霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第四章 河鹿(かじか)越(ごえ)〔一〇六九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第39巻 舎身活躍 寅の巻 篇:第2篇 黄金清照 よみ(新仮名遣い):おうごんせいしょう
章:第4章 河鹿越 よみ(新仮名遣い):かじかごえ 通し章番号:1069
口述日:1922(大正11)年10月22日(旧09月3日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年5月5日
概要: 舞台:河鹿峠 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
蜈蚣姫は、神素盞嗚大神より黄金姫と名を賜った。また黄竜姫は清照姫と名を賜った。二人は秋の空の下、巡礼姿に身をやつして河鹿峠の厳しい坂道を登って行った。二人はまずフサの都を指して進んでいる。
激流ほとばしる谷川を下に眺める細い山道の傍らに、五人の男(ハム、イール、ヨセフ、レーブ、タール)が腰をかけて雑談にふけっている。バラモン教の鬼熊別の部下であった。彼らは主人鬼熊別の妻・蜈蚣姫と娘・黄竜姫を探していたのであった。
鬼熊別は大教主・大黒主の次の地位にあったが、行方知れずになった妻や娘が三五教に入ったという噂のために大黒主に目を付けられているのだという。それにもかかわらず、大黒主のように放埓せずに品行を謹んで信者に手本を示しているとのことで、大黒主よりもバラモン教信者たちの信任を得ている様子である。
五人は峠を下ってくる黄金姫と清照姫を見つけて、道端の茂みに姿を隠した。そうとはしらない二人は谷川の眺めながらふと立ち止まり、述懐話にふけっていた。
そこへ五人の男がガサガサと現れて、二人を誰何した。五人は、二人が三五教の者だと見てとり、捕まえようとする。二人は男たちを山賊だと思って啖呵を切った。
五人の男はいっせいに二人に飛び掛かったが、黄金姫はハムとイールの両人を苦も無く谷底へ投げ入れてしまった。清照姫は、ヨセフを谷底へ投げ込む。これを見たレーブ、タールの両人は肝をつぶし、一目散に駆けだした。そして三人(ハム、イール、ヨセフ)を助けようと谷川に下りて行った。
黄金姫と清照姫は、男たちには構わずに宣伝歌を歌いながら峠を降って行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-11-16 10:11:21 文字数:4798 OBC :rm3904
愛善世界社版:55頁 八幡書店版:第7輯 299頁 修補版: 校定版:57頁 普及版:20頁 初版: ページ備考:
001 満目(まんもく)蕭条(せうでう)として何処(どこ)となくおちついた秋(あき)の空(そら)、002四方(よも)の山辺(やまべ)は佐保姫(さほひめ)の錦(にしき)織(お)りなす金色(こんじき)の山野(さんや)を黄金姫(わうごんひめ)、003清照姫(きよてるひめ)の二人(ふたり)は巡礼姿(じゆんれいすがた)甲斐(かひ)々々(がひ)しく、004河鹿(かじか)峠(たうげ)の峻坂(しゆんばん)を、005二本(にほん)の杖(つゑ)にて叩(たた)き乍(なが)らエチエチ登(のぼ)り行(ゆ)く。
