霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 人(ひと)の心(こころ)〔一〇七〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第39巻 舎身活躍 寅の巻 篇:第2篇 黄金清照 よみ(新仮名遣い):おうごんせいしょう
章:第5章 人の心 よみ(新仮名遣い):ひとのこころ 通し章番号:1070
口述日:1922(大正11)年10月22日(旧09月3日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年5月5日
概要: 舞台:河鹿峠 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
レーブとタールは急な谷川になかなか降りられず、十町ばかり下手の浅瀬に下りて、そこからようやく五六丁ばかり上って三人(ハム、イール、ヨセフ)を探した。
二人は女の身ながら恐ろしい巡礼だと警戒を新たにしながら、三人を捜索した。見れば、三人とも川岸の真砂の上に体をうずめて横たわっていた。そしてヨセフとイールを介抱し始めた。
大将格のハムは普段からよほど部下に嫌われていると見えて、レーブとタールは悪口をたらたら言いながら、一向に助けようとしない。ハムは自分でウンウンウンと唸りだした。
ハムは起き上がり、レーブとタールが自分の悪口を言って助けようとしないのを一部始終聞いていたのだと二人を叱りつけた。レーブとタールは驚いて、介抱していたイールとヨセフをその場に置いて逃げてしまった。
ハムは残されたイールとヨセフを蘇生させようと介抱したが、両人は目を覚まさない。そこへ宣伝歌が聞こえてきた。ハムは三五教の宣伝使が歌う、バラモン教調伏の宣伝歌を聞いて肝をつぶし、イールとヨセフを置いてこれまた逃げてしまった。
ハムが血を流しながら逃げる姿を谷道から眺めた照公は、照国別に谷川で何やら事件が起きたらしいことを告げた。照国別は谷底を眺めて様子を探るすべを考えている。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-12-18 19:33:21 文字数:3746 OBC :rm3905
愛善世界社版:67頁 八幡書店版:第7輯 303頁 修補版: 校定版:69頁 普及版:26頁 初版: ページ備考:
001 レーブ、002タールの両人(りやうにん)は三(さん)人(にん)の同役(どうやく)が二人(ふたり)の女(をんな)に脆(もろ)くも谷底(たにぞこ)に、003とつて放(ほ)られたるに肝(きも)を潰(つぶ)し、004十町(じつちやう)ばかり逃(に)げのび、005そこより漸(やうや)くにして谷川(たにがは)に下(くだ)り三(さん)人(にん)を救(すく)ふべく岩(いは)を飛(と)び越(こ)え浅瀬(あさせ)を渡(わた)り、006漸(やうや)くにして五六丁(ごろくちやう)ばかり上(のぼ)りつめた。
007レーブ『オイ、008タール、009ひどい奴(やつ)が現(あら)はれたものぢやないか。010ハムの大将(たいしやう)、011女(をんな)子供(こども)と侮(あなど)つて、012思(おも)はぬ不覚(ふかく)をとりよつて……あの態(ざま)……俺(おれ)や女(をんな)の天狗(てんぐ)かと思(おも)つたよ』
013タール『随分(ずゐぶん)肝玉(きもだま)の太(ふと)い巡礼(じゆんれい)ぢやないか。014あの口(くち)のきき様(やう)と云(い)ひ、015武術(ぶじゆつ)の鍛錬(たんれん)してる事(こと)と云(い)ひ、016こりや一通(ひととほ)りの女(をんな)ぢやあるまいぞ。017天狗(てんぐ)ぢやあるまいけど聞(き)けば三五教(あななひけう)の信者(しんじや)と云(い)つて居(を)つたから、018是(これ)から女(をんな)に出会(であ)つても軽々(かるがる)しく相手(あひて)にはなれないぞ。019然(しか)し三(さん)人(にん)の奴(やつ)はうまく助(たす)かつて居(ゐ)るだらうかな。020俺(おれ)はそれ計(ばか)りが案(あん)じられて仕方(しかた)がないわ』
