霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
×
設定
URL:
印刷用画面を開く [?]プリント専用のシンプルな画面が開きます。文章の途中から印刷したい場合は、文頭にしたい位置のアンカーをクリックしてから開いて下さい。[×閉じる]
話者名の追加表示 [?]セリフの前に話者名が記していない場合、誰がしゃべっているセリフなのか分からなくなってしまう場合があります。底本にはありませんが、話者名を追加して表示します。[×閉じる]
表示できる章
テキストのタイプ [?]ルビを表示させたまま文字列を選択してコピー&ペーストすると、ブラウザによってはルビも一緒にコピーされてしまい、ブログ等に引用するのに手間がかかります。そんな時には「コピー用のテキスト」に変更して下さい。ルビも脚注もない、ベタなテキストが表示され、きれいにコピーできます。[×閉じる]

文字サイズ
行間
ルビの表示


アンカーの表示 [?]本文中に挿入している3~4桁の数字がアンカーです。原則として句読点ごとに付けており、標準設定では本文の左端に表示させています。クリックするとその位置から表示されます(URLの#の後ろに付ける場合は数字の頭に「a」を付けて下さい)。長いテキストをスクロールさせながら読んでいると、どこまで読んだのか分からなくなってしまう時がありますが、読んでいる位置を知るための目安にして下さい。目障りな場合は「表示しない」設定にして下さい。[×閉じる]


宣伝歌 [?]宣伝歌など七五調の歌は、底本ではたいてい二段組でレイアウトされています。しかしブラウザで読む場合には、二段組だと読みづらいので、標準設定では一段組に変更して(ただし二段目は分かるように一文字下げて)表示しています。お好みよって二段組に変更して下さい。[×閉じる]
脚注[※]用語解説 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

脚注[*]編集用 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

外字の外周色 [?]一般のフォントに存在しない文字は専用の外字フォントを使用しています。目立つようにその文字の外周の色を変えます。[×閉じる]
現在のページには外字は使われていません

表示がおかしくなったらリロードしたり、クッキーを削除してみて下さい。

第三章 山出女(やまだしをんな)〔一七二七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第68巻 山河草木 未の巻 篇:第1篇 名花移植 よみ(新仮名遣い):めいかいしょく
章:第3章 山出女 よみ(新仮名遣い):やまだしおんな 通し章番号:1727
口述日:1925(大正14)年01月28日(旧01月5日) 口述場所:月光閣 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年9月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
馬鹿論:普通一般の定規で律することの出来ない馬鹿者にこそ、無限の妙味がある。小利口な人間の方が、日々目先の利を争い、自らの身を削り、かえって苦しんでいる。大才大智の者ほど、普段はその才を出さず「馬鹿者」と思われていても、いざというときに本能をあらわし、世間を驚かすものである。
さて、ハンナとタンヤはアリナが追跡していることも知らず、シャカンナの隠れ家にやってきた。シャカンナはすぐにハンナとタンヤの意図を見抜いて啖呵を切るが、多勢に無勢、タンヤとハンナに気絶させられてしまう。スバール姫も抵抗するが、ねじ伏せられてしまう。
後からやってきたアリナはスバールの悲鳴を聞いて走り来、二人の山賊を川へ放り投げてしまう。
アリナは、二人に都へ出ることを申し出る。シャカンナは辞退し、しばらく山にとどまることになるが、スバール姫はアリナに伴われて都へ上っていく。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-06-09 21:20:09 文字数:5892 OBC :rm6803
愛善世界社版:44頁 八幡書店版:第12輯 166頁 修補版: 校定版:44頁 普及版:69頁 初版: ページ備考:
派生[?]この文献を底本として書かれたと思われる文献です。[×閉じる]:出口王仁三郎著作集 > 第二巻 変革と平和 > 第三部 『霊界物語』の思想 > 衡平運動
