を仰付(おほせつ)けて下(くだ)されまする様(やう)にお願(ねが)ひ致(いた)します』
174と四郎(しろう)右衛門(うゑもん)狸(だぬき)は自分(じぶん)の懺悔話(ざんげばなし)を諄々(じゆんじゆん)と述(の)べ立(た)て、175顔(かほ)一面(いちめん)に涙(なみだ)を漲(みなぎ)らし両手(りやうて)をついて頼(たの)み込(こ)む。176何(なん)とはなしに喜楽(きらく)も可哀相(かあいさう)な気(き)がして来(き)た。
177喜楽(きらく)『お前(まへ)サンは今(いま)二人(ふたり)の人(ひと)を過(あやま)つて殺(ころ)したと云(い)つたが、178それは何(なん)と云(い)ふ人(ひと)だ。179差支(さしつかへ)がなければ聞(き)かして貰(もら)ひ度(た)いものだ』
180四郎狸(しろうだぬき)『ハイ、181仕方(しかた)がありません、182何(なに)も彼(か)も白状(はくじやう)しますが、183○○教会(けうくわい)の教導職(けうだうしよく)お鶴(つる)サンと云(い)ふ女教師(ぢよけうし)の腹(はら)に這入(はい)り、184種々(いろいろ)と病気(びやうき)の試験中(しけんちう)到頭(たうとう)お鶴(つる)サンは死(し)んで了(しま)ひました。185それから外(ほか)に、186も一人(ひとり)、187これは小(ちひ)さい子供(こども)で御座(ござ)いました。188先生(せんせい)様(さま)のお身(み)の上(うへ)に関係(くわんけい)のない事(こと)ですから、189此(この)人(ひと)の名(な)だけは御免(ごめん)を蒙(かうむ)りませう』
190喜楽(きらく)『○○教会(けうくわい)のお鶴(つる)サンは俺(わし)の従妹(いとこ)であつて叔父(をぢ)の女房(にようばう)だ。191それをお前(まへ)は知(し)つて居(ゐ)るのだらうなア』
192四郎狸(しろうだぬき)『ハイ、193それだから貴方(あなた)に神界(しんかい)にお詫(わび)をして頂(いただ)き、194罪(つみ)を許(ゆる)されて天晴(あつぱ)れ元(もと)の神(かみ)の座(ざ)へ復(かへ)らして貰(もら)ひ度(た)いので、195態々(わざわざ)弥太郎(やたらう)や久助(きうすけ)サン、196幸太郎(かうたろう)サンを先生(せんせい)のお宅(たく)に頼(たの)みにやつたので御座(ござ)います。197改心(かいしん)の証(しるし)に今(いま)此処(ここ)で証拠(しようこ)を見(み)せます』
198と云(い)ふより早(はや)く、199コンコンと二回(にくわい)ばかり大(おほ)きな咳(せき)をした。200其(その)機(はづみ)に真白毛(まつしろけ)の毛玉(けだま)が飛(と)んで出(で)た。201よくよく見(み)れば其(その)毛玉(けだま)は自由(じいう)自在(じざい)に動(うご)いて居(ゐ)る。202風(かぜ)が当(あた)つて動(うご)くのではなからうかと思(おも)ひ、203直(すぐ)に硝子蓋(がらすぶた)のしてある箱(はこ)の中(なか)へ入(い)れて見(み)たが、204毛玉(けだま)は矢張(やは)り左右(さいう)へ自由(じいう)自在(じざい)に動(うご)いて居(ゐ)る。205大勢(おほぜい)の者(もの)が寄(よ)つて集(たか)つて毛玉(けだま)を不思議(ふしぎ)相(さう)に眺(なが)めて居(ゐ)る。206四郎(しろう)右衛門(うゑもん)狸(だぬき)は口(くち)を尖(とが)らし、
207四郎狸(しろうだぬき)『早(はや)く白粉(おしろい)を其(その)毛玉(けだま)にふりかけて下(くだ)され。208弱(よわ)ります』
209と嘆願(たんぐわん)してる。210お藤(ふぢ)の使(つか)ふ白粉(おしろい)を弥太郎(やたらう)が探(さが)し出(だ)して、211白(しろ)い毛玉(けだま)にブツかけてやつた。212毛玉(けだま)は硝子箱(がらすばこ)の中心(ちうしん)に坐(ざ)を占(し)め、213幾万(いくまん)とも知(し)れぬ細(ほそ)い毛(け)を前後(ぜんご)左右(さいう)に動(うご)かして居(ゐ)た。