021レーブ『落(お)ちた処(ところ)で直様(すぐさま)、022谷川(たにがは)へ顛落(てんらく)して頭(あたま)を打(う)つと云(い)ふ事(こと)もあるまい。023これだけ谷(たに)を塞(ふさ)ぐ位(くらゐ)木(き)が茂(しげ)つてるのだから、024何(いづ)れ途中(とちう)で木(き)にかかつて居(ゐ)る者(もの)もあらうし、025三(さん)人(にん)が三(さん)人(にん)迄(まで)谷川(たにがは)に落(お)ちて死(し)んでゐるやうな事(こと)もあるまい。026然(しか)しハムの大将(たいしやう)、027ありや屹度(きつと)神罰(しんばつ)が当(あた)つたに違(ちが)ひないぞ。028不断(ふだん)からの心掛(こころがけ)が悪(わる)いからな。029もしまだ虫(むし)の息(いき)でもあつたら助(たす)けちやならないぞ。030イール、031ヨセフの二人(ふたり)を前(さき)に助(たす)けて彼奴(あいつ)ア、032後(あと)まはしにして放(ほ)つといてやらうかい』
033タール『さうだなあ、034それでも宜(い)いわ。035然(しか)しあの女(をんな)は随分(ずゐぶん)素敵(すてき)な者(もの)だつたな。036あんなナイスを女房(にようばう)にもつたら男子(だんし)としては中々(なかなか)の光栄(くわうえい)だぜ』
037レーブ『そんな陽気(やうき)な事(こと)を云(い)うてる場合(ばあひ)ぢやあるまい。038サア早(はや)く三(さん)人(にん)の所在(ありか)を探(さが)して何(なん)とかせなくてはなるまい。039愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して、040こんな谷底(たにぞこ)で日(ひ)を暮(くら)したら、041それこそ大変(たいへん)だ。042獅子(しし)、043狼(おほかみ)や大蛇(をろち)の餌食(ゑじき)にしられて了(しま)ふぞ。044サア行(い)かう』
045と先(さき)に立(た)つて、046いろいろと工夫(くふう)し乍(なが)ら谷川(たにがは)を伝(つた)ひ上(のぼ)り行(ゆ)く。
047 二人(ふたり)は漸(やうや)くにして三(さん)人(にん)の投(な)げ込(こ)まれた谷底(たにぞこ)へ辿(たど)りつき、048四辺(あたり)を見渡(みわた)せば不思議(ふしぎ)にも岩(いは)と岩(いは)との間(あひだ)の真砂(まさご)の上(うへ)に半分(はんぶん)ばかりグサと体(からだ)を埋(うづ)めて横(よこ)たはつて居(ゐ)る。
049レーブ『何(なん)と不思議(ふしぎ)な投(な)げられやうぢやないか。050これだけ沢山(たくさん)な岩石(がんせき)があるのに三(さん)人(にん)が三(さん)人(にん)とも都合(つがふ)よく真錦(まわた)の様(やう)な真砂(すな)の中(なか)にグツと投(な)げ込(こ)まれ、051安閑(あんかん)と眠(ねむ)つて居(ゐ)やがる、052投(な)げられるものも中々(なかなか)気(き)が利(き)いて居(を)るが投(な)げたものも中々(なかなか)気(き)が利(き)いて居(ゐ)るなあ』
053タール『オイ、054そんな事(こと)ア、055後(あと)でゆつくり話(はな)す事(こと)にして早(はや)く水(みづ)でも与(あた)へて呼(よ)び生(い)かさぬ事(こと)にやサツパリ駄目(だめ)だぞ。056然(しか)し約束(やくそく)の通(とほ)りハムだけは助(たす)けぬ事(こと)にしようかな。057一層(いつそう)の事(こと)、058今(いま)の内(うち)に川(かは)に投(な)げ込(こ)んで此(この)儘(まま)水葬(すゐさう)してやつたら面倒(めんだう)が残(のこ)らなくて宜(い)いぞ』