001 世人(せじん)の相棒(あひぼう)にも使(つか)はれず、002何事(なにごと)にも茫然(ばうぜん)として無関心(むくわんしん)な馬鹿者(ばかもの)位(ぐらゐ)、003世(よ)の中(なか)に幸福(かうふく)にして且(かつ)強(つよ)いものはない。004そこに馬鹿者(ばかもの)の無限(むげん)の妙味(めうみ)が存在(そんざい)するのである。005馬鹿(ばか)は殆(ほとん)ど人間(にんげん)が不可抗力(ふかかうりよく)を備(そな)へた者(もの)の称号(しようがう)である。006素(もと)よりせせこましい、007齷齪(あくそく)たる普通(ふつう)一般(いつぱん)の規矩(きく)定木(ぢやうぎ)を以(もつ)て律(りつ)することの出来(でき)ない困(こま)り者(もの)である。008古往(こわう)今来(こんらい)洋(やう)の東西(とうざい)を問(と)はず、009如何(いか)なる医学(いがく)博士(はかせ)も耆婆(きば)扁鵲(へんじやく)も、010サツパリ匙(さぢ)を投(な)げて、011……アーア馬鹿(ばか)につける薬(くすり)がない……と歎息(たんそく)し、012豊臣(とよとみ)太閤(たいかふ)も、013馬鹿(ばか)と暗(やみ)の夜(よ)程(ほど)恐(おそ)ろしいものはないと云(い)つて、014恐怖心(きようふしん)に襲(おそ)はれ、015何(なに)程(ほど)厳格(げんかく)なる規則(きそく)の下(もと)におかれるも、016「彼奴(あいつ)は馬鹿(ばか)だから」との一言(いちごん)に無限(むげん)の責任(せきにん)を免除(めんぢよ)され、017いよいよ念(ねん)のいつた阿呆(あはう)になると、018白痴(はくち)瘋癲(ふうてん)と称号(しやうがう)を頂(いただ)いて、019犯罪(はんざい)も法律(はふりつ)も制裁(せいさい)を加(くは)へられず、020更(さら)に馬鹿(ばか)が重(かさ)なつて、021「馬鹿(ばか)々々(ばか)しい奴(やつ)」と笑(わら)はれた時(とき)は022人間(にんげん)の万事(ばんじ)一切(いつさい)の欠点(けつてん)を公々然(こうこうぜん)許(ゆる)され、023却(かへつ)て愛嬌者(あいけうもの)と持(も)て囃(はや)される。024又(また)馬鹿(ばか)を金看板(きんかんばん)に掲(かか)げて、025浮世(うきよ)の中(なか)をヤミクモに押(おし)渡(わた)る時(とき)は、026向(むか)ふ所(ところ)殆(ほと)んど敵影(てきえい)なく、027毫末(がうまつ)の心配(しんぱい)もいらぬ。028世(よ)の中(なか)の人間(にんげん)から小才子(こざいし)と呼(よ)ばれ、029小悧巧(こりかう)と称(とな)へられてゐる奴(やつ)等(ら)は、030何(いづ)れも平常(へいぜい)、031屁(へ)の様(やう)な、032突張(つつぱ)り所(どころ)のない、033毀誉(きよ)褒貶(ほうへん)の巷(ちまた)を飛(とび)まはり、034餓鬼(がき)が食(しよく)を争(あらそ)ふ如(ごと)き、035ホンの目(め)の前(まへ)の成敗(せいばい)や、036利害(りがい)に掴(つか)み合(あ)ひ、037昼夜(ちうや)煩悶(はんもん)苦悩(くなう)を続(つづ)けて一生(いつしやう)を終(をは)る者(もの)が多(おほ)い。038然(しか)るに悠々(いういう)閑々(かんかん)として、039此(この)面白(おもしろ)い人間(にんげん)の隠(かく)れ場所(ばしよ)は、040馬鹿者(ばかもの)の名称(めいしよう)たる事(こと)を知(し)らず、041ワザとに焦(あせ)り散(ち)らして吾(わが)一身(いつしん)を小刀(こがたな)細工(ざいく)に削(けづ)り取(と)り、042あゝ痛(いた)い苦(くるし)いと日夜(にちや)に悲鳴(ひめい)をあげて悶(もだ)えてゐる憐(あは)れな世(よ)の中(なか)だ。043凡(すべ)て人間(にんげん)は平常(ふだん)から智慧(ちゑ)を蓄(た)めておいて、044一朝(いつてう)事(こと)ある場合(ばあひ)の間(ま)に合(あ)はさむと、045大才(だいさい)大智(だいち)の者(もの)は、046平常(へいぜい)は妄(みだ)りに小智(せうち)小才(せうさい)を月賦(げつぷ)的(てき)に小出(こだ)しをせず、047用(よう)のない時(とき)は皆(みな)馬鹿(ばか)の二字(にじ)にかくれて、048のんのこ、049シヤあつくシヤあと、050馬耳(ばじ)水蛙(すいあ)に晏如(あんじよ)としてをさまつてゐるものだ。051「あゝ此奴(こいつ)ア驚(おどろ)いた。052彼奴(あいつ)ア余(あんま)り馬鹿(ばか)に出来(でき)ないぞ」と、053俗物(ぞくぶつ)共(ども)に一語(いちご)を言(い)はせるのは、054之(こ)れ全(まつた)く馬鹿(ばか)の名(な)の下(もと)に久(ひさ)しく本能(ほんのう)を秘(かく)してゐた奴(やつ)の現(あら)はれる時(とき)だ。055「馬鹿(ばか)に強(つよ)い奴(やつ)。