214 其(その)夜(よ)は射場(いば)久助(きうすけ)の家(いへ)に泊(と)めて貰(もら)ひ、215岩田(いはた)藤(ふぢ)に修斎(しうさい)を与(あた)へ、216二人(ふたり)連(つ)れ立(だ)つて穴太(あなを)へ帰(かへ)つて見(み)ると、217四五(しご)人(にん)の修業者(しうげふしや)を巡査(じゆんさ)がやつて来(き)て交番所(かうばんしよ)へ引張(ひつぱ)つて去(い)のうとしてる処(ところ)であつた。218さうして御嶽教(みたけけう)の太元(たいげん)教会(けうくわい)の杉山(すぎやま)某(ぼう)と云(い)ふ男(をとこ)が其処(そこ)に立(た)つて居(ゐ)る。219喜楽(きらく)は巡査(じゆんさ)と杉山(すぎやま)に向(むか)つて種々(いろいろ)と霊学(れいがく)上(じやう)の議論(ぎろん)を闘(たたか)はし、220漸(やうや)く巡査(じゆんさ)は納得(なつとく)して無事(ぶじ)に帰(かへ)つて行(い)つた。
221 此(この)杉山(すぎやま)と云(い)ふ男(をとこ)は元(もと)は金岐(かなげ)の隠亡(おんばう)であつて、222村(むら)の戸長(こちやう)を勤(つと)めて居(ゐ)た男(をとこ)であつたが、223明治(めいぢ)十六(じふろく)年(ねん)の旱魃(かんばつ)で、224御嶽教(みたけけう)の山下(やました)と云(い)ふ行者(ぎやうじや)が、225亀岡(かめをか)の余部(あまるべ)へやつて来(き)て雨乞(あまごひ)をして、226雨(あめ)を降(ふ)らすと二(に)週間(しうかん)の断食(だんじき)を河原(かはら)の中(なか)でやつた。227けれども雨(あめ)はあまり足(た)りになる程(ほど)降(ふ)らなかつたが、228二(に)週間(しうかん)の上(あが)りにバラバラと降(ふ)つてきたのは事実(じじつ)である。229其(その)時(とき)に、230余部(あまるべ)の或(ある)家(いへ)の女房(にようばう)で、231高島(たかしま)おふみと云(い)ふ若(わか)い女(をんな)が、232山下(やました)某(ぼう)の神徳(しんとく)に感(かん)じ、233毎晩(まいばん)川(かは)へ行(い)つて水行(すゐぎやう)をやつて居(ゐ)ると何時(いつ)の間(ま)にやら体(からだ)が震(ふる)ひ出(だ)し、
234高島ふみ『此(この)方(はう)は稲荷(いなり)大明神(だいみやうじん)だ!』
235と喋(しやべ)り出(だ)した。236それから余部(あまるべ)のお稲荷(いなり)サンと云(い)つて、237四方(しはう)八方(はつぱう)から参詣(さんけい)する者(もの)が出来(でき)て来(き)た。238其(その)時(とき)に参拝(さんぱい)したのが杉山(すぎやま)藤五郎(とうごらう)と云(い)ふ男(をとこ)であつた。239此(この)男(をとこ)は相当(さうたう)に学問(がくもん)もあり財産(ざいさん)もあり、240人格(じんかく)もあまり悪(わる)くない。241何時(いつ)も高島(たかしま)ふみの教会(けうくわい)へ通(かよ)ふて受付(うけつけ)等(など)をやつて居(ゐ)たが、242知(し)らぬ間(ま)に妙(めう)な仲(なか)となつたのを、243ふみの夫(をつと)が嗅(かぎ)つけ、
244ふみの夫『ド狐(ぎつね)もつて出(で)て行(ゆ)きさらせ』
245と一言(いちごん)の許(もと)に放(はう)り出(だ)され、246二人(ふたり)はそれより天下(てんか)晴(は)れての夫婦(ふうふ)気取(きど)りで、247同(おな)じ余部(あまるべ)の町(まち)へ宏大(くわうだい)な家(いへ)を借(か)り、248そこへ稲荷(いなり)サンを祀(まつ)つて附近(ふきん)の信者(しんじや)を集(あつ)めて居(ゐ)た。249然(しか)るに今度(こんど)喜楽(きらく)が、250あまり遠(とほ)からぬ穴太(あなを)で伺(うかが)ひや祈祷(きたう)をやり出(だ)したので、251此(この)教会(けうくわい)へうつつを抜(ぬ)かして通(かよ)ふて居(ゐ)た信者(しんじや)が残(のこ)らず穴太(あなを)へ集(あつ)まるので、252何(なん)とかして叩(たた)き潰(つぶ)してやらうと考(かんが)へ、253駐在所(ちうざいしよ)の巡査(じゆんさ)を説(と)きつけてやつて来(き)たものである。