006 黄金姫(わうごんひめ)と云(い)ふは神(かむ)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)より新(あらた)に名(な)を賜(たま)はりたる蜈蚣姫(むかでひめ)のことである。007又(また)清照姫(きよてるひめ)といふのは黄竜姫(わうりようひめ)のことである。008二人(ふたり)は岩(いは)に腰(こし)打(うち)かけ、009息(いき)を休(やす)め、010所々(ところどころ)に圭角(けいかく)を現(あら)はした、011まだらに禿(は)げた山(やま)の谷間(たにま)を流(なが)るる激流(げきりう)を打眺(うちなが)め、012斑鳩(はんきう)のここかしこ飛(と)びまはる姿(すがた)を眺(なが)めて旅情(りよじやう)を慰(なぐさ)めて居(ゐ)た。
013清照姫(きよてるひめ)『お母(か)アさま、014何(なん)と佳(よ)い景色(けしき)で御座(ござ)いますな。015此処(ここ)は言依別(ことよりわけの)命(みこと)様(さま)が馬(うま)に乗(の)りて烈風(れつぷう)に吹(ふ)かれ、016従者(じゆうしや)の玉彦(たまひこ)、017楠彦(くすひこ)、018厳彦(いづひこ)と共(とも)に此(この)谷間(たにま)に転落(てんらく)し、019人事(じんじ)不省(ふせい)となつて御座(ござ)る間(あひだ)に、020五十万(ごじふまん)年(ねん)未来(みらい)の天国(てんごく)を探検(たんけん)せられたといふ有名(いうめい)な処(ところ)で御座(ござ)います。021春(はる)夏(なつ)になると河鹿(かじか)の名所(めいしよ)で、022随分(ずゐぶん)いい声(こゑ)が谷水(たにみづ)の流(なが)れを圧(あつ)して、023此(この)山上(さんじやう)まで聞(きこ)えて来(く)るさうです。024急(いそ)いで急(いそ)がぬ旅(たび)ですから、025ここでゆつくりと息(いき)を休(やす)めて参(まゐ)りませうか』
026黄金姫(わうごんひめ)『何(なに)を言(い)うてもバラモン教(けう)やらウラル教(けう)の間者(まはしもの)が、027斎苑(いそ)の館(やかた)近傍(きんばう)へ沢山(たくさん)に出没(しゆつぼつ)してるといふことだから、028余(あま)り油断(ゆだん)はなりますまい。029ゆつくりとして居(ゐ)ては、030予定(よてい)の所(ところ)までに日(ひ)が暮(く)れると大変(たいへん)だから、031ボツボツと行(ゆ)きませう。032何程(なにほど)足(あし)が遅(おそ)くても根(こん)に任(まか)せて行(ゆ)けば早(はや)いもの、033何程(なにほど)急(いそ)いで歩(ある)いても、034休息(きうそく)が長(なが)いと却(かへつ)て道(みち)がはかどらぬもの、035サア行(ゆ)きませう』
036と先(さき)に立(た)つ。037清照姫(きよてるひめ)も母(はは)の言(げん)に否(いな)む由(よし)なく、038杖(つゑ)を力(ちから)に峻坂(しゆんぱん)を登(のぼ)りつ下(くだ)りつ、039谷(たに)を幾(いく)つとなく渉(わた)りてフサの国(くに)の都(みやこ)を指(さ)して急(いそ)ぎ行(ゆ)く。
040 一方(いつぱう)は嶮(けは)しき禿山(はげやま)、041一方(いつぱう)は淙々(そうそう)たる激流(げきりう)ほとばしる谷川(たにがは)を眺(なが)めて、042山(やま)の腰(こし)に鉢巻(はちまき)をしたやうに通(つう)じてゐる細(ほそ)い路(みち)の傍(かたはら)の岩(いは)に腰(こし)打掛(うちか)け四五(しご)人(にん)の男(をとこ)が此(この)風景(ふうけい)を眺(なが)めて雑談(ざつだん)に耽(ふけ)つてゐる。043此(この)五(ご)人(にん)は鬼熊別(おにくまわけ)の部下(ぶか)の者(もの)で、044ハム(半六)イール(伊造)ヨセフ(芳二)レーブ(麗二)タール(太郎)の五(ご)人(にん)であつた。