056本当(ほんたう)に馬鹿(ばか)に偉(えら)い奴(やつ)。057此(この)頃(ごろ)は馬鹿(ばか)にやり出(だ)した。058馬鹿(ばか)に威勢(ゐせい)が佳(よ)いぢやないか。059馬鹿(ばか)に落着(おちつ)いてゐやがる。060馬鹿(ばか)によく売(う)れる。061馬鹿(ばか)に美味(おい)しい。062馬鹿(ばか)に奇麗(きれい)だ。063馬鹿(ばか)にならない」などいふ言葉(ことば)は何(いづ)れも平常(ふだん)小悧巧(こりかう)な奴(やつ)が大才子(だいさいし)の為(ため)に鼻毛(はなげ)をぬかれた時(とき)の驚歎(きやうたん)の言葉(ことば)である。064「余(あんま)り馬鹿気(ばかげ)て彼奴(あいつ)にや相手(あひて)になれない」などいふ言葉(ことば)は、065大智者(だいちしや)の最(もつと)も深(ふか)く馬鹿(ばか)の奥(おく)に潜伏(せんぷく)してゐる時(とき)だ。
066 ハンナ、067タンヤの両人(りやうにん)は又(また)馬鹿者(ばかもの)の選(せん)に洩(も)れない代物(しろもの)であつた。068併(しか)し乍(なが)ら此(この)二人(ふたり)は口(くち)には哲学(てつがく)を囀(さへづ)り、069恋愛論(れんあいろん)をまくし立(た)て、070たまには政治論(せいぢろん)も喋々(てふてふ)するが、071何(いづ)れも天性(てんせい)の智慧(ちゑ)から出(で)たのではなく、072縁日(えんにち)の夜立店(よだちみせ)に埃(ほこり)まびれになつて、0721曝(さら)されてゐる古本(ふるほん)を073二銭(にせん)か三銭(さんせん)で値切(ねぎ)り倒(たふ)して買(か)つて来(き)て読(よ)みあさつた付(つ)け知恵(ぢゑ)なのだから、074真(しん)の徹底(てつてい)した馬鹿者(ばかもの)である。075馬鹿(ばか)の名(な)に隠(かく)れて、076巧(うま)く世(よ)を渡(わた)ることは知(し)らず、077自分(じぶん)の馬鹿(ばか)から、078「自分(じぶん)程(ほど)智者(ちしや)はない、079学者(がくしや)はない、080現代(げんだい)の新人物(しんじんぶつ)は俺(おれ)だ、081泥坊(どろばう)の、082仮令(たとへ)仲間(なかま)と雖(いへど)も、083決(けつ)して自分(じぶん)の心(こころ)は曲(まが)つてはゐない。084そして誰(たれ)にも盗(ぬす)まれてはゐない。085生(うま)れつき、086自分(じぶん)は才子(さいし)だ、087智者(ちしや)だ。088仮令(たとへ)如何(いか)なる人物(じんぶつ)と雖(いへど)も、089自分(じぶん)の智嚢(ちのう)を絞(しぼ)り出(だ)して、090千変(せんぺん)万化(ばんくわ)の手術(しゆじゆつ)を尽(つく)し立向(たちむか)つたならば、091一切(いつさい)万事(ばんじ)易々(いい)として成就(じやうじゆ)するものだ」と自惚(うぬぼ)れてゐる。092時々(ときどき)強(つよ)くなつてみたり、093弱(よわ)くなつてみたり、094進退(しんたい)動作(どうさ)常(つね)ならざるを見(み)て、095「自分(じぶん)は処世(しよせい)上(じやう)の兵法(へいはふ)をよく心得(こころえ)た策士(さくし)だ。096軍師(ぐんし)だ」と自惚(うぬぼ)れ、097失敗(しつぱい)をしても「之(こ)れは何(なに)かの都合(つがふ)だ。098惟神(かむながら)的(てき)に神(かみ)が斯(か)うさせたのだ。099キツと悪(わる)い後(あと)は善(よ)い。100善(よ)い後(あと)は悪(わる)いものだ。101失敗(しつぱい)は成功(せいこう)の母(はは)だ。102賢人(けんじん)智者(ちしや)は凡人(ぼんじん)の下(した)ばたらきをなし、103愚者(ぐしや)は天下(てんか)をとる者(もの)だ。104さうだから自分(じぶん)は仮令(たとへ)賢者(けんじや)でも愚者(ぐしや)を装(よそほ)つてをらねばならぬのだ。105どんな愚者(ぐしや)々々(ぐしや)した事(こと)でも、106馬鹿(ばか)の名(な)の下(もと)には、107流(なが)れ川(がは)で尻(けつ)を洗(あら)つた如(ごと)く解決(かいけつ)がつくものだ……」などと自分(じぶん)の馬鹿(ばか)を棚(たな)へ上(あ)げ、108自(みづか)ら馬鹿(ばか)を装(よそほ)うて世(よ)を巧(うま)く渡(わた)つてゐるやうな心持(こころもち)でゐる奴(やつ)だからたまらない。109此奴(こいつ)こそ本当(ほんたう)に箸(はし)にも棒(ぼう)にもかからない、110捨場所(すてばしよ)のない真(ほん)馬鹿者(ばかもの)である。