059レーブ『まづ俺(おれ)はヨセフを介抱(かいほう)するからお前(まへ)はイールの方(はう)を介抱(かいほう)してやれ。060魂返(たまがへ)しで遠(とほ)く肉体(にくたい)を離(はな)れた霊魂(れいこん)を元(もと)の肉体(にくたい)へヨセフと云(い)ふ段取(だんどり)だ。061タールお前(まへ)は一旦(いつたん)出(で)た魂(たましひ)を元(もと)の体(からだ)へ易々(やすやす)とイール様(やう)にするのだぞ。062ハムは谷川(たにがは)へ流(なが)して置(お)けば、063うまく、064くたばり大(おほ)きな魚(うを)が出(で)て来(き)て頭(あたま)からハムだらう。065アハヽヽヽヽ』
066と云(い)ひ乍(なが)ら、067二人(ふたり)はヨセフ、068イールを捉(とら)へて人工(じんこう)呼吸(こきふ)を施(ほどこ)してゐる。069一時(いつとき)ばかり経(た)つて漸(やうや)くフウフウと息(いき)を吹(ふ)き出(だ)しウーンと云(い)ひかけた。
070レーブ『サア、071しめた。072もう二人(ふたり)は大丈夫(だいぢやうぶ)だ。073ハムの奴(やつ)、074態(ざま)ア見(み)やがれ。075此奴(こいつ)ア後(あと)まはし処(どころ)か、076日頃(ひごろ)の行(おこな)ひが悪(わる)く憎(にく)まれてゐるものだから、077斯(か)う云(い)ふ時(とき)には誰(たれ)も助(たす)け手(て)がない。078神(かみ)さまだつて素知(そし)らぬ顔(かほ)して厶(ござ)るからな。079人間(にんげん)と云(い)ふものは憎(にく)まれぬ様(やう)にせなくてはいかぬぞ。080人(ひと)は一人(ひとり)で立(た)つ事(こと)は出来(でき)ぬものだ。081持(も)ちつ持(も)たれつ、082お互(たがひ)に助(たす)け合(あ)うて渡(わた)る世(よ)の中(なか)だ。083渡(わた)る浮世(うきよ)に鬼(おに)はないと云(い)ふが、084此(この)ハムは俺(おれ)達(たち)同僚(どうれう)にでも憎(にく)まれて居(ゐ)やがるから、085此奴(こいつ)ア本当(ほんたう)の人鬼(ひとおに)だ。086鬼(おに)が冥土(めいど)に行(い)つて鬼(おに)に苛責(さいな)まれるのも面白(おもしろ)からう。087ウフヽヽヽ』
088 ハムはウンウンウンと呻(うな)り出(だ)した。
089レーブ『ヤア、090此奴(こいつ)は放(ほ)ツといても勝手(かつて)に生(い)き返(かへ)るぞ。091憎(にく)まれ子(ご)は世(よ)に覇張(はば)る……と云(い)つて悪運(あくうん)の強(つよ)い奴(やつ)ぢやな。092今(いま)の中(うち)に放(ほ)り込(こ)め放(ほ)り込(こ)め。093さうせにや俺(おれ)達(たち)の頭(あたま)の上(あが)る時節(じせつ)がないワ』
094タール『そんな者(もの)にかかつて居(を)つたら、095此処迄(ここまで)折角(せつかく)人工(じんこう)呼吸(こきふ)したものが中途(ちうと)に駄目(だめ)になつて了(しま)ふワイ』
096レーブ『それもさうだ。097俺(おれ)達(たち)二人(ふたり)は今(いま)此(この)手(て)を止(や)める訳(わけ)にも行(ゆ)かず、098さうだと云(い)つて放(ほ)つて置(お)けばハムの奴(やつ)、099だんだん生(い)き返(かへ)るなり、100も一人(ひとり)、101連(つ)れが欲(ほ)しうなつた。102これだから人間(にんげん)は共同(きようどう)生活(せいくわつ)の動物(どうぶつ)と云(い)ふのだ』
103 ハムはウン ウン ウンと大(おほ)きく呻(うな)り、
104ハム『レヽヽヽレーブ、105タヽヽヽタール、106其(その)様(やう)な無礼(ぶれい)な事(こと)を吐(ぬか)すと罰(ばつ)があタールぞよ。107ウフヽヽヽヽ』
108レーブ『ヤア、109此奴(こいつ)ア大変(たいへん)だ。110生(い)き返(かへ)りやがつたな。111オイ、112タール、113早(はや)く埒(らち)をつけぬと取返(とりかへ)しのつかぬ事(こと)が出来(でき)るぞ』
114タール『ウン』