045ハム『吾々(われわれ)は今年(ことし)で足(あし)かけ三(さん)年(ねん)、046斯(か)うして此(この)附近(ふきん)を捜(さが)しまはつてゐるのだが、047何(なに)を言(い)うても広(ひろ)い世界(せかい)、048蜈蚣姫(むかでひめ)の所在(ありか)が分(わか)る筈(はず)はないぢやないか。049人相書(にんさうがき)を何程(なにほど)持(も)つてゐても、050十年前(じふねんまへ)の姿(すがた)と今(いま)とは余程(よほど)違(ちが)つてゐるに相違(さうゐ)ない。051又(また)一度(いちど)でも、052今迄(いままで)に会(あ)うて居(を)ればどこかに覚(おぼ)えがあるのだけれど、053少(すこ)しく顔(かほ)が四角(しかく)いの、054目(め)が大(おほ)きいの、055背(せい)が通常(つうじやう)だのと此(この)位(くらゐ)のことでは到底(たうてい)見当(けんたう)がつかない。056兎(と)も角(かく)婆(ば)アさんと見(み)たら、057小口(こぐち)から引(ひつ)とらまへて面(つら)の検査(けんさ)を、058これからはすることにしようかい。059蜈蚣姫(むかでひめ)様(さま)を発見(はつけん)しさへすれば、060それこそ大(たい)したものだから…………』
061イール『蜈蚣姫(むかでひめ)様(さま)は三五教(あななひけう)へ沈没(ちんぼつ)したといふぢやないか。062一層(いつそう)のこと三五教(あななひけう)の霊場(れいぢやう)々々(れいぢやう)へ化(ば)け込(こ)んで考(かんが)へて見(み)たら、063それが一番(いちばん)早道(はやみち)かも知(し)れぬぞ』
064ハム『何程(なにほど)早道(はやみち)だつて、065さう敵(かたき)の中(なか)へ易々(やすやす)と這入(はい)れるものか。066三五教(あななひけう)には天眼通(てんがんつう)とかいつて、067すぐに吾々(われわれ)の行動(かうどう)を前知(ぜんち)する法(はふ)があるから、068迂濶(うつか)り近寄(ちかよ)れない。069ここは斎苑(いそ)館(やかた)の近(ちか)くだから、070三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)が比較(ひかく)的(てき)沢山(たくさん)通(とほ)る。071時節(じせつ)を待(ま)つてをれば、072蜈蚣姫(むかでひめ)様(さま)がお通(とほ)りになるかも知(し)れないからな。073まづ慌(あわ)てず急(いそ)がず、074かうして手当(てあて)を貰(もら)つて日(ひ)を暮(くら)してさへ居(を)れば安全(あんぜん)ぢやないか』
075イール『それだと云(い)つて、076足掛(あしか)け三(さん)年(ねん)も何(なん)の手掛(てがか)りも得(え)ず、077手当(てあて)ばかり貰(もら)つて居(を)るのは、078何(なん)とはなしに気(き)の毒(どく)のやうな気(き)になつて来(く)る。079つひには無能(むのう)呼(よ)ばはりをされて免職(めんしよく)の憂目(うきめ)に会(あ)ふかも知(し)れないぞ。080さうなつたら俺(おれ)達(たち)ばかりの難儀(なんぎ)ぢやない。081妻子(さいし)眷族(けんぞく)迄(まで)が忽(たちま)ち路頭(ろとう)に迷(まよ)はねばならぬ破目(はめ)に陥(おちい)るから、082第一(だいいち)それが恐(おそ)ろしいぢやないか。083大黒主(おほくろぬし)の大教主(だいけうしゆ)に次(つ)いでの鬼熊別(おにくまわけ)様(さま)が、084あの勢(いきほ)ひであり乍(なが)ら、085肝腎(かんじん)の奥様(おくさま)や娘(むすめ)が行(ゆ)きは[※「行きは」は「行き端」(行方、行く先の意)のことか?]