111 ハンナ、112タンヤの二人(ふたり)は、113左守(さもり)の悴(せがれ)アリナが追跡(つゐせき)してゐる事(こと)は夢(ゆめ)にも知(し)らず、114慣(な)れた足許(あしもと)にて坂路(さかみち)をトントンと鳥(とり)の翔(た)つ如(ごと)く登(のぼ)りつめ、115漸(やうや)くにして谷川(たにがは)伝(づた)ひに浅倉谷(あさくらだに)のシャカンナが隠家(かくれが)に着(つ)いた、116シャカンナはスバール姫(ひめ)と共(とも)に少(すこ)し遅(おそ)い乍(なが)らも朝飯(あさめし)を食(く)つてゐた。
117ハンナ『ヘー、118親方(おやかた)、119御免(ごめん)なさいませ。120久(ひさ)しうお目(め)にかかりませぬ。121実(じつ)の所(ところ)は玄真坊(げんしんばう)の女房(にようばう)ダリヤ姫(ひめ)が夜(よ)に紛(まぎ)れて遁走(とんそう)の節(せつ)、122吾々(われわれ)共(ども)は御(ご)命令(めいれい)に依(よ)り、123其(その)所在(ありか)を尋(たづ)ねて山野(さんや)を駆(か)けめぐりましたが、124たうとう一(いち)も取(と)らず二(に)も取(と)らず、125やむを得(え)ずして、126タニグク山(やま)の岩窟(がんくつ)に帰(かへ)つて見(み)れば、127こはそもいかに、128豈計(あにはか)らむや、129弟(おとうと)計(はか)らむや、130建物(たてもの)は焼払(やきはら)はれ、131親分(おやぶん)様(さま)始(はじ)め姫(ひめ)様(さま)のお姿(すがた)は見(み)えず、132もし俄(にはか)の火事(くわじ)で焼死(やけじに)でも遊(あそ)ばしたのではなからうか、133もしそんな事(こと)であつたら、134骨(ほね)でも拾(ひろ)つて、135鄭重(ていちよう)な問(と)ひ弔(とむら)ひをしてあげねばなりますまいと、136一生(いつしやう)懸命(けんめい)に灰(はひ)掻(か)きをやつて見(み)ましたが、137骨(ほね)らしいものは何(なに)も厶(ござ)いませぬ。138只(ただ)猪(しし)や狸(たぬき)の骨(ほね)が残(のこ)つてゐる許(ばか)り。139あゝ之(これ)は親分(おやぶん)様(さま)が火事(くわじ)に驚(おどろ)き遊(あそ)ばしてどつかへ一(いち)時(じ)身(み)をお遁(のが)れ遊(あそ)ばした事(こと)だと思(おも)ひ、140十日(とをか)許(ばか)りも飲(の)まず食(く)はずで、141チコナンと待(ま)つて居(を)りました所(ところ)、142風(かぜ)の便(たよ)りさへ梨(なし)の礫(つぶて)の音沙汰(おとさた)なく、143止(や)むを得(え)ず、144吾々(われわれ)は解散(かいさん)と出(で)かけました。145併(しか)し乍(なが)ら肝腎(かんじん)の時(とき)になつて、146親分(おやぶん)様(さま)を此(この)山奥(やまおく)に捨(す)て、147立(た)ち去(さ)るといふ事(こと)は、148いかにも乾児(こぶん)の吾々(われわれ)として、149情(じやう)に於(おい)て忍(しの)びないと、150タンヤと二人(ふたり)が互(たがひ)に抱(いだ)き合(あ)つて泣(な)きました。151本当(ほんたう)に親分(おやぶん)乾児(こぶん)の情合(じやうあひ)といふものは又(また)格別(かくべつ)のもので厶(ござ)います、152アンアンアン』
153シャ『ワツハヽヽヽ、154汝(きさま)等(ら)も小難(こむつか)しい厄介(やつかい)な爺(おやぢ)がをらなくなつて、155さぞ睾丸(きんたま)の皺伸(しわの)ばしをやつただらう。156俺(おれ)も厄介者(やくかいもの)が取払(とりはら)はれ、157身軽(みがる)になつて、158百(ひやく)日(にち)百夜(ひやくや)も疼(うづ)き通(とほ)した腫物(はれもの)が俄(にはか)に跡形(あとかた)もなく散(ち)つたやうな気分(きぶん)になつたのだ。159モウ俺(おれ)は此(この)通(とほ)り世捨人(よすてびと)となつた以上(いじやう)は、160再(ふたた)び泥坊稼(どろばうかせぎ)はやりたくない。161汝(きさま)も可(い)い加減(かげん)に、162足(あし)を洗(あら)つて正業(せいげふ)に就(つ)いたが可(よ)からう』
163 ハンナは頭(あたま)をかき乍(なが)ら、
164ハ『エー、165親分(おやぶん)とも覚(おぼ)えぬお言葉(ことば)、166それ程(ほど)私(わたし)に信用(しんよう)が厶(ござ)いませぬかな。167私(わたし)は真心(まごころ)より親方(おやかた)を愛(あい)して居(を)ります。168のうタンヤ、169お前(まへ)いつも俺(おれ)の言葉(ことば)を聞(き)いてゐるだらう。170日(ひ)に何十回(なんじつぺん)となく、171親方(おやかた)の名(な)を呼(よ)ばなかつた事(こと)はなからう』