115ハム『コラコラ、116其(その)手(て)をゆるめたが最後(さいご)二人(ふたり)の生命(いのち)は助(たす)からないぞ。117貴様(きさま)の最前(さいぜん)からの話(はなし)は一伍(いちぶ)一什(しじふ)残(のこ)らず聞(き)いて居(ゐ)たのだ。118憎(にく)まれ子(ご)のハムが、119も一(ひと)つ覇張(はば)つてやらうか、120レーブ、121タールの小童子(こわつぱ)共(ども)、122ハムさまが一(ひと)つ水葬(すゐさう)をしてやるから、123さう思(おも)へ。124イヒヽヽヽ』
125 レーブ、126タールは吃驚(びつくり)して、
127レーブ、タール『ヤア、128此奴(こいつ)ア大変(たいへん)だ』
129と一目散(いちもくさん)に二人(ふたり)を其(その)場(ば)に捨(す)てて谷川(たにがは)を伝(つた)ひ伝(つた)ひ逃(に)げ出(だ)す。130ハムはムツクと起(お)き上(あが)り、
131ハム『アツハヽヽヽ人間(にんげん)の心(こころ)と云(い)ふものは分(わか)らぬものだ。132レーブ、133タールの二人(ふたり)の奴(やつ)、134俺(おれ)が死(し)んだと思(おも)ひやがつて、135口(くち)を極(きは)めて嘲弄(てうろう)し、136助(たす)けよまいとして相談(さうだん)してゐやがつたが、137天罰(てんばつ)と云(い)ふものは恐(おそ)ろしいものだ。138何(なに)は兎(と)もあれ、139イール、140ヨセフの両人(りやうにん)を助(たす)けてやらねばなるまい』
141と云(い)ひ乍(なが)ら谷水(たにみづ)を掬(すく)ひ口(くち)に含(ふく)ませ、142一生(いつしやう)懸命(けんめい)に介抱(かいほう)して居(ゐ)る。143けれども両人(りやうにん)は容易(ようい)に息(いき)を吹(ふ)き返(かへ)しさうにもない。
144 斯(か)かる処(ところ)へ谷(たに)の木谺(こだま)を響(ひび)かして宣伝歌(せんでんか)が聞(きこ)えて来(き)た。
145(照国別)『神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
146善神(ぜんしん)邪神(じやしん)を立(た)て別(わ)ける
147此(この)世(よ)を造(つく)りし神直日(かむなほひ)
148心(こころ)も広(ひろ)き大直日(おほなほひ)
149直日(なほひ)に見直(みなほ)し聞(き)き直(なほ)し
150天ケ下(あめがした)には鬼(おに)もなく
151醜女(しこめ)探女(さぐめ)もなき迄(まで)に
152言向和(ことむけやは)し治(をさ)め行(ゆ)く
153神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)の
154守(まも)らせ給(たま)ふ三五(あななひ)の
155神(かみ)の教(をしへ)の宣伝使(せんでんし)
156大黒主(おほくろぬし)に憑(かか)りたる
157八岐(やまた)大蛇(をろち)を言向(ことむ)けて
158誠(まこと)の道(みち)に救(すく)ひ上(あ)げ
159世界(せかい)に名高(なだか)き印度(ツキ)の国(くに)
160光(ひか)り輝(かがや)く天津(あまつ)日(ひ)の
161高天原(たかあまはら)の楽園(らくゑん)と
162立(た)て直(なほ)すべく出(い)でて行(ゆ)く
163われは照国別(てるくにわけ)宣使(せんし)
164鬼雲彦(おにくもひこ)や其(その)外(ほか)の
165猛(たけ)き魔神(まがみ)も言霊(ことたま)の
166伊吹(いぶき)に払(はら)ひ清(きよ)めなば
167如何(いか)に強者(つはもの)多(おほ)くとも
168朝日(あさひ)に露(つゆ)の消(き)ゆる如(ごと)
169悪魔(あくま)は忽(たちま)ち退散(たいさん)し
170心(こころ)の空(そら)を塞(ふさ)ぎたる
171村雲(むらくも)ここに吹(ふ)き散(ち)りて
172名詮(めいせん)自称(じしやう)の月(つき)の国(くに)
173月照彦(つきてるひこ)の御守(みまも)りと