が知(し)れず、086と云(い)うてあゝ云(い)ふ気(き)の固(かた)いお方(かた)だから、087大黒主(おほくろぬし)の様(やう)に大切(たいせつ)な奥様(おくさま)を放(はう)り出(だ)して、088綺麗(きれい)な女(をんな)を本妻(ほんさい)にしたり、089妾(てかけ)を沢山(たくさん)置(お)いて、090ひそかに戯(たはむ)れるといふやうな不始末(ふしまつ)なことはなさらぬのだから、091実際(じつさい)聞(き)いても気(き)の毒(どく)なものだ。092吾々(われわれ)は信者(しんじや)で居(ゐ)乍(なが)ら、093結構(けつこう)な手当(てあて)を鬼熊別(おにくまわけ)様(さま)から頂(いただ)いて居(ゐ)るのだから、094早(はや)くお尋(たづ)ね致(いた)して、095夫婦(ふうふ)和合(わがふ)して御(ご)神業(しんげふ)に参加(さんか)なさるやうにして上(あ)げねばなろまいぞ』
096ハム『鬼熊別(おにくまわけ)様(さま)は信仰(しんかう)の強(つよ)い神(かみ)様(さま)だから、097何事(なにごと)も一切(いつさい)を惟神(かむながら)にお任(まか)せ遊(あそ)ばし、098妻子(さいし)のことなどはチツとも気(き)にかけてゐられない。099只(ただ)神(かみ)様(さま)にお任(まか)せしておけば良(よ)いのだと日夜(にちや)品行(ひんかう)を慎(つつし)むで、100信仰(しんかう)三昧(ざんまい)に入(い)り、101吾々(われわれ)に誠(まこと)の手本(てほん)をお見(み)せ下(くだ)さる救世主(きうせいしゆ)のやうな方(かた)だが、102此(この)頃(ごろ)は大将(たいしやう)の大黒主(おほくろぬし)様(さま)の嫌疑(けんぎ)がかかつて大変(たいへん)な御(ご)迷惑(めいわく)、103ハルナの城(しろ)へは御(ご)出仕(しゆつし)も欠勤(けつきん)勝(がち)だといふことだ』
104イール『大(おほ)きな声(こゑ)では言(い)はれぬが、105俺(おれ)達(たち)は大黒主(おほくろぬし)のやうな放埒(はうらつ)不羈(ふき)の方(かた)を教主(けうしゆ)と仰(あふ)ぐよりも、106鬼熊別(おにくまわけ)様(さま)の吾(わが)主人(しゆじん)を教主(けうしゆ)と仰(あふ)ぐ方(はう)が余程(よほど)心持(こころもち)が良(よ)いワ。107お二人(ふたり)の人気(にんき)といふものは大変(たいへん)な相違(さうゐ)ぢや。108なぜあれ程(ほど)に人気(にんき)の悪(わる)い大黒主(おほくろぬし)が羽振(はぶり)を利(き)かしてゐるのだらうかなア』
109ハム『何(なん)と云(い)つても、110勢力(せいりよく)に圧倒(あつたふ)さるる世(よ)の中(なか)だから、111仕方(しかた)がない。112誠(まこと)一(ひと)つの教(をしへ)を伝(つた)ふるバラモン教(けう)の本城(ほんじやう)でさへも、113勢力(せいりよく)といふ奴(やつ)には如何(どう)しても勝(か)つことが出来(でき)ないと見(み)える。114鬼熊別(おにくまわけ)の奥様(おくさま)やお一人(ひとり)のお娘子(むすめご)の小糸姫(こいとひめ)様(さま)が三五教(あななひけう)へ降服(かうふく)されたといふことが、115大黒主(おほくろぬし)の大将(たいしやう)の耳(みみ)に入(い)り、116それから大黒主(おほくろぬし)が鬼熊別(おにくまわけ)に対(たい)して猜疑(さいぎ)の眼(まなこ)を光(ひか)らし、117妻子(さいし)の行方(ゆくへ)を捜(さが)し出(だ)して、118それをバラモン教(けう)に心(こころ)の底(そこ)から帰順(きじゆん)せしめなければならぬ。119さうでなければ二心(ふたごころ)に定(きま)つてゐると、120気(き)の毒(どく)にも無理(むり)難題(なんだい)を仰(あふ)せられるのだから、121俺(おれ)達(たち)の大将(たいしやう)様(さま)も本当(ほんたう)に御(ご)迷惑(めいわく)千万(せんばん)な事(こと)だ。122云(い)ふに云(い)はれぬ御(お)苦(くるし)みだらう』