172タ『ウン、173そらさうだ、174お前(まへ)のいふ通(とほ)り、175俺(おれ)の聞(き)く通(とほ)りだ。176何(なん)と云(い)つても心(こころ)が正直(しやうぢき)なものだから、177メツタに親分(おやぶん)の前(まへ)で、178嘘(うそ)は云(い)はうとも思(おも)はず、179云(い)はれもせぬワ。180なア親方(おやかた)、181どうぞハンナや私(わたし)の心(こころ)を信(しん)じて下(くだ)さい』
182シャ『ウン、183お前(まへ)の心(こころ)の底(そこ)迄(まで)虚(きよ)か偽(ぎ)か、184善(ぜん)か悪(あく)かよく信(しん)じてゐる。185お前(まへ)は俺(おれ)には用(よう)がない筈(はず)だ。186スバール姫(ひめ)に用(よう)があるのだらうがな。187それについては此(この)シャカンナは大変(たいへん)な邪魔者(じやまもの)だらう。188御(ご)迷惑(めいわく)察(さつ)し入(い)るよ、189アツハヽヽヽ』
190ハ『そら親方(おやかた)、191御(ご)無理(むり)ぢや厶(ござ)いませぬか。192姫(ひめ)様(さま)はまだ少女(せうぢよ)の御(おん)身(み)の上(うへ)、193恋(こひ)でもなければ色情(いろ)でもない。194又(また)姫(ひめ)様(さま)は吾々(われわれ)がお小(ちひ)さい時(とき)からお育(そだ)て申(まを)したもの、195イヤお世話(せわ)をさして頂(いただ)いたお方(かた)ですから、196別(べつ)に深(ふか)い御恩(ごおん)も厶(ござ)いませぬが、197親分(おやぶん)さまには永(なが)らく御(お)世話(せわ)になつて居(ゐ)ますから、198親分(おやぶん)の御恩(ごおん)は決(けつ)して忘(わす)れませぬ。199お嬢様(ぢやうさま)は何(なん)の御恩(ごおん)もありませぬ。200況(いは)んや恋愛(れんあい)などの心(こころ)は毛頭(まうとう)持(も)つて居(を)りませぬから、201どうぞ御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
202シャ『親分(おやぶん)には御(お)世話(せわ)になつたと口(くち)には云(い)つてるが、203心(こころ)の中(なか)では、204永(なが)らく親分(おやぶん)の世話(せわ)をしてやつた。205親分(おやぶん)は外(ほか)へも出(で)ず、206乾児(こぶん)許(ばつか)り働(はたら)かして、207乾児(こぶん)の膏(あぶら)を舐(ねぶ)つて、208親分(おやぶん)は食(く)つてたのだ。209つまり「自分(じぶん)は親分(おやぶん)の救(すく)ひ主(ぬし)だ。210保護者(ほごしや)だ。211親分(おやぶん)に礼(れい)を言(い)はすのが当然(あたりまへ)だ」位(ぐらゐ)の心(こころ)で来(き)てるだらうがな』
212ハ『成程(なるほど)流石(さすが)は親方(おやかた)だ。213よく吾々(われわれ)の心(こころ)の底(そこ)迄(まで)透見(とうけん)して下(くだ)さいました。214天下(てんか)一(いち)人(にん)の知己(ちき)を得(え)たりといふべしだ。215のうタンヤ、216此(この)親分(おやぶん)にして此(この)乾児(こぶん)ありだ。217何(なん)と恐(おそ)ろしい目(め)の利(き)く親分(おやぶん)ぢやないか』
218タ『そらさうだ共(とも)、219何(なん)と云(い)つても二百(にひやく)人(にん)の泥坊(どろばう)を腮(あご)で使(つか)ひ、220そして自分(じぶん)の生(う)んだひんだの粕(かす)を221沢山(たくさん)の乾児(こぶん)に嬢様(ぢやうさま)々々(ぢやうさま)と云(い)はして威張(ゐば)らして厶(ござ)つたのだもの、222随分(ずいぶん)凄(すご)い腕(うで)だよ。223なア親分(おやぶん)、224私(わたし)の観察(くわんさつ)は違(ちが)ひますまい』
225シャ『タンヤの観察(くわんさつ)もハンナの評察(ひやうさつ)も、226俺(おれ)の推察(すゐさつ)もピツタリ会(あ)つてゐるやうだ。227併(しか)し乍(なが)ら俺(おれ)の娘(むすめ)を汝(きさま)達(たち)は奪(うば)つて帰(かへ)る相談(さうだん)をやつて来(き)たのだらう。228年(とし)老(お)いたりと雖(いへど)、229俺(おれ)の腕(うで)にも骨(ほね)もあれば力(ちから)もある。230汝(きさま)等(ら)のやうな、231青二才(あをにさい)の挺(てこ)にはチツと合(あ)ひかねるぞ。232姫(ひめ)が欲(ほ)しければ、233腕(うで)づくで持(も)つて帰(かへ)つたが可(よ)からう』