174治(をさ)まり行(ゆ)くは目(ま)のあたり
175あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
176神(かみ)の御霊(みたま)を輝(かがや)かし
177三五教(あななひけう)の神力(しんりき)を
178天地(あめつち)四方(よも)に拡充(くわくじゆう)し
179天津(あまつ)御国(みくに)へ復(かへ)り言(ごと)
180白(まを)さむ事(こと)の楽(たの)しさよ
181朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
182月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
183仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも
184大黒主(おほくろぬし)は強(つよ)くとも
185七千(しちせん)余国(よこく)に蟠(わだか)まる
186魔神(まがみ)の数(かず)は多(おほ)くとも
187誠(まこと)一(ひと)つの三五(あななひ)の
188教(をしへ)に苦(く)もなく言向(ことむ)けて
189救(すく)ひ助(たす)くる天(てん)の道(みち)
190進(すす)めよ進(すす)めいざ進(すす)め
191照公(てるこう)梅公(うめこう)国公(くにこう)よ
192神(かみ)はわれ等(ら)と倶(とも)にあり
193仮令(たとへ)悪魔(あくま)の現(あら)はれて
194暴威(ばうゐ)を揮(ふる)ひ八千尋(やちひろ)の
195深(ふか)き谷間(たにま)に落(おと)すとも
196神(かみ)の守(まも)りのある限(かぎ)り
197如何(いか)でか魔神(まがみ)を恐(おそ)れむや
198死(し)すべき時(とき)の来(きた)りなば
199畳(たたみ)の上(うへ)に居(を)るとても
200必(かなら)ず死(まか)るものぞかし
201皇(すめ)大神(おほかみ)の御心(みこころ)に
202叶(かな)ひまつりし其(その)上(うへ)は
203一日(ひとひ)も長(なが)く世(よ)の為(た)めに
204召(め)し使(つか)はむと思召(おぼしめ)し
205水火(すゐくわ)の中(なか)を潜(くぐ)るとも
206必(かなら)ず救(すく)はせ給(たま)ふべし
207あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
208御霊(みたま)幸(さちは)ひましませよ。
209○
210河鹿(かじか)峠(たうげ)の此(この)景色(けしき)
211蒔絵(まきゑ)の如(ごと)く美(うる)はしく
212錦(にしき)織(お)りなす佐保姫(さほひめ)の
213袖(そで)ふりはへて吾(わが)顔(かほ)を
214撫(な)でさせ給(たま)ふ風(かぜ)の袖(そで)
215今(いま)吹(ふ)く風(かぜ)は神(かみ)の風(かぜ)
216悪魔(あくま)を払(はら)ふ神(かみ)の水火(いき)
217勢(いきほ)ひ強(つよ)き曲神(まがかみ)を
218吹(ふ)き払(はら)ひ行(ゆ)く嵐風(あらしかぜ)
219あゝ面白(おもしろ)し面白(おもしろ)し
220心(こころ)の駒(こま)に鞭韃(むちう)ちて
221一日(ひとひ)も早(はや)くフサの国(くに)
222月(つき)の国(くに)をば横断(わうだん)し
223枉(まが)の砦(とりで)を悉(ことごと)く
224言向和(ことむけやは)して月(つき)の国(くに)
225一大(いちだい)都会(とくわい)と聞(きこ)えたる
226ハルナの都(みやこ)に立(た)ち向(むか)ひ
227大黒主(おほくろぬし)を初(はじ)めとし
228鬼熊別(おにくまわけ)の醜司(しこづかさ)
229言向和(ことむけやは)さむ楽(たの)しさよ
230あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
231御霊(みたま)幸(さちは)ひましませよ』