123レーブ『オイあすこに何(なん)だか人影(ひとかげ)が見(み)えるぢやないか。124ソロソロ此方(こちら)へ近寄(ちかよ)つて来(く)るやうだ。125暫(しばら)く沈黙(ちんもく)して此(この)林(はやし)の中(なか)に隠(かく)れる事(こと)としようかい。126彼奴(あいつ)は三五教(あななひけう)の奴(やつ)かも知(し)れぬぞ』
127タール『あのスタイルから見(み)ると、128巡礼(じゆんれい)のやうだが、129どうやら女(をんな)らしい』
130ハム『若(も)しもあれが女(をんな)であつたら、131イヤ婆(ばば)アであつたら、132誰(たれ)でも構(かま)はぬからフン縛(じば)つて印度(ツキ)の国(くに)まで連(つ)れ帰(かへ)り、133吾々(われわれ)が安閑(あんかん)として手当(てあて)を頂(いただ)いて遊(あそ)んでゐるのぢやないといふことを見(み)せようぢやないか。134さうなとせなくては申訳(まをしわけ)がないからな』
135イール『はるばると偽物(にせもの)を連(つ)れ帰(かへ)つたところで、136肝腎(かんじん)の鬼熊別(おにくまわけ)様(さま)が一目(ひとめ)御覧(ごらん)になつたらすぐに分(わか)るぢやないか。137「貴様(きさま)は余程(よほど)バカな奴(やつ)だ」とお目玉(めだま)を頂戴(ちやうだい)するだけのことだ、138そんな偽者(にせもの)を伴(つ)れて帰(かへ)つた所(ところ)で、139骨折損(ほねをりぞん)の疲労(くたび)れまうけだ、140分(わか)らぬ代物(しろもの)は相手(あひて)にならぬ方(はう)が安全(あんぜん)でいいぞ』
141ハム『素(もと)より吾々(われわれ)は身分(みぶん)の賤(いや)しき者(もの)で、142蜈蚣姫(むかでひめ)様(さま)や小糸姫(こいとひめ)様(さま)のお顔(かほ)を知(し)らないのだから婆(ばば)アや娘(むすめ)を見(み)つけたら、143これに違(ちがひ)ないと思(おも)ひましたと云(い)つて伴(つ)れ帰(かへ)りさへすれば、144仮令(たとへ)違(ちが)つた所(ところ)で温厚(をんこう)篤実(とくじつ)な鬼熊別(おにくまわけ)様(さま)は、145ソラさうだらう、146見違(みちが)へるも無理(むり)はない。147こんな簡単(かんたん)な人相書(にんさうがき)だから……そして大変(たいへん)に年(とし)が老(よ)つて人相(にんさう)も変(かは)つてるだらうからと仰有(おつしや)つて、148見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し、149反対(あべこべ)にお褒(ほ)めの言葉(ことば)を頂(いただ)いて、150又(また)此(この)役(やく)を永(なが)らく任(にん)じて貰(もら)ふやうになるかも知(し)れないぞ。151兎(と)も角(かく)熱心振(ねつしんぶり)をあらはさねば吾々(われわれ)の役(やく)がすむまい。152イヤ責任(せきにん)が果(はた)せないからなア』
153レーブ『オイオイ其処(そこ)へ近付(ちかづ)いて来(き)たぞ。154サア隠(かく)れた隠(かく)れた』
155と云(い)ひ乍(なが)ら、156道端(みちばた)の灌木(くわんぼく)の茂(しげ)みに姿(すがた)を隠(かく)して了(しま)つた。
157 親子(おやこ)二人(ふたり)の巡礼(じゆんれい)は、158五(ご)人(にん)が此処(ここ)に潜(ひそ)むとは知(し)らず、159風景(ふうけい)の佳(よ)き谷川(たにがは)を眺(なが)め乍(なが)ら、160ツト立止(たちど)まり、