234ハ『ヤア、235此奴(こいつ)ア面白(おもしろ)い。236何(なに)程(ほど)強(つよ)いと云(い)つても、237タカが老耄(おいぼれ)一人(ひとり)、238此(この)邪魔者(じやまもの)さへ払(はら)へば、239あとは此方(こつち)の者(もの)だ。240今(いま)迄(まで)は大親分(おほおやぶん)と云(い)ふ名(な)に恐(おそ)れて、241何(なん)だか敵対心(てきたいしん)が臆病風(おくびやうかぜ)を吹(ふ)かしよつたが、242もう斯(か)うなれば五文(ごもん)と五文(ごもん)だ。243こちらは二人(ふたり)で一銭(いつせん)だ。244オイ一銭(いつせん)と五厘(ごりん)との力(ちから)比(くら)べだ。245勝敗(しようはい)の数(すう)は已(すで)に定(き)まつてゐる。246只(ただ)一銭(いつせん)に打亡(うちほろ)ぼされるよりも五厘(ごりん)五常(ごじやう)の道(みち)を弁(わきま)へて、247スツパリと娘(むすめ)を此方(こつち)へ渡(わた)せ。248拙劣(へた)にバタつくと爺(おやぢ)の為(ため)にならないぞ』
249 スバールは食事(しよくじ)の手(て)を止(や)め、250二人(ふたり)の面(かほ)を微笑(びせう)を泛(うか)べ乍(なが)ら打(うち)眺(なが)め、251大胆(だいたん)不敵(ふてき)な態度(たいど)でおさまり返(かへ)つてゐる。
252シャ『云(い)はしておけば、253旧主人(きうしゆじん)に向(むか)つて雑言(ざふごん)無礼(ぶれい)、254容赦(ようしや)は致(いた)さぬ、255此(この)鉄拳(てつけん)を喰(くら)へ』
256と首(くび)も飛(と)べよと許(ばか)り、257ハンナの横面(よこづら)をなぐりつけむとする一刹那(いつせつな)、258ハンナは身(み)をすくめてシャカンナの足(あし)を掬(すく)つた。259シャカンナは狭(せま)い庭(には)にドツと倒(たふ)れ、260庭(には)の石(いし)に後頭部(こうとうぶ)を打(ぶつ)つけ気(き)が遠(とほ)くなつて了(しま)つた。261二人(ふたり)は手早(てばや)くシャカンナを荒縄(あらなは)を以(もつ)て手足(てあし)を縛(しば)り、262谷川(たにがは)に持(もち)運(はこ)んで水葬(すいさう)せむとする。263之(これ)を見(み)るよりスバール姫(ひめ)は父(ちち)の大事(だいじ)と、264死物狂(しにものぐるひ)になり、265鉞(まさかり)を以(もつ)て二人(ふたり)の背後(うしろ)よりウンと許(ばか)り擲(なぐ)りつけた。266二人(ふたり)は目早(めばや)く体(たい)をかはし、267跳(をど)りかかつて、268鉞(まさかり)を奪(うば)ひとり、269スバール姫(ひめ)を大地(だいち)にグツと捻(ねぢ)伏(ふ)せ、270手足(てあし)を括(くく)つて動(うご)かせず。271スバール姫(ひめ)は悲鳴(ひめい)を上(あ)げて、272声(こゑ)を限(かぎ)りに泣(な)き叫(さけ)ぶ。273此(この)時(とき)一町(いつちやう)許(ばか)り手前(てまへ)迄(まで)、274林(はやし)を潜(くぐ)つて進(すす)んで来(き)たアリナは、275娘(むすめ)の悲鳴(ひめい)を聞(き)き、276吾(わが)身(み)を忘(わす)れて、277走(はし)り来(きた)り見(み)れば此(この)態(てい)である。278……ヤア此奴(こいつ)は今朝(けさ)見(み)た曲者(くせもの)、279懲(こ)らしめくれむ……と、280物(もの)をもいはず、281襟髪(えりがみ)を掴(つか)んで浅倉山(あさくらやま)の溪流(けいりう)へ、282二人(ふたり)共(とも)ザンブと許(ばか)り投(な)げ込(こ)んで了(しま)ひ、283両人(りやうにん)の縄目(なはめ)を解(と)いた。284スバール姫(ひめ)は紅葉(もみぢ)のやうな優(やさ)しき手(て)を合(あ)はして、285救命(きうめい)の大恩(だいおん)を感謝(かんしや)した。286父(ちち)のシャカンナは精神(せいしん)朦朧(もうろう)として殆(ほとん)ど人事(じんじ)不省(ふせい)の態(てい)である。287アリナとスバール姫(ひめ)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)神(かみ)に祈願(きぐわん)を奉(たてまつ)り、288水(みづ)を面部(めんぶ)に吹(ふ)きかけなどして、289漸(やうや)くの事(こと)で、290シャカンナの精神(せいしん)状態(じやうたい)は明瞭(めいれう)になつて来(き)た。
291シャ『あゝ娘(むすめ)、292其方(そなた)は無事(ぶじ)であつたか。293まあ結構(けつこう)々々(けつこう)、294之(これ)も全(まつた)く天(てん)のお助(たす)けだ』
295ス『お父(とう)様(さま)、296私(わたし)も縛(しば)られてゐましたの。297危(あやふ)い所(ところ)へ、298あとの月太子(つきたいし)様(さま)のお伴(とも)をしてお出(いで)になつたアリナ様(さま)が現(あら)はれて、299私(わたし)や貴方(あなた)を助(たす)けて下(くだ)さつたのですよ。300サアお礼(れい)を申(まを)して下(くだ)さい』