232 此(この)声(こゑ)、233耳(みみ)に入(い)ると共(とも)に谷底(たにぞこ)に二人(ふたり)の介抱(かいほう)して居(ゐ)たハムは、234忽(たちま)ち顔色(がんしよく)を失(うしな)ひ、
235ハム『ヤア、236これや大変(たいへん)だ。237最前(さいぜん)の女(をんな)の身内(みうち)の奴(やつ)が応援(おうゑん)に来(き)よつたのだ。238愚図(ぐづ)々々(ぐづ)しては居(を)られない。239二人(ふたり)の生命(いのち)も大変(たいへん)だが俺(おれ)の生命(いのち)が肝腎(かんじん)だ』
240と云(い)ひ乍(なが)ら、241又(また)もや谷川(たにがは)を岩(いは)を飛(と)び越(こ)え浅瀬(あさせ)を渡(わた)り猿(ましら)の如(ごと)く渡(わた)つて行(ゆ)く。242山腹(さんぷく)の谷道(たにみち)から照公(てるこう)はフツと此(この)姿(すがた)を眺(なが)め、
243照公『モシ、244宣伝使(せんでんし)様(さま)、245此(この)谷底(たにぞこ)に妙(めう)な奴(やつ)が今(いま)走(はし)つて居(ゐ)ます。246あれ御覧(ごらん)なさい』
247と指(ゆびさ)す。248照国別(てるくにわけ)は、
249照国別『何(なに)、250人(ひと)が此(この)谷底(たにぞこ)に』
251と云(い)ひ乍(なが)ら、252よくよく見下(みおろ)せば顔(かほ)から血(ち)を垂(た)らし乍(なが)ら猿(ましら)の如(ごと)く一人(ひとり)の男(をとこ)が駆(か)け出(だ)すのが、253ありありと見(み)える。
254照公(てるこう)『モシ、255此(この)谷底(たにぞこ)に何(なに)か大惨劇(だいさんげき)が演(えん)ぜられて居(ゐ)るのぢやありますまいか。256合点(がつてん)の行(ゆ)かぬあの男(をとこ)の様子(やうす)、257一(ひと)つ谷底(たにぞこ)へ下(お)りて調(しら)べて見(み)ようぢやありませぬか』
258照国別(てるくにわけ)『ウン、259調(しら)べて見(み)ようかな』
260国公(くにこう)『オイ、261照公(てるこう)、262此(この)断岩(だんがん)絶壁(ぜつぺき)を如何(どう)して下(お)りる積(つも)りだ。263三間(さんげん)や五間(ごけん)の処(ところ)なら空中(くうちう)滑走(くわつそう)してでも着陸(ちやくりく)を無事(ぶじ)にする事(こと)が出来(でき)ようが、264斯(か)う深(ふか)い谷底(たにぞこ)では如何(いかん)ともする事(こと)が出来(でき)ぬぢやないか』
265照公(てるこう)『ウン、266さうだなあ。267然(しか)し彼処(あこ)まであの男(をとこ)も行(い)つたのだから、268何処(どこ)かに道(みち)があるだらう。269先(ま)づ宣伝使(せんでんし)様(さま)にお任(まか)せして、270調(しら)べよと仰有(おつしや)るなら調(しら)べるなり、271もう止(よ)せと云(い)はるれば止(よ)しにするのだ。272俺(おれ)達(たち)は宣伝使(せんでんし)様(さま)の命令(めいれい)通(どほ)りにして居(を)れば落度(おちど)はないからな』
273梅公(うめこう)『モシ宣伝使(せんでんし)様(さま)、274あまり深(ふか)い谷底(たにぞこ)でハツキリは分(わか)りませぬが、275如何(どう)やら二人(ふたり)の人(ひと)が殺(ころ)されてる様(やう)です。276大方(おほかた)今(いま)逃(に)げた奴(やつ)が殺(ころ)して逃(に)げたのでせう』
277と息(いき)を喘(はづ)まして谷底(たにそこ)を指(さ)す。278照国別(てるくにわけ)は谷底(たにそこ)を眺(なが)めて、
279照国別『如何(いか)にも怪(あや)しい。280何(なん)とかして様子(やうす)を探(さぐ)つて見(み)ようかな』
281(大正一一・一〇・二二 旧九・三 北村隆光録)
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