161清照姫(きよてるひめ)『お母(か)アさま、162河鹿(かじか)峠(たうげ)は天下(てんか)の絶景(ぜつけい)だと聞(き)きましたが、163本当(ほんたう)に勇壮(ゆうさう)な谷川(たにがは)の流(ながれ)、164錦(にしき)の様(やう)な山(やま)の色(いろ)、165秋(あき)は殊更(ことさら)美(うつく)しく、166丸(まる)でお母(か)アさまの名(な)の様(やう)な黄金色(わうごんしよく)で、167天国(てんごく)を旅行(りよかう)してゐるやうな気(き)になりましたなア。168斎苑(いそ)の御(お)館(やかた)も随分(ずゐぶん)結構(けつこう)な所(ところ)ですが、169此(この)風景(ふうけい)に比(くら)ぶれば側(そば)へもよれませぬよ』
170黄金姫(わうごんひめ)『本当(ほんたう)に美(うつく)しい景色(けしき)だ。171春(はる)は花(はな)が咲(さ)き、172鳥(とり)は歌(うた)ひ青芽(あをめ)はふき、173そこら中(ぢう)が何(なん)とはなしにみづみづしうて、174一層(いつそう)眺(なが)めが宜(よろ)しからうが、175秋(あき)の眺(なが)めも亦(また)格別(かくべつ)なものだ。176併(しか)し乍(なが)らかうして秋(あき)の錦(にしき)を見(み)てゐる内(うち)に、177又(また)もや冷(つめた)い凩(こがらし)が吹(ふ)いて、178何(ど)の木(き)も此(この)木(き)も常磐木(ときはぎ)を除(のぞ)く外(ほか)は、179羽衣(はごろも)を脱(ぬ)いだ枯木(かれき)のやうになつて了(しま)ふのだから、180人生(じんせい)といふものは実(じつ)に果敢(はか)ないものだ。181私(わたし)も追々(おひおひ)と年(とし)が老(よ)つて、182どうやら羽衣(はごろも)を脱(ぬ)いだ木(き)の様(やう)に、183何(なん)ともなしに心淋(こころさび)しくなりました。184お前(まへ)はまだ鶯(うぐひす)の花(はな)の蕾(つぼみ)、185早(はや)く良(よ)い夫(をつと)を持(も)たせて私(わたし)も早(はや)う安心(あんしん)したいものだが、186まだ神(かみ)様(さま)の御(お)許(ゆる)しがないと見(み)えます。187今度(こんど)の使命(しめい)を果(はた)して、188早(はや)くよい夫(をつと)を持(も)たせ、189楽(たの)しい家庭(かてい)を作(つく)り、190私(わたし)も亦(また)夫(をつと)に巡(めぐ)り合(あ)うて、191夫婦(ふうふ)同(おな)じ道(みち)で暮(くら)したいものだ。192何(な)んとした私(わたし)も因果(いんぐわ)な者(もの)だらう。193現在(げんざい)夫(をつと)はありながら、194信仰(しんかう)が違(ちが)ふために、195今(いま)は夫(をつと)の所在(ありか)は分(わか)つて居(を)つても名乗(なの)つて行(ゆ)く訳(わけ)にもゆかず、196若(わか)い時(とき)は何(なん)とも思(おも)はなかつたが、197斯(か)う年(とし)が老(よ)ると、198夫(をつと)のことが思(おも)ひ出(だ)さるる』
199と声(こゑ)を曇(くも)らせ、200涙(なみだ)ぐんで語(かた)る。201清照姫(きよてるひめ)は、
202清照姫『お母(か)アさま、203御(ご)心配(しんぱい)なされますな。204私(わたし)はまだまだ年(とし)が若(わか)い身(み)の上(うへ)、205さう慌(あわ)てて夫(をつと)を持(も)つにも及(およ)びますまい。206併(しか)し乍(なが)ら広大(くわうだい)無辺(むへん)の神(かみ)様(さま)の御(お)恵(めぐみ)に依(よ)つて、207キツと御(ご)両親(りやうしん)様(さま)が御(ご)面会(めんくわい)遊(あそ)ばし、208同(おな)じ三五(あななひ)の道(みち)にお仕(つか)へ遊(あそ)ばすやうになりませう』