301 シャカンナはスバール姫(ひめ)の声(こゑ)に目(め)をさまして、302よくよく見(み)れば、303アリナは恭(うやうや)しげに大地(だいち)にしやがむでゐる。
304シャ『あゝ其方(そなた)はアリナさま、305よくマア助(たす)けて下(くだ)さいました。306貴方(あなた)は吾々(われわれ)父娘(おやこ)が再生(さいせい)の恩人(おんじん)です。307サア、308どうぞうちへお這入(はい)り下(くだ)さいませ』
309ア『危(あやふ)い所(ところ)で厶(ござ)いましたが、310先(ま)づお気(き)がついて何(なに)より頂上(ちようじやう)で厶(ござ)います。311左様(さやう)なれば312休(やす)まして頂(いただ)きませう』
313とシャカンナを助(たす)け起(おこ)し、314スバール姫(ひめ)と共(とも)に老人(らうじん)の手(て)を引(ひ)いて屋内(をくない)に進(すす)み入(い)つた。
315シャ『アリナさま、316どうも有難(ありがた)う厶(ござ)います。317そして太子(たいし)様(さま)はお変(かは)りは厶(ござ)いませぬか』
318ア『ハイ、319有難(ありがた)う厶(ござ)います。320先(ま)づ先(ま)づ御(ご)壮健(さうけん)の方(はう)で厶(ござ)います。321就(つ)いては太子(たいし)様(さま)のお使(つかひ)に参(まゐ)つた者(もの)で厶(ござ)いますから、322どうぞ使(つかひ)の趣(おもむき)を、323お気(き)が休(やす)まりましたらゆつくりと聞(き)いて下(くだ)さいませ』
324シャ『イヤもう気分(きぶん)は良(よ)くなりました。325太子(たいし)様(さま)のお使(つかひ)とあらば半時(はんとき)の猶予(いうよ)もなりますまい、326どうか其(その)お旨(むね)を伝(つた)へて下(くだ)さい。327身(み)に叶(かな)う事(こと)なら、328吾々(われわれ)父娘(おやこ)が力(ちから)のあらむ限(かぎ)り御(ご)奉公(ほうこう)を致(いた)しますから』
329ア『ヤ、330早速(さつそく)の御(ご)承引(しよういん)有難(ありがた)う厶(ござ)います。331かいつまんで申(まを)しますれば、332太子(たいし)様(さま)は始(はじ)めて貴方(あなた)父娘(おやこ)にお会(あ)ひ遊(あそ)ばし、333年(とし)老(お)いたりと雖(いへど)も気骨(きこつ)稜々(りやうりやう)たるシャカンナ様(さま)の御(お)心(こころ)ゆき、334次(つ)いでは世(よ)に稀(まれ)なる美貌(びばう)のスバール様(さま)、335王妃(わうひ)としてお召抱(めしかか)えになつても恥(はづ)かしからぬ者(もの)と思召(おぼしめ)し、336今日(こんにち)の所(ところ)は少(すこ)し時機(じき)が早(はや)い様(やう)で厶(ござ)いますが、337それだと云(い)つて、338太子(たいし)様(さま)には非常(ひじやう)な御(ご)恋慕(れんぼ)、339矢(や)も楯(たて)もたまらぬ勢(いきほひ)、340一(いち)時(じ)も早(はや)くスバール様(さま)のお顔(かほ)が見(み)たいとの御(お)思召(おぼしめし)、341侍臣(じしん)の吾々(われわれ)は其(その)御(ご)苦衷(くちう)を察(さつ)し奉(たてまつ)り、342ジツと見(み)てゐられぬ様(やう)になり、343人目(ひとめ)を忍(しの)んで此(この)お館(やかた)をお訪(たづ)ね申(まを)したので厶(ござ)います』
344シャ『何事(なにごと)の仰(おほせ)かと思(おも)へば、345スバール姫(ひめ)を御(ご)所望(しよまう)との御(おん)事(こと)、346娘(むすめ)に異存(いぞん)さへなくば御(ご)命令(めいれい)に随(したが)ひませう。347併(しか)し乍(なが)ら未(いま)だ私(わたくし)の都(みやこ)へ出(で)る時機(じき)では厶(ござ)いませぬ。348何(なん)と云(い)つても時勢(じせい)遅(おく)れの古(ふる)ぼけた頭(あたま)、349政治(せいぢ)の衝(しよう)に当(あた)るのは却(かへつ)て太子(たいし)様(さま)に御(ご)心配(しんぱい)をかける様(やう)なもので厶(ござ)いますから、350其(その)儀(ぎ)許(ばか)りは御(お)断(ことわ)り申(まを)し度(た)う厶(ござ)います。