254 喜楽(きらく)も三四(さんよ)年(ねん)以前(いぜん)から父(ちち)が病気(びやうき)なので、255祈祷(きたう)して貰(もら)つたり伺(うかが)つて貰(もら)ふ為(た)めに高島(たかしま)ふみの教会(けうくわい)へチヨコチヨコ通(かよ)ひ、256杉山(すぎやま)とは余程(よほど)懇意(こんい)になつて居(ゐ)たのである。257けれども杉山(すぎやま)は高島(たかしま)ふみに唆(そそのか)されて、258穴太(あなを)の喜楽(きらく)を何処(どこ)かへやつてやらうと企(たく)んで来(き)たのであつた。259余部(あまるべ)の太元(たいげん)教会(けうくわい)には服部(はつとり)某(ぼう)と云(い)ふ男(をとこ)が受付(うけつけ)をして居(ゐ)た。260明治(めいぢ)二十九(にじふく)年(ねん)の春(はる)の事(こと)であつた。261春季(しゆんき)大祭(たいさい)が行(おこな)はれると云(い)ふので早(はや)うから参拝(さんぱい)して見(み)ると、262服部(はつとり)某(ぼう)が只(ただ)一人(ひとり)、263玄関口(げんくわんぐち)に酒(さけ)をチヨビリチヨビリ飲(の)み乍(なが)ら控(ひか)へて居(ゐ)た。264一見(いつけん)して五十(ごじふ)七八(しちはち)か六十(ろくじふ)二三(にさん)位(くらゐ)に見(み)える爺(ぢい)サンである。265喜楽(きらく)は、
266喜楽(きらく)『服部(はつとり)サン、267お早(はや)う。268今日(けふ)はお祭(まつ)りぢやさうで参拝(さんぱい)しました』
269と云(い)ふと、270服部(はつとり)は目(め)をちらつかせ乍(なが)ら、
271服部(はつとり)『あゝ喜楽(きらく)サンか、272ま一杯(いつぱい)やりなさい。273此処(ここ)の祭(まつり)は午後(ごご)一(いち)時(じ)と云(い)ふのだが、274皆(みな)遠(とほ)い所(ところ)から参(まゐ)るので如何(どう)しても四(よ)時(じ)頃(ごろ)にならぬと始(はじ)まらぬ。275杉山(すぎやま)サンも高島(たかしま)おふみサンも朝(あさ)早(はや)うから世話方(せわかた)の家(うち)へ奔走(ほんそう)に行(い)つたので留守(るす)だが、276稲荷(いなり)サンも宜(よ)い加減(かげん)なものだぜ。277……喜楽(きらく)サン、278お前(まへ)サンも宜(よ)い加減(かげん)に目(め)を醒(さ)ましたら如何(どう)だ。279尻(しり)に狐(きつね)の尻尾(しつぽ)を結(むす)びつけて羽織(はおり)の裏(うら)からチヨイチヨイ出(だ)し、280本当(ほんたう)の稲荷(いなり)サンが憑(うつ)つて来(こ)られた様(やう)に誤魔化(ごまくわ)すので、281本気(ほんき)に拝(をが)む気(き)になりはせないわ。282阿呆(あはう)らしい、283朝(あさ)から晩(ばん)まで椀給(わんきふ)でこき使(つか)はれて堪(たま)つたものぢやない。284お神酒(みき)だといつて一升(いつしよう)買(か)ふて置(お)きやがつたから、285お神酒(みき)徳利(どつくり)に水(みづ)を入(い)れて、286酒(さけ)は此(この)通(とほ)り俺(わし)が飲(の)んで居(ゐ)るのだ』
287と何(なに)から何(なに)まで秘密(ひみつ)を素破抜(すつぱぬ)いて居(を)る。288喜楽(きらく)は、
289 ……マサカそんな事(こと)はあるまい。290服部(はつとり)奴(め)が不平(ふへい)のあまりこんな中傷(ちうしやう)讒誣(ざんぶ)をするのだらう……と思(おも)ひ乍(なが)ら、291弁当(べんたう)を出(だ)して食(く)ひ祭典(さいてん)の時(とき)の至(いた)るのを待(ま)つて居(ゐ)た。
292(大正一一・一〇・一〇 旧八・二〇 北村隆光録)
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