209 斯(か)く話(はな)す折(をり)しも、210ガサガサガサと木(き)を揺(ゆす)つて、211現(あら)はれ出(い)でた五(ご)人(にん)の男(をとこ)、212細(ほそ)き山腹(さんぷく)の路(みち)に立(たち)はだかり、
213ハム『お前(まへ)は今(いま)聞(き)いて居(を)れば、214何(なん)でも神(かみ)の道(みち)を開(ひら)きに歩(ある)いてゐる者(もの)らしいが、215一体(いつたい)何処(どこ)の者(もの)だ。216そして姓名(せいめい)は何(なん)といふか』
217と居丈高(ゐたけだか)に肱(ひぢ)をはつて、218頭押(あたまお)さへに問(と)ひかける。
219黄金姫(わうごんひめ)『私(わたし)は……お前(まへ)も最前(さいぜん)性(しやう)の悪(わる)い、220ここで隠(かく)れて聞(き)いただろが、221此(この)世(よ)を黄金(わうごん)世界(せかい)に立直(たてなほ)す黄金姫(わうごんひめ)といふ者(もの)だ。222何(なん)だかエライ権幕(けんまく)で私(わたし)の姓名(せいめい)を尋(たづ)ねるに付(つ)いては仔細(しさい)があらう』
223ハム『あらいでか、224貴様(きさま)は黄金姫(わうごんひめ)と吐(ぬか)すからは、225聖地(せいち)エルサレムの奴(やつ)だらう、226黄金山(わうごんざん)の下(した)にあつて三五教(あななひけう)を開(ひら)いて居(を)つた、227埴安姫(はにやすひめ)だな。228オイ皆(みな)の者(もの)、229最前(さいぜん)もいふ通(とほ)り、230俺(おれ)達(たち)も御(おん)大将(たいしやう)に土産(みやげ)がないから、231此奴(こいつ)を一(ひと)つふん縛(じば)つて、232はるばるとフサの海(うみ)迄(まで)かつぎ出(だ)し、233御(お)館(やかた)へ伴(つ)れ帰(かへ)ることにしようぢやないか』
234一同(いちどう)『ヨシ、235併(しか)しモ少(すこ)し様子(やうす)を探(さぐ)つてからにしたら如何(どう)だ。236もしもレコだつたら大変(たいへん)だぞ』
237と稍(やや)躊躇(ちうちよ)して居(ゐ)る。238黄金姫(わうごんひめ)は、
239黄金姫『ホヽヽヽヽお前(まへ)は山賊(さんぞく)ぢやないか。240大方(おほかた)此(この)辺(へん)に岩窟(いはや)があるのだらう。241同(おな)じ人間(にんげん)に生(うま)れ乍(なが)ら、242往来(ゆきき)の旅人(たびびと)をおどかして渡世(とせい)をするとは実(じつ)に憐(あは)れな者(もの)だ。243私(わたし)は三五教(あななひけう)の信者(しんじや)だが、244一(ひと)つ話(はなし)をしてあげるから、245トツクリとそこで聞(き)きなさい』
246ハム『オイ皆(みな)の奴(やつ)、247此奴(こいつ)ア中々(なかなか)手(て)ごわい奴(やつ)だ、248レコではないと云(い)ふことは今(いま)の言葉(ことば)で判然(はんぜん)した。249サアかかれ、250一(ひ)イ二(ふ)ウ三(みい)ツ』
251と号令(がうれい)をする。252清照姫(きよてるひめ)は笠(かさ)を被(かぶ)つたまま、
253清照姫『コレ耄碌(まうろく)サン、254女(をんな)ばかりと侮(あなど)つて、255いらぬチヨツカイを出(だ)すと、256キツイ目(め)に会(あ)はされますよ。257此(この)物騒(ぶつそう)な山坂(やまさか)を僅(わづ)かに二人(ふたり)の女(をんな)で通(とほ)る位(くらゐ)だから、258腕(うで)に覚(おぼえ)がなくては叶(かな)はぬこと、259美事(みごと)相手(あひて)になるなら、260なつて見(み)たがよからう』