351幸(さいは)ひ此(この)山奥(やまおく)に潜(ひそ)んで不幸(ふかう)を重(かさ)ね乍(なが)ら、352山(やま)の木(き)の枝(えだ)に首(くび)も吊(つ)らず、353川(かは)の底(そこ)に身(み)も投(な)げず、354鉄砲腹(てつぱうばら)も致(いた)さず、355兎(と)も角(かく)無事(ぶじ)息災(そくさい)で今日(こんにち)迄(まで)生(い)き永(なが)らへて来(き)ました経験(けいけん)も厶(ござ)いますれば、356どうか私(わたくし)の事(こと)はお心(こころ)にかけさせられない様(やう)お願(ねが)ひ致(いた)します。357役(やく)に立(た)たない私(わたくし)のやうな者(もの)が都(みやこ)へ上(のぼ)つた所(ところ)で、358太子(たいし)様(さま)の御(ご)厄介(やくかい)、359人間(にんげん)一疋(いつぴき)の放(はな)し飼(が)ひの飼殺(かひごろ)しも同然(どうぜん)、360今日(こんにち)の社会(しやくわい)に接触(せつしよく)のうすい吾々(われわれ)が、361繁雑(はんざつ)な世(よ)の中(なか)に、362どうして立(た)つて政治(せいぢ)が出来(でき)ませう。363形(かたち)ばかりの茅屋(あばらや)は古(ふる)く、364狭(せま)く、365穢(むさくる)しう厶(ござ)いまするが、366娘(むすめ)を出(だ)した後(あと)の独身者(どくしんもの)の自炊(じすゐ)には余(あま)り狭(せま)さを感(かん)じませぬ。367どうぞ此(この)儀(ぎ)許(ばか)りは平(ひら)に御(お)断(ことわ)りを申(まをし)ます』
368ア『あゝ実(じつ)の所(ところ)は、369まだ父王(ちちわう)様(さま)のお許(ゆる)しもなく、370太子(たいし)様(さま)御(お)一人(ひとり)の御(お)考(かんが)へで厶(ござ)いますから、371同(おな)じ事(こと)なら、372モウ一二(いちに)年(ねん)貴方(あなた)は此処(ここ)に居(を)つて、373時節(じせつ)を待(ま)つて頂(いただ)く方(はう)が、374双方(さうはう)に都合(つがふ)が可(い)いでせう。375そして嬢様(ぢやうさま)は私(わたし)がソツとお伴(とも)を致(いた)し、376茶(ちや)の宗匠(そうしやう)タルチンの館(やかた)にお囲(かくま)ひ申(まを)し、377御(おん)身(み)の御(ご)安泰(あんたい)を保護(ほご)致(いた)しますれば、378どうか御(ご)心配(しんぱい)なく、379嬢様(ぢやうさま)を私(わたくし)にお預(あづ)け下(くだ)さいませぬか』
380シャ『オイ、381スバール、382お前(まへ)は最前(さいぜん)からのお話(はなし)を聞(き)いたであらう。383アリナさまに伴(ともな)はれて都(みやこ)へ上(のぼ)る気(き)はないか』
384ス『ハイ、385お父(とう)さまを此(この)山奥(やまおく)に只(ただ)お一人(ひとり)残(のこ)して私(わたし)が参(まゐ)る訳(わけ)には行(ゆ)きますまい。386なる事(こと)なら、387お父(とう)さまと御(ご)一緒(いつしよ)にお伴(とも)が願(ねが)ひたいもので厶(ござ)います』
388シャ『ハヽヽヽ、389父(ちち)に対(たい)する孝養(かうやう)と、390夫(をつと)に対(たい)する恋愛(れんあい)とは別問題(べつもんだい)だとお前(まへ)も云(い)つたでないか。391恋愛(れんあい)神聖論(しんせいろん)の御(ご)本尊(ほんぞん)たるスバール嬢(ぢやう)さま、392決(けつ)して、393父(ちち)に遠慮(ゑんりよ)会釈(ゑしやく)はいらぬ。394一(いち)時(じ)も早(はや)く愛(あい)し奉(たてまつ)る太子(たいし)様(さま)の御前(ごぜん)に出(で)るが可(よ)からう。395併(しか)し必(かなら)ず太子(たいし)様(さま)にお目(め)にかかつても気儘(きまま)を出(だ)しては可(い)けませぬぞ』
396ス『ハイお父(とう)さま、397有難(ありがた)う厶(ござ)います。398左様(さやう)なれば都(みやこ)へ上(のぼ)ります。399どうか御(ご)気嫌(きげん)好(よ)うお暮(くら)し下(くだ)さいませ。400そして一(いち)時(じ)も早(はや)くお父(とう)さまをお迎(むか)へに参(まゐ)ります。401そしてお父(とう)さまのお顔(かほ)を早(はや)く見(み)るのを楽(たのし)みに私(わたし)は暮(くら)して居(を)りますよ』
402と嬉(うれ)しくもあり悲(かな)しくもあり、403親(おや)の死(し)んだ日(ひ)に新婿(にひむこ)を貰(もら)うた様(やう)な心(こころ)に充(み)たされてゐた。404此(この)翌日(よくじつ)からは浅倉谷(あさくらだに)の名花(めいくわ)たるスバールの姿(すがた)は見(み)えなくなりぬ。
405(大正一四・一・五 新一・二八 於月光閣 松村真澄録)
このページに誤字・脱字や表示乱れなどを見つけたら教えて下さい。
返信が必要な場合はメールでお送り下さい。【メールアドレス】
合言葉「みろく」を入力して下さい→