261ハム『コリヤ失敬(しつけい)千万(せんばん)な、262俺(おれ)達(たち)を泥棒(どろばう)とは何(なん)だ。263汝(きさま)こそ太(ふて)え奴(やつ)だ、264泥棒(どろばう)の親方(おやかた)だらう。265何程(なにほど)親分(おやぶん)でも駄目(だめ)だぞ。266こちらは屈強(くつきやう)盛(ざか)りの男(をとこ)が五(ご)人(にん)、267そちらは老耄婆(おいぼればば)アに小娘(こむすめ)、268そんな負惜(まけをし)みを吐(ぬか)すより、269神妙(しんめう)に俺(おれ)達(たち)の言(い)ふやうにしたらどうだ。270騒(さわ)ぎさへせねば別(べつ)にひつ括(くく)りもせず、271よい所(ところ)へ連(つ)れて行(い)つてやる、272返答(へんたふ)はどうだ』
273と睨(ね)めつける。274黄金姫(わうごんひめ)は泰然(たいぜん)自若(じじやく)として、
275黄金姫『オツホヽヽヽ蚊(か)トンボのやうな腕(うで)を振(ふり)まはして何(なに)寝言(ねごと)をいつてるのだ。276斑鳩(いかるが)が笑(わら)つてゐるぞや。277サア清照姫(きよてるひめ)、278こんな胡麻(ごま)の蠅(はへ)みたやうな奴(やつ)に相手(あひて)になつてる暇(ひま)がない、279度(ど)し難(がた)き代物(しろもの)だ。280それよりも早(はや)く、281霊(れい)に飢(う)ゑ渇(かは)いた神(かみ)の御子(みこ)を一人(ひとり)でも救(すく)ひつつ目的地(もくてきち)へ参(まゐ)りませう』
282と娘(むすめ)を促(うなが)し、283通(とほ)り過(す)ぎようとするのを、284ハムは、
285ハム『サアかかれツ』
286と命令(めいれい)をする。287両方(りやうはう)から両人(りやうにん)目(め)がけて、288武者(むしや)振(ぶ)りつくのを『エー面倒(めんだう)』とハム、289イールの両人(りやうにん)を黄金姫(わうごんひめ)は苦(く)もなく谷底(たにぞこ)へ投(な)げ込(こ)んで了(しま)つた。290ヨセフは清照姫(きよてるひめ)の細腕(ほそうで)に首筋(くびすぢ)をグツと握(にぎ)られ、291これ又(また)眼下(がんか)の青淵(あをふち)へ目(め)がけて、292空中(くうちう)を三四回(さんしくわい)、293回転(くわいてん)し乍(なが)らザンブとばかりに落込(おちこ)んだ。
294 之(これ)を眺(なが)めたレーブ、295タールの両人(りやうにん)は一目散(いちもくさん)にかけ出(だ)し、296三(さん)人(にん)が投(な)げ込(こ)まれた谷川(たにがは)に辿(たど)りつき、297三(さん)人(にん)を救(すく)はむと焦(あせ)れ共(ども)、298板(いた)を立(た)てたる如(ごと)き大岩壁(だいがんぺき)、299近(ちか)よることも出来(でき)ず、300十町(じつちやう)ばかり下手(しもて)へ逃(に)げ行(ゆ)き、301漸(やうや)くにして蔓(つる)などにつかまつて谷川(たにがは)に下(お)り、302流(なが)れを伝(つた)うて、303三(さん)人(にん)が落込(おちこ)んだ青淵(あをふち)を尋(たづ)ねて上(のぼ)つて行(ゆ)く。
304 黄金姫(わうごんひめ)、305清照姫(きよてるひめ)は委細(ゐさい)構(かま)はず、306宣伝歌(せんでんか)を歌(うた)ひ乍(なが)ら、307倉皇(さうくわう)として峠(たうげ)を東南(とうなん)へ下(くだ)り行(ゆ)く。
308(大正一一・一〇・二二 旧九・三 松村真